Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

9/21(水)紀尾井・明日への扉/守岡未央/トランペットの輝かしい音色と華麗なる技巧

2016年09月21日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
紀尾井/明日への扉13/守岡未央(トランペット)
Kioi Up & Coming Artist 7/Mio Morioka, Trumpet


2016年9月21日(水)19:00~ 紀尾井ホール 1階 1列 11番 2,000(セット券)
トランペット:守岡未央
ビアノ:林 浩子
【曲目】
アルビノーニ:トランペット協奏曲 ハ長調
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
ピルス:トランペットとピアノのためのソナタ
J.S.バッハ:G線上のアリア
ヘーネ:スラヴ幻想曲
立原 勇:舞 -無伴奏トランペットソロのための-
フンメル:トランペット協奏曲 変ホ長調
《アンコール》
久石譲:『天空の城ラピュタ』より「ハトと少年」「君をのせて」
作曲者不詳:アメイジング・グレイス

 公益財団法人新日鐵住金文化財団が主催する「紀尾井 明日への扉」シリーズ。今回はトランペットの守岡未央さんによるリサイタルである。守岡さんは武蔵野音楽大学の出身で、第12回東京音楽コンクール(2014年)金管部門で第3位(第1位なし)および聴衆賞、第84回日本音楽コンクール(2015年)トランペット部門第1位および岩谷賞(聴衆賞)、E.ナカミチ賞受賞という経歴を持っている。
 トランペットによるリサイタルというのはかなり珍しいような気がする。少なくとも私は聴いたことがない。しかもピアノ伴奏によるトランペット演奏というのも、正直に言うとCDなどの録音でも聴いたことがないのである。それもそのはず(?)で、本日のプログラムを見ても想像できるが、要するにトランペットとピアノのために書かれたソナタや小品が少ないのであろう。もちろん楽曲はいくらでもあるだろうが、誰も知らないような作曲家の曲ばかりでリサイタルを組んでも、聴きに来る人が集まるとは思えない。そういう意味でも本日は貴重なリサイタルになりそうである。

 本日の守岡さんによるトランペット・リサイタルは、上記のプログラムを見ても分かるように、トランペットとピアノのためのソナタは1曲しかなく、メインとなるのは2曲のトランペット協奏曲だ。もちろん本日はピアノ伴奏での演奏になるわけだが、聴いたことがあるのはフンメルの協奏曲だけであった。もちろん「G線上のアリア」と「亡き王女のためのパヴァーヌ」は誰でも知っている曲だが、トランペットとピアノによる編曲版を聴いたことがある人はあまりいないだろう。結局のところ、こうした曲目でリサイタルを構成したことにより、他の楽器のリサイタルではあまり例のない出来事・・・・すなわち曲によって調性が異なるため、楽器そのものを使い分けるという大変興味深い形式になっていた。使われた楽器は、C管トランペット、フリューゲルホルン、B♭管トランペット、ピッコロトランペット、E♭管トランペットの5種類。

 前半の1曲目は、アルビノーニの「トランペット協奏曲 ハ長調」。使用楽器はもちろんC管トランペットということになる。楽曲自体は、アルビノーニの「12のヴァイオリン・ソナタ 作品6」の中の「ソナタ第5番 ヘ長調」を、20世紀のトランペット奏者ティモファイ・ドクシツェルが編曲したもので、緩-急-緩-急のバロック形式の4楽章構成。
 守岡さんの立ち位置はピアノの正面前(声楽家と同じような)で、楽譜を見ながらの演奏だった。最前列の中央で聴いていた私に、ちょうど真っ直ぐベルが向いていたので、おそらくは響きの良い紀尾井ホールであっても、楽器からの最短距離で聴いたために、これ以上はないというくらい、ナマの音を浴びたことになる。
 バロックのトランペットは、晴れやかで陽性だ。初めて聴く守岡さんのトランペットはスッキリと爽やかな輝かしい音色で、リズム感も良く、息の長い旋律を軽快に吹いていく。ちょっと緊張気味のように感じられたが、第1楽章の冒頭を聴いただけで、あぁナルホドという感じで、音色といい、技巧といい、質感といい、もちろん音楽性も見事。さすがは日コンの覇者という実力をサラリと見せていた。

 2曲目はラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。こちらはフリューゲルホルン(B♭管)で演奏された。これもクラシック音楽の世界ではあまり馴染みのない楽器。オーケストラで使われることはほとんどない。音域はトランペットと同じだが、ベルの部分が長いので音がまろやかになるのが特徴である。原曲はト長調でオーケストラ版ではホルンが主題を吹く。その柔らかなイメージを踏襲するためのフリューゲルホルンということなのだろう。ゆったりとしたテンポで、息の長い主題が、緩やかなヴィブラートを帯びて紡がれていく。複雑な和声はピアノに任せることになるが、フリューゲルホルンを選んだのは正解で、そのまったりとした音色は気だるい雰囲気をうまく描き出していた。

 3曲目くピルスの「トランペットとピアノのためのソナタ」。使用楽器はB♭管トランペット。ピルスという作曲家の名も初めて聞いた。カール・ピルス(1902〜1979)のウィーン生まれの作曲家だそうで、この曲が代表作に上げられているそうだから、知られていないのも仕方のないところだろう。1935年の作で、後期ロマン派の様式による3楽章構成。第1楽章は、濃厚なロマンティシズムに彩られたピアノの伴奏に乗せて、トランペットの吹く主題はねっとりとした質感で描き出されている。トランペットは強弱の差を大きくは出せないので、全体にまったりとした雰囲気が漂う。第2楽章は緩徐楽章で、抒情的な主題が穏やかに語られてる。ゆったりと流れるような旋律を大らかに歌わせて行く。ロマンティックな雰囲気満点だが、他の楽器では出せない、独特な世界である。第3楽章は躍動的でダイナミックな主題が走る。ピアノは細かく音を刻むが主題のトランペットは音が長く伸びるのでさの対比も面白い。まったく初めて聴く世界だが、ロマン派なので分かりやすく、素敵な曲ノリの良い素晴らしい演奏であった。

 後半は、J.S.バッハの「G線上のアリア」から。使用楽器はピッコロトランペット。曲の印象もすっかり変わってしまう。独特のカン高い音色と高い音域の金管楽器は、普段聴き慣れないせいか、新鮮な印象であることは確か。抑揚があまりない(別に悪い意味で言っているのではない)、どちらかといえばオルガンで短音の旋律を弾いているような、一風変わった「G線上のアリア」であった。B♭管の楽器で普通のトランペットの1オクターヴ高い音を出すが、マウスパイプを伸ばしてA管に変えての演奏であった。

 続いて、ヘーネの「スラヴ幻想曲」。使用楽器はB♭管。もちろん聴くのは初めて。作曲したカール・へーね(1860〜1927)はドイツのトランペット奏者で、「スラヴ舞曲」はスラヴ系の民族色豊かな主題が次々と登場し、当然トランペットのための超絶技巧もたっぷり盛り込まれている。1899年の作。哀愁の漂う主題がトランペットによって朗々と吹かれていく。守岡さんの演奏は、短調の哀愁の部分と、チャールダーシュのような陽性の舞曲風の部分とでは、色彩感が変わる。技巧的な部分の演奏も見事だ。

 続いて、立原 勇の「舞 -無伴奏トランペットソロのための-」。使用楽器はB♭管。本日唯一の現代曲。この曲は、2008年の第25回日本管打楽器コンクールのトランペット部門の課題曲として作曲された。演奏はかなり質感の高い音色で、不規則に音が飛ぶような曲想に対して、音楽的には豊かに歌っていたように思う。伴奏がない分だけ、トランペットの表現力の幅を広げることができていたように感じられた。

 最後は、フンメルの「トランペット協奏曲 変ホ長調」。使用楽器はもちろんE♭管。フンメル(1778〜1837)は古典派時代の作曲家で、ウィーンなどで活躍した。モーツァルトやハイドンに学び、ベートーヴェンとも親交があった。この曲はハイドンと並んで古典派のトランペット協奏曲の傑作とされている。私も一度だけ聴いたことがある(2013年/第81回日本音楽コンクール受賞者発表演奏会でトランペット部門優勝者の篠崎 孝さんが演奏した。共演は渡邊一正さんの指揮する東京フィルハーモニー交響楽団)。本日はピアノ伴奏なのが残念だが、協奏曲だけに華やかな技巧的な演奏をだっぷりと聴かせていただくことになった。第1楽章は、古典派の曲らしく、主題提示部がオーケストラ(ピアノ)だけで延々と続き、なかなかトランペットが出て来ない。その代わりに登場する部分はファンファーレのように派手だ。第2主題も歌うように伸びやか。変ホ長調であるためか、より輝かしく、華やかな曲想と合わせて、美しい音色が鳴り響いた。第2楽章は緩徐楽章。変イ短調に変わり、ほの哀しげな抒情的な主題が美しい。息の長い歌謡的な旋律が、美しい音色がとうとうと歌われていく。第3楽章はロンド。お祭りのような陽気で軽快なロンド主題を、トランペットが跳ね回るようなリズム感で演奏されていく。最後まで華やかな曲、素晴らしい演奏であった。

 アンコールは2曲。守岡さんが大好きだというジブリ映画から、久石 譲の『天空の城ラピュタ』より「ハトと少年」をトランペットのソロでファンファーレ風に。「君をのせて」はピアノ伴奏でしっとりと。POPS系の旋律ではあるが、トランペットの朗々とした演奏はよく似合っている。
 最後は「アメイジング・グレイス」。ジャズ風のアレンジが粋であった。

 協奏曲はトランペットのリサイタルというものを初めて聴いたことになる。楽器の性格上、ソロのリサイタルになると知らない曲ばかりになってしまったが、聴き応えは十分であった。守岡さんの演奏は(私は金管楽器にはまったく詳しくないのでほとんどコメントする能力はないが)まず、陽性の音色が素晴らしく、華やかで煌びやかで、どこまでも突き抜けていくよう。音に潤いがあって音質自体の質感も高い。リズム感も良く、技巧的な演奏も見事ではあったが、息の長い旋律を大らかに歌うように演奏するのは圧巻であった。今回は彼女にとっても初のリサイタルということで、若干の緊張による乱れはあったようだが、技巧的にも表現的にもトップクラスの演奏家であることは間違いなさそう。とにかく素晴らしい演奏であった。演奏家としてはどちらの方に進んでいくのかは分からないが、今後の活躍に期待したい。

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9/15(木)アンサンブル・モンソロ(ピアノ三重奏)/本田早美花らの色彩感豊かなラヴェルが秀逸

2016年09月15日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
アンサンブル・モンソロ ピアノ三重奏演奏会【豊洲公演】
ENSEMBLE MONSOLO Piano Trio Concert


2016年9月15日(木)19:00〜 豊洲文化センター シビックセンターホール
アンサンブル・モンソロ
 ヴァイオリン:本田早美花
 チェロ:ジュリアン・ラジニアック
 ピアノ:エマニュエル・クリスチャン
【曲目】
メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 作品49
ラヴェル:ピアノ三重奏曲 イ短調
《アンコール》
 ラヴェル:ソナチネ より 第2楽章「メヌエットの動きで」(ピアノ三重奏版)
 ラヴェル:ピアノ三重奏曲 イ短調 より 第2楽章
 メンデルスゾーン:無言歌集 第1巻 作品19 より 第1番 ホ長調(ピアノ三重奏版)

