元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ダム・マネー ウォール街を狙え!」

2024-02-26 06:08:37 | 映画の感想(た行)
 (原題:DUMB MONEY)同じく金融ネタを扱った快作「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(2015年)ほどのインパクトは無いが、これはこれで十分に楽しめるシャシンだ。しかも「マネー・ショート」みたいな専門用語のオンパレードて一般観客を置き去りにするような傾向は無く、誰が観ても作者の言いたいことが伝わってくる。ハジけた演出とキャストの頑張りも要チェックだ。

 2020年、マサチューセッツ州に住む会社員キース・ギルは、赤いハチマキにネコのTシャツ姿で“ローリング・キティ”と名乗り株式投資情報を日々動画配信するという“別の顔”を持っていた。彼はアメリカ各地の実店舗でゲームソフトを販売するゲームストップ社を贔屓にしており、すでに5万ドルも同社の株に注ぎ込んでいた。キースは同社が過小評価されていると訴えると、彼の主張に共感した多くの小口の個人投資家がこの株を買い始め、2021年には株価は爆上がり。ゲームストップ株を空売りして一儲けを狙っていた大口の富裕層は大きな損失を被った。



 この事件は連日ニュースで報道され、キースは気鋭の相場師として持て囃される。出てくる株式用語は“空売り”ぐらいで、もちろんその意味は把握する必要はあるが、それを別にすれば平易な展開だ。もちろん、キースとその支持者の行動はコロナ禍で外出できずに娯楽を求めていた者が多かったという背景を抜きにしては考えられない。

 しかし、本作は株式投資の何たるかを描出している点で、かなりの求心力を獲得している。ゲームストップ株は高騰するが、キースたちは決して株式を売却しないのだ。彼らはゲームストップ社の業態と姿勢を評価しているだけで、単なる投機の道具とは思っていない。個人投資家にとっての株の購入とは、その企業を応援するためのものだ。マネーゲームに対するアンチテーゼを何の衒いも無く披露している点で、たとえエクステリアがイレギュラーであっても、見応えたっぷりの映画に仕上がっている。

 クレイグ・ギレスピーの演出はオフビートのコメディタッチで、観る者によっては“やり過ぎ”と思われるかもしれないが、作品のセールスポイントになっているのは確かだ。主演のポール・ダノは絶好調。お調子者のようで実は熱血漢という、たぶん実物もこういうキャラクターなのだろうという説得力がある。

 ピート・デイヴィッドソンにヴィンセント・ドノフリオ、アメリカ・フェレーラ、ニック・オファーマンといった脇の面子も万全。特に主人公の妻に扮したシャイリーン・ウッドリーが、久しぶりにイイ味を出していた。なお「マネー・ショート」を観た際も思ったが、劇中の法人などは全て実名で表現されているのは感心する。もしも同じような題材を日本映画で扱えば、いらぬ忖度が罷り通って実名も出せない生温いシャシンに終わっていたことだろう。
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「罪と悪」

2024-02-24 06:10:26 | 映画の感想(た行)
 上出来の筋書きとはとても言えず、突っ込みどころは少なくないのだが、最後まで飽きずに付き合えた。これはひとえに“真面目に撮っているから”に他ならない。ここで“何だよ、映画は真面目に作られるのが当たり前じゃないか!”といった反論が来るのかもしれないが、残念ながら昨今の日本映画の多くはそうではないのだ。(特定の)観客層に媚び、スポンサーに忖度し、なおかつ世の中をナメたような不真面目なシャシンが罷り通っているのが現状だろう。対して、本作はそういう素振りがあまり見えないだけでも評価に値する。

 福井県北部にある清水町(現在は福井市に編入)に住む中学生の正樹の遺体が橋の下で発見される。どうやら殺されたようで、彼の同級生である春、晃、双子の朔と直哉は、正樹が懇意にしていた町外れの荒ら家に住む老人が犯人だと思い込む。彼らは老人の住居に押しかけて詰問するが、揉み合っているうちに老人を殺してしまう。春は全ての罪を引き受けた上で老人宅に火を放つ。



