風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

イアン・ボストリッジ シューベルト「白鳥の歌」 @神奈川県立音楽堂(1月19日)

2024-01-25 22:30:36 | クラシック音楽




youtubeで光子さんとの「美しき水車小屋の娘」を観て衝撃を受けてから、一度生で聴いてみたいと思っていたイアン・ボストリッジ
我が町に来てくれた~

このホールの客層は相変わらずプロっぽい人が多め
今回のプログラム構成はちょっと面白くて、まずシューベルトの「白鳥の歌」の第1~7曲(詩:レルシュタープ)が歌われ、休憩を挟んでベートーヴェンの「遥かなる恋人に寄す」、続いて「白鳥の歌」の第8~13曲(詩:ハイネ)と14曲(詩:ザイドル)が歌われました。
とてもとても素晴らしい演奏会でした。

どちらの曲も、聴くのは初めて。
チケットを購入したのが直前だったため対訳レベルとまではいかなかったけれど、予習はしていったので各曲の大体の歌詞は頭に入って聴けました。

【シューベルト:白鳥の歌 第1曲「愛の使い」~第7曲「別れ」】
第4曲「セレナーデ」以降に引き込まれました。第7曲「別れ」の軽やかさもとてもよかった。
ボストリッジは高めの声、夢見る甘さ、暗さ、純粋さ(ストーカーぽさとも言う笑)、微かな狂気の具合が理想的!そして、リアルさ。
等身大で共感できる、そんなシューベルト。

(20分間の休憩)

【ベートーヴェン:遥かなる恋人に寄す】
一曲目から引き込まれました。うまく言えないのだけれど、ボストリッジの声にすごくピッタリで。
この曲って一見明るい音楽なのだけれど、とても美しく切ない曲のように感じられました。
第6曲のボストリッジの声を聴きながら、愛の憧れをそのまま音にしたらこういう音になるのだろうと、そんな風に感じました。
この歌の「恋人」は本当に存在しているのだろうか。
存在していたとして、その存在自体が手の届かない遠い「憧れ」なのではないか。
たとえ心は通じ合っていても、この世界では結ばれることが許されない相手なのではないか。
そんな風にも聴こえました。

【シューベルト:「白鳥の歌」第8曲「アトラス」~第14曲「鳩の便り」】
第12曲「海辺にて」の甘く柔らかな声、よかったな〜。
第13曲「ドッペルゲンガー」の青年らしい狂気も。
一転して第14曲「鳩の便り」で明るく軽やかに終了。・・・のはずなのだけど。この「鳩の便り」も、ただ明るく軽やかなのではなくて、その中にどこか悲しみのようなものがあるように今日の歌からは感じられました。シューベルトが作曲した最後の歌と思って聴いているからなのか。でもボストリッジの歌い方からもそういう感じを受けたような、そんな感じがしたのでした。

【シューベルト:さすらい人の月に寄せる歌 Op.80-4, D870(アンコール)】
冒頭のピアノがカッコイイ!
ボストリッジのことばかり書いてしまったけれど、今回の公演、同じくらいジュリアス・ドレイクのピアノの豊かな表現力にも魅了されました。ボストリッジとの相性抜群で、お互いに信頼して歌っている&弾いているのが伝わってきた。

【シューベルト:弔いの鐘 Op.80-2、D871(アンコール)】
ピアノの歌も、美しかったなぁ。ボストリッジの伸びやかな声、美しかった…。

【シューベルト:夕映えの中で D799(アンコール)】
この曲で最後なのだな、とわかる歌い方。聴かせてくださいました〜。ブラヴォー

本当に良い夜だったこの独特の後味は、オケの演奏会からはもらえない感覚。
地元でこんな演奏会が聴けるのは本当にありがたいです。
神奈川県立音楽堂、いつまでも頑張ってください。応援してます!!

