手持ちのアナログレコードの優秀録音盤を紹介したい。まずは往年の人気オーディオ評論家・長岡鉄男が“ナンバーワンの名録音”と絶賛していた、アメリカの作曲家ジョージ・クラムの「魅入られた風景」と、同じくアメリカの作曲家ウィリアム・シューマンの「ホルンとオーケストラのための3つの会話」とのカップリング盤(レーベルは米国
NEW WORLD)。演奏はニューヨーク・フィルハーモニックで、指揮は前者がアーサー・ワイズバーグ、後者がズビン・メータである。
両方とも現代音楽に分類される楽曲だが、聴く者の神経を逆撫でするような晦渋さは希薄。音色の美しさでじっくりと聴かせる佳曲である。録音の面で注目されるのが「魅入られた風景」の方で、深々とした音場とどこまでも伸びる高域が異次元の音楽空間を創出。曲自体は決して力任せに押しまくるものではなく、静かな展開が目立つ。しかし、時折挿入される強奏場面は目がくらむほどの高揚感があり、双方の対比が鮮やかなコントラストを生み出すと共に、広大なダイナミック・レンジを体感できる。
一方のW・シューマンの作品も好録音なのだが、やはりこのディスクのメインはクラムのナンバーだと思う。ジャケットのデザインも重々しくて存在感がある。アナログレコードは入手困難だが、CDは出ているので興味のある向きはディーラーの在庫を確認してみるのもいいだろう。
次に挙げたいのが、フィンランドの現代音楽作曲家の作品。エイノユハニ・ラウタヴァーラの「黄昏の天使」とウスコ・メリライネンの「コントラバスと打楽器のための協奏曲」が収められたディスクだ。どちらもコントラバスをフィーチャーした楽曲で、ベルリン・フィル八重奏団のメンバーでもあるエスコ・ライネが妙技を披露している。指揮はレイフ・セーゲルスタム、オーケストラはフィンランド放送交響楽団。
どちらもマイナーな曲だが、コントラバスと管弦楽団との絡みをスリリングに表現した興味深いナンバーで、とにかくその絶妙の掛け合いに聴き入ってしまう。現代音楽といっても不協和音を必要以上にガナり立てるような展開ではないので、安心して対峙できる。録音面では横方向に広がる音場に立体的なコントラバスの音像がズシリと乗っかるという案配で、オーディオシステムの低音制動力が試されるソフトだ。
このレコードはフィンランドのFINLANDIAレーベルからリリースされているが、同レーベルのジャケットのデザインはどれも清涼なタッチで味がある。録音も寒色系をメインにしているようで、フランスやイタリアのレーベルとは趣が違っていて興味深い。
最後に紹介するのが、オーディオファンならば誰でも知っている優秀録音、エリック・カンゼル指揮シンシナティ交響楽団によるチャイコフスキーの「序曲1812年」だ(レーベルは米国
TELARC)。このディスクには他にイタリア奇想曲なんかも入っているのだが、はっきり言ってそれらはどうでもいい。「序曲1812年」の終盤の大砲の音を聴くためのソフトである。
さらに言えば、演奏自体も大したことはない。この曲は有名なので数多くの音楽家が吹き込んでいるのだが、このカンゼル盤より優れたパフォーマンスはいくらでもある。大砲の音を除けば存在価値すらない。しかし、それだけこのカノン砲の実音はインパクトがある。盤面を見るとレコードの溝が何かの冗談じゃないかと思うほど左右に波打っており、当然のことながらプレーヤーの調整がイマイチだとレコード針が飛び上がってしまって上手く再生できない。大砲の音圧をシッカリと再現するのは簡単ではないが、それだけオーディオファンにとっては挑戦する価値のあるディスクといえよう。
アナログレコードが音楽ソフトの主役の座を降りてから30年近くが経とうとしているが、今でもしぶとく生き残っている。それどころかアナログの持つ独特の味わいを求めて、新たな愛好家も獲得しているという。プレーヤーやカートリッジの新製品発表が途絶えることもない。少なくとも以上挙げたディスクの音はCDとは一線を画するものだと思う。これからも末永く付き合いたいものだ。