 22年後、刑事になった晃が父の死をきっかけに町に帰ってくるが、かつての事件と同じように、橋の下で少年の遺体が発見される。捜査を担当する晃は建設会社を経営する春をはじめ幼なじみと再会するが、それは22年前の悪夢を甦らせる切っ掛けになる。

 暗い過去のある晃が警察官になれるとは常識では考えられないし、前科者の汚名を受け入れた春が社会活動じみた仕事をやっているのも無理がある。また、事件の裏側に晃の上司が暗躍しているらしいってのも図式的で面白味が無い。そもそも、22年前の事件自体の成り立ち自体が牽強付会だ。

 しかし、それらの瑕疵を認めた上で画面から目を離せなかったのは、ドラマの背景がリアルでヘヴィだからだ。山に囲まれ、外界から隔絶されたような町の描写は非凡である。土地から離れない住民も多く、地縁と血縁が一般的モラルを駆逐する閉塞感が漂っている。また、かつての少年たちの家庭環境は酷いもので、その捉え方も切迫しており安易にスルーできない。斯様に舞台設定に手を抜いていないことが、作品がライト方面に向かうことを押し留めている。

 オリジナル脚本を手に長編映画デビューを果たした齊藤勇起の仕事ぶりは荒削りだが、及第点には達していると思う。高良健吾に大東駿介、村上淳、しゅはまはるみ、佐藤浩市、椎名桔平といったキャストは手堅いが、朔に扮する石田卓也のパフォーマンスが見劣りするのは残念だ。なお、撮影と音楽は万全である。
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「違う惑星の変な恋人」

2024-02-09 06:34:00 | 映画の感想(た行)
 この映画の評判がけっこう良いことに、正直驚いている。個人的には、本作の中身に面白い箇所を何一つ見出せない。それ以前に、どうしようもなく作りが古いのだ。こんなタッチのシャシンは80年代から90年代前半にかけていくつも目にしたように思うし、変化球を狙って悦に入っているような送り手のスタンスも、ひょっとして共通しているのかもしれない。とにかく、評価する気には全くなれない映画だ。

 美容室の店長のグリコは従業員のむっちゃんとは余所余所しい関係だったが、音楽の趣味が合うことが分かり仲良くなる。ある日、グリコの元恋人モーが店に現われるが、彼は何とかヨリを戻したいと思っているらしい。一方、グリコはシンガーソングライターのナカヤマシューコのライブでプロモーターのベンジーと久々に会ったところ、同行していたむっちゃんはベンジーに一目ぼれしてしまう。しかし、ベンジーはグリコに惹かれていたのだった。映画はこの4人の複雑な恋愛模様を描く。



 とにかく、すべてが“思わせぶり”なのだ。まず、互いに裏を取ろうとするような恣意的な会話が気に食わない。何かあると臭わせて、実は中身は大したことはない。つまらない勘ぐりを気の利いた言い回し(みたいなもの)で粉飾し、微妙にマウントを取ろうとする。こいつらのセリフを聞いていると、ストレスが溜まるばかり。こんな連中がもし実際近くにいたら、たぶん100メートルは距離を置くだろうね(笑)。

 加えて、無駄に長回しが多い。切迫した背景があってのワンシーン・ワンカットではなく、ただカメラを切り替えずに撮しているだけ。弛緩した空気しか流れない。だいたい、グリコの名字が江崎で、モーは牛山だというのだから、実に寒々としたセンスだ。こんな底の浅い方法論では骨太なドラマ性など獲得できるわけもなく、中盤以降は観ていて眠気との戦いに終始。とはいえ、昨今の若い観客にとっては斯様な(一風変わった)エクステリアは新鮮に映るのだろう。監督の木村聡志(私は初めて聞く名前だ)にとっては満足出来る評価ではなかっただろうか。

