散歩から探検へ~政治を動かすもの

自己認識の学・永井陽之助の政治学を支柱に、自由人による主体的浮動層の形成を目指し、政治状況の認識・評価・態度を語ります。

ムチャクチャな表現、地方創生~地方は消滅なのか?

2014年10月29日 | 国内政治
創生と言う言葉を聞いて、確か創生日本とかいう政治団体があったな、と思い浮かんだ。これはボーンアゲインということか?あるいは維新であるのか?ともかく、直近の世界を否定した革命的変革を起こすということだろう。

しかし、イデオロギーであるならともかく、現実に多くの人たちにとっての「生活の場」を新たに生まれるかのように創るという表現は信じ難い表現だ。メチャクチャな日本語の使い方だ。それなら、大地震と津波によって破壊された地域を創生出来るのか?3年が経過しても、復興は遅々として進んでいない。

その中で、増田レポートが地方消滅を警告し、その反動を利用して「地方創生」を提言して金を引っ張り出そうとしている。これに対してまちづくりを長年、手がけている木下斉氏が増田レポートのスタンスを鋭く批判している。

木下氏の議論を以下にまとめて見よう。
「大筋「地方が消滅する可能性がある」という話は間違っていない。しかし、一連の「地方消滅」の議論では、「地方そのものの衰退問題」、「地方自治体の経営破綻の問題」、「国単位での少子化問題」、この3つが全て混在する。しかも、東京から地方への人口移動を中心に据えれば、地方も活性化、地方自治体も存続、さらに少子化まで解消する、としている」。そんなうまい話は無いのだ。

結局、木下氏は増田レポートのイデオロギー性を指摘しているのだ。イデオロギー性とは問題の誇大化と単純化である。ここでの誇大化は地方人口の減少=地方消滅であり、単純化とは人口問題に還元していることだ。

以下、次の順に話を進める。
1.消えるのは、「地方そのもの」ではない
2.自治体は直近の財政破綻を危惧すべき
3.国民を移動させる前に、自治体経営の見直しを
4.大都市部の少子化問題と向き合うべき
5.ギャンブルのような一発逆転ではなく、潰れない地方政策を
6.繰り返される地方政策の間違いと向きあおう

「増田レポートは「今の単位の地方自治体…今のまま経営…潰れる」と云っている。人口減少が続き半減…その自治体は立ち行かない…消滅。自治体はその地域における行政のサービス単位…その単位は常に組替を含めて環境に対応して再編…人々の生活を支えていくのが基本。」

「人々は、自治体が人々の生活を支えるという「機能」のために納税…自治体のために地方に住んでいるわけでも、自治体を支えるために納税しているわけでもない」。

論考の中での「1-4」は特に真新しい問題では無く、過去から連綿として指摘され続けている。何故、そうなるのか?欧州先進諸国がEUを運営しながら、少しずつ難問に取組む中で、日本が取り残されている感があるのは何故か?それが「5-6」に展開される。

先ず、繰り返される地方政策の間違いと向きあおうことだ。場当たり的で、言葉だけで口当たりの良いことを云い、結局、ハコモノ行政で土建業者を中心に金と施設をばらまいていることになる。
論考の中で紹介されているのは、「岩手県紫波町「オガールプロジェクト」 補助金に頼らない新しい公民連携の未来予想図」だ。

「国に頼らず、地方自治体の経営を見直し…地域自体に新たな経済を生み出す知恵が生まれ…必要なのは手助けではなく、現実と向き合い、未来に対して行動する地域の人たちの決意と知恵…現場での取組…可能性を強く感じる」。

「この10年…地域再生法、都市再生法、中心市街地活性化法…今回の地方創生で語られて施策と予算…山ほど供給。」「国のモデル事業に取り組んで幸せになった地域はどれだけあるか?」

「「地方消滅」と煽り…国が積極的に関与…自治体に計画…予算をつける…従来型の政策…繰り返す…地方の消滅を早めてしまいかねない。」「「地方消滅」の中身…分類して精査…過去の施策の過ちと正面から向き合うことが必要」。

従って、「地方創生」というメチャクチャな日本語に象徴される「人口が爆発的に増加する時代に対応した自治体経営や各種社会制度」「非効率な「量」を追う施策」「ギャンブルのような一発逆転」ではなく、「潰れない地方自治体の構築を可能にする、生産性の高い地方のあり方を検討すること」だ。

      

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「永井政治学の世界」 はしがき(2)~第二の契機、その後

