孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

北アイルランド  根深いカトリック・プロテスタント対立 EU離脱による国境線復活で英分離も現実味

2017-05-30 23:20:43 | 欧州情勢

(1972年1月、イギリスの弾圧に抗議するデモ隊に対して軍が発砲し、14名の死者を出した「血の日曜日事件」の記念碑【松野明久氏「北アイルランド和平プロセスの今」】 この時代のイギリス軍による弾圧行為の責任をどのように問うのか・・・という問題は今も未解決の課題であり、その処遇は対立両派の感情を刺激します。)

【「スコットランド潰し」のメイ首相の思惑は・・・?】
6月8日に行われるイギリス総選挙に関しては、一昨日28日ブログ「イギリス・メイ首相の前倒し総選挙の賭け “圧勝”予想から一転して労働党の追い上げを許す展開」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170528で取り上げたばかりですが、メイ首相が前倒し総選挙にうって出た背景には、EU離脱に向けた態勢固めのほかにも、くすぶり続けるスコットランド独立問題に決着をつけたい思惑もあると指摘されています。

****英国前倒し総選挙にもう一つの目的「スコットランド潰し****
前倒し総選挙へ向けて動き出した英国で、スコットランドが揺れている。

総選挙ではメイ首相率いる保守党が議席を伸ぱす一方で、独立を目指すスコットランド国民党(SNP)にとって逆風となることが予想されるためだ。四月十九日に下院議会で総選挙前倒しの是非が議決された際、SNPは棄権した。
 
欧州連合(EU)からの離脱を推進するための選挙というのが表向きの理由だが、英国内では、もうひとつの思惑としてスコットランド独立派を潰すための選挙という見方が出ている。

総選挙を行えば。SNP党首でスコットランド自治政府首相であるスタージョン氏に打撃を与えることができる、と保守党幹部がメイ首相に進言したという現地紙の報道も出ている。

今後、スコットランド独立の是非も争点になりそうだ。【選択 5月号】
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総選挙の結果がメイ首相の思惑どおりになるか・・・事態は非常に流動的になっていることは一昨日ブログで触れたとおりです。

スコットランド自治政府首相であるスタージョン氏は、今回総選挙はスコットランド独立に向けた自身の計画に弾みが付く機会になると強気で、EU離脱前の2018年終盤か19年初めにスコットランド独立の是非を問う住民投票の再実施を求めていますが、メイ首相は適切な時期ではないとして反対しています。【4月19日 ロイターより】

こうしたスコットランド分離独立問題の今後に、今回総選挙及び今後のEU離脱交渉は大きく影響することになります。

北アイルランド:両サイドの急進派が台頭することによって“権力分有”が機能不全に
イギリスが抱える分離独立の問題はスコットランドだけではありません。
かつてイギリスからの分離を求めるカトリック系過激派IRAのテロが燃え盛った北アイルランドも、かなり難しい状況になっているようです。

特に、今後イギリスがEUを離脱することになると、EU加盟国アイルランドと陸続きにある北アイルランドは極めて微妙な立ち位置となり、結果的にはイギリスから分離してアイルランドと一体化する方向に向かうのでは・・・との推測もなされています。

そうなると、今度はイギリスとの連合を望むプロテスタント系過激派が抗議行動を起こし、紛争再燃という最悪のシナリオも。

****アイルランド独立と北アイルランド紛争****
アイルランドは独立戦争を経て1922年に英連邦内の自治領となり、49年に共和国として完全に独立した。

英領に残ったアイルランド島北部では、英国の統治継続を望む「ユニオニスト」と呼ばれるプロテスタント系住民と、アイルランド帰属を求める「ナショナリスト」と呼ばれる少数派カトリック系住民の対立が武力紛争に発展。

60年代後半から98年に包括和平合意が結ばれるまで、爆弾テロなどで約3千人が犠牲になった。【5月30日朝日】
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上記にもある19998年の包括和平合意を背景に、イギリスとの連合を望むプロテスタント系政党と分離を求めるカトリック系政党の連立で自治政府が運営されてきましたが、連立政権崩壊、そして今年3月2日行われた選挙結果を受けて、これまでのような連立が難しくなっています。

****北アイルランド、自治停止の可能性 議会選挙の結果受け****
2日に投票が行われた英国の北アイルランド自治政府議会選挙(定数90)は4日、全議席が確定した。

プロテスタント強硬派の民主統一党(DUP)が28議席で第1党を維持したが、カトリック強硬派のシンフェイン党が27議席とDUPに肉薄。正副首相を選ぶ両党の連立交渉は難航が予想される。約10年ぶりに自治が停止し、英政府の直轄統治が復活する可能性がある。
 
北アイルランドでは、ユニオニストと呼ばれる英国の統治継続を支持するプロテスタント系住民と、ナショナリストと呼ばれる英国からの分離とアイルランド帰属を主張するカトリック系住民が対立。

1960年代から約30年にわたりテロが繰り返された。98年の包括和平合意に基づき、自治政府は両派の最大政党から選出された正副首相が協力して運営してきた。
 
1月にシンフェイン党のマクギネス副首相がエネルギー政策の失敗を理由にDUP党首、フォスター首相の退陣を求めたが受け入れられなかったことに抗議し、辞任。連立政権が崩壊し、解散選挙となった。

英BBCによると、投票率は速報値で64・8%。任期満了に伴う昨年選挙の54・9%を大きく上回った。【3月4日 朝日】
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連立崩壊の発端は、「再生可能熱インセンティブ(Renewable Heat Incentive)」というエネルギー政策の失敗で巨額の赤字(約5億ポンド)を出したことで、いわゆる「北アイルランド問題」とは関係ありませんが、政策決定時エネルギー相であった第一首相がプロテスタント系急進政党(DUP)の党首であり、その第一首相の失政をカトリック系急進政党(シン・フェイン党)に属する第二首相が追及し、辞任する・・・ということで、「北アイルランド問題」の対立を呼び起こしています。

