Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

8/21(日)N響 Special Concert/森麻季が歌うオペラ・アリアの名曲とチャイコフスキーの交響曲第4番

2016年08月21日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
アットホーム presents N響 Special Concert

2016年8月21日(日)14:30〜 サントリーホール  S席 1階 1列 18番 7,000円
指 揮:ジョン・アクセルロッド
ソプラノ:森 麻季*
管弦楽:NHK交響楽団
【曲目】
グノー:歌劇『ファウスト』より「ワルツ」
グノー:歌劇『ロメオとジュリエット』よりジュリエットのワルツ「私は夢に生きたい」*
マスカーニ:歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』より間奏曲
ベッリーニ:歌劇『カプレーティ家とモンテッキ家』より「おお、いくたびか」*
プッチーニ:菊の花
プッチーニ:歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」*
プッチーニ:歌劇『ラ・ボエーム』より「私が町を歩くと(ムゼッタのワルツ)」*
チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 作品36
《アンコール》
 レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲「シチリア舞曲」

 アットホーム株式会社の特別協賛によるNHK交響楽団のスペシャル・コンサート。夏休み期間中でコンサートがほとんどないこの時期に、N響の名曲演奏をサントリーホールで聴けるというのが最大の魅力である。何しろN響がサントリーホールで開催するB定期は2日公演であるにも関わらず定期会員でほぼいっぱいという状況で、しかも新たに定期会員になることや、席替えをするにも制約が多くて難しい。だから本日のような冠付きであっても主催公演には違いないし、会員優先ではあるが自由に席が選べるサントリーホールのコンサートはたいへん貴重なものなのある。しかもゲストが良い。昨年2015年はピアノのアリス=紗良・オットさんだったし、今年はソプラノの森麻季さんである。というわけで、昨年に引き続き、1階の最前列ソリスト正面で聴くことにした。

 プログラムは上記の通り、前半が麻季さんを中心にしたフランスとイタリアのオペラの傑作から、アリアの名曲と管弦楽曲を、後半がチャイコフスキーの交響曲第4番という、名曲コンサートには違いないが、主旨が曖昧に思える。指揮のジョン・アクセルロッドさんはアメリカ出身で、主にヨーロッパでオペラもシンフォニー・コンサートも幅広く手がけている人で、王立セビリア交響楽団の芸術・音楽監督と、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルデイ交響楽団の首席指揮者を務めている。中堅といったところだろう。N響にも何度か客演している。

 1曲目はグノーの歌劇『ファウスト』より「ワルツ」。コンサートの幕開けに相応しい、華やかな舞踏会のシーンが想起される名曲。オペラを観るよりは管弦楽曲として聴く機会の方が多いが、リストによるピアノ編曲版「ファウストのワルツ」の方が聴く機会は多いかもしれない。今日のN響の演奏は、以外にもカッチリとしたシンフォニックな印象が強く、クルクル回りながらワルツを踊るというよりは、行進曲のような推進力のある演奏。あくまでシンフォニー・コンサートのコンサート序曲だと言わんばかり。ちょっとお堅いイメージであった。

 2曲目は麻季さんが登場し、同じグノー歌劇『ロメオとジュリエット』から「私は夢に生きたい」。いつも華やかな麻季さんはそこにいるだけでパッと明るくなるスター性抜群の存在で、たとえN響といえども彼女の魅力の前には存在感が薄れてしまう・・・・。というよりは、N響はそもそもオペラをやらないので、歌手の伴奏には向いていないのだろう。麻季さんの方はお得意の曲であり、いつものように表情豊かに、コロラトゥーラの技巧も鮮やかに歌っているのに、N響の演奏はあくまで器楽的で、オペラというよりは協奏曲のような感じといったら分かってもらえるだろうか。

 3曲目は、マスカーニの歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』より間奏曲。管弦楽の小品としても名曲中の名曲。イタリアの音楽は、管弦楽であっても、器楽曲であっても、基本は「歌」なのだ。最前列で聴いていると、アクセルロッドさんの歌うような息遣いが聞こえてくる。N響の演奏は、演奏自体はとても緻密で厚みのアルアンサンブルを聴かせてくれるのだが、残念ながらやはり器楽的な印象が強く、あの切なくも美しい旋律があまり歌わないのである。

 4曲目は再び麻季さんが登場して、ベッリーニの歌劇『カプレーティ家とモンテッキ家』より「おお、いくたびか」。前奏をはじめとしてホルンがアリアとは別の旋律を大らかに歌い、ソプラノと美しい対比を作り出す。途中からハープが美しく分散和音を刻むと今度はフルートが歌手と競うように歌う。麻季さんは伸びやかな高音域が澄みきっていて、その清らかな情感は純真なジュリエッタそのもの。何度聴いても素敵だ。麻季さんのように経験も実績も豊富な歌手になると、物語性の表現や情感をたっぷりと込めるために緩急自在の歌い方をする。オペラでは何よりも歌手が第一でありそのの息遣いや歌唱を見ながら、指揮者も緩急自在に合わせていく。それにオーケストラが自発的に呼応していかないと、一体感が生まれないのである。麻季さんの歌唱はきわめてオペラ的な歌い方なのに、オーケストラがしっかりと拍子を刻むような演奏で・・・・あまり合っているとは思えなかった。

 5曲目は管弦楽のみで、プッチーニの「菊の花」。元は珍しい弦楽四重奏曲で、今日は弦楽合奏で演奏された。イタリアでは菊の花は悲しみを表すものなので、この曲もエレジー(悲歌)のように切なく悲しげ。アクセルロッドさんが半ば歌うように声にならない声を発して、オーケストラから悲しい情感を絞り出す。前半の曲目の中では、この曲が一番オーケストラが歌っていたように思う。

 再度麻季さんが登場して、お馴染みの、プッチーニの歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」。これはかなりゆったりしたテンポで、まったりとした歌い方だが情感はたっぷり。N響に伴奏をさせてサントリーホールで歌うとなれば、リサイタルのアンコールなどで気軽に歌うのとは訳が違うようで、優しさが込められてしっとりと聴かせる素敵な歌唱となった。

 前半の最後は、プッチーニの歌劇『ラ・ボエーム』より「私が町を歩くと(ムゼッタのワルツ)」。これもお馴染みの、麻季さんの十八番である。前奏が始まると、腰に手を当てたキメのポーズで、カルチエ・ラタンで派手に女の魅力を振りまくムゼッタのキャラクタに早変わり。先ほどのラウレッタの時とは瞳の輝きが違う。いつもにも増してノリが良く、まさに緩急自裁、自由奔放なムゼッタを歌わせたら、おそらく今の日本では麻季さん以上の人はいないと思う。麻季さんご自身のキャラクタとはもちろん全然違う訳だが、この短いアリアの中に押し込められている、ムゼッタの我が儘で奔放で男を振り回し、でもちょっぴり寂しがり屋で、本当はとても優しい・・・・そういった情感が見事に表現されている。美しい旋律と派手でドラマティックな曲の外面に囚われることのない素晴らしい解釈と表現である。Brava!!

 後半は、チャイコフスキーの「交響曲 第4番 ヘ短調 作品36」。やはり交響曲の演奏となれば、意気込みが違ってくるのか、音楽の濃度が一段と上がり、エネルギーが迸るようになる。さすがはN響・・・・といいたいところだが、聴いていてどうも感動が薄く感じてしまうのは何故だろう。もちろん演奏が悪いわけではないし、指揮者がダメということでもない。個人的な相性があまり良くないのであろう。
 チャイコフスキーの交響曲といえば、最近はこの4番ばかり聴いている巡り合わせ。とくに先月、チョン・ミョンフンさんの指揮する東京フィルハーモニー交響楽団の演奏を、「東京オペラシティ定期シリーズ」「フェスタサマーミューザKAWASAKI 2016」で2回続けて聴いたばかりなので、気持ちの上ではどうしても比較してしまうことになる。
 第1楽章は金管が吠え、荘厳な雰囲気で始まる。ソナタ形式の主部に入ると木管と弦楽がアンサンブルを重ねて行き、オーケストラ全体に広まり盛り上がって行く。私の席からだと第1ヴァイオリンがどうしても強く聞こえてしまうのは仕方のないところだ。アクセルロッドさんが全身で力みながら、懸命に熱くオーケストラを歌わせようとしているのがわかるのだが、N響側はけっこうクールな感じで、リズム感も旋律の歌わせ方も、これがスコア通りの演奏だと言われればその通りなのだろうが、指揮者の思惑とはちょっと違っているように見えた。
 第2楽章は緩徐楽章。息の長いメランコリックな主題をオーボエが、そして弦に引き継がれて綴られていく。まさに綴られていくといった感じで、淡々と粛々と流れていく。演奏が平板なわけではなく、スコア通りに正確なアンサンブルが積み上げられていくのだが、どうも旋律から情感が伝わってこない。「仏作って魂入れず」という印象なのだ。これがチョン・ミョンフンさん+東京フィルと違うところだ。
 第3楽章のピツィカートはなかなか素晴らしい。ダイナミックレンジが広く、メリハリがあって表情がとても豊か。一糸乱れぬアンサンブルは見事で、リズム感が高揚し推進力もある。やはりN響は上手い。かえって中間部の木管が少々まったりと間延びしているように感じてしまった。
 第4楽章はに入って、ようやく魂に火が付いたように、音楽に生命力が漲ってきた。この楽章のような熱狂的な音楽は、それ自体が演奏家をも高揚させるチカラを持っているのかもしれない。打楽器のリズム感なども前のめり気味になって、推進力を焚き付けていく。N響は基本的に演奏技術は超一流にいって良く、上手いことは間違いなく上手いので、後は指揮者が如何にオーケストラを乗せるかだろう。その意味では、今日の演奏は、第4楽章に至ってようやく目が覚めたようだった。しかしながら、終わり良ければすべて良し、というわけでもなかろう。どうしても聴いている私としては不完全燃焼気味になってしまう。やしり相性が悪いのだろうか。

 アンコールはレスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲『シチリア舞曲』」。初めて聴く曲なので、何ともいいようが亡ない。悲しげな曲想の弦楽合奏のようだった。

 今日のスペシャル・コンサートは、全体としては不完全燃焼で、あまり面白味が感じられなかった。やはりN響のノリが良くないのが原因であろう。あるいは私の相性が良くないだけなのか・・・・。森麻季さんの歌唱はいつも通りの出来映えだったと思うが、伴奏の方に歌心が感じられず、ちょっとピントがズレた感じ。N響バックにサントリーホールで歌ったのに、何だかもったいないような気がした。後半のチャイコフスキーは・・・・。演奏は上手いんだけどなぁ。

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8/17(水)読響/名曲シリーズ/ドイツの名匠ヴァイグレが描き出す生命力に溢れたドヴォルザーク8番

2016年08月17日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第595回名曲シリーズ

2016年8月17日(水)19:00〜 サントリーホール S席 1階 3列 20番 4,851円(会員割引)
指 揮:セバスティアン・ヴァイグレ
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:日下紗矢子
【曲目】
メンデルスゾーン:序曲「ルイ・ブラス」作品95
シューマン:交響曲 第4番 ニ短調 作品120
ドヴォルザーク:交響曲 第8番 ト長調 作品88

 読売日本交響楽団の「第595回名曲シリーズ」を聴く。夏休み期間中でコンサートがほとんどないこの時期のせいか、いつもとは違ってほぼ満席。会員になっている知り合いたちも本日ばかりは皆参加していた。プログラムもいわゆる名曲シリーズっぼく、取り立てて面白そうでもなかったが、とにかくコンサートそのものがほとんどない時期なので、あえてチケットを無駄にすることはない、というレベルの気持ちで出掛けたのだが・・・・。結論を先に言ってしまうと、とても素晴らしい演奏で、Bravo!!間違いなし。期待していなかったと言ってしまうのは読響さんに失礼かもしれないが、やはり思わぬところで名演に出会うのは嬉しいことである。

 今月のマエストロは、セバスティアン・ヴァイグレさん。読響には初登場で、私も聴くのは初めてだが、ドイツを中心にオペラとシンフォニーの両輪で活躍する名匠である。2008年からフランクフルト歌劇場の音楽総監督を務めている他、ドレスデンやMETなどの歌劇場への客演や、バイロイトでも指揮している。ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスの評価が高いということだ。今回の読響への客演では、本日の「名曲シリーズ」と、8月23日の「定期演奏会」、27日・28日の「土曜マチネー/日曜マチネーシリーズ」を振り、R.シュトラウス、ウェーバー、モーツァルト、ブラームスなどのドイツものを披露する予定になっている。その意味では、本日のドヴォルザークだけが独墺系以外のプログラムということになる。

 コンサートマスターは日下紗矢子さん。彼女が登壇する日は、読響の弦楽から荒々しさが消え音色の透明感が増すような気がする。トップサイドには長原幸太さんが陣取るというツートップ態勢で盤石の構えだ。またチェロのトップにはゲスト主席に遠藤真理さんを迎えていた。私の席からは障害物がなく真正面の位置だったので、彼女の明瞭な音色が鮮やかに聞こえてきていた。そう、今日の読響は弦楽がとても美しくしなやかなアンサンブルを聴かせていたのである。

 1曲目はメンデルスゾーンの「序曲『ルイ・ブラス』作品95」。これはかなり珍しい曲というべきか、滅多に聴くことのできない曲だ。「ルイ・ブラス」はヴィクトル・ユゴーによる5幕の戯曲で、メンデルスゾーンは委嘱を受けて序曲のみを書いた。
 金管による荘厳なコラール風の序奏と弦楽の澄んだ音で始まる。主部に入るといかにもメンデルスゾーンらしい、明瞭で快活な主題が現れる。読響の演奏は、ある程度抑制が効いていて、各パートの音質が澄んでいるのと、アンサンブルが緻密に仕上がっている割りには、ダイナミズムも失われていない。ヴァイグレさんの指揮は主題を明確に描き出し、素直でとても分かりやすい。気品のある素敵な演奏である。

 続いてシューマンの「交響曲 第4番 ニ短調 作品120」。改訂稿による演奏で、4つの楽章が続けて演奏された。
 第1楽章は荘厳な序奏から始まるが、これが重々しくなりすぎず、ソナタ形式の主部に入ると、ごく自然体の流れに乗りながら音楽自体にキレがある。ノリの良いリズム感で主題をしなやかに歌わせる。躍動的でメリハリの効いた、引き締まった演奏だ。また主旋律が明瞭に浮き上がるのは、内声部のバランスが良いからだろう。抑え気味の音量の中にも幅広いダイナミックレンジを構築していて、素晴らしい。
 第2楽章は緩徐楽章。「ロマンス:かなりゆっくりと」と指定があるがテンポはやや速めだろうか。流れるようなフレージングで主題が歌う。日下さんのヴァイオリンのソロもさざ波が揺れるような流麗な響きだ。
 第3楽章はスケルツォ。メリハリの効いたリズム感が重すぎず、悲劇的な主題も明瞭に美しく響き渡る。中間部は抒情的に主題をたっぷりと歌わせている。ヴァイグレさんの指揮は「歌う」雰囲気が強い。
 第4楽章。序奏に続く主部は弾むようで推進力のある主題が、リズム感良く押し出されて来る。軽快なテンポでリズムを刻む低弦や前のめり気味のティンパニが、実に生き生きとした音楽を創り出している。ところがリズムが支配的になりすぎずに旋律をしなやかに歌わせるところがヴァイグレさんの持ち味なのだろう。生命力に満ちた心地よい音楽が聴いている私たちの心を共振させていくようだ。Bravo!!

 後半はドヴォルザークの「交響曲 第8番 ト長調 作品88」。今日の演奏は、この聴き慣れた名曲に対してハッとするような新鮮な響きをもたらした素晴らしいものだった。全体のテンポはやや速めで小気味よく、リズム感も生き生きとしている。しかし決して一本調子になることはなく、民族色に彩られた名旋律をしなやかに、表情豊かに歌わせる。極端に抑え込んだピアニッシモから全合奏のフォルテまでのダイナミックレンジは広く、スケール感は大きい。ところが、最大音量は抑えめで、いつもの読響のように爆音を轟かせるわけではない。各パートのバランスはしっかりとコントロールされ、ほどよくブレンドされた豊穣なサウンドがサントリーホールの大きな空間をゆったりと満たしていく、といったイメージなのである。金管は安定してミスがなく濃厚に鳴り響き、木管は清涼感があって質感も高い。弦楽は透明なアンサンブルを貫き、最強音時にも音質を荒らさなかった。
 第1楽章、序奏に続きフルートの哀愁を帯びた主題からパンチのある盛り上がりを見せる。ドヴォルザークの音楽は、親しみやすい民族音楽調の主題や旋律が次々と現れる。そのそれぞれが質感の高い演奏を聴かせてくれるので、聴いている方もワクワク感が続いて飽きさせないのだ。トランペットも節度を守りつつ明瞭に旋律を主張するし、チェロも出るところではグンと出てくる。遠藤さんのキレのある演奏がチェロ全体を引き締めていた。
 第2楽章は緩徐楽章。切なげな弦楽が分厚く透明なサウンドで迫ってくる。その響きの美しさといったら。そして木管群が森の小鳥のようにさえずり、コールアングレがのどかに歌う。この楽章は弱音部分が際立って美しいアンサンブルを聴かせ、一気に強奏に上り詰める辺りの緊張感と劇的な描き方などは、ヴァイグレさんのオペラ指揮者としての巧さだろう。強弱はハッキリした演奏には違いないが、そこにわざとらしさがなく、自然体のしなやかさが際立っている。
 第3楽章は音楽史上にも名だたる名旋律。弦楽のアンサンブルが特に際立って美しい。ヴァイオリンの透明なサウンドはこれが読響かと叫びたくなるほど美しい(失礼)。低弦のピツィカートがメリハリの売る緊張を生みだし、内声が厚く主題を支えている。主題には細やかなニュアンスが与えられ、フレーズ毎によく歌い、繊細な表情で描かれている。かなり細かく作り込まれているようだ。あるいは指揮が巧いのか。
 第4楽章は、トランペットのファンファーレが華麗に決まり、チェロの押し出す主題も実によく歌って豊かな表情を見せる。全合奏に盛り上がると、テンポが瞬時に上がり、全体が一気に沸騰し、ホルンが吠える。ところがここでいつもの読響らしい爆音にならない。音量は十分に出ていても、どこかしっかりとコントロールされている感じで、迫力はあっても安定感も抜群なのである。この楽章ではチェロがしなやかに歌っているのが印象に残る。ヴァイグレさんの指揮は、とにかく主題の歌わせ方が巧い。旋律が息遣いを感じるように歌う。やはりオペラ指揮者ならではのものだろう。器楽的な、シンフォニックな演奏とはひと味違った、旋律を歌わせる演奏。美しい旋律の宝庫であるドヴォルザークには、こういった演奏がよく合っているのだろう。あまりボヘミアっぽさは感じられなかったが、良いものは良い。素晴らしい演奏であった。Bravo!!

