Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

6/17(土)読響/土曜マチネー/ラドゥロヴィチの過激な超絶技巧の妙技を堪能/ヤングのドイツ風の重厚なブラームス

2017年06月17日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第198回土曜マチネーシリーズ

2017年6月17日(土)14:00〜 東京芸術劇場コンサートホール S席 1階 A列 16番 4,851円(定期会員)
指揮:シモーネ・ヤング
ヴァイオリン:ネマニャ・ラドゥロヴィチ
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:日下紗矢子
【曲目】
ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」序曲
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26
《アンコール》
 パガニーニ:24のカプリースより
ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 作品73

 読売日本交響楽団の「第198回土曜マチネーシリーズ」を聴く。
 指揮は、最近来日の機会が多くなり、オーケストラへの客演やオペラの指揮などですっかりお馴染みになったシモーネ・ヤングさん。読響には初登場だ。ドイツ語圏を中心に世界に活躍の場を広げる国際級の指揮者だが、得意とするのは何と言ってもドイツ・ロマン派の音楽とのことだ。そんな彼女の登場により、わずか4日前に聴いた時とは同じオーケストラとは思えないくらいに、重厚かつ緻密で、ドイツ風の薫り高い演奏を展開してくれた。読響は、自信の音が固まっていないのか、あるいは柔軟なのか、よく分からなくなる。少なくとも、今日はオール・ドイツ・プログラムで、ドイツ風の質感も高く、素晴らしい演奏となった。

 ワーグナーの「さまよえるオランダ人」序曲は、冒頭からホルンがパンチのある吠え方で馬力のある読響サウンドも質感が高い。ホルンは弱音でも巧みさを発揮していた。弦楽もコンサートマスターが日下紗矢子さんの日は緻密なまとまりと澄んだアンサンブルを聴かせる。ヤングさんの創り出す音楽は、揺るぎない推進力があり、ドラマティックに盛り上げて行く。もともと馬力のある読響を細部までキチンとコントロールして全体を造形しているような感じで素晴らしい。ワーグナーも得意演目としているだけのことはある。

 続いて、ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲 第1番」。ソリストはネマニャ・ラドゥロヴィチさん。前回に来日した時も聴くつもりだったのに色々あって聴きそびれてしまった。超絶技巧を売り物にする個性派だと聞いているので、今日は最前列の真正面だからコチラも超絶「楽しみ」である。登場してくると、そのヴィジュアルだけで圧倒的な存在感! 長く伸ばしたフワフワのアフロ(?)を右側にギュッと集めて(そうしないとヴァイオリンを弾くのに邪魔になる!)、黒革のパンツにブーツと、まるでロック・ミュージシャンのような出で立ちだ。
 そして曲が始まると、ナルホド、これはスゴイ。お馴染みのブルッフの名曲が・・・・違う曲に聞こえてしまうくらい、鮮やかな技巧を見せる。まず、音質が違う。立ち上がりが鋭く、クッキリと鮮やかな音。音色は濃厚で深みがある。音程もリズム感も極めて正確で揺るぎない。音楽の流れにはしなやかに乗り、しかも装飾的な音符もキレ味鋭くハッキリ正確に演奏している。全体的なやや速めのテンポ感で、超絶技巧の持ち主が持てる力の60%くらいで見事なソロほ祖いている感じ。よく聴けば、細やかなディテールに至るまで表情豊かに描かれている。技巧に余裕があるからこそできる技、といったところだ。この曲自体はヴァイオリン協奏曲としてそれほど難易度の高い曲ではないが、むしろ逆にそういう曲を「ゆとり」で弾くからこそ表現できる世界がここにある。美しい旋律は美しいサウンドで、抒情的な旋律は心の襞までがリアルに描かれるような繊細なニュアンスで歌われていく。そして技巧的な箇所は一瞬のキラメキのように通りすぎる。Bravo!! これまでに聴いたブルッフの中でも、1、2を争う極め付けの演奏であることは間違いない。

 ラドゥロヴィチさんのソロ・アンコールは、パガニーニの「24のカプリース」から、第24番・・・・の主題による超絶技巧変奏即興曲(?)。悪魔に魂を売って手に入れたと言われるパガニーニの「悪魔的」超絶技巧の曲をさらに過激な《超》超絶技巧のアクロバット奏法。この人、パガニーニより巧いんじゃないだろうか。ステージ上の読響のメンバーの皆さんもただただ呆気にとられて、大喜び。もう笑っちゃうしかないというくらいのものすごい超絶技巧であった。

 後半はブラームスの「交響曲 第2番」。この曲は、ブラームスの4つの交響曲の中で一番苦手で、最近はとくにプログラムに載ることが多くて聴く回数も多いのだが、何度聴いてもあまり好きになれない。ところが、今日の演奏を聴いて、やや印象が変わり、考えを改めなくてはならなくなった。
 ヤングさんの音楽作りは特に変わったことをするわけでもなく、極めてスタンダードなアプローチだとは思うが、そのいかにもドイツっぽい重厚さとロマン派っぽい情感が実に濃く、なかなか素敵に思えてきたのである。弦楽のアンサンブルは透明感のある音色の繊細な部分と、読響特有の瞬発力や力感もあり、また木管や金管とのバランスもヤングさんが見事にコントロールしている。管楽器の各パートもそれぞれに質感の高い豊かさを感じさせる音色とフレージングで、実に良い感じだ。全体の造形はしっかりとした構造感を描き出しているし、引き締まるところは引き締まり、歌うところは歌い、読響の持つポテンシャルを最大限に引き出しているように思えた。素晴らしい演奏だったと思う。

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6/14(水)東京フィル/オペラシティ定期/阪田知樹の技巧と抒情のリストP協、渡邊一正入魂のブラームス4番

2017年06月14日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
東京フィルハーモニー交響楽団 第110回 東京オペラシティ定期シリーズ

2017年6月14日(水)19:00〜 東京オペラシティコンサートホール A席 1階 3列 17番 5,355円(会員割引)
指揮:渡邊一正
ピアノ:阪田知樹*(2016年フランツ・リスト国際ピアノコンクール優勝)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:三浦章宏
【曲目】
リスト:交響詩「レ・プレリュード」S.97/R.414
リスト:ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調 S.124/R.455*
《アンコール》
 リスト:ラ・カンパネラ(1938年版)*
ブラームス:交響曲 第4番 ホ短調 作品98

 東京フィルハーモニー交響楽団の「第110回 東京オペラシティ定期シリーズ」を聴く。
 東京フィルの6月の定期シリーズは、「東京オペラシティ定期」と「オーチャード定期」だけで、いずれも同プログラム担っている。指揮は、東京フィルのレジデント・コンダクター、渡邊一正さん。今シーズンは今月の2つのコンサートに登場するのみである。

 このところ東京フィルの演奏は好調を続けていると思う。今日も素晴らしい演奏を展開し、老舗オーケストラらしい質感の高さを発揮していた。

 リストの交響詩「レ・プレリュード」は、交響詩というジャンルの音楽を確立した歴史的な作品だが、標題音楽といっても描かれている世界は観念的で哲学的。正直言って、昔からあまりピンと来ない作品なのである。東京フィルの演奏は、色彩的にも濃厚で、ダイナミックレンジも広く、劇的で迫力があった。

 リストの「ピアノ協奏曲 第1番 」。ソリストは阪田知樹さん。昨年2016年、「フランツ・リスト国際ピアノコンクール」に優勝、というニュースが駆け巡り、話題となった。このコンクールはちょっとややこしくて、ハンガリーでほぼ毎年開催される「ブダペスト国際音楽コンクール」の中のピアノ部門に「フランツ・リスト」の名を冠したもので、オランダのユトレヒトで3年に一度開催される「フランツ・リスト国際ピアノコンクール」とは別物。それはともかく、この優勝以来、阪田さんはすっかりリスト弾きというイメージができ、東京フィルの定期に呼ばれるのもスゴイことだが、曲目はやはりリストのピアノ協奏曲ということになる。
 実際の演奏は、全体的にタッチに力感としなやかさがあり、音質はクリアだがクッキリとして明瞭に響く。力強さはあっても尖ってはいない。重低音や和音を強く打ち出しても、音の濁りや荒々しさがなく、とても純度が高いようなイメージである。一方で緩徐楽章などは抒情性も豊かで、いかにも瑞々しい感性が感じられる。この辺りの好感度は高い。もちろんリスト弾きなので超絶的な技巧もサラリと見せる。技巧派ではあっても技巧を売り物にするようなタイプではないようだ。
 阪田さんのソロ・アンコールは、リストの「ラ・カンパネラ」の1938年版というちょっと珍しい版だった。やはり、超絶技巧。ものすごく上手い。

 プログラムの後半は、ブラームスの「交響曲 第4番」。晩年のブラームスの名曲。枯淡の境地というか、まあ、しみじみとした曲だと思っていたら、渡邊さんの指揮はけっこう濃厚で、深い色合いを持っていた。重厚というよりは濃厚というイメージで、そういう意味ではロマン派の代表的な交響曲のひとつであるこの曲を、深く、しなやかに、たっぷりと歌わせていて、あまり枯れていない。若々しいというほどではないにしても、壮年の、もっとも充実した時期の音楽のような描き方で、実に活き活きとしている。こういうイメージで捉えた演奏を聴くのは珍しく、かえって新鮮な感じがした。なるほど、こういう充実した描き方でロマンティックに演奏すると、ブラームスは晩年まで決して枯れてはいなかったのだと思えてくる。新しい発見であった。素晴らしい演奏だったと思う。

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6/13(火)読響/名曲シリーズ/宮田大のショスタコ:チェロ協奏曲と新鋭ブレンドゥルフの「シェエラザード」

2017年06月13日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第603回 名曲シリーズ

2017年6月13日(火)19:00〜 東京芸術劇場コンサートホール S席 1階 C列 17番 4,868円(会員割引)
指 揮:ダニエル・ブレンドゥルフ
チェロ:宮田 大*
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:長原幸太
【曲目】
シベリウス:組曲『レンミンカイネン』より「トゥオネラの白鳥」
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲 第1番 変ホ長調 作品107*
《アンコール》
 J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009より「ブーレ」*
リムスキー=コルサコフ:交響組曲『シェエラザード』作品35

 読売日本交響楽団の「第603回 名曲シリーズ」を聴く。サントリーホールが改装工事中なので、東京芸術劇場コンサートホールでの開催である。
 指揮のダニエル・ブレンドゥルフさんは、1981年ストックホルムの生まれで、チェリストから指揮者に転じ、北欧を中心に活動していて活躍の場を世界に広げつつある。コンサート指揮者としてだけでなく、オペラでもキャリアを伸ばしている。今回が日本デビューなので、もちろん読響にも初登場だ。

