散歩から探検へ~政治を動かすもの

自己認識の学・永井陽之助の政治学を支柱に、自由人による主体的浮動層の形成を目指し、政治状況の認識・評価・態度を語ります。

了解型意思決定の創出、川崎市議会・重冨議員~承認型と提案型の間に

2016年03月25日 | 地方自治
川崎市議会における教育委員任命の同意案件(市長提案)に、重冨議員は議員のなかで、ひとりだけ反対した。従来の地方議会での慣例である「特に問題がなければ同意する」を破って、“明確な理由を基に同意する”をあるべき姿と考えたからである。この考え方を「了解型意思決定」と呼ぼう(後述)。
 『審査・審議無の「教育委員同意案件」に反対有~川崎市議会の内部改革へ向けて160321』

何故、筆者が氏の考え方に共感するのか。その意思決定は川崎市民全体を代表するものになるからだ。
議員総体としての議会が意思決定を行うから、議会において意思決定が最重要な仕事となる。従って、議会が最高度の意思決定を行うように努力することが、議会の一員として各議員に課せられた第一優先の仕事になるはずである。

議会は人事の同意に関して、市長が任命する人物が適格であることを納得しなければならない。それは議場において確認すべきことである。
(1)市長の説明、(2)候補者の所信表明、(3)議員―候補者間の質疑応答、を実施することが本来の姿であろう。そうでなければ、議会は市民に充分な責任を果たしたことにはならない。

かつて、地方議会に関する或る「公開シンポジウム」において、片山元総務相が聴衆の中の地方議員に向けて、「意思決定を本当にやっています?」、「同意人事の案件では、ご本人から職務に関する取り組み方を聴いていますか?疑問点を質していますか?」、「少なくともその程度はやらないで、単に賛成するだけですか?」と話していたことが強烈な印象として、筆者の頭に残っている。

日本全国では二千程度の地方自治体があるだろうから、どこかで、これらの同意人事案件に対して「真の意思決定を行っている自治体もあるだろう」。重冨議員は同意に値する情報を得るべく、市の行政機構に問いを発したことをブログで語る。しかし、得られなかった。行政側からみても、答はだせないはずだ。

では、委員会での審議は行われたのであろうか。人事案件は「委員会への付託を省略する案件」になるのが慣習なのだ。本会議においても、提案説明「市長の任命理由読上げ」、質疑「議員の申出がなく終結」、採択「総員起立で可決」、即ち、“判を押す”様に、形式的に意思決定したことになる。

地方議会が批判させる場合、最初に挙げられる理由は以下のことだ。
 (1)議案の圧倒的多くは首長提案であり、
 (2)審議の過程で圧倒的多くは修正もなく、
 (3)議決において、圧倒的多くは全会一致の可決である。

しかし、例えば川崎市議会の「議会基本条例」は、議会の役割として第一に“意思決定”を掲げる(第3条―1-(1))。
そこで筆者は「意思決定」の分類・整理を試みた。
 ()提案型意思決定…議会が新たな条例等を策定し、可決する
 ()承認型意思決定…首長提案を修正提案・附帯決議等もなく可決する
上記の(1)―(3)に示した過程は、()に該当する。

では、今回の重冨議員の考え方を川崎市議会が賛同して実施に移した場合はどうだろうか。ここで筆者は()「了解型意思決定」を追加すべきと考える。
単なる承認では無く、実質的な質疑を経て意思決定するものだ。例えば、通常の年次予算案審議はどこの議会でも質疑は行われるであろう。一方、それを議会が見直しに持ち込めば、マスメディアのニュース沙汰になる。

では、可決すれば、承認型になるか?それもおかしい。理解し、意見が違うところがあってもその地方行政全般を考量して納得すれば、それは議会の活動として正当な評価を与えなければいけない。問題は質疑の質になる。従って、承認型意思決定と了解型意思決定の違いは、議会活動を質的に評価する市民の姿勢が重要になるはずだ。

その意味で、議会の意思決定に一石を投じた重冨議員の態度は、今後の地方議会全体への提案として貴重なものになるのだ。従って、多くの議会・議員が先ずはこのことを良く知って、自らの活動にフィードバックするように、吟味して頂きたいと考える。