2014年10月27日 | 永井陽之助
昨日の記事の続きになる。
 『「永井政治学の世界」 はしがき~第一の契機141026』

その後、民主党政権下で管直人首相が誕生し、報道によれば、施政方針演説で「…イデオロギーではなく、現実主義をベースに国際政治を論じ、「平和の代償」を著した永井陽之助先生を中心に、勉強会を重ねてきた。」と述べた。

しかし、これは正確ではないはずだ。何故なら、教授は筆者が4年生のときのゼミ形式での授業で大学紛争の話に及んだ際、「(管氏が所属していた)現代問題研究会と研究会みたいなことはしていなかった」「(紛争が終わってからも)特に何もない」と話していたからだ。
 『管直人対渡辺嘉美、どちらが愛弟子131117』

現時点での筆者の解釈は「現代問題研究会の会合に呼んで話を聞いたことはあったにしても、教授を囲んで勉強会をするほどの存在ではなく」「政治家に許される程度に表面を飾るウソ」ということだ。

更に、市民運動時代の管氏は革新勢力側にポジションをおき、松下圭一氏の思想系列にいたように思う。沖縄問題等に関しても永井教授の現実主義とは相容れない立場にあったはずだ。どこから何を学んだのか全くわからない。

これに対して、渡辺嘉美・みんなの党代表が菅直人首相に、「永井教授は、何と言っていたか。…「力の均衡」体系を形成するという政治課題は、日本の大きな使命である、と説いている。」と質問している。そんなことも書いているが、それが主題の論文ではない。

結論的には、どちらも永井政治学の本質を射ていない。しかし、永井氏から国際政治を学んだという政治家が、うろ覚えで、軽く学者を利用している発言には違和感を覚えた。これが、「永井論」をまとめようと考えた“第二の契機”であった。

そこで、永井政治学の視点を頭に描きながら、世の中の出来事を考えていこうと思い立ち、ブログを書くことにした。地方自治に関するメルマガを旬刊で5年間書き続けることが出来たので、何とかなるだろうとの思惑であった。その中で、永井政治学を随所に紹介したいという思いもあった。

始めてみると、随所まではいかないが、氏の問題意識にミートする政治的・社会的事象が適宜、出てくることが判った。面白い一方で、事象そのものにも、のめり込み、永井政治学とは離れた処に自身の関心が向き、発散してまとまりに欠けるようにもなってきた。

最近は、小さなテーマを設定し、数回でまとめる工夫もしているが、その程度では、内なる永井政治学を整理し、新たな認識の糧にはできなくなるとの焦燥感が強くなってきた。そこで思い切りよく、『永井政治学の世界』を企画してみた。

どちらの方向へ転ぶのか、あるいは立ち止まるのか、判らないが、
これが『散歩から探検へ』の精神であって、自らの関心に好奇心を持って進んでいくことにしよう。

      
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「永井政治学の世界」 はしがき~第一の契機

2014年10月26日 | 永井陽之助
団塊の世代である筆者は大学時代に永井陽之助氏の授業を受講、卒業後は技術者として民間企業で仕事をし、一介の市民として生活する中で、氏の新たな論文等が公表されるごとに、それらを継続的に読んできた。その意味で、新聞の読書欄を注意深く読み、また、有名書店を適宜に巡って書棚をみるなど、趣味の読書のネタを仕入れると共に、雑誌を立ち読みし、新刊に氏の本あるいは氏の文献解題の中にある本がないか、などのチェックをしていた。

それと共に、普段の生活の中で、マスメディアの様々なニュースに接し、「こんな事象の時に氏はどう考えるだろうか」、あるいは、「そうだ、永井さんは、確か、こんなことを言っていたはずだ」など、思い出すことも良くあって、その都度、本をめくり、該当する箇所を探し、読み直していた。

その読み直しも面白く、これまで理解していたことが、浅い理解であって、「いや、そういうことだったのか!」とか、判らずにいたことが、別の箇所の記述と重なり合い、「やっと、理解できた!」との思いになったりした。

更に、進んでくると、「あそこに書かれた内容をもう一度、確認しておこう!」と頭に浮かび、その箇所と周辺の記述を合わせて読み、周辺部分でも当時、読み飛ばした処に気が付き、認識を新たにするなどの経験も、一度や二度ではなかった。そんなことが重なると、いつからとはなく、氏の思考が独特の方法を含み、「永井政治学」と云って良い様な、いや、そう呼ぶべき内容を豊富に含むと感じる様になってきた。