 シベリウスの「トゥオネラの白鳥」は、さすがに北欧の指揮者だけあって、静謐なサウンドを読響から引き出している。北欧の自然の情景描写的な空気感がなかなか良い。

 続いてショスタコーヴィチの「チェロ協奏曲 第1番」。ソリストは今まさに大活躍中の宮田 大さん。宮田さんのチェロは明瞭闊達。くっきりとした造形と明るめの音色は素晴らしいが、3列目のセンターで聴いていた割りには音量がやや小さめに感じられたのは、ホールのせいだろうか。ブレンドゥルフさんの指揮は、アッサリしていてやや抑揚に乏しく、パンチが足りないような気がした。
 宮田さんのソロ・アンコールは、J.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲 第3番」から お馴染みの「ブーレ」。無伴奏の方が自由度が高くなり表現の幅が広がるように感じた。

 後半は、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。ロシアの音楽とはいえ描かれているのはアラビアンナイト。エキゾチックな世界観である。ブレンドゥルフさんの指揮はここでもアッサリしている。具体的にはオーケストラの各パートのひとつひとつの音が単調で、旋律に生命力が少ないような感じだ。異国情緒や冒険心や、濃厚なロマンティシズムがあまり伝わってこない。ソロ・ヴァイオリンの奏でるシェエラザードのテーマは、コンサートマスターの長原幸太さんの弾き方が力強く、協奏曲のような感じになってしまい、色っぽさが感じられなかった。やはりこの曲を演奏するときは、コンサートマスターは女性の方が良いといったらセクハラになってしまうだろうか。

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6/11(日)ブリュッセル・フィル日本公演/フレッシュな煌めきのモナ=飛鳥・オット「皇帝」/ピュア・サウンドの「英雄」

2017年06月11日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団 日本公演 2017
Brussels Philharmonic Orchestra / Japan Tour 2017


2017年6月11日(日)14:00〜 東京芸術劇場コンサートホール S席 1階 A列 17番 12,000円
指揮:ステファヌ・ドゥネーヴ
ピアノ:モナ=飛鳥・オット*
管弦楽:ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団
【曲目】
コネソン:フランメンシュリフト(炎の言葉)Flammenschrift
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」*
《アンコール》
 リスト:『ヴェネツィアとナポリ』より「カンツォーネ」*
ベートーヴェン:交響曲 第3番 変ホ長調 作品55「英雄」
《アンコール》
 シューベルト:『ロザムンデ』より第3番

 ベルギーの名門オーケストラ、ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団が初来日し全国ツアーを行っている。9月9日の東京・武蔵野市を皮切りに、10日/名古屋市、11日/東京・池袋、12日/札幌市、14日/金沢市、15日/姫路市、16日/東広島市、17日/香川県観音寺市、18日福岡市と、ほとんど休みのないハードスケジュールのコンサート・ツアーが組まれている。本日は3日目に当たり、東京芸術劇場コンサートホールでのコンサートである。
 ツアーに持ってきた曲目は、全日に共通するのが現代の作曲家、コネソンの「炎の言葉」をオープニングに演奏する。その他は、プロコフィエフの「シンデレラ組曲 第1番」、ドビュッシーの交響詩「海」、ラヴェルの「ボレロ」と「ピアノ協奏曲 ト長調」、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲 第5番『皇帝』」と「交響曲 第3番『英雄』」。これらの組み合わせを変えて、A〜Dの4種類のプログラムを用意した。本日はBプログラムで、「炎の言葉」、「皇帝」、「英雄」の3曲という、なかなか聴き応えのあるプログラムになっている。
 ツアーを率いてくるのは、2015年9月から音楽監督を務めているステファヌ・ドゥネーヴさん。1971年生まれのフランス人指揮者であり、ヨーロッパやアメリカの名門オーケストラに次々と客演し、フィラデルフィア管弦楽団の首席客演指揮者を務めるなど、「ヨーロッパで最注目の指揮者」との評価を得ている期待の人だ。
 ツアーに同行するソリストはピアノのモナ=飛鳥・オットさん。アリス=紗良・オットさんの妹さんである。ドイツ人の父と日本人の母のもとにドイツのミュンヘンに生まれ、姉妹揃って天才美人ピアニストとして、専門家筋の評価も高く、活躍している。モナさんの演奏は過去に1度だけ聴いたことがある。2014年11月の「ザ・ライジング・スターズ《スーパーコンチェルト》」、今日と同じ芸劇で、1列目のひとつ隣の16番の席で、グリーグの「ピアノ協奏曲 イ短調」を聴いた。ちょっとクセのある面白い演奏だったと記憶している。2年半ぶりとなるモナさんの来日は、何故かドキドキ・ハラハラさせるものがある。

 オーケストラの配置は、第1ヴァイオリンの対向にチェロを置くもので、主声部の高音と低音が左右に分かれ、内声部が間に収まるため、最前列の指揮者の真後ろで聴いていると、ステレオ効果がよく出ていて、弦楽のアンサンブルに自然な厚みが感じられた。
 演奏に先立ち、指揮者のドゥネーヴさんがマイクを取って挨拶をするという珍しいスタート。第2ヴァイオリン首席は萩原麻利さんという日本人で、彼女を通訳に立てての挨拶であるが・・・・。萩原さんの「Good afternoon, ladies and gentlemen」に対してドゥネーヴさんが「皆さん、こんにちは」と「通訳」して会場の笑いを取った。話は、先日ベルギーのブリュッセルで開催された「エリザベート王妃国際音楽コンクール(今年はチェロ部門)」では第2位を獲得した岡本侑也さんと共演したことや、これから演奏するコネソンの曲にはベートーヴェンへのオマージュが描かれていることなどに及んだ。初来日と言うことでの親善ムードもあり、団員の皆さんの表情も明るい。なかなか良い雰囲気でコンサートが始まった。

 1曲目はコネソンの「フランメンシュリフト(炎の言葉)Flammenschrift」という曲。ギョーム・コネソン(1970〜 )はフランスの現代の作曲家。標題の「Flammenschrift」はドイツ語だが、これはゲーテの詩の中にある言葉とのことだ。初来日で最初に聴く曲が現代曲では、オーケストラの持つ個性や色合いは判断しようがないから後の曲に譲るとして・・・・。
 この曲はベートーヴェンへのオマージュとして、「運命」の動機であるダ・ダ・ダ・ダーンを模したダ・ダ・ダ・ダン・ダンというリズムで始まる。オーケストラの編成を「運命」と同じにしているらしく、非常にリズミカルな現代曲には違いないが打楽器がティンパニだけなのでシンプルな印象だ。現代曲といっても前衛的なものではなく、調性も自然で分かりやすく、なかなかカッコイイ曲だと思う。ドゥネーヴさんの指揮、ブリュッセル・フィルの演奏で録音されCDも出ているので、興味のある方は聴いてみると良い。
 
 2曲目はベートーヴェンの「ピアノ協奏曲 第5番『皇帝』」。毎年何回かは聴くことになる名曲中の名曲。従って聴く方も曲の隅々までおぼえてしまっている。さあ、モナさんはどのような「皇帝」を聴かせてくれるのだろうか。聴く席の位置が最前列のピアノの真下なので、音質や音量バランスには期待できないが、ナマナマしいリアルな音と演奏を体験できるし、演奏中の表情も目の前だからよく見えるので、存在感を肌で感じるにはこの席が一番なのだ。
 さて、モナさんの演奏はちょっと変わっている。個性的なのか、自由度が高いのか・・・・。冒頭のカデンツァ部分からミスタッチはあるし音が抜けたり(?)して、あらら? という感じ。オーケストラによる主題提示部はなかなか品格のあるの演奏で素晴らしい。ところが、ピアノが入って来ると、多少ドタバタした印象になっていく。モナさんはやはりミスが多いがそんなことは気にしない様子で、気持ちよさそうにノリノリで弾いている。表情も実に楽しそう。ドゥネーヴさんはオーケストを何とかコントロールして、合わせていこうとするが、モナさんが奔放にテンポ揺らし、旋律を歌わせて行くので、時々ズレたりする。一見するとじゃじゃ馬に対して上品なオーケストラが追いかけていくような雰囲気が続く。モナさんの演奏を注意深く聴いてみると、指があまりスムーズに回っていないような感じで、早いパッセージなどには音にムラがあったりも。重音や和音のバランスも普段聴き慣れているものとは違って聞こえて来る。これではまるで下手みたいじゃないか・・・・とも思えるのだが、不思議なもので、聴いていて不快感は全然ない。楽聖ベートーヴェンの「皇帝」に対して、陽気で楽しく、明るい音色で自由奔放に音楽を楽しんでいる、そんな様子が伝わって来て、聴いている方も何だか楽しくなってくるのだ。それがモナさんの持って生まれた天性の音楽性なのか、解釈と練習から生み出されたものなのかは分からないが、何とも不思議な魅力を持った人である。比べてしまうと姉のアリスさんの方が遥かに完成度が高いと感じるが、モナさんには「未完の大器」の魅力があるようである。
 余談だが、モナさんは裸足ではなかった。しかし靴ではなく、つま先とかかとの部分だけのハイヒール用の靴下みたいなものを履いていたようである。色は黒だった。

 モナさんのソロ・アンコールは、リストの『ヴェネツィアとナポリ』より「カンツォーネ」。この曲は、モナさんの新譜CDにも収録されている。こちらの方は超絶技巧曲だと思うが、流れるような低音部の分散和音や主題の浮き上がらせ方が鮮やかで、ダイナミックレンジも広く、メリハリの効いた演奏であった。やはり、モナさんは下手ではなかった!!

