Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

5/14(土)伊藤亜美ヴァイオリン・リサイタル/フランス〜ロマの音楽/近現代を中心に鮮やかで発揮度高く

2016年05月27日 23時30分00秒 | クラシックコンサート
伊藤亜美 ヴァイオリン・リサイタル 2016

2016年5月14日(土)18:00〜 東京文化会館・小ホール 自由席 A列 21番 4,000円
ヴァイオリン:伊藤亜美
ピアノ:佐野隆哉
【曲目】
ルクー:ヴァイオリンとピアノのためのソナタより第一楽章
メシアン:ヴァイオリンとピアノのためのテーマとヴァリエーション
ショーソン:詩曲
坂東祐大:Untitled[fantastic](委嘱作品/世界初演)*
バルトーク:無伴奏ヴァイオリンソナタ S0z.117 BB124*
ラヴェル:ツィガーヌ
《アンコール》
 モンティ:チャールダーシュ*(ほぼ無伴奏)
 グラズノフ:瞑想曲 ニ長調 作品32
 ファリャ/クライスラー編:スペイン舞曲 第1番(歌劇『はかなき人生』第2幕より)
*はヴァイオリン・ソロ

 ご結婚されてアーティスト名を尾池亜美から伊藤亜美に変えて、ヴァイオリニストとして新たな活動を開始した伊藤亜美さんのリサイタル。得意のフランスの近代作品を中心に、ロマの音楽や委嘱作品の初演なども交えての本格的で個性的なリサイタルとなった。
 会場は東京文化会館の小ホール。小ホールとはいえ650名ほど収容することができるので規模としては中ホールくらいになる。ほぼ正方形のカタチだが、ひとつの頂点にステージを置き、客席を扇型に配置しているのが特徴。天井が高く、音響が極めて良い。リサイタルや室内楽である限り、濁りのないすっきりとした残響音が長く伸び、音楽を優しく包み込むようなホールである。親分の大ホールとはエライ違いである。残念なことに、今日は満席というわけにはいかなかったが、自由席設定であったので、この日、午後のコンサートを聴いてから上野に駆け付け、2番目に並ぶことができた。そういうわけで、最前列のソリスト正面の席を確保することができたのであった。

 亜美さんと顔見知りになったのは比較的最近だが、最初に演奏を聴いたのは、2010年3月に開催された、「第78回 日本音楽コンクール受賞者発表演奏会」でのこと。もう6年も前のことになる。それ以来、気になる演奏家のひとりとして、機会がある度に聴くことにはしていたのだが、タイミングが合わないことが多くて、聴き逃したコンサートは多かった。
 最近はタイミングが合うようになって(?)、集中して聴くことができている。昨年2015年8月、ものすごく暑い日に行われた「Ami's Friends CONCERT 真夏のNightmare」という面白いサロン・コンサートでは、亜美さんのキャラクタがよく表れていて楽しかったし、今年2016年2月の「B→C 179 尾池亜美 ヴァイオリン・リサイタル」では現代音楽に強いところも聴かせてくれた。
 そして、留学も一区切り付けて活動拠点を日本に戻し、本格的なリサイタルとなった本日のプログラムは、亜美さんの100%お好みの選曲だろう。フランスものを中心とした構成は、光や色彩感などの点で映像的であり、内省的・内向的な面の強いドイツ音楽とは一線を画していて、亜美さんの目指している音楽世界の一端が垣間見えるようである。

 1曲目はルクーの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」より第1楽章。前回の「B→C」では全曲を演奏したのを聴いているが、時間の都合があるとはいえ、とても素敵な曲だけに、第1楽章だけというのはいかにも惜しい。いかにもフランスの19世紀末を思わせるロマンティシズムと絵画的な色彩感に溢れている曲だ。亜美さんのヴァイオリンは、流れるように歌うリズム感と、鮮やかに変化する音色がとても豊かに響く。時折見せる力強いパッセージが、ただ美しい表現だけではない、奥行きの深さを感じさせる。美しく歌わせているのに軽くならないところが良い。一方、ピアノのパートはキラキラと煌めくような鮮やかさがある。

 2曲目はメシアンの「ヴァイオリンとピアノのためのテーマとヴァリエーション」。メシアン(1908〜1992)としては初期の作品で、あまり知られていない曲だが、メシアンが1932年に結婚相手のヴァイオリニスト、クレール・デルボスに贈った曲だという。主題と5つの変奏からなる。その主題そのものは単調なものだが、近代的というか、現代的というか、曖昧な旋律と複雑な和声を持っている抽象的なもの。それが変奏していくので、音楽自体が徐々に複雑なものに変化していくのが面白い。亜美さんのヴァイオリンは、明瞭な音色でとても豊かな色彩を描き出す。感情的な表現としいよりは、色々な絵の具を塗り重ねていくといったイメージ。その絵の具は水彩ではなく、油彩である。濃厚・・・・濃くて厚みがある・・・・で、様々な色が原色で出てくるようである。

 3曲目はショーソンの「詩曲」。こちらはヴァイオリンの世界ではお馴染みの曲である。曲自体が非常に濃厚で、複雑に絡み合う愛情のもつれを描いているようである。今日の演奏では、佐野隆哉さんのピアノの方がむしろ淡々とした雰囲気で始まり、亜美さんのヴァイオリンの方が最初から濃厚に歌って(泣かせて)いく。始めの方はギャップがあるような感じだったのが、ピアノが徐々に「濃く」なっていきヴァイオリンと同調するようになって盛り上がっていく。一旦、クライマックスを迎えると、ピアノがまた醒めていく。こういった感情の起伏が表現されていて、人間臭さが生々しく描かれている感じがするものの、その表現は比較的ストレートで、過度に思い入れたっぷりにすることがない。この辺りの表現があまり悩ましくならないのは、若いからというよりは、ドロドロした三角関係を描き出すにはご自身が幸せな環境にいるからであろう。亜美さんらしいといえるが、演奏自体は楽器が豊かに鳴っていて、音色が濃く、情感がダイレクトに伝わって来るチカラがあった。

 後半は、まず今日のための委嘱作品の世界初演で、坂東祐大さんによる「Untitled[fantastic]」。坂東さんは東京藝術大学を附属高校〜大学〜大学院と作曲科を進んだ人で、亜美さんの2年後輩とのこと。昨年2015年の「第25回芥川作曲賞」を受賞している。亜美さんによれば「空間が歪む」ような感じの曲を作るのだという。
 今日の作品は、ヴァイオリンのソロによる。ご本人の書いたプログラム・ノートにも、「一般に言うメロディーやテーマと呼べるものがほとんど存在しない」「音響は常に楽音とノイズを行き来」「音程も全編を通して非常にあいまい」「リズムや拍子もほとんどない」・・・・。ヴァイオリンという楽器の持つ、音を出す機能の限界にまで迫る。確かにあまり音楽的ではないが、音の集積が時系列に並ぶと、不思議にまとまった「作品」に聞こえてくる。亜美さんは、4台の譜面台に楽譜をいっぱいに広げて並べ、それを睨みながらの演奏であるが、どんな風に楽譜に書いてあるのか見当もつかないような弾き方も出てくる。というよりはむしろ、普通の弾き方の方がほとんどない。フラジォレット、グリッサンド、左手ピツィカートなど、高度な技巧を駆使しつつ、確かに「空間が歪む」ような、四次元の世界に迷い込んだような感覚だ。非常に「音楽的でない」音楽であり、同時に「音楽的な」音楽ではない音の集積でもある。こういう刺激的な作品は、今日のようなリサイタルの中に置くと、ひときわ異彩を放つことになり、存在感を主張してくるのが面白い。

 続いてもヴァイオリンのソロによる曲で、バルトークの「無伴奏ヴァイオリンソナタ」。バルトークが活躍した時期は20世紀の前半、激動の時代の中にあって、その音楽も独自のエネルギーを持っている。ロマン派の音楽が崩壊していく近代、音楽大国であるハンガリーの民族音楽的な要素を西洋音楽の技法で、挑戦的に語っていくのである。クセの強い音楽なので、一般的には好みの分かれるところだが、亜美さんはバルトークが好きらしい。
 第1楽章は「シャコンヌのテンポで」。バッハの無伴奏シャコンヌを明らかに意識しているが、それがハンガリーの民族的な調べや音階で描かれて行く。亜美さんの演奏は、前半のフランスものとはガラリと様相を変えて、激しく尖った音と立ち上がりの鋭い強烈なリズムを押し出し、極めて攻撃的に聞こえる。作曲者の怒りとも取れる激情が音楽の表面を覆い尽くし、聴く側にも緊張を強いるかのようだ。
 第2楽章は「フーガ」。形式的にはバロック時代のバッハを踏襲するが、抽象化された主題が織り成すフーガは強烈なインパクトを生む。(ロマン派的な)贅肉を削ぎ落とした、むき出しの情感が、力感溢れる鋭角的なヴァイオリンで描き出されていく。非常に「強い」演奏である。
 第3楽章は「メロディア」。緩徐楽章に相当する。しかし決して穏やかな曲想ではなく、尖っていて鋭い。旋律は民族的な雰囲気を湛え、それを現代風にアレンジしたような感覚。座りの良くない音程の曖昧さが感じられるのは、微分音(12音階/平均律からはずれた音階)を含むハンガリーやルーマニアの音楽の持つ特徴であろうか。
 第4楽章は「プレスト」。速い3拍子なので舞踊的であるが、力強さと疾走感や揺らぎを伴うリズム感もハンガリー音楽の流れだ。亜美さんのヴァイオリンは、鋭さと力感に加えて、実に多彩な音色を駆使して、ある意味で色彩的な描き方をしている。激しい曲想が続いても単調にならないのは、その多彩な音色と表現が功を奏している。大勢の人たちが、色々な民族や文化を持つ人々が入り乱れて踊っているような、活き活きとした生命力が描かれているようであった。

 プログラムの最後はラヴェルの「ツィガーヌ」。ロマ民族風の音楽にラヴェルの極めて論理的な表現が合わさる超絶技巧曲である。前半のヴァイオリンのソロは、亜美さんの超絶技巧を楽しませていただいたが、むしろ技巧性に走ることなく民族的な表現に力点を置いていることは明らかで、艶めかしく、土臭く、自由で、情熱的という、感性がいっぱい詰まっている。ピアノが加わる後半は、複雑な和声と超絶技巧が入り乱れ、迸るような熱情が吹き出してくる。実に刺激的な演奏であった。

