病気の「おかげ」で今がある

回復に時間のかかる精神障害 絶望したくなる時も… でも今仲間と悩み・喜びを共有できる こんな生活も悪くないか…

自転車コワイ

2018-09-02 | 個人的つぶやき

片手にスマホ、もう片手に飲み物、耳にイヤホンで電動自転車を運転中、77歳の女性にぶつかり、ぶつけられた女性は亡くなってしまった、という事件で重過失致死罪に問われた20歳の女性に禁固2年執行猶予4年という判決が出たという。しかも被告は心底反省しているとは思えないようなのだ。それにしても最近自転車がコワイと感じることが多い。

わたし自身も怖い思いをした。家の近くの幅広い歩道を歩いていたところ、2台の自転車が私の左右両側を同時にビューッとすり抜けるようにかなりのスピードで追い抜いて行ったことがある。一瞬恐怖を感じた。後ろからいきなり衝突されたら、打ちどころ次第で寝たきりか死んでしまうか、現実の問題だ。

また先日は、わたしがクルマで片側一車線の道路を走行中、交差点に近づきスピードを落として直進しようとした時、右側(!)を走っていた自転車(50歳くらいの男)が、人か自転車かを避けようとしたらしく、フラフラと私のクルマの前にはみ出てきた。わたしはクラクションを2度鳴らし急停止。男は自分のしたことがわかっていたのだろう、わたしの方も見ずにそのまま行ってしまった。

こんな自転車乗りでも車と接触しケガでもしようものなら、クルマが非難されるだろう。運転手がわたしのような高齢者だったら、マスコミなど「また高齢者の運転事故」とばかりにニュースにするかもしれない。


と思っていたら、ある自動車評論家のブログに「自転車はクルマが避けてくれるものと思っている?」というタイトルで書かれていたことがあった。危ない乗り方をしている自転車を頻繁に見かけるという。道路交通って、たとえ相手がミスしても、それをカバーできないとダメ。道路交通法の基本を教えてもらっていないのだろう、と。ホントにそうだと思う。(氏のブログには以前にも危ない自転車のことが書かれていた)

加害者として非難されるか、被害者として寝たきりか不本意なあの世行きか。

自転車コワイ。

 

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お盆の日々(外食)

2018-08-25 | 「ひな」の日々

8/15(水)、午後のプログラムは外食。モラージュ菖蒲(埼玉県久喜市にあるショッピングモール)のフードコートへ行くことになっている。非常勤のわたしはこの日勤務はないのだけれど、久しぶりにメンバーと一緒に外で食事をしたくなり、飛び込みで行こうと思ってしまった。

みんなが来るまで近くの蔦屋書店内にある Tully's Coffee で過ごす。11時ごろモラージュへ移動。ところが駐車場のクルマの多いこと! 平日とはいえお盆の15日だった。暑さを避けようと立体駐車場に入ったが1F~4Fまで満車。あきらめて地上の空いているところに駐める。

3Fのフードコートに上がって一巡してみたが、まだメンバーの姿は見当たらない。それにしても見渡す限りの人、人、人である。まだ11時少し過ぎたばかりだというのに、どこにも空席がない! メンバーたちが来てもどこに座ればいいのだろう。たとえ1テーブルでも席を確保するしかない。

わたしは、食事が終わったと思える家族に目をつけた。待つこと数分。立ち上がり移動を始めた。間髪を入れずにその四人席を押さえる。近くのコーナーから椅子を一脚持ってきて、これで5人はOK!(ふうっ)

少ししてメンバー6人とスタッフ2人が到着。メンバーの一人が「ありがとうございます!」と言ってくれた。(けど全員は無理だよね) そしたら交代で座ろうという案が出た。そうか! イオンの黄色いレシートキャンペーンでも前半・後半で半分ずつの班分けには慣れている。よし、これで問題解決。安心して注文してきていいよ。

わたしにとっては昨日のカラオケとともに連続 Happy

 

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お盆の日々(カラオケ)

2018-08-22 | 「ひな」の日々

今年からひなではお盆休みをなくし、13(月)・14(火)・15(水)の三日間も通常通りの活動を行うことになりました。メンバーにとっては休日が続くとかえって体調をくずしたりして、やることがあったほうがいいという声が多いためです。ただ、お盆期間中なので、休みたい人は遠慮なく休んでよい、スタッフは交代で休みを取る、作業は午前中のみとし、午後はフリー(月)、カラオケ(火)、外食(水)などとしました。