 後半は、ベートーヴェンの「交響曲 第3番『英雄』」。実を言うと、この演奏が始まってはじめて気が付いたのだが、弦楽がノン・ ヴィブラートで演奏していたのである。そのため、弦楽がスッキリとクリヤーなサウンドになり、しかもアンサンブルが緻密でシッカリしているため、非常にピュアな印象を創り出していた。また木管の自然な風合いやホルンの柔らかい響きなども、とくに突出しているわけではないが、自然体で質感は高い。そしてそれらから来る上品なイメージは独特のものだ。
 ドイツの無骨さ・渋さとフランスの明るさ・カラフルさの中間的な雰囲気もある。ちょうど地理的にもドイツとフランスに挟まれたベルギーのオーケストラならではの国際性だろうか。
 そのような中で、ドゥネーヴさんの音楽創りもちょっと変わっている。「英雄」は4つの楽章を通じて、全体的にテンポがかなり速い。第1楽章などはせわしなく感じるくらいの快調なテンポで飛ばしていく。弦楽はノン・ヴィブラートのピュア・サウンドだからとても美しく響くが、木管も金管も速いテンポに十分に歌わせることができずにもたつく場面もあった。第2楽章の葬送行進曲も速めのテンポだったが、緩徐楽章ならアンサンブルが乱れることもなく、ここでオーケストラがひとつにまとまった。第3楽章以降もテンポは速めだったが、もう乱れることはなく、古典的な佇まいと上品な演奏で、「英雄」に対する新鮮な解釈を披露したことになる。ドイツ風でもフランス風でもなく、もちろんウィーン風でもなく、やはりお国柄というのは現れるようで、意外にもベルギーはヨーロッパの中心・・・・その意味ではインターナショナルな、素敵な演奏であった。

 アンコールはシューベルトの『ロザムンデ』より第3番。弦楽のアンサンブルが非常に美しい。見るとヴァイオリンとヴィオラはノン・ヴィブラート、チェロとコントラバスは弱めにヴィブラートをかけていた。そのような微妙な手法で、美しいサウンドを生み出しているのである。

 終演後は、モナさんとドゥネーヴさんのサイン会があった。モナさんは新譜のCDをリリースしたばかり。ただし海外盤で国内盤はなく、会場で先行発売をしていた。タイトルは「SCHUBERT, LISZT」。私も早速購入して、サインをいただいた。ドゥネーブさんにはプログラムの表紙にサインをいただいた。気さくなお人柄で、一人一人に丁寧に対応してくれていた。



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【お勧めCDのご紹介】 
モナ=飛鳥・オットさんの新譜です。シューベルトの「4つの幻想曲」やリストの「巡礼の年 第2年」への追加「ヴェネツィアとナポリ」S162のほか、シューベルト作曲・リスト編曲の小品が4曲収録されています。ドイツのOEHMS CLASSICSから。
Schubert,Franz/Liszt,Franz - Mona Asuka: Schubert/Liszt (1 CD)
Schubert,Franz/Liszt,Franz
Schubert,Franz/Liszt,Franz


ステファヌ・ドゥネーヴさんの指揮、ブリュッセル・フィルの演奏で、『死者の書〜コネソン:作品集』です。本日演奏された「フランメンシュリフト(炎の言葉)Flammenschrift」も収録されているギョーム・コネソンの作品集です。
『死者の書~コネソン:作品集』 ステファヌ・ドゥネーヴ&ブリュッセル・フィル、マチュー・デュフォー
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6/10(土)女神との出逢い/森 麻季&横山幸雄/冴え渡るピアノに定番の曲も一段と魅力を増して

2017年06月10日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
土曜ソワレシリーズ/女神たちとの出逢い
森 麻季&横山幸雄 デュオ・リサイタル


2017年9月10日(土)17:00~ フィリアホール S席 1階 1列 9番 5,500円(シリーズセット券)
ソプラノ:森 麻季
ピアノ:横山幸雄*
【曲目】
グノー:歌劇『ファウスト』より「宝石の歌」
J.S.バッハ/グノー:アヴェ・マリア
横山幸雄:アヴェ・マリア〜バッハ/グノーの主題による即興*
越谷達之助:初恋
山田耕筰:からたちの花
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 作品22*
デュパルク:旅への誘い/悲しき歌/フィディレ
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ*
シューマン/リスト編:献呈 S566/R253*
リスト:ヴェルディの歌劇『リゴレット』による演奏会用パラフレーズ S434/R267*
グノー:歌劇『ロメオとジュリエット』より「私は夢に生きたい」
《アンコール》
 プッチーニ:歌劇『ラ・ボエーム』より「私が街を歩くと」(ムゼッタのワルツ)
 プッチーニ:歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」
(*はピアノ・ソロ)

 横浜市青葉区にあるフィリアホールの主催による「女神たちとの出逢い」シリーズは、今期(2017年前期)は今日が初回。今期も素敵な女神〈ミューズ〉たちによる公演は魅力がいっぱいで目が離せない。
 今期の初回は、お馴染みのソプラノの森 麻季さんがピアノの横山幸雄さんと共演するという、ちょっと珍しい組み合わせだ。麻季さんのリサイタルは数多く聴いているが、横山さんとの共演は初めて聴くものである。一般的には、声楽家のリサイタルの場合はピアノはあくまで伴奏だが、まさか横山さんのクラスのピアニストに伴奏をさせるだけというのはあり得ない。だから今日は、ソプラノとピアノのデュオ・リサイタルということになり、小品が多いとはいえピアノの独奏が5曲もあった。

 実際のプログラムにはお馴染みの曲がズラリと並んでいる。まずは、麻季さんが歌う曲を見ていくと、プログラムの前半はグノーの「宝石の歌」、バッハ/グノーの「アヴェ・マリア」、越谷達之助の「初恋」、山田耕筰の「からたちの花」というまさに定番曲。後半はちょっと珍しいデュパルクの歌曲を3曲「旅への誘い」「悲しき歌」「フィディレ」、最後はグノーの「私は夢に生きたい」でこちらも定番曲。アンコールは「ムゼッタのワルツ」と「私のおとうさん 」でこちらはアンコールの定番。というわけで、デュパルク以外はほとんど毎回聴いているような曲ばかりなので新鮮味が無いといってしまえばそれまでなのである。ところが、やはり音楽は生き物で、一期一会の面白さがあることも確か。いつも聴いているからこそ、いつもと違うところも感じ取れるのかもしれない。
 フィリアホールはわずか500席の小ホールだが、2階のバルコニー席がぐるりと3方を巻いているくらいだから天上が高く、柔らかくクリアな音響が素晴らしいホールなのである。こぢんまりとしたホールで濁りのない残響があるので、声楽家やピアニストのリサイタルの際でも大きな音量はあまり必要としない。それでもとてもキレイに聞こえるのである。

 今日の麻季さんは声量を抑え気味にして、むしろ情感に訴えかけるような歌い方に聞こえる。「宝石の歌」は華やかな曲だが、今日の麻季さんは華やぐ心情を内側に向け、つぶやくようなイメージ。あくまで表現としてのイメージであって、実際にはちゃんと歌っている。ただ、心情を外に向けて訴えかけるような歌い方ではないという意味である。
 バッハ/グノーの「アヴェ・マリア」はそもそも大きな声で歌うような曲ではないが、今日の麻季さんは「心の中で祈る」ような情感がしっとりと表れていた。

 続いては同じ「アヴェ・マリア」を主題とする即興変奏曲を横山さんのビアノ・ソロで。横山さんはピアニストとしても天才ぶりを際限なく発揮している超一流だし、作曲もする方なので、彼にしてみれば簡単にできる技なのかもしれない。流れるような分散和音がキラキラと煌めき、主旋律は情感豊かに歌わせる。う・・・・ん、お見事、という感じだ。

 麻季さんが再び登場して、お馴染みの「初恋」と「からたちの花」。もう何回聴いたか分からないが、とくに「からたちの花」は多くのソプラノさんが歌っているけれども、やはり麻季さんが絶品だと思っている。今日はピアノが横山さんなので、伴奏の情感がとても「深い」。非常に贅沢な演奏であった。

 前半の最後は横山さんのピアノ・ソロでショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」。彼はショパンの全ピアノ作品を暗譜で弾いたことでギネスブックに載っているくらいのショパン弾きだが、その演奏スタイルには贅肉を削ぎ落としたような鋭さがある。ショパンの持つ甘美な抒情性やロマンティシズムに溺れることなく、虚飾を排した解釈とソリッドな音質で、まさにショパンの本質に迫ろうとするアプローチだ。その辺が好みの分かれるところかもしれない。語らせればソフトで甘い声、ステージでは格好良く流し目をくれて、女性ファンには堪らないキャラクタに見えるが、音楽的には鋭角的で硬質、そしてエネルギッシュな横山さんである。

 プログラムの後半は、麻季さんによる歌唱で、珍しいデュパルクの歌曲から「旅への誘い」「悲しき歌」「フィディレ」の3曲。実は、麻季さんは2013年に同じここフィリアホールでこの3曲を歌っているので、聴くのは2度目ということになるが、珍しいことには変わりない。アンリ・デュパルク(1843〜1933)はフランスの皇紀ロマン派の作曲家でフランクの弟子に当たる。500にのぼる曲を作ったらしいが本人がその大部分を破棄してしまったため、残された作品はわずかしかない。その中で、17曲の歌曲がデュパルクを代表する作品として現在も歌い継がれている。
 「旅への誘い」は、恋人を旅に誘い遠くに行って暮らそうと歌うがその先に明るい未来はないのか・・・抒情的であると同時に悲しげで寂しげでもある。麻季さんは暗めの声で切々と歌っていた。「悲しき歌」の方が明るい声質で未来への希望や憧れを表現している。「フィディレ」は女性の名であろうか、優しい愛の歌である。ゆったりとしたテンポで、穏やかな旋律を、麻季さんの透明感のある歌声が、優しくしっとりと歌い上げている。

 ここからは横山さんのビアノ・ソロを3曲続けて。
 ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、この曲にしては大きめの音量で、淡々としていながらもひとつひとつの音にも全体の造形にも芯があって、ちょっと冷徹な印象もある。横山さんのクールな解釈は、甘い感傷を排して、楽曲の持つ音質的な美を描き出している。あくまでクールで男性的な力感も見せるが、大人の香りの濃厚な煌びやかな技巧は、さすがのもの。
 シューマン/リスト編の「献呈」は、やや早めのテンポでシューマンのロマン性とリストの技巧性の接点を描き出す。
 リストの「リゴレット・パラフレーズ」も全体的に早めのテンポを採用し、その中で柔軟に高度な技巧性とヴェルディの歌うような旋律を見事に共存させている。流れる世に華麗な技巧をさりげなく見せ、ロマンティックに歌わせる。
 横山さんによる異なるタイプの3つの名曲は、若手の演奏家にはない強烈な個性を発揮しつつ、楽曲の本質にも迫る名演奏。どちらかといえば本気モードで演奏するリサイタルなどよりは肩の力が抜けたものであったようにも思うが、巧いものは巧いのであって、クールな解釈も華麗な技巧も美しい音色も、すべてが横山流で素晴らしい。また、フィリアホールの豊かな音響が、冷徹なピアノの音を柔らかく包み込むようで、最前列で聴いていても極めて美しい音であった。

 プログラムの最後は、麻季さんが登場して、グノーの「私は夢に生きたい」。毎度お馴染みの曲である。小さなホールでの抑えた歌唱のせいか、むしろ表現面で余裕があり、透き通った美声と安定的な高音域、コロラトゥーラの技巧的な歌唱など、どちらを見ても素晴らしい歌唱であった。

 アンコールはお馴染みの2曲。まずは、プッチーニの「ムゼッタのワルツ」。急に妖艶さを増す麻季さんの歌唱。今日は一段し伸びやかで奔放なムゼッタを雰囲気たっぷりに歌った。
 最後はプッチーニの「私のお父さん」。麻季さんは声質やキャラクタからいってムゼッタよりはラウレッタのような娘役の方が合っているとは思うが、演目や役柄によって雰囲気がクルリと変わるのは、オペラ経験が豊富な歌手ならではだ。「ムゼッタのワルツ」や「私のお父さん」はソプラノさんなら誰でも歌うし、若手声楽家や学生さんたちの歌唱を聴く機会も多いが、オペラの本舞台の経験のあるなしでは、ドラマ性が全然違うものだ。麻季さんの歌唱を聴いていると、舞台の情景が目に浮かんでくる。それは解釈や歌唱力だけではない演技力のようなものなのだと思う。お馴染みすぎるくらいのアンコール2曲ではあったが、やはり素敵な歌唱であった。