 アンサンブル・モンソロと聞いてピンと来る人はあまり多くないのではないだろうか。あるいは室内楽の方はあまり積極的には聴かない私だけがそう思うのか。実は毎年のように来日していて、今回で7度目になるという。パリ国立高等音楽院出身のメンバーが集まり、当初はコントラバスを含む弦楽五重奏団、クインテット・モンソロとしてスタートした。現在は可変アンサンブルというカタチに姿を変え、アンサンブル・モンソロとなり、デュオ、トリオ、カルテットなど様々な編成で2人から8人までの様々にレパートリーを持つ集団になっている。今回、トリオとしての来日は初めてとのことで、本日の豊洲文化センター・シビックセンターホールでの公演と、9月20日に横浜みなとみらいホール・小ホールでの同プログラム・コンサートが予定されている。
 アンサンブル・モンソロを率いてくるのは、ヴァイオリンの本田早美花さん。彼女については結構以前から知っていて、これまでに、エマニュエル・クリスチャンさんとのデュオによるリサイタルを2回聴いている。最初は2013年1月の王子ホール2回目は今年2016年4月の東京オペラシティ・リサイタルホールである。いずれもフランスものを中心に独特の感性に満ちた演奏で、すっかり魅了されてしまった。
 本田さんは高知市の生まれだが幼少の頃から英国で育ち、その後はパリ国立高等音楽院でヴァイオリンと室内楽を学び、大学院修士課程を審査員満場一致にて首席で卒業。現在もフランス在住で、ソロ、アンサンブル・モンソロに加えて、今年の6月からはフランス国立ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターも務めているという俊英。それ故に、日本の音高・音大で学び、コンクール入賞〜海外留学、といった経歴の一般的な日本人ヴァイオリニストとは、かなり雰囲気の違った演奏を聴かせてくれるのである。

 今日の会場となっている「豊洲文化センター・シビックセンターホール」には初めてやって来た。ここは東京都江東区。公益財団法人江東区文化コミュニティ財団が運営する8つの文化センターのひとつで、コンサートホールのほか、展覧会などのギャラリー、パーティなどに使えるフラットなレク・ホール、研修室、茶室などがある。ホールは建物の4階・5階を使用して300席が階段状に設置されている。ステージ後方がガラス張りになっていて外の景色が見えるというのも珍しい設計だろう。ゆりかもめの豊洲駅からは直接建物に入れると東京メトロ有楽町線の豊洲駅からも徒歩1分という立地は便利だし、有楽町から地下鉄で4つめの駅であり都心からも至近なのは良いが、コンサートの会場として使うにはちょっと地の利が良くないような気がする。豊洲は、いま問題になっている築地市場の移転先になっている、あの豊洲である。


 今日の席位置は最説列の真ん中よりやや左側、つまりヴァイオリンの本田さんの正面になる。チェロのジュリアン・ラジニアックさんも楽器の向きが真正面になるし、後方のピアノは鍵盤側になるので音質は若干落ちるが音量が小さくなるのでピアノ・トリオとしてのバランスは、至近距離で聞く場合としては最良のポジションだと思う。発売日にちゃんと押さえることができて良かったと思った次第である。ちなみに、エマニュエル・クリスチャンさんが弾くピアノは、珍しいFAZIOLI。昨年2015年9月に東京都内で初めて、ここ豊洲文化センター・シビックセンターホールに設置されたFAZIOLIコンサートグランド(F278)である。こんなところで(失礼)FAZIOLIに出会えるとは・・・・。

 さて、プログラムの前半は、メンデルスゾーンの「ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 作品49」。室内楽オンチの私でさえ知っている名曲なので、説明の必要はないだろう。
 第1楽章はチェロの第1主題の提示で始まる。ピアノが煌びやかに追奏し、ヴァイオリンが乗ってくる。第2主題もチェロに現れる。演奏が始まって感じたのは、期待していたのとは違って、かなり渋めのアンサンブルが聞こえてくる。チェロは豊かに朗々と流れていくが、ヴァイオリンは音量がやや小さめで、音色もくすんだ印象。としてピアノがややくぐもったマイルドな音でやはりスタインウェイの硬質で機能的な音質とはかなり違う。フランスのトリオなのでもっと透明感とか、色鮮やかなイメージを期待していたのだが、それはコチラの勝手な思い込みにすぎないのだと気づかされた。フランスのトリオだからこそ、敢えてドイツ的な音を目指していたのかもしれない(事実、後半のラヴェルではまったく違っていた)。重厚で、やや内向的で、渋めの音色が生み出す、ドイツ・ロマン派の抒情性。抑制の効いたロマンティシズムの表現である(あるいは1曲目でまだ目が覚めていないのかも・・・・)。
 第2楽章は緩徐楽章。音質の印象は変わらないが、テンポが遅い分だけ主題がクッキリと浮き上がってくるようで、3人の音の分離が明瞭になってきた。そして本田さんのヴァイオリンがロマンティックに歌い出す。ピアノは抑えめに分散和音を刻み、あるいは訥々と主題を歌わせる。チェロはここではヴァイオリンを盛り立てていく。
 第3楽章はスケルツォ。音楽の諧謔性が、ヴァイオリンやピアノに明るさをもたらす。演奏の抑揚が大きくなり、ダイナミックレンジも広くなった。本田さんのヴァイオリンが一段と艶やかさを増して、明瞭に主題を描き出している。
 第4楽章は、短調の主題が躍動的な中にも暗い影をさす。ピアノが弾むように強く主題を押し出しても、立ち上がりの鋭くないマイルドな音質が色彩感に濁りを呼び込む。ヴァイオリンは艶やかで鮮やかではあるが、曇り空のような渋さを残していて、やはりこれは意図的に狙ってのことだろう。この全体的に渋めの音楽作りは後半のラヴェルとの間で、ハッキリとした対比を表していた。

 そして後半はラヴェルの「ピアノ三重奏曲 イ短調」。この曲もよく知っている。ひと頃、川久保賜紀さん、遠藤真理さん、三浦友理枝さんのトリオが持ち曲にしてよく演奏していたからである。
 第1楽章、ピアノが刻む和音から始まる。この音がやや曇りのあるマイルドな音色で、ヴァイオリンがさっと目が醒めるような鮮やかさで加わり、チェロもクリアなサウンドで重なってくる。するとピアノの音が変化してきて、透明感が増してきたようなきがした。そうなると全体的に瑞々しさが増し、透明感を背景とした色彩の鮮やかさが現れてくる。この辺りから、いかにもフランスらしいラヴェルのイメージになってきた。気が付けば、ヴァイオリンも、チェロも、ピアノも、ある種の同じ方向性を持った色彩感にまとまっている。日頃、一緒の演奏機会を持っている「アンサンブル」モンソロの個性が見えて来た。
 第2楽章はスケルツォ。リズミカルな主題は、ヴァイオリンやピアノが躍動的に踊り、発散する色彩が一段と鮮やかになった。ヴァイオリンやチェロに見られるピツィカートなどの技巧的な表現も生き生きとした流れを創り出している。またトリオ部に入る辺りのピアノの煌めきは、まさにフランスのラヴェル。非常に美しい。
 第3楽章は緩徐楽章。淡々とピアノの低音部で語られる主題に始まるパッサカーユ(パッサカリア)。その上にチェロが乗り、ヴァイオリンも低音域で主題を重ねていく。じっくりと聴かせる演奏は、質感が高い。徐々に音域が高い方へシフトして行き、力感も増して、荘厳なクライマックスを経て、また沈静化していく。最後はピアノの低音的に戻り、全体がシンメトリックな構造になっている。
 第4楽章は・・・・何と言ったら良いのか、極めて多彩・多様な音楽が美しく煌びやかに流れる。ピアノの和声は複雑かつ派手な色彩を放つようになり、様々な曲想に変化するヴァイオリンやチェロは実に多彩で、たった3人で演奏しているとは思えない程の、複雑で分厚いアンサンブルを聴かせる。もちろんそういう曲なのではあるが、第1楽章から続いて来た上でのこの華やかで多彩に音の奔流は、4楽章の構成としても素晴らしく、そうなると最初のピアノの曇りのある音色が意図的なものであり、終楽章の鮮やかな色彩の爆発のための伏線であったのかとも思えてくる。いずれにしても、終わってみれば素晴らしい演奏に違いなく、やはりといっては何だが、メンデルスゾーンよりはラヴェルの方が輝いていたことは間違いない。先に述べた川久保さんたちのトリオは濁りのないクリスタルガラスのようなラヴェルという印象が強かったが、アンサンブル・モンソロはもう少し色濃く、光と影のがクッキリとしていて、陰影の強い油絵のような、それでいて原色も多用されているような、そんな鮮やかさのラヴェルであった。

 メンデルスゾーンとラヴェルのピアノ三重奏曲だけでは、さすがにコンサートとしての尺が短い。というわけで、室内楽のコンサートとしては珍しいのではないかと思うが、アンコールは3曲もあった。
 1曲目はラヴェル続きで、ピアノ曲の「ソナチネ」より第2楽章「メヌエットの動きで」をピアノ三重奏の編曲版で。これはよく知られた曲だが、ピアノのの美しい和声に本田さんのしなやかで鮮やかなヴァイオリンが乗せられると大分印象が変わってくる。素敵に演奏だ。
 2曲目もラヴェル。本編で演奏された「ピアノ三重奏曲 イ短調」より第2楽章をもう一度。このスケルツォが最も色彩的に輝いていた。
 最後はメンデルスゾーンに戻り、これもピアノ曲の「無言歌集 第1巻 作品19」より「第1番 ホ長調」をピアノ三重奏版で。メンデルスゾーン特有の息の長い抒情的な旋律は、ヴァイオリンなどの弦楽器が加わると、大きなフレージングで自然に歌えるようになるので、編曲版であってもとても素敵だ。夢に憧れを乗せるように、演奏が締めくくられた。

 終演後はサイン会があった。本田さんの2枚のCDにはかこのリサイタルの時にすでにサインをいただいていたので、今回はアンサンブル・モンソロとしてのCDを購入して、3人にサインしていただいた。といっても、トリオとしてのCDはなく、ピアノ四重奏のCDである。他にも4月のリサイタルの時の写真をプレゼントし、同時にサインしていただいた。皆さん気さくでとても良い人たち。楽しい一時であった。
 アンサンブル・モンソロ。今回はビアノ・トリオであったが、気の合う仲間達、あるいは家族的な雰囲気というか、明るく陽気なフランス人達(?)という感じで、音楽の演奏も明るく陽性である。音楽が好きで楽しそうに演奏していて、思い詰めたような気むずかしさが感じられないので、聴いている私たちを幸せな気分にしてくれる。緊張感よりも開放感。素敵なアンサンブル・モンソロであった。次回の来日はいつになるのだろう。是非ともまた聴かなくては・・・・。



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【お勧めCDのご紹介】
 本文でも紹介し、本日のサイン会でサインをいただいた、アンサンブル・モンソロのCDです。ピアノ四重奏による録音で、本日のトリオの3人(本田早美花さん、ジュリアン・ラジニアックさん、エマニュエル・クリスチャンさん)に加えてヴィオラでシルヴァン・デュランテルさんが参加しています。曲目は、ショーソンの「ピアノ四重奏曲 イ長調 作品30」とマーラーの「ピアノ四重奏曲 イ短調 断章」が収録されています。
ショーソン : ピアノ四重奏曲 | マーラー : ピアノ四重奏曲 (Chausson & Mahler : Piano Quartets / Ensemble MONSOLO ~ Samika Honda, Sylvain Durantel, Julien Lazignac, Emmanuel Christien)
ショーソン,マーラー,本田早美花,シルヴァン・デュランテル,ジュリアン・ラジニアック,エマニュエル・クリスチャン
たまゆら



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9/10(土)東京フィル/響きの森/岡田奏のの煌びやかな「皇帝」とコバケン入魂のドヴォルザーク8番

2016年09月10日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
東京フィルハーモニー交響楽団 フレッシュ名曲コンサート
響きの森クラシック・シリーズ Vol.57


2016年9月10日(土)15:00〜 文京シビックホール A席 1階 3列 18番 2,600円(セット割引)
指 揮: 小林研一郎
ピアノ: 岡田 奏*
管弦楽: 東京フィルハーモニー交響楽団
【曲目】
ベートーヴェン: ビアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」*
《アンコール》
 ドビュッシー:沈める寺*
ドヴォルザーク: 交響曲 第8番 ト長調 作品88
《アンコール》
 ドヴォルザーク: 交響曲 第8番 ト長調 作品88 第4楽章から

