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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

7/1(水)青木尚佳ヴァイオリン・リサイタル/1年半ぶりの国内リサイタル/著しい成長を見せる期待の星

2015年07月01日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
青木尚佳 ヴァイオリン・リサイタル

2015年7月1日(水)19:00~ 浜離宮朝日ホール 指定席 1階 1列 10番 4,000円
ヴァイオリン: 青木尚佳
ピアノ: 今井 正
【曲目】
タルティーニ: ヴァイオリン・ソナタ ト短調「悪魔のトリル」
ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ 第8番 ト長調 作品30-3
シマノフスキ: ノクターンとタランテラ 作品28
サン=サーンス: ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ニ短調 作品75
《アンコール》
 ラヴェル: ハバネラ形式の小品
 クライスラー: 愛の喜び
 ドビュッシー: 美しき夕暮れ

 ちょうど4年前の2011年7月1日に、同じここ浜離宮朝日ホールで青木尚佳さんのヴァイオリン・リサイタルがあった。奇しくも私は今日と同じ席で聴いていたのである。その年の春に高校を卒業して秋からの英国の王立音楽大学への留学がきまっていて、大きな会場でのリサイタルはそれが最後になった。その後の留学中には、夏休みや冬休みの帰国時に小さなサロンでのリサイタルを何度か開き、聴く度に成長著しい演奏を聴かせていただいたが、この子はいったいどこまで伸びるのだろうと、私だけでなく音楽仲間の期待の星となっていったのであった。その尚佳さんも大学の4年生でもう卒業試験も終えて、今回の一時帰国となった。皆が心待ちにしていた、ちょうど4年ぶりの本格リサイタルである。

 ご承知のように、尚佳さんは2009年、高校2年生の時に第78回日本音楽コンクールのヴァイオリン部門で第1位を獲得し、2011年から英国に留学し、大学内でのコンペティションにもかなり良い成績を上げて、演奏会の機会も得ている。昨年2014年が大ブレイクの年になり、10月には中国国際ヴァイオリン・コンクールで第2位を受賞、そして翌11月にはロン=ティボー=クレスパン国際コンクールでも第2位に輝き、全国の新聞に記事が載ったくらいである。2ヶ月続けての国際コンクール2位という快挙にもかかわらず、ガラ・コンサートも開かれなかったのは残念の極み。マネジメント事務所がヒラサ・オフィスに決まり、正式な国内の演奏活動再開(?)が、今日のリサイタルということになる。

 1曲目はタルティーニの「悪魔のトリル」。タルティーニのソナタの中で最も有名な曲で、題名の通りのトリルが悪魔的なまでに盛り込まれている傑作だ。バロック期の曲ゆえに本来の形であるバロック・ヴァイオリンとチェンバロ伴奏で演奏するといかにも古色に彩られた雰囲気になる曲でもあるが、モダン・ヴァイオリンと現代のピアノで演奏されると、そのトリルをはじめとする超絶技巧満載のためか、クライスラー編曲のカデンツァゆえか、ほとんどロマン派の作品のような、奔放で自由度が高く、ダイナミックな表現も求められる曲になっている。
 第1楽章のシチリア風の主題が哀愁を誘う。尚佳さんの演奏はダイナミックレンジを広く取り、旋律を大らかに。豊かに歌わせる。第2楽章はかなりメリハリを効かせた演奏で、音色も多彩に変化する。第3楽章に入るとほとんどロマン派の音楽と見紛うばかりの感情表現の発露があり、実にロマンティックで即興的な自由さが出てくる。もちろん実際は即興ではなく細部まで十分に練り上げられた演奏だ。カデンツァの「悪魔の」トリルは、すさまじい演奏で、まさに悪魔に魂を売ってしまったかのような、気迫の込められたものだった。重音奏法の連続で、片方が主旋律を、もう一音がトリルの連続という超難度の技巧的な曲だ。技巧に目と耳が奪われがちだが、むしろ音楽的解釈の的確さで、音楽がとても豊かな彩りに満ちていたのが、尚佳さんの成長著しいところだろう。相変わらず目の覚めるような明瞭で正確な音程と、どんなに速いパッセージでも隙を見せない安定した技巧の演奏だが、それに加えて、譜面の読み込みというか、解釈面でも深みが増して、表現が幅広く立体的になっている。とくにこの曲では「凄味」が加わったように思えた。