     
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審査・審議無の「教育委員同意案件」に反対有~川崎市議会の内部改革へ向けて

2016年03月20日 | 地方自治
川崎市議会における若手の無所属・重冨たつや議員(中原区選出)はブログで次の様に報告する。
「2名の教育委員を任命しようとする今回の議案に、60人の市議会議員のうち、私一人だけが同意しませんでした。
理由は簡単で、市長などが新しく教育委員に任命しようとした2名について、公の場で何の議論もなく、また、この2名が最適だと言える根拠があまり見当たらなかったからです。」
 「市長と議会の微妙な関係!?教育委員の選び方はこのままでいいのか」

続けて「人事案件に対する考え方として、“同意する明確な理由がなければ同意しない”が、基本的なあるべき姿」だとしている。市長には選任の責任があるが、議会には同意の責任があるからだ。特に、教育問題は昨今ことのほか注目されており、教育委員の任命は重要な案件と考え、これまでの流れとは異なって、あるべき姿を追求することにした、とのことだ。

重冨議員は昨年4月の統一地方選挙において、議会改革の推進を旗印に掲げ、弱冠26歳の無所属新人として大健闘し、組織の引継、親子の引継がある中、真正の新人ながら初当選(10名枠の第5位)を果たした。今回の同意人事での態度は、その公約を推進する立場に立っての判断と評価できる。
 『自共伸長、民維衰退、25歳の無所属新人が大健闘!~川崎市議会議員選挙150416』

川崎市議会では周知の如く、「反対する明確な理由がなければ同意する」が常態になっている。更にこれは、日本全国のほとんどの地方議会での慣習になっているはずだ。これに一石を投じたことは、地方議会のあり方に対して限りなく大きな問題提起になるはずだ。
更に重要な事は、川崎市議会において漸く議員から議会の審議に関する改革の動きが出てきたことだ。

同意人事は意思決定の一つであることは地方自治法を紐解かなくても判ることだ。では、議会における意思決定はどのように実施されるのか?川崎市議会基本条例を紐解いてみよう。
第3条 議会は、(1)議案等の審議及び審査により、市の意思決定を行うこと。
第4条 議員は、(1) 議案等の審議、審査等を行うこと。

審議、審査が必要なのだが、同意人事について真剣に審議、審査がなされた例を探し出すことは、恐らく、クローバー畑の中で”四つ葉のクローバー”を見つけ出すことに等しい稀少価値を持つことになりそうだ。

重冨議員は、以下の理由で教育委員の任命について慎重に同意をする必要があると考えている。
1)教育委員は過去に選挙で選出されており、他の人事案件とは異なる
2)教育委員会の存在意義が議論になるほど教育への注目度が高い
3)川崎市では、教育(委員会)への信頼が揺らぐ事案が頻発している

更に今後の改善点では、市長側はより丁寧な説明を行い、議会側はそれを十分に吟味するだけの日程を確保すること、と提案する。また、教教育委員会は意思決定機関であり、教育委員は事務局と協力し、時にはぶつかり合う議論が必要なはず、としている。

重冨議員は、福嶋浩彦教授(中央学院大学)の言葉「ある案件について、議会の中で多数派となり変革を起こすのは容易ではない、しかし、その案件だけでも市民の中で多数派になれば、議会は動かざるを得ない」を引用して、広く市民にもチャレンジしている。
それと共に、「皆さんが応援している議員さん方にも問いかけを行って頂きたい」とのメッセージでブログを締め括っている。

      
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「庶民的英知・職人的賢さ」の評価から政治意識論へ~永井政治学の基底

2016年03月19日 | 永井陽之助
「軍隊生活こそ、本当の意味で、日本の社会と直に触れあった初めての機会だったのです。軍隊に入って初めて、今まで全然知らなかった、逞しい生活力を持った人たちに接して圧倒された。いわゆる庶民のものの考え方、その賢さとか、要領の良さとか、我々には全然ない能力をそこに見出した。」

これは「座談会・哲学の再建」(中央公論1966/6月号)での永井陽之助の発言だ。
他に江藤淳、山崎正和、富永健一、上山春平、沢田充茂の錚々たるメンバーが「自分と世界、認識と表現、批評とイメージの根源を問い、新たな哲学を模索する」との問題意識のもと、66頁にわたって、議論している長いシンポジウムだ。

