元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「コット、はじまりの夏」

2024-02-19 06:12:08 | 映画の感想(か行)
 (原題:AN CAILIN CIUIN )子供を主人公にした映画としては、傑出したクォリティだ。実際に第72回ベルリン国際映画祭で子供を題材にした映画が対象の国際ジェネレーション部門でグランプリを受賞し、第95回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートもされるなど、各アワードを賑わせている。それでいて少しも高踏的なテイストや作家性の押し付けなどは感じさせず、誰が観ても良さが分かる。必見の作品だと思う。

 時代は80年代初頭。アイルランドの田舎町で両親と多くの兄弟姉妹と暮らす9歳の女の子コットは、出産を控えた母親の負担を軽減させるために夏休みの間だけ親戚のキンセラ夫妻の農場で過ごすことになる。元より内気で無口なコットは最初はヨソの家での生活に馴染めないようだが、ショーンとアイリンの夫婦は面倒見が良く、コットはキンセラ家が営む農場を手伝う間に次第に心を開いてゆく。だが、夏休みも終わりに近くなり、コットが家に帰る日が迫ってきた。アイルランドの作家クレア・キーガンの小説の映画化だ。



 コットの父親は甲斐性無しの乱暴者で、母親は夫に逆らえない。やたら多い家族は断じて夫婦が子供好きだったわけではなく、レイプまがいの性交渉の末に母親が妊娠した結果である。それを象徴するかのように、コットの家は薄暗い。反対に、キンセラ夫妻の家は子供はいないが、明るく清潔だ。夫婦はコットがやらかす粗相にも怒らず、躾けるべき部分はしっかりと押さえていく。

 キンセラ夫妻にはかつて男の子がいたが、どうして今はいないのか、その理由が明かされる箇所は観る者の心を揺さぶらずにはおかない。そしてラストでの実家でのやり取りは、本当に感動的だ。コットの将来はどうなるのかは分からない。だが、確実にこれまでの彼女とは違う生き方に踏み出す“はじまりの夏”になったのだ。

 ドキュメンタリー作品を多く手掛けてきた監督のコルム・バレードの腕は確かなもので、余計なケレンや冗長な展開を排して素材にナチュラルに向き合う姿勢に好感が持てる。ケイト・マッカラのカメラによるアイルランドの田園風景は痺れるほど美しく、また室内のシーンにおける陰影の深い画面造型には感服するしかない。

 コット役のキャサリン・クリンチは子供ながらノーブルに整った顔立ちと透明感あふれる佇まいで観る者を魅了する。将来楽しみな人材だ。キャリー・クロウリーにアンドリュー・ベネット、マイケル・パトリックといった大人のキャストも万全。セリフのほとんどがアイルランド語というのも、実に効果的だ。

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「アフター すべての先に」 | トップ | ローマ展に行ってきた。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

映画の感想(か行)」カテゴリの最新記事