 2曲目は、むしろグッと落ち着いてベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ 第8番」。いわゆるアレキサンダー・ソナタ作品30のうちの1曲である。
 第1楽章。軽快で明るい第1主題をクッキリと明瞭な、キレ味のキリッとした演奏で飛ばしていく。第2主題も弾むような若さとしなやかさがある。経過句の何げない歌わせ方なども丁寧に作られていて、今回のリサイタルに向けて、各曲をかなり練り上げて来ているのが感じられる。演奏の集中力や、緊迫度が高い。しかし聴いていても力みや緊張はなく、自由奔放な精神の発揚が感じられて、素晴らしい。
 第2楽章で特筆すべきは、ヴァイオリンが主題を弾く辺りのふわりとした柔らかいタッチの歌わせ方で、かつての尚佳さんにはなかったものだ。音色も弱音器を付けたようなまろやかに変化する。弓の使い方が一段と上手くなっているようだ。この楽章はサラリと演奏すると平坦なものになりがちだが、今日の演奏は、ヴァイオリンの音色が実に多彩に変化を見せ、まったく飽きさせない。
 第3楽章はロンド。軽快なロンド主題の弾むような明快な音色がとても鮮やか。ピアノとの掛け合いもリズミカルだ。どちらかといえばピアノの方がやや重く、尚佳さんが引っ張る感じであったが、最後まで軽快さと鮮やかさが保たれていて、実に若々しい演奏に感じられた。陽気で屈託がなく、人生には輝かしい未来しか想像できない・・・そんなエネルギーが感じられたものである。まあ、実際に若いのだからあまり老成された演奏を聴かされても嬉しくはないが・・・・。

 後半は、シマノフスキの「ノクターンとタランテラ」から。またまた超絶技巧曲だ。それにしても今回のリサイタルでは、ベートーヴェン以外はかなり技巧派の曲ばかり。私が尚佳さんの演奏を初めて聴いた時はまだ高校生だったが、その時の印象が「超絶技巧少女」だった。今や貫禄(?)も備わった美しい大人の女性へと成長したが、その超絶技巧にも磨きがかかり、凄味が増してギラギラとした怪しげな光を放っている。この曲のイメージに引っ張られたかな・・・・。
 「ノクターン」の部分は妖艶な夜のイメージで、暑い夜、眠れない夜、悩ましい夜の雰囲気が、濃厚な音色のヴァイオリンで語られていくようである。「タランテラ」の部分は、毒グモに咬まれて踊り狂いながら死が迫ってくる。目が血走って恐怖と狂気が入り乱れて・・・・。執拗に繰り返されるタランテラのリズムが聴く者の神経を逆なでするようで、不快感がいっぱいだ(もちろん演奏が不快という意味ではない)。両手で同時に行うピツィカートや、フラジオレットの悩ましい旋律など、ヴィルトゥオーゾ的な要素も満載。しかも熱狂的な興奮に満ちた演奏はたった1挺のヴァイオリンから生み出されるとは思えないほどの量感がある。速いテンポで目まぐるしいタランテラだが、ひとつひとつの音にしっかりとした質感があるからこそ生まれるこの量感は、ただ弾いているだけでは決して生まれてこない。深い解釈と高度に技巧の集成であろう。

 プログラムの最後は、サン=サーンスの「ヴァイオリン・ソナタ 第1番」。実はこの曲、個人的には「三大ヴァイオリン・ソナタ」に数え上げるほど好きな曲なので、本当に楽しみにしていたのである。ちなみに他の2曲は、リヒャルト・シュトラウスとフランクのソナタである(ベートーヴェンは別格扱い)。
 この曲は、サン=サーンスが交響曲第3番「オルガン付き」でも採用したような2楽章形式になっているが、各楽章が前半と後半に分かれていて、事実上の4楽章構成のソナタである。従って、第1楽章の前半はソナタ形式によるAllegro楽章になっている。
 不安感を伴う激情的な曲想の第1主題が早めのテンポと鋭いリズム感で始まる。尚佳さんのヴァイオリンは、躍動的なテンポ感の中に濃厚な色合いで細かなニュアンスを加えながら強く押し出して来る。すぐに現れる経過的な速いパッセージも極めて正確に流している。昨年の2つの国際コンクールでも課題曲として演奏したというだけあって、かなり入念に弾き込まれているようだ。急に調子を変える第2主題になるとふわりとしたした柔らかく線の細い音色に変える。この切り替えも鮮やかだ。激しく変化する展開部を経て、簡略化された再現部で第2主題が帰ってくると、そのままコーダへ。緩徐楽章に相当する後半へとなだらかにつながっていく。
 ここでのロマンティックな主題は、ヴァイオリンがまた違った調子で悠然と歌い出し、感情のうねりを乗せるように、大きな節回しになった。音は太くしなやかだが、押し出しは優しい。こうした微妙な表現の奥深さも、かつては見られなかったものだ。超絶技巧とはちがった意味での表現的技巧も素晴らしい。
 第2楽章の前半はスケルツォ。いかにもサン=サーンスらしい、洒脱で粋なスケルツォである。ここでもヴァイオリンがその粋な雰囲気を軽快さに乗せてうまく描きだしている。中間部のゆったりとした佇まいへの変化もさりげない。スケルツォ主題が回帰するとすぐに後半への経過部に入り、無窮動的に疾走する後半へと突入する。
 後半はやはりソナタ形式で、分散和音がひたすら疾走するような第1主題と大らかに歌う輝かしい第2主題の対比が殊の外見事な曲である。やや速めのテンポで、無窮動的な超絶技巧で、前のめりのリズム感で疾走していくのは、若い演奏家の真骨頂といえるだろう。その躍動感、疾走感、そしてドラマティックなフィナーレはまさに圧巻!! 多分、おそらく、いや絶対に、これまでに聴いたサン=サーンスのソナタの中でも最高の演奏だったと思う。とくに大好きな曲であるだけに、感激も倍増だ。Braaava!!

