草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

国家権力は個人の内面に立ち入るべきではない

2024年03月10日 | 安全保障
 重要機密に問題のある人は接触させないようにする。セキュリティークリアランス法の趣旨は大事ですが、性的なことに言及する場合は、問題行動があったかなかったかで判断するしかありません。個人の性的な部分や、人間性のレベルにまで国家権力が立ち入ることは、まさしくフーコーのいう生権力の行使であり、監視強化に結び付きかねません。
 それよりはスパイ防止法をつくって、その網に引っかかるようにした方が、人権保護上も大事なことです。ハニトラに引っかかるのは断じて許すことはできませんが、どこまで立ち入るかは議論があってしかるべきです。
 国家権力は、できるだけ個人の内面に立ち入ることは控えるべきです。面白おかしく煽るのではなく、問題行動をどのようにチェツクするかだと思います。その意味での法律の強化を批判するつもりはありません。
 リースマンが述べているように、全体主義の防波堤というのは、ある意味では性的な自由奔放さであるという事実は、否定することはできないからです。清廉潔白さを声高に叫ぶ者たちが、ナチスやスターリンの手先になったのですから。
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保守主義の根本にあるのは高貴な精神と品位だ

2024年03月10日 | 思想家
 保守主義というイデオロギーを語るときに、よく引き合いに出されるのがエドモンド・バークである。バークは「自然は省察なしに知恵であり、省察にまさるのである。革新の精神は、一般に利己的な気質と限定された視野との結果である。祖先をかえりみない人々は、子孫にも期待しないであろう。さらに世襲という思想が、改良の原理をまったく除外することなしに、保守の確実な原理と伝達の確実な原理を提供することを、イギリスの人民はよく知っている」(『フランス革命の考察』水田洋訳)と書いたのである。
 人間が進歩するのは、自然の営みとして行われるのであって、勝手な妄想によるものではない、と断言したのだ。そこで世襲というものにこだわったのは、イギリスの貴族制度を容認したからである。高貴な精神に支えられた階級が世襲として受け継がれることは、文化の型を保全することでもあるからだ。
 そうした観点に立てば、日本に保守主義が根付いているかどうかとなると、はなはだ心もとない。自民党ですら、自由と民主主義いう党名を使用しており、戦後の目覚ましい経済成長を支えたのは、イノベーションの革命であり、本来の保守主義とは無縁に思えてならない。
 さらに、左翼からすれば、保守主義と反動との区別もつかず、一緒くたにしてしまった。日本保守党が誕生したが、そこに品位が抜け落ちているのが残念に思えてならない。保守主義は文化的な型を重視する。大衆を煽るようなこともせず、変えるべきものは変えつつ、守るべき文化を大切するのである。その原点を見失ってしまえば、保守主義と呼ぶべきではないのである。
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