 顔を知っているキャストは筧美和子と中島歩だけで、綱啓永に莉子、村田凪、金野美穂、坂ノ上茜といった初見の出演陣には存在感もパフォーマンスも見るべきものが無い。それにしても、ラストの処理は意味不明で蛇足気味。作っている側は、これでセンスが良いとでも思ったのだろうか。
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「テイクオーバー」

2024-01-26 06:06:16 | 映画の感想(た行)
 (原題:THE TAKEOVER)2022年11月よりNetflixから配信されたオランダ製のハイテク・スリラー。取り立てて持ち上げるようなシャシンではないが、退屈せずにラストまで付き合える。上映時間も88分とコンパクトで丁度良い。そして注目すべきは劇中で展開される悪事の“黒幕”の設定だ。ここまで露骨に言い切れるのは、おそらくハリウッド映画などでは無理だろう。その点も興味深い。

 凄腕ホワイトハッカーのメル・バンディソンは、ロッテルダムで運行予定のハイテク自動運転バスのデータ漏洩を事前に回避させる。しかし同時に、そのシステムに“相乗り”していた国際的な犯罪ネットワークをも意図せず機能停止にさせてしまう。組織は彼女を抹殺すべくメルを凶悪犯に仕立て上げたニセの動画を流し、警察に指名手配させる。犯罪集団と当局側の両方から追われるハメになったメルは、以前ブラインドデートをしたトーマス・ディーンを巻き込んで必死の逃避行を続ける。



 映画はヒロインが十代で大々的なハッキングをやらかしたシークエンスから始まり、それから10年後に時制が飛ぶのだが、成長したメルはキツい性格の共感できない女になっていて少し萎える(笑)。演じるホリー・ブロートがあまり美人ではないのも愉快になれない。さらに、一回しか会ったことがないトーマスを絶体絶命のピンチに追いやってしまうのも、思慮が足りないと思う。

 しかしながら、アンネマリー・ファン・デ・モンドの演出はヒッチコック映画でお馴染みの“追われながら事件を解決する話”のルーティンをしっかり守っていて、破綻することはない。後半、メルとトーマスが別々のシチュエーションで同時に命の危険にさらされるくだりは、けっこう盛り上がる。そして事件のバックに控えているのが、ズバリ“あの国”だというのは驚いた。まあ、よく考えてみれば有り得ない話でもないのだが、ここまで断定してしまうと痛快ではある。

 トーマス役のゲーザ・ワイズをはじめ、フランク・ラマースにノーチェ・ヘルラール、ローレンス・シェルドン、ワリード・ベンバレク、スーザン・ラデルといったキャストは馴染みは無いが、皆的確に仕事をこなしている。また、ウィレム・ヘルウィッグのカメラによるロッテルダムの街の風景は魅力的だ。
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「ダントン」

2024-01-21 06:07:53 | 映画の感想(た行)
 (原題:DANTON)82年ポーランド=フランス合作。先日観たリドリー・スコット監督作「ナポレオン」は低調な出来だったが、そこで思い出したのが近い時代を描いたこの映画。主人公は言うまでもなく、フランス革命で活躍した代表的な政治家ジョルジュ・ダントンだ。監督はポーランドの名匠アンジェイ・ワイダで、明らかにこの歴史上のイベントに母国の激動の戦後史を重ね合わせている。それだけに切迫度は高く、見応えがある。

 1793年にフランスの実権を握った公安委員会の首班マクシミリアン・ロベスピエールは、敵対する者たちを次々にギロチンにかけるという恐怖政治を始めた。ダントンは一時期政治から離れていたが、この有様に危機感を抱いた彼はパリに戻る。ジャーナリストのカミーユ・デムーランと共同し“ヴュー・コルドリエ”紙を発行し、リベラルな主張を展開。大衆の支持を得る。これを面白く思わないロベスピエールは、革命裁判所を通じてダントンを逮捕する。女流作家スタニスワヴァ・プシビシェフスカ原作の「ダントン事件」の映画化だ。



