孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マレーシア  政権交代をかけた総選挙 「中所得国のわな」を回避する改革は可能か?

2013-04-10 22:05:14 | 東南アジア

(写真右上に天秤の皿の図柄が見えますが、与党連合「国民戦線(BN)」の旗(秤)の一部です。“flickr”より 街にはこうした旗が溢れているようです。 By 757Live http://www.flickr.com/photos/757live/8615820644/

激戦は必至、ナジブ首相は正念場
マレーシアの総選挙は5月5日に行われることが決まりました。

****総選挙投票日は5月5日=激戦必至、ナジブ首相正念場―マレーシア****
マレーシアの選管は10日、総選挙(下院222議席、任期5年)の投票日を5月5日と発表した。1957年の独立以来、政権を握ってきた与党連合・国民戦線は、これまで経験したことのない野党の追い上げを受けている。激戦は必至で、ナジブ首相は正念場を迎えることになる。
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大方の見方は、強権的との批判もありながら開発を推進して長期政権を担ってきた与党連合・国民戦線が、アンワル元副首相を中心とする野党連合の追い上げを受けて接戦になっているというものです。
こうした野党勢力の台頭は、すでに前回(08年)選挙で表面化しており、今回は“政権交代”をめぐる争いとなっています。

****マレーシア下院解散 独立後、初めて政権交代の可能性*****
マレーシアのナジブ首相は3日、連邦議会下院(定数222)を解散した。早ければ、4月下旬にも総選挙が行われる見通し。1957年の独立以来、長期にわたって政権を握る与党連合「国民戦線(BN)」は、党幹部の汚職や最大民族マレー系に対する優遇策をめぐって批判にさらされており、初の政権交代が実現する可能性もある。

「マレーシア経済は力強さを増している。国民の自由も広がった。一層の繁栄に向けて、国民は賢明な選択をしてくれるだろう」
首相就任から丸4年がたった3日、ナジブ首相は自身のオフィスからテレビの生中継で解散を宣言し、国民にこう訴えかけた。

だが、内心は穏やかではない。与党幹部の相次ぐ汚職や、人口の50・1%を占めるマレー系を優遇する「ブミプトラ(土地の子)政策」に対する他民族の反発で、BNへの支持率は下がり続けているからだ。
08年の前回総選挙で、アブドラ前首相率いるBNの獲得議席は、安定議席となる全体の3分の2を39年ぶりに割り込んだ。

前身のマラヤ連邦が1957年に英国から独立して以来、統一マレー国民組織(UMNO)を中心とする与党連合は一貫して政権を握ってきた。03年まで22年間首相を務めたマハティール氏ら歴代の政権は、ときに強権的と批判されながらも経済開発を推し進めた。

 ■汚職報道で窮地
ところが、21世紀に入ると状況は一変する。ネットメディアがマレーシアでも急速に発展。与党が経営を支配する新聞やテレビがほとんど触れることがなかった与党幹部の汚職疑惑などを次々と報じ始めた。
マレーシアでは登録済みの有権者のうち、約4割が30歳未満とされる。若者の多くがネットで情報を得ており、BNはネットメディアの政権批判に神経をとがらせる。開発独裁という従来型の政治手法は通用しなくなりつつある。

ナジブ首相が初めて解散をほのめかしたのは11年12月。その後タイミングを探ったが、支持率は回復せず、今月30日の任期満了直前まで解散を引き延ばさざるを得なかった。

一方で、元副首相のアンワル氏が率いる野党連合・人民同盟(PR)は勢いづいている。08年の総選挙で、PRの議席数は20から82に躍進。人口比でそれぞれ22・5%、6・7%を占める中華系、インド系などの支持を取りつけることで、PRは今回の総選挙で初の政権交代をもくろむ。

財界からは国内経済の先行きに懸念の声が漏れる。3日のマレーシア株式市場は、ナジブ首相の解散宣言の観測が流れた直後に株価が一時約3%下落した。
マレーシアに拠点を構える日系企業幹部も「これまで政権交代の経験がない国だけに心配だ。追加投資をめぐっては、当面様子見する必要が出てくるかもしれない」と気をもんでいる。【4月4日 朝日】
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これまでも何回かとりあげたように、複合民族国家マレーシアの従来の基本政策は、経済的に中華系・インド系に劣後する多数派マレー系を優遇する「ブミプトラ(土地の子)政策」と呼ばれるものでした。
マレー系を優遇しながら、中華系・インド系の既得権益層とも一定の関係を保ち、開発を進めながら長期政権を維持してきました。