 東京フィルハーモニー交響楽団と東京都文京区の提携事業で、年4回のコンサートを文京シビックホールで開催している「響きの森クラシック・シリーズ」。炎のコバケンこと、小林研一郎さんの登場頻度が高いシリーズではあるが、今回も完売御礼。コバケンさんの人気は揺るがず、演目もお馴染みの名曲といったところだ。2016/2017シーズンの第2回となる今回は、東京都歴史文化財団(東京文化会館)と都内の各市区町村が共催する「フレッシュ名曲コンサート」も兼ねているので、いつもよりはフレッシュ=若手のソリストがゲストに呼ばれている。今回はピアノの岡田 奏(おかだ・かな)さんである。
 岡田さんは函館市に生まれ14歳で渡仏、パリ国立高等音楽院のピアノ科と室内楽科を最優秀で卒業、修士課程を最優秀で修了し、第3課程アーティスト・ディプロマ科を経て、ヨーロッパと日本を拠点に活動している。コンクール歴は、第8回プーランク国際ピアノ・コンクール(2013年)第1位、第12回ピアノ・キャンパス国際コンクール(2013年)第1位など。2016年には難関で知られるエリザベート王妃国際音楽コンクールのファイナリストとなっている。日本での演奏実績はそれほど多くはないようで、私も聴くのは今日が初めてだ。

 前半はベートーヴェンの「皇帝」だけ。登場した岡田さんは、満面の笑顔で明るいオーラを放っている。なんだか向日葵(ひまわり)のような人だなぁと感じた。肩から二の腕にかけてが水泳選手のように(?)発達していて、頼もしそうな感じだ。
 第1楽章、冒頭のカデンツァは、ご本人のイメージ通りで、衒いのない鮮やかなもの。真正面から行くぞー!!という感じで好ましい立ち上がりだ。主題の提示部はコバケンさんらしく堂々とした曲の進め方で、こちらも「いかにも」という感じの「皇帝」になっている。ピアノが入って来ると、テンポはやや遅めだろうか、コバケン節協奏曲バージョンといった感じで、音楽的にはスタンダートな節回しで、ソリストを見ながらオーケストラをコントロールしていく。もちろん協奏曲バージョンなのでどちらかといえばインテンポに近い。この「やや遅め」というのがミソで、ソリストによってはそのテンポ感にうまく乗れたり乗れなかったり、ここが難しいところなのである。岡田さんのピアノはどちらかというとコバケンさんに合わせてしまい、初めの内はちょっと咬み合っていない印象。途中からはアンサンブルは合うようになったが、岡田さんはもっと早いテンポで行きたかったのではないかな、と感じた。再現部前のカデンツァのツッコミ具合などからみるとそんな感じである。ただし岡田さんのピアノは弾けている感じがして煌びやかな音色が明るい。テンポが遅い分だけひとつひとつの音が明瞭に演奏され、構造感もバランス感覚もしっかりしている。終盤のカデンツァでグングンテンポが上がっていく辺りのスリリングな展開・・・その一瞬の煌めきにも、非凡なものを感じた。
 第2楽章は緩徐楽章。弱音器を付けた弦楽が美しいハーモニーで主題を提示していく。テンポは中庸からやや早め?で、思いの外インテンポで淡々としている。そこにピアノが乗ってくる。ここはピアノもたっぷりと抒情的に歌わせて行きたいところだが、ピアノもオーケストラもダイナミックレンジが狭い、抑揚か乏しく平板なイメージの曲作りであった。個人的には、もっと思い入れをたっぷりと情感を込めて欲しいところだ。
 第3楽章になると全体的にはややテンポが上がった感じになり、ピアノもオーケストラも躍動的に踊るようになる。この楽章はピアノとオーケストラが対話するようにロンドが進んでいくが、ピアノの疾走に対して、オーケストラ側が重厚で軽快感がなく、どうもうまく咬み合っていないような印象が残った。もちろん普通に聴いている分には、重厚で絢爛豪華な「皇帝」の素晴らしい演奏が続いているのであって、決して文句を言うようなものではないのだが・・・。どこかに感じるチグハグに印象は、あたかも昭和と平成が一緒になったような違和感というか・・・・そんな感じなのである。それにしても音の響かないこのホールで、今日の東京フィルはやけに残響音が長く伸びるような演奏をしていた。そのこともオーケストラ側の重厚感が出すぎてしまった理由のひとつのようにも思えた。

 岡田さんのソロ・アンコールは、ドビュッシーの「沈める寺」。「皇帝」のあとに演奏するアンコールとしては、ちょっと異質だ。しかしフランスで学んだ岡田さんとしては、ソロで自由に弾ける時にこそ、ご自身の持ち味を披露したかったのではないだろうか。広い音域を駆使した美しい和音で、色彩感も鮮やかな、心の内側をさらけ出すような抒情性が感じられる演奏であった。

 後半はドヴォルザークの「交響曲 第8番」。先日(8月17日)、読売日本交響楽団の名曲シリーズで素晴らしい演奏を聴いたばかり(指揮はセバスティアン・ヴァイグレさん)。どうして同じ曲が続くのだろう。さてコバケンさんの演奏は・・・・。
 第1楽書ヴァイオリンが始まると、先ほどの「皇帝」の時とは音の成り立ちが全然違う。やはりこの手の交響曲を振ってこそコバケンさんの本領が発揮されるのは言うまでもない。基本的にオーケストラを十分に鳴らすためのテンポ設定、つまりやや遅めで、フレーズの切れ目をたっぷりとタメて、主題を大きく描き出す。オーケストラから濃厚なサウンドを引き出し、ダイナミックレンジも広く採り、細やかなニュアンス表現のために音量も自在にコントロールして、盛り上げ方はちょっと大袈裟な感じ。これこそがコバケン節である。もちろんこれは褒めているのだ。
 第2楽章の緩徐楽章も、始めから弦楽の分厚いアンサンブルを押し出して来る。受ける木管群も濃厚で質感たっぷり。ボヘミアの森で鳥たちが歌っているイメージだ。こういう楽章でもダイナミックレンジは広く、木管のソロの繊細なところから、金管とティンパニを加えた全合奏へ駆け上がる音量の変化など、メリハリが効いて強烈な印象を生み出している。ホルンのソロなども実に豊かに鳴らせていて、素晴らしい。
 有名な第3楽章のワルツは、踊るような、流れるようなイメージではなく、ボヘミアの土の匂いを漂わせつつ、民族的なロマンティシズムを描き出している。遅めのテンポで、東京フィルから濃厚なサウンドを引き出し、せつせつと感情に訴えかけてくるような演奏であった。
 第4楽章はトランペットの高らかなファンファーレで始まり、チェロが描き出す主題は最初は控え目だが、ヴァイオリンが加わり厚みと力感が増してくると最初のクライマックスで金管が吠え打楽器が轟く。第2主題も土俗的な雰囲気が濃厚だが、こういうところのコバケンさんは水を得た魚のように、土臭い音楽を創り出す。楽章の後半穏やかな曲想が続き、最後は怒濤のような迫力でクライマックスが再現され、テンポを上げてコーダになだれ込み、駆け抜けるようなフィナーレ。途中、(いつものように)天を仰ぐコバケンさんの恍惚とした表情もたっぷりと見せてくれた。もうこれは、良くも悪くもコバケン節炸裂。素晴らしい演奏には違いないが、Bravo!!かどうかは好みの分かれるところだろう。
 アンコールは、第4楽章のコーダの部分。怒濤ようなの再演であった。

 最後に愚痴を一言。隣の席の人たちが開演ギリギリのチューニングが始まっている頃に息を弾ませて入ってきて、演奏が始まってからプログラムを読んだり、チラシをめくったり。目の前の演奏に注意を払わずに、次のコンサートを物色している。音の出やすい紙袋やビニール袋をわざわざ持参しての行為である。前半はずっとガサガサゴソゴソが続き、後半になってもガサゴソを始めたのでさすがに注意した。まったく、何をしに来ているんだか。シリーズなので毎回隣席は同じ人たち。まったく困ったものである。

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9/7(日)ユジャ・ワン/サントリーホール/気まぐれ「ユジャ・ワン劇場」に翻弄され熱狂する聴衆《Part 2》

2016年09月07日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
ユジャ・ワン ピアノ・リサイタル
Yuma Wang Piano Recital


2016年9月7日(水)19:00〜 サントリーホール S席 1階 列 23番 9,000円
ピアノ:ユジャ・ワン
【曲目】
シューマン:クライスレリアーナ 作品16
カプースチン:変奏曲 作品41
ショパン:バラード 第1番 ト短調 作品23
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」
《アンコール》
 シューベルト/リスト編:糸をつむぐグレートヒェン
 プロコフィエフ:トッカータ(ピアノ・ソナタ 第7番 より 第3楽章)
 ビゼー/ホロヴィッツ編:カルメンの主題による変奏曲
 モーツァルト/ヴォロドス/サイ編:トルコ行進曲
 カプースチン:トッカティーナ 作品40
 ラフマニノフ:エレジー 作品3-1
 グルック/ズガンバーティ編:メロディ

 先日(9月4日)に続いて、ユジャ・ワンさんのピアノ・リサイタルを聴く。彼女の気まぐれに翻弄されたいきさつは、神奈川県立音楽堂でのリサイタルのレビューに詳しく書いたので、繰り返しは避けるが、今日も開演の5分前に曲目が変更になったとアナウンスされ、シューマンの「クライスレリアーナ」とベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」とだけ告知されると会場がざわめいたのは先日と同じである。

 実際に演奏された曲目はほとんど同じなので、これも詳しいレビューは繰り返しになるので避けるとして、印象の違った点を述べておこう。
 まず、会場が大きなサントリーホールであり、ピアノの響き方が全然違った。鍵盤を思いっきり叩いても響きがふくよかで豊かに聞こえるのは、さすがサントリーホールである。ピアノの調律も素晴らしく、本当に良く鳴っていた。今日は1階の3列目、中央よりやや右寄りという位置は、ピアノの正面にあたる。そのせいもあったのか、音は極めて美しく、雑味のないクリアなものだった。サントリーホールの大ホールで、ピアノのリサイタルで、満員の聴衆に対してあれだけ聴かせられるピアニストはそう多くはないだろう。


 前半は予定通りにシューマンの「クライスレリアーナ」全曲で素晴らしく高感度の演奏を聴かせてくれた後、カプースチンの「変奏曲 作品41」を告知なしで演奏した。拍手が鳴り止まないので、そのまま前半のアンコールといった風情で、ショパンの「バラード 第1番」を演奏した。後でサントリーホールのホームページを確認したら、この曲順で掲載されていたが、何時の時点で更新されたのかは不明である。

 後半は、期待していた超ミニのドレスではなく、背中の開いたロングドレスであった。ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」はロマン派のような発揮度の高い演奏であった。演奏が終わった時点で既に21時になっていた。

 そしていよいよアンコール・タイム。「ユジャ・ワン劇場」の始まりである。ここで先日とは曲目を変えてきた。ユジャさんは、アンコール・ピースは楽譜を見ながらの演奏だったのだが、実に現代的にiPadを持ってきた。ピアノは譜面立てを外してあるから、iPadはピアノの中に置く感じである。今日のアンコールはなんと7曲!! いやはやスゴイ体力と集中力である。
 1曲目はシューベルト/リスト編の「糸をつむぐグレートヒェン」。相変わらず高速で糸を紡ぐグレートヒェンである。
 2曲目はプロコフィエフの「ピアノ・ソナタ 第7番 変ロ長調 作品83より 第3楽章」で先日と同じ。
 3曲目はビゼー/ホロヴィッツ編の「カルメンの主題による変奏曲」。こちらもさかすがはホロヴィッツと言わせるばかりの超絶技巧曲である。
 4曲目はモーツァルト/ヴォロドス/サイ編の「トルコ行進曲」。始めは聴衆の笑いを誘い、途中からはあまりの超絶技巧に開いた口がふさがらなくなる・・・・といった反応も先日と同じだ。
 5曲目はカプースチンの「トッカティーナ 作品40」。こういう曲の方が、素直に感心できる??
 6曲目はラフマニノフの「エレジー 作品3-1」。気まぐれぶりを遺憾なく発揮した派手派手なコンサートも、しっとりとした曲で幕を閉じるかと思いきや・・・・。
 7曲目はグルック/ズガンバーティ編の「メロディ」。美しくロマンティックで、切なげである。最後は意外にも少女っぽい感傷的な演奏で幕を閉じた。
 「ユジャ・ワン劇場」は熱狂の渦。曲を追う毎にBravo!とスタンディングが増えていく。アンコールの7曲が終わったのは21時40分。普通のリサイタルからみれば、1本半の分量といえるくらいだが、実際には2倍にも3番にも感じられるほどの「密度」がある。いやはやものすごいピアノ・リサイタルであった。