 アンコールは3曲。カーテンコールの間にステージを抜け出した亜美さんが、客席に現れ、モンティの「チャールダーシュ」を客席の間を歩きまわりながら、ほぼ無伴奏で弾きまくる。ジプシー・ヴァイオリンのイメージだ。客席に愛想を振りまきながら、それでいて超絶技巧をサラリと見せつける。こういう茶目っ気のあるキャラクタは亜美さんの魅力のひとつだ。
 次は、グラズノフの「瞑想曲」。抒情的で夢見るような憧れを乗せて、ロマンティックにヴァイオリンを歌わせるのも、女性的な優しさが溢れていて、とても素敵だ。
 最後は、ファリャ/クライスラー編の「スペイン舞曲 第1番」。この曲もロマ風の音楽で、これもまた超絶技巧曲。技巧を駆使しての情熱的な表現が素晴らしい。会場も大いに沸いた。

 今回のリサイタルは、アーティスト伊藤亜美としての本格スタートという位置づけで、ご本人の好きな曲、あるいは自分らしさを表せる曲で固めたプログラム。一般的な意味での人気曲が少なく、少々マニアックだ。あえてこういったプログラムに挑戦するというところに、安易に世間には妥協しないという亜美さんの真意が窺えるような気がする。演奏も実に熱のこもったものばかりで、このリサイタルを大事にしていたことが分かる。穏やかで明るいキャラクタの亜美さんだが、今日はそのポジティブな側面がよく表れた演奏だったと思う。敢えて強く個性を主張するのではなく、しっかりとした楽曲の解釈の中から必然的に描き出される表現。自然体だがとても発揮度は高い。

 終演後は恒例のサイン会。亜美さんの2枚目のCD(伊藤亜美としては初の)が間もなくリリースされるということで、会場での先行発売があった。無伴奏のヴァイオリン作品集である。さっそく購入して、ジャケットにサインしていただいた。どことなくのんびりとしていて緩やかな空気感が漂うサイン会は、亜美さんの人柄によるところだろう。



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【お勧めCDのご紹介】
 伊藤亜美さんの最新アルバム「A」。尾池亜美名義を合わせれば通算2枚目のCDとなります。今回はヴァイオリンの無伴奏作品集。ごまかしの効かない、ヴァイオリンのソロに挑戦です。曲目は、今日も演奏されたバルトークの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」と、J.S.バッハの有名なシャコンヌを含む「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」の全曲、そして「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番」から第3楽章ラルゴがアンコール的に加えられています。アルバムタイトルの「A」は、新たな始まりのA、亜美のAでもあり、B、Cへと続くという意味を込めて。「A」にはふたりのBの作品が収められているのです。2016年5月25日発売。
A ~ヴァイオリン無伴奏作品集~
TC-Records
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5/22(日)都響プロムナード/ヴィルデ・フラングのメンデルスゾーンVn協奏曲とC.ヤルヴィのラフマニノフ

2016年05月22日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
東京都交響楽団 プロムナードコンサートNo.368

2016年5月22日(日)14:00〜 サントリーホール・大ホール S席 1階 2列 17番 4,050円(会員割引)
指 揮:クリスチャン・ヤルヴィ
ヴァイオリン:ヴィルデ・フラング*
管弦楽:東京都交響楽団
【曲目】
シベリウス:『カレリア』組曲 作品11
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64*
《アンコール》
 ノルウェー民謡より「VESLE-FRIKK」*
ラフマニノフ:交響的舞曲 作品45

 日頃、東京都交響楽団とは接点がほとんどなく、滅多に聴きには行かない。これは、とくに都響が嫌いだとか、特別な理由があるわけではないのだが、何となく、相性が良くないのである。とはいえ、機会があれば聴きに行くのはまったくやぶさかではない。良い指揮者、良いソリスト、良い曲目があれば・・・ということだ。今回は、音楽仲間の友人のSさんが、用事があって行けなくなたために私にチケットを下さったのである。しかもヴィルデ・フラングさんがゲスト・ソリストでメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を弾き、席が2列目のソリスト正面というのであれば、これはまさに僥倖といかいいようがない。Sさんにひたすら感謝したい。

 フラングさんは、先週の5月17日、王子ホールでリサイタルを聴いたばかり。実はフラングさんを聴いたのはその日が始めただったのだが、国際的に人気の高いヴァイオリニストであり、今回の来日のように、リサイタルと協奏曲を目の前で聴くことができたのは幸いであった。

 指揮するのは、クリスチャン・ヤルヴィさん。実は彼の指揮で聴くのも初めてなので、どんな音楽を聴かせてくれるのか、非常に楽しみにしていた。何しろ父親はかの巨匠指揮者のネーメ・ヤルヴィさん(ちょうど今、NHK交響楽団に客演するために来日中)、兄は人気指揮者のパーヴォ・ヤルヴィさん(そのN響の首席指揮者)、姉のマーリカ・ヤルヴィさんはフルート奏者という音楽一家の末弟である。日本ではパーヴォさんの陰に隠れてしまいあまり目立ったイメージはないが、国際的なキャリアも豊富で、現代作品への造型も深く、録音も数多いなど、かなりの実績を持つ実力派の44歳である。

 1曲目はシベリウスの「『カレリア』組曲 作品11」。カレリアはフィンランド東部の地方で民族文化の集積地であるが、フィンランドが19世紀にはロシアの統治下に組み込まれてしまい、カレリアは現在もロシア領のままだ。この曲は、そんなカレリアの歴史を描いた劇の付随音楽として作曲された8曲のうち、3曲を抜き出して組曲としてまとめられたものである。
 ヤルヴィさんの指揮は、熱っぽい動きで都響からダイナミックレンジの広い音を引き出している。演奏能力の高さでは定評のある都響だけに、アンサンブルは緻密で、音色も透明感がある。第1曲「間奏曲」は、呼びかけるようなホルンに表情があり、トランペットに主題が引き取られると、熱っぽい力感が増してくる。抑制的な表現から徐々にクレシェンドしていくところはエネルギーが満ちていてなかなか良い。
 第2曲「バラード」は、民族的な調べが悲劇性を描き出すが、都響の音は澄んでいて北欧的な雰囲気がよく出ている。中間部のコールアングレのソロは、淡々とした雰囲気であるが故に、もの悲しさが浮き彫りになっていた。
 第3曲「行進曲風に」は、弦楽の爽快なアンサンブルが印象的で、トランペットのファンファーレも鮮やかに響き渡る。ヤルヴィさんのダイナミックな動き名合わせて、躍動的なリズム感が軽すぎず重すぎずで、推進力があり、華やかな印象を残した。
 全体を通してみると、基本的には抑制的で、所々にやり過ぎない程度の力強いピークがあり、こういっては失礼かも知れないが、期待以上に素晴らしい演奏だと思った。


 2曲目はメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」。フラングさんのヴァイオリンは、あまり音量が大きい方ではないようだが、ヴィブラートが深く、音に柔らかい独特の質感がある。北欧系ならではの涼しげでスッキリした音色でもある。それがメランコリックなメンデルスゾーンの曲に、ある意味で新鮮な瑞々しさを吹き込んでいた。ドイツ的な内省的で渋い表現手法とは、ひと味違った外に向けられた情感が、あまり強くなく、優しく描き出されている。
 第1楽章、比較的快調なテンポ感で、曲が進んでいく。フラングさんのヴァイオリンは適度なキレ味を持っているが決してキツイ感じはなく、むしろどこかふわりとした柔らかさがてる。哀愁が漂うという感じではなく、むしろ明瞭でスッキリとした印象だ。全体的にフレッシュなイメージが強い。カデンツァも堂々とはているが、深いヴィブラートと、フレーズの末尾がハッキリしない独特の節回しがちょっと気になった。ヤルヴィさんの指揮するオーケストラもリズム感良く、ドイツ・ロマン派の内省的なロマンティシズムというよりは、外に開いたダイナミックな表現で、とても前向きな印象を持たせている。
 第2楽章は抒情的な緩徐楽章。フラングさんのヴァイオリンの切れ目ない深いヴィブラートが、ここではすすり泣くようなイメージを創り出している。やや速めのテンポだろうか。描かれているロマンティシズムは、スッキリして爽やか。けっこう発揮度が強い。オーケストラ側もメリハリの効いたテキパキとした演奏で、過度な感情移入がなく、スッキリしている。
 第3楽章は、早めのテンポで、グイグイと進められていく感じ。オーケストラもヴァイオリンも、早いテンポに対して十分に鳴る時間が足らないような・・・・ちょっと慌ただしい印象になってしまった。スピード感があって、オーケストラとヴァイオリンが先を競うようなスリリングな展開をするのなら、それはそれで協奏曲のひとつの魅力になるが、今日のところはそこまでの盛り上がりは感じられなかった。もちろんフラングさんのヴァイオリンには大きな欠点はないし、都響の演奏能力も高いので、一定以上の水準の演奏にはなっていたので、満足できるレベルだったことは間違いないが、リハーサルの時間をもう少し取っていれば、両者に阿吽の呼吸みたいなものが深まり、よりエネルギッシュな演奏になったのではないかと思う。

 後半はラフマニノフの「交響的舞曲」。この曲の演奏については、正直言って掴みきれなかった。もちろんしっかりとした演奏ではあったのだが、全体がどこか漠然としていて、何が言いたいのかよく分からなかったのである。
 ヤルヴィさんの音楽作りは、躍動感が溢れ、とてもダイナミック。交響的「舞曲」であるのだから、それはそれで正しい解釈なのだと思う。しかし、エネルギッシュで発揮度が強い・・・強すぎる分だけ、コクがないというか、ストレート過ぎるのである。そこにはラフマニノフの秘められた感情、メランコリックなロマンティシズムや、古き良きロシアに対する郷愁のようなものがあまり感じられず、無骨なダイナミズムが強調されてしまっている。そんな印象になってしまった。
 都響の演奏も、技術が高く、音質も良いが、そのことがかえってラフマニノフからお国柄を奪ってしまっているような感じがする。純粋に音楽としてはダイナミックで、最強音時には爆音を轟かしもしたが、やはりコクがない。素晴らしく美味しい「無国籍料理」といった印象であった。