今から思うとそんな経験なのだ。であるから、表紙が破れたり、破れかかったりしている本がある。激しい順に、「政治的人間」、「柔構造社会と暴力」、「現代政治学入門」、「平和の代償」だろうか。「現代と戦略」も仲間入りしそうだ。

一方、筆者は地域の少年サッカーコーチの経験から、地元の川崎市政及びそれを巡る市議会の実態に関心を持ち、2006年頃から地方議会改革に関する市民活動を手探りで始めた。

そのなかで、有権者の投票行動にも関心を持ち、そんな折り、氏の政治学の主要な概念である「主体的浮動層」の反対概念が「客体的浮動層」(筆者注.現在の無党派層の圧倒的多数に相当すると思われる)であることを確かめる必要にかられて、氏の著作を調べる気になった。うろ覚えの記憶を頼りに、氏の入った座談会「講座 日本の将来 世界の中の日本」の中で、触れられているかなと思い、グーグルで名前を入れて検索したところ、2チャネルにぶつかった。

そこで最新ニュースをみると、何と、
『<訃報>永井陽之助さん84歳=国際政治学者、2009年3月18日 毎日新聞
現実主義の論客として活躍した国際政治学者、東京工業大、青山学院大名誉教授の永井陽之助さんが昨年12月30日に亡くなっていた』。
 『永井陽之助~「自己認識の学」としての政治学20110502』

グーグルから2チャンネルへ、そこで知った情報とはいかにも現代的である。授業を受けていた単なる学生であって、特に親しくして頂いたわけではない。知ったのも幸運と思わなければいけないのだろう。

朝日新聞を検索しても、もちろん同じであったが、ここでも“国際政治学者”とあったので違和感を覚えたのは、確かであった。しかし、この違和感が「永井論」をまとめようと考えた“第一の契機”であった。

永井政治学の神髄は国際政治ではない。いや、そこも神髄ではあるのだが、本当の神髄は“政治意識論をベースにした政治理論”にあるのだ。これが永井政治学について筆者がこれから「永井論」を書こうとする強い動機である。

(本稿は「永井政治学の世界」の『はしがき』として執筆)




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「Gの世界」と「Lの世界」~産業・仕事・教育のパラダイムシフト

2014年10月25日 | 教育
「まち・ひと・しごと創生会議」における冨山和彦氏のプレゼン「我が国の産業構造と労働市場のパラダイムシフトから見る高等教育機関の今後の方向性」が注目されている。Gはグローバル、Lはローカルで、既に「日経グローカル」という雑誌がある位だ。

上記の「会議」は、人口急減・超高齢化という我が国が直面する大きな課題に対し政府一体となって取り組み、各地域がそれぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会を創生できるよう提言する9/3に設置された本部直下の諮問機関だ。魅力あふれる地方を創生し、地方への人の流れをつくることを謳っている。

冨山氏によれば、下記の如く、グローバル化の中で、経済圏としてローカルな世界も存在し、それはグローバル経済圏と異なる経済圏を構成している。日本の製造業や情報産業などのG型産業はグローバル化する。従って、雇用を支えるのはL型産業、流通・外食・介護等だ。


 
当然、産業構造の変化に応じて雇用、教育も変化が必須になる。雇用は長期的にG型が漸減傾向であるのに対し、L型は増加傾向・労働力不足が深刻化する。L型の労働力不足を解消するためには、「労働生産性≒賃金」の持続的上昇が必須となる。しかし、日本の生産性は、欧米諸国と比較しても低水準なのだ。

L型の世界の生産性を向上させるためには、L型大学における「職業訓練の展開」が必要となる。職業訓練の高度化を専門学校、専修学校の看板の架け替えに矮小化すべきではない!ごく一部のTop Tier校・学部以外はL型大学と位置づけ、職業訓練校化する議論も射程に入れることは必須なのだ。

L型大学には、従来の文系学部はほとんど不要で、辞めるか、職業訓練教員としての訓練、再教育を受ける。理系でもG型世界で通用しない教授も同様だ。
英文学の先生は全員、TOEICの点数獲得教育能力、
経営学の先生は簿記会計2級合格弥生会計ソフトで財務三表を作る訓練能力、
法学部の先生は宅建合格やビジネス法務合格の受験指導能力、
工学部の先生はトップメーカーで最新鋭の工作機械の使い方を勉強する。