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9/4(日)ユジャ・ワン/神奈川県立音楽堂/気まぐれ「ユジャ・ワン劇場」に翻弄され熱狂する聴衆《Part 1》

2016年09月04日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
ユジャ・ワン ピアノ・リサイタル
Yuma Wang Piano Recital


2016年9月4日(日)14:00〜 神奈川県立音楽堂 指定席 1列 19番 7,000円
ピアノ:ユジャ・ワン
【曲目】
シューマン:クライスレリアーナ 作品16
カプースチン:変奏曲 作品41
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」
《アンコール》
 プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第7番 変ロ長調 作品83より 第3楽章
 ラフマニノフ:エレジー 作品3-1
 カプースチン:8つの演奏会用練習曲より第3曲「トッカティーナ」作品40-3
 ショパン:バラード 第1番 ト短調 作品23
 モーツァルト/ヴォロドス/サイ編:トルコ行進曲

 ユジャ・ワン。いま、世界で最も過激な超絶技巧の演奏で、まるでアイドルのように世界中の人々(しかも男女に)愛され、超一流の巨匠と呼ばれる指揮者やオーケストラから共演のオファーが絶えず、圧倒的な存在感で強烈なオーラを放ち続ける、29歳の、中国生まれのピアニストである。彼女の演奏を聴いたことがないという人は、とにかくコンサートでのナマの演奏を聴いて欲しい。CDなどでは彼女の魅力の10%も感じ取ることはできないと思うし、NETの動画もたくさん出回っているが、同様に雰囲気は何となく分かったとしても、コンサートホールでの興奮は行った人にしか分からないものである。とくに彼女の場合は・・・。

 そんなユジャさん。ほぼ毎年のように来日してくれるので、最近では首都圏でのコンサートはほとんど聴いていると思うが、聴く度に新しい興奮に出会うことになる。必ず何かをやらかしてくれるのである。
 今回の来日ツアーは、本日9/4の神奈川県立音楽堂をスタートに、9/5仙台、9/7東京、9/9名古屋、9/11長野が予定されている。まず面白かったのは、チケットが発売される段階では「演奏曲目未定」。チラシにそう印刷されている。曲目は決まり次第追ってWEB等で発表する、と。うーん、ジャズじゃないんだから。
 そしてその後に発表されたのが、コチラであった。
【曲目】
ショパン:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品35「葬送」
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58
スクリャービン:左手のための前奏曲 嬰ハ短調 作品9-1
        前奏曲 嬰ヘ短調 作品11-8
        幻想曲 ロ短調 作品28
        前奏曲 変ロ短調 作品37-1
        2つの詩曲 作品63
        ピアノ・ソナタ第9番 作品68「黒ミサ」
バラキレフ:「イスラメイ」(東洋風幻想曲)
 ただしこれは暫定的なもので変更になることがすでに予告されていた。

 そして「曲目が決定いたしました」と発表されたのがコチラ(8月9日現在)。
【曲目】
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第4番 嬰ヘ長調 作品30
ショパン:即興曲第2番 嬰ヘ長調 作品36
ショパン:即興曲第3番 変ト長調 作品51
グラナドス:「ゴイェスカス」作品11から
      ともしびのファンダンゴ
      わら人形
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」
 思わず、「全然違うじゃん!」とツッコミたくなるくらい。こちらの曲目が配布されたプログラムにも掲載されている。

 さらに当日、「演奏者の強い要望により、曲目・曲順が一部変更になる場合がございます」と書かれた紙がプログラムと一緒に配布された。
 そして開演5分前。会場のアナウンスで曲目の変更が発表された。その時点で「シューマンの『クライスレリアーナ』とベートーヴェンの『ハンマークラヴィーア』を演奏します」ということだった。会場がザワつく。「え? 何? 何だって?」「シューマンの何だって?」とか、「せっかく予習してきたのにぃ〜」などという声があちこちから聞こえて来た。
本当に「全然違うじゃん!」とツッコミたくなる。さすがはユジャさん、やってくれる。無料で配布されたプログラムにも、KAJIMOTOが作った有料プログラム(500円)にも、曲目の解説がしっかりと掲載されている。グラナドスなんかは珍しいから、結構調べ物をしたり視聴したりして書いたはず。これを書いた音楽評論家の先生たちも一刀両断されたわけだ。開演前にこれで明らかになったこと・・・・「教訓・・・ユジャ・ワンのリサイタルに行くか行かないかは、曲目で判断してはならない。」もちろんユジャさんは曲目がまるっきり変わろうが、そんなことは一切お構いなしで、飛びきり上等の、最高のパフォーマンスを披露してくれるのだから、聴きにいって損することは、絶対にない! のである。


 というわけで、前半はシューマンの「クライスレリアーナ」全曲。登場したユジャさんは、背中が大きく切れ込んだロング・ドレスに15cmくらいのハイヒールといったスタイル。背中の筋肉がアスリートのようにしなやかにうねる。そしてあの超セクシーで歩きにくそうなハイヒールは、本番の時はいつも同じ高さなので、ペダリングには差し支えがないのだそうだ。練習でもゲネプロの時は履いているという。うーむ、プロだなぁと妙なところで感心してしまう。
 曲が始まると一瞬にしてユジャさんの音楽世界が広がる。速い打鍵から飛び出してくる音は明瞭で鋭いが決して硬くはなく、むしろ柔軟でしなやかなイメージ。そして鮮やかな色彩感。満艦飾が溢れるごときカラフルだ。そして広いダイナミックレンジ。消え入るくらいの弱音であっても音の芯がハッキリしているので聴き逃すようなことはなく、なだらかに駆け上がる音量の変化、さして最強音でも音に濁りは全くなく、ひとつひとつの音が明瞭に分離して、響き合う。このピアノの鳴り方はユジャさん独特のものだ。
 そして描き出される音楽は、きわめてリズミカルで旋律がしなやかに歌う。躍動的であったり、叙情的であったり、諧謔的であったり、瞑想的であったりと、浪漫的あであったり、激情的であったり、悲愴的であったり、8つの小曲に描かれる音楽世界は、それぞれがきわめて美しく情感豊かで、みずみずしい生命力に溢れている。決して何者にも媚びることはなく、自然体でおおらかで、光り輝いているのだ。
 とにかく、ユジャさんの演奏は聴く者に訴えるチカラが強烈。早くもBravo!!が飛び交った。

 ここで拍手が鳴り止まずにアンコール風?に弾いたのが、カプースチンの「変奏曲 作品41」。これは何しろ発表されていない曲なのだ。「前半からアンコールかい!?」とまたまたツッコミたくなるような、超絶技巧の派手な曲である。ジャズのようなフォービートのリズムに乗せて、華麗な技巧が迸る。後半、テンポが上がるとキラキラ光る音の粒がホールいっぱいに飛び散るイメージ。最後は目にも止まらぬ速さで手も指も動体視力を超えた動きで聴衆を圧倒した。

 後半はベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106『ハンマークラヴィーア』」。後半のお衣装は、待ってましたの超ミニ・ドレス。しかもナマ足っぽい。最前列の男性諸氏の鼻の下が一斉に5センチは伸びた・・・かどうかは別として、登場したときに「ほぅ〜」という溜息が一斉に聞こえたのは確かである。演奏が始まっても、ついつい視線が下がってしまう・・・・いや、第1音から鮮やかに響き渡る和音。視線が下がるどころか、その音の圧倒的な質感に、聴く方の心がどんどん開かされていく。あえて気持ちを集中させなくても、こちらの心の中にズンズン突き刺さってくる。ユジャさんが弾くと、ベートーヴェンもこんなに色鮮やかになるのか。
 第1楽章は最初の和音で聴衆の心を掴み、後は流れるようなリズム感に乗せて主題が美しく描き出されていく。造形的にはシッカリしている。揺るぎない構造感がある。ところが音色も和声のバランスも歌うような旋律の流れも極めて浪漫的な香りがプンプンなのだ。純音楽であることはいうまでもないが、あまりにも人間的な情感が鮮やかに、そして自由に歌い上げられているように感じられる。
 第2楽章は短いスケルツォ。速めのテンポで躍動感が弾ける。
 第3楽章は長い緩徐楽章。深い哀しみを湛えた主題と憧れを乗せた主題が切なげに語られていく。わずかな流れの中で短調と長調の間を揺れ動く様は、人の感情の移ろいを感じさせる。ユジャさんのピアノは超絶技巧だけの上っ面だけのものではない。こうした緩徐楽章のピアニッシモの中の深い感情表現がまた素晴らしいのである。
 第4楽章は序奏付きのフーガ。序奏は幻想曲風で浪漫的な自由さで描かれ、対してフーガは3声で壮大なイメージを創り出す。この古典的な造型に対して、ユジャさんの演奏は各声部が鮮やかに分離して、とくに重厚な低音部が明瞭な音と造形を見せるために、非常にスケールの大きな音楽になる。そして造形的には堅固でありながら、自由度が高く大らかに歌う。何てロマンティックな描き方なのだろう。これはもう、最大級のBraaaava!!

 そしてアンコール。ここからが「ユジャ・ワン劇場」の始まりである。プログラムの本編、つまりシューマンとベートーヴェンは、いわばユジャさんの「芸術的表現」のピアニズム。アンコールはいわば「超絶技巧表現」のピアニズムともいうべき、見せる音楽、魅せる音楽を聴かせてくれるのだ。
 1曲目はプロコフィエフの「ピアノ・ソナタ 第7番 より 第3楽章」。いわゆる「戦争ソナタ」のひとつ。会場のアンコール曲紹介は「トッカータ op.11」となっていたがこれは間違い。やはり突然曲目を変更したのだろうか。目にもとまらぬ早さで鍵盤を叩き続けているように見えるが、聞こえてくる音楽は正確無比の突撃するような音楽。エネルギーが充ち満ちて超絶技巧曲を超絶技巧っぽく弾きまくる。素晴らしい見せる音楽なのである。
 2曲目は一転してラフマニノフの「エレジー 作品3-1」。悲歌もユジャさんの手にかかると鮮やかでロマンティックに聞こえてくるから不思議。悲しさも瑞々しい。
 3曲目はカプースチンの「トッカティーナ 作品40-3」。またまた超絶技巧ものが飛び出してくる。それを普通よりも速めのテンポで弾いていたのではないだろうか。
 4曲目は、何とショパンの「バラード 第1番 ト短調 作品23」。とてもアンコールで弾くような曲じゃない。静かなモノトーンのイメージで始まり、展開して盛り上がっていくと途中からはショパンですら超絶技巧の派手なパフォーマンスに変わっていく。テンポも速めで、目まぐるしく音が交錯する。「ユジャ・ワン劇場」もエンジン全開のパフォーマンスだ。
 さすがにもう終わりかと思っていたら、最後にもう1曲。モーツァルト/ヴォロドス/サイ編の「トルコ行進曲」。この曲は子供の発表会のようにトルコ行進曲が始まるので会場から笑いが起こる。ところが2回目のフレーズから変奏が始まり「え?」と思った時には超・超・超絶技巧の強烈なパフォーマンスに変わっていて、知らない人は度肝を抜かれることになるのだ。これで会場はパニックのような大喝采!!