 1.哲学との出会い 2.現代人の不安と哲学の貧困
 3.職人の世界と現代の擬似的世界 4.社会科学の意味と方法
 5.文化の持続と社会の復元力 6.批評とイメージ

「1.哲学との出会い」で各人各様の紹介があり、他の5名が100行前後にも関わらず、永井は260行に亘り、戦中の旧制中高校生活、戦時の台湾での軍隊経験、終戦直後の社会的雰囲気、戦後の東大における学生から研究者への道、北大での本格的な研究者生活、それらの中での哲学的な葛藤について話している。

後の東工大最終講義にも戦後体験、旧制高校時代の読書体験が綴られている(『二十世紀と共に生きて』(「二十世紀の遺産」)所収文藝春秋社1985)。
しかし、この座談会での上記の260行発言の方が、冒頭に掲げた「日本社会と直に触れあった経験」と本人が考えることも含めて、永井政治学の核心を捉えるうえで、参考になる記述が豊富にあると思う。

永井は具体的な経験について話してはいないが、同じ様な軍隊経験をした知識人は多くいるように思う。しかし、大切なことはその中味から何を発想するのかである。もっとも、入院体験が主であったようなのだが。

「日本社会と直に触れあった経験」と考え、特に「逞しい生活力、庶民の考え方等、我々には全然ない能力をそこに見出した」との肯定的な評価をした学徒(我々)は、どの程度いたのだろうか?いたことはおそらく間違いないが、知識人・大学教授で社会的発言をする人にはならなかったのであろう。

終戦後、永井が丸山眞男の「超国家主義の論理と心理」と共に、坂口安吾の「堕落論」に衝撃を受けたことと上記の“経験”は無関係ではあるまい。

「3.職人の世界と現代の擬似的世界」においても、というよりは永井の発言が、そのセッションの題を構成したのだが、次の様な発言をしている。

「家庭の主婦や職人は、狭い世界では実に達人ですね。大変な英知と判断力を持っている。そのパーソナルな一次的接触の世界から離れた広い世界で、同じ様な判断・行動ができれば、大変な賢者となるわけです。」

「現代においては、自分の実感の世界はごく小さな世界だけで、他は、新聞、雑誌、テレビなど、いろんな情報で形づくられた第二次的な接触の世界です。かかる象徴的な環境のなかで、何とか判断していくには、職人的な賢さでは、お手上げになる。」

「職人的世界で身につけた英知と判断力は、その前提となるゲシュタルト構造を共有している狭い領域の問題群に対してのみ有効という限界を持っている。しかし、何とか社会や世界についての全体像を作らなければならない。そこで他人の借り物の理論によって補完して、外の世界と接触していく以外になくなる。」

「そこで、多くの人たちは、自分の体験で確かめられた実感や、コモンセンス、ウィズダムを洗練して広げるのではなく、それを否定してしまう。あるいはそれと全く無関係に、いわゆる「社会科学」と呼ばれ、確立されたオーソリティをもっている理論を、借り物として、身にまとう。」

ここでは、家庭の主婦、職人をその世界での達人として認め、それを基盤にして情報で形づくられた広い世界を判断する智恵をどのように身に付けるのか、という発想が窺われる。更に後年、「女房的リアリズム」との表現を使うようになり、「誰も書かなかったソ連」(鈴木俊子著、サンケイ出版1970)をその例として挙げたことがあったと思う。

ここに示された哲学論議における生活者の位置づけは、フッサールの『生活世界についての学という問題提起』(「ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学」)と接近する考え方である。それが永井政治学において、「政治意識論」を基底とすること(『政治学の基礎概念』1960)に結びつくと、筆者は考える。

      
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難民問題への視座~“マシーン政治”を評価する永井政治学

2016年03月14日 | 永井陽之助
『なぜ米国に社会主義はあるか』(「年報政治学」(1966)岩波書店)によれば、
「南北戦争からニューディールまで、「投票獲得のビジネス組織」として、いわば「組織化された買収のシステム」であったマシーンは、正統な土着のアングロサクソン=プロテスタント=ミドルクラスの倫理(清廉、正直、公正無私、能率)の反対物としてリフォーミズムの絶えざる道徳的攻撃の的であった。」