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6/9(金)依田真宣&須関裕子/スーパーリクライニング/明瞭な力感と豊かな抒情性で存在感を発揮

2017年06月09日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
第126回 スーパー・リクライニング・コンサート
依田真宣&須関裕子 デュオ・リサイタル


2017年6月9日(金)19:30〜 Hakuju Hall 指定席 A列 6番 2,000円
ヴァイオリン:依田真宣
ピアノ:須関裕子
【曲目】
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 第18番 ト長調 K.301
ストラヴィンスキー:イタリア組曲
チャイコフスキー/クライスラー編:弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調 作品11 より 第2楽章 アンダンテ・カンタービレ
ラヴェル:ツィガーヌ
《アンコール》
 ドヴォルザーク/クライスラー編:我が母の教えたまいし歌
 プロコフィエフ:歌劇『3つのオレンジの恋』より「行進曲」

 Hakuju Hall(白寿ホール)が主催する「スーパー・リクライニング・コンサート」シリーズで、依田真宣さんと須関裕子さんのデュオ・リサイタルを聴く。このホールの座席は特別仕様で、背もたれが倒れるリクライニング・シートになっている。本シリーズでは、1列おきにしか客を入れず、シートを倒して、うたた寝をしながら聴いても良いことになっている、おそらく日本ではここだけでしか行われていないであろうコンサートの形式だ。しかしこのシリーズは優れた才能を持つ音楽家が出演し、かなりクオリティの高い演奏をしてくれるので、実際に寝ている人はほとんどいない。私などは背もたれは立てて、背筋を伸ばしてキチンと聴く。本日も実に素晴らしい演奏で、もったいなくて寝ているどころではなかった。


 ヴァイオリンの依田真宣さんは、東京藝術大学の大学院修士課程を修了、在学中より才能を認められて様々な音楽賞を受賞し、ソロ、室内楽、協奏曲などで幅広く活躍、各地のオーケストラのゲストコンサートマスターなども務めた。現在は東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターという重責を担っている。若いながらも実力派といえる存在だ。東京フィルの定期シリーズではいつも指揮者の真後ろの席で聴いているし、室内楽のコンサートも何度が聴かせていただいたことはあるが、ソロは初めてなのでとても楽しみにしていた。


 一方のピアノの須関裕子さんは、数々の国際ピアノ・コンクールの受賞歴を持ち、ソリストとして活躍する一方で、室内楽・アンサンブル奏者として国内外の演奏家から抜群の信頼を寄せられている。とくにチェロの堤剛先生の信頼が厚くコンサートやCD録音などで度々共演していることもあり、チェロを初めとする弦楽器奏者との共演が多いのは知っての通り。

 本日のデュオ・リサイタルのプログラムは上記の通りだが、一見すると取り留めがなくバラバラに好きな曲だけを集めたように見える。ところが、依田さんの説明によると、ここに集めた作曲家、すなわちモーツァルト、ストラヴィンスキー、チャイコフスキー、ラヴェル、アンコールのドヴォルザークとプロコフィエフに共通する要素は、オペラやバレエに傑作を残した作曲家、ということである。依田さんの所属する東京フィルは、オペラやバレエのピットに入ることが多く、シアター・オーケストラとしての側面も持っている。そこでの演奏は、シンフォニー・オーケストラとはまたひと味違った、「歌」や「踊り」を創り出していく。このような作曲家達の音楽に込められた「歌」や「踊り」を感じながら演奏してみたいとのことであった。

 1曲目はモーツァルトの「ヴァイオリン・ソナタ 第18番 ト長調 K.301」。2楽章形式の可憐なソナタである。曲が始まって感じたのは、依田さんのヴァイオリンは芯が通ったクッキリとしたタッチと明るい音色で、アンサンブルの時とは違う明瞭さを発揮している。古典的な造形の中でもロマン派のような情感を豊かに、旋律がよく歌っている。対して須関さんのピアノはまさに玉を転がすよう。音の粒立ちが丸く、キラキラと輝きを放つが、決して出しゃばることなく、この小さなホールに合わせて抑制的なのは、いかにも須関さんらしい。曲自体がサロン音楽的な可憐なものだが、2人の演奏も聴いている私たちを包み込むような優しさが感じられた。

 2曲目はストラヴィンスキーの「イタリア組曲」。新古典主義時代の曲で、原曲は管弦楽によるバレエ音楽『プルチネッラ』だが、バロック音楽的な主題を元にヴァイオリンとピアノのための6曲の組曲に作曲者自身の手によって編曲されたものだ。ヴァイオリンの世界ではとても人気のある曲で、リサイタルなどでもしばしばプログラムに載る曲である。
 いつもは女性ヴァイオリニストの演奏を聴くことが多いこともあり、今日の依田さんの演奏はとても新鮮なものを感じた。全体的に明るく陽性な響きであることは違いないが、立ち上がりがクッキリとしていて音量も豊かで、そして音がやや太い。ダイナミックレンジも広く、力強さもあり、そういう意味では男性的なのだ。低音域の大らかな豊かさ、高音域も緊張感よりは豊かさを感じさせる。かといって攻撃的なわけではなく、マイルドで優しいのだ。この辺りは演奏者の人柄によるのだろう。
 須関さんのピアノは、ヴァイオリンと適度なバランスを保ち、見事なアンサンブルを組み立てている。ピタリと寄り添い、歌うように、踊るように、ヴァイオリンだけでは表現できないリズム感の良い演奏で曲の根幹を支えるとともに、ヴァイオリンが気持ちよさそうに歌うのをさりげなくサポートしている。その音楽的な表現力や構成力に使われているのは高度な技巧だと思うが、それを感じさせない巧さが須関さんの真骨頂といったところだろう。
 この「イタリア組曲」は私も大好きな曲のひとつだが、今日のお二人の演奏は、聴き慣れた曲からとても大らかな響きと感性豊かな瑞々しい表現を引き出していて、新鮮な感動を覚えた。素晴らしい演奏だったと思う。

 3曲目はチャイコフスキー作曲、有名な「弦楽四重奏曲 第1番 」 の第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」をクライスラーの編曲で。天才的なメロディ作曲家であるチャイコフスキーは三大バレエ曲やオペラにも『エフゲニー・オネーギン』などの傑作がある。この「アンダンテ・カンタービレ」も、甘美な抒情性と浪漫性を遺憾なく発揮している。依田さんのヴァイオリンは情感豊かに、そして細やかなニュアンスを込めて歌う。繊細にして優美だが、男性的な力感もあり、軟弱でないところが良かった。

 プログラムの最後はラヴェルの「ツィガーヌ」。ラヴェルはスペインのバスク人系の血を引くフランス人だが、この曲にではハンガリー系のロマの音楽が採り入れられている。前半のヴァイオリンの独奏部分では、依田さんの力感溢れる演奏がホールに響き渡った。立ち上がりが鋭角的で、音量も大きく、内なる魂が叫ぶような熱いイメージ。音のひとつひとつにも情感が込められていて質感が高い。途中からピアノが入って来ると、民俗的な音楽の中に近代的な和声が持ち込まれて来る。須関さんのピアノは様々なカタチに変化するラヴェルの音楽を、クリスタルのような光彩を放つところから人の持つ不快感を増長させるような歪な不協和音に至るまで、多彩な色合いを付けて表現している。ヴァイオリンとの相性も良く、細やかなアンサンブルもしっかりと構築しているし、クライマックスでも叫ぶようなヴァイオリンの音を引き立たせるように微妙なパワーのかけ方をしている。見事にサポートぶりであった。

 アンコールは2曲。まず、ドヴォルザークの有名な歌曲「我が母の教えたまいし歌」をクライスラー編曲のヴァイオリン版で。この曲もロマの音楽ではあるのだが、甘美な旋律があまりにも有名で、あたかも「ロマンス」のようである。ヴァイオリンがカンタービレを効かせてすすり泣くように歌うのにこれ以上の曲もないというところ。依田さんの選曲もけっこうロマンティックである。
 最後はプロコフィエフの『3つのオレンジの恋』より「行進曲」。このオペラが上演される機会はほとんどないが、この「行進曲」だけは有名すぎるくらい。依田さんのヴァイオリンが不気味に不安感を募るような旋律を刻み、須関さんのピアノが躍動的な強烈なリズムをクレッシェンドしていく。互いに存在感を主張刷るような力感溢れる演奏であった。


 終演後、お二人がロビーに出て来られたので、ご挨拶と写真撮影。依田さんはいつもは東京フィルに出演しているためなかなかお話しするような機会がないので、今日は滅多にないチャンスとばかりにご挨拶に押しかけ、少しお話しさせていただいた。ステージを終えたばかりの表情は柔和で、なかなかの好青年である。今日の演奏は(こういっては失礼かもしれないが)想像していたのより遥かに素晴らしく、すっかりファンになってしまった。普段の演奏活動が忙しいであろうし、リサイタルを開く機会はあまりないかもしれないが、今後も追いかけてみたいヴァイオリニストのひとりになった。
 須関さんは弦楽器奏者や室内楽奏者から引っ張りだこで超人気者のピアニスト。演奏会も多いし、音楽祭に参加したり、放送用やCD用のレコーディングに参加したりと大忙しのようだ。この後は6月24日にリサイタルを、7月2日にはヴァイオリンの会田莉凡さんとチェロの上村文乃さんとのトリオを聴きに行く予定。いずれも小さなサロン(東京・駒込のソフィアザール)でのコンサートだ。彼女の弾くピアノは聴く者に優しく届き、共感を得るタイプだから、梅雨時の休日の午後を爽やかな気持ちにしてくれるに違いない。

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5/27(土)CHANEL Pygmalion Days/田原綾子/少ない中からヴィオラの名曲たちを集めて充実の1時間

2017年05月27日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
CHANEL Pygmalion Days/田原綾子

2017年5月27日(土)14:00〜 CHANEL NEXUS HALL 自由席 2列左ブロック 無料招待
ヴィオラ:田原綾子
ピアノ:原嶋 唯
【曲目】
クラーク:ヴィオラ・ソナタ
ストラヴィンスキー/ドゥシュキン編:オペラ・ブッファ『マヴラ』より「ロシアの歌」
ヒンデミット:ヴィオラ・ソナタ 作品11ー4
《アンコール》
 山田耕筰:からたちの花