 ユジャさんのサーカスみたいなアクロバティックな演奏について、良いの悪いのと言っても始まらない。とにかくスゴイものはスゴイのであって、他にこんなことをできる人がいない以上、彼女の存在は天下一であることも確かなのだ。好き嫌いは人の自由である。ユジャさんのことを「あんなの鍵盤を叩いているだけじゃない。指が早く回れば良いって訳じゃないのよ!!」というようなことをピアノの先生らしき人が言っているのを耳にしたことがあるが、 まあ・・・・それはその通りなんだけれども・・・・あれだけの技巧があって初めて表現できる世界もあるのではないだろうか。ユジャさんの演奏を見・聴きしていると、演奏の技術そのものはショパンやリストやラフマニノフよりも上だったのではないかと思ってしまう。もしショパンがユジャさんほどのテクニックを持っていたら、ショパンの作る曲を弾ける人は他にいなくなってしまい、その結果、歴史に残らなかったのではなかっただろう、などと妙な妄想に取り憑かれてしまうのであった。

 終演後はサイン会があった。さすがにあれだけの演奏を聴かされただけに、あっという間に長蛇の列。新しいCDは買ったものの、横浜は遠いので、サイン会は断念することにした。何しろ演奏が終わったのは16時半くらいだったのだから。ユジャさんのツアーは続くので、この後は9月7日のサントリーホールで、もう一度聴く予定になっている。

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9/2(金)日本フィル東京定期/清水華澄の「4つの最後の歌」と山田和樹のエルガー交響曲第1番

2016年09月02日 23時30分00秒 | クラシックコンサート
日本フィルハーモニー交響楽団 第683回 東京定期演奏会《第1夜》

2016年9月2日(金)19:00~ サントリホール・大ホール A席 1階 2列 18盤 3,500円
指 揮:山田和樹
メゾ・ソプラノ:清水華澄*
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:扇谷泰朋
【曲目】
柴田南雄:コンソート・オブ・オーケストラ
R.シュトラウス:4つの最後の歌*
エルガー:交響曲 第1番 変イ長調 作品55

 日本フィルハーモニー交響楽団の「第683回 東京定期演奏会」を聴く。指揮は日本フィル正指揮者の山田和樹さん。開演前のプレトークでも相変わらず飄々として喋り続けていた。
 今回の定期演奏会のプログラムは、いささか主旨が分からない曲が並んでいる印象だ。

 1曲目は、柴田南雄の「コンソート・オブ・オーケストラ」。今年は柴田の西端100年・没後20年にあたるそうだ。この曲はNHKの委嘱により1973年に初演されている。4管編成に15種類以上の打楽器にピアノを加えた大編成オーケストラのための曲であり、作曲された時点で定着された奏法・語法を使っていて新しい試みはしていないという。今から40年近く前に作られた曲ではあるが、バリバリの現代曲には違いない。とはいえ、確かに前衛的なものではなく、聴いていても「あぁ、ナルホド」という感じがして分かりやすいことは確かだ。ただ、弦楽器が全員で楽器を叩いて音を出すというのはどうも・・・・。初めて聴く現代曲ゆえ、演奏の良し悪しは判りようもないが、最近好調の日本フィルの各パートの充実した濃厚なサウンドは曲の質感を高めていたのは確かである。

 2曲目はメゾ・ソプラノの清水華澄さんをゲストに招いて、R.シュトラウスの「4つの最後の歌」。シュトラウス最晩年の1948年に作曲されている。つまり戦後の作なのだが、最後までロマン派の作風を貫いたシュトラウスの集大成の曲ともいえる。大編成の管弦楽と歌唱という、交響詩とオペラで一世を風靡し大作を数多く残したシュトラウスのエッセンスが詰め込まれているような気がする。初演されたのはシュトラウスの死後になる1950年のことで、独唱はソプラノのフラグスタート、指揮はフルトヴェングラーで、フィハーモニア管弦楽団の演奏と懐かしい名前が揃い、場所はロンドンのロイヤル・アルバート・ホールだというから、66年前のこととはいえ、それほど昔のことではないのである。
 楽曲は、ソプラノと管弦楽のために書かれているので、今日のゲストがなぜ清水さんなのかはいささか疑問の残るところだ。清水さんはメゾ・ソプラノといっても比較的高い方まで出るハイ・メゾだとは思うが、実際に聴いての印象は、最高音域になるとチカラが入ってきて絶叫型になってしまうのがいかにも惜しい。というのも、低音から中音域、中高音域まではシルキーな滑らかさと生来のクセのない美声が活きていて、とても素晴らしかったから。最高音域がもう少し軽く、自然に歌えていれば、オーケストラの演奏とともに、Bravo!間違いなかったのに。
 「春」はその高音域が気になってしまった。「9月」は艶やかでしっとりした歌唱が活きてきてグッと良い感じ。ホルンのソロも穏やかで、伸びやかで素晴らしい。「床につくまえに」ては抑えめの歌唱がしっとりとした情感を描き出している。すすり泣くようなヴァイオリンのソロも素敵。終盤の高音部がちょっと・・・。「夕映えに包まれて」はまずオーケストラの抑制的なのに濃厚なサウンドがいかにもシュトラウスっぽくて素敵。死に向き合っていくという歌詞の内容通りに、清水さんの歌唱も抑えが効いてきて、情感が込められていく。こうなってくると滑らかで澄んだ声質が、清らかな空気感を創り出していく。ヤマカズさんのしなやかな音楽創りも素晴らしい。
 結局、終わってみれば全体としては素晴らしい歌唱と演奏になっていたように思う。やはり惜しかったのは、「春」での躍動的な流れに乗っての高音域の絶叫?で、オーケストラとの声量のバランスなども難しいところなので、ある程度は仕方のないことなのだろうけれど。私は2列目のソリスト正面で聴いていたのでよいのだが、もう少し離れた席や、あるいは2階の奥の方などではどのように聞こえていたのかも気になるところだ。サントリーホールでオーケストラ伴奏の声楽曲は、ホールがよく響く(場合によっては響き過ぎる)ので、かえって難しいのではないだろうか。

 後半はエルガーの「交響曲 第1番 変イ長調 作品55」。エルガーの交響曲というのは、聴く機会が結構あるようで、少ないと感じるのは、私の個人的な好みが反映してエルガーがプログラムに載っている時にあまり積極的に聴きに行かないからかもしれない。別にエルガーが嫌いとかそういうことではなくて、ロマン派後期のこの時代には、百花繚乱のごとくヨーロッパ全土で名曲が出揃うので、数少ない英国の音楽に対して具体的なイメージが持ちにくいのであろう。
 エルガー(1857〜1934年)が交響曲に着手したのは年齢的にも遅く、50歳になって第1番を書き始め、翌1908年にマンチェスターで初演を迎えた。そして大成功を収め、英国の代表的な交響曲となった。
 第1楽章の序奏に現れるゆったりと、堂々と歩むような曲想はエルれガーならではであろう。これが循環主題として各楽章に現れ統一感をもたらすことになる。主部のエネルギッシュな第1主題や美しく繊細な第2主題など、いずれもロマン派後期の大管弦楽による濃厚な曲想に対して、ヤマカズさんの指揮は衒いがなく、堂々たるロマンティシズムを描き出してくる。日本フィルの油絵の具のような濃厚なサウンドが、密度の高い音楽を鮮やかに生み出していた。
 第2楽章はスケルツォ。力強くエネルギッシュで押し出しの強いスケルツォ主題とトリオ部の小川のせせらぎのような自然で優しい音楽との対比も鮮やかである。日本フィルの強奏時の爆音は結構パワフルだが、音が尖らずにしなやかに立ち上がるので聴いていても不快感がない。またトリオ部のような情景描写的な音楽に対しては、色彩感豊かに描いている。
 第3楽章は緩徐楽章。いかにもロマン主義的な主題だが、スケール感大きく展開してゆく様は、骨太の音楽である。第1楽章の序奏の主題らしき旋律がちらちらと回帰してロマン派らしい複雑な造形と抒情性を発揮する。ヤマカズさんの緩徐楽章は、若手の指揮者にしては遅めのテンポを採りつつ、主題をたっぷりとしなやかに歌わせる。弦楽の澄んだアンサンブルと、色彩感の濃厚な木管群が、実に情感豊かな音楽を創り出していて見事である。
 第4楽章はテンポの遅い主題で静々と始まるがここにも第1楽章の序奏の主題が見え隠れする。主部に入るとテンポが上がり、躍動的で推進力のある主題が展開して、やがて壮大なクライマックスを創り出していく。弦楽のアンサンブルにも力感が漲り、それを金管が力強く後押しするが、ヤマカズさんのバランス感覚は押し出しすぎずに見事にオーケストラをコントロールしていく。テンポを落として循環主題が現れると音楽は堂々たる歩みを描き出し、やがてテンポが上がり、力強く高揚していく。このクライマックスは壮大でスケールが大きく、あたかも英国そのものの栄耀栄華の時代を象徴するかの素晴らしいフィナーレとなる。
 ヤマカズさんの指揮は、何と言ってもしなやかさが抜群。このスケールの大きな壮大な交響曲を、決して剛直になることなく、柔らかく、そして力強く、大らかに旋律を歌わせて行く。構造感はシッカリしているのに、固さがないのである。それなのにダイナミックレンジは大きく、繊細な弦楽の弱音から全合奏のクライマックスに至るまで、なだらかな曲線を描いて音量が増していく。だからとても自然で、その大らかな音楽に身を委ねているだけで、非常に心地よい感動に浸ることができるのである。もちろん日本フィルの演奏も文句なしの出来映えで、ヤマカズさんとの相性も良い。エルガーをこれほど気持ちよく聴いたのは初めてのような気がする。Bravo!な演奏であった。
 
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9/2(金)横浜美術館で音楽会/林 美智子&大萩康司のデュオ/平日午後に心温まる一時

2016年09月02日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
横浜美術館で音楽会/林 美智子&大萩康司
〜印象派を代表する女性画家メアリー・カサットの回顧展に寄せて〜


2016年9月2日(金)15:00〜 横浜美術館レクチャーホール 自由席 2列 10番 3,000円
メゾ・ソプラノ:林 美智子
ギター:大萩康司*
【曲目】
ヘンデル:オンブラ・マイ・フ
ドヴォルザーク:我が母の教え給いし歌
グノー:アヴェ・マリア
E.グレネ/L.ブローウェル編:キューバの子守歌(ギター・ソロ*)
大中寅二:椰子の実
多 忠亮:宵待草
武満 徹:小さな空
ボワイエ:聞かせてよ愛の言葉を
サティ:ジュ・トゥ・ヴ
ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女(ギター・ソロ*)
ファリャ:「7つのスペイン民謡」より「子守歌」
ガーシュウィン/武満 徹編:サマータイム(ギター・ソロ*)
黒人霊歌:アメイジング・グレイス
ビゼー:歌劇『カルメン』より「ハバネラ」
《アンコール》
 武満徹:めぐり逢い

 印象派(といっても絵画の方)を代表するアメリカ人女性画家、メアリー・カサット(1844〜1926)の35年ぶりとなる回顧展が開かれていて、かなり話題になっている。カサットはアメリカのピッツバーグ出身だが、21歳の時にパリに渡り、踊り子の絵で有名なエドガー・ドガとの交流を通じて印象派の画家として名をなすことになる。とくに母と子を描いた数々の作品が共感を呼び、「母子像の画家」と呼ばれるようになる。今回の回顧展にも多くの母子像が持ち込まれている。
 私は、本来なら美術の方が専門に近いのだが、最近はすっかり美術展の方はご無沙汰してしまい、コンサート三昧なのはご承知の通り。たまには美術の方もゆっくりと鑑賞したいのだが・・・。その話題の「メアリー・カサット回顧展」は横浜美術館で開催されている。そういえば、かなり以前のことだが、横浜美術館のパンフレットを作る仕事をしたことがあって、今日美術館を訪れて非常に懐かしく思った次第である。
 今日・明日の2回、「メアリー・カサット回顧展」の関連イベントとしてのコンサートが美術館内の「レクチャーホール」で開かれる。内容はメゾ・ソプラノの林 美智子さんとギターの大萩康司さんによるデュオ・リサイタルである。子育て奮闘中(?)のお母さん歌手である林さんのキャラクターがカサットの母子像と共通するイメージということらしい。林さんと大萩さんのデュオは、昨年2015年11月の東京オペラシティコンサートホール以来だが、そういえばその時も平日の午後だった。仕事を抜け出しての禁断の音楽会である・・・・。