で、31日のサントリーホールのバーメルト&札響の演奏会のチケットも急遽買い足してしまった。。。演奏会って本当に中毒だ。。。ボストリッジのブリテンと、バーメルトさんのブルックナー6番。楽しみ




イアン・ボストリッジ シューベルト「白鳥の歌」メッセージ!2024.1.19 音楽堂ヘリテージ・コンサート

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NHK交響楽団 第2001回定期公演 Aプロ @NHKホール(1月14日)

2024-01-25 20:03:59 | クラシック音楽




1年ぶりにソヒエフ&N響を聴いてきました。
昨年はドイツプロロシアプロを聴けたので、今年はフランスプロのAプロを。

【ビゼー(シチェドリン編):バレエ音楽「カルメン組曲」】
素晴らしかった
今まで聴いたソヒエフの演奏の中で一番感動しました。
冒頭から(鐘が鳴ってるあたり)、すっかり引き込まれてしまった。
このバレエはyoutubeでザハロワ&ロヂキンのボリショイコンビで観たことがあって、そのときに「ロシア人って意外とラテンが似合う!」と感じたのだけど、今回この作品が旧ソビエト連邦の作曲家シチェドリンによる編曲であることを知り、さもありなんと。確かに音楽にソビエト味も混じっているように感じる。

1967年に『カルメン』をモチーフにしたバレエが上演されることになり、主演のプリマドンナだったマイヤ・プリセツカヤは最初ショスタコーヴィチに、次いでハチャトゥリアンに編曲を依頼したが、両者とも「ビゼーの祟りが怖い」という理由で断り、仕方なくプリセツカヤの夫であったシチェドリンが編曲することになった。
(wikipedia)

そんなビゼー作曲のフランス味とシチェドリン編曲のソビエト味のミックスされたバレエ音楽が、ソヒエフの個性にピッタリ。
フランスの軽いお洒落感、ソビエトの冷いドライさ、ソヒエフお得意の色彩豊かな美しい音作りと繊細な情景描写、キレのいいリズム感。美しいだけじゃない、ちゃんとソビエトの音も出てて、完璧でした。
さすがボリショイ指揮者。
ブラボー
※あえて言うならちょっとだけ音が真面目に感じられたけど、それはN響だから半分、ソヒエフだから半分かも

(20分間の休憩)

【ラヴェル:組曲「マ・メール・ロワ」】
マ・メール・ロワは以前ラトル&ロンドン響で聴いて、とても感動した曲。予習はデュトワ&モントリオール響でしました。
しかし演奏が始まると、、、ん・・・?なんか私が知ってる曲と違う・・・??
紡車の踊りも間奏曲もないような・・・。
ソヒエフがカットしてるのか・・・?
帰宅してからわかりました。
私が親しんでいたのは「バレエ版」で、今回演奏されたのは「組曲版」のマ・メール・ロワだったのでした。
ソヒエフのファンタジー味いっぱいな音作りはこの曲にピッタリで、美しかった
ただ妖精の園のフィナーレなどはもう少し突き抜け感があっても嬉しいかな、とはちょっと感じました。
ソヒエフの音楽は、丁寧すぎるというか音にもう一歩突き抜け感が欲しくなるときが時々ある(完全に個人的好みですが)

【ラヴェル:バレエ音楽「ラ・ヴァルス」】
この曲を聴くのは、デュトワ&新日フィルラトル&ロンドン響に続いて3回目。
私が感銘を受けたのは、計画性を感じさせずにワルツが崩れていくゾワゾワ感と美しさを感じさせてくれたデュトワ&新日フィルの演奏でした。
で、今回のソヒエフはというと。
ソヒエフは昨年の「ダフニスとクロエ」組曲の終演後に「フランスの作品、特にラヴェルは感覚的でフレキシブルな音楽と思われがちだが、実はまったく逆。ルバートの指示一つとっても、計算し尽くされ、構造的に書かれている。今日のN響のようにきっちり弾くことで、初めて曲の真価が伝わるのだ」と言っていたそうで、今回のラ・ヴァルスもその言葉どおりきっちり演奏された印象でした。つまり、あまり私の好みとはいえない
ラヴェルなので計画性はあって当然だけど、それが表に出ていない演奏が私は好きなのです。
ただ、ゾワゾワした不穏さ少なめの前向きなラ・ヴァルスと捉えるなら、思っていたより悪くはなかったかと(最初からあまり期待していなかったせいもあるけど…)。明るさと暗さが入り乱れる綺麗な色が舞台上に見えたのは、ソヒエフのおかげと思う。