 終演後は、フラングさんとヤルヴィさんによるサイン会があった。サントリーホールでサイン会に参加するのは久し振りだ。通常通り、広いロビースペースではなく、ホール下手側の通路の奥、楽屋口の前で行ったので、私の席からも比較的早く並べることになる。今日は演目が協奏曲だったので、フラングさんの協奏曲のCDを購入してサインしていただいた。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲はまだ録音していないので、チャイコフスキーとニールセンの協奏曲のCDを買った。サイン会終了語は撮影会(?)になり、お二人のツーショット写真を皆交替で撮影させていただいた。



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【お勧めCDのご紹介】
 ヴィルデ・フラングさんによるヴァイオリン協奏曲の録音。曲はチャイコフスキーとニールセンです。ニールセンはお国は違っても同じ北欧系ということで、透明感のある演奏が素敵です。
Nielsen/Tchaikovsky Violin C
Warner Classics
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5/19(木)エマニュエル・パユ/モーツァルトのフルート四重奏曲を中心に多彩な音色の妙技

2016年05月19日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
エマニュエル・パユ with フレンズ・オブ・ベルリン

2016年5月19日(木)19:00〜 王子ホール 指定席 O列 12番 8,000円
フルート:エマニュエル・パユ
ヴァイオリン:マヤ・アヴラモヴィチ
ヴィオラ:ホアキン・リケルメ・ガルシア
チェロ:シュテファン・コンツ
【曲目】
モーツァルト:フルート四重奏曲 第3番 ハ長調 K285b (Anh171)
モーツァルト:フルート四重奏曲 第2番 ト長調 K285a
ロッシーニ:フルート四重奏曲 イ長調(原曲:弦楽ソナタ 第2番)
モーツァルト:フルート四重奏曲 第4番 イ長調 K298
武満 徹:エア(フルート独奏)※武満 徹没後20年メモリアル
モーツァルト:フルート四重奏曲 第1番 ニ長調 K285
《アンコール》
 ドヴォルザーク/コンツ編:弦楽四重奏曲「アメリカ」より第4楽章

 超人気のフルート奏者、エマニュエル・パユさんがベルリン・フィルの同僚たちと来日、全国をツアーで回る。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロとのカルテットで、モーツァルトのフルート四重奏曲を中心としたプログラム構成だ。あくまで室内楽なので、東京ではここ王子ホールでのコンサートがもっとも緊密な音楽空間を作れそうである。そう思って会員先行で申し込んだが抽選の結果はO列(後ろから2列目)。チケットはもちろんあっという間に完売になったわけだが、それにしてもパユさんの人気はスゴイ。今回はベルリン・フィルのメンバー達との来日なので、チケットを取れただけでも良かったとみるべきだろうか。しかし王子ホールで、こんな後ろの方の席に座ったのは初めてである。

 管楽器に関してはほとんど知識がないのと、室内楽についても積極的に聴くことは少ないので、この分野では演奏を聴いてもあまりコメントすべきことがよく分からないのが正直なところなのである。
 ごく大雑把な感想としては、パユさんの演奏は多彩な音色を持ち、極めて躍動的なリズム感で圧倒的な存在感を主張していたこと。ベルリン・フィルのメンバーによる弦楽三重奏部分については、抜群の安定感を感じた。モーツァルトのフルート四重奏曲はどれも似たような曲(そんなこと言ったら叱られそうだ)なのに、パユさんのフルートが場面場面で様々な表情に変え、実に豊かな表現力を持っていることが分かる。今日の中では異質の、武満徹のフルート独奏曲「エア」の方が私にとっては分かりやすい分野だったかもしれない。まさに多彩な色彩と高度に表現力の賜物といった感じの演奏であった。
 王子ホールは音響に優れていて、後ろから2列目であっても音はよく通って来ていたし、クリアな残響により各楽器の分離もよく、すっきりしていた。

■詳細なレビューは時間があれば後日、このページに加筆して掲載する予定です。

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5/17(火)ヴィルデ・フラングVnリサイタル/ふわりとした優しさと自由度の高い不思議な魅力

2016年05月17日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
ヴィルデ・フラング ヴァイオリン・リサイタル

2016年5月17日(火)19:00〜 王子ホール 指定席 A列 13番 6,000円
ヴァイオリン:ヴィルデ・フラング
ピアノ:ミハイル・リフィッツ
【曲目】
メンデルスゾーン:ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調(1839年改訂・メニューイン補完版)
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 ハ長調 作品159 D934
ルトスワスキ:パルティータ
R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 作品18
《アンコール》
 ポンセ/ハイフェッツ編:エストレリータ

 「北欧の妖精」と呼ばれる美少女ヴァイオリニストのヴィルデ・フラングさんのリサイタルを聴く。美少女などといっても、もう30歳になる。ノルウェーの出身で、国際的なキャリアをどんどん積み重ねて、今や世界の一流アーティストの一人といっても良いくらいの活躍ぶりである。日本でもお馴染みだが、私は聴くのは今回が初めて。実は、前回の来日ということになるのだと思うが、2012年5月に来日した時に東京交響楽団に客演してニールセンのヴァイオリン協奏曲を弾く予定になっていた。私はそれを聴きに行った。ところが、彼女はその日、東京オペラシティコンサートホールでゲネプロまで行った後、急病になり(食中毒とか)救急車で病院行き。これ以上はないというドタキャン劇で、聴きそびれてしまったのであった。したがって4年ぶりに、やっと聴くことができたという次第。

 プログラムは、上記のようにけっこう凝ったものだった。メンデルスゾーンの『ヴァイオリン・ソナタ」はなかなかナマで聴く機会がないちょっと珍しい曲だ。一種の未完成曲なので当然といえば当然。シューベルトの「幻想曲」はとても素晴らしい曲だが、大曲であることとピアノが難しいことなどから、こちらもあまり演奏される機会は多くはない。ルトスワフスキの「パルティータ」は1984年の作で、現代曲といってよい。R.シュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ」は今日の曲目の中では最も人気のある曲だろう。
 演奏の方は、前半は少々音程が不安定なような気がしたが、これはヴィブラートが大きめで単調だったせいでそのように聞こえたのかもしれない。それで何となく全体がピリッとしない印象になってしまった。また、フレージングがふわりとして最期の方が曖昧になる傾向があって、それが独特の音楽性になっていた。
 後半になると、「パルティータ」ではくっきりと鮮やかな演奏になり、ぐっと引き締まってきたと感じた。シュトラウスのソナタでは、ピアノのミハイル・リフィッツさんがちょっと張り切りすぎてしまい、ヴァイオリンの音を食ってしまうところがあった。この曲ではありがちのことだ。変ホ長調という調性は、ピアノは良く鳴り、ヴァイオリンは鳴りにくいからでもある。
 フラングさんは背が高く、腕も長いので、小さなヴァイオリンを弾くのが窮屈そうに見える。手も大きいのでヴィブラートが深くかかり、弓の動きが速いところなども独特の音色を生み出すのだろう。その上で、よく旋律を歌わせる(ロマン派の曲が多かったせいもあるが)のである。素晴らしい演奏家であることは間違いないが、個人的な好みではちょっと・・・・という感じであった。

 終演後は恒例のサイン会があったので、フラングさんとリフィッツさんが共演した「ヴァイオリン・ソナタ集」のCDを購入して、お二人にサインしていただいた。ついでに今日のプログラムにも。私は早々に家路についたが、サイン会終了後には、気さくに写真撮影などにも応じてくれたとのこと。フラングさんの写真は友人のYさん提供のものである。



■詳細なレビューは時間があれば後日、このページに加筆して掲載する予定です。

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【お勧めCDのご紹介】
 ヴィルデ・フラングさんの「ヴァイオリン・ソナタ集」です。グリーグ、バルトーク、そして今日の演奏曲目でもあったR.シュトラウスのヴァイオリン・ソナタが収録されています。ピアノも今日と同じミハイル・リフィッツさんです。
Bartok/Grieg/R. Strauss: Violin Sonatas
Warner Classics
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5/14(土)堀正文&N響メンバー+萩原麻未/若き日のブラームスの室内楽の大曲を2曲

2016年05月14日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
第一生命ホール15周年記念公演/室内楽の魅力
ブラームス 第3回「若き日の恋」
堀正文ら弦の名手たち with 萩原麻未


2016年5月14日(土)14:00〜 第一生命ホール S席 1階 2列 19番 5,000円
ヴァイオリン:堀 正文
ヴァイオリン:森田昌弘
ヴィオラ:佐々木 亮
ヴィオラ:中村翔太郎
チェロ:木越 洋
チェロ:宮坂拡志
ピアノ:萩原麻未*
【曲目】
ブラームス:弦楽六重奏曲 第1番 変ロ長調 作品18
     (堀、森田、佐々木、中村、木越、宮坂)
ブラームス:ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調 作品25
     (萩原、堀、佐々木、木越)

 トリトン・アーツ・ネットワーク主催の第一生命ホール/15周年記念公演「室内楽の魅力」シリーズ。NHK交響楽団の元コンサートマスター、堀正文さんとN響のメンバー、元メンバーたちに加えて、輝かしく活動中の若手ピアニスト、萩原麻未さんを招いてのブラームスの室内楽コンサートである。今回のテーマは「若き日の恋」と題して、ブラームスの若い時代の作品を演奏する。

 プログラムの前半は「弦楽六重奏曲 第1番 変ロ長調 作品18」。ブラームスの作品は元々内省的で派手さがないがそれは作曲家自信の人格に由来している。しかし若い頃の作品には、それなりの若さが表れていて瑞々しさも持っている。ブラームスの演奏は若手の演奏家には難しいとよく言われるが、それはあくまで中後期の作品群に対してだろう。若い頃の作品は、若手の演奏家の方が合っている場合も多い。ところが今日は逆で、ブラームスの若い時の作品を、どちらかというとベテランの皆さんが演奏するという図式。全体的に静かな語り口で、淡々と創り上げるアンサンブルの中にブラームスの本質を見出そうとする演奏であった。さすがにこのクラスの皆さんだと演奏は緻密で、曲全体の構成や構造感も見事に創り上げる。N響にも似たクールで完成度の高い質感である。逆にフレッシュなイメージにはやや乏しく、「若き日の恋」としては少々渋すぎたかも。