 さて会場には早めに行ったので思いのままの席が取れた。1列目は使用していなかったので、2列が一番前になる。ステージ中央に向かって縦向きの通路がある座席配置なので、センターラインが広めの通路という、音楽会としてはかなりもったいない仕様だが、これはレクチャーホール、つまり講演会用の会場としては、聴衆も演者も緊張しなくて良いのかもしれない。私の席は、通路よりも右のブロック、つまりギターの演奏位置側になり、距離も近かったので大萩さんの指の動きなどに見入ってしまった。

 1曲目、ヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」はオペラ『セルセ』の中のアリア。ソプラノの楽曲なのでメゾ・ソプラノ用に移調して歌われた。ギター伴奏にも適した調性にしたようである。いつもより音程が低いのでまた違ったイメージ。ゆったりとした落ち着きが感じられる。

 ドヴォルザークの「我が母の教え給いし歌」は、老いた母から教わった歌を子に伝えるという内容なので、今日のテーマに沿っているけど・・・ちょっと哀しいかなぁ。林さんの温かみのある歌声は、ソプラノ歌手の切なさとはまた違った表現になる。またギター伴奏というのが珍しいが、ピアノ伴奏よりも音色が温かく感じられる。

 グノーの「アヴェ・マリア」お馴染みの曲。ギターのアルペジオが優しく美しい。

 続いて、E.グレネ/L.ブローウェル編の「キューバの子守歌」というギターのソロの曲。大萩さんはハバナ国際ギター・コンクールに2位入賞という経歴があり、キューバとの関わりも多いようである。子供がなかなか寝付けない熱い夏の夜・・・といった感じ。やはりギターのソロになると、音質の多彩さ、美しさ、高度な技巧とギターならではの表現が盛りだくさんになって楽しい。同じラテン系でもスペインを離れたギターはちょっとイメージが違っていて、クラシック音楽との相性が意外に良いのである。

 続いては日本の歌曲から、大中寅二の「椰子の実」。島崎藤村による浪漫派の詩である。ギター伴奏で聴いたのは初めてかもしれない。しっとりとした日本間歌曲にもギターの優しい音色と抒情性が合うようだ。
 次は多 忠亮(おおのただすけ)の「宵待草」。日本旋法の哀しげな旋律を林さんの温かみのある声がしっとりとなぞっていく。
 前半の最後は、お馴染みの武満 徹の「小さな空」。この曲もギター伴奏だとややイメージが変わる。普段聴いているピアノ伴奏だともっと声を張り、流れるように旋律が歌われるが、ギター伴奏だと声量も控え目になり、語りかけるよな歌唱法になる。林さんの優しい声と、大萩さんの情感豊かなギターが子供の頃の郷愁を誘うように美しく流れていく。

 後半はボワイエの「聞かせてよ愛の言葉を」。リュシエンヌ・ボワイエ(1903〜1983年)はフランスのシャンソン歌手。この曲は彼女の代表的な曲で、作詞・作曲はジャン・ルノワールという人。シャンソンのスタンダード・ナンバーとして世界中で歌われている名曲なので、誰でもどこかで聴いたことがあるはずである。
 次のサティの「ジュ・トゥ・ヴ」。こちらも有名なシャンソンであり、今日ではクラシック音楽の仲間に入れられることもあるが、作られた当時(1900年頃)はキャバレー・ソングのような位置づけだったのであろう。林さんはこの分野のCDも出しているくらいなので、いわば持ち歌のひとつになっているが、最近フランス語がちょっと硬くなっているような・・・。

 続いてフランスもの続きで、ドビュッシーを「亜麻色の髪の乙女」を大萩さんのギター・ソロで。ドビュッシーの印象主義的な音楽は独特の和声が命。和音が自在に組み立てられるギターでのドビュッシーは、ピアノとは違った独特の優しい色彩感があり、あたかも淡い色調の水彩画のようで、とても美しい。それはもちろん上手い人の場合であって、私も昔、この曲をギターで挑戦したことがあったが、美しい和音が出せずに諦めた記憶がある。

 次はファリャの「7つのスペイン民謡」より「子守歌」。この曲は元々、スペイン各地の民謡を元にファリャによって作られたピアノ伴奏の歌曲集である。「子守歌」はその中のアンダルシア地方の子守歌「Nana ナナ」のこと。もちろん今日はギター伴奏に編曲されたものだ。これまでにもソプラノの小林沙羅さんとギターの荘村清志さんのデュオで何度か聴いたことがある。林さんの歌唱はメゾ・ソプラノ特有の太さと柔らかさがあるので、同じ調性であっても印象がかなり違うようだ。
 一方、「7つのスペイン民謡」はパウル・コハンスキの編曲によるヴァイオリンとピアノのための組曲もよく知られていて、ヴァイオリンのリサイタルなどで演奏されている。ヴァイオリンの松山冴花さんとピアノの津田裕也さんのデュオで聴いたことがある。また、そのギター編曲版としては、ヴァイオリンの川久保賜紀さんとギターの村治奏一さんとのデュオや、村治香織さんとのデュオで何度も聴いているので、私としてはお馴染みの曲なのである。ところが大元のピアノ伴奏の歌曲版は・・・多分一度も聴いたことがない。ちょっと不思議。

 続いてガーシュウィン作曲のオペラ『ポーギーとベス』の名アリア「サマータイム」を武満 徹の編曲によるギター・ソロで。武満の『ギターのための12の歌』に収録されている。黒人霊歌風というか、ブルース調というか、ブルーノート・スケールのこの曲も、武満の手にかかるとまったくイメージの異なる和声の組み合わせで、現代的で洒脱な曲に生まれ変わる。大萩さんの演奏は都会的で洒脱な雰囲気を保ちつつ、人間的な温かみが感じられてとても素敵だ。ところでこういったギターのソロの時に大きな咳を続けていた人がいて、いささか興を削ぐ。ギターの繊細な音が咳でかき消されしまうのだ、怒。

 再び林さんの歌唱で、次は「アメイジング・グレイス」。 最初のフレーズは伴奏なしの独唱で、途中からギターがアルベジオで入って来る。主にPOPSの世界では広く知られた名曲で数多くのアーティストがカヴァーしているが、クラシック音楽の声楽分野では、英語による歌唱がどうしても違和感を感じてしまうのは私だけだろうか。

 最後は林さんの持ち歌で、ビゼーの『カルメン』より「ハバネラ」。林さんのリサイタルでは毎回のように聴いているお馴染みの曲だが、ギター伴奏だとスペイン風味が増してなかなか雰囲気があって良い。反面、オーケストラ伴奏のオペラ上演の時のようなスケール感ば若干劣る。それでも林さんのカルメンは、いつもの通り、悪女になりきれないキャラクタがほのぼのとして素敵である。

 アンコールは武満徹の「めぐり逢い」。しっとりとした情感がいっぱい。間奏でカデンツァ風のギターがめっちゃカッコイイ。

 曲数は多かったが1曲ずつはあまり長くないので、途中トークを交えたコンサートであってもあっという間に終わってしまったという印象だった。平日午後のコンサートは、どこかのんびりとした雰囲気があり、心が癒される。本来ならこの後、「メアリー・カサット回顧展(9月11日まで)」をゆっくり観賞して行きたかったのだが、実は夜にもコンサートがあって・・・・。美術展と音楽会のコラボレーション企画はとても素晴らしいのだけれども、忙しくて堪能することができないのは、残念であった。いや、忙しいのは私だけ??

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8/27(土)読響/土曜マチネー/若きオッテンザマーのクラリネット協奏曲が絶妙/ブラームスの交響曲第1番は・・・

2016年08月27日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第190回土曜マチネーシリーズ

2016年8月27日(土)14:00〜 東京芸術劇場コンサートホール S席 1階 A列 16番 4,851円(会員割引)
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
クラリネット:ダニエル・オッテンザマー
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:長原幸太
【曲目】
ウェーバー:歌劇『魔弾の射手』序曲
モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K.622*
《アンコール》
 ダニエル・オッテンザマー:インプロビゼーション(即興曲)*
ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調 作品68

 読売日本交響楽団の「第190回土曜マチネーシリーズ」を聴く。今月のマエストロ、セバスティアン・ヴァイグレさんは、夏休みシーズンの8月の定期シリーズを全部受け持つ大活躍だ。先日8月17日の「名曲シリーズ」で極め付けの素晴らしい演奏を聴かせてくれ、とくにドヴォルザークの「交響曲 第8番」には非常な感銘を受けたものである。そのため、今日のコンサートはとても楽しみなものになった。ヴァイグレさんお得意のドイツものばかりで、ウェーバーとブラームスは超期待。またモーツァルトの「クラリネット協奏曲」ではダニエル・オッテンザマーさんの登場で、こちらも超期待なのである。

 とろこが不思議なモノで、毎回毎回名演というわけにはいかないらしい。あれほどしなやかに歌っていたオーケストラが、今日はどこかバタついて、何となくまとまりが悪い。ホールの響きが違うのも影響しているのかもしれないし、コンサートマスターが違うことも雰囲気を変える要因かもしれない。もちろん、そう極端に変わっているわけではないが、先日のドヴォルザークに比べると・・・・今日の演奏は精彩を欠いていた・・・・ような気がするのである。

 1曲目はウェーバーの歌劇『魔弾の射手』序曲。現在のところ、『魔弾の射手』が劇場でオペラとして上演されることはあまり多いとはいえないが、この序曲だけは人気があり、ドイツ・ロマン派を代表する楽曲のひとつといっても過言ではないだろう。オペラ作品は、ドイツ人の作曲家によるドイツ人のためのドイツ語によるオペラとして大ヒットした最初の作品として、歴史的意義が高い。序曲は、オペラの中の名場面の音楽を抜粋する形式で、血湧き肉躍るようなロマン派らしい情感に溢れた名曲だ。
 今日の演奏は、冒頭の有名なホルン微妙に合わなかったりして、ちょっとバタついたスタートとなった。全体的に躍動感もあり、ダイナミックな音楽作りとなっている。ただ、ちょっと残念に感じたのは、リズム感がやや平板で、本当の意味での高揚感が感じられない。ホルンにしても、クラリネットにしても、ヴァイオリンにしても、旋律が歌っていないようだ。つまり、演奏が器楽的であってあまり歌謡的でないということで、オペラの旋律はもっと歌わないと・・・・。ヴァイグレさんはオペラの得意な人なので、懸命にオーケストラを煽って歌わせようとしていたようだが、読響はオペラの演奏に関してはやや柔軟性に欠けるということではないだろうか。まあこれは個人的な好みの問題であり、シンフォニックな演奏としては良かったと思う。