 アンコールは3曲も。まずはラヴェルの「ハバネラ形式の小品」。またまた鮮やかに雰囲気を変えてくれる。選曲も鮮やかだ。ラテン系の熱っぽさと印象主義的な絵画的な表現が悩ましげに流れた。
 続いては思いっきりメジャーな、クライスラーの「愛の喜び」。ウィーン風の粋なワルツが踊るようなリズムと、丸く明るい音色で、表情豊かに描かれていく。この曲の中だけでも驚くほどの多彩な色彩感が溢れていた。
 最後の最後は、ドビュッシーの「美しき夕暮れ」。しっとりとした空気感が感じられ、情景が目に浮かぶよう。熱く、情熱的なリサイタルを締めくくるに相応しい、心に安らぎをもたらしてくれる演奏であった。

 今回、共演のビアニストは今井 正さん。ロンドン在住で、向こうで出会い、フランスでのリサイタルなどでも共演するという。4年前のリサイタルの時はピアノの鈴木慎祟さんに助けられている部分もあったような気がするが、今日は完全に尚佳さんが主導権を握り、今井さんはある意味で伴奏に徹してピタリと寄り添うように合わせていたようである。そのため、ヴァイオリンとピアノのスリリングな駆け引きのようなものは感じられなかったが、アンサンブルの完成度の高さという点では素晴らしかったと思う。この4年間に聴いた尚佳さんの演奏は、すべて中島由紀さんとの共演だった(中島さんの方がもっと強く押し出して来る)。それだけに今回はちょっと印象が変わって聞こえたようである。

 本格的なコンサートホールの豊かな音響空間でのリサイタルは4年ぶり。フルサイズのリサイタルを聴くのも1年半ぶりになる(前回は2013年12月/サロン・テッセラにて)。その後も何回か演奏は聴かせていただいているが、やはり昨年の2つの国際コンクールで2位に入賞したことにより一気にジャンプした感じがした。正確だった技巧が豊かな技巧に変わり、曲想に応じて自在に変化する音色、弱音の美しさ、強音の太さ、広いダイナミック・レンジ・・・・。そして何より、解釈・表現をディテールに至るまで綿密に組み立て、それを自在に表現できる技巧を身につけたことだ。演奏自体が「個性」になりつつある。いやもう十分に「個性」になっているのかもしれない。とにかく、彼女の成長ぶりには驚かされる。聴く度に上手くなっていくのだ。この分だとまだまだ相当伸び白がありそうである。しかも既に、その辺でCDを出しているヴァイオリニストの方々を(失礼)、遥かに凌駕していると思うのだが・・・・。


 終演後はロビーに尚佳さんに面会を求める人が大勢のお客さんが残っていて大騒ぎであった。久しぶりの本格リサイタルだけに、関係者の皆さんも、そうでないファンの皆さんも、感慨深いものがあったに違いない。あちこちで笑い声と歓声が上がるホッとした一時であった。
 この後の尚佳さんは、英国留学を続けることになるようである。ということは、またしばらくは演奏が聴けないということだ・・・・。国内では10月19日にトッパンホールのランチタイムコンサートが予定されている。ところが逆に、全国レベルで聴く機会がある。
 まず、この7月11日(土)、21時30分~、NHK-Eテレの「らららクラシック」。シベリウスのヴァイオリン協奏曲の特集で、その中で尚佳さんが演奏するのである。シベリウス・イヤーであるこの時期に、ヴァイオリン協奏曲の演奏に選ばれたというのは、昨年のロン=ティボー・コンクールのファイナルで演奏したからに他ならない。春に帰国したときに既に収録していたもので、もちろんカット版の一部分だけだが(5分くらい?)、テレビ地上波の全国放送だから、これは期待しよう。
 もうひとつは、NHK-FMで毎週日曜日の20時20分~20時55分に放送されている「リサイタル・ノヴァ」に出演する。正式にはまだNHKのホームページにも載っていないが、7月26日の放送とのことである。今回帰国してすぐに収録があったそうだ。こちらは中島由紀さんとの共演で、曲目は・・・・??。これもまた全国放送。期待して聴くことにしよう。

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