わたしはもう一人のスタッフとともにカラオケに同行しました。わたしにとってカラオケは久しぶり(15年ぶり?)で、ひなの活動としては初めてではないでしょうか。
店は国道16号沿い。メンバー6人とスタッフ2人なので、2部屋に分かれました。
今のカラオケって、曲のリクエストはタブレットでキーワードを入力すれば候補が出てきて、選べばいいようになっています。(以前は分厚い曲のリスト(本)を開いてその中から探すので大変でしたが)

カラオケルームのメンバーは、いつもの作業所内とはちがった面を見せてくれました。いつもは不安のかたまりのような人が、「見て、見て!」と言わんばかりに踊りながら唄ったり、え、この人が?という人が(失礼)、いい感じの歌い方で聞かせてくれたり、いつも通りの豪快で迫力のある歌い方の人も・・・・・と、いろいろでおもしろかったです。

わたしは...と言えば、基本的に演歌はキライ(いくつかの例外を除き)。それで選んだのがこんなところ。

 思い出の渚(ワイルドワンズ)
 翼をください(赤い鳥)
 五番街のマリーへ(高橋真梨子)
 襟裳岬(森進一)
 津軽海峡冬景色(石川さゆり)
 いちご白書をもう一度(ばんばひろふみ)
 From Russia With Love (Matt Monro)

大きな声を出すって、いいですね。時間が許せばまだ唄いたい歌がいくつもありました。
また行きたいね。

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「君たちはどう生きるか」

2018-06-23 | マイ ライブラリー

 

 どこの書店でもベストセラーだということです。岩槻の文教堂にもズラリと並んでいます。発売から大分たってしまいましたが、やはりこのブログにも書いておかなければならないと思うようになりました。それはあの出来事が起きたからです。

わたしがこの本で感じたのはたとえばこんなところでした。(マンガと原作と両方を読みました。ページ番号は原作の方です)

*     *     *     *     *

健康で、からだになんの故障も感じなければ、僕たちは、心臓とか胃とか腸とか、いろいろな内臓がからだの中にあって、平生大事な役割を務めていてくれるのに、それをほとんど忘れて暮らしている。
ところが、からだに故障ができて動悸がはげしくなるとか、おなかが痛み出すとかすると、はじめて僕たちは、自分の内臓のことを考え、からだに故障のできたことを知る。・・・・・苦痛のおかげなのだ。・・・・・もし、からだに故障ができているのに、なんにも苦痛がないとしたら、僕たちはそのことに気づかないで、場合によっては、命をも失ってしまうかもしれない。

同じように、心に感じる苦しみやつらさは人間が人間として正常な状態にいないことから生じて、そのことを僕たちに知らせてくれるものなのだ。その苦痛のおかげで、人間が本来どういうものであるべきかということを、しっかりと心に捕えることができる。(p267~268)

そういう苦しみの中でも、一番深く僕たちの心に突き入り一番つらい涙をしぼり出すものは、・・・・・ 自分がとりかえしのつかない過ちを犯してしまったという意識だ。自分の行動を振りかえってみて、損得からではなく、道義の心から「しまった」と考えるほどつらいことは、おそらくほかにはないだろうと思う。
そうだ、自分自身そう認めることはほんとうにつらい。だからたいていの人は、なんとか言い訳を考えて、自分でそう認めまいとする。
しかし、自分が過っていた場合それを認め、そのために苦しむということは、それこそ、天地の間で、ただ人間だけができることなんだよ。(p271)

 *     *     *     *     *

ほとんど五月いっぱい、テレビなどのマスコミで連日報道されていた日大アメフト部の「危険タックル」の問題。あの「危険タックル」を犯してしまった日大の選手は、自分のやってしまった事の重大さに泣いてしまったと言います。そしてあの謝罪会見をテレビの前でみずからおこなったのです。

その会見では、あのタックルに至った具体的で詳細な経緯とともに、いかに監督の指示とはいえ自分で判断せずにそのまま従ってしまったことへの反省が切々と述べられています。反省と謝罪はこのように行うべきというお手本だと思います。

最後の部分をそのまま引用したいと思います。(読売新聞5月23日より)

*     *     *     *     *

本件は、たとえ監督やコーチに指示されたとしても、私自身が「やらない」という判断をできずに、指示に従って反則行為をしてしまったことが原因であり、その結果、相手選手に卑劣な行為でけがを負わせてしまったことについて、退場になった後から今まで、思い悩み、反省してきました。そして事実を明らかにすることが、償いの第一歩だとして決意して、この陳述書を書きました。
相手選手、そのご家族、関西学院大学アメリカンフットボール部はもちろん、私の行為によって大きなご迷惑をお掛けした関係者の皆様に、改めて深くおわび申しあげます。