L型大学(含む専修・専門学校)では、「学問」よりも、「実践力」を。
L型大学で学ぶべき内容(例)
英文学部 シェイクスピア、文学概論ではなく、
     観光業で必要となる英語、地元の歴史・文化の名所説明力
経済・経営学部 マイケルポーター、戦略論ではなく、
        簿記・会計、弥生会計ソフトの 使い方
法学部 憲法、刑法ではなく、
    道路交通法、大型第二種免許・大型特殊第二種免許の取得
工学部 機械力学、流体力学ではなく、
    TOYOTAで使われている最新鋭の工作機械の使い方

具体的な点については議論があるだろうが、大筋は、冨山氏を文部科学大臣にすべきだと言いたい内容だ。
それにしても、永井陽之助が「柔構造社会における学生の反逆」(1968)における『情報革命と大学教育』で議論した中間指導者を養成する部分を極めて中途半端にし、膨大に膨れあがった文系の一般大学生を単に遊ばせておくことによって、教養のもなく、実践知識もない大量の卒業生を世の中に送り出したツケが回っている様に見える。

これは地方創生という無茶苦茶な日本語で表現されている政策ではなく、日本の将来に向けて、第1に取り組むべき最重要の課題なのだ。

      
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選挙対策あって、政治戦略なし~小渕優子議員の政治資金問題

2014年10月23日 | 政治理論
政治と金の問題は今回もマスメディアを賑わしているが、何か視点が外れる。これは地方議員の政務活動費(旧政務調査会費)が問題になるときと同じだ。先ず、個人後援会を作り「観劇会」を明治座で行うことが必要なのか、議論はそこから始まるはずだ。

これは明らかに、有権者の投票行動を政策ではなく、議員と特定の有権者との心理的距離感の近さで誘う方法だ。その心理的距離感を観劇会に象徴させ、そのイベントの中で、議員が挨拶することでそれを保証する。

このイベントに掛かる費用を参加する有権者が負担したとしても、企画実行する小渕本人を始め、関係する秘書、後援会等の企画・実行側の時間は勝っているわけではないので、すべての実費を負担するわけではない。

従って、金により有権者の投票行動へ影響を与える行為になる。即ち、選挙対策である。しかし、その中味に政策は何も関与されない。政治戦略はどこにも顕れない非政治的環境が、優れて政治的選択をする場となる。これが、日本の政治ではなく、統治を維持する仕組みなのだ。

何故なら「政治とは古い慣習や伝統の力ではもはや利益の統合が不可能になる程度に、個人やグループの利益の分化が進行した社会において、単独者の恣意やイデオロギーや不当な実力行使によらず、不断の利益の調整を行わなければならないところでは、どこでも必要となる人間行動であり、「わざ」である」からだ。
従って、事象ではなく、古くから連綿として続く、“統治”の手法なのだ。
 (「現代政治学入門」P6(有斐閣)1965)。

このような統治事象が主として発現する中では、「政治と金」の問題は「統治における金」にすり替わる。今回の小渕議員の政治資金問題は、自民党による日本の統治をオースライズする統治上の儀式の一つに他ならない。その儀式の最後のステップである選挙へ向けてのためだ。従って、選挙対策であって、政治戦略は影も形も見えてこないことになる。

従って、政治家の秘書が資金管理の実情を描く記事が良く読まれ、有識者が「このレポート内容は的確です!」などと、増幅することになるのだ。そのなかで、「なぜ小渕優子前経産相は「収支がわからない」のか、国会議員事務所のお財布事情と政治家の“哀しい性”」として、松井雅博・現役国会議員政策担当秘書は次のように云う。カネ勘定も含めた国政の「実務」を知る立場から、国会議員事務所のお財布事情と、有権者からは見えづらい、政治家の生態を解説する。

「国会議員のカネの入りを解説! 年間活動費は約2500万円」「議員の雑務は多岐にわたる 公設秘書三人でも手は足りない」「支援者に「割り勘で」と言えるか 議員の職業病と“哀しき性”」「議員と深い付き合いを持ちやすい年齢層 若者とお年寄りの将来に起こることとは?」
以上の様に、議員の仕事には金がかかることを説明する。

更に、その背景にある要因を示し、事件の責任に言及する。しかし、その結論は余りにも陳腐で言い尽くされていることである。
即ち、これもつん婦な前置きだが、「単に彼女たちを批判し、辞任に追い込めばよいわけではない」としつつ、「金銭的クリーンさを議員にどこまで求め、またそれに対する規制はどの程度であるべきか」と云っているだけだ。