 オーケストラの定期シリーズを聴き続けていると、時々アッと驚くような素晴らしい演奏に出会うことがある。今日がまさにその日で、5,000円もしない定期会員のチケットでこれほど素敵な演奏を聴くことが出来るのなら、高いお金を払ってベルリン・フィルやウィーン・フィルを聴きに行くこともないだろう。もちろん「いつも」こんな演奏を聴かせてもらえればの話だが、ヴァイグレさんのような初めての客演指揮者がが素晴らしい演奏を聴かせてくれるのに、常任や首席の指揮者はいったい何をしているのだろう・・・・。

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8/7(日)音楽ネットワーク「えん」中桐 望のピアノ/「幻想曲」をテーマにロマン派の音楽が冴える

2016年08月07日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
音楽ネットワーク「えん」/お洒落なサロンで手作りビアノリサイタル 第10回(通算589回)
中桐 望 ピアノ・リサイタル


2016年8月7日(日)14:00~ 尾上邸音楽室 自由席 最後列 3,500円
主催: 音楽ネットワーク「えん」
ピアノ: 中桐 望
【曲目】
モーツァルト: 幻想曲 ニ短調 K.397
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 作品31-2「テンペスト」
ショパン:幻想曲 ヘ短調 作品49
ショパン:バラード 第3番 変イ長調 作品47
グリーグ:「ペール・ギュント」第1組曲 作品46 より 第1曲「朝」
グリーグ:ピアノ・ソナタ ホ短調 作品7
シューマン:幻想小曲集 作品12
     「夕べに」「飛翔」「なぜに」「気まぐれ」「夜に」「寓話」「夢のもつれ」「歌の終わり
《アンコール》
 シューマン:「子供の情景」作品15より第7曲「トロイメライ」

《プレ・コンサート》
ソプラノ:中桐かなえ
ピアノ:中桐 望(賛助出演)
【曲目】
高田三郎:くちなし(作詞:高野喜久雄)
中田喜直:霧と話した(作詞:鎌田忠良)
レスピーギ:舞踏への招待(作詞:ザンガリーニ)
プッチーニ:歌劇『ラ・ボエーム』より「私が街を歩けば」
デ・クルティス:忘れな草(作詞:フルノ)

 音楽ネットワーク「えん」の主催による「小規模」「非営利」「手作り」のコンサート・シリーズで「お洒落なサロンで手作りビアノリサイタル」の第10回は、中桐 望さんを招いての本格的なプログラムによるサロン・コンサートとなった。「えん」でのリサイタルは2014年の年末以来1年半ぶり。その1年後の2015年のクリスマスの日には「えん」の「第4回コンチェルト演奏会」でショパンのピアノ協奏曲第1番を弾いたのは記憶に新しいところだ。
 今回はわずか20数名規模であったために、聴きに来ているのは「えん」のコアな常連さんばかり。したがってファン感謝祭のようなサロン・コンサートになってしまったが、プログラムはかなりの本格派で、曲数も多く、演奏時間も長かった。中桐さんいわく「いざ演奏会となると弾きたい曲がいっぱいあるのでどうしても盛りだくさんになってしまう」のだとか。彼女は体力も気力も充実しているのでそうなるわけだが、音楽好きの聴く方としては嬉しい限りである一方、疲れ気味のオジさんたちの中には舟を漕いでいる人も・・・(舟歌はプログラムになかったのに)。

 今回の隠しテーマは「幻想」。モーツァルトやショパンの「幻想曲」とシューマンの「幻想小曲集」だけでなく、他の曲目もどこか幻想的な雰囲気を持っている曲が選ばれている。そのためにプログラムとしてはかなり凝ったものになり、マニアックな音楽ファン向けのものとなった。相当な音楽マニアの人にとっても初めて聴く曲(無名の作曲家や現代曲などではないのに)が含まれていたりするのである。

 1曲目はモーツァルトの「幻想曲 ニ短調 K.397」。この曲は前回の「えん」のリサイタルの時にも弾いている。好きな曲なのだろう。分散和音による「幻想的な」序奏に続く主題は可憐で映画音楽のようにロマンティックな佇まいを見せる。かと思えば叩き付けるような過激な和音が出て来たり、軽快に弾むような主題が後半を彩る。この取り留めのないところが「幻想曲」ということなのだろう。全体の構成ではなく、その時その時の刹那的な表現のニュアンスが大切になる。中桐さんの演奏は、古典的な様式美を保つところは転がるような丸い音の粒で揃え、自由度の高い「幻想的な」部分はぐっと濃厚でロマンティックな表現に変えて、今日全体に奥行き感を描き出している。

 2曲目はベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 作品31-2『テンペスト』」。ベートーヴェンのソナタの中では、最近何となく聴く機会が多いような気がする。ピアニストの皆さんの間で人気が高まっているのだろうか。
 先ほどのモーツァルトに比べれば遥かにダイナミックレンジを大きく取り、スケール感の大きな演奏に変わる。第1楽章はソナタ形式で、幻想的な雰囲気を漂わせる緩急を取り混ぜた序奏に続き、第1主題が明瞭なタッチで描き出されていく。第2主題は下降する音型をやや軽めに紡ぐ。展開部は力感が増し、叩き付けるようなタッチは音の立ち上がりを鋭くして静寂を切り裂くような緊張感がある。曲想やテンポが目まぐるしく変わる自由な表現形式は確かに「幻想曲」風だ。この曲を選んだ理由がよく分かる。
 第2楽章は同じ「幻想曲」風でも、ベートーヴェンらしい憧れを乗せたロマンティックな主題が美しい緩徐楽章。中桐さんは、この主題を表情豊かに歌わせて行く。高音部の音色に鮮やかな煌めきが感じられる。訥々とした語り口だが、情感はたっぷりと込められていた。
 第3楽章もソナタ形式。憂いを秘めたリズミカルで流れるような第1主題と無味乾燥とした第2主題が妙に沈んだ対比を生み出す。8分の3拍子のAllegrettoは、一定のところにとどまれないような落ち着きのなさを描き、焦燥感が煽られていく。中桐さんの演奏は、主題を淡々と描き、経過句や展開部に濃厚なロマンティシズムで濃い色彩感を生み出す。時折その鮮やかさにハッとさせられるのが印象に残る演奏だ。

 3曲目はショパンの「幻想曲 ヘ短調 作品49」。本日の隠しテーマそのもの。ノクターンとかプレリュードとか、ワルツとかスケルツォとか、そういう特定のジャンルに含まれず、方向性が定まらない・・・・まさにファンタジーのような曲である。序奏は葬送行進曲の主題(「雪の降る町を」にソックリ)が変奏されていく。華麗なカデンツァ風の装飾的な経過句を経て、ソナタ形式の第1主題が登場し絢爛な展開を見せる。ただし主題がたくさん出てくるので、ソナタ形式の造形はあまり意識しにくい曲である。ショパンの演奏に関しては相当に深く研鑽を積んでいる中桐さんは、ここぞとばかりに縦横に飛び回る華麗な演奏を聴かせてくれる。繊細なニュアンスの表現からダイナミックな躍動感に至るまで、自由な表現の幅は広く、様々な色模様が次々と湧き出てくるように多弁だ。

 前半の最後は、ショパンの「バラード 第3番 変イ長調 作品47」。こちらも自由なソナタ形式になっているが、3拍子でいわば「幻想曲風」バラードと言ったところだろうか。転調が繰り返されて自由な展開を見せるために形式的な造形はまったく感じ取ることができない。目まぐるしく変化する美しい旋律と情感が刹那的なヒラメキで演奏されていくような自由な音楽空間。中桐さんの演奏には、そのような自由さと感性が溢れていて、聴く者を自分の世界に引き込んでいくチカラがあるように感じられた。この時点でBvava!! 中桐さんのショパンは素敵だ。


 後半の1曲目は、グリーグの「『ペール・ギュント』第1組曲 作品46」より第1曲「朝」。元はイプセンの戯曲「ペール・ギュント」のために作られた劇付随音楽で、独唱や合唱を伴う管弦楽の大曲。珍しい全曲版の演奏を今年2016年4月の東響フィルハーモニー交響楽団の定期シリーズで聴いた。「朝」は物語の半ば過ぎ、第4幕への前奏曲だが、後にグリーグ自身の手により管弦楽のみの組曲第1番に編み直された時に第1曲になった。そのためか、「ペール・ギュント」の全体像を知らない人にとっては、「朝」=「始まり」のイメージが強い。しかも清々しい北欧の朝のイメージを思い浮かべてしまいがちだが、物語の中では、サハラ砂漠の朝を描いたものなのでいささかイメージにギャップがある。今日の演奏はもちろんピアノ編曲版だが、これも意外に珍しい部類に入るだろう。誰でも知っている名曲だが、ピアノ独奏で聴くのは初めてのことであった。演奏は澄んだ音色で「朝の気分」を描き出していたが、全体的にはかなり抑制的でドラマティックな盛り上がりをせず淡々とした表現に近かった。そして繰り返す転調の度に色彩感が変わるところは鮮やかで爽やかな印象を残す。これは「サハラ砂漠の朝」だということをイメージして敢えてそうしていたのだろう。

