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「型にはまっているかどうか」

2019-06-30 | 個人的つぶやき

片側2車線の国道を走っていると、必ずと言っていいほど出会うのが「追い越し車線のチンタラ走行」。追い越しをするわけでもないのに追い越し車線を50km/h台でいつまでもいつまでも走っています。後ろには長~い車列が続き、時たま走行車線のクルマが左側から追い越しをかける形でそのチンタラ車の前に出て遠ざかっていきます。

あおり運転が発生するのはこういうケースかもしれません。すぐうしろのクルマはイラついているかもしれませんから。チンタラ車の運転者は自分が何も悪いことはしていないと思っているでしょうが、うしろに続く車列の人たちは、法定速度の60km/hで走りたいと思っているでしょう。(今は普通車について考えます) あるいはこういうバイパスの流れはもう少し速く、60プラス α ということも多いですよね。

 でも、後続の人たちに迷惑をかけているなどとは思っていないのでしょう。むしろ、自分は法定速度を守っているのだから正しい、という感覚?(実は追い越し車線を長々と、追い越しもせず走り続けるのは「通行区分違反」というれっきとした違反行為)

これって、もしかすると日本人の特性に関係することかもしれない、と思ってしまいました。というのは、ネット上の記事で次のようなことを読んだからです。

交換留学で訪日し、その後も日本で暮らし、中国に帰国した人が感じたことという内容です。始めのうちは目の前に広がる美しい国(日本)に対し、中国の醜さばかりが思い出されたが、ずっと日本で暮らしていると日本にも良い点も悪い点もあるということがわかるようになった。(たとえば)日本人はルールを守り、民度の高い国民と言われるが、日本人が重視するのは「型にはまっているか」どうかであり、心からルールを守っているか、心から民度が高いのかどうかは別の話である。それでも日本社会に秩序があるのは事実である。という内容。(一部抜粋。原文のままではありません)

チンタラ運転者にとっては「法定速度を守ること」という「型」(意識)が強いのかもしれません。その「型」(意識)こそが「通行区分違反」(知らないかも)や後続の「自分より早く行きたい人たちには道を譲る」というマナーに比べ、最優先で守るべきことなのかもしれない、と思ったのでした。