 作品内では、ロベスピエールが独裁者でダントンが市民派といった単純な区分けはされていない。両者の決裂が表面化したホテルの一室での食事会のシーンに代表されるように、2人がやっているのは単なる勢力争いだ。理念や政策論などは脇に追いやられ、覇権をめぐる駆け引きに終始する。

 ダントンはもちろん、ロベスピエールだって政治家を志していた頃には崇高な理想を抱いていたはずだ。それがいざ権力を手にしてしまうと、保身と権益にしか考えが及ばなくなる。もちろんこれは「大理石の男」(77年)や「鉄の男」(81年)を撮ったワイダが抱く、革命の美名の裏に潜む矛盾をあぶり出したものだろう。そして民衆の立場を忘れたかのようなパワープレイが行き着く先は、破滅しかない。ダントンがそれを悟ったのは“終わり”に近付いた時点だったし、ロベスピエールも同じ道をたどる。

 主役のジェラール・ドパルデューは渾身の演技でスクリーンから目が離せない。ボイチェフ・プショニャックやパトリス・シェロー、ロジェ・プランションら他のキャストも万全だ。また、バックに流れるジャン・プロドロミデスによる現代音楽が凄い効果を上げている。第8回セザール賞監督賞をはじめ多くのアワードを獲得。本作に比べれば、くだんのR・スコット監督のナポレオン映画が如何に問題意識の欠片もない凡作であるか、つくづく分かる。
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「宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました」

2024-01-19 06:08:56 | 映画の感想(た行)
 (原題:6/45)これはダメだ。全然面白くない。ただし本国の韓国およびベトナムでスマッシュヒットを記録し、日本でも評判が良いようだ。今のところ、ハッキリとした否定的評価は見当たらない。これは、このコメディ映画のノリが肌に合わなかったのは私ぐらいだという証左だろうか(苦笑)。いずれにしろ、ここでは個人的なネガティブな見解を書き綴るしかない。

 北緯38度線近くで警備に当たる韓国軍の兵士パク・チョヌは、偶然手に入った一枚の宝くじが日本円にして約6億円の賞金に当選していることを知り小躍りする。だが突如強風が吹き、その宝くじは風に乗って軍事境界線を越え、北朝鮮の将校リ・ヨンホのもとへ飛んでいってしまう。ヨンホたちもこの宝くじが一等に当選していることを知るに及び、南北の兵士たちは所有権を巡って対立。共同警備区域のJSAで会談を開き、南側が換金するまでの間、互いに“人質”として1人ずつそれぞれの軍に紛れ込ませることで同意する。



 まず、この宝くじはチョヌが購入したものではなく、彼が拾得した物件に過ぎないというのは失当だ。要するに、これは(広義の)ネコババであり、話の発端が“その程度”であることに脱力してしまう。また、国境付近での軍事拠点であるにも関わらず、妙に雰囲気が緩い。北側には広報担当の若い女性将校がいたり、牧場や菜園などの施設まである。南側の士気もホメられたものではなく、緊張感のカケラも無い。

 ひょっとして“南北関係もこのようにソフトであれば良い”という願望を伴ったファンタジー路線を狙っているのかもしれないが、実際には相も変わらずミサイルを飛ばしまくっている無法国家を前にして、ファンタジーも何もないだろう。脚本も担当したパク・ギュテの演出は冗長で、繰り出されるギャグは過度に泥臭く、全てハズしている。少なくとも私は鑑賞中、一度も笑うことは無かった。ストーリーラインもピリッとしないが、終盤はますます要領を得なくなり、どうしてああいう結びになるのか納得できる説明は成されていない。

