映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

君と歩こう

2010年05月29日 | 邦画(10年)
 この間のブログの記事で取り上げた『川の底からこんにちは』と並行して石井裕也監督によって制作された『君と歩こう』が上映されているとわかり、苦手のレイトショーにもかかわらず、ここまで同監督の作品にお付き合いをしたのだからということで、ユーロスペースに出向いてきました。

(1)この映画は、田舎の高校の英語教師の明美(目黒真希)が、その教え子の高校生のノリオ(森岡龍)と突然駆落ちをするところから始まります。
 二人は東京に出て、アパートを借りて生活をするものの、先生と生徒の関係が厳然と維持され、ラブロマンスの要素はほとんど感じられません。何しろ、20歳近く年が離れてもいるのですから!
 明美としては、現状を打破すべく東京に出てもっと飛躍したかったのでしょう。ですが、先立つものがなく、カラオケの呼び込みのアルバイトをノリオには黙ってするようになります。ところが、余りの仕事内容のためにやる気が起こらず、アルバイト仲間から毎回なじられる始末。
 ノリオの方も、両親が自殺してしまい田舎から外に出たかったのでしょう。明美から、弁護士になるようヨク勉強せよと強く命じられ、東京で図書館に毎日出かけるものの勉強など手が付きません。
 様々な面白い出来事が次々に起こった末に、結局、ノリオは元の田舎に戻ります。3年後に、駆落ちの出発点だったバス停のところをモーターバイクで通りかかると、椅子に座っている明美に遭遇するのでした。

 先生と生徒の駆落ちという意表を突く始まりながらも〔先生の方は、「逃げて!」と積極的なのですが、ノリオの方は、一体何から“逃げる”のかよく分かっていない感じです〕、駆落ちというイメージから普通期待してしまう愛欲シーンなどまるでなく、かわりにノリオが図書館で勉強するシーンなどがあったりするのですから、その外し方は巧みと言わざるをえません。
 さらには、明美とノリオは、自分たちの駆落ちがうまくいっていないのに、高校生同士の駆落ちに全面的に協力したり、また図書館で知り合った9歳の男の子のことを明美が手放した子供ではないかとノリオは早トチリから思いこんで騒動になったと、様々にズレたことが行われてしまいます。
 取るものもとりあえず敢行した駆落ちには、つまらない厳しい現実の生活がすぐさままとわりついてきますが、明美とノリオは、そうした自分たちを取り巻く状況に実にあっけらかんと対応して、落ち込むことはありません。

 この作品には、これまで石井裕也監督が製作した映画に見られるような酷い“ダメ人間”は登場しませんが、世の中を巧みに泳ぐような人間もまた登場せず、出てくるのは、厳しい現実の中にありながらもどこか憎めない人たちばかりで、見終わると何か実にほのぼのとした気分になってしまいます。

(2)なお、この映画の劇場用パンフレットのIntroductionには、この作品は、「石井監督が、女教師と男子生徒というハチャメチャなコンビが織り成す破天荒な物語の中に、さりげなく人生のおかしさと哀しみを描いている」ものであり、さらには、「「落語のような軽妙な作品を作りたい」と奮起して撮り上げた」映画である、とも述べられています。
 また、産経新聞には、石井裕也監督のインタビュー記事が掲載されました。

(3)ところで、今回取り上げた『君と歩こう』を含めると、まだ27歳と随分若いにもかかわらず、石井裕也監督は長編映画をすでに6本制作したことになります。    
 一応、DVD版も含めればそのすべてを見たので〔石井裕也監督作品「」「」をご覧下さい〕、簡単に概括してみることにしましょう。
 
 全体を通じてうかがえる一番の特色は、最新作の『川の底そこからこんにちは』を含めて、登場する人々がみな普通人、それも男性陣はダメ人間ばかりですが、女性陣は、総じて頑張り屋(あるいは現状打破派)が多い点でしょう。

 たとえば、『川の底からこんにちは』の主人公は、自分は「中の下」だと意識しながらも、家業のシジミ屋を立て直すべく一生懸命になりますし、そこで働くおばさんたちも彼女に釣られて頑張ります。『ばけもの模様』の主人公も、夫をバットで殴って重傷を負わせることで便秘が治って、すっきりしてしまいます。『ガール・スパークス』の主人公の女子高生は、父親が経営するネジ工場の景気が悪いことを知ると、俄然やる気が出てきます。
 他方で、『川の底からこんにちは』の主人公と一緒に田舎までやってきた男とか、『ばけもの模様』の主人公の夫などは、相手が仕事に精を出していたり精神的に厳しい状況にある時に、他の女性に靡いたりして家を出てしまいます。また、『剥き出しにっぽん』の主人公は、自分から田舎に行って野菜を作ろうと言っていながら、その仕事は一緒に連れて行った彼女に任せて、自分は交通誘導員のアルバイトをしている始末です。

 逆に、男性陣の例外としては、『反逆次郎の恋』の主人公・次郎かもしれませんが、最後になって反逆に一歩踏み出すものの、そこに至るまではどうしようもないダメ人間です。
 女性陣の例外としては、『君と歩こう』の高校教師でしょう。ただ、自分の生徒をけしかけて駆落ちするのは、この教師の方ですから、最後は尻尾をまいて元の所に帰っては来るものの、現状打破派の片鱗はうかがえるでしょう。

 こうした構図には、社会の上層部とか成功者はいっさい登場しません。社会の底辺で蠢いている人たちばかりが、画面で描かれます。ですから、女性陣の頑張りはあるものの、その果てに何があるのかは、描かれなくとも観客にはお見通しです。
 一応、『ばけもの模様』の結末では、主人公もその夫も救われる感じになっていますが、長続きするのでしょうか?他の映画の結末・行く末は、『ガール・スパークス』のように、それぞれがてんでんばらばらになって、どうなるのか分からない、というところでしょう。だってそれが庶民というものでしょう!

 とはいえ、むろん、それぞれの作品はそれぞれ違った味付けがなされていて、それぞれが大変面白い内容となっています。面白さという点では、やはり『川の底そこからこんにちは』でしょうが、わかりやすく親しみを持てるのは『ガール・スパークス』かもしれませんし、逆にシュールで難解な作品というなら『反逆次郎の恋』でしょう。

 さあ、これから石井裕也監督はどんな方向に舵を切っていくのでしょうか?



★★★☆☆





最新の画像もっと見る

コメントを投稿