散歩から探検へ~個人・住民・市民

副題を「政治を動かすもの」から「個人・住民・市民」へと変更、地域住民/世界市民として複眼的思考で政治的事象を捉える。

民族・宗教の対立による世界的無秩序の広がりを予測~永井陽之助1991年

2014年06月17日 | 永井陽之助
永井陽之助の公表資料の中で、筆者の持っている最新資料は日経1991/10/19のインタビュー記事「知的探求」だ。見出しは以下になる。
 「広がるワールド・ディスオーダー」
 『際限なき民族主義が世界的な無秩序を招く』

記事の最後に印象的なフレーズがある。
『民族自決を際限なく進めていけば、世界が“バルカン化”する。エスニック・ナショナリズムは性欲と似ていて、崇高な愛に昇華することもあるが、嫉妬、怨念、憎悪をかきたてる可能性のほうが大きい。その意味で今日の世界は、危険と不確実性をいよいよ深めている。』

ポーランドに始まる東欧革命は、1989/11/10における東西の対立を象徴するベルリンの壁撤去に至った。この影響は大きく、米ソ首脳は1989/12/3に行われたマルタ会談において、44年間続いた東西冷戦を終結させた。その後、東西ドイツは、1990/10/3に統一された(ウキ)。

それを「歴史の終わり」と評論するフランシス・フクヤマのような知識人もいたが、それほど単純なことでないのは、1978年のイラン革命が周辺諸国に及ぼした影響等を考えれば判る。様々な形で民族的、宗教的な主張が世界各地で表現され、運動も広がっているからだ。

永井は冷戦時代と今日の可測性について言及する。
『冷戦時代の方が、確実性があったし、予測可能だったことは事実です。ソ連はイデオロギーの国だから、その枠組で行動したし…ところが、ソ連はもうイデオロギー国家ではない。だからこの核大国がどのような行動をとるのか、全く予測不可能になったと云える。それに民族問題が噴出している。』

『これまでは冷戦の二極構造が求心力になって、東西両陣営に潜在していた“エスニック・コンフリクト(民族間の紛争)をほぼ完全に凍結していた。その求心力が融解したことと、ソ連の場合は共産主義という普遍主義が崩壊したことの二つが重なって、民族問題が噴出している。』

今日のプーチン・ロシアの外交をみれば、永井の指摘が適切であったことか良く判る。EU諸国はロシアを遅れた資本主義国として必死に自分たちを追いかけるだろうと思っていた節がある。しかし、ロシアは自らの強みを生かしナショナリズムをたぎらせて、EU諸国にチャレンジしているかのようだ。

では、人種のルツボ米国に波及する可能性はないのか。
『…米国は「アメリカン・デモクラシー」という強力なイデオロギーによって成立していた。…その統合の原理としての普遍主義が近年急速に力を失っていることは事実…エスニックごとに自己隔離化する傾向が著しくなった。』

いうまでもなく、黒人初の大統領オバマを選挙で選出したのは、米国が必死になってエスパニックグループを普遍主義に呼び込もうという努力の所産ということもできる。

『…文化相対主義、文化多元主義に基づく、エスニック・アイデンティティを主張する潮流が米国においても始まっておりこれが世界中に広がって本当に火がついたら大変なことになる。』

『「近代」という普遍主義を、テクノロジーを中心とする文明だとすれば、今世界で起こっておるのは「文明対文化」の対立の図式となる。…求心力を失って、今世界が猛烈な勢いで拡散している。』

全体を通してペシミスティックな調子なのは、ヨーロッパ的知性に親しんできた氏の政治学のしからしむ処のように思える。

      
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