 「CHANEL Pygmalion Days」のコンサートで、ヴィオラの田原綾子さんのリサイタルを聴く。
 ご存じのように、CHANELでは毎年5名程度の将来有望の若手音楽家を「CHANEL Pygmalion Days アーティスト」に選定し、各自が年間6回、60分間のリサイタルを行う場を設ける。曲目や共演者の選定などは、アーティトが自由に考え、決めることができるらしい。会場は東京・銀座3丁目にあるシャネル銀座ビルディングの4階にある「CHANEL NEXUS HALL」。入場は無料の一般公開だが、公募・抽選制である。CHANELでは、そのシリーズとは別に「室内楽シリーズ」というのを年2回、短期集中的に開催している。こちらは「CHANEL Pygmalion Days アーティスト」の卒業生や海外から招いたアーティストも加わる。
 田原さんは、一昨年からこの「室内楽シリーズ参加アーティスト」に選ばれていて、その関係で、単発のリサイタルの機会をいただいてるということだ。実際問題として、ヴィオラ・リサイタルで年6回のコンサートを組むだけの曲がないという事情もあってのことらしい。そういうわけで、田原さんは昨年度も4月に1回だけリサイタルを開催している。確かに、ヴィオラには単体で世間に知られている曲がかなり少ない。オーケストラでも室内楽でも内声部を受け持つという楽器の持つ音域と性格のせいもあり、主役になりにくいのである。

 こうした一般的な事情のため、ヴィオラ・リサイタルでの演奏曲目は、あまり普段聴くことのない作曲家が登場することになる。本日演奏される、クラークやヒンデミットのヴィオラ・ソナタは、特にヴィオラに強い関心を持っていない限り、一般的にはCDなどを持っている人も少ないだろうし、聴いたことがないという人がほとんどだろう。作曲家の名前さえ聞いたことがないという人も多いかもしれない。だから、ヴィオラ・リサイタルはかなりマニアックな内容になってしまうのである(ただしCHANELのコンサートは公募・抽選制なのでマニアックな人はあまり来ない??)。
 私は、田原さんと知り合ったことをきっかけにヴィオラに関心を持つようになり、魅力を感じるようになった。ヴィオラの音楽を聴くようになったし、普段のオーケストラや室内楽などのコンサートでも、ヴィオラのパートに聴き耳を立てるようになった。そうなると、ヴィオラの持つふくよかな音色がますます好きになってくるのである。
 本日共演のピアニストは原嶋 唯さん。田原さんとは高校・大学と一緒だったクラスメイトで、最近は共演することが多い。昨年2016年7月には、東京・紀尾井町サロンホールで二人でデュオ・リサイタルを開いている。また、今年の3月には「CHANEL Pygmalion Days」の毛利文香さんのリサイタルにも出演していた。現在は桐朋学園大学大学院音楽研究科に在籍している。


 さて1曲目はクラークの「ヴィオラ・ソナタ」。レベッカ・クラーク(1886〜1979)はアメリカ人の父とドイツ人の母の元にイギリスで生まれ、王立音楽院や王立音楽大学でヴァイオリンや作曲を学んだ。後にヴィオラに転向し、女性で初めてのオーケストラ奏者となった。演奏活動でアメリカ合衆国に渡り、作曲も行うようになる。「ヴィオラ・ソナタ」は1919年の作で、現在では彼女の代表作のひとつになっているが、当時はまだ女性が作曲をするということが社会的に認められていない時代で、様々な差別的苦労を強いられたため世に出た作品は少なく、したがって長い間あまり評価もされなかったが、実際には才能のある作曲家だった。とくに自身がヴィオリストであったため、ヴィオラの特性を最大限に活かした魅力的な作品として評価が高い。数少ないヴィオラのための名曲のひとつなのである。
 田原さんの演奏でこの曲を聴くのは2度目。前回は2014年5月、音楽ネットワーク「えん」のコンサートであった。まる3年の前のことになる。その間に格段の進歩を遂げているに違いない。
 第1楽章の冒頭から、インパクトの強い立ち上がりを聴かせ、響きのデッドなこのホールにおいても十分に豊かに楽器を歌わせる。Impetuoso(激しく)と指定があるように、激情に流されるような曲想の主題が形を変えて繰り返される。田原さんの演奏は表情が豊か。曲相に応じて、時には叫ぶように、時には耐えてすすり泣くように、あるいは憧れを語るように・・・・。
 第2楽章はスケルツォに相当するVivace。激情的にリズムを刻む主題の間に諧謔的なフレーズがキラリと光る。目まぐるしく変わる曲想にも柔軟に反応して、ピツィカートやグリッサンドなどの技巧も的確だ。
 第3楽章は10分を超える長さで、前半がAdagioの緩徐楽章に相当し、後半はAllegroのフィナーレ楽章に相当する。前半は幻想的な雰囲気を漂わせる抒情的な旋律が美しい。ヴィオラの中高音域の夢幻的な響きが、キラキラと煌めくような原嶋さんのピアノと美しい対比を見せる。テンポが上がる後半には第1楽章の主題が回帰してくるが、それを否定するように嵐のような主題が激しく刻まれていく。ヴィオラの弾く主題は走馬燈のように変化する。それを力感溢れるタッチで弾いていく田原さんだが、音質に潤いを持たせてリズミカルに演奏することで、焦燥感いっぱいの音楽が少し柔らかくなって安らぎを取り戻すようであった。曲全体にクラークの苛立ちが詰まっているように感じるからである。

 2曲目はストラヴィンスキー(1882〜1971)のオペラ・ブッファ『マヴラ』より「ロシアの歌」。オペラは1922年の作というからストラヴィンスキーの「新古典主義」時代の作風となる、30分くらいの作品だという。もちろん観たことも聴いたこともない。「ロシアの歌」はこのオペラの冒頭で歌われるアリアを弦楽器用にポーランド系アメリカ人のヴァイオリニスト、サミュエル・ドゥシュキンが編曲したもの。田原さんは、CHANELの創業者ココ・シャネル(1883〜1971)がストラヴィンスキーと交流(不倫関係?)があったということからCHANELでのリサイタルで弾けるストラヴィンスキーの曲を探したのだそうだ。「ロシアの歌」はヴァイオリン用の曲だが、本日はヴィオラでの挑戦である。哀愁を帯びた民俗調の旋律が淡々と語られていく。元が歌唱用のアリアだけに、人声に音域がもっとも近いとされるヴィオラだけに、雰囲気は抜群で、ことさら丸みを帯びた音色で、柔らかく浮遊感のある演奏に終始した。低音域でもエッジを立てない柔らかな音色が優しく響き、中音域ではつぶやくような調子が印象的な演奏であった。

 短い休憩を挟んで後半は、ヒンデミットの「ヴィオラ・ソナタ 作品11ー4」。パウル・ヒンデミット(1895〜1963)はドイツの作曲家でヴィオラ奏者でもあった。ヴィオラ用の作品を多く残しているので、ヴィオラ界では大きな存在の作曲家となっているが、作曲家としては、オペラ、交響曲などの管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲、器楽曲、合唱曲や歌曲など、幅広い分野で沢山の作品を残している。委嘱作品も多いので、存命中に評価の高かった作曲家だったことは確か。しかし現在ではあくまり演奏されることはない。ヴィオラとピアノのためのソナタは3曲あり、本日演奏された作品11-4と作品25-4が有名で、ヴィオリストには欠かせないレパートリーになっている。私は両方とも田原さんの演奏で聴いたことがある。
 第1楽章は「Fantasie」。親しみやすいロマンティックな主題が様々に姿を変えていく。田原さんのヴィオラは穏やかで柔らかな演奏で始まり、曲相に応じて色調が変化していく。深めのヴィブラートが美しい。カデンツァっぽい装飾的な早いパッセージも挿入されるが、柔らかなフレージングのまま技巧的な部分も華麗に流れている。
 アタッカで演奏される第2楽章は「主題と変奏」で、ゆったりとしたテンポで提示される主題はともかく、変奏が進んで行くに従って、複雑で混沌とした曲想へと変わっていくのは、近代の音楽らしい。
 さらにアタッカで第3楽章に入ると、何と第2楽章の変奏の続きが始まるといった、かなり変則的な構成になっている。要するにこの曲は全体が幻想曲のようなもので、変奏曲形式が多用される。近代の変奏曲だから曲相の変化は激しく、主題は明確にロマン派のものだが、変奏の展開は徐々に混沌としていく。非常に面白い構造だが、演奏する側としては高度な技巧はもとより、多彩な表現力と色彩感を持っていなければ演奏自体が難しい曲だと思われる。
 田原さんの演奏は非常に多様性があり、変奏の変化に対応している。基本的には陽性で明るい音色を持っているので、聴いていても常にフレッシュな印象を発揮し続けることになるが、その中にも、従来よりも陰影が深くなったようで、色彩感もバリエーションが明らかに増えている。この辺りはパリ留学の成果が早くも現れ始めているのだろう。それと気が付いたのは、低音部の音色がマイルドになっているところだ。従来は強く弾くとガリガリっと音が硬くなる傾向があったが、今日はそういう音が全くなく、柔らかく深みのある音色に変わっていた。デッドな音響のこのホールでも、ヴィオラならではの大きく包み込むような柔らかな響きが生み出されていた。豊かになった表現力にBrava!!を贈ろう。

 アンコールは山田耕筰の「からたちの花」。田原さんのアンコールは、いつも日本の歌曲をヴィオラ用に編曲したオリジナルのものを演奏している(編曲は森円花さん/今日も会場でお見かけしたが・・・)。これまでに、「浜辺の歌」(3回くらい聴いている)「ふるさと」(昨年のCHANELのアンコール)そして「紅葉」(これだけ聴いていない)などがあった。今日は「からたちの花」だが編曲ものではなくて、歌曲の伴奏ピアノにヴィオラを乗せて演奏した。1番の歌詞の部分は1オクターヴ下げてヴィオラならではの低音を響かせると、それだけでもぐっと新鮮な音楽になる。いつもはソプラノさんの歌唱で聴いているので、今日はアルトの「からたちの花」であった。人の温もりと優しさがしみじみと伝わって来るような素敵な演奏であった。

 終演後は、関係者やファンの方たちとの交流の合間を縫ってご挨拶。今日はお師匠さんの藤原浜雄先生が来ておられて、ステージの左角の1列目で聴いておられた(CHANELのリザーブ席!!)。演奏する方は緊張してしまうからできるだけ見ないようにしていたとか(笑)。実は私は浜雄先生のすぐ後ろの席で聴いていたのだが、けっこう良いポジションで、ヴィオラとピアノのバランスがとても良かった。
 田原さんの今回のCHANELは弾丸ツアーのようなスケジュールで、5月25日にはまだ留学先のパリにいて、学校の試験があったとか。飛んで帰ってきてリハーサルとコンサート本番、翌日にはもうパリに戻るとのこと。これじゃ、時差ボケしてるヒマもなさそう。若いっていいなァとつくづく思う。こうした過酷な状況の中でも、素晴らしい音楽を生み出して、私たちに届けてくれるのだから。