 2曲目はモーツァルトの「クラリネット協奏曲 イ長調 K.622」。これも名曲だが、聴くのは随分久し振りのような気がする。その昔はレコード屋CDでよく聴いた名曲だが、実際にオーケストラの定期シリーズで演奏される機会はそう多くない。クラリネット奏者にスター演奏家が少ないことなども理由のひとつに上げられるかもしれない。定期でやる時もオーケストラの首席奏者が演奏することが多いのである。ところが今日は、その少ないスター演奏家の登場するパターンであり、世界的なクラリネット一家のオッテンザマー家から、ウィーン・フィル首席の息子さんの方、ダニエルさんが読響に初登場した。
 そもそも私はクラリネットに関してはあまり知識がないので、あれこれと語る資格はないということを前提にした上で、オッテンザマーさんのクラリネットは、音質が硬い(そういう表現しかできないのだが)というか、音の形がクッキリしている印象である。普段聴いているクラリネットの音はもっとまろやかでカタチとしては「丸い」印象なので、目の前で、しかもソロで聴くオッテンザマーさんの印象がけっこう違って感じられたのである。それが演奏家の個性なのか、楽器の違いなのか、演奏方法の違いなのかは、私には見当も付かない。とにかく彼の演奏は、造形がハッキリしていて、その分だけ無駄がないというか、ソリッドなイメージ。ウィーン・フィル首席という肩書きから想像するよりは、はるかに現代的な印象である。技術的にはもちろん世界のトップクラスなのだから、やはり彼の個性なのだろう。弱音がとくに繊細で、最前列の目の前で聴いていても思わず耳を澄ませてしまうほどの微かな音であっても、後方の席までちゃんと届いているのだそうだ。
 一方、ヴァイグレさんが創り出すオーケストラ側のイメージは、ちょっと以前のスタンダードといった感じで、比較的大きな弦楽編成のオーケストラを、モーツァルトにしてはねっとりと濃厚に歌わせる。アンサンブルは十分に緻密で、音も澄んでいて美しいが、全体的にロマン派の香りがしていたように思う。
 オッテンザマーさんのソロ・アンコールは、ご本人による「インプロビゼーション(即興曲)」。こちらはグッと現代的な超絶技巧曲で、むしろ単純に技巧的な冴えを見せつけてくれた。

 後半はブラームスの「交響曲 第1番 ハ短調 作品68」。こちらの方は結論を先に言ってしまえば、重厚なイメージを押し出したスタンダードなもので、ドイツの伝統的なスタイルといったとこだ。
 第1楽章は全体的にゆったりとしたテンポで、堂々たる節回し。拍を明確に刻むのではなく、フレーズを大きな流れの中で、オーケストラを分厚く鳴らす。東京芸術劇場コンサートホールの長い残響と音の大きく広がる特性も手伝ってか、リズム感は重々しくキレはあまり良くないような。ダイナミックレンジは広く取って、音量も豊かな読響ではあるので、重厚長大なイメージが必要以上に感じられるような気もした。なお、提示部はリピートしていた。
 第2楽章の緩徐楽章は、弦楽のアンサンブルが分厚く、重々しく響かせる。重低音が強調されてしまうのは聴いている席の位置のせいもあるが、ホールの音響特性にもよるのだろう。やや透明感に欠ける感じがした。一方、オーボエのソロは質感も高く、クラリネットも穏やかな風のごとく優しい。コンサートマスターの長原幸太さんによる最後のヴァイオリンのソロは意外にもちょっと線が細い感じ。
 第3楽章はテンポがやや速めになり、その分だけ流れるようなフレージングが美しい。軽快さと重厚さが程良くミックスされた質感の高い演奏だと思う。
 第4楽章に入るとまた重厚長大なイメージが帰ってくる。ヴァイグレさんの特徴だろうか、テンポが遅くなると拍の刻みがインテンポになって旋律があまり歌わなくような感じがする。テンポが上がると音楽がしなやかになり表情豊かに歌うのである。序奏に続いてアルペンホルンが艶やかな音色で明快に響き渡る。歓喜の主題はやや遅めのテンポで。従ってやや表情に乏しく始まりオーケストラ全体に広がっていく辺りで急速にテンポを上げるとオーケストラが目覚めたように輝きを増してくる。やはり速めのテンポを採った時の方が旋律のフレージングにも瑞々しさが広がり、生き生きとしてくるようだ。展開部などはメリハリも効いて躍動的で非常にダイナミックな演奏が続く。クライマックスに向けての盛り上がりも緊迫感があって、中々のものだ。コーダに入る辺りは緊張感も極限に達し、読響の爆音が轟き、堂々たるフィナーレとなった。

 こうして聴いてみると、ブラームスの1番としてはなかなか素晴らしい演奏の方に入ると思う。ただ、贅沢を言ってはきりがないのだろうが、「名曲シリーズ」でのドヴォルザークの「交響曲第8番」の何ともいいようがないくらいの見事な演奏に比べると、今日のブラームスの方がどうしても「普通」の感じがして見劣りがしてしまうのだ。まあ、聴く方の勝手な思い込みによる言い分でしかないとは思うのだが・・・・。

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【お勧めコンサート】Orchestra AfiA 10/15(土)・紀尾井ホール/イリーナ・メジューエワ再登場!

2016年08月26日 23時00分00秒 | お勧めコンサート&オペラ
 当ブログ「Bravo! オペラ&クラシック音楽」の筆者が特別にお勧めするコンサートをご紹介するページです。年間150回くらいのクラシック音楽のコンサートとオペラを聴いていますが、その経験の中から、もっと多くの人に聴いていただきたいと思うコンサートおよび演奏家を選んで、紹介していこうと思います。そういう主旨ですので、このページは広告ではありません。
 今回は、最近すっかりお気に入りになってしまった Orchestra AfiA の次回公演をご紹介します。
 Orchestra AfiAの演奏は、息の合った緊密で揺るぎないアンサンブルと楽器本来の音色が濁りなく発せられるクリアなサウンドが魅力。それが芸術監督の村中大祐さんの手にかかると、旋律が活き活きと歌い、豊潤な響きとなって、生命力の溢れる瑞々しい音楽になるのです。そこからは、村中さんもオーケストラのメンバーの皆さんも音楽が大好きで、演奏する喜びが伝わって来ます。そのようなOrchestra AfiAの演奏を、是非とも聴いていただきたいと思います。

Orchestra AfiA「自然と音楽シリーズ Vol.11
“Die Geburt der Tragödie”「Reの悲劇」
それは隠された愛、そして希望の始まり・・・


2016年10月15日(土)18:00開演
紀尾井ホール(東京都千代田区紀尾井町6-5)
指 揮:村中大祐
ピアノ:イリーナ・メジューエワ*
管弦楽:Orchestra AfiA(オーケストラ・アフィア)
コンサートマスター:渡辺美穂
【曲目】
ブラームス:悲劇的序曲 ニ短調 作品81
ブラームス:ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 作品15*
シューマン:交響曲 第4番 ニ長調 作品120
【チケット】
S席=9,000円 A席=8,000円 B席=7,000円 学生席=3,000円(ゲネプロ観覧=5,000円)

詳しい情報とチケットのお申し込みは、AfiA Office へ。
WEB http://afia.info または TEL 080-3347-8118

コンサートの詳細は下記のチラシをご覧ください(クリックすると拡大表示されます)。
 

【過去の公演について ~ご参考までに】
 Orchestra AfiAの過去のコンサートの様子は、コチラをご参照ください。
 ●2015年5月12日「自然と音楽」演奏会シリーズ Vol.10
 ●2015年12月11日「自然と音楽」演奏会シリーズ Vol.8
 ●2016年2月18日「自然と音楽」演奏会シリーズ Vol.9

【Orchestra AfiAとは?】
 指揮者の村中大祐さんがご自身の音楽を表現するために2013年に設立したオーケストラ。母体となったのは2006年から活動していた「横浜オペラ未来プロジェクト」の横浜OMPオーケストラで、世界に通用するオペラを上演することを目指していたものです。その後再編成され、アフィア“AfiA”(Accademia filarmonica international Association)所属のオーケストラとして2013年に再始動しました。以来、「自然と音楽」をテーマにしたコンサートを年3回のペースで開催しています。
 室内オーケストラの規模で編成され、メンバーは、ソリストやフリーの演奏家とN響や東京フィルなどのプロ・オーケストラのトップ奏者などで構成されています。コンサートマスターには、三浦章宏さん(東京フィル コンサートマスター)、ロベルト・バラルディさん(伊・ヴェネチア・フェニーチェ歌劇場 コンサートマスター)、渡辺美穂さん(元東京フィル 第2ヴァイオリン・フォアシュピーラー、元大阪フィルハーモニー交響楽団 コンサートマスター)らの実力派が名を連ねています。

【ここが聴き所!!】
①タイトルに掲げられている「Reの悲劇」の通り、今回演奏される3曲はすべてニ短調で書かれています。ニ短調という調性が持つ「悲劇的」な匂い。ブラームスのピアノ協奏曲第1番は、クララ・シューマンらの助言を得ながら1857年に完成しましたが、その前年に恩人であるロベルト・シューマンが亡くなっていて、未亡人となったクララへの秘められた恋情や苦悩が垣間見える作品です。とくに第2楽章はシューマンの死後に新たに書き直されたとされていて、美しく抒情的な緩徐楽章ですが、ロマンティックな旋律の陰に悲劇的な匂いが漂っています。一方、シューマンの交響曲第4番は1841年の作で、妻クララの誕生日に贈られましたが評判はあまり良くなく、出版されないまま改訂されることになります。初稿版を高く評価していたブラームスは、シューマンの死後にこれを出版させますが、そのことを巡ってクララと仲違いしてしまうのです。何やら、シューマンとクララ、そしてブラームスの人間関係の陰に隠された愛と葛藤が秘められていると考えると、音楽の聞こえ方が違って来そうです。

②ブラームスのピアノ協奏曲第1番でソリストとして呼ばれたイリーナ・メジューエワさんは、Orchestra AfiAとは2度目の共演になりますので、息の合った演奏を聴かせてくれることでしょう。この曲はよく「ピアノ付き交響曲」と呼ばれるように管弦楽の部分が重厚でシンフォニックに書かれていますので、そこを活かすようにオーケストラが比較的大きな編成で演奏することが多いのです。今回はもちろん小編成のままで演奏されますので、Orchestra AfiA特有の引き締まったシャープなアンサンブルと、メジューエワさんの上品で華麗な独奏ピアノとの駆け引きは、この曲からまったく新しいイメージを生み出すかもしれません。聴き応え十分だと思います。

③村中さんが得意とするドイツ・ロマン派の音楽の中で、今回のメインとなるのはシューマンの交響曲第4番。悲劇的な匂いを漂わせつつも、躍動的で生命力に溢れ、また抒情性も浪漫性もたっぷりの名曲です。Orchestra AfiAの引き締まったアンサンブルと質感の高い音色、そしてしなやかに旋律を歌わせ、オーケストラと瑞々しく音楽を創り出していく村中さんの指揮。第2楽章にはヴァイオリンのソロもありますから、コンサートマスターの渡辺美穂さんの独奏にも注目しましょう。Orchestra AfiAは、どんなに「悲劇的」な曲であっても、演奏する楽しさを目一杯伝えてくれると思います。

5月12日(木)・紀尾井ホールへ是非とも足をお運び下さい!!
新しい発見が必ずあると思います!!