 続いてグリーグの「ピアノ・ソナタ ホ短調 作品7」。この曲も珍しいと言えばかなり珍しい。コンサートでは聴く機会は滅多にない曲だと思う。グリーグは、ドイツのライプツィヒで学んだ後に母国ノルウェーに帰って作曲活動に邁進したというだけに、初期の作品であるピアノ・ソナタは、ドあたかもイツ・ロマン派の音楽のようなイメージ。形式的にも造形的にもドイツ的な雰囲気が強いが、一方で所々にグリーグならではの北欧的な透明感のある旋律や和声が現れるし、民族的な旋律も垣間見える佳作である。
 第1楽章はソナタ形式。堅牢な造型を感じさせる力強い第1主題と抒情的で美しい第2主題が対比的に現れる。中桐さんの演奏は、ノルウェーよりはドイツ寄りのイメージだろうか。硬質な音色と造形的な美しさが印象に強く残るが、第2主題などの抒情的な旋律の中にはクリスタルのような煌めきが含まれていて、一瞬の清涼感をもたらしていた。
 第2楽章は緩徐楽章。やや民族的な香りのする美しい主題による自由な変奏曲形式で、グリークの若きロマンティシズムが溢れる曲想だ。ちょっと芯がある抒情的で情感豊かな表現は、澄みきった音色とともに中桐さんの本領発揮と言ったところだろう。
 第3楽章はスケルツォならぬメヌエット。短いがA-B-A’--C-D-C--A’の複合三部形式。憂いを秘めた主部が力感があり、トリオ部が可憐で美しい。
 第4楽章もソナタ形式。弾むような第1主題が拡大してスケールの大きな英雄的な流れを創り出す。第2主題は第2楽章の主題が回帰して登場する。展開部は第1主題が変奏するように展開し、定石通りの再現部を経て、第2主題がドラマティックにスケール感を増し、大きなクライマックスを形成して曲は終わる。演奏はとくに第2主題の美しい弱音が徐々に力感を増していく様が素晴らしい。抒情的な主題はロマンティックに歌い、力感が増せば雄壮なスケール感を打ち出す。ダイナミックレンジを十分に広く取った大らかな演奏であった。

 最後はシューマンの「幻想小曲集 作品12」。全8曲からなる小品集である。「夕べに」は優しいタッチで柔らかな音色。憧憬描写的な音楽が優しく流れていく。「飛翔」は跳ね回る曲想に指先も大きく弾み、鋭い打鍵で音がキリリと立ち上がる。「なぜに」は再び優しい音色で抒情的な主題がロマンティックに歌われていく。「気まぐれ」はスケルツォ風。弾むようなリズム感が踊り、その中に感傷的な旋律が浮かび上がる。「夜に」は激しく流れるような短調の主題が不安感を呼び起こし、中間部は夢見心地の美しい旋律が現れるが左手の伴奏がやや不安感を残す。「寓話」はゆったりとしたロマンティックな主題と忙しく駆け巡るような主題が交錯する。「夢のもつれ」は諧謔的に転がり跳ね回るような主部と中間部は落ち着きを取り戻すが再び感逆の世界に引き戻される。「歌の終わり」は全体を締めくくるように、コラール風のスケールの大きな音楽。ピアノが豊かな音量で華麗なクライマックスを描き出すが、一転して最後は静かに幕を閉じるように終わる。なかなか素敵な曲で、演奏も素晴らしかった。

 アンコールはシューマンの「トロイメライ」。情感たっぷりに、歌うように。

 中桐さんの本領はやはりロマン派、という感じで、女性的な繊細で優美な部分と、小さくまとまらないスケールの大きな雰囲気の対比が鮮やかで独特のものがある。ロマンティックな表現には情感がたっぷりと盛り込まれるが、決して過度に入れ込むことはなく、しつこい感じはしない。ドラマティックな表現は明るく大らかに歌わせる。全体に感じる「自由度」の高さや情感の「発揮度」の高さがロマン派向きに感じさせるのであろう。
 今日は演奏曲目も多ったが、気力も体力も集中力も最後まで途切れることなく、ものすごく充実した内容のリサイタルになった。

 今日のコンサートでは、中桐さんのリサイタルの前にプレ・コンサートがあった。「えん」のコンサートではひさしぶりになるという声楽もので、登場したのはソプラノの中桐かなえさん。望さんの妹さんである。昭和音楽大学を卒業、日本オペラ振興会オペラ歌手育成部第32期終了。藤原歌劇団の準団員とのことだ。今日は日本とイタリアの歌曲など5曲を歌った。ピアノ伴奏はもちろん望さんである。美人姉妹によるプレ・コンサート・・・・それだけでもとても贅沢な企画だ。
 かなえさんの歌唱の印象は、クセのない声質でとても聴きやすい。音程は正確で安定している。今日は会場が小さなサロンなので、フル・ヴォイスではなかったと思うが、それでも十分過ぎる声量であった。
 日本の歌曲からは高田三郎の「くちなし」と中田喜直の「霧と話した」。日本の歌曲の場合はしっとりと歌われる場合が多く歌詞も日本語なので聴き取りやすいが、単調にならないように気をつけたい。
 レスピーギの「舞踏への招待」はしっとりと歌う歌曲だが、イタリアの曲になると発声がまったく変わる。母音が強調されすぎると子音が聴き取りづらくなり、発音が明瞭でなくなる。
 プッチーニの「私が街を歩けば(ムゼッタのワルツ)」はお馴染みの超人気アリア。カルチェ・ラタンの群衆シーンが目に浮かんでくる。なかなか良い雰囲気が出ていたと思う。
 デ・クルティスの「忘れな草」も有名な歌曲。声はとてもよく出ていたが、アンコール的な扱いでドラマティックに盛り上げるには、もう少し音を伸ばせるようにしたいところか。


 今日のコンサートは、プレ・コンサートとリサイタルでかなり長尺になった。14時開演で演奏が終わったのは17時くらいになった。手伝いのためにスタッフ参加したので、午前中から会場に詰めていたため、リハーサルから聴いていていささか疲れた。そのため出演者を囲んでの交流会(二次会の方)はパスさせていただいたという次第であった。

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8/4(木)東響サントリー定期/オルガ・シェプスのラフマP協と飯森範親渾身のポポーフ交響曲第1番!!

2016年08月04日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
東京交響楽団 第643回 定期演奏会

2016年8月4日(木)19:00~ サントリーホール A席 1階 3列 24番 4,182円(定期会員割引)
指 揮:飯森範親
ピアノ:オルガ・シェプス*
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:グレブ・ニキティン
【曲目】
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18*
《アンコール》
 サティ:ジムノペディ第1番*
 プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第7番「戦争ソナタ」から第3楽章*
ポポーフ:交響曲 第1番 作品7《日本初演》

 東京交響楽団の「第643回 定期演奏会」を聴く。東響の定期演奏会は、今期(2016/2017シーズン)は協奏曲などのソリストに人気演奏家が揃っていて興味を引いたので、定期会員になってしまった。定期シリーズはどこのオーケストラでもなろうと思ってもなかなか良い席を取ることができないものだが、今期は会員になっている友人のRさんにお骨折りいただいて、センターブロックの3列目、Aランクの席を確保することができたのである。東響のサントリーホールでの定期演奏会は、1階は1・2列がBランク、3・4列がAランク、5列以降がSランクなので、本当なら1・2列のBランク席の方が好みでもあるし価格も安いので良いのだが、さすがにそこには空きがなかったということだ。3列は読売日本交響楽団や日本フィルハーモニー交響楽団ではSランクになるので、この席でこの値段なら文句なしである。
 ところが折角会員になったのに、4月〜7月までの公演は様々な理由があって行けなかった。従って、本日初めて自分の席で聴くとこになった次第。サントリーホールの改修工事のために閉鎖される期間があるためか、今年は各オーケストラの定期シリーズのうち8月に公演を置いたものが増えた。今日の東響の定期演奏会も、例年は8月はお休みだったのである。おかげでコンサートの少ない8月に定期演奏会を聴けることになった。そのせいもあってか、今日のコンサートは知った顔が多かったようである。

 さて本日の公演は目玉がふたつある。プログラムは前半がラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、後半がポポーフの交響曲第1番という2本立て。ラフマニノフのソリストは、ロシア出身の若手、超美形のオルガ・シェプスさん。2度目の来日で、初の協奏曲披露だけに期待が高まるところだ。後半のポポーフは激レアのプログラムで、交響曲第1番は「日本初演」だから誰も聴いたことがないはずだし、第一ポポーフなんていう作曲家の名前も初めて聞いたという人が多いのではないだろうか。よくもまあこんなプログラムを組んだものだ。というわけで、珍しい真夏の定期演奏会は、期待度120%(?)だったのである。