 この後も田原さんは夏のシーズンにはハードスケジュールが続きそう。7月12日(水)にはJTアートホールアフィニスで田原さんもメンバーになっている「ラ・ルーチェ弦楽八重奏団」のコンサートがある。7月23日(日)にはコンチェルティーナGINZAでリサイタル(ビアノは原嶋さん)があり、8月16日(水)には東京オペラシティコンサートホールで仲道郁代さんのリサイタルにゲスト出演、9月6日(水)にはサントリーホール・ブルーローズで「サマーフェスティバル」のコンサートに参加、9月17日(日)にはブルーローズで「チェンバーミュージック・ガーデン」に参加する。聴く方もこの夏は忙しくなりそうだ。

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5/26(金)読響/名曲シリーズ/ドゥ・メストレによるハープでの「アランフェス協奏曲」と尾高忠明の王道を行くブラームス1番

2017年05月26日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第602回 名曲シリーズ

2017年5月26日(金)19:00〜 東京芸術劇場コンサートホール S席 1階 C列 17番 4,868円(会員割引)
指 揮:尾高忠明
ハープ:グザヴィエ・ドゥ・メストレ*
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:小森谷 巧
【曲目】
芥川也寸志:弦楽のための三楽章「トリプティーク」
ロドリーゴ:アランフェス協奏曲(ハープ版)*
《アンコール》
 ファリャ:歌劇『はかなき人生』より「スペイン舞曲」*
ブラームス:交響曲 第1番 ハ短調 作品68

 読売日本交響楽団の「第602回 名曲シリーズ」を聴く。サントリーホールが改修工事中のため、東京芸術劇場コンサートホールに会場を移しての名曲シリーズである。今回のマエストロは、読響では「名誉客演指揮者」のポストとなっている尾高忠明さん。本日の聴き所は、何と言っても「ハープの貴公子」と呼ばれるグザヴィエ・ドゥ・メストレさんによる「アランフェス協奏曲」だろう。誰でも知っているギター協奏曲の名曲をハープで弾くという。想像ができるようなできないような・・・・。滅多にないチャンスなので聴き逃すという選択肢はない。

 1曲目は、芥川也寸志の「弦楽のための三楽章『トリプティーク』」。この曲は芥川(1925〜1989)の若き日の作品(1953年)で、代表作のひとつと言って良い名曲だ。この曲を一言で表現するなら「カッコイイ曲」だと思う。戦後からの復興が始まった時期で、日本が再生していく息吹というか、生命力に満ちている。西洋音楽の手法の中に日本的な要素も含まれ、清々しいくらいにロマン的で躍動的だ。
 演奏の方は、読響の弦楽の特徴がよく表れていた。キレ味の鋭い立ち上がりとダイナミックレンジの広さ。アンサンブルは緻密であると同時に力強く、リズム感は常に躍動的だ。第1楽章と第3楽章の躍動感は特筆ものだったし、第2楽章の抑制的で抒情的な表現も実に美しく情感たっぷり。尾高さんの外連味のない解釈も素晴らしい。

 続いてロドリーゴの「アランフェス協奏曲」のハープ版。ロドリーゴ(1901〜1999)はまさに20世紀を端から端まで生きた人で、スペインの巨匠作曲家。多くの作品の中で、世界的にも最も知られているのがこのギター協奏曲である「アランフェス協奏曲」であろう。ところがロドリーゴ自身はギターが弾けなかったので、当時のスペインでのギターの第一人者、レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ(1896〜1981)の助言を受けて作曲された。ハープ版の方は、知らなかったのだが、ロドリーゴ自身が編曲したもので、ギター版の本編は1940年の初演だが、ハープ版は1974年に初演された。
 ギターはオーケストラの他の楽器に比べると極端に音量が小さいため、この曲を演奏する際は、オーケストラの弦楽をかなり小編成にし、大きなホールではギターの音をマイクで拾ってアンプ・スピーカーを使って少々拡声するのが一般的である。ところが今日はハープ。単音の音量はギターに比べれば遥かに大きい。よって独奏ハープはマイクなしのナマの音であった。またオーケストラの弦楽の編成も(数えたわけではないが)12型くらいで、見た感じでは2感編成の普通のオーケストラという規模だ。
 演奏の方はどうだったかというと、まず、中編成のオーケストラに対してハープの独奏というのは思いの外バランスが取れている。もっとも3列目のセンターで聴いていたので、ハープの直接音がハッキリと聴き取れる位置だったことは確か。3階の後方席まで聞こえたかどうかは、正直言って見当がつかない。もともとハープという楽器は音の出方が微妙だから・・・・。
 ドゥ・メストレさんの演奏は、主旋律を弾く際はかなり強く弾いて音量を確保するが、装飾的なフレーズなどばグッと音量を下げ、表現に深みを持たせようとしているのが分かる。ハープの中だけでダイナミックレンジを広く取っているのだが、かえってそれが弱音部を聞こえにくくしているような気がした。リズム感も今ひとつな感じがしたが、もともとギターに比べればハープの明らかにリズムを取りにくいと思われる。一方で、カデンツァなどの独奏部分はさすがのもので、ピーンと張り詰めた緊張感と超絶的な技巧が煌めいていた。
 実際に聴いてみれば、ドゥ・メストレさんのハープの演奏はやはり素晴らしく、Bravo!を贈りたいところだが、「アランフェス協奏曲」をハープで演奏することがこの曲に合っているかどうかは別の問題。今日は珍しい組み合わせでの演奏を聴くことができたのは面白い体験ではあったが、私としてはハープの演奏によりスペイン風味が失われてしまったような気がして、何とも複雑に心境である。 

 ドゥ・メストレさんのソロ・アンコールは、ファリャの『はかなき人生』というオペラの中の曲で「スペイン舞曲」。クライスラー編曲のヴァイオリン版が有名だが、ピアノやギター用に編曲されたものもよく演奏される。ハープ用の編曲はギター版に近いイメージだろうか。こちらの方もドゥ・メストレさんの超絶技巧ハープを堪能することができた。

 後半はブラームスの「交響曲 第1番」。こちらの方は尾高さんがさらに外連味のない解釈で、スタンダードで王道を行くような演奏となった。読響がもともと持っているドイツ音楽への傾倒や伝統があり、そこに尾高さんが格調高いスタンダードな解釈を持ち込む。その結果、あまりこれといった特徴はないのだが、この曲はこのように演奏すべし、といった誰もが(というよりは、より多くの人が)納得できるような演奏になったと思う。もちろんこれは褒めているのである。誰もが知っている名曲中の名曲に対して、新鮮味を求めて「新しい」解釈を持ち込むようなアプローチは必要なことではあるが、やれば良いというものでもない。尾高さんのように、正面から堂々と、ブラームスっぽくロマン的で、ドイツっぽく重厚に、そして日本っぽく繊細な演奏に取り組み、それを成し遂げてしまうところが見事だと思う。
 第1楽章は冒頭序奏のティンパニの刻むリズムから実に堂々たる佇まいで、重厚な弦のアンサンブルを響かせ間合いたっぷりでドラマティックに押し進める。ソナタ形式の主部に入るとやや遅めのテンポで自信に満ちた音楽が展開する。クラリネットやホルンの質感も高く、音楽実体の品格が高く感じられる。
 第2楽章は緩徐楽章。感傷的かつ抒情性豊かに主題が歌われていく。弦楽のアンサンブルもは美しく、オーボエが印象的な旋律を浮き上がらせる。抑え気味に中で内面の情感が徐々に高まって行くといった雰囲気など、尾高さんの音楽作りも素晴らしい。
 第3楽章は間奏曲風の可憐な音楽。ブラームス本来の抒情性が、とくにフルート、オーボエ、そしてクラリネットなどの質感の高い演奏が良い。
 第4楽章。迫力ある序奏の出だしと弦楽のピツィカートの合奏のピタリと合って見事なこと。ホルンによる主題への橋渡しは、アルペンホルンの雰囲気と言うよりは、純音楽として楽器の最大限の良い音でシッカリと濃厚に描き出している。弦楽による「歓喜の」主題が始まると、そこはスッキリとした濁りのない印象で、清々しい音楽世界が拡がって行く。テンポとしてはやや遅めだろうか。それでも主題の旋律がしなやかに歌われているために重苦しさはない。一見すると大した特徴もなく、極めて常識的で普通の演奏に聞こえるが、それこそが尾高さんの狙いだというか、持ち味なのでる。良く聴けば、1フレーズ毎に丁寧に細やかなニュアンスを込めて描かれていて、それでいた音楽全体がひとつの大きな造形になっているのが分かる。再現部からコーダにかけての堂々たる佇まいから劇的な盛り上がりによるフィニッシュに至るまで高揚感と緊張感は痺れるような快感を覚えるものだ。
 繰り返しになるが、今日のブラームスの演奏は、格調の高いスタンダード。テンポ、旋律の歌わせ方、リズム感、ダイナミックレンジ、音量、各パートの質感、ドラマティックな仕上がり・・・・。いずれにおいても高度なバランス感覚で、欠点の見つからない演奏になっていた。読響がもともと持っているダイナミズムが適度に活かされ、質感が高く、力感も漲る。これぞ正統派と言えるような素晴らしい演奏であった。

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5/20(土)千葉交響楽団/定期/本邦初・青木尚佳の流麗なチャイコVn協奏曲と山下一史の劇的なシベリウス2番

2017年05月20日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
千葉交響楽団 第101回定期演奏会
「北の情景そして熱い心」


2017年5月20日(土)14:00〜 習志野文化ホールル A席 1階 1列 26番 3,000円
指 揮:山下一史
ヴァイオリン:青木尚佳*
管弦楽:千葉交響楽団
コンサートマスター:高橋和貴
【曲目】
ドヴォルザーク:序曲「謝肉祭」作品92
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35*
《アンコール》
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005より「ラルゴ」*
シベリウス:交響曲 第2番 ニ長調 作品43

 千葉交響楽団の第101回定期演奏会を聴く。千葉響は千葉県唯一のプロ・オーケストラで、31年間活動を続けてきた「ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉」が昨年2016年10月に「公益財団法人千葉交響楽団」に改組・改称したものである。昨年の4月から音楽監督を山下一史さんが務めるようになり、「おらが街のオーケストラ」となることを目指して、活動を活発化させている。私も地元の千葉響をもっと積極的に聴いていこうと考えて、昨年、定期会員になった。まあ、定期会員といっても、定期演奏会は5月と10月の2回だけ。それに1月のニューイヤーコンサートを加えた3公演が、定期会員の対象となる主催公演である。会員になっていれば、かなり自由に毎回席選びができるので、私としてはメリットがあるのである。会員になってから初めて聴いたのは、今年2017年の1月の「ニューイヤーコンサート」。完全完売となったこのコンサートは、演奏のクオリティも高く、十分に楽しむことができたのであった