 後半は「ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調 作品25」。萩原さんが加わることで、ベテラン組の皆さんがぐっと活気づいた(?)ようで、前半の六重奏よりは華やかな演奏になった。弦楽も3人になった分だけそれぞれの個性がオモテに出て来て、主張が強くなっている。全体がひとつにまとまるというよりは、ヴァイオリンとヴィオラとチェロの役割分担が明確になって、それぞれが主張し合うといったやりとりが感じられた。この方が面白い。萩原さんのピアノもソロやデュオの時よりはずいぶん大人しく、ピアノ四重奏ともなるとアンサンブルを合わせることにも気を使っているようだった。彼女本来の持ち味としては、もう少しオジさんたちを振り回してしまっても、結果的には楽しい演奏になったのではないかと思うのだが・・・・。

 今日のコンサートは、中ホール規模の第一生命ホール(767席)で、客の入りは半分程度だった。このメンバーにしてはちょっと驚きである。曲目が渋かったのか、チケットが高かったのか、宣伝が足らなかったのか・・・・。惜しい結果になってしまった。

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5/12(木)Orchestra AfiA/熱く濃厚なロマン/シューマンのP協奏曲とメンデルスゾーン交響曲を2曲

2016年05月12日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
村中大祐指揮 Orchestra AfiA「自然と音楽」演奏会シリーズVol.10
“Quo Vadis”「時の彼方へ」


2016年5月12日(木)19:00〜 紀尾井ホール A席 1階 1列 10番 7,000円
指 揮:村中大祐
ピアノ:グローリア・カンパナー*
管弦楽:Orchestra AfiA
コンサートマスター:渡辺美穂
【曲目】
メンデルスゾーン:交響曲 第4番 イ長調 作品90「イタリア」
シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54*
《アンコール》
 プロコフィエフ:トッカータ 作品11*
メンデルスゾーン:交響曲 第5番 変ロ長調 作品107「宗教改革」
《アンコール》
 モーツァルト:交響曲 第29番 イ長調 K.201より 第2楽章

 Orchestra AfiAの「自然と音楽」演奏会シリーズ第10回は、“Quo Vadis”「時の彼方へ」という意味深なタイトルが付けられている。本日演奏される曲目は、メンデルスゾーンの2つの交響曲とシューマンのピアノ協奏曲。19世紀前半の、ドイツ・ロマン派前期を代表する曲たちである。

 最近すっかりお気に入りになってしまった村中大祐さんの率いるOrchestra AfiAだが、今回はゲネプロ鑑賞というプログラム(もちろん有料)にも参加させていただき、音楽が出来上がっていくプロセスを間近で体験させていただいた。オーケストラのゲネプロ鑑賞は、東京フィルハーモニー交響楽団が定期会員むけに毎年数回実施しているのに参加したことがあるし、ミューザ川崎シンフォニーホールで毎年夏に開催される「サマー・ミューザ」でも公開リハーサルがファンのために用意されていて聴いたことがある。ただそれらと違う点は、Orchestra AfiAの場合はもっと家族的というか、手作り感覚があって、私たちも自由な席に座って好き勝手に聴くという感じになる。場合によってはスコアなどを持ち込んで、じっくり聴かせていただくこともできそうだし、私のようにステージ近くに陣取っていれば、指揮者と演奏家たちの専門的なやり取りも聞くことができるので、興味は尽きなかった。演奏家の皆さんと違って、聴く方の私たちは1日に同じ曲を2回ずつ聴くのはけっこう慣れないから体力が必要。ちょっと疲れる。でも素晴らしい体験だ。何しろ、ほとんど誰もいない紀尾井ホールの席にポツンと座って、オーケストラの演奏を独占して聴けるようなものなのだから。というわけなので、今日のレビューはコンサート本番の演奏にゲネプロのことなどを交えて書いてみたい。


 1曲目はメンデルスゾーンの「交響曲 第4番 イ長調 作品90『イタリア』」。メンデルスゾーンは習作を含めてたくさんの交響曲作曲したが、作品番号付きで残されているのは5曲だけである。しかも作曲を完成させ初演された以降に改訂を加えることも多く、複数の版があったり、それらが死後に研究・整理されて出版されるといった様々な事情が交錯するために、作曲年次順に第1番から第5番の番号が付いているのではないから、いささかややこしい。完成初演の順でいくと、第1番(1824年)、第5番「宗教改革」(1832年)、第4番「イタリア」(1833年)、第2番「讃歌」(1840年)、第3番「スコットランド」(1842年)ということになる。
 「交響曲 第4番」は1831年から1833年にかけて作曲され、初演は1833年、ロンドンでのことであった。当時、『時代を超えて存在し続ける作品」と評価されたという。そして実際に現代まで名曲として残っているわけだから、まさに今日のコンサートのテーマである「時の彼方へ」ということになる。本日はこの『ロンドン初稿版」で演奏される。
 第1楽章冒頭の華やかな主題は、イタリアの、ローマの広場の上に広がる青空を想起させる。ゲネプロで第1楽章を通して演奏した後、冒頭の部分をもう一度、ということになり、村中さんの「青い空!」の一言で、オーケストラの音色がパッと明るく変わった。技術と感性で、音楽がどんどん生命力を持ってくる。そして本番の演奏はさらにそれを上回る、鮮やかな色彩感が眩しく感じられた。陽光眩しい青空に、広場の鳩たちがパーッと飛び上がっていくような情景が目に浮かぶようである。広場には大勢の人たちがざわめき、今日は何かの祝祭であろうか。メンデルスゾーンの音楽は多分に標題音楽的な、情景描写というか、映像が目に浮かぶようなリアリティを感じる。演奏が良ければ、より一層映像が生々しい感じになる。室内オーケストラ規模の小編成であるOrchesrta AfiAの演奏は、縦の線がビタリと合って、躍動的なリズム感と瞬発力のあるダイナミックスで、実に活き活きとしている。大編成のオーケストラの持つある種の重さがない分だけ、エネルギーが前へ前へと溢れ出してくるイメージである。
 第2楽章のAndanteは低弦が刻む4拍子のリズムが人が歩く速さのリズム感で、『バチカンの聖ピエトロ寺大聖堂前を歩く、礼服を身に纏った修道士の一軍の歩みのような音楽(プログラムノートより)」である。
 第3楽章はメヌエットのテンポになるが、曲想は「そよ風」のごとき、優しく長閑だ。ヴァイオリンがロマンティックに主題を歌わせるとクラリネットが優しく風のように応える。自然描写が人の心を穏やかに染めていく。中間部のホルンによるファンファーレは、弱音を上手くコントロールしてフルートやヴァイオリンを軽やかに誘い出す。見事なアンサンブルだ。そしてとても美しい音色。
 第4楽章はSaltarelloという舞曲。イ短調で書かれている。弦楽が舞曲のリズムを熱狂的に刻む。それがオーケストラ全体に伝わり、ティンパニまで含まれると、まさに熱狂的な集団踊りのようになる。そのエネルギーの奔流は、やはりゲネプロより本番の方が力感に溢れている。音楽の内容は「熱狂的」なのだが、短調。第2楽章も短調。明るく陽気なイタリアの風景の中に、文化や歴史に刻まれた陰の部分が克明に描き出されている。初稿版は、メンデルスゾーンが24歳くらいの時の作。天才としか言いようのない描写力だ。あるいは演奏が素晴らしいからそう感じるのか。

 続けて、シューマンの「ピアノ協奏曲 イ短調 作品54」。ゲストとして呼ばれたソリストは、イタリア生まれの若手、グローリア・カンパナーさん。1986年生まれというから、今年で30歳になる。日本ではまだあまり知られていないが、国際・国内コンクールで20以上も第1位を獲得しているという猛者であり、すでにイタリアを中心にヨーロッパやアメリカでもソリストあるいは室内楽奏者としてもかなりの実績と高い評価を得ているらしい。昨年2015年3月に、村中さんの指揮するイギリス室内管弦楽団と共演してイギリス・デビューを飾った。その時の演奏曲がシューマンのビアノ協奏曲だったといご縁で、今回の招聘となった。
 第1楽章。短いカデンツァ風の序奏に続くオーボエが提示する第1主題は、「ド・シ・ラ・ラ」と始まるが、これをドイツの音名に直すと「C・H・A・A」となり、CHIARAという女性の名前を表している。このイタリア語をドイツ語表記にするとKLARとなり、つまりClara、愛妻のクララ・シューマンのことを指しているのだという。この曲か作曲された頃(全曲完成は1845年、第1楽章のみ1841年に完成)は、シューマン夫妻は困難を乗り越えて苦労の末に結婚することができたばかりの幸せいっぱいの時期であった。
 この主題、オーボエに続いてピアノが繰り返すが、カンパナーさんはここをたっぷりと時間をかけて、濃厚にロマンティシズムをこれでもかとばかりに押し出して歌わせる。ゲネプロの時も今まで聴いた中でも一番濃いなぁと思った者だが、本番ではまったく違ったシチュエーションで恋を語っているように、情感たっぷりに歌う。愛の表現には遠慮はない。さすがはAmoreの国イタリア。シューマンのような、感情を内側に向けた典型的なドイツ・ロマン派の音楽に対して、イタリア娘は発揮度が高い! もちろんこれは褒めているのであって、これまでに聴いた誰の演奏よりも、カンパナーさんは情感がとても豊かである。オーケストラと合わせなければならないところは、指揮者やコンサートマスターの方まで振り返ってアイコンタクトをし、全身を使ってオーケストラとコミュニケーションを図る。そしてオーケストラ側が単純な伴奏になってピアノが束縛から解放されると、カンパナーさんは、奔放なまでの自由度を発揮し、旋律を情感たっぷりに歌わせるのである。
 カンパナーさんを上手いなぁと思うのは、小編成オーケストラの規模とホールの大きさにちょうど良い音量内に収めつつ、その中で最大のダイナミックレンジを展開して非常にメリハリの効いた演奏をしていることだ。カデンツァではけっこう音を出していたが、普段はそれほど大きな音を出しているわけではない。だから、音が美しさを保っているのである。もっと大きなホールで、編成の大きなオーケストラでの普通の協奏曲の際は、ピアノはもっと強く、大きく鳴らす。そんな時は最前列で聴いていると、ピアノの底からでてくる金属音などが混ざり音が濁るものだが、今日のカンパナーさんのビアノは、ギリギリのところでうまく制御しているようで、とても力強いのだけれども音質はクリアで美しかったのである。
 第2楽章の間奏曲は、とても可憐なピアノ捌きで聴かせる。ムード音楽のように情感たっぷり、繊細極まる弱音で溜息のように歌い、また大らかに憧れを乗せて歌う。その豊かな表情は、やはりドイツ・ロマン派の内省的なものではなく、ロマンティシズムも発揮度が高い。黙っていたらなにも伝わらないでしょ?・・・とでも言わんばかり。
 第3楽章はAllegro Vivaceだが、テンポはそれほど速くない。技巧的な面ではなく、ロマンティックな表現を強く打ち出すことができ、しかも重くならない絶妙のテンポ設定だ。それにはオーケストラ側の前に向いたリズム感も効果を発揮している。ピアノとオーケストラがガチンコでぶつかるのでもなく、逆に両者が歩み寄ってアンサンブルをまとめようとしているのでもない。両者が主張するところは主張しつつ、前へ前へと突き進んで行く。そんな躍動感に溢れた演奏だ。とくに終盤からの前のめりの推進力は、聴いている私たちの魂と同期して共鳴するような、素晴らしい高揚感を生み出してくれた。
 シューマンのピアノ協奏曲はとても素敵な曲であり、私も大好きだが、今日の演奏ほど感情をオモテに出した演奏をこれまでに聴いたことがない。曲自体がまるで別物のように、鮮やかに生まれ変わったように感じた。間違いなく、bravo!!である。
 この曲でもゲネプロの際、通して演奏した後に、コンサートマスターの渡辺美穂さんから指摘があって、ピアノとオーケストラのリズム感に若干のズレがあるという。オーケストラ側が重く遅れ気味というところが何カ所があったらしい。私は聴いていても気が付かなかったが、演奏家の耳は厳しい。そして第1楽章の冒頭をもう一度。すると確かに流れるような推進力が生まれた。ナルホド。そして本番ではさらにエネルギーが加わり、音楽が輝くように変わっている。こうやって音楽がどんどん研ぎ澄まされ、豊かになっていくのである。