 前半はラフマニノフの「ピアノ協奏曲 第2番」。何だかんだといってピアノ協奏曲の中では聴く機会が最も多いかもしれない。年に2〜3回は聴いているような気がする。1ヶ月ほど前の7月1日にも巨匠ミハイル・プレトニョフさんの一風変わった演奏を聴いたばかりだし、読売日本交響楽団の6月のシリーズではウクライナ出身の美人、アンナ・フェドロヴァさんの速いテンポの生き生きした演奏を聴いている。要するに、誰でも知っている名曲なので、どんなに上手くても普通に演奏したら新鮮味がなく感じられてしまう曲だ。その辺がかえって難しいのかもしれない。
 今日の演奏のテンポを決めたのは、ソリストのシェプスさんだろうか、それとも飯森範親さんだろうか。というのは、最近の傾向からみると今日のテンポはかなり遅い方だったからだ。プログラムにさえ34分と記載されていたくらいだからそれくらいが一般的なのだと思うが、実際の演奏には38分くらいかかっていた。先のフェドロヴァさんも34〜5分だったと記憶している。別にテンポが遅くちゃダメだというのではないが、今日の演奏は全体にまったりとしてメリハリに乏しく、遅めのテンポがちょっとイライラさせる。主題の陰に隠れるピアノの分散和音にも、流れるようなキレがない。もともと飯森さんの指揮はリズムが重い感じがして、私としてはどうもしっくりこない、相性の良くない指揮者なので申し訳ないとは思うが、オーケストラ側もビアノもちょっといただけない。双方共に丁寧に演奏しているのだが、教科書的というか、スコア通りというか、あまり音楽的でなく、ロマンティシズムが伝わってこないのである。シェプスさんのピアノは譜面通りのインテンポに指定通りの強弱を付けているといった感じで、正直すぎる印象。飯森さんの指揮も例によって真面目すぎる感じ。第2楽章に至っては、稀代の名旋律も、一定のテンポで淡々と流れていくだけで、ちっとも歌わない。
 シェプスさんを前回の来日の時に聞いたリサイタルを思い出した。そうしたら、ひょっとして・・・シェプスさんって下手なのでは?? という疑惑が芽ばえてくる。CDを聴いた印象も?? リサイタルも?? 協奏曲でも、しかもこの名曲中の名曲で?? とはいうもののシェプスさんは30歳というキャリアの中で既にCDアルバムを6枚くらいリリースしているスター・ピアニストなのである。何とも不思議なところ。
 そして演奏が終われば拍手喝采、Bravo!!が飛び交った。サントリーホールの満員の聴衆からの喝采を浴びて、シェプスさんも本当に嬉しそうな表情を見せる。笑顔が眩しい。・・・まあ、多少下手であっても(??)、めっちゃ美人なので許してしまおう。

 シェプスさんのソロ・アンコールは、サティの「ジムノペディ 第1番」。これは最近出した(2016年7月27日リリース)CDがサティの作品集とのことで、ナルホドね。やはり特別に上手いとは思えない演奏だが、拍手が鳴り止まないので、コンサートマスターのグレブ・ニキティンさんと「もう1曲弾いてもいいかしら?」「どうぞどうぞ」といったやり取りがあって、2曲目はプロコフィエフの「ピアノ・ソナタ 第7番『戦争ソナタ』」から第3楽章。超絶技巧派?? ・・・・でもなさそうだった。

 後半はポポーフの「交響曲 第1番 作品7」を日本初演。ポポーフって誰?? という人のために若干の説明をさせていただくと(実は私も知らなかった)、ガヴリイル・ポポーフ(1904〜1972)はロシアの作曲家で、ショスタコーヴィチとまったく同世代・同時代の人であり、生涯を通して交流があった。ということは、ショスタコーヴィチと同様に、ソ連の政治体制からくる芸術政策に翻弄され、自由な創作活動が抑制されたり、あるいは自粛したりしながら作曲を続けた。残した作品はかなり多岐にわたっていて、優れた作曲家であったことを示している。交響曲は完成したものが6曲あり、他にも組曲などの管弦楽曲や、ヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲、チェロ協奏曲なども作曲している。他にも室内楽曲、声楽曲、合唱曲など、分野を問わずに作曲している。オペラも2作品ある。とりわけ映画音楽の分野ではかなりの実績を残していて、1930年代から60年代まで生涯を通じて38作品がある。この辺りはソ連の政治体制に利用された面もあるのだろう。
 1927年に作曲した「七重奏曲(後に「室内交響曲」に改題)作品2」と「大ピアノ組曲 作品6」が出世作となったが、シェーンベルクの影響が強かったという。後に交響曲に着手するようになり、1935年に第1番が初演されたが、1回演奏されただけでソ連当局の批判を浴び、「形式主義」のレッテルを貼られて演奏が禁じられてしまう。その後当局に迎合する作品で生き残りを図るが名誉回復には時間がかかったようである。生涯を通じて117の作品を残し(作品番号は102まで確認できる)ているが、最終的にはソ連の芸術政策に翻弄され、正当な評価が下されなかったために、無名の作曲家に貶められてしまった。ショスタコーヴィチが現在、高い評価を得、また人気も高いこととの極端な違いはどこに理由があったのだろうか。結局、ポポーフの再評価が始まったのは、ソ連が崩壊していく過程のペレストロイカの時期から。彼の評価を下げられるきっかけとなった「交響曲第1番」は、2003年になってようやくアメリカで初演され、翌年にはロンドン交響楽団がCDをリリースした。
 楽曲は3楽章の構成で、演奏時間は45分くらい。オーケストラはほぼ4管編成でホルンのみ8、多彩な打楽器、木琴。鉄琴、チェレスタ、ハープ2という巨大な編成で、サントリーホーのステージいっぱいに展開していた。
 第1楽章は20分以上の長大なもので、ソナタ形式。というものの無調で現代風の音楽なので主題がどこなのかも1度聴いたくらいではさっぱり掴めない。Allegro energicoとあるように、全体的に躍動的でエネルギッシュである。打楽器系が激しくリズムを刻み金管が吠える。途中、テンポが遅くなって弦楽中心に抒情的な曲想が現れる辺りが第2主題だろうか。所々に全休止が入り、曲想が変わる。まったく初めて聴くわけだから演奏の良し悪しなど語るべくもないが、飯森さんらしい拍とリズムを明確にした振り方で、巨大な曲とオーケストラをコントロールしていた。さすがにこの規模になるとダイナミックレンジが相当に大きくなり、無音に近いppppから割れんばかりの全合奏の最強音の落差は大きい。まさにエネルギーが爆発するような最強音時は音圧が鼓膜を押し破らんとする。日頃の東響とは思えないくらいの爆演であった。
 第2楽章は緩徐楽章。Largo con moto e molto cantabileとある通り、木管を弦楽を中心に抒情的な面を見せるが、低弦が不安な印象の旋律を押し出す。なかなか聴かせる楽章だ。ヴァイオリンやヴィオラの繊細なアンサンブルは東響らしいし、オーボエなど木管群の水彩画のような色彩感も素晴らしい。1回だけ訪れるクライマックスでは打楽器系が一瞬地響きのように鳴る。
 第3楽章は、Finale: Scherzo e Coda, Prestissimo。打楽器系が活躍し、土俗的で力強いリズムが轟く。冒頭の嵐を過ぎるとスケルツォ風の諧謔的な音楽が現れる。再び強烈なリズムが帰ってくると、爆発的なフィニッシュに向けて疾走していく。最後は霧が晴れたように輝かしい全合奏で終わる。

 初めて聴くので何ともいえないところだが、なかなか聴き応えのある重厚な曲であり、何回か聴けば耳に馴染むようになるだろう。けっこう良い曲だと思う。ショスタコーヴィチの人気に対して、ポポーフが何故まったく無名に貶められているのか、演奏を聴いた上では理解出来ないところである。とりあえずは、このような珍しい曲を採り上げて聴かせてくれた東響と飯森さんにBravo!!を贈りたい。

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【お勧めCDのご紹介】
 現在手に入るポポーフの「交響曲 第1番」のCDを紹介します。
 1枚目は本文でも触れた2004年のロンドン交響楽団の録音で、ポポーフの「交響曲 第1番」とショスタコーヴィチの「主題と変奏 変ロ長調 作品3」が収録されています。指揮はレオン・ボットスタイン。この人がポポーフの「交響曲 第1番」をアメリカで初演した音楽学者です。
Symphony 1 / Theme & Variations Op 3
Dmitry Shostakovich,Gavriil Nikolayevich Popov,Leon Botstein
Telarc

 2枚目は、サンクトペテルブルク国立アカデミー交響楽団の2011年の録音で、「室内交響曲 作品2」と「交響曲 第1番」のカップリングです。指揮はアレクサンドル・ティトフ。
Symphony No. 1
Northern Flowers
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7/28(木)東京文化会館モーニング/エール弦楽四重奏団/息の合った若い力が暑い夏を呼ぶ

2016年07月28日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
東京文化会館 モーニングコンサート 納涼スペシャル《朝》
エール弦楽四重奏団


2016年7月28日(木)11:00~ 東京文化会館・小ホール 自由席 A列26番 500円
ヴァイオリン:山根一仁
ヴァイオリン:毛利文香
ヴィオラ:田原綾子 *第11回東京音楽コンクール弦楽部門第1位及び聴衆賞
チェロ:上野通明 *第10回東京音楽コンクール弦楽部門第2位
【曲目】
ヴォルフ:イタリア風セレナーデ ト長調
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第8番 ハ短調 作品110
バルトーク:弦楽四重奏曲 第4番 Sz.91
《アンコール》
 ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏のための2つの小品 より「ポルカ」