*     *     *     *     *

学生本人がこのように心の痛みを見つめ、相手と、相手方の関係者に謝罪した一方、指示をした監督やコーチははっきりと自分の非を認めず、相手方に対してきちんと謝罪しているようには見えません。「たいていの人は、なんとか言い訳を考えて、自分でそう認めまいとする」(p271)。 この本が80年前に言っていることがそのまま当たってしまっているようです。

また、先日の毎日新聞には、森・加計の問題と日大の問題は相似形、という記事がありました。

どうも上の者(権力を持っている者)は自分のことは棚に上げて、下の者にはいさぎよくせよと言うケースが多いようです。

この本がベストセラーを続けている理由は、思い当たる人が非常に多いからでしょうか。

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「一人花見」

2018-03-29 | 個人的つぶやき



今年の桜は開花・満開といずれも平年より早く、予想・予報も難しかったようです。岩槻の「桜祭り」は週末の3/31(土)、4/1(日)に予定されていますが、きのう・きょうあたりが満開の頂点のようなので、週末は桜吹雪あるいは桜の(花びらの)じゅうたんという環境の中で行われるのではないでしょうか。

「ひな」のお花見はほぼ一週間前の3/23(金)、南平野公園でしたが、花はほとんど開いておらず、一部のしだれ桜だけが五分咲きといった感じでした。ただ、岩槻城址公園の花を見たいという希望者も少なくなかったので、昨日3/28の午後、本来の花見(花を見ながらおいしいものを食べる=花と団子)ではなく、午後に速攻で見てくるといったことも追加しました。ちょうど満開に当たり、ドンピシャだったと思います。

きょうも夏日になるかどうかというお日和、仕事のなかったわたしは一人で伊奈町の小室というところにある通称「無線山」の桜を見に行きました。「一人カラオケ」や「一人焼肉」ならぬ「一人花見」です。



ここはKDDIの通信施設があったところで、それ以前
は日本電信電話公社、さらにその前は逓信省の無線通信所だったところです。そのころから桜が植わっており、今では樹齢70年という巨木が両側100メートル以上の並木になっています。案内(警備?)のおじさんによれば、よく「無線山ってどこ?」と聞かれるそうです。確かに山らしき山もない真っ平の平地です。

現地はわたしの家からクルマで30分ほど。臨時の駐車場がありました。道路(県道?)を挟んで向かい側に埼玉県立がんセンターがあります。車で近づいていくと何百メートルも前からそれとわかるピンク色の森・・・

「さくら祭り」というのぼりが立ち並んでいます。午前9時ごろだったのでまだ混雑もなく、お店(屋台)なども準備中でした。週末は大混雑するのでしょう。
お目当ての桜並木はとてもわかりやすく、県道の際から続いています。巨木の枝が垂れるように横に伸びています。これは岩槻城址公園と同じような風景です。

平日ということもあり、それにあまり知られていないこともあって駐車場の混雑もなく、ゆったりと落ち着いて豪華な桜を愛でることができました。


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サンデー毎日を読んで

2018-03-25 | 個人的つぶやき

「日本の教育」という大問題


「『最悪の時代』を生き抜くための学び方」(寄稿 内田樹氏)を読んで

毎日新聞社発行の週刊誌「サンデー毎日」3/25号。それによると、ここ30年間の日本の大学教育は「全面的な失敗」だったと海外(米英)で評価されているそうです。なぜかというと、批評的思考・創造性などが育っていない(いちじるしく欠けている)、自分と価値観の違う他者とコミュニケーションする意欲・能力がない、同じ価値観の自分たちだけで群れて、コミュニケーションが面倒な人は仲間から排除する。

内田氏はご自分も大学の先生であったことから責任を感じられ「申し訳ない」と言っています。そして、米英から「友情ある苦言」として警鐘を鳴らされている事実を厳しく受け止め、失敗を修正しなければならないのに、日本ではこの苦言を聞き流し、失敗を修正しない。失敗したという事実そのものが隠蔽されている。失敗から学ぶということがない。行政は現場のせいにしている。だからこれからの日本の学校教育はますます「落ち目」になっていく、V字回復はない、と内田氏は言います。今までのように「こうすれば食いっぱぐれがない」とか「安定した地位・収入が期待できる」という経験則が通じない、と。では受験生はこれからどうすればいいのでしょうか。

