見もの・読みもの日記

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今も昔も/失業と救済の近代史(加瀬和俊)

2011-10-07 22:39:48 | 読んだもの(書籍)
○加瀬和俊『失業と救済の近代史』(歴史文化ライブラリー328) 吉川弘文館 2011.9

 戦前の日本では、1920~30年代前半期に、失業が初めて大きな社会問題となった。明治以前は、失業者とその他の貧困者の区別が曖昧であったのに対し、日露戦争から第一次世界大戦期に都市勤労者が増加し、生活水準が安定したにもかかわらず、その安定が失われたことの打撃が大きかったためである。

 資本家は、失業問題の解決を欲しない。失業の恐れがあればこそ、労働者たちは、単調で・つらく・苦しい労働にも耐えるのだ。失業しても生活できるしくみを整備してしまったら、資本主義は維持できない。…いやあ、身も蓋もない話だと思ったが、このくらい正面切って真実を指摘されると、いっそ爽快である。

 しかし、国民の多くが失業して、社会的・政治的混乱が大きくなれば、政権交代を招く要因となる。失業対策には消極的な資本家も、資本主義に批判的な政権の誕生は望まない。そこで「失業の存在を必要としつつ、失業問題の激化を一定の範囲内にとどめようとする対応が必至となる」。なるほど、このバランスが難しいわけだ。

 さて、具体的に1920~30年代の失業問題を見ていくと、驚くほど、現在の日本との類似が感じられる。たとえば、高学歴者の増加と、それに見合った求人の不足。これに対し、実業界の反応は冷淡で、卒業生を濫造した教育機関に責任があると言い切る。「必要以上の学問を修むる傾向を阻止する」とともに、卒業生は「大学、専門学校の教育を受けたことを全然忘れ」「如何なる職にも就職」すべきである、等々。社名・実名入りの財界人アンケートの結果が採録されていて、面白いけど、勝手なことを言われ放題の、当時の大学生に同情してしまう。

 職業婦人に関しては、世帯を形成している男子の失業問題の解決を優先するため、「遊び半分の職業婦人を廃せ」とか「女性の能力に当てはまる職業(タイピスト、看護婦)を選び、その他は断然引退して貰いたい」とか、風当たりが強かった。今でもネットの匿名掲示板ではよく見る意見だが、当時は、職業行政担当者がこのように公言して憚らなかったという事実に、今さらながら驚く。

 また、冬場の日雇労働者に就労機会を与えることを目的とした公共土木事業では、当初(1925年)10%程度だった朝鮮人労働者の比率が、4年後には50%以上に跳ね上がっている。「理由」はいろいろと考察されているが、結果として彼らは、日本人労働者から、自分たちの職を奪う者として敵視されたというのも、なんだか今日的である。

 戦前の日本には、資本家が自発的に与える解雇手当はあっても、ついに失業保険制度は導入されなかった。わずかに実施された失業対策は、上述の失業対策事業(公共土木事業)と職業紹介事業だけだった。その失業対策事業も、就労者の賃金をピンハネする請負人の介在を認めず、発注主の自治体が直接雇用する方式としたため、労務管理の混乱・困難を生じ、期日までに工事が完了しない等の事態が生じてしまった。このへんも読んでいて、分かり過ぎて、頭を抱えてしまった。上級官僚が机上で想定した「合理化」「効率化」が、現場では、全く逆に「負担の増大」と「無駄」しか生まないという、今でもお役所にはよくある話である。

 職業紹介もうまくいかなかった。不況期には、工場労働者や事務労働者層も解雇対象者となったが(まだ終身雇用制は確立していなかった)、彼らに日雇労務職を紹介しても登録者は少なく、就労しても、戸外での厳しい肉体労働に適応できず、数日で脱落してしまった。この事実に直面した関係者は、失業対策とは、就労可能な事業を拡大すればいいだけの問題でないことに、ようやく気づいたという。今でいう職業マッチングの問題である。こうして見ると、現在の雇用問題の多くは、戦前には、ほぼ出揃っていたのではないかと思う。

 戦前に特有だった問題のひとつは、世界的な軍縮ムードによる職業軍人の削減である。彼らの特殊な職業経験では、事務職にも技師・職工にも、再就職は難しかったという。満州事変に際しての軍人の独断専行は、「退役させられた仲間の失業問題を打開するための連帯行動の意味も持っていた」という指摘には、考えさせられるものがあった。
 
 しかし、戦前の失業問題は、日中戦争の激化~太平洋戦争の兵力動員によって、なし崩しに解決(?)されてしまったため、貴重な経験が見落とされてきたように思う。今日の雇用問題を解決するヒントは、すぐには見つからないが、少なくとも「こんな対策は無効」という検証には役立つと思う。

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