しかし、当然ながらマレー系優遇には、中華系・インド系の一部からは反発が大きくなっています。
また、マレー系内部にも、「ブミプトラ(土地の子)政策」を自由な活動を妨げる制約としてとらえる層が広がっています。

****初の政権交代に現実味=華人の与党支持低迷―マレーシア総選挙****
マレーシアのナジブ首相が3日、連邦議会下院の解散・総選挙を発表した。2008年3月の前回総選挙で安定多数を失い退陣に追い込まれたアブドラ首相(当時)の後を継いだナジブ首相は、1957年の独立以来続く長期与党政権の維持に懸命。しかし、人口の約4分の1を占める華人系の支持は低迷したままで、他民族の支持が伸び悩めば、初の政権交代も現実味を帯びてきそうだ。

マレーシアは、人口の過半数を占めるマレー系などの「ブミプトラ」のほか、華人系、インド系などから成る複合民族国家。与党連合・国民戦線の中核を成すマレー系政党、統一マレー国民組織(UMNO)の総裁であるナジブ首相は、09年4月の首相就任当初から「ワン・マレーシア」(一つのマレーシア)のスローガンを掲げ、華人系などへの配慮を見せてきた。

首相は今回の選挙で、下院222議席中3分の2の安定多数回復を目指す。しかし、独立系の調査機関が1月に実施した世論調査では、華人系の首相支持率は34%、与党連合の支持率は16%しかない。前回の総選挙では、与党連合の華人系政党、マレーシア華人協会が議席を半減させたのに対し、野党連合の華人系政党、民主行動党が躍進。今回の総選挙でもこうした傾向に拍車が掛かるとの見方も出ている。【4月3日 時事】
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なお、インド系の特に貧困層は、以前から政府と激しく衝突してきています。

そうしたことから、前回選挙の予想外の苦戦を受けて、与党側もブミプトラ政策の軌道修正を行ってきてはいますが、マレー系を支持基盤としていることもあって、マレー系優遇策の抜本的な改革にはいたっていません。
更に、ネットメディアが発展し、政権の汚職が広く取り上げられるようになっていることも、与党側の苦戦の要因となっています。

政権側は、減税や補助金を並べて、支持つなぎとめを図っています。
****補助金増額、減税を列挙=総選挙の公約発表―マレーシア首相****
マレーシアのナジブ首相は6日、クアラルンプール郊外の競技場で、数万人の支持者を前に、総選挙のマニフェスト(政権公約)を発表した。補助金増額、数百万人の新規雇用、減税、犯罪件数の低下を列挙し、「強力な支持を頂けるなら、次の5年間で、われわれが何をできるか想像してみてほしい」と訴えた。【4月7日 時事】
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【「中所得国のわな」】
マレーシアは経済的にはASEAN内でも良好な実績を示して「中所得国」を実現していますが、そこから公職国へ脱皮するためには課題も指摘されています。

“同国は1人当たりGDPが1万ドルに達するなどASEAN内では経済成長で先んじているにも拘らず、長期に亘り政府主導による開発独裁色の強い経済政策が採られ、マレー系を中心とする民族に依拠した規制や制度が築かれてきた結果、汚職や腐敗がまん延し、経済成長の背後で格差が拡大するなどの社会問題が表面化している。こうしたことから、同国はASEAN内でもいわゆる「中所得国の罠」に陥る懸念が叫ばれて久しい。”【4月5日 「選挙戦に突入、マレーシアは「中所得国の罠」を突き破れるか」 第一生命経済研究所 西 徹氏 http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/asia/pdf/as13_004.pdf