この程度しか云わないのだが、その一方で、
「有権者もまた、こういったスキャンダルを一過的に騒ぎたてるのではなく、しっかりと公開された資料に目を通すべきである。単にヒステリーを起こすだけでは、「一人前の有権者」としては失格だろう」と、お説教を垂れる。

要するに、自らの仕事に関しては、「現実に屈服」し、ミスが発生するのを結果として容認しているだけの政治秘書が、有権者に非現実的なことを要求し、それをやらなければ有権者の資格がないと言ってのけるのだ。こんな倒錯は、閉鎖的な「議員―政治秘書」のサークルだけで仕事をするから発生するのだ。
政治の行く先も暗い、と言わざるを得ない。

      
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「政治を動かすもの」~直近テーマの紹介

2014年10月21日 | 企画
最近、仕事の関係で記事が掲載できずに、テーマも捌けず、やや焦り気味。
ここでは、字本の関心に引っかかってきたことを書き並べている。
記事にできたのは『日本電子産業の凋落』程度だ。
紹介とまでは行かず、羅列に終わっているのは残念だ。

永井政治学の世界― (別紙)
 『企画・永井政治学の世界~自己認識の学として141017』

永井政治学
・認識の象徴と組織化の象徴~感情喚起説を巡って
・「今日のマルクス」を予言~1976年、レオンチェフ
・世代間での公平性の先駆的指摘~1976年、K・Boulding「贈与の経済学序説」

マクロ社会政策(人口減少・大都市・地方縮小)
・ケアコンパクトシティ
・地方創生
・「消滅可能性都市」の問題点
・増田論文の意図的な衝撃
・創生会議録と木下反論

成熟社会
・ネグレクト
・中東の戦線へ向かう西側の若者
・「褒める」と「認める」の違い~岸英光氏のコーチングの世界

政治/外交
・「慰安婦問題」は何を提起したか
・新聞報道と事実確認

地方自治
・地方政府形態論~後・砂原を巡って
・「政策の優先順位」と決算に対する視点

川崎市
・川崎での地域課題への対応~区長は課題を提起する役割
・政令市:中途半端な総合区の役割

経済/経営
・インフレの実態―需要律速
  物価指数内訳・家計調査―経済統計を読む
・人手不足と低賃金
  給与・労働者数の増減―経済統計を読む
・日本電子産業の凋落~貿易赤字の原因
  日経 西村吉雄 電子立国は、なぜ凋落したか(1)
  テレビ事業惨敗招いた「垂直統合」と「自前主義」~貿易赤字の原因
  電子立国は、なぜ凋落したか(3)

グローバル化/国家

社会理論

サッカー/からだ

身近/回想
・新宿西口の風景~町から都市へ

本の世界
・江藤淳「成熟と喪失」(1965年)~
・江藤淳「危機と自己発見」~
・「漱石」と「ルッター」~若き日のアイデンティティの危機
・小此木啓吾「モラトリアム人間の時代」(1978年)~
・三浦雅士「青春の終焉」(2000年)~


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日米安保と自衛隊の存在~憲法第九条のノーベル平和賞騒動とは

2014年10月19日 | 国際政治
毎年恒例のマスメディアによるノーベ賞騒ぎも、今年は物理学賞に青色LEDの研究及び開発に関連した日本人3名(注.中村氏は米国国籍)の受賞によって、腰を抜かしたような空騒ぎに終わった。それはおそらく日本人以外に受賞者が含まれていなかったことによると考えられる。

それと共に、村上春樹氏の文学賞、憲法第9条の平和賞が受賞を逃したことによる国民的騒ぎの期待が収縮したことにもよると思われる。物理学賞は科学という普遍的事象に対するものであり、日本人といえども国籍は個人の属性としてしか意味がない(注.中村氏の国籍にも注目していない)。

これに対して「村上春樹」及び「憲法第九条」は共に日本国の特殊性を反映していると、メディアは考えていると推察できるからだ。これによって日本はその特殊性を世界に認められたと主張できるのだ。

特に、「憲法第9条」が今回の受賞を逃したことに関して、朝日、産経が対照的な論評を加えていることから判る様に、メディアの一部に盛り上がりを示している。すなわち、政治的争点として鋭い対立があり、その平和賞受賞の有無が政治的に利用される様相を示しているのだ。

第九条を確認すれば、以下の様になる。
第1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

実行委員会ができているので、推薦の理由を知ろうとネットで覗いてみたが、署名獲得のことしか記事にはなく、そんなものかと意外に思った。推進する当事者にとって、憲法の表現も、現状の日本のことも改めて説明するほどもなく、自明のことだと考えているかの様である。