 今日、関東地方もようやく梅雨が明けたらしい。このところ妙に涼しい日が続いていたが、これでいよいよ本格的な夏に突入となる。音楽界は既に夏休みモードに入っているので、この後はコンサートの予定はあまりない。私にとっても、ち今年の前半のスケジュールを消化し、夏休みモードに入るちょうど境目になりそうなのが、今日の「東京文化会館 モーニングコンサート」なのである。「納涼スペシャル《朝》」と銘打った特別のコンサート、出演はエール弦楽四重奏団である。ヴァイオリンが山根一仁さんと毛利文香さん、ヴィオラが田原綾子さん、チェロが上野通明さんというかなり強力なメンバーは、桐朋学園大学の学友で、高校生の時に結成されていて、演奏活動はすでに6年目になる。4名とも日本の音楽界の未来を背負って立つ逸材であることは間違いない。

 この「モーニングコンサート」は、東京音楽コンクールの上位入賞者たちが出演するシリーズなので大変人気が高い。500円の自由席。平日の午前11時開演。ということで聴きに来られる人は限られているが、常連さんも多い。今回は気合いを入れて、仕事はパスして出勤と同じにまだ涼しさの残る午前9時に東京文化会館に着いたら、それでも3番目だった。建物の外に並ぶこと1時間。午前10時に中に入り、今度は小ホール入口の前に並ぶこと30分。やっと開場。開演までさらに30分・・・・。まったく、好きじゃなきゃできないことだが、開場時刻にはかなり大勢の人が並んでいて、用意されていた当日券20枚を含めて、649席完売公演なのである。ホール内ももちろん空席などほとんどない状態。本当に人気のシリーズなのである。

 さて、室内楽はあまり得意分野ではない私にとっては、弦楽四重奏のコンサートとなるとよく知らない世界ではあるのだが、やはり曲目を見てもよく知らない曲ばかり。だから、演奏自体の良し悪しなどは、比較対照するものがないので、語ることすらできないというのが本音である。というわけなので、まあ、聴いた上での素直な感想を述べるに留めたい。

 1曲めはヴォルフの「イタリア風セレナーデ ト長調」。フーゴ・ヴォルフ(1860〜1903)は現在のスロヴェニア(当時はオーストリア)出身の作曲家。後期ロマン派に位置し、ワーグナー派とブラームスはの対立においてはワーグナー派に属してブラームスを批判した。歌曲の分野で多くの作品を残しているが、管弦楽や室内楽の作品は少なく、従って現在、ヴォルフの作品を聴くことができる機会は極めて少ない。そのような状況の中で、コンサートのプログラムに載るヴォルフの数少ない作品のひとつが本作で、1887年に「弦楽四重奏のためのセレナーデ」として作曲された。ロンド形式で、軽快で伸びやかな主題が楽しげに弾む。今日は最前列のセンター、目の前で聴いていると、弦楽四重奏もなかなかダイナミックな様相が伝わって来る。軽快に旋律を刻むヴァイオリンや朗々と響くチェロ。厚みのあるヴィオラ。息の合ったアンサンブルが生き生きと弾み、繊細な弱音からクライマックスまでには驚くほどのダイナミックレンジで、豊かな響きを持つ東京文化会館の小ホールが、演奏に深みのある彩りを添えているようであった。なかなか小粋な演奏である。

 2曲目は一転してぐっと重くなるショスタコーヴィチの「弦楽四重奏曲 第8番 ハ短調 作品110」。1960年の作で、15曲ある弦楽四重奏曲の中でももっとも著名な作品となっている。ショスタコーヴィチの場合は、音楽的な創造性だけでなく、どうしてもその過酷な生涯(置かれていた作曲の環境)が作品の背景として語られることになる。旧ソ連という国家からの称賛と批判、それに対して従わなければ生命も危機にさらされるという極限的な心理状態の中で、国家が求める音楽をギリギリのところで作りながら、作品の中に自らの信念を命がけで織り込んでいく。抑圧、怒り、哀しみ、諦め、苦しみなど、負の観念が作品全編を埋め尽くしていくようでもある。
 ショスタコーヴィチの名前のドイツ語表記から取ったというDSCH動機(ドイツ語音名:D-Es-C-H/英語音名:D-E♭-C-B)からいきなり始まる第1楽章は、ハ短調のLargoの緩徐楽章。同期の展開が重苦しい和声をうめき声のように絞り出していく。第2楽章はキリキリと刻み続ける2/2拍子のAllegro moltoで、行き場のない怒りや苛立ちが、力強く押し出されて来る。第3楽章は3/4拍子でスケルツォ楽章に相当する。諧謔的な表現の陰に抑圧された感情がむき出しのまま透けて見えるような曲想である。第4楽章はLargoに戻るが激しく叩き付ける怒りと、諦念と、沸々と燃えさかる情念が次々と現れてくる。一旦辿り着いた平安もすぐに怒りで否定されてしまう。第5楽章もLargoで、精神の深い奥底に沈み込んだ負の感情が、次第に大きなうねりとなって膨らんでいくが、その後に来る諦めの表情が哀しい。
 ハ短調は、ベートーヴェンなら「運命の調」であり「苦悩を通じての歓喜」に導かれるが、ショスタコーヴィチの場合は決して解決しない。行き場のない苦悩は、前向きな感情を徐々に蝕んで行く。何とも重い曲である。私はショスタコーヴィチの生きた時代とは20年くらい重なる世代なので、旧ソ連の一党独裁による人民弾圧や周辺国への軍事支配、そして米ソ冷戦の時代も直接知っているからこそ、かえってショスタコーヴィチの音楽からはちょっと引いてしまうところがあり、馴染みにくい印象を持ってしまう。ショスタコーヴィチが亡くなったのが1975年。旧ソ連の崩壊が1991年。さらにその数年後に生まれたエール弦楽四重奏団の皆さんにとっては、どのように感じているのだろうか。
 エール弦楽四重奏団の4名の演奏は、基本的には明るい音色と明瞭なアンサンブルがキモだと思うが、さすがにショスタコーヴィチの場合は重みを増してくる。とはいえ、澄んだ音色には清涼感も漂い、和声の明瞭さは現代的な音楽の演奏形態には違いない。その素直さやフレッシュで瑞々しい感性が、かえって楽曲の持つ重苦しさを浮き彫りにしているようであった。若い人たちにしかできない、あるいは若い人たちだからこそできるとても素晴らしい演奏だったと思う。

 3曲目はバルトークの「弦楽四重奏曲 第4番 Sz.91」。1928年の作。これもまた難解な印象の曲であり、ちょっと聴いただけではよく分からないが、現代的な曲想が混沌とした印象を生み出すものの、楽曲の構造は極めて堅牢であり、論理的に作られている曲である。構造といっても、ロマン派時代までの急-緩-舞-急の4楽章というような定まった形式ではなく、あくまでこの曲独自の構造性である。全体は5つの楽章で構成されているが、第1楽章と第5楽章が変形された自由なソナタ形式のAllegro楽章、第3楽章は三部形式の緩徐楽章、間に挟まる第2楽章と第4楽章はスケルツォ風というように形式を揃え、全体がシンメトリーな構造になっている。対称となる楽章の長さも同じくらいで、他にも色々な作曲技法が対称的に盛り込まれていて、造形的には極めて論理性が高い。第1楽章と第5楽章は不協和音をぶつけるような強烈なリズムに支配されていて、旋律よりもリズムと和声が強く押し出されて来る。第2楽章と第4楽章が対称となる構造になっているが、第2楽章は弱音器を付けて演奏され、第4楽章はピツィカート奏法のみという風に演奏形式に変化を付けて楽曲により深い味付けがなされている。
 演奏の方は、やはり息の合ったところを見せていた。第一に感じられるのはリズム感の良さ。どの楽章も躍動的で推進力が強く、迷いのない演奏というか、若い演奏家達の良いところが前面に出て来ていて、実にエネルギッシュだ。拍のアタマが明確で、音の立ち上がりもキリッとしていて、気持ちが良いくらいにリズムが弾ける。また和声・・・・不協和音・・・・のバランスが良く、神経をギリギリと刺激するのに不快感を伴わない。聴いている方には強烈に押し出されて来るのに、どこかで共鳴する自分が感じられる。つまりは演奏家のエネルギーがこちらにうまく伝わって来ているということなのだろう。ちなみのこの曲では、毛利さんが第1ヴァイオリンを務めていた。

 アンコールは、ショスタコーヴィチの「ポルカ」。陽気なポルカの中の諧謔性に隠された悲劇的な匂い・・・。しかしエール弦楽四重奏団の皆さんは、屈託のない演奏で、楽しくコンサートを締めくくった。


 終演後のホワイエは、面会を求める人たちでごった返していた。若いとはいっても皆さん個々にも相当なキャリアを持っているし、知名度も人気もある。どちらかといえばそれぞれのファンが集まって来ていたようだ。あるいは応援する人たちということか。
 「モーニングコンサート」は休憩なしの1時間。それにしては今日のコンサートかなりの重量級のプログラムで、十分に満足のいくものだった。あまり得意でない分野だとはいっても、やはり良い演奏からは伝わってくるものが多いので、けっこう分かるものである。エール弦楽四重奏団・・・・機会があればまた聴いてみたいと思った。

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7/27(水)サマーミューザ/東京フィル+チョン・ミョンフン+クララ=ジュミ・カンでチャイコフスキー!!