Cプロのプロコフィエフのロメジュリ(ソヒエフ編)もとても興味があったのだけれど、きりがないので今回はこのAプロのみで。ソヒエフは今秋にミュンヘンフィルと来日とのことだけど、私はそれは見送る予定。なので次回ソヒエフを聴けるのは来年1月。ストラヴィンスキーの「プルチネッラ」がプログラムにあるようなので、聴きに行けたらいいな(ソヒエフに合ってそう)

昨年の今年のソヒエフの公演を聴いて、改めてオケの音作りって指揮者の技術、職人芸なのだなと実感しました。ソヒエフが振るとN響がまるでウィーンフィルのような音になる。これはデュトワで初めて知ったことで、ソヒエフの音にも同じものを感じる。きっとソヒエフはどのオケからもあの「ソヒエフの音」を出せるのではないろうか。




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プラハ交響楽団「わが祖国」 @サントリーホール(1月11日)

2024-01-13 21:05:08 | クラシック音楽




仲間たちオーケストラとの第九以来、二度目のコバケンさん指揮。
今回の演奏会に行こうと思ったのは、龍村監督が亡くなられてちょうど1年であるためと、「わが祖国」がコバケンさんも来られた監督を偲ぶ会で上演されたプラハの春音楽祭のドキュメンタリーと重なったため、でした。
15歳ではじめて監督の作品に出会ってから、32年。
今日でひと区切りにしようという思いもあり、やってきました。
ちなみに、私の2024年の演奏会初めでもあります。

「わが祖国」を聴くのは、アルトリヒテルさん&チェコフィルに続いて2回目。
亡くなった友人との思い出のある演奏会でもあります。
プラハ交響楽団を聴くのは初めてだけど、第一曲のヴィシェフラドから、The チェコの音
以前も書きましたが、私が好きなオケの音ツートップはウィーンフィルとチェコフィルで、今回のプラハ響はそれに並ぶレベルで好きな音でございました。
少し暗めの、ドイツのオケほど重厚じゃない、独特の翳りと素朴な温かみのあるローカルな音。その街の歴史や空気を感じさせてくれる音。
やっぱりこの曲はこういう音で聴きたいよねぇ、と改めて感じました。もっと上手なオケはあるだろうけれど、上手い下手じゃないんだよねぇ。
ブラニークの最後は、客席の上方に「チェコ」が見えた。20年前に一度だけ行った、あの国の空気を肌で感じさせてくれました。
どうやら私は中~東欧の音が好きなのだなぁ。
コバケンさんとプラハ響はあまり共演経験がないせいか意思の疎通が十分でないところや音がばらけ気味なところもあったけれど(Xの情報によると初客演で、リハも前日1日だけだったとか)、個人的にはそれを超えるに余りある心に響く演奏を聴かせてくださいました。
弦も管も私の好みにぴったりの良い音だったなぁ。ハープもティンパニも素晴らしかった。あと、カジュアル服で頭にバンダナのホルンさん!初めて聴く音だった。まるで人間の声のような。ホルンであんな音が出るんだねぇ。

第二曲「モルダウ」の最初に例のメロディーが登場するところ、コバケンさんは指揮棒を振らず、胸に片手をあてて客席の上方を斜めに向いておられて。これはいつものコバケンさんなのだけれど、なんとなくホールの客席で龍村監督が聴いていらっしゃるような気がして、胸がいっぱいになってしまいました。
前日にドキュメンタリーを見なおしていたので、なおさら胸に響きました。

プラハ響の皆さん、一人一人がP席にも笑みをくださって、温かな雰囲気のオーケストラだった
西欧のオーケストラと違って、舞台上の空気が東欧。プログラムのメンバー表を見ると、おそらく奏者さん達はチェコ人の方が殆どなのではないかな。

最後にコバケンさんがマイクを持ってご挨拶。概要はこんな感じ↓
「手が届きそうで届かなかったところもありましたが、この曲は彼らのアンセムのようなもの。本来海外のオーケストラ公演ではアンコールがあるものですが、これほどの演奏の後にアンコールはできません。代わりに、彼らに拍手を送ってください」。

13日にはコバケンさんの故郷いわき市でも、同プログラムが演奏されるそうです。
この曲を聴き終わったときの感覚って第九と似てるなと感じる。民族の勝利というゴールを超えて、人類の平和、幸福を目指している、そんな音楽に聴こえる。






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