ここで問題は第2項だ。
第1項は目的であり、それは後で述べる様に、パリ不戦条約(1928)をベースにしている。これは当時の日本も幣原首相が調印している。

永井陽之助氏が平和の代償で指摘しているように、
「新憲法の新しい意味は、この不戦条約のような意図(侵略とか、自衛とかの)の点での自己制約のみならず、能力(軍備)の点で一切の戦力保持を禁止した、その徹底性にある」(P168)。

上記の問題点については本に任せるとして、日米安保条約及び自衛隊の存在が問題になることは誰でも判ることだ。しかし、これが現実であった、そして今でも続いている。即ち、この手段を背景にした外交的努力によって平和が維持されてきた、と見る他はない。

何故なら、不戦条約は戦争を防げず、日本国憲法第九条第1項の戦争放棄規定だけからは、戦争を防ぐことはできず、第2項の戦力なき戦力の自衛隊と、日米安保の実体である日本駐在米軍がクローズアップされる。勿論、核のカサも含まれる。これを突き詰めれば、冷戦が日本を戦争から回避させたことになる。
確かに、結果的にはこれが真実であろう。

      
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企画『永井政治学の世界』~“自己認識の学”として

2014年10月17日 | 永井陽之助
このブログは元はと云えば、永井陽之助の政治学を支柱に、政治状況の認識・評価・態度を語ることを考えて始めたものだ。その中で、自分の描いている永井政治学を明らかにしてみたいと思っていた。

しかし、始めてみると、最初は永井政治学に引っ掛けられる事象を適当なタイムスパンで取り上げたが、世の中の事象を自分で論評することに関心が向いていった。特に安倍政権から黒田・新日銀総裁の「異次元金融緩和」に至り、自分のとっては経済をフォローすることに関心が向いた。
 『黒田バズーカ砲は華麗なる空砲か~株と無縁の住民の眼130424』

それでも適宜、永井に関連した記事も書き、永井政治学の一端を紹介もしていた。しかし、それもまとめ切らずに、最近は、テーマを決めて「思考方法、原体験」に絞って論じてみた。結果は、手掛かりを得た感覚になった。
 『原体験、フロイト流の自己分析140926』

そこで、更に大きいテーマを決めて“永井政治学”を論じてみたいと、思うようになった。一つには、青学時代に永井の薫陶を受けた国際政治学者・中山俊宏氏の「永井論」に違和感を覚えたことにもよる。例えば、氏は「永井のきらびやかな用語群」というが、そうなのだろうか?何か軽い表現の様な気がする。
 『永井陽之助“感染する思考”(3)140916』

先ずは「『永井政治学の世界』~“自己認識の学”」として、以下のことを考えてみたい。

「序.永井政治学の位置~「主体的浮動層」へ向けて」

本ブログの最初の記事に書いた様に「永井政治学の本当の神髄は“政治意識論をベースにした政治理論”にある」。それは、大衆社会において、如何に主体的浮動層を育成するのか、という問題意識に貫かれる。そこで筆者なぞは、国際政治に引きずられないで、政治意識を介した社会の動態分析を優先して欲しいと思っていた。大学紛争の頃は丁度その時期ではあった。
 『序にかえてー追悼の辞~永井政治学に学ぶ20110502』

「1.永井陽之助の思考方法~「迂回」しながら「飛躍」へ」
「2.現代社会への政治学的接近~作品としての「秩序」
「3.大衆民主主義と統治~「政治意識」からの出発」
「4.偶発革命から「柔構造社会」へ~「成熟時間」の発見」
「5.政治的人間論~「政治的成熟」への道」

以上が仮に付けた各論のタイトルだ。本来だと、ここから永井が具体的に関心をもった政治学の範疇に関して論じたい処だ。しかし、そこまでの整理は未だできていない。細かい意味での文献収集も抜けがある。

そこで先ず、「1.永井陽之助の思考方法~「迂回」しながら「飛躍」へ」の章立ては以下の様に決めて、始めてみる。これも仮の姿であり、今後、変更があるかもしれないが。

序論―思考方法の不思議
1-1 原体験
1-2 師との「交流」
1-3 衝撃・違和感との「対話」
1-4 両義性と矛盾の「直視」
1-5 目から鱗が落ちる「読書」