 コ・ギョンピョにイ・イギョン、ウム・ムンソク、クァク・ドンヨン、イ・スンウォンといったキャストは頑張ってはいるのだが、筋書きが斯様な有様なので徒労に終わっている感がある。それでもあえて興味を覚えた点を挙げると、まずヒロイン役のパク・セワンが可愛いこと(笑)、そして韓国では宝くじの当選金は換金時点で納税義務が生じることぐらいだろうか。
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「ティル」

2023-12-25 06:04:15 | 映画の感想(た行)
 (原題:TILL)映画の内容はもとより、ここで取り上げられた史実の重大さに慄然としてしまう。恥ずかしながら私は本作で描かれた“エメット・ティル殺害事件”を知らなかった。そういえばボブ・ディランに“ザ・デス・オブ・エメット・ティル”というナンバーがあると聞いたことはあったが、その曲自体をチェックしたこともない。だが、この映画を観て人種差別問題は現在のアメリカ社会にも暗い影を落としていることを、改めて認識した。

 1955年、シカゴに住むメイミー・ティルは第二次大戦で夫を亡くし、戦後は空軍基地で唯一の黒人女性職員としての職を得て、14歳の一人息子エメットと暮らしていた。彼は夏休みを利用して、ミシシッピー州デルタ地区にある叔父のモーゼ・ライトを訪ねる。メイミーからは出発前に“南部はシカゴと違って差別が激しい。だから身の程をわきまえろ”との忠告を受けたエメットだったが、彼は飲食雑貨店で白人女性キャロリンに向けて口笛を吹いたことで白人たちの怒りを買ってしまう。そして拉致されたエメットは凄惨なリンチを受けて殺される。息子の死に衝撃を受けたメイミーは、泣き寝入りすることを断固拒否し、正義を貫くため裁判を起こす。



 この事件は、しばしば“棺を開けたままエメットの遺体を人目にさらして葬儀を執り行なった”というメイミーのイレギュラー過ぎる所業がクローズアップされるらしい。だがそれよりも私が驚いたのは、本件が切っ掛けとなって考案された“エメット・ティル、未解決の市民権犯罪行為に関する法律”が成立したのは、事件から半世紀以上も経過した2008年であることだ。その間、公民権運動が盛り上がるなどの出来事を経たにも関わらず、この問題の解決への動きは遅々として進まなかったと言えるだろう。それだけ米国社会に蔓延る差別意識は根強いのだ。

 映画はシカゴでの慎ましい母子の生活から、明るい陽光に満ちていながら人々の内面に暗い影を落とす“未開の地”の南部に舞台が移行する際のコントラストに、まず強い印象を受ける。そして不条理とも言える裁判の様子と、その結果を受けての登場人物たちの言動には、現代史のダイナミズムが鮮烈に感じられる。シノニエ・チュクウの演出は骨太でありながら、メイミーとエメットの親子関係を丁寧に描くなどメリハリの利いた仕事ぶりを展開する。

 そして特筆すべきはメイミーに扮するダニエル・デッドワイラーのパフォーマンスだ。どうして彼女がアカデミー賞候補にならなかったのか不思議に思えるほど、自然かつ深みのある演技である。エメット役のジェイリン・ホールはイイ味を出しているし、ショーン・パトリック・トーマスにジョン・ダグラス・トンプソン、そして製作にも関与しているウーピー・ゴールドバーグといった他の顔ぶれも申し分ない。あと特筆すべきはマーシ・ロジャーズによる衣装デザイン。時代色を出しながらも卓越したセンスの良さで、感心するしかなかった。この点を見届けるだけでも鑑賞する価値はある。
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「デシベル」

2023-12-10 06:10:28 | 映画の感想(た行)

 (原題:DECIBEL )周囲の騒音が100デシベルを超えると爆発するというヤバい爆弾を仕込んだ犯人と、それを追う当局側の人間という、まるでヤン・デ・ボン監督の「スピード」(94年)のバリエーションみたいな御膳立てだと思ったら、設定がもう一捻りされていて興味深く観ることが出来た。やはり昨今の韓国映画は、何かしら見どころを用意してくれる。