 カンパナーさんのソロ・アンコールは、プロコフィエフの「トッカータ 作品11」。強烈な高揚感を伴う超絶技巧曲である。せっかく来たのだから、ロマンティックな曲だけでなく、こういう曲も聴かせておかなければ、といったところか。さすがアルゲリッチの後継者とウワサされる人。協奏曲よりも音量を出し、豪腕ぶりを披露した。Orchestra AfiAのメンバーの皆さん(とくに指先が見える第1ヴァイオリンの人たち)も半ばあきれるように顔で聴き入っていた。確かにカンパナーさん、タダモンじゃなさそうだ。

 プログラムの後半は、メンデルスゾーンの「交響曲 第5番 変ロ長調 作品107『宗教改革』」。先ほど述べたように、実際には2番目の交響曲である。初演されたのが1832年で、作曲年代はその2年も前、つまりメンデルスゾーンが20歳くらいの時の作品なのである。
 ユダヤ系の富裕な銀行家の家に生まれたメンデルスゾーンは、ユダヤの教育を受けている一方で、カトリックの洗礼を受けて育ち、後にルター派のプロテスタントに改宗する。恵まれた家庭で幼い頃から神童ぶりを発揮する一方で、ユダヤ系ということでキリスト教社会からいわれのない差別も受けた。音楽家としての地位を確立してからも、あるいは改宗後もそこから抜け出せたわけではないようである。ずっと後になって、ワーグナーらによる差別的な批判を受け、さらにナチス体制下では演奏を禁じられるなどの国家レベルでの歴史的な差別を受けることになる。メンデルスゾーンの楽曲が現在のように頻繁に演奏されるようになったのは、20世紀後半のことなのである。そのことを見越したわけではないにしても、若干20歳のメンデルスゾーンが交響曲に選んだテーマが「宗教改革」。実際には敬虔なクリスチャンであったからことこの曲が生まれているのである。ユダヤやキリスト教における宗教観は、クリスマスにケーキを食べて大晦日に除夜の鐘を聞き、年が明ければ神社に初詣する・・・・という平均的な(?)日本人には、どうも理解しにくい。「宗教改革」と言われても思い出すのは学校の「世界史」で教わったことくらい。16世紀に始まった宗教改革はヨーロッパ全土に闘争や虐殺、戦争を引き起こしていく。やはり、よく分からない分野である。
 第1楽章は荘厳で序奏で始まる。ここに作曲当時ドレスデンの教会礼拝で使われていた賛美歌「ドレスデン・アーメン」が登場し、その後の曲の展開にモチーフを提供する。ソナタ形式の集部に入ると第1主題は序奏のモチーフを発展させたダイナミックなカタチで、人々の苦悩を描き出す激情的な曲想が展開していく。演奏は、澄みきった弦楽のアンサンブルが、ある種の清らかさと、激しく闘争するような力強さを、鮮やかに対比させながら描き出していく。弦楽に対して金管が強めに出てしまうのは室内オーケストラならではのバランスだが、引き締まった緊密な演奏が独特の緊張感を生み出す。音の質感が素晴らしいので、過度に重々しくならずに荘厳な雰囲気を盛り上げていた。この楽章の末尾の劇的な表現はゲネプロでも繰り返し練習していた。難しいところらしい。
 第2楽章は一転して明るく軽妙なスケルツォ。木管の提示する主題は、人々の営みが温かな視線で見つめられているような、優しさがある。木管は明るい空気感の音色で実に鮮やか。また流れるような軽快さの弦楽も、角の尖っていない柔らかなアンサンブルで、聴いていて心地良く感じた。
 第3楽章は緩徐楽章に相当するが、比較的短い。短調で、息の長い歌謡的な主題が登場するが、全体に漂う「苦悩」の色合いは、メンデルスゾーンの信仰告白なのだという。
 第4楽章は、ルターが作曲したというコラール「神はわがやぐら」がフルートで清らかに歌い上げられる。このフルートのソロは素晴らしい演奏で、感動的であった。主部に入ると、力強く、能動的な主題が展開していく。そして最後はコラールがドラマティックの姿を変えて、悩みが救済されるように曲が終わる。演奏も躍動的で、晴れやかさのを感じさせるリズム感の高揚があり、抜けるような輝きのある金管が響き渡っていた。
 ゲネプロではディテールを確認する作業を繰り返していて、いわば音楽のカタチを作っているという印象であったが、本番の演奏は全然違う。メンデルスゾーンの心の葛藤がやがて救済に導かれていく、といったいわば感情表現の音楽に変わっていた。ベートーヴェンでいうところの「苦悩を通じての歓喜」に共通するところがあるが、これはメンデルスゾーン自身の心の中の信仰の変化、つまり「宗教改革」なのだと思う。作曲家が作品に込めた意志が、素晴らしい演奏によって、聴いている私たちに届けられたということなのだろう。音楽を聴いていて良かったと思う瞬間である。

 アンコールは、モーツァルトの「交響曲 第29番 イ長調 K.201」より 第2楽章。自然な優しさがいっぱいの演奏で、聴いていて心が安らぐ。実に慈愛に満ちた演奏である。今日のコンサートは、村中さんの師匠であるペーター・マーク氏の没後15年に捧げるということである。モーツァルトを最も得意としていたマーク氏へのオマージュだったのであろう。

 今日のOrchestra AfiAのコンサートは、とても集中して聴くことができた。ゲネプロが約3時間、アンコールを含めて全曲を聴き(聴かなかったのはカンパナーさんのトッカータだけ)、細かな点が修正されていくプロセスを経て、2ランクくらいアップした本番の演奏。こうしてみると、音楽は本当に生きているのだと言うことが分かる。今日は、メンデルスゾーンやシューマンの血の通った姿や心情が垣間見えたような気がする。普段、オーケストラの定期演奏会や海外のオーケストラの来日公演をたくさん聴いてはいるが、演奏自体は素晴らしくても、作曲家の魂に触れる思いがすることは滅多にない。考えてみると、聴く側の私たちがただ受け身になって聴いているだけだと、なかなかそういった音楽の本質的なところを感じ取れないのかもしれない。自分で演奏したりするわけではないので、ただ聴いているだけには違いないのだが、妙な言い方だが、音楽を「積極的に聴く」という気持ち、事前に背景を勉強したり、心を開いて受け入れようとすることで、また新しい音楽が聞こえてくるような気がするのである。

 今日はゲネプロの前後や終演後に村中さんと色々お話しすることもでき、素人の私としては音楽の深みにはまっていく自分を感じた。また、ゲネプロ後には念願だったコンサートマスターの渡辺美穂さんともお話しすることができた。また終演後にはカンパナーさんにはCDにサインをしてもらい記念写真を撮らせていただいたり(サイン会などはなかったが、彼女は後半の演奏を客席で聴いていた)、アフター・コンサートの余韻もたっぷり。長い1日ではあったが、充実した1日でもあった。



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【お勧めCDのご紹介】
 本日のソリスト、グローリア・カンパナーさんのCD「piano poems」です。もちろん輸入盤なので日本語の解説などはありません。シューマンの「フモレスケ 作品20」とラフマニノフの「楽興の時 作品16」が収録されています。
Piano Poems
Emi Music
Emi Music



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5/8(日)N響オーチャード定期/ペーター・レーゼル円熟のベートーヴェン:ピアノ協奏曲3番

2016年05月11日 00時44分13秒 | クラシックコンサート
NHK交響楽団 第89回 オーチャード定期

2016年5月8日(日)15:30〜 オーチャードホール S席 1階 6列(最前列)18番 6,000円(シリーズ券)
指 揮:ロベルト・トレヴィーノ
チェロ:ペーター・レーゼル*
管弦楽:NHK交響楽団
【曲目】
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37*
《アンコール》
 ブラームス:3つの間奏曲 作品117より 第1番 変ホ長調*
ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 作品73
《アンコール》
 モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』序曲