マシーン政治とは利権、ポストに便宜を図り、見返りに投票を獲得する手法を組織的に行う米国での政治スタイルのことである。特に1875年から1950年の間が最盛期とされている(Wiki)。

日本でも「買収」と「ビジネス」の結合イメージで捉えられ、特に革新派からは負の政治と見られている。大森弥氏は「アメリカ民主政治における明白な失敗」とのブライスの言葉を引用する(「都市の経営」(「岩波講座・現代都市政策Ⅴ」1973))。

しかし、「「マシーン」は「その人間的温かさ、庶民の人間的要求の理解」において、「最大の社会奉仕機関」であった。」という歴史学者・チャールズ・ビアードの言葉を引用して永井陽之助は、
「英語も話せず、職も家も友人もなく、すべての価値を剥奪されて大都市の貧民街に放り出された移民群にとって、「マシーン」こそは、社会主義諸政党の下部組織となった各種の「外国語諸同盟」と共に、閉ざされた社会的上昇の機会を提供する唯一のルートであった。」と続ける。

この時代での移民群は現代における難民の原型をなすと言って良いだろう。時の移民たちの状況と何を望んだか、それを理解して、かつ、それに対応するシステムをビジネスとして確立した処に、移民国家・米国の社会的安定へのアプローチを見ることができる。その基盤にあるのはボランティア精神であろうし、それとビジネス精神を結合させた政治集団の政策なのだ。

しかし、リフォーム運動を含めたきれいな政治を求める要求を背景に「マシーン」が衰退することによって、何が起きたのか。
「この「マシーン政治」の特別主義的なパトロネージと物質的インセンティブの漸減に伴い、また、それに代わる大衆政党の末端組織の欠如によって、下層ニグロは、かつての移民労働者が亭受し得た保護すら奪われ、もっぱらミドルクラス黒人の指導に独占された一般的、抽象的な「人権問題」と、インパーソナルな行政機構支配のもとで、疎外され、搾取され続けてきた」。

「ミドルクラス黒人と白人の協力によって「公民権」獲得のプロテスト運動は連邦政府に対して象徴的な勝利を勝ち得ても、下層ニグロに沈殿していく不平不満を組織化していく「政治」に成功していない。かくて、「豊かな社会」は、点火の火を待つダイナマイトの上に築かれているといって過言ではない」。

“点火の火を待つダイナマイト”とは、永井流の過剰な表現ではある。しかし、今日のトルコを含む欧州における難民問題、爆破テロ事件の報道を見るにつけ、50年前の米国移民に関する記述が、今の難民を生み出す混沌の状況とその結果に対する洞察を含んでいるとの認識をせざるを得ない。

ここまでの永井の記述の引用は、その論文の『はじめに』の部分である。そこで、最後の部分を、
「第一次世界大戦当時、ピューリタン的なミドルクラスのモラリズムから解放され、「マシーン政治」に深い同情をもっていたリンカーン・ステフェンズの様な知識人がロシア革命の二十世紀的本質に迫り得たという事実にこそ、現代の米国の困難を打破する鍵が潜んでいるように思われる」と結ぶ。

マシーン政治が突如として現れることは現代の日本では有り得ないし、その必要もない。しかし、コミュニティの形成を基盤に生活・仕事の安定化を図ることが先決になり、その上で日本への同化政策が必要となる。民間のNPO、ボランティア団体によるサポートも不可欠の要素である。

同じ国あるいは民族の人たちが集まって地域を形成することもあるだろう。新宿辺りでは、中国人が、大久保に行くと韓国人が、高田馬場ではミャンマー人が集っているようにも見える。

筆者が住む近辺においても、アジア系の人たちと行き交うことが多くなってきている。おそらく、イベント等が別の角度から見直されているだろう。

しかし、難民に対する関心は国内においては未だ高くはない。もっとアンテナを高くして、難民を見ない国から脱皮を図る必要がある。
 『「難民を見ない国」・日本、合格率0.2%の狭き門~「未来世紀・ジパング」から160217』