 本日はニューフィル千葉時代から通算して101回目の定期演奏会。会場はJR総武線・津田沼駅前にある「習志野文化ホール」で、実を言うと地元でありながらここに来るのは初めてだ。駅から見えるのに、道順がちょっと分かりにくく(というよりは入口が何処にあるのかが分かりにくい)、ウロウロしてしまった。ホール自体はキレイだが通路が狭かったりしてあまり使い勝手が良くないようだ。客席は1フロアで1500席くらいだが階段状になっていので、どの席からも見やすいと思われる。音響は、ちょっと低音のキレが良くないようでドロドロしてしまうが、それ以外は比較的響きも良く、各パートもクッキリと分離して聴きやすい。このオーケストラのホームグラウンドである千葉県文化会館・大ホールよりは余程良いと思う。

 で、今日の注目ポイントは、何と言ってもゲストの青木尚佳さんの演奏するチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲だ。ご存じのように尚佳さんは、2月1日に都民芸術フェスティバルでNHK交響楽団とプロコフイエフのヴァイオリン協奏曲第2番を演奏し4月29日には静岡交響楽団の定期演奏会でプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番を演奏したばかり。その後、留学先のロンドンに戻り、さらにドイツのクロンベルク・アカデミーのマスターコースに参加するなど多忙な日々を送り、3日前くらいに帰国したばかりだ。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、ロンドンの王立音楽大学(RCM)に留学中の2013年に、学内のコンチェルト・コンペティションに優勝したご褒美コンサートで、RCM交響楽団の学友達に囲まれて演奏したことがある。その時の演奏は録音を聴かせていただいたが、日本での演奏はは初めてということで、私もナマで聴くのは初めてのことだから、非常に楽しみであると同時に聴く方も緊張してしまいそうだ。もちろん現在もロンドンを中心に研鑽を積んでいる最中である立場ではあるものの、一方ではプロのヴァイオリニストとして道を歩み始めたところでもある。このような誰でも知っている曲であるからこそ、聴く側の評価も厳しくなる。さてどのような成長した姿を見せてくれるのであろうか。
 指揮者の山下さんとは、ソリストとしての共演は初めてのことであるが、その昔、尚佳さんが東京ジュニア・オーケストラ・ソサエティに在籍していた時に定期演奏会で、山下さんの指揮でリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」を演奏したことがあった。ご存じのようにこの曲には協奏曲のように重要な役割を果たすヴァイオリンのソロがある。その日のコンサートマスターを務めていたのが尚佳さんで、ソロの素晴らしい演奏が山下さんの記憶にも残っていたという。それは2008年のことで尚佳さんはまだ高校生であった。その翌年2009年、第78回日本音楽コンクールで第1位を獲得、一躍注目を編めることになった訳である。

 さて、千葉響の定期演奏会。
 1曲目はドヴォルザークの「序曲『謝肉祭』作品92」。実際には謝肉祭の様子を描いた標題音楽ではなく、純然たるコンサート序曲として書かれたものだが、出版される際に「謝肉祭」の標題が付けられ、曲想に合致するイメージが固定化した。一応ソナタ形式を採るが自由度は高く、2つの主題の他にも豊かな旋律美に溢れているため、人気の高い曲である。
 千葉響の演奏は、各パートの質感が高いばかりかアンサンブルも引き締まっているし、ダイナミックレンジも広く、山下さんによるドラマティックな味付けがなかなか良い味を出している。スラブ系の民俗調の主題は、リズム感も良く、躍動的で、ワクワク感を盛り上げるコンサート序曲の演奏としては、なかなか良いものであった。音量もたっぷり出ていて、やや小振りな習志野文化ホールをみたいには十分。ただし正規の楽団員数が少ないため半数以上が応援のエキストラで構成されているため、千葉響「固有の音」が出来上がっていないようにも感じる。常設のオーケストラの音には何らかの個性(人格的なもの)を感じるものだが、今日の演奏が千葉響「固有の音」であったのかどうかは実際のところよく分からない。今後、回数を聴くことによって感じ取れるようになるだろう。

 2曲目はいよいよチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」。誰でも知っている名曲だという前提で、曲の説明は省かせていただくとして、演奏の方は、結論を先に言ってしまえば、高次元で素晴らしい演奏だったと言えるレベルだと思う。尚佳さんのヴァイオリンは、成熟・安定した技巧と正確な音程、十分な音量、角の取れたしなやかさのある艶やかな音色、そして何より旋律が大らかに歌っている。押し出しは決して強くないが、シッカリとした色彩感のある音色で旋律が豊かに歌うため、結果としてオーケストラと対等に対話できるだけのポテンシャルを発揮していた。加えて山下さんによるオーケストラ側のサポートも良く、やや抑制的でソリストを引き立てつつ、質感の高いアンサンブルと、キレの良いリズム感で、瑞々しさの溢れる協奏曲となっていた。
 第1楽章は長大な協奏風ソナタ形式。シンフォニックな序奏に続いて、ソロ・ヴァイオリンが入って来る。ねっとりと濃厚な色彩感を漂わせ、楽器が鳴り、主題がしなやかに歌われていく。また、経過句に表れる装飾的なパッセージでは高度な技巧を安定的に聴かせる。派手な技巧的な部分に目が奪われがちだが、実は旋律の大らかな歌わせ方が尚佳さんの魅力のひとつで、そのために音楽的に非常に豊かなイメージを作り出すのである。一方、ヴァイオリンがお休みしている部分では、オーケストラがグンと力感が増してダイナミックな演奏を聴かせ、ソロ・ヴァイオリンがある部分では、対話できるレベルまでトーンを落とすものの、質感は下がらないところもなかなか良い。カデンツァでは、尚佳さんの華麗ともいえる技巧が披露されることになるが、ここでも超絶技巧はサラリと流し、むしろ旋律の美しさや抒情性の濃厚な表現が深く厚く、極めて音楽的である。その表現の基本にあるのは強い主張や攻撃性ではなく、抒情性や感傷といった人間性の持つ情感なのである。若い演奏家はこの曲の持つ高度な技巧性に引っ張られてついつい攻撃的になり音楽が一方通行になりがちだが、本来はロマン的な表現の方が大切なのであり、聴き手が共感し、音楽の持つ豊かさを共有できるというような感覚の演奏の方が良いと思う。その点でも尚佳さんの演奏は、しっかりとその点を理解していると思う。
 第2楽章は緩徐楽章で、この上なく感傷的で抒情的な曲想となる。チャイコフスキーの本質的な部分が率直に描かれている。尚佳さんのヴァイオリンは、この感傷をしっとりと描き出す。柔らかく丸みを帯びた音質と、呼吸するように歌謡的に歌うしなやかさ。しかしただロマンティックなだけではなく、音に1本芯の通った感じで、なよなよしたひ弱さはないところが良い。それに呼応するオーケストラ側も意外とメリハリを効かせている。そうでないと第3楽章にうまくつながって行かないのだ。
 第3楽章はロンド。カデンツァ風のヴァイオリンに導かれるロンド主題は、民族的な音楽ではあるが、ここでは尚佳さんの若い生命力が漲り、快調なテンポ感でスイスイと疾走していく。オーケストラがそれを追いかけていく感じになり、時折、合わなくなるところもあったようだが、そこは推進力で双方がカバーし合っていく。中間部でテンポが遅くなれば豊かな抒情性が際立つようになり、またロンド主題に戻れば生命力が息を吹き返す。いずれにしても瑞々しさと生命力いっぱいの演奏で、これは若い時にしかできないことだ。グッとテンポを上げてのコーダで盛り上がり曲が終わると、会場のあちこちからBravo!!が飛んだ。前の方の席は尚佳さんのファン層、後方の席は千葉響のファン層の皆さんだろう。ほぼ満席となっていた習志野文化ホールが喝采に沸いた。

 尚佳さんのソロ・アンコールは、J.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 」より「ラルゴ」。やや早めのテンポで、重音による多声的な表現がとても美しい。


 プログラムの後半は、シベリウスの「交響曲 第2番」。私としては、「ニューイヤーコンサート2017」と今回の「第101回 定期演奏会」と、会員となって千葉響を聴いてきたわけだが、初の交響曲ということになる。やはりメインとなる交響曲の演奏こそがオーケストラを評価する試金石となるわけで、大好きな曲でもあるし、聴く方としても気合いが入るところだ。
 シベリウスの2番は、本日のテーマである「北の情景そして熱い心」そのものの曲だ。最近の傾向として感じるのだが、若い指揮者達は北欧の冷たく澄んだ空気感を重視して、サラリとしてクールで美しい演奏をすることが多い。対して年齢の高い方の指揮者達は「熱い心」をダイナミックに描くような気がする。フィンランドの指揮者にもそうした傾向を感じる。年齢的なものだけではないかもしれないが、いずれにしても2つのタイプに二極化しているように感じている。私がこの曲を初めて聴いたのは、ざっと40年も昔、カラヤンのレコードだった。華麗にしてドラマティックな演奏で、北欧的な雰囲気(つまり「北の情景そして熱い心」)はあまり感じられないが、スコアから純音楽としての美しさをとことんまで引き出した、洗練された音楽だったと記憶している(今はそのレコードも手放してしまったし同じ録音のCDも持っていないので確かめることはではない)。つまり、カラヤンの演奏は、2つのタイプにいずれにも属さない都会的な音楽。私はそのような演奏でこの曲を知った。そして、山下さんは晩年のカラヤンのアシスタントを務めていた人。そのせいかどうかは分からないが、今日の演奏を聴いている内に、カラヤンのレコードのことを思い出していたのであった。
 第1楽章。序奏から力強い弦楽、澄んだオーボエ、遠くから聞こえて来る風のようなホルン・・・・。オーケストラのアンサンブルは厚く、ダイナミックレンジも広く取りメリハリを効かせる。濃厚なのに各パートの音はクッキリと鮮やかで、音楽の構造もしっかりと描き出されている。しかし、瞬間瞬間を劇的に描くように、しなやかに揺らぐテンポは、全体的にはやや遅めか。極めてドラマティック。なのに美しい。
 第2楽章は緩徐楽章。低弦の刻むピツィカートにも豊かな表情がる。印象的なファゴットを中心に木管群が加わり、ヴァイオリンが分厚いアンサンブルで盛り上げ、金管と打楽器が加わり一旦クライマックスを迎える。ゲネラルパウゼの長めの間合い。やがて目覚める弦楽と木管の優しい主題で、北欧風の風景が目に浮かんだ。さらに激情的に繰り返されるパワフルな全合奏。「熱い心」の部分がここにもある。
 第3楽章はスケルツォ。ゴツゴツしたイメージの強烈な弦楽のアンサンブルは力強く、エネルギーに満ちている。中間部の牧歌的な主題は優しげで鮮やかな対比を描き出すが、それにしてもオーボエが美しい質感たっぷりに聴かせてくれる。2度目の中間部の後、徐々に盛り上がり、第4楽章に向けてテンポを落としながらクレシェンドしていく。
 盛り上がりがピークに達すると第4楽章の感動的な主題が導き出される。その描き方は蓄積されたエネルギーが解放されるカタルシスだ。山下さんの音楽は、私には純音楽的にも感じられたが、非常にドラマティックな構成で、聴く者を惹き付け、エネルギーを放出させてくる。とくに再現部。そのエネルギーを受け止めきったところで表れる主題は、聴く者の魂を浄化して、感動の渦に巻き込む。コーダに入るとステージから客席に向かって、壮麗な全合奏による音の奔流がこれでもかとばかりに押し寄せてくる。これはスゴイ・・・・。会場はBravo!!と喝采に包まれた。
 今日のシベリウスは、先に述べたような2つのタイプのいずれにも属さない演奏だったと思う。実際のところ、あまり現代風ではないような気もするが、しかしこれはこれで絶対にあり! 間違いなく素晴らしい演奏だった。想定外の素晴らしさ、といったら失礼かもしれないが、千葉響からこれほどクオリティの高い演奏が飛び出してくるとは思っていなかった。楽曲の解釈については人それぞれ好みが違うだろうから、様々な意見はあるだろう。私も個人的にはもっとサラリとした演奏が最近は好きではあるが、だからといって今日の演奏から興奮と感動をいただいたことも確かだ。たとえ好みは違っていたとしても、素晴らしい演奏にはBravo!!を贈ろう。

