年金暮し団塊世代のブログ

男寡になった団塊世代の年金の現実と暮らし向きをブログで。 今や仕事になった鳥撮り(野鳥撮影)の成果もアップします。

フェルメール作品メモ(#21) 赤い帽子の少女

2009年01月25日 | フェルメール

The Girl with the Red Hat,「赤い帽子の少女」
c.1665, oil on panel, 22.8x18 cm,
Inscribed upper left-center : IVM in ligature
National Gallery of Art, Washington, USA


椅子の背中に置かれた腕は、この少女が羽根帽子の縁の下から見つめている鑑賞者に向けられている。 フェルメールが彼のサインを書き入れたタペストリーが、彼のアイロニーの背景となっている。
 フェルメールの光と色のセンスが、この絵でも証明されている。 外套のクールブルーが、少女の顔にオレンジレッドの反射光を当てている帽子の燃えるような赤とコントラストになっている。 フェルメールは、日立つ(絹の)白いネクタイの、白いベイント部分を鈍い道具でこさげて仕上げている。 これは彼の板絵でのみ知られた手法である。 少女は、男の肖像の上に描かれたものである。

その親密さと直接性で幅広く受け入れられているこの絵は、フェルメールの基準から見ても小さい絵である。 しかし、少女は画面近くにいて大きく見える。 彼女は椅子の背に腕を置いて、鑑賞者に振り向いており、口は半分開けられ、眼は期待で輝いている。
 構図的にも心理的にも、その色使いは精巧である。 フェルメールは、低く抑えた色調のタペストリーの背景に人物を置き、帽子とロープの赤と青のアクセントを二つの離れた部分に集中させている。 少女の幅広の羽根毛帽子を形作る強烈な燃えるような赤が前面に出て支配し、イメージを心理的に活動的なものにしている。 その赤が眼差しの直接性を高め、顔面へのOrange-redの反射光がアクセントになる効果を与えている。 ローブの青は冷たい退行色で、赤の平衡色になっている。

反射光の効果に対するフェルメールの感性は、帽子の裏側の深い紫の色合いや、少女の顔を影にしているグリーンぽい輝きに見受けられる。 「#16/天秤を持つ女」 (c.1664)と同様、彼はローブをReddish-brown の下地に青を塗ることで精神的な温かさを出している。 また、黄色のハイライトでロープのヒダを強調している。 更に、帽子や青いローブ、獅子頭の頂部飾りの反射光を描くことで物体に生命を与えている。 構図の中央には、ネクタイの鮮やかな白が顔に反射して、彼女の表情に注意が向けられるようにしている。

この絵のテクニックは1660 年代中後期の作品、特に「#20/手紙を書く婦人」 (c.1665)のそれと似ている。 例えば、その両者でフェルメールは、薄いベイント層の上に薄い半透明の輝きを描いている。 少女の帽子のリッチな羽根毛は、深みのあるOrange-redの不透明層の上に、半透明の明るい赤とオレンジの連続したストロークの結果である。 同様に、青いローブの黄色、白、ライトブルーのハイライトは、下地のブルーが透けて見えるほど薄く描かれている。 獅子頭の頂部飾りの反射光は「#20/手紙を書く婦人」 の真珠と同様に、薄い白の下地の上に不透明な白のハイライトを置いている。 下地層のスムースな変化具合から、フェルメールが wet-in-wet で描いたことを示唆している。
 白いネクタイ部分は厚く盛り上げたペイントを何か鈍いツールでこさげている。 人物に生命とヴァイタリテイーを与える為に、影になった下唇に小さいピンクの、左眼の瞳に明るいグリーンのハイライトを付けている。 フェルメールはこのテクニックを「#23/コンサート」(1665-66)のテーブル上の楽器のキーや、また「#29/レースを編む女」(1665-70)の色付きの編み糸にも使っている。

この絵と1660年代中後期の作品との類似性にもかかわらず、この絵は明らかに違っている点がある。 この絵は板絵パネルだが、「フルートを持つ少女」(これがフェルメールの作品であると仮定して)を除いて、フェルメールはパネルを使っていない。 しかし、パネルに小さな上半身、肖像画的ではなくキャラクター的なものを描くのは理解できる。
 彼の死後の財産目録に“トルコ風ファッション”と、Dissius Saleでは“アンティック・ドレス”と記載されているのは、この絵のことであろう。

もう一つ別の大きな相異点は、この絵の自然さと日常性である。 「#22/真珠のイアリングを付けた少女」 (c. 1665)と比較して、ぼんやりした外郭形状は暗箱 Camera Obscuraの使用と関係があるのかも知れない。 Charles Seymourは、椅子の獅子頭の頂部飾りの、不安定で線よりも色彩を強調した処理と、暗箱で見られる焦点のぼけた外観の類似性を示した。 Seymourによれば、フェルメールは表面を生かすのと奥行きの違いを表現するのにも暗箱を使用しており、モデルや部屋、家具は見た通り忠実に描いているが、構図は注意深いコントロールと修正の産物で、人物とその周りの物体は透視画法とプロポーションと色が互いに巧妙に絡み合っており、フェルメールが暗箱で見たままをトレースしたとは思えず、暗箱の使用の有無に拘らず結果は同じである、としている。
 例えば、フェルメールが椅子の獅子頭の頂部飾りを暗箱で見た通り焦点のぼけた反射光のハイライトで描いたとしても、他の部分にも同じテクニックを使って構図を美しくしている。 例えば、青いローブのぼんやりした黄色のハイライトは暗箱では見えないし、強い光が当たっている眼の部分がむしろ焦点ボケしている。
 フェルメールは暗箱で見える輝くイメージを表現する為に堅いスムースな表面を持つパネルに描くことにしたのだろう。

フェルメールがこの絵で行なった最も目立つ修正は椅子の獅子頭の頂部飾りにある。 左側が右側よりはるかに大きく、右向きになっている。 椅子の頂部が左側の頂部飾りまで延びているとすると、獅子の口にある輪の底より上で交差してしまう。 更に、両側の頂部飾りは少女に向いていなければならないのに、鑑賞者の方に向いている。 しかし、頂部飾りは画面の前景をうまく設定しており、椅子の背にある少女の腕の為の十分な空間を作り出している。

X 線&赤外線写真から、パネルは一度使ったもので、少女像とは上下逆向きに、顔の右側を見せた派手な身振りと幅広の帽子、長いカーリーヘアーを持つ男の上半身が描かれていることが発見されている。 男の顔の描き方は、素早い筆使いで一気に描き上げたようで、フェルメールの筆使いとは異なっている。 むしろ、Carel Fabritius(1622-54)の1640年代後半の描き方に近い。 フェルメールの死後の財産目録にはFabritiusの作品2点が含まれていたことから、Fabritiusの作品の上にこの絵を描いたのかもしれない。


コメント