元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「瞳をとじて」

2024-03-11 06:47:25 | 映画の感想(は行)
 (原題:CERRAR LOS OJOS )とても感銘を受けた。とはいえ日頃あまり映画とは縁の無い者が観ても、良さが分からないかもしれない。だが、少しでも映画に心を奪われた経験があれば、ここに綴られた映画に対する尽きせぬ想いが伝わってくるだろう。たとえ結果としてそれが肌に合わなくても、作者の仕掛けた作劇の妙に一目置かざるを得ないはず。とにかく最近公開されたヨーロッパ映画の中でも、見逃してはならない一本だと思う。

 著名な映画監督ミゲル・ガライは新作の「別れのまなざし」の製作に臨んでいたが、撮影中に主演俳優フリオ・アレナスが突然行方不明になる。そのため映画は未編集のまま公開されず“お蔵入り”になってしまう。それから22年の月日が流れたある日、ミゲルはテレビ局から番組出演依頼を受ける。そのプログラムは、未解決の事件を掘り起こして再度考察を加えようというものだ。今回取り上げるのはかつての人気俳優フリオの失踪事件である。取材への協力を決めたミゲルは、友人だったフリオと過ごした若い頃を思い出したり、昔の仕事仲間を訪ねたりする。そして番組終了後、フリオらしき男が海辺の福祉施設にいるという情報が視聴者から寄せられ、事態は急展開を迎える。

 失踪した俳優フリオを探すミゲルの22年にも渡る行程は、すなわち映画の歴史そのものをめぐる“旅”なのだ。フィルム撮りからデジタルカムコーダでの収録に変わり、映写技師が配備されていた映画館ではフィルム上映からプロジェクターに移行している。その時代の流れの中でミゲルは一線を退いたが、フリオの時間は止まったままだ。22年の時間経過は、31年ものブランクがあった監督ビクトル・エリセの境遇とリンクする。この監督のフィルモグラフィがそれぞれのスペインの政治情勢などに対する緊張状態に晒されていたことを考えると、初めて思い通りの映画作りに専念することが出来た本作の重要性が浮き彫りになる。

 失われたはずのフィルムの行方と、フリオの人生がシンクロする終盤の展開は、エリセ監督自身の映画に関する“総括”と、映画への挽歌とも言うべき哀切が横溢して感動を呼ぶ。このクライマックスに接すると、あの「ニュー・シネマ・パラダイス」(88年)など児戯に等しいと思えてくる。

 主演のマノロ・ソロをはじめ、ホセ・コロナド、ペトラ・マルティネス、マリア・レオンらキャストは皆好演だが、圧巻はフリオの娘を演じるアナ・トレントだ。エリセのデビュー作「ミツバチのささやき」(73年)のヒロインだった少女も、今は50歳代に達している。だが、一目で彼女だと分かる存在感と、「ミツバチのささやき」と同じセリフを吐かせるなど、映画好きの琴線に触れる営みには感嘆するしかない。169分にも及ぶ長尺ながら、一時たりとも弛緩した部分がないタイトな演出。バレンティン・アルバレスのカメラによる美しい映像と、フェデリコ・フシドの効果的な音楽。本当に観て良かったと思える逸品だ。


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