内田氏は、「この状況は初めて経験するので成功事例がない。皆さんが自力で見つけるか、作り出すしかない」。お勧めするのはとりあえず一つだけ、「学びたいことを学ぶ。身に着けたい技術を身につける。やりたいことだけにフォーカスする」。そういうときにこそ人間のパフォーマンスは最も高まるから、と。


わたしも思います。「問題は解決を求めて立ち現れる」といいます。問題を問題として認識しなければ始まらない。問題(失敗・課題)とトコトン向き合わずして乗り越えることはできない。隠蔽したり、無視したり、他者に責任をなすりつけたりではいつまでも解決しない。その間事態は悪化するのみ。森友問題のあの文書も「なかった」ことにされていたが、存在していた。つまり隠蔽?。
そういえば太平洋戦争を「敗戦」と言わず「終戦」と言っていたなぁ。その頃も失敗を直視するということをしなかったということか?

 

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ベンゾジアゼピン依存症

2018-03-17 | 新聞切り抜き

新聞の切り抜きが出てきた。読売新聞の「医療ルネサンス」というシリーズ No.5796. ベンゾジアゼピンという言葉に目がとまり切り抜いておいたものだ。

あるニュージーランド人の話。日本文化に興味を持ち、日本に住み、自治体や国際交流施設で働いていたが、めまいの治療のため東京の耳鼻科医院を受診したところ、ベンゾジアゼピン系薬剤を3種類処方された。その後恐怖や不安に突然襲われるパニック発作など以前になかった症状が表れた。断薬を試みたがパニック発作が頻繁に起きた。ニュージーランドに戻り薬物依存症専門の病院でベンゾジアゼピンの依存症と診断された。

通院し、薬を少しずつ減らした。離脱症状が続き、復職許可が出るまで1年ほどかかった。「科学的根拠のない処方で大きな不利益を被った」と日本で民事訴訟を起こしたが医師側は依存症を否定し、2審の高裁でも敗訴した。しかし「日本の状況を変えたい」と、2012年にベンゾジアゼピン系薬剤の減薬手引き「アシュトンマニュアル」の日本語版を共同翻訳で完成させた。「おかげで断薬できた」と感謝の声が次々と届いたという。「医師も裁判所も頼れない日本では正しい情報で社会を変えるしかない」。このような内容の記事だった。

 

以前、作業所の利用者でたしか「ベンゾジアゼピン離脱症」という人がいたが、あの人は今どうしているだろうか。

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♪ お使いは自転車に乗って

2018-03-11 | 個人的つぶやき

♪ お使いは 自転車で 気軽に行きましょ
   並木路 そよ風 明るい青空
   お使いは 自転車に乗って 颯爽と
   あの町 この道
   チリリ リリリンリン

昔こういう歌があった。昭和18年の歌だという。わたしは今でもそのメロディーはよく覚えている。歌詞も最初と最後の行は覚えている。何の屈託もない明るい歌である。
今、現在(現代)、自転車が後ろからこのようにベルを鳴らして走ってきたら、と考える。
「あ、気をつけなきゃ」と思うだろうか。それとも「うるさいなぁ」と思うのだろうか。

自転車からあのベルがなくなったのはいつごろからだろうか。昔はかならず付いていたものだ。それと一時、バックミラーもつけた自転車も少なくなかった時代があった。わたしはベルとバックミラーの両方がついているといいと思う。でもなんで両方ともなくなってしまったのだろう。思うに、たぶん買う人が「いらない」と言うのだろう。

ここからはその推測に基づいて思いつくままを書いてみる。

ついさっき、散歩に出かけて帰って来た。途中、あまり広くない歩道を歩いていた時、私の両側を同時に自転車が追い越していった。どちらも私の体すれすれにスーッと走り去った。一瞬、いい気持しなかった。
最近思うに、自転車に後ろからぶつけられたらヤバイ。実際死んじゃってニュースになった人もいる。だから散歩するにも自転車に追突されない歩き方をしようと心がけているつもりだった。ちょくちょく後ろを振り返って自転車が来ないか確認する。また、自転車が通る歩道を歩かない、など。そんな折り、こういうことがあったのだ。

若い人は運動神経が敏感だからギリギリのところをかなりのスピードで通り抜けることができる。本人(たち)はそれを知っている。しかし他の人から見ると危ないと感じるだろう。本人たちはほかの人たちがそう見えていることを、多分、知らない。