 終演後は、山下さんを初め、楽員の皆さんがロビーに出て来られて、お馴染みのグリーンのTシャツに着替えて、帰路につく人たちをお見送りする。ソリストの尚佳さんも出て来てくれたので、いつものように健闘を称える。今日は珍しく、用意しておいた写真にサインをしてもらった。「無事に終わってホッとしました」と謙遜していたが、既に一級のプロ・レベルといっても過言ではなく、自分の音と演奏スタイルが出来上がりつつある感じなので、長年にわたり聴き続けてきた私たちにとっても嬉しい限りである。


 また、山下さんにもご挨拶させていただき、少しお話しすることができた。非常に熱心に千葉響の音楽監督に取り組んでいただいているのがよく伝わって来る。その思いと姿勢にも感服するが、何よりもその熱い思いがカラ回りすることなく、今日のような素晴らしい演奏を聴かせてくれたことが嬉しい。東京の一流のオーケストラと比べても何ら遜色のないレベルであることは間違いない。少なくとも、東京の某オーケストラよりは遥かに上手いし聴き応えがある。これだけの演奏を聴かせていただけて、しかも地元というわけだから応援するしかないではないか。
 というわけで、千葉響の定期会員を更新して、次回以降も聴きに来ようと考えている。次回、第102回定期演奏会は、千葉県文化会館に戻り、10月15日に開催される。指揮はもちろん山下一史さん、ゲスト・ソリストはピアノの河村尚子さんで、ブラームスのピアノ協奏曲第2番と交響曲第2番というプログラムが予定されている。これは楽しみだ。



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5/19(金)東京フィル/オペラシティ定期/バッティストーニが作り出す濃密にして華麗な「春の祭典」

2017年05月19日 23時30分00秒 | クラシックコンサート
東京フィルハーモニー交響楽団 第109回 東京オペラシティ定期シリーズ

2017年5月19日(金)19:00〜 東京オペラシティコンサートホール A席 1階 3列 17番 5,355円(会員割引)
指 揮:アンドレア・バッティストーニ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:三浦章宏
【曲目】
ヴェルディ:歌劇『オテロ』第3幕より舞曲
ザンドナーイ:歌劇『ジュリエッタとロメオ』より舞曲
ストラヴィンスキー:バレエ音楽『春の祭典』
《アンコール》
 外山雄三:『管弦楽のためのラプソディー』より「八木節」

 東京フィルハーモニー交響楽団の「東京オペラシティ定期シリーズ」を聴く。
 本日はダブルヘッダーになってしまい、マチネーで新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートを聴いてきた。すみだトリフォニーホールのあるJR総武線・錦糸町駅から、そのまま京王線・初台駅へと移動して、軽く食事などしながら時間をつぶした。東京オペラシティコンサートホールの1階下にある書店に寄ってみたら、本日の指揮者であるアンドレア・バッティストーニさんの新刊著書『マエストロ・バッティストーニの ぼくたちのクラシック音楽』がPOP付きで平積みになっていた。さすがに東京フィルのお膝元だけのことはある。何となく嬉しくなった。

 さて、東京フィルでは4月には定期シリーズの公演がなかったので、本日が新シーズン(2017/2018)の幕開けとなる。スタートを飾るのは、もちろん首席指揮者のバッティストーニさんだ。多彩なマエストロらしく、本日のプログラムも前半はお国もののイタリア・オペラから舞曲を選択。後半へと関連付ける。後半はストラヴィンスキーの『春の祭典』である。オペラにも強く、濃厚でドラマティックな演奏を得意とする東京フィルにとってやる気満々のプログラムだ。シーズン開幕ならではの、本気モードの演奏を聴かせてもらえそうだ。

 1曲目はヴェルディの『オテロ』第3幕より「舞曲」。バレエ用の7曲が続けて演奏される6分間ほどの舞曲集である。『オテロ』は1887年にスカラ座で初演されたが、その7年後にパリで初演される際に、第3幕の途中に付け加えられたバレエ・シーンの曲だ。現在では一般的にはオペラの上演の際には演奏されない。
 バッティストーニさんは東京フィルから何ともいえない明るく濃厚な色彩感を引き出す。東京オペラシティコンサートホールの音響が良いからだろうか。あるいはやはり東京フィルの演奏が上手いからだろうか。木管も金管も実に色鮮やかで、しかもクッキリ明瞭に分離している。弦楽も流れるように旋律を歌わせる一方で、メリハリの効いたリズム感も聴かせ、見事にアンサンブルだ。音楽が躍動し、生命力が溢れ出すような演奏。バッティストーニさんと東京フィルの関係も上手くいっているようだ。

 2曲目は、ザンドナーイのオペラ『ジュリエッタとロメオ』より「舞曲」。浅学にしてこの作曲家はまったく聴いたことがなかった。リッカルド・ザンドナーイ(1883〜1944)は北イタリアのトレント近郊ロヴェートに生まれ、ペーザロのロッシーニ音楽学校でマスカーニらに学んだ。年代的にはプッチーニの後継として当時のイタリア・オペラ界では認められた存在だったようである。オペラ『ジュリエッタとロメオ』は1922年の作で、音楽的にはロマン派後期の様式(だと思う)で、分かりやすい。原案はシェークスピアの『ロミオとジュリエット』だが、ストーリーはオペラ向けに多少翻案・改編されている。本日演奏される「舞曲」は、このオペラ作品の中から抜粋されて編曲された独立した管弦楽作品で、1927年の作である。
 作品自体は劇的な要素がいっぱいのダイナミックな音楽で、思い切りの良いバッティストーニさんらしく、東京フィルの特性を最大限に引き出すような演奏だ。トランペットの煌びやかなファンファーレや吠えるようなホルン、五感を揺さぶるような打楽器・・・・。ホールいっぱい、限界ギリギリまでの音量で、濃厚なサウンドを思いっきり鳴らし、ロマン的に旋律は美しく歌わせる。音楽は(オペラ作品も)悲劇的なのだが、原色が飛び交うような色彩感はイタリア音楽の音だ。東京フィルを見事に踊らせているバッティストーニさんである。

 後半はストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』。パリで初演されたのは1913年。前半に演奏された2曲の間である。この2曲と対比させて改めて聴くと、『春の祭典』の革新性がより際立って感じられる。
 それにしてもバッティストーニさんの演奏は明快だ。冒頭のファゴットから始まり、木管も金管も打楽器も、それぞれのパートがこうも鮮やかに分離していて、それでいてオーケストラ全体の強烈な不協和音にも濁りが感じられない。どちらかといえば小細工はなし。鳴らすところは鳴らし、抑えるところは抑え、リズムはキッチリと刻む。アンサンブルのバランスは極めて良く。全合奏になって爆音が轟くような場面でも、打楽器が他のパートを打ち消したりはしない。弦楽もリズムを刻む際はエネルギーに満ちた迫力あるもので、旋律を受け持てばしなやかに歌う。バッティストーニさんの采配は、伸び伸びと演奏しているようで、かなり細かく組み立てているようだ。ホールの最大値の限界ギリギリまで、5感編成のオーケストラを鳴らしているが、例えばオーボエのソロなどの弱音部分は思わず耳を澄ましてしまうほどの繊細・精緻なものだったりする。広いダイナミックレンジを縦横に駆使し、原色の鮮やかさと迸る躍動が見事に融合している。
 私は正直に言えば『春の祭典』という曲をすみずみまで知っているほど詳しくはないが、それでもこれまでに聴いたどの演奏よりも、明快で分かりやすく、スコアに書かれている音を細部までしっかりと感じ取れたことは確かだ。ロシア人の指揮者とロシアのオーケストラが作り出す無骨で土俗的な世界、あるいはフランス人の指揮者とフランスのオーケストラによる色彩感溢れる世界。そのいずれとも違ったイメージの今日の演奏は、イタリア人の指揮者によるイタリアのオーケストラのような明快で眩しい世界だったと思う。バッティストーニさんの才能は計り知れない。そして東京フィルの演奏も(色メガネなしで見れば)世界のトップレベルの演奏だったと思う。もちろんBravo!! ホールにいた人は皆同じ思いだったのではないだろうか。

 アンコールは、バッティストーニさんが「日本の音楽を」との一声に続いて、外山雄三作曲の『管弦楽のためのラプソディー』より「八木節」。今日は徹底的に「舞曲」にこだわり、しかも熱狂的なエネルギーに満ちた、古今東西の名曲ということか。演奏している時の楽員の皆さんの楽しそうだったこと。笑顔の演奏がエネルギーになって聴衆に伝わり、アンコールも大喝采となった。

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【お勧め書籍のご紹介】
 本文でも紹介した『マエストロ・バッティストーニの ぼくたちのクラシック音楽』です。内容はクラシック音楽初心者向けの名曲の紹介が中心なので、マニア向けではありませんが、バッティストーニさんの音楽性に触れることもできると思います。この本を読めば東京フィルの演奏が聴きたくなるし、東京フィルの演奏を聴けばこの本が読みたくなるはずです。2017年4月25日発売。音楽の友社発行。
マエストロ・バッティストーニの ぼくたちのクラシック音楽
Andrea Battistoni,加藤 浩子,入江 珠代
音楽之友社



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