「中所得国」まで成長したものの、そこから足踏みをしてしまい、次のステージである「高所得国」になかなか仲間入りできない「中所得国の罠」は、基本的には“労働コストの低い低所得国との競合や、高所得国(先進国)の産業構造の高度化との板ばさみ”の状態です。
そこから抜け出すためには社会・経済構造の改革が必要とされますが、マレーシアの場合、その改革を妨げ、市場をゆがめているのがマレー系優遇のブミプトラ政策であるとも言えます。

****東アジア 新興国が成長途中でハマる、「中所得国のわな」とは****
“わな”にハマった中南米。中国、マレーシア、タイは果たして…

・・・・その成長段階を見ていくうえで、参考になるモノサシのひとつに「中所得国のわな」というものがあります。これは2007年に世界銀行が発表した「東アジアのルネッサンス」という報告書で示された比較的新しい概念です。

「開発途上国」や「低所得国」という初期段階を抜け出し、「中所得国」まで成長したものの、そこから足踏みをしてしまい、次のステージである「高所得国」になかなか仲間入りできない状況を指します。過去の例を振り返ると、1960年代の時点で、低所得国から中所得国にステップアップした国や地域は100以上ありました。

しかし、その中で高所得国入りできたのは、現在のところ、日本や香港、シンガポール、台湾、韓国など13の国・地域のみです。
同時期に中所得国入りした中南米諸国などはまさにこの?わな〞にハマった典型例です。最近では、中国やマレーシア、タイなどがこの?わな〞に陥ったかどうかが議論されています。

(中略)あくまでも、所得水準での比較なので一概には言えませんが、中所得国は、労働コストの低い低所得国との競合や、高所得国(先進国)の産業構造の高度化との板ばさみになります。また、急成長の段階で蓄積された問題(貧富の格差拡大や労働力の減少など)が噴出して足を引っ張られる傾向にあります。

目先の利益にとらわれず、経済構造や社会制度の改革など、中長期的な発展戦略に転向できるかが、“わな”からの脱出へのカギになります。【2月4日 livedoor NEWS 楽天証券経済研究所 土信田雅之氏】
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マレーシアの人口は約2800万人と他のASEAN諸国に比べて小さいものの、その中位年齢は27歳と若く、隣国のシンガポール(34歳)やタイ(35歳)などと異なり中長期的な人口増加が期待される。
さらに、1人当たりGDPは1万ドルを上回り、タイ(5389ドル)やインドネシア(3596ドル)などに比べて高く、安定的な経済成長が実現することで消費市場として拡大する素地は備わっている。

また、教育レベルの高さは外資企業にとって進出先としての魅力に繋がるものの、人件費の高さや、規制や制度の歪みは進出を妨げる一因になっており、製造業などは高付加価値品に特化するなど、他のASEAN諸国とは異なる成長モデルを歩んできた。
同国は原油や天然ガスをはじめとする豊富な資源を有するが、政府は産業構造の多様化に取り組んできたことは、他の資源国に比べて多様な輸出構造を持つ一因になっている。

ただし、これまでは政府主導による国内資本に対する保護姿勢が強い政策を志向してきたが、成長段階の成熟化に伴いこの路線が行き詰まりをみせていることを鑑みれば、路線転換を通じて競争力の向上を図るとともに、公平な規制及び制度の整備などを通じて格差問題などに対応することが求められる。”【前出 西 徹氏レポート】
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政権交代より難しい、経済・社会改革
今回総選挙で野党側が政権交代を実現する可能性も現実味が出てきてはいますが、仮に政権交代が実現できても、問題はその後ではないでしょうか?

政権交代という目標のもとで“野党連合”は一応結束していますが、アンワル元副首相率いる中道リベラルの人民正義党を架け橋に、それまで対立しがちだった中華系中道左派の民主行動党(DAP)とマレー系イスラム主義右派の全マレーシア・イスラーム党(PAS)が共闘した形です。

PASはイスラム原理主義的・マレー系至上主義的な性格もある(少なくとも、かつてはあった)政党です。DAPなどと協調して「中所得国のわな」から抜け出る経済・社会改革に取り組めるか?・・・かなり困難な作業にも思えます。
“複合民族国家”を民主的に舵取りすることは、卓越した政治手腕を必要とします。できるでしょうか?政権獲得後もアンワル元副首相がまとめていけるでしょうか?



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