 NHK交響楽団の「第89回 オーチャード定期」を聴く。指揮は1983年、米国テキサス州フォートワース生まれのロベルト・トレヴィーノさん。若き俊英である。それに対して、ゲストのソリストは、1945年、ドレスデン生まれのベーター・レーゼルさん。こちらは言わずと知れた巨匠ピアニストである。親子ほど年の離れた、年齢2倍以上のお二人の共演は何を生み出すのだろう。

 レーゼルさんを聴くのは6年ぶりとなる。前回は2010年10月、紀尾井ホールで紀尾井シンフォニエッタ東京と共演し、「ベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲ツィクルス」を行った時のことである。その時も今日と同じ「第3番」を聴いている。

 前半は序曲などの小品はなく、いきなりベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」。それは良いのだが、どういうわけか、ピアノをはじめオーケストラが随分ステージの奥の方に下がっている。手前でバレエが踊れるくらい、ステージ前方が大きく空けてあるのだ。編成も大きくないし、音が散漫にならないようにということなのだろうが、ちょっと極端のような。せっかく最前列で聴いているのに、オーケストラがやけに遠い・・・・。
 第1楽章はいわゆる協奏風ソナタ形式。古典的な造形で主題提示部はオーケストラのみなのだが、何だか音が妙に漠然とした印象に聞こえたのである。演奏はそれなりにキチンとしているように「見えた」のだが、音の方はモヤッとしている。もちろんホールの音響の問題である。オーチャードホールは年に数回聴きに来る程度なので、その音の特性はつかみきれていないが、今までよりは、今日は特別に響きが良くなかった。オーケストラが奥に引っ込んでいるためか、低音を中心とした残響音を多く含みすぎていて、音に芯がないような感じなのである。もとより最前列は音のバランスが良くないことは承知の上でこの席を選んでいるのではあるが、S席なのに・・・という思いもある。何しろ東京フィルハーモニー交響楽団のオーチャード定期では、1階6列〜8列(最前列から3列目まで)はC席設定なのである。それだけ音が悪いという認識なのだ。今日はそのことを思い知ったことになる。
 レーゼルさんのピアノが入って来る。逆にピアノの音は遠いだけに雑味がなく、すっきりと聞こえた。もっとも力みのまったく感じられない、老練な落ち着いた演奏ということもあり、抑制的で渋めであったから余計にそう感じたのかもしれない。始めの方は音が濁っている印象だったが、曲が進むと非常に明晰な印象に変わり、知的で風格のある演奏になった。レーゼルさんの演奏は、味わい深い燻し銀のような(そういう表現がピッタリ)渋めの音で、特に気負うようなところもなく、むしろ淡々とした佇まいの中に、控え目だが明らかにロマン性を打ち出してくる。ベートーヴェンの、ハ短調の・・・・といった「苦悩」を感じさせるような重々しさではなく、さらりとした第1主題、そしてロマンティックな第2主題と合わせて、抒情性豊かな演奏に感じた。カデンツァもあまり技巧的な雰囲気は見せずに、抒情的な表現が重視されているように思えた。
 第2楽章は緩徐楽章。ピアノのソロが美しい旋律を澄んでいるのだけれどもどこか渋めに感じる音色で歌わせて行くと、オーケストラもそれに合わせるように美しい音色で絡んでいく。・・・ホールが響き過ぎて音がこんもりと混ざってしまうのがいかにも惜しい。とくに席位置の関係で、木管群がピアノの陰に隠れてしまうので、音が曖昧になってしまうのである。
 第3楽章はロンド。ピアノがロンド主題を雰囲気たっぷりに明晰な音で描き出す。対応するオーケストラ側は音がもやもやして、どうもキレが悪く感じる。実際の演奏がそうなのか、単にホールの響きのせいなのか判然としない。ティンパニが入ると低音がもわーっとした大きな壁を作ってしまうような感じになってしまうのである。レーゼルさんのピアノはあくまで抑制的で渋めの演奏だが、絶対的な自信に溢れていて、これが「ベートーヴェンの本当の解釈だよ、そう思うでしょ」とでも言わんばかりの演奏を、サラリとやってのける感じ。当然のことをしているだけです、といった表情であった。

 レーゼルさんのソロ・アンコールは、ブラームスの「3つの間奏曲 作品117」より「第1番 変ホ長調」。落ち着いた抒情性とロマンティシズムで、後半のブラームスの交響曲につなぐ、さらに渋みを増した味のあるアンコールであった。

 後半はブラームスの「交響曲 第2番」。1番と4番に次ぐ人気だとは思うが、けっこう演奏機会が多い曲。指揮者が好きな曲なのかもしれない。私は昔からこの第2番はつかみどころがなくて、実は苦手にしている。今日の感じではどうなのかなぁ、と思っていたら、後半はオーケストラが客席側にすこし移動して来た。それでも普通のピアノ協奏曲の時、つまりステージギリギリにピアノを置いて、オーケストラはその後ろに並ぶ、といった位置でピアノがないくらいのところだ。これでだいぶ音の感じが変わった。弦楽が近くなった分だけ音圧が増し、くっきりとした音になる。木管群も弦楽の陰に隠れるとはいえ、ピアノがなくなった分だけ音が通るようになった。ただし、ティンパニが鳴ると他の音がかき消されてしまうのである。さらに、低音楽器の内、チェロ、コントラバス、ティンパニが。ステージ自体の空間が共鳴するのか、ドロドロと大きく、しかもわずかに遅れて聞こえてくる感じがする。その辺りが全体理リズム感を鈍くしているようで、何かヘンな感じなのである。
 ロベルト・トレヴィーノさんの指揮は、いかにも若く、フレッシュな印象。主題を歌わせる部分ではしなやかにフレージングしてロマンティシズムを描き出すし、突き進むところではメリハリの効いたキレ味の鋭さを発揮する。N響の演奏もソツのない感じで、普通に上手い。・・・・ところがどういうわけか感動が薄いというか、面白味がないというか、この曲があまり好きでないということもあるからか、要するにつまらないのである。そんなことをいったらN響の人たちに失礼になるかもしれないが、そう感じてしまったことは仕方がない。という訳なので、これ以上のコメントは差し控えたい。

 アンコールはモーツァルトの『フィガロの結婚』序曲。快速なテンポの演奏で、イキの良い演奏だ。普通ならゴキゲンになるところだが・・・・今日はどうもいけない。ヴァイオリンの小刻みな速いパッセージが長い残響音の中に埋もれてしまって、全体が大きな音の塊になってしまい、主題が聴き取れないのである。最前列で聴いていてそうなのだから、後方の方ではいったいどういう風に聞こえていたのだろう。トレヴィーノさんはあくまで自分の好きなように音楽を作っていて、それ自体はもちろん良いのだが、ホールの響きは考慮されていない、という印象だった。

 どうも今日は調子が狂ってしまって、音響の悪さだけが際立ってしまったようだ。最前列の指揮者の真後ろの席で聴いているのに、オーケストラが少し下がった位置にいるだけで、残響音が混ざって各楽器の直接音が濁ってしまう。モゴモゴ、ドロドロ。最前列なんかを選ぶ方が悪いと言われればそれまでだが、それでもS席なのだから・・・。やはり東京フィルはC席設定。そちらの方が正しい評価なのではないだろうか。

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4/28(木)本田早美花Vnリサイタル/溢れるフランスの香り/珍しいアーンのソナタと技巧的なサン=サーンス

2016年04月28日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
本田早美花 ヴァイオリン・リサイタル

2016年4月28日(木)19:00〜 東京オペラシティ・リサイタルホール 自由席 1列中央 3,600円(会員割引)
ヴァイオリン:本田早美花
ピアノ:エマニュエル・クリスチャン
【曲目】
シューマン:ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ニ短調 作品121
アーン:ヴァイオリン・ソナタ ハ長調
サン=サーンス:ハバネラ 作品83
サン=サーンス/イザイ編:ワルツ・カプリス 作品52-6
《アンコール》
 イザイ:子供の夢

 久し振りにヴァイオリンの本田早美花さんのリサイタルを聴く。というのも本田さんは生まれは日本だが英国で育ち、2000年からはパリに在住し、ヨーロッパ中心に音楽活動を行っていて、国際的な評価は高い演奏家である。前回彼女の演奏を聴かせていただいたのは、2013年1月のことで、王子ホールでのリサイタルだった。その時はフランクのヴァイオリン・ソナタで素晴らしい演奏を聴かせてくれたことが印象に強く残っていて、次の機会も必ず聴くべきだと思っていた。今日はNHK交響楽団のBプロ定期があったが、そちらを飛ばしてオペラシティに駆け付けた。自由席なので早めにいったのだが、18時ちょっと前に着いたら2番目。・・・・うーん、日本での知名度はいまひとつのようである。
 本田さんのもうひとつの顔は、アンサンブル・モンソロのメンバーだということ。デュオを組むピアノのエマニュエル・クリスチャンさんに加えて、ヴィオラのシルヴァン・デュランテルさん、チェロのジュリアン・ラジニアックがメンバーとなっている。CDも何枚か出している実力派ユニットで、昨年9月に来日ツアーを行っているが、聴くことが出来なかった。
 本田さんはこの5月からフランスの国立ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターに就任する。住居もストラスブールに引っ越しするとのことだ。ひつとの転機を迎え、また新たなステップに踏み出していくのであろう。