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8/25(木)サントリーサマーフェスティバル/板倉康明+神尾真由子=リゲティのヴァイオリン協奏曲

2016年08月25日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
サントリー芸術財団 サマーフェスティバル 2016
ザ・プロデューサー・シリーズ 板倉康明がひらく〈耳の愉しみ〉スバラシイ・演奏


2016年8月25日(木)19:00開演〜 サントリーホール・ブルーローズ 自由席 2列 10番 3,000円
指 揮:板倉康明
ヴァイオリン:神尾真由子*
ピアノ:藤原亜美**
管弦楽:東京シンフォニエッタ
【曲目】
ブーレーズ:デリーヴ1(1984)
メシアン:7つの俳諧(1962)**
カサブランカス:6つの解釈〜セース・ノーテボームのテクストによせて(2010)〈日本初演〉
リゲティ:ヴァイオリン協奏曲(1992)*

 サントリー芸術財団による夏恒例の現代音楽祭「サマーフェスティバル」。純粋に楽器が生み出す音とその組み合わせを楽しむという意味でも、現代音楽は面白い。知らない曲を聴く度に新しい発見があったりするので、決して嫌いではなく、年に何回かは現代音楽だけのコンサートにも足を運んでいる。とはいえ、現代音楽自体にはあまり詳しくもないので、コンサートを選ぶ理由は恣意的にならざるを得ない。今回は、サントリーの「サマーフェスティバル2016」の中に、リゲティのヴァイオリン協奏曲というプログラムを見つけ、しかもソリストが神尾真由子さんで、ブルーローズで演奏されるということであれば、それだけで聴き逃す訳わけにはいかなくなる。自由席ということなので、早く並べれば良い席で聴くこともできそうだ。速めにチケットを確保しておいて良かったと思ったのは、本公演は完売だったからである。ブルーローズだから400席前後としても、現代音楽だけのコンサートだからといって油断していたら危ないところだった。当日券売り場のカウンターではキャンセル待ち状態だったのである。

 さて、本日のコンサートは「サマーフェスティバル2016」の中の「ザ・プロデューサー・シリーズ」のひとつで、指揮者の板倉康明さんをコンサート・プロデューサーに起用し、選曲や人選を委託したもの。本日はブルーローズ(小ホール)を使用しての「スバラシイ・演奏」と題し、8月29日には大ホールで「ウツクシイ・音楽」と題するコンサートが企画されている。プログラムは上記の通り、ブーレーズ、メシアン、カサブランカス、リゲティと、現代音楽の巨匠が名を連ねる。演奏は、板倉さんが音楽監督を務める東京シンフォニエッタのメンバーを中心に、ソリストとしてはヴァイオリンの神尾さんとピアノの藤原亜美さんが起用された。曲によって楽器の編成が異なり、室内楽レベルから室内管弦楽レベルまで様々であったが、いずれも板倉さんが指揮をしての演奏であった。

 1曲目はブーレーズの「デリーヴ1」という作品で、1984年の作。デリーヴ(dérive)というのは「偏流・変動・逸脱」というような意味だそうで・・・プログラムノートの解説を読んでもなかなか難解で、素人にはよく分からない。大体が、音楽を文章で説明すること自体が難しいのに、現代音楽に至っては一度聴いたくらいでは覚えられないし、説明のしようもない。だから分かっていることと、聴いた上での印象を述べるに留めたい。
 この曲は、フルート、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ヴィブラフォン、ピアノの6名編成である。非常に観念的な曲であり、全体を覆う混沌とした印象の不協和音と、一見して関連しないそれぞれの楽器の音が巧みに絡み合い、非常に瑞々しい響きを創り出している。その辺はフランス的な色彩感が濃厚に漂っていて、抽象的な観念も鮮やかに輝き、知的かつ論理的で気品が感じられる。

 2曲目はメシアンの「7つの俳諧」で、1962年の作。編成はグッと大きくなって、まず協奏曲的な独奏ピアノがあり、管弦楽はピッコロ、フルート、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、エスクラリネット、バスクラリネット、ファゴット2、トランペット、トロンボーン、ヴァイオリン8、シロフォン、マリンバ、パーカッション4(楽器は多数)。ブルーローズのステージが人と楽器で溢れることになる。
 楽曲は、メシアンが日本を訪れた際に感銘を受けたという日本の文化と自然、とりわけ様々な種類の鳥の声を元に音楽にしたものだという。「7つの俳諧」と呼ぶように7つの楽章からなり、それぞれに標題が付けられている。
 「イントロダクション」は異なるテンポとリズムの多数の主題が同時に進行していくような感じ。
 「奈良公演と石灯籠」はやや具象的なイメージになり、いくつかの主題がバラバラに流れるのは、鹿が自由に歩き回っているイメージらしい。
 「山中=カデンツァ」は山中湖畔で聞いた様々な鳥の声を表していて、鳥のさえずりがやかましいくらいに飛び交う。鳥の鳴き声に静けさを感じる日本人とは感性がちょっと違う感じがして面白い。独奏ピアノが3つのカデンツァを弾くが、これらは「キビタキ」「ホオアカとヒバリ」「クロツグミ」を表しているのだという。いずれも現代的なカデンツァだが、無機質な感じはなく、やはり鳥なのであろう、生命力を感じ取ることができるが、けたたましく感じられて、どうも私にはイメージが掴みにくい。
 「雅楽」は、宮廷雅楽の笙と篳篥(ひちりき)をヴァイオリンのアンサンブルとトランペットで表している。緩徐楽章にようにテンポがゆったりとして、雅楽の雅な響きを生み出す。
 「宮島と海の中の鳥居」は厳島神社の美しい風景、青い海、朱色の鳥居、緑の山や島、紅葉などが色彩も鮮やかに描かれる。木管も金管も鮮やかに吹き回り、シロフォンやマリンバが跳ね回る。
 「軽井沢の鳥たち」には沢山の種類の鳥たちが登場する。それぞれの楽器が勝手気ままに鳴きまくっているようでもあり、それが大きな自然の法則の中に収まっているような、不思議な構造感も感じる。ここでもピアノのカデンツァが象徴的に鳥たちのさえずりを歌う。この楽章には、実に多くの鳥たち画家登場するのである。
 最後は「コーダ」。「イントロダクション」の主題が回帰して、あるいは逆向きに進行したりして論理的な造形を描き出している(らしい)。この曲から日本のイメージを感じ取るのは・・・・難しいような気がするが・・・・。

 後半は、カサブランカスの「6つの解釈〜セース・ノーテボームのテクストによせて」という曲から。2010の作で、本日が日本初演である。フルート、クラリネット、パーカッション、ビアノ、ヴァイオリン、チェロという室内アンサンブルのための作品。ただしパーカッションはやたらと種類が多く、非常に多彩な編成になっている。オプションとして朗読を挿入しても良いことになってる。本日は朗読の挿入は行われず、セース・ノーテボームのテクスト『サンティアゴへの道』より、使用される6つのテキストの翻訳文が印刷して配布されるというカタチで表現された。6つのテキストに付けられているタイトルが、そのまま6つの楽章の標題となっている。
 私はベネト・カサブランカスという作曲家の音楽を聴くのは初めてだが、実は私と同い年の人である。こういった特殊な編成の音楽は、それ自体の性格上からも演奏される機会が少なくなってしまいそうだが、小編成だけに個々の楽器が独立を保ち、他の楽器軍の中に埋没することがなく、色彩的でとても鮮やかな響きを持っている。とくにピアノが入るために複雑な和声の表現が可能になり、分散和音が煌めくような輝きで不協和音を響かせる。多彩なバーカッション群は曲の流れに生命力を与えるように、生き生きとしていた。

 最後は本日のお目当て、リゲティのヴァイオリン協奏曲である。演奏されるのは、1992年の改訂版で、全5楽章からなる。現代のヴァイオリン協奏曲としては名作の1つに数えられている傑作であり、ソリストにとって難曲であるだけでなく、オーケストラ側もかなり難度が高い。有名なわりには演奏される機会が少ないのもその辺の事情があるのだろう。日本初演は1994年の「サマーフェスティバル」でのことである。
 2009年に、庄司紗矢香さんがこの曲を演奏したことが評価され「平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞」を受賞した。そのことを採り上げたテレビのドキュメンタリー番組を観たのがこの曲を知ったきっかけで、その後、2010年に新日本フィルハーモニー交響楽団がパトリツィア・コパチンスカヤさんのソロでこの曲を演奏したのを聴いた。それ以来になるから、リゲティのヴァイオリン協奏曲をナマで聴くのは6年ぶりなのである。
 この曲はヴァイオリン協奏曲であるが、オーケストラ・パートもかなり凝っている。
 木管はフルート2(アルトフルート、ピッコロ、ソプラノリコーダー、アルトリコーダー持ち替え)、オーボエ1(オカリナ持ち替え)、クラリネット2(Es管クラリネット、バスクラリネット、オカリナ2持ち替え)、ファゴット1(オカリナ持ち替え)とかなり忙しく多彩である。
 金管は、ホルン2、トランペット1、トロンボーン1。
 打楽器は、ティンパニの他、タムタム、ウッドブロック、小太鼓、大太鼓など多彩で、音階のあるものもグロッケンシュピー、ヴィブラフォン、シロフォン、マリンバと揃う。
 弦楽は、ヴァイオリン1がスコルダトゥーラで調弦を変え、他にヴァイオリン4、ヴィオラ1もスコルダトゥーラで他にヴィオラ2、チェロ2、コントラバス1という構成だ。しかも全員が異なるパートを演奏するので、この小編成でも実に多彩で多様に音を生み出すのである。
 第1楽章は前奏曲。演奏が始まるとすぐにその不可思議な世界に魅了されてしまう。神尾さんが刻むヴァイオリンの音に、一人ずつ違うヴァイオリン・バートの音が重なっていき、極端に響き合わない不協和音がの世界が構築されていく。一見してバラバラな楽器が徐々に一塊の音を形成していくと、モヤモヤしつつも芯のある造形を感じさせるところが面白い。
 第2楽章は緩徐楽章のイメージで、ソロ・ヴァイオリンによる中欧風のアリアによって始まる。神尾さんの張り詰めた緊張感と濃厚な音色が程良くミックスされた演奏が際立つ。オーケストラ側が加わると徐々に厚みを増して、不協和音を奏でる弦楽やオカリナなどが混沌とした世界を創り出し、ソロ・ヴァイオリンがそのまわりに絡みつくように行き来する。最後は穏やかなコラール風になり、ヴァイオリンがしっとりと流れる。
 第3楽章は間奏曲。静かにざわめくオーケストラに無秩序なソロ・ヴァイオリンが、抒情的とも取れる不思議な音楽を奏でる。やがてクライマックスに導かれる。
 第4楽章はパッサカリア。管楽器の長い音型がパイプオルガンのような、重厚でバロック的な雰囲気を創り出すが、描かれる音楽は現代風という面白さ。それが徐々に変奏を繰り返して複雑な和声と音の集合体へと膨らんでいく。そこにソロ・ヴァイオリンが絡みつく。
 第5楽章は、アパッショナートとあり、先鋭的で攻撃性の強い音楽が展開する。ソロ・ヴァイオリンも立ち上がりの鋭い鋭角的な奏法で、アグレッシブ。やがて曲は大きく膨らんで一旦クライマックスを迎えると急速に沈静化、ヴァイオリンのすすり泣くような旋律が現れ、激情的になったり悩ましげになったりと多様な変化を見せる。この辺りがカデンツァなのだろう。ソロ・ヴァイオリンの演奏は超絶技巧的で、様々な奏法が盛り込まれているし音楽そのものも難解だ。突然打楽器が大きくなって、唐突に曲が終わる。
 曲全体は極めて先鋭的で、緊張感が高い。無調・無拍子の現代音楽であるが、そこに感じるのは強い生命力だ。全体を流れる大きく蠢くチカラと、小さな様々なチカラが複雑に絡み合っているようで、決して無味乾燥としているわけではなく、妙に人間的な温もりを感じるのである。だから前衛的・実験的な要素はなく、しっかりとした造形のある曲だと思う。
 神尾さんの演奏は、鋭い視線で楽譜を追いつつも、かなり難度の高い曲を冷静に弾いている。高度なテクニックは言うに及ばず、濃厚で質感の高い音色が不協和音の中に一陣の清涼な風を吹き込むように感じられる部分もあり、やはりトップクラスの演奏家ならではの聴き応えのある素晴らしい演奏であった。

 今年の「サマーフェスティバル」は結局、今日のコンサートだけになってしまった。年間を通じてかなりの回数のコンサートを聴きに行くが、そこにはどうしても個人的な嗜好が現れる。評論家の先生達のように仕事で聴きに行くわけではなく、あくまで道楽で聴きに行くわけだから個人的な好みに偏るのは当然といえば当然。しかしその多くが古典派とロマン派の楽曲に占められていると、やがて何故か疲れのようなモノを感じるようになる。音楽の形式や作曲家の情念に、聴く側の心が浸食され支配されていくようなイメージなのである。そういう時に、いわば虚飾を排した現代音楽(むしろ純粋な音の集合体ともいえる)だけのコンサートを聴くと、あたかも一服の清涼剤のごとく、モヤモヤを吹き飛ばしてくれる。
 現代音楽は確かに難しい。論理的に構築された音の集合体は、どこまでが音楽なのか分からなくなることもある。私のような音楽理論にも疎い素人では、なかなか理解に及ぶことは難しいかも知れない。ただし感じ取ることはできる。たくさんの音楽を聴いているからこそ感じる「清涼感」を求めて、年に何回かはこういった現代音楽だけのコンサートを聴きに行くのもまた楽しみのひとつなのである。

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