2016年07月27日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
フェスタサマーミューザKAWASAKI 2016
東京フィルハーモニー交響楽団「チョン・ミョンフンの情熱」


2016年7月27日(水)19:00〜 ミューザ川崎シンフォニーホール S席 2階 2RB1列 6番 6,000円
指揮:チョン・ミョンフン
ヴァイオリン:クララ=ジュミ・カン*
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
【曲目】
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35*
《アンコール》
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 BWV1005 より「ラルゴ」*
チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 作品36

 7月後半から8月いっぱいは音楽界も夏休みモードに入ってしまうのでコンサートが極端に少なくなる。そんな中で毎年恒例の「フェスタサマーミューザKAWASAKI」は、在京のプロ・オーケストラが総出演して名曲を中心としたプログラムを展開するので、この時期、東京を離れられない音楽ファン達が皆ここに集まってくる。私には地の利があまり良くないのであまり積極的には聴きに行く方ではないが、今年はとくにプログラムにあまり魅力が感じられなかったので、本日の東京フィルハーモニー交響楽団の公演1回だけ、聴くことにした。逆に本公演は、桂冠名誉指揮者のチョン・ミョンフンさんが登場し、ゲスト・ソリストにはヴァイオリニストのクララ=ジュミ・カンさんが呼ばれて、1夜限りのチャイコフスキー・プログラムという超豪華番で、これは聴かずにはおけない今夏最大のコンサートになるはず(ちょっと大袈裟?)。
 チョン・ミョンフンさんは今回の来日で東京フィルの「東京オペラシティ定期シリーズ」「サントリー定期シリーズ」「オーチャード定期演奏会」のすべてを指揮している。「サントリー」と「オーチャード」ではプッチーニのオペラ『蝶々夫人』全曲を演奏会方式で演奏して話題になった(私はすべての定期会員になっているのだが諸事情により行けなかった)。一方「オペラシティ」では今日と同じチャイコフスキーの交響曲第4番で素晴らしい演奏を聴かせてくれた。定期がすべて終わって、最後が本日の「サマーミューザ」というわけで、これは楽しみだ。考えることは皆同じらしく、ミューザ川崎に今日ほど知っている人が多かったのも珍しい、というか初めてのことだ。

 さて私はといえばちょっと油断してチケット取りをミスしてしまい、今日は珍しく2階席、しかも正面でもないRBブロック(右サイドのバルコニー)。とくにヴァイオリン協奏曲のある日に2階席を取ることはほとんどないので、またいつもとは違った印象になることは間違いないだろう。
 ご承知のように、ミューザ川崎シンフォニーホールは音響に優れているとの評判のホールで、マリス・ヤンソンスさんの一番のお気に入りのホールだということはよく知られている。左右対称でないすり鉢のようなカタチをしたヴィンヤード形式で、狭い1階フロアの半分を占めるステージの上方の天井がやたらに高い。反響板のまったくないこの空間のカタチから考えると、オーケストラの音は上方に向かって広がるように飛んでいくことになるので、1階では音があまり飛んでこないはず。まあ実際に、2階や3階の正面側の方が音が良いと言う人が多いようだ。私はこのホールには滅多に来ないので、経験的にはなにも語る資格はないが、今日2階席で聴いてみて、ナルホド、音が良いというのはこういう音のことを言っているのか、と何となく分かるような気がした。席に座った状態で、オーケストラのすべてのパートの奏者が見えるので、直接音が届くはず。実際には木管も金管もクッキリと聞こえるが、弦楽は音が混ざり合ってしまい分離しないようだ。私としては、普段聴き慣れている1階の前方、指揮者の真後ろ辺りで聴くのとはまったく違う感覚なので、むしろ途惑うばかり。やはりクラシック音楽は席の位置が重要なのだと改めて感じた次第であった。

 プログラムの前半は、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」。ソリストのクララ=ジュミ・カンさんは、5年前の2011年6月に浜離宮朝日ホールでリサイタルを聴いて以来となるが、押し出しの強い情熱的な演奏という印象が強かった人である。
 さて、登場したクララ=ジュミ・カンさんだが、改めて思うのは、2階のRBブロックという比較的ステージに近い席であっても、演奏家の全体像しか見ることができず、表情どころか顔も良くは見えない。本人を知っているから分かるようなもので、初めて聴く演奏家では、その顔を心に刻むこともできそうもない。3階や4階からは・・・どう見えるのだろう。
 音についても同じことが言えそうで、聞こえてはいるのだが、よく響く残響と混ざってしまい、あるいはオーケストラの音と溶け合っていて、曖昧な感じがするのは否めない。ヴァイオリン1挺で引く協奏曲では、大きなホールでの演奏会には基本的に向いていない。だから演奏家も、大きな音を出し、より遠くへ音を届かせるために、どうも無理をしているような気がしてならない。クララ=ジュミ・カンさんも弱音から強音まで全体的に大きな音を出すように強く弾いているような印象であった。演奏そのものは、なかなか素晴らしかったと思う。キレが良く、速いパッセージは流れるようなレガートが美しくリズミカルで快調であったし、主題を大きく歌わせるのも情熱的で力感が溢れている。
 一方オーケストラ側は、チョン・ミョンフンさんが速めのテンポで切れ味の鋭い音楽を作っていき、緊張感を常に高く保っていた。ただし、このようにテンポを速めに演奏すると、残響音の長いこのホールでは、例えばヴァイオリンとオーケストラが短いフレーズで丁々発止とやり合う場面などでは、鋭く突っ込むヴァイオリンの音がその前のオーケストラの残響に埋もれてしまい、聞こえなくなってしまうのだ。これは1階のステージ近くで聴いている場合にはCDの録音を聴くごとくにヴァイオリンの直接音とオーケストラの音が分離して聞こえるのだが、2階席ではもう渾然一体となってしまうためにこのような現象が起こってしまう。3階、4階ではなおさらだろう。
 同様にヴァイオリンのソロも、速いパッセージはもやもやした残響に包まれてしまい、よく聴き取れない。まあ、無理なことを言っても仕方がないのだが、やはりヴァイオリン協奏曲はもう少し小さなホールの方が演奏する方も聴く方も良いのではないかと思う。あるいはあまり響かないホールの方が良かったりして・・・・。
 クララ=ジュミ・カンさんのソロ・アンコールは、バッハの「ラルゴ」。ねっとりと濃厚なロマンティシズムを漂わせた自由度の高い演奏で素晴らしいかった。テンポが遅ければ、残響に絡め取られることなく音の芯がはっきりと聞こえるし、こういう対位法の多声的な曲の場合はホールが響く方が良い。・・・・何とも難しいところだ。

 後半は「交響曲第4番」。チョン・ミョンフンさんお得意の演目で、先週7月21日に「東京オペラシティ定期シリーズ」でも聴いたばかり。演奏自体はほとんど変わるところもなく、拍のアタマを明確に打ち出す立ち上がりの鋭さを聴かせ、全体的にははやめのテンポ設定で緊張感の高い演奏。そして旋律を歌わせる必要がある部分ではチョン・ミョンフンさんの棒捌きは弾力のあり竹が撓うようにフレーズを膨らませる。東京フィルの演奏も見事と言って良いレベルだ。とくにホルンとトランペットがパワフルで艶のある演奏をし、オーボエとクラリネットが濃厚な色彩感を滲ませ、全体の質感をグッと高めていた。弦楽も透明感のあるサウンドで見事なアンサンブルであったが、金管の馬力に対してはややパワーが不足気味のようにも感じられた。
 ここでまた音響の話になってしまうのだが、2階のRBブロックで、オーケストラの全員が見える位置で聴いていると、つまりはオーケストラが出している音がすべてロスなく聞こえて来ていることになる。だから個々の楽器の音質についてはダイレクトに聞こえるだけに、東京フィルが上手い演奏をしていることは改めてよく分かった。ミューザ川崎のように響きの良いホールでは、各楽器がソロで演奏するような場面では非常に美しく艶やかに聞こえるが、一方で全合奏になっる場面などでは残響を含む渾然一体となった音がひとかたまりになってしまって、あまり音楽的ではないような気がするのだ。もっと響きがタイトに引き締まっているオペラシティでは、指揮者の真後ろの最前列で聴いたので、今日とはだいぶ違った印象であった。つくづく思うのだが、クラシック音楽と音楽ホールの関係、そして聴く席位置との関係は永遠のテーマである。個人の好みもあるが、値段の高い席の方が必ずしも良いとは限らないのである。

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7/21(木)東京フィル/オペラシティ定期/チョン・ミョンフン得意のチャイコフスキー交響曲第4番を爆演

2016年07月21日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
東京フィルハーモニー交響楽団/第103回東京オペラシティ定期シリーズ

2016年7月21日(木)19:00〜 東京オペラシティコンサートホール A席 1階 3列(1列目)17番 5,355円(会員割引)
指 揮:チョン・ミョンフン(桂冠名誉指揮者)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:近藤 薫
【曲目】
モーツァルト:交響曲 第40番 ト短調 K.550
チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 作品36