 プログラムの前半は、シューマンの「ヴァイオリン・ソナタ第2番」。第1楽章の序奏から、立ち上がりの鋭い音でグンと出してくる。ソナタ形式の提示部に入れば第1主題のエキセントリックな雰囲気を漂わせつつもロマン派らしい抒情性を見せてくる。第2主第はもっとロマンティックである。リズム感も良く、流れに乗るようなスムーズさで推進力を持って曲を進めていく。展開部は自由度が高く、クリスチャンさんのピアノとともにヒラメキを感じさせる即興的な雰囲気を創り出している。激情を内側に向けたような楽章ではあるが、本田さんの演奏にはドイツ的な内向性ではなく、どこか色彩的な鮮やかさが漂っていて、華やかである。
 第2楽章はスケルツォ。本田さんのヴァイオリンはキレが良く、メリハリも明瞭なのに、ひとつひとつの動機やフレーズに細やかなニュアンスに彩られていて、多彩な表情を見せている。
 第3楽章は緩徐楽章に相当するが、ピツィカートで抒情的な主題を訥々と提示する変奏曲。ピツィカートにも変化を付けて歌わせていて、弓で弾く第1変奏、重音になり深みが増す第2変奏というふうに、表現力の幅も広くとても豊かな音楽性を感じる。
 第4楽章は再び激情が内側に向けられ、激しい曲想のソナタ形式。本田さんのヴァイオリンは、やや翳りを帯びた色彩が豊かに展開し、感情が迸るようなリズム感と推進力がある。強烈に押し出す力強いイメージとナイーブな感性が同居しているようなところがあり、やはり全体的には自由な感情の発露が感じられる。とても豊かな表情を持った演奏である。

 後半は得意のフランス音楽。まず、アーンの「ヴァイオリン・ソナタ ハ長調」。これはかなり珍しい曲が出てきたものだ。レイナルド・アーン(Reynaldo Hahn/1874〜1947)はベネズエラの首都カラカスの生まれだが、幼少期よりパリに移り住み、フランスの音楽界で活躍した作曲家・歌手・指揮者である。歌曲の「我が詩(うた)に翼ありせば/私の詩に翼があったなら」や「クロリスに」がとくに有名で、声楽家(ソプラノやメゾ・ソプラノ)のリサイタルではしばしば耳にするが、器楽曲はまったく知らなかった。さすがにパリでの音楽生活の長い本田さんである。素敵な曲を紹介してくれることになった。このヴァイオリン・ソナタは1926年の作である。
 第1楽章はsans lenteur, tendrement(遅くなく、優しく)。速度指示も曖昧で感覚的なところはいかにもフランス風。器楽的な華やか旋律と歌曲的な息の長い旋律が適度に混ざっていて、とても洒落ていて美しい音楽である。本田さんのヴァイオリンも、先ほどのシューマンとはガラリと変わって、角のないマイルドなタッチで、ふわりと流れるように旋律を歌わせる。音色も透明感を増して、確かに「優しい」。第2主題は、サロン的な文化を思わせつつ若干の憂愁が漂う。展開部は第1主題を中心に展開し抒情性たっぷりの盛り上がりを見せる。再現部ではふたつの主題が回帰してくるが優しさが増して穏やかに終わる。
 第2楽章はveloce(速く)で、スケルツォに相当する感じだが、間奏曲的な短さでもあり、曲想は無窮動的。副題に「12C.V. 8 cyl .5000 tours」とあり、これは作曲当時に登場した最速モデルの自動車のエンジン番号なのだとか。フランスだからシトロエンの12CVだろうか。8気筒、5000回転。演奏を聴いていると、確かにヴァイオリンもピアノも細かなリズムを刻んでいるのはクルマのエンジン音のようであり、曲想が変わるとクネクネと曲がる山間の道をクルマが走り抜けていくような快走感がある。
 第3楽章はModere-Très Calmet(中間的な速さで/とても穏やかに)となり、夢見るような抒情的で美しい旋律が、穏やかに歌う。主題は息が長く、草原を吹き抜けるそよ風のような情景も目に浮かぶようである。最後に、第1楽章の第1主題が回帰してきて、穏やかに曲が終わる。このような循環主題の手法もフランク以降のフランス音楽らしい。本田さんのヴァイオリンは、実に自然体で、逆に美しい曲に身を委ねるように、自然に音楽が生まれてくるような雰囲気で、音色には繊細で優美、そしてロマンティックに曲想によく似合った淡いトーンの色彩感がある。楽器の生々しい音ではなく、音楽が楽器を歌わせている感じが、聴いていてとても心地よいのである。

 続いて、サン=サーンスの「ハバネラ 作品83」。こちらは一転してリサイタル・ピースとしてお馴染みの曲。このスペイン風味の曲が、序奏の部分などは都会的に洗練された感じで、粋に感じられる演奏。主部に入ってテンポが上がれば、低弦をカリカリと刻んで、熱い情感も出てくるが、それでもどこか洒脱で、粋な雰囲気を持っている。これは最後までその感じが続いた。本田さんのヴァイオリンだけでなく、クリスチャンさんのピアノもパリの都会的なセンスが溢れている。二人とも技巧性を感じさせない洒落た演奏であった。
 最後は、サン=サーンス/イザイ編の「ワルツ・カプリス 作品52-6」。こちらはイザイらしさが前面に出てくる曲でもあり、演奏でもあった。本田さんはイザイにはかなり思い入れがあるらしく、この曲ではまたまったく違った「顔」を見せていた。ワルツの洒落た雰囲気を余所に、超絶技巧を見せつけるような押し出しの強い演奏を聴かせる。立ち上がりが鋭く、エッジを効かせた鋭角的な表情を前面に押し出す。フランス風のお洒落なワルツの部分との対比が極端で、非常に鮮明な印象を残した。素晴らしい演奏だったと思う。

 アンコールは、イザイの「子供の夢」。独特の浮遊感で、優しい旋律が歌っていく。大らかな節回しが、単調な曲想に豊かな彩りを加えていく。そんな印象の演奏であった。


 終演後は、恒例のサイン会。本田さんのCDは、「イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 作品27 全曲」とイザイに献呈された曲を集めた「イザイに捧ぐ」の2枚と、アンサンブル・モンソロによる室内楽のものが何枚かある。2枚のCDには3年前のリサイタルの時にすでにサインをいただいてあったので、まあ、あまりサイン会に並ぶ人もいなかったから・・・・「イザイに捧ぐ」のブックレットの方にお二人のサインをいただいた。
 本田早美花さんというヴァイオリニストは、独特の風合いを持っている。幼少時より海外生活が長く、とくに15年以上に及ぶパリでの音楽活動は、「音」を変えてしまうし、音楽へのスタンスも日本人のそれとは違っているように思える。とにかく、普段から聴いている「音」が日本とは違うのだろう。自然に身についている音楽が、たとえシューマンであっても、アーンであっても、サン=サーンスであっても、イザイであっても、自由で、即興性があって、絵画的な色彩感が溢れている。同時に、お天気によって左右されてしまうような自然体の部分と、実は緻密で繊細で情感豊かな感性が、背中合わせでくっついているのである。日本にはなかなか見られないタイプの演奏だと思う。この後は、ストラスブール・フィルのコンサートマスターとして新たなステップに踏み出す。かの地はパリからは遠く離れたドイツ国境の街。本田さんのヴァイオリンにまた新しい色が加わるのだろうか。今後も注目していきたい。

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【お勧めCDのご紹介】
 本文でも紹介したように、本田早美花さんのCDは2枚。「イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 作品27 全曲」は、ジャケットのイメージに近い、エキセントリックな演奏で、とても主張の強い演奏だと思います。「イザイに捧ぐ」の方はエマニュエル・クリスチャンさんのピアノとのデュオで、洒脱で色彩感豊かな演奏を聴かせてくれます。
Ysaye: Six Violin Sonatas
Polymnie
Polymnie

イザイへ (Pour Ysaye - Ropartz, Chausson, Lekeu / Samika Honda, Emmanuel Christien) [輸入盤] [日本語解説書・帯付]
ロパルツ,ショーソン,ルクー,本田早美花 (Vn),エマニュエル・クリスチャン (Pf)
SAMIKA HONDA



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4/27(水)3.11被災者のためのチャリティコンサート/村治佳織&奏一/川久保賜紀/天皇皇后両陛下もご来臨

2016年04月27日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
認定NPO法人 難民を助ける会 3.11被災者のためのチャリティコンサート

2016年4月27日(水)18:30〜 紀尾井ホール B席 2階 BR 1列 9番 4,000円
主催:難民を助ける会(AAR Japan)
共催:社会福祉法人 さぽうと21
特別協賛:日本ロレックス株式会社
【出演】
ギター:村治佳織 ♥
ギター:村治奏一 ♠
ヴァイオリン:川久保賜紀 ♦
【曲目】
[第1部]
パガニーニ:協奏曲的ソナタ イ長調 作品61 ♦♠
西村 朗:玉響(TAMAYURA)♠
ファリャ/コハンスキ編:スペイン民謡による組曲 ♦♠
   「ムーア人の衣装」「アストゥリアス地方の歌」「ホタ」「子守歌」「カンシオン」「ポロ」
[第2部]
村治佳織:バガモヨ 〜タンザニアにて〜 ♥
村治佳織:雨を見つける&一輪のスノードロップ 〜E.R.Grosholz:詩集『こどもの時間』より〜 ♥
村治佳織:島の記憶 〜五島列島にて〜 ♥
C.ドメニコーニ:コユンババ I・II・III・IV ♥
藤井眞吾:ラプソディー・ジャパン
   〜序奏・さくら・花・通りゃんせ・かごめかごめ・浜辺の歌・ずいずいずっころばし・ふるさと〜 ♥♠
《アンコール》
 J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ ♥♠♦

 認定NPO法人 難民を助ける会(AAR Japan)の主催による「3.11被災者のためのチャリティコンサート」に参加。「聴く」というよりは「参加」というイメージが強かったのは、コンサート自体がチャリティ目的であることと、AAR Japanの活動報告を兼ねていたからである。コンサートの[第1部]と[第2部]の始めにAAR Japanの代表の方から、今回は特に、東日本大震災の被災地での支援活動が紹介され、積極的に関わることになった村治香織さんの被災地訪問などについても紹介された。
 私は、お馴染みの川久保賜紀さんと村治奏一さんのデュオが聴けるということで、普通のコンサートのつもりでいたのだが、普段とはやや様子が違っていた。会場に集まってきていたのは、チャリティ参加を第一としていて音楽にはあまり詳しくはない人たちと、村治香織さんのファン層の人たちが多かったようで、賜紀さんのコンサートでいつも見かける顔ぶれは私と友人のYさんくらい。また、コンサートの開催告知もチャリティの世界が優先的だったようで、私が知ったときにはチケットはほとんど残っていなかった。主催者のAAR Japanに問い合わせたところ、2階バルコニーのB席なら取れるが、指定席なのに席は選べないという。まあそれでも、ということで「参加」することにしたのであった。