「1-1 原体験」については既に記事にした。もう一度、見直すにしても、記事にするかどうかは、そのときに考える。

従って、次は「1-2 師との「交流」」になる。

「兄・成男…寄るとさわると熱っぽい議論」
「ドイツ語教師(旧制二高)…神秘主義、ナチス」
「丸山眞男…政治意識への導入」
「リースマン…了解的方法」
「編集者・粕谷一希…仲介者」

以上の5名だが、「兄・成男」と「編集者・粕谷一希」は、必ずしも「師」ではない。しかし、永井に強く影響を及ぼしていると思われる。この中でも、政治的考え方に対して大きな影響を受けたのはリースマンであろう。なお、これらの人たちに対して、本格的に資料を集めたのでは無いから、簡単な試論になるだろう。


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現状維持による発展の意識~日の丸半導体の衰退

2014年10月14日 | 経営
この矛盾した「維持と発展」の両立が結局、日本の半導体を衰退させた、と筆者は考える。これは戦前の日本が辿った考え方のアナロジーだ。従って、昨日紹介した西村吉雄氏の論考及びここで後に紹介する続きの議論とは異なる。
 『「分業嫌い」の総合メーカー意識141013』
 
先ず、西村氏の論考を辿ろう。氏は次の様に云う。
「日本には例外を除くと、本当の意味での半導体メーカーは近年までなかった。半導体事業で上げた収益に基づいて設備投資し、それを次の事業の収益に結びつける。自己責任で半導体事業を展開した企業は稀だった」。
「日本では、総合電機メーカーが事業の一つとして半導体製品を製造販売する形だ。その半導体製品は、社内でも使われるし、外販もする」。

「総合電機メーカー内の半導体事業、その最大の問題は、設備投資の時期と規模を、半導体ビジネスの観点からだけでは決められないことだ。半導体のための投資を最適時期で実施できないことが多くなる」。

 「但し、これは韓国サムスン電子にも共通する。しかし、サムスン電子の設備投資は積極的だ」。
「従って、問題の本質は、企業の内部統治に帰する。企業が半導体をどれだけ重視し、事業部門が投資時期決定で、自由を持っているか、である」。

「1990年代の終わりごろから、各社は半導体事業の切離しを始める。
メモリー事業をエルピーダメモリに移管したNECは、2002年、NECエレクトロニクスを分社、独立させ、本体には半導体事業はなくなった」。

「2003年には日立製作所と三菱電機の半導体部門が分社化して統合、ルネサス テクノロジが設立された。2010年にはさらに、NECエレクトロニクスとルネサス テクノロジが合併し、ルネサス エレクトロニクスとなる」等。

「上しかし、それらの会社は2000年代の半ばかは、製造部門を縮小・売却し、ファウンドリ依存に走る。しかし、上記の半導体事業の切離しで、設計と製造を分けてはいない。ファウンドリになろうとしないのは、不思議である」。

ここで西村氏は一気に、「日本では「ものづくり」の礼賛が神話的、信仰的」との指摘に走る。「「ものづくり」が好きで得意なら、なぜ日本企業はファウンドリを選ばず、ファブレスへ走るのか。日本企業の言動には整合性がない」とも云う。

しかし、論理・考察から外れて信仰的と追ってしまえば、そこで認識は停止してしまう。日本では現状を維持しながら外のものを取り入れてきた歴史がある。それは明治維新あるいは戦後の米国主導の革命的変化でも見られたことだ。

これを“維持しての発展”とすれば、半導体関連企業が内部に製造も設計も維持しながら変わっていこうと考えたとしても不思議ではない。但し、これはある面でいけば、既得権益の擁護の口実にもなる。

明治維新以降、日露戦争での勝利までの蓄積の中で、軍・官僚・メディア等は社会的な基盤を造り、以降はそれらを維持しながら、発展に努めた。韓国を合併し、満州へ進出する。しかし、日本の中央機構では、これを切り離すことはできない。従って、ズルズルと引き込まれていく。

日本の半導体関連企業も、その中枢は、維持することが第一になる。従って、外部の変化にも自らは対応可能とのストーリーを内部で作る。そこでは、無意識のうちにも外部の発展は自らの伸びの範囲内と見積もることになる。

西村氏に戻ると、「ファウンドリの製造技術は、統合メーカーの製造技術に比べて一段低いとされた。ファウンドリは研究開発に投資せず、製造装置を買って製造に専念する。従って、最先端デバイスの製造はできず、少し遅れた製品を他社ブランドで安く製造する存在――日本の半導体メーカーはファウンドリを、そう見下していた。日本企業がファウンドリを嫌った理由に、これがある」。