 東京フィルハーモニー交響楽団の「東京オペラシティ定期シリーズ」を聴く。桂冠名誉指揮者のチョン・ミョンフンさんが振る時は、東京フィルがいつもに増して引き締まった素晴らしい演奏を聴かせてくれる・・・・これは過去の経験によるもので、同じことを感じている人も多いはず。しかも今日は、チャイコフスキーの交響曲第4番がメインだから、これはもう聴かなくてもだいたい予想ができるくらい。名演の期待に胸を膨らませて会場に入る。

 演奏の方は期待に違わず、素晴らしいの一言。前半のモーツァルトの「交響曲 第40番」は速めのテンポで虚飾を排した純粋なイメージ。端正で鋭く、凄味のあるモーツァルトだ。後半のチャイコフスキーの「交響曲 第4番」は、チョンさんの得意の演目だけあって、気合いの入った指揮ぶりであった。鋭くリズムを刻み、アンサンブルを絞り上げつつ、独特のしなやかさで音楽に艶やかさをもたらす。自身に満ちた解釈でオーケストラをドライブすれば、東京フィルも見事にそれに応える演奏で返した。とくにホルンを始めとする金管群の咆哮と、木管群の色彩も鮮やかな音色が秀逸で、相変わらずの濃厚なサウンドが今日はキレ味が鋭く、インパクトの強い演奏に終始。ダイナミックレンジも広く、オペラシティの比較的タイトな空間を轟音で満たしていた。とにかく、Bravo!!な演奏だったことは間違いない。

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7/19(火)読響/名曲シリーズ/コルネリウス・マイスター+バイバ・スクリデのベートーヴェンVn協奏曲

2016年07月19日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第594回 名曲シリーズ

2016年7月19日(火)19:00~ サントリーホール S席 1階 3列 20番 4,851円(会員割引)
指 揮:コルネリウス・マイスター
ヴァイオリン:バイバ・スクリデ*
管弦楽:読売日本交響楽団
【曲目】
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61*
《アンコール》
 ウェストホフ:ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調から第3曲「鐘の模倣」*
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73

 読売日本交響楽団の「名曲シリーズ」を聴く。前期までは「サントリー名曲シリーズ」という名称だったシリーズを継承している。読響の場合は定期シリーズの種類が多いので、プログラムが重複することが多い。そのため、このシリーズはいつも他のシリーズと同プログラムなので、結果的にサボってしまうことが多かった。今回のプログラムでは、バイバ・スクリデさんによるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が是非聴きたかったので、同プログラムであった「みなとみらいホリデー名曲シリーズ」を止めて、久し振りにサントリーホールの「名曲シリーズ」に参戦となった。
 開場前のほんのわずかな時間、コンビニで缶コーヒーを買っている間にゲリラ豪雨に見舞われ、這々の体でホールに駆け込む。同じ目的だったのだろうか、今日は友人・知人が多かった。

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7/16(土)女神との出逢い/松田華音/ロシア仕込みのスケール感+可憐な日本の感性が秀逸

2016年07月16日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
土曜ソワレシリーズ/女神たちとの出逢い
松田華音 ピアノ・リサイタル


2016年7月16日(土)17:00~ フィリアホール S席 1階 1列 10番 3,500円(シリーズセット券)
ピアノ:松田華音
【曲目】
ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58
ショパン:ポロネーズ 第7番 変イ長調 作品61「幻想」
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
《アンコール》
 シューマン:ロマンス 嬰ヘ長調 作品28-2
 ラフマニノフ:前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2「鐘」

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7/13(水)小林愛実リサイタル/平日午後の横浜で聴くフレッシュなショパンの「24の前奏曲」

2016年07月13日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
別冊 アフタヌーンコンサート Vol.2
小林愛実 ピアノ・リサイタル


2016年7月13日(水)13:30〜 横浜みなとみらいホール 指定 1階 C2列 18番 4,300円
ピアノ:小林愛実
【曲目】
ラヴェル:水の戯れ ホ長調
リスト:巡礼の年第2年「イタリア」より「ペトラルカのソネット 第47番」
    巡礼の年第2年「イタリア」より「ペトラルカのソネット 第104番」
    巡礼の年第2年「イタリア」より「ペトラルカのソネット 第123番」
リスト:ダンテを読んで〜ソナタ風幻想曲
ショパン:24の前奏曲 作品28
《アンコール》
 ショパン:マズルカ 第13番 イ短調 作品17-4
 ショパン:ノクターン 第20番 嬰ハ短調(遺作)

 横浜みなとみらいホールで開催される平日のアフタヌーンコンサート。昨年開催され、多くの日本人がエントリーした「第17回ショパン国際ピアノ・コンクール」で日本人でただ一人のファイナリストとなり、それまでの天才少女ぶりから大きく飛躍した評価が得られた小林愛実さんのリサイタルである。
 プログラムは、前半がリストを中心とした技巧的なもの、後半はショパンの「24の前奏曲」全曲である。あえてオール・ショパン・プログラムにせずにリストやラヴェルを選んだところに、彼女の意気込みが感じられる。彼女の演奏はこれまで一度だけ聴いたことがあるが、それは今年2016年2月の東京フィルハーモニー交響楽団の「東京オペラシティ定期シリーズ」でのこと。桂冠名誉指揮者理チョン・ミョンフンさんがモーツァルトのピアノ協奏曲第23番を弾き振りすることになっていたのに、指の故障でピアノ独奏の方がドタキャンとなり、急遽代役に立ったのが彼女だったのである。その時はおそらく本当に急に決まった演奏だったらしく、端正にまとめ上げたモーツァルトという印象で、むしろソロ・アンコールで弾いてくれたショパンの遺作のノクターンの方にこそ本来の姿が現れているように感じたものである。というわけで、今日はソロのリサイタル。彼女自身の音楽をたっぷりと聴かせていただけるはずなので、無理を押して平日のマチネーに横浜まで脚を伸ばすことになった(もちろん、チケットは発売日にしっかり押さえておいたのだが)。

 さて今日の演奏をざっと概観してみよう。
 1曲目はラヴェルの「水の戯れ ホ長調」。気負いのない可憐なタッチで、比較的狭いダイナミックレンジの中に、キラキラと煌めく音の粒を集めている。音が透き通っていて、向こう側が見えるような・・・そんな印象である。

 続いて、リストの巡礼の年第2年「イタリア」より「ペトラルカのソネット 第47番」、「ペトラルカのソネット 第104番」、「ペトラルカのソネット 第123番」の3曲を続けて。描写的で抒情的な旋律が、美しくしっとりとした音色で描き出されていく。音質に関しては美しく澄んでいて、水が流れ飛び散るよう。高音域の弱音がとくに繊細で綺麗な反面、低音部はホールの長い残響に飲み込まれて濁って籠もりがちなのが残念。解釈と表現の方は素晴らしく、物語性を感じさせる語り口でテンポもフレージングも自在に変化し淀みなく流れていく。完全に自分の世界観を持っていて、抒情的な表現が素晴らしい。

 前半の最後は、リストの「ダンテを読んで〜ソナタ風幻想曲」。陰鬱で重苦しい曲想に対して、愛実さんのピアノが先ほどまでとはまったく違った表情を見せる。広いダイナミックレンジ、立ち上がりの鋭い打鍵、縦横に駆け巡る技巧的なフレージング。力強く、スケール感の大きな、ドラマティックな演奏である。中間部では、高音部の弱音が非常に繊細なタッチで微細なニュアンスで描かれ、ロマンティックな旋律が切なげに歌われる。中盤や終盤の激しい曲想の部分では、強い打鍵と強靱なリズム感による躍動的なフレージングが素晴らしい。しかしここでも、低音部の分離の効かない残響のせいで、音が籠もってしまうのが惜しく感じられた。

 プログラムの後半は、ショパンの「24の前奏曲 作品28」全曲である。愛実さんについてはどうしても天才少女・・・子供・・・のイメージで捉えてしまっていたのだが、20歳を過ぎた今、驚くべきほどの大人っぽい表情を見せる(もちろん演奏の上で)。ショパン・コンクールのファイナリストという結果が生み出した自信なのか、あるいは悔しさなのか。ピアノに関しては私はまったくの素人なのだが、それでも感じるのは、愛実さんの演奏は同じ世代の音大生たちとは世界観が違うように感じられる。
 ショパンを聴く限りでは、音は柔らかく、深い。柔らかなタッチで音が流れるようにつながっていく。全体に美しくレガートがかかったような連続性があり、それが旋律を大きく歌わせ、豊かな表情を作っていく。描かれている抒情性には、少女のような清らかささえ感じられるのである。実際にはかなりねっとりした濃厚な描き方をしているのだが、それがまたごく自然な雰囲気を醸し出しているから不思議だ。

 アンコールは2曲。やはりショパンだ。1曲目は「マズルカ 第13番 イ短調 作品17-4」で、哀愁を帯びたロマンティックな表現が優しく、哀しげで素敵だ。最後はお決まりの「ノクターン 第20番 嬰ハ短調(遺作)」。ねっとりと、濃厚な語り口で、奥深い表現。普通に考えるとやり過ぎっぽいところだが、愛実さんだと何故か嫌らしく感じない。素晴らしいノクターンであった。

 それにしても・・・・横浜みなとみらいホールはピアノのリサイタルには向いていない。ピアノの音量で後方席まで音が十分に届くかどうかは別として、このホール特有の音が濁って籠もるように響き、とくに低音部は音が混ざりあって分離せず一塊になってしまう。これではせっかくの美音も台無しといった感じで、後方や2階の席ではどうなるのか心配に思った。

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