 久し振り、おそらく10年ぶりくらいに紀尾井ホールの2階バルコニー席に着く。ステージの右側の真横から見下ろす位置。ギターのためのPA用マイクロフォンとスピーカーが2台設置されているのが見える。ヴァイオリンはもちろんPAなしである。距離的にはステージのすぐ近くなのだが、聞こえ方は1階の前方席とはまったく違っていた。広い空間に拡散してしまうヴァイオリンの音と、PAを通してもなお音量の小さなギターの音が、残響音と渾然一体となって遠くから聞こえてくるというイメージで、どうにも心許ない。今日のところは「参加すること」に意義があるということで割り切ることにする。帰りがけに、些少ながら寄付も。

 演奏についてはあまり多くを語れない。何しろ、音の芯がぼやけてしまっていてキレイに聞こえないのである。賜紀さんのヴァイオリンでは装飾的な速いパッセージが残響音に埋もれてしまうし、奏一さんのギターは弱音のハーモニクスなどはほとんど聞こえないレベル。パガニーニの「協奏曲的ソナタ」とファリャの「スペイン民謡による組曲」は、お二人のデュオで何度か聴いているので、演奏のイメージはしっかりとアタマにインプットされているのに、肝腎の音が聴き取れないのである。
 というわけなので、想像力で補って聴くことにすれば、賜紀さんのヴァイオリンは、相変わらずエレガントで歌心に溢れていて、繊細で流れるように滑らかな旋律の歌わせ方や、重音のバランスと深み、艶やかで潤いのある音色など、どこを見ても一級品の演奏である。演奏中のヴァイオリンは上を向いているので、2階席でも音は来るが、残響音と一緒になってしまい、音に霧がかかったようになってしまう。一方ギターは楽器が前を向いているので、2階に来るのはスピーカーを介したこもったような音。このお二人の演奏も、いつも目の前で聴いているので、余計に聞こえ方の違いが気になってしまうのだろう。
 西村 朗さんの「玉響(たまゆら)」も奏一さんの演奏で、もちろんもっと良い条件で聴いたことがある(その時も賜紀さんと共演だった)。非常に繊細なイメージの曲なので、音響の乱れは少々つらいものがあった。細やかな音色の変化やかすかなハーモニクスなどが聞こえづらく、残響が曇ると不協和音の濁りが目立ってしまうのが残念であった。
 しかも、来場者にはクラシック音楽をよく知らない人が多かったようで、パガニーニでは楽章毎に、ファリャでは1曲毎に拍手が入るような状況であった。

 香織さんのオリジナル曲は初めて聴く曲ばかりだったが、こちらは旋律と和声が明瞭なので、まだ聴き取りやすかった。[第2部]の方が少しボリュームを上げていたかもしれない。
 「バガモヨ 〜タンザニアにて〜」は、香織さんがタンザニアを訪れた時の印象を曲にしたもので、自然の空気感がとても清涼に描かれている。「雨を見つける」と「一輪のスノードロップ」はE.R.Grosholzの詩集『こどもの時間』の中の2編の詩にインスピレーションを得て曲にしたもの。「雨を見つける」では外で楽しげにはしゃぎ回っている子供が振り出した雨に気づいて空を見上げる、といった情景が描かれている。「一輪のスノードロップ」は静寂の中、ひらひらと雪が舞う情景が、映像のように描かれる。いずれも優しい視線で情景を見ている感じがして心が温まるようだ。「島の記憶 〜五島列島にて〜」は何度も訪問している五島列島の歴史や人々の思いを描いたもの。バロック調の曲が(宗教的な)雰囲気を盛り上げている。
 続いてドメニコーニの「コユンババ」という曲。ドメニコーニはイタリアのギタリスト。この曲では調弦を変えた楽器を使用した。6本の弦の内5本の調弦を変えているのだという。低弦がかなり低い印象があったので、6弦をEからC♯まで下げていたような感じであった。4つの楽章を持つ長い曲であった。
 最後は香織さんと奏一さんギター・デュオで「ラプソディー・ジャパン」。現代的な序奏に続いて、日本の童謡や歌曲の名曲がメドレーで続く。演奏は独特の日本的な滋養感が込められていてなかなか良かったと思うが、ギターが2本になると、低弦の開放弦の音が強調されてスピーカーから出てくるような感じで、聴いていても辛いものがあった。
 アンコールは、賜紀さんも参加して3名で、バッハの「主よ、人の望の喜びよ」。最も個音域の声部を受け持つ、賜紀さんのヴァイオリンが神々しく思えるほどの清らかな音色で、心が洗われるようであった。

 最後になってしまったが、本日のチャリティコンサートには、[第2部]から天皇皇后両陛下がご臨席された。休憩時間に2階の通路に報道関係者が大勢控えていたので何事かと思ったのだが、まさか両陛下のご来場とは。会場が急に厳かな雰囲気に変わり、良い意味での緊張感に包まれることになった。
 今日4月27日には赤坂御苑で「春の園遊会」が催されたはずなので、ご公務にお忙しく健康面は大丈夫なのか心配に思うが、お元気そうな姿で私たちに手を振ってくださったのには感激である。園遊会に招待されるのは社会貢献や活躍著しい方たちなので、私たち一般庶民には縁のない世界だが、クラシック音楽の世界では、時折こうした嬉しいハプニングがあり、皇族の方々と同じ空間と時間、同じ音楽を共有できることがある。両陛下が私たちと一緒に、香織さん、奏一さん、そして賜紀さんの演奏を聴き、拍手を送られたのである。3名も名誉なことであったろうと思う。
 ところがそのような僥倖に水を差すような出来事があった。畏れ多くも(とは少々時代がかった言い方だが)天皇皇后両陛下に対して「待ってました」とか「良く来たな」などという下品なヤジを飛ばした男が私のすく近くの席にいたのである。あまりにも下卑て野蛮な行為に周囲が凍り付く。見るといかにも軽薄そうな中年男でしたり顔でヘラヘラ笑っている。クラシック音楽のコンサートには絶対にいないタイプの男で(そもそもコンサート会場でヤジなど聴いたことがない!)、芸能界の周辺にでも蠢いていそうな、程度の悪そうな輩だ。もちろんAAR Japanの関係者であるはずもないし、チャリティのために来たとも思えない。香織さんには盛んにブラボーやフォーというゴリラみたいな叫び声を送っていたから香織さんのファンなのかもしれないが、香織さんもこんなヤツにブラボーと言われても嬉しくも何ともなく迷惑なだけだろう。まったく不謹慎極まりない、言語道断のバカ者である。両陛下のお気持ちを察するに、怒りを通り越して悲しくなってしまった。断言しておくが、クラシック音楽ファンには、こんなヤツは絶対にひとりもいない。

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4/25(月)東京フィル/サントリー定期/巨匠プレトニョフ、満を持しての『ペール・ギュント』全曲演奏

2016年04月25日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
東京フィルハーモニー交響楽団 第879回サントリー定期シリーズ

2016年4月25日(月)19:00〜 サントリーホール A席 1階 1列 21番 5,355円(定期会員)
指 揮:ミハイル・プレトニョフ
ソプラノ:ベリト・ゾルセット(ソールヴェイ)
バリトン:大久保光哉(ベール・ギュント)
メゾ・ソプラノ:富岡明子(アニトラ)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:荒井英治(ゲスト)
合 唱:新国立劇場合唱団
語り:石丸幹二
【曲目】
グリーグ:劇付随音楽『ペール・ギュント』作品23 全曲演奏(日本語字幕・語り付)

【一口コメント】
 東京フィルハーモニー交響楽団のサントリー定期シリーズを聴く。今期(2016/2017シーズン)から定期会員になった。これで東京フィルは、サントリー定期、オペラシティ定期、オーチャード定期、響きの森シリーズすべての会員になってしまった。もとより全部行けるはずもなく、また同プログラムの場合もあるので、その際は調整するつもり。シーズン開幕の今月も3つの定期シリーズが同プログラム。すなわち、特別客演指揮者のミハイル・プレトニョフさんによるグリーグの『ペール・ギュント』全曲演奏というものである。
 これは1年前、プレトニョフさんがこのポストに就いて最初の演目とする予定だったのだが、ご母堂の逝去と体調不良によりキャンセルになってしまったものを、復活実現したプログラムである。彼がどうしてもやりたかった曲なのだという。
 『ペール・ギュント』といえば、小学校の音楽の授業以来、お馴染みの曲ではあるが、全曲を通して聴くというのは、生まれて初めての体験である。「朝」「オーセの死」「アニトラの踊り」「ソールヴェイの歌」など、有名な旋律が含まれているが、本来の「劇」との関連で聴くとまた印象が異なり、より鮮明なイメージが出来上がる。
 その「劇」部分を俳優の石丸幹二さんが、朗読劇として受け持った。つまり石丸さんの語りと音楽が交互に、時には重なって、曲自体が進行していく。ただ、語りの部分がとてもストーリー展開を分かりやすくしていた分だけ、長く、ときにはやや冗長に者になってしまっていたのが惜しかった。
 演奏は、東京フィルらしく、濃厚な音色と質感の高いアンサンブルで、極めてハイクオリティ。プレトニョフさんの指揮は、やや抑制的でオーケストラを見事なバランスにコントロールし、その中で豊かに旋律を歌わせるし、ドラマティックに盛り上げる。
 3名の歌手はとても素晴らしかったと思う。ノルウェー語の歌詞と発音についてはまったく分からないが、物語の上での情感は見事に感じられた。とくにソールヴェイ役のベリト・ゾルセットさんは声が澄んでいてとても美しく、ノルウェー出身ならではの北欧的な透明感を湛えた歌唱が素敵だった。
 通常通りの19時開演で、終わったのは21時40分。ちょっと長いな、という印象もあり、語りの部分をもう少し切り詰めて音楽をつないだ方が・・・疲れずに済んだかも。
 非常に珍しい『ペール・ギュント』全曲演奏は、とても貴重な体験だったといえる。もう二度と聴けないかもしれないではないか。

 詳細は、後日改めてレビューする予定です。

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