 釜山の町のあちこちに仕掛けられた“音圧関知爆弾”により、捜査当局はキリキリ舞いさせられていた。そんな中、元海軍副長カン・ドヨンのもとに一本の電話が掛かってくる。それは爆破犯からのもので、次のターゲットは5万人の観客を集めているサッカースタジアムだという。ドヨンは競技場に急行し、偶然居合わせた放送記者のオ・デオと共に爆弾を発見し無力化するため奔走する。

 だが、容疑者はただの愉快犯ではなかった。事の発端は、数年前ドヨンが潜水艦の艦長として訓練に参加した際、謎の魚雷攻撃により遭難するという事故だった。そして、ドヨンのスタンドプレイ的な言動に疑いを持った軍事安保司令部のチャ・ヨンハンも、別の方向から事件を追う。

 高い知能を持つ犯人とドヨンたちとの駆け引きはスリリングで、特にドヨンの妻が警察官で、同時に2つの爆弾を仕掛けて夫婦ともども窮地に陥るという展開は出色。成り行きで巻き込まれたオ・デオの捨て身の奮戦にも思わず応援したくなる。だが、潜水艦の事故をめぐる真相は、爆弾テロよりも重いのだ。絶体絶命の状況で、ドヨン艦長が下した決断は身を切られるほどシビア。この事態を目の当たりにすれば、爆弾魔のような狼藉に及ぶ者も出てくることも想像できる。

 ただし、あまりにも潜水艦内の出来事がヘヴィであるため、爆弾テロのパートが“軽く”見えてくるのも仕方がない。脚本も担当したファン・イノの演出はパワフルで、少々シークエンスの繋ぎ方に荒っぽさはあるが、最後まで観る者を力で捻じ伏せてくる。ラストの扱いなど、見事だと思う。

 主演のキム・レウォンをはじめ、敵役のイ・ジョンソク、オ・デオに扮するチョン・サンフンと、皆良い面構えをしている。イ・ミンギにパク・ビョンウン、パク・ビョンウンら脇の面子も申し分ない。それにしても、潜水艦事故の原因になった魚雷の正体には呆れてしまうと同時に、ここまで自国の失態をネタにしてしまう大胆さには感心してしまった。日本製の娯楽作品ならば、まず扱われないモチーフだろう。
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「ダンサー イン Paris」

2023-12-03 06:06:07 | 映画の感想(た行)

 (原題:EN CORPS)挫折を経験したバレリーナが別のスタイルのダンスと出会って再起するという、過去にも何度か取り上げられたような御膳立ての映画だが、思いのほか訴求力が高い。ただし、各キャラクターの内面はさほど掘り下げられていない。中身よりも外観を重視した作品で、そのエクステリアに映画全体を引っ張るほどのパワーがあるということだ。

 パリ・オペラ座バレエ団で研鑽を積むエリーズは、その甲斐あってようやくエトワールの座が見えてきた。そんな中、彼女は公演の直前に恋人の浮気を目撃。動揺したエリーズは本番の舞台で足首を負傷してしまう。実は過去に何度か同じ箇所を痛めていて、医者は二度と踊れなくなる可能性があると告げる。失意の中で別の生き方を探すことになる彼女は、ブルターニュにあるコテージで料理の手伝いの仕事をしている際に、コンテンポラリーダンスのチームと出会う。バレエとは違った方法論を目の当たりにして、彼女は再び踊る喜びを見出していく。

 監督のセドリック・クラピッシュはスタイリッシュな絵作りでは定評があるが、本作でも開巻早々に舞台上のバレエダンサーのバックに突如として先鋭的なサウンドを流し、しかもそれがサマになっているという離れ業を披露。劇中で少なからず挿入されるダンスシーンも、それぞれ非凡なアイデアで見せきっている。

