〇高雄山神護寺~槇尾山西明寺~栂尾山高山寺~仁和寺
5月3日~5日は関西に出かけた。2週間前の週末にも、京都・奈良・大阪のどうしても見たい展覧会めぐりをしているので、今回は、落穂ひろい的に名所観光をしようと思ってきた。久しぶりに神護寺の宝物風入れ(当寺では「虫払い」と呼んでいる)が見たくなったので、京都駅に到着するとすぐ、JRバスで三尾方面に向かった。ちなみに、いま調べてみたら、前回来たのは2009年のことだった。
記憶をたどりながら、長い石段を下り、橋を渡って再び登る。山門の前に作務衣姿の女性が立っていて「境内拝観はこちらの窓口です、寺宝の特別拝観はあちらの門を入った建物で受付してください」と人を捌いていた。まず書院にあがって、虫払いの寺宝を拝観する。B5用紙を二つ折にした「神護寺宝物虫払行事陳列目録」をいただく。全3室、67件の文物のほぼ名前だけ(一部年代や作者名あり)が並ぶ簡素な目録である。しかし、よく見ると室内の展示品には、ちょっとした解説パネルが添えられている。あれ?前回来たときは、こんな気の利いたものはなかった気がする。
第1室は『稚子大師御影』など仏画多め。興味深かったのは『虫払定文書』(寛永14年/1637)で、この年は6月3日から9日の7日間にわたって虫払いが行われたことが分かり、寺宝の安全を確保するための注意事項がいろいろ記されている。そういえば、会場の書院を囲む広縁のガラス戸は全て閉め切っていた。鎌倉の円覚寺・建仁寺や大徳寺みたいに風は入れないのだな。
第2室に『後白河法皇尊影』を発見。あれ?伝頼朝像、伝重盛像と一緒じゃないのかと思って、ちょっとうろたえる。前回、「若冲居士」の落款を自分で見つけた覚えのある仁王像には、ちゃんと「若冲筆」の説明がついていた。第3室に入ると、床の間に左から『源頼朝像』→『釈迦如来像』→『平重盛像』の順で掛けてあった。画幅の前(下)には白い布を敷いて、古鏡や舞楽面などを展示していた。頼朝像は何度見てもいい。髪や髭を一筋ずつ描くことは、江戸の浮世絵の技法と同じだ。烏帽子の立体感を黒の微妙な塗り分けで表しているのも細かい。その点、重盛像(尊氏像)にはちょっとベタ塗り感がある。ただし寺宝拝観のあと、本堂の中で聞いた説明では、アンドレ・マルローは頼朝像より重盛像が気に入った由。モナリザ来日と引き換えにフランスに渡ったというのも初めて(?)知った。なお、中央の大きな釈迦如来坐像は、緑を配した截金文様の赤い衣をゆったりまとい、照り輝くような優美な光背と蓮華座に荘厳されている。
最後に奥の茶室で呈茶(有料)をいただいた。これも前回はなかったと思う。お茶菓子は季節にふさわしく柏餅だった。
神護寺のあとは、前回同様、西明寺、高山寺を歩いてまわる。西明寺は、特に何もないのだけれど、青紅葉の庭園が美しい。高山寺の石水院は、なんだかとても人が多くてびっくりした。近年、東京でも京都でも鳥獣戯画の展覧会があったから、あれで一気に知れ渡ったのかしら。鳥獣戯画の模本らしきものが展示されたケースには、たくさん人が張りついていた。私の好きなわんこ(伝運慶作・木造犬)に張りついている人はいなかったけど、寂しがりな顔をした子だから、まわりが賑やかなのはいいことだ。
最後に御室・仁和寺に立ち寄って、非公開文化財特別公開の金堂と経蔵、それに霊宝館を見て、関西旅行の1日目を終わりにした。
5月3日~5日は関西に出かけた。2週間前の週末にも、京都・奈良・大阪のどうしても見たい展覧会めぐりをしているので、今回は、落穂ひろい的に名所観光をしようと思ってきた。久しぶりに神護寺の宝物風入れ(当寺では「虫払い」と呼んでいる)が見たくなったので、京都駅に到着するとすぐ、JRバスで三尾方面に向かった。ちなみに、いま調べてみたら、前回来たのは2009年のことだった。
記憶をたどりながら、長い石段を下り、橋を渡って再び登る。山門の前に作務衣姿の女性が立っていて「境内拝観はこちらの窓口です、寺宝の特別拝観はあちらの門を入った建物で受付してください」と人を捌いていた。まず書院にあがって、虫払いの寺宝を拝観する。B5用紙を二つ折にした「神護寺宝物虫払行事陳列目録」をいただく。全3室、67件の文物のほぼ名前だけ(一部年代や作者名あり)が並ぶ簡素な目録である。しかし、よく見ると室内の展示品には、ちょっとした解説パネルが添えられている。あれ?前回来たときは、こんな気の利いたものはなかった気がする。
第1室は『稚子大師御影』など仏画多め。興味深かったのは『虫払定文書』(寛永14年/1637)で、この年は6月3日から9日の7日間にわたって虫払いが行われたことが分かり、寺宝の安全を確保するための注意事項がいろいろ記されている。そういえば、会場の書院を囲む広縁のガラス戸は全て閉め切っていた。鎌倉の円覚寺・建仁寺や大徳寺みたいに風は入れないのだな。
第2室に『後白河法皇尊影』を発見。あれ?伝頼朝像、伝重盛像と一緒じゃないのかと思って、ちょっとうろたえる。前回、「若冲居士」の落款を自分で見つけた覚えのある仁王像には、ちゃんと「若冲筆」の説明がついていた。第3室に入ると、床の間に左から『源頼朝像』→『釈迦如来像』→『平重盛像』の順で掛けてあった。画幅の前(下)には白い布を敷いて、古鏡や舞楽面などを展示していた。頼朝像は何度見てもいい。髪や髭を一筋ずつ描くことは、江戸の浮世絵の技法と同じだ。烏帽子の立体感を黒の微妙な塗り分けで表しているのも細かい。その点、重盛像(尊氏像)にはちょっとベタ塗り感がある。ただし寺宝拝観のあと、本堂の中で聞いた説明では、アンドレ・マルローは頼朝像より重盛像が気に入った由。モナリザ来日と引き換えにフランスに渡ったというのも初めて(?)知った。なお、中央の大きな釈迦如来坐像は、緑を配した截金文様の赤い衣をゆったりまとい、照り輝くような優美な光背と蓮華座に荘厳されている。
最後に奥の茶室で呈茶(有料)をいただいた。これも前回はなかったと思う。お茶菓子は季節にふさわしく柏餅だった。
神護寺のあとは、前回同様、西明寺、高山寺を歩いてまわる。西明寺は、特に何もないのだけれど、青紅葉の庭園が美しい。高山寺の石水院は、なんだかとても人が多くてびっくりした。近年、東京でも京都でも鳥獣戯画の展覧会があったから、あれで一気に知れ渡ったのかしら。鳥獣戯画の模本らしきものが展示されたケースには、たくさん人が張りついていた。私の好きなわんこ(伝運慶作・木造犬)に張りついている人はいなかったけど、寂しがりな顔をした子だから、まわりが賑やかなのはいいことだ。
最後に御室・仁和寺に立ち寄って、非公開文化財特別公開の金堂と経蔵、それに霊宝館を見て、関西旅行の1日目を終わりにした。