「しかし、ファウンドリは装置の償却が速い。その分、新装置を先に買える。ファウンドリは統合メーカーより、製造技術で前に出る。その後、ファウンドリは製造装置メーカーとの連携を強化する。ファウンドリの生産ラインが、製造装置開発に使われ、半導体製造技術開発の場が、統合メーカーから、ファウンドリと装置メーカーに移り、ファウンドリは製造技術でも先頭に立つ」。

しかし、統合メーカーは自らのストーリーの中で行動した。これが内部での秩序を保つ方法だからだ。それは信仰ではなく、希望的観測だ。それによって自転していただけだ。「ものづくり」礼賛は、そのためのイデオロギーだったのだ」。

     
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「分業嫌い」の総合メーカー意識~「日の丸」半導体の凋落・西村吉雄

2014年10月13日 | 経営
半導体企業の売上高順位の歴史的推移を先の記事で示した。台湾ではTSMCが「ファウンドリ」事業モデルを確立し、設計・開発に専念する「ファブレス」企業も存在感を高めていた。
 『凋落した日本の電子産業140930』

グローバルな分業の時代に孤島で、孤事業に固執していた日本の半導体事業を描いている(2014/8/21)。経営判断の誤りは日本の大企業文化の一端が電子産業の変革期に顔を出したのだ。以下、西村氏の論考を引用しよう。

「1980年代後半から電子産業では新たな分業が発展した。
(1)工場を持たないテレビ・メーカーを実現した米ビジオ、
(2)アップルの「iPhone」をめぐるグローバルな分業、
(3)パソコンにおける水平分業、
更に、半導体産業において、設計と製造の分業が盛んになった。

ファブレスとファウンドリの分業
「半導体分野で設計と製造を別々の企業が担うという分業が発展する。半導体工場を持たない「ファブレス(製造工場を持たない)」の設計会社と、半導体製造サービスに特化した「ファウンドリ」による分業、これが次第に広まる」。

「純粋のファウンドリは、自社ブランドの半導体製品を持たない。その意味で、ファウンドリは製造を受注するサービス業であって、メーカーではない。製品ブランドは発注者(ファブレス設計会社)が持つ。製造工場を持っていなくても、「メーカー」は発注者である。製造者責任も発注者に帰する」。

「日本のメーカーは、この設計と製造の分業を嫌った。設計と製造を統合した事業形態(IDM:Integrated Device Manufacturer)に最近まで固執する」。
しかし、ファブレスとファウンドリの存在感は大きくなり、これが日本半導体産業の衰退の一因、と西村は指摘する。

「2013年の半導体売上高調査では、米インテル、韓国サムスン電子に続いて、3位は台湾TSMC、4位はファブレスの米クアルコムが占める。成長率はファウンドリとファブレスが高く、統合メーカーは低調だった。中期的にも両者の成長率が統合メーカーより高いと予測されている」。

「パソコンからモバイル機器への市場転換は、インテルの存在感を小さくし、ファブレス企業の躍進に繋がる。ファブレスの躍進はファウンドリに有利に働く。ファブレスとファウンドリの組合せは、存在感をますます大きくしている」。

「集積回路「設計と製造」の関係は、雑誌「編集と印刷」の関係に似ている(下図)。



最大の理由は減価償却費(製造装置と印刷機)だ。本の編集者(=設計者)の最大の仕事は「読者の要求」を探り当てること、大きな装置は不要だ。
 
「ファウンドリは、多数の会社から受注し、製造ラインの稼働率を上げ、投資の償却を図る。門戸を開いて製造を引き受け、装置の稼働率を上げる」。

「製造技術が高度化し、製造装置は高額になり、半導体製造工場への設備投資は巨額になる。その減価償却が半導体製造における最大のコストになる。その巨額の設備投資、これを一社の製品だけで償却できるか?」「インテルには可能、またメモリーのサムスン電子も何とか。しかし、その両社もファウンドリ事業に乗り出しているが現実だ」。

そこで、「分業を嫌った減価償却コストへの低意識」と西村は云うが、やや唐突の感は免れない。単純な数値で、それも主要コスト、意識が低いことは有り得ない。技術者に関しては、製品の完成度に対するコスト意識だろう。
経営者にとっては、投資時期との関連だ。

それよりも企業経営上のIDMへのこだわりだ。それは製造へのこだわりなのだ。西村の云う出版社と印刷会社の関係は圧倒的に出版社上位であろうが、日本の半導体事業は、製造で稼いでいるとの意識が強い。主流はものづくりなのだ。

      
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