            
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豪の完全優勝を応援~「なでしこ」のリオ・オリンピック出場へ向けて

2016年03月03日 | スポーツ
日本は豪に3-1で破れた。試合全体として完敗であると共に、NHKニュースを見て、不可解に思った。得点シーンが全4得点の中で、2点だけで、それも日豪の1点ずつであり、かつ、豪の先制点及び試合を決定付けた3点目は放映されていなかったからだ。放映された2点は結果として試合の帰趨に関係なかったのだ。映像を見ただけでは同点と勘違いすることも有り得るのだから。

前半の豪2点目は主審のヘッドにボールが当たって、その跳ね返りが相手に対する絶好のパスになった。不運の一言!しかし、阪口の右から左へのサイドチェンジは、審判から見れば自分にめがけてボールが来るとは考えていなかっただろう。頭を越えて後側の日本選手に渡ると予測したはずだ。

すると、審判は頭の辺りを越えた処で受け手(日)とその周辺のマーカー(豪)を確認しつつ、豪サイドの状況全体を視野に収めることが頭にあったに違いないのだ。従って、走っている状況ではなく、立ち姿勢であったから左右には直ぐに動けず、しゃがみ込むわけにもいかず、頭を下げる以外になかった…それが。

一方、阪口は中盤でボールをキープしたが、豪選手に素早く追いつかれ,切り返しで自陣を向かざるを得なくなった処で思惑が外れて少し焦ったようだ。切り返しも180度に近く、キックに余裕がなかったように見える。

結果として最悪ケースになったが、その後の豪の素早い攻めは良かったし、逆に日本の守備陣は粘りもなかった。中央から中央右へ、ヘイマンに走られたときに、マークしていた選手は付いていかず、GKの飛び出しも早く、前への動きの最中に、簡単にヘイマンのシュートを許した。

これだけでなく、1点目、3点目の豪のゴール前の動きは研究と練習の成果を見せている様に見える。逆に、ゴール前でのマーク、競り合いに甘い日本の守備陣はどうした?と考えさせられる。ただ、1点目の連携は、らしさを示しており、有吉のゴール前の飛び出しから大儀見の得点は鮮やかだった。

次の韓国戦を合わせて簡単に云えることは、世界の女性サッカーの進歩は著しく、日本はお得意の領域、但し伸び代は小さい、だけに磨きをかけて、大きく改革すべき領域には、手が付けられていない様だ。それにプラスして日本は米国に大敗した先のワールドカップ決勝を徹底的に研究されている様に外野からは見える。

その問題の基底にあるのは、今でもキャッチフレーズになっている「最後まで諦めない」の精神だ。これは先の記事において触れた。即ち、日本は米国の自己主張に反発せず、そのプレーに付いていくだけで…諦めない姿勢が「我慢」を生み、米国選手に心理までも簡単に読まれてしまった。
 『米国に“自己主張”を許した“諦めない姿勢”~「なでしこ」の意義と課題150706』

従って、澤選手が力強く言った「全力を尽くす」に戻る必要があるのだ。「最後まで諦めない」とは、相手との闘いではなく、自己との闘いという閉鎖的な心理に自らを追い込む危険性を孕む。特に同調的雰囲気の下で、社会的圧力に晒されるとき、これに立ち向かうにはよほどの自己認識に達していないと難しい。
 『「全力を尽くす」から「諦めない姿勢」への転換~なでしこジャパンの敗因150704』

さて、全力を尽くすことにして、相手も同じ状況に変わりなく激突は続く。例えば、日本が中国、北朝鮮に勝つ確率は、豪が中国、北朝鮮、韓国に勝つ確率よりも小さいだろう。しかし、その豪も四ヶ国に対して抜きん出る実力があるとは言い難い。ドングリ五ヶ国なのだから。

それでもベトナムを除き、豪が中韓朝に勝つと仮定すれば、日中韓朝は同じ土俵にいる。それぞれが全て引分試合であれば、対豪、ベトナム戦での得失点差勝負となる。そこで、日本として応援は「豪」にすべきなのだ!
加えて、中対韓は引分けになること。

日本チームには(1)ベトナム戦での大量得点
       (2)対中、朝には最低限、引き分け を期待したい。

      
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