また、「歩きスマホ」ならぬ「自転車スマホ」の人もいる。ひどい場合、耳にイヤホンを付けたまま自転車スマホという人もいる。これだと他人だけでなく自分も危険にさらすことになる。こう考えてくると、自分が危険に陥らない、他人を危険な目に合わせない、その両方に鈍感になってしまっている。そんなふうに感じてしまうのだけれど、どうだろうか。


今度から散歩は自転車の通らないような道を選ぶ必要があるようだ。

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初めての箱根

2018-03-04 | 「ひな」の日々

時間がたってしまいましたが、2月9日、「ひな」の日帰りバス旅行で箱根に行ってきました。いつものバス旅行同様、参加人員23人ほどなのに53人(?)乗りの大型バスをチャーターしたので、2座席に一人という、超余裕ある移動環境でした。これは、途中体調不良になったらゆっくり横になることもできるし、そうでなくてもすぐ脇に誰かが座っているわけではないので、特に話したくなければ話さなくてもよいということでもあります。

今回は東京都心を通らず、岩槻から東北道・圏央道・小田原厚木道路というルート。小田原西ICで降り、すぐ近くの「鈴廣」という有名なお店でカマボコとチクワの手作り体験からスタート。チクワはわりと簡単でしたが、カマボコは板に半円形にヘラで塗り付けるのがなかなか難しかったです。でもこの体験はほとんどのメンバーが振り返りで「いいね!」をつけていました。

終わるとちょうど昼食の時間。近くの「えれんなごっそ」というお店(いろいろなごちそうという意味)でビュッフェ形式の食事。好きな料理を好きなだけ。

 

さて、これからが「箱根」です。近くの箱根登山鉄道「風祭」(かざまつり)駅から電車に乗ります。電車はかなり混んでいてとても座れません。そしたら、若いカップルのうち男性の方が「どうぞ」と席を指さしています。え、 席を譲られるの?と一瞬戸惑いましたが、若い人から見ればわたしは見た目も中身も完ぺきな老人です。「ありがとうございます。恐縮です」とお礼を言って座らせてもらいました。

しかし、そのカップルが話していた言葉はどうも日本語ではありません。節度ある小さめの声で、響きから推測するに中国語のようでした。中国か台湾の人だったのでしょう。二人は私たちの降りる「強羅」の一つ手前で降りましたが、わたしはその男性に「謝謝」と言ったら小さくうん、うんと頷いていました。

強羅で箱根登山ケーブルカーに乗り換え、さらに「早雲山」から「大涌谷」までロープウェイです。
こうしていろいろな種類の乗り物に乗ったこと、特にロープウェイから見た富士山の姿はメンバーには印象的だったようです。

大涌谷で富士山の姿に再度感嘆し、名物の黒たまごも買って、最後は箱根神社にお参りして箱根を後にしました。

 

実はわたし、この歳になるまで箱根に行ったことがなかったのでした。若い頃(十代中頃)から仲間と山に登っていて、乗り物で誰でも簡単に行かれるような山、観光地化した山などは敬遠し、登るのが困難な山、スポーツとしての登山でなくてはならない、などと粋がっていたのです。ですからハイキングでみんなが行くような山、槍ヶ岳や白馬岳・日光の男体山などみんなが行く山は行っていないのです。観光地も行っていないところが多いです。今から思えばもったいないことをしました。

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散歩が・・・

2018-02-25 | 個人的つぶやき

(1月11日)
毎日氷点下の朝が続きます。冬だからあたりまえなんでしょうが、いつもの年なら寒い日々が続いても、時折ふっと寒さが途切れる日があるものなのに、この冬はそれがなく、寒い日ばかりです。

この寒さの中でも健気に咲いている花はあるのですが、私自身散歩が難しくなってしまいました。
左脚に痛みを感じ整形外科へ行ったら、しばらくのあいだ湿布を張りコルセットを付けるよう指示されてしまいました。

普通に歩くのは全く問題ないのですが、だからといって無理をするといけないようなのです。この状態が少し続きそうです。

それで、休みの日は散歩の代わりに、本や週刊誌、ネットなどで得た情報について、思ったこと・感じたことを書いてみようかと思います。

 

・・・・・と、このようなことを書いていたのですが、アップできずに時間ばかり経ってしまいました。左脚の方はとりあえず日常生活に支障はなくなりました。コルセットも勤務(作業)がある日だけ装着すればいいと思います。よろしかったらまたお付き合いください。(2/25 記)

 

 

 

 

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