選挙結果は、プロテスタント系急進政党(DUP)が敗北し、カトリック系急進政党(シン・フェイン党)は第1党にはなれなかったものの善戦・・・ということになり、急進党同士の対立が激化しています。
当然のように連立交渉はうまくいきません。

****北アイルランド、決裂の連立交渉を延長 自治政府崩壊回避へ・・・・メイ政権の「重荷」に****
新たな北アイルランド自治政府樹立を目指す英国のプロテスタント系民主統一党(DUP)とカトリック系シン・フェイン党の連立交渉は27日、決裂した。

これを受けて英政府は同日、合意を目指して数週間の交渉延長を許可する方針を発表した。両党が自治政府を発足できなければ最悪の場合、英政府の直轄統治が復活する可能性もある。欧州連合(EU)に離脱通告をして交渉に入るメイ政権にとり、北アイルランドの混乱は重荷となりそうだ。(後略)【3月28日 産経】
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“数週間の交渉延長”とのことですが、その後連立が成立したという話は聞きませんので、あいかわらず宙ぶらりん状態が続いているのではないでしょうか?

****パワーシェアリングの機能不全と埋まらぬ両者の溝 ****
(1998年の包括和平)協定では、北アイルランド自治政府内閣のポストを選挙で獲得した議席に応じて配分するパワーシェアリング(権力分有)方式が採用された。

このような異なる民族集団の共同統治をコンソーシエーショナリズム(consociationalism)というが、北アイルランドはその数少ない「成功事例」として語られてきた。(中略)

和平合意は、当時主流派であったUUP(アルスター統一党)と社会民主労働党という双方の穏健派が手を結んだことで実現した。1998年のノーベル平和賞を共同受賞したのもその穏健派二政党の党首たちである。

しかし、皮肉なことに、協定後の北アイルランドの選挙では急進派が躍進し、急進派同士が連立内閣を構成するという事態になっている。

コンソーシエーショナリズムにもとづくパワーシェアリングが急進派の台頭を招き、分断を深めるという現象は他の地域でも指摘されており、紛争解決の即効薬としてよく使われるパワーシェアリングの強い副作用として議論されている。北アイルランドもまさにそうなっていると言えそうである。【5月18日 松野明久氏(大阪大学大学院教授)「北アイルランド和平プロセスの今」http://peacebuilding.asia/north_ireland2017/
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EU離脱でアイルランドとの国境線復活? 市民生活・経済への影響は甚大 イギリスから分離独立を加速
この混乱・対立を更に深刻にするのがEU離脱の影響です。

http://rekishihodan.seesaa.net/article/429287463.html

****消えた国境、島に再び? 英の北アイルランド・アイルランド共和国****
欧州連合(EU)を離脱する島国の英国が、陸つづきの国境を持つアイルランド島。北アイルランドとアイルランドの長い紛争の悲劇を乗り越え、今は和平を象徴するかのように人々が自由に往来する。

しかし、英国のEU離脱が、新たな境界線を生もうとしている。新たな争いの火種になるのではとの懸念が住民に広がっている。(中略)
 
現在、両国(アイルランドと英領の北アイルランド)の行き来は日常だ。スチュアートさんは、ポンドが安い時は英国のスーパーへ買い物に行く。三男は北アイルランドの女性と結婚した。そこに「壁」はない。
 
しかし、英国のEU離脱決定が、英国が持つ国境に影を落としている。離脱後、EU加盟国と非加盟国を分ける境界線として生まれ変わるからだ。
 
EU側を代表して英国との離脱交渉に臨むバルニエ首席交渉官は5月中旬、アイルランド議会で演説し、「『強固な国境(ハードボーダー)』を避けるために努力する」と訴えた。争いの火種となりかねない国境をめぐる問題に関し、北アイルランド和平への配慮を交渉の重点項目に含めることを強調した。
 
それでも住民は不安が拭いきれない。スチュアートさんは言う。「若い人は紛争当時を知らないかもしれないけれど、トラブルの元になる国境はいらないよ」

 ■輸出・生活に影響も
北アイルランドにとって、アイルランドは最大の輸出相手で輸出全体の31%を占める。アイルランドからは農産物の39%が英国へ輸出されている。(中略)

英国がEUという単一市場を離脱すれば、原料の生乳や乳製品が国境を越えるたびに通関の手間がかかる可能性がある。EU加盟国として貿易協定などがある中国やアフリカへの輸出もできなくなる。(中略)

国境地域の社会問題や政策研究を行うシンクタンク「クロスボーダー研究センター」によると、和平が実現した現在、通勤や通学、通院のために1日に約3万人が国境を行き来する。
 
EUを離脱した後に英国がEUからの移民を規制しようとしても、英国とアイルランド両国がCTAを維持する限り、アイルランド経由で流入する移民を止めることは難しい。
 
英国が、アイルランド島から英国本土に渡る人に対し、国境審査を実施する方法もあるが、北アイルランドのプロテスタント系の反発は必至。

同センターのルース・タイロン所長は「現実的な方策はまだ見えてこない。貧しい人や特定の人種が当局の抜き打ち検査の標的になれば、憎悪犯罪や差別が助長され、社会が不安定化する」と懸念する。

 ■英からの分離問う住民投票、現実味
国境が目に見える形で存在するようになれば、アイルランドへの帰属を望む北アイルランドのカトリック強硬