 正直言ってストーリーは紋切り型でヒロイン像もさほど新鮮味は無い。その代わり、周りのキャラクターは面白い顔ぶれが揃っている。特にエリーズを密かに憎からず思っているフィジカル・トレーナーのヤンの造型はケッ作で、思いが遂げられない時のリアクションは突き抜けている。主人公の友人がボーイフレンドから“可愛い”と言われたら逆ギレするシーンも秀逸。本人からすれば“可愛い”というのは自身を高みに置いた傲慢な物言いなのだそうだ。なるほど、そういう見方もある。

 主人公を演じるマリオン・バルボーは、実際のパリ・オペラ座のバレエダンサーだ。容姿や身のこなし方は言うまでもないが、下半身から足の指先までしっかりと付いた筋肉の美しさには見とれてしまった。さすが本職は違う。コンテンポラリーダンス界の奇才ホフェッシュ・シェクターをはじめ、その筋のメンバーが本人役で出ているのも興味深い。アレクシ・カビルシーヌのカメラによるパリの街の点描と、ブルターニュ地方の風景の美しさは強く印象付けられる。
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「タイラー・レイク 命の奪還2」

2023-11-26 06:07:17 | 映画の感想(た行)

 (原題:EXTRACTION Ⅱ )2023年6月よりNetflixより配信された活劇編。前作(2020年)のラストでどう見ても主人公は助からないと思っていたが、この続編では冒頭に奇跡的に一命を取り留めて、過酷なリハビリの後“現場”に復帰する。パート1の評判の良さを受けて作られたシャシンだが、正直言ってドラマの組み立ては前回ほどではない。だが、主人公たちが程度を知らない大暴れを始めると、けっこう盛り上がるのだ。あまり難しいことは考えずに対峙するのが得策だろう。

 オーストラリア人の傭兵タイラー・レイクの新たな任務は、ジョージアの残忍なギャングの家族が刑務所に監禁されているので、それを救うことだ。早速タイラーは仲間たちと共に東欧にある刑務所を急襲し、大々的な銃撃戦の末にその家族を救出してオーストリアのウィーンまで行き着く。ところがそのギャングに心酔する十代の息子の密告により、悪者どもは大挙してウィーンまで押し寄せてくる。

 そのギャングの一味とタイラーは過去に確執があったらしいが、ハッキリとは描かれていない。また、たとえ言及されていたとしても大した扱いは期待できないだろう。前回に引き続き、タイラーの内面は詳しく描かれていない。彼の仲間の正体も不明だ。この映画は徹底してアクション描写に特化した作りになっており、一種のアトラクションと言って良いと思う。

 カメラをほとんど切り替えない臨場感溢れる戦闘シーンにはやはり身を乗り出して観てしまうし、後半のウィーン市街地での死闘は活劇の段取りが実に上手く考えられている。例によって相手方の放った銃弾はなかなか当たらないが、タイラーたちの攻撃はことごとくヒットする。このあたりの御都合主義は“お約束”なので野暮は言うまい(笑)。それにしても、東欧のヤクザどもはシシリアン・マフィアなどと同じく血脈や義理を重視する傾向にあるのは興味深い。もちろん土壇場では欲得に走ってしまうのだが、このファミリー的な体裁がくだんの家族の長男がタイラー側に容易に与しない理由でもある。

 連続登板になるサム・ハーグレイブ監督の仕事ぶりは相変わらずパワフル。無理が通れば道理は引っ込むとばかりに、ひたすらに力で押し込んでくる。この割り切り方もアリかもしれない。主役のクリス・ヘムズワースとパートナー役のゴルシフテ・ファラハニは好調で、ほぼ不死身な存在でありながらそれなりに傷付いているのは、けっこう観ていて身が切られる思いがする。

 トルニケ・ゴグリキアーニにアダム・ベッサ、ダニエル・バーンハード、イドリス・エルバら脇の面子も悪くないし、オルガ・キュリレンコとティナティン・ダラキシュヴィリの女性陣も画面に色を添える。ラストは次作もあることが示されるが、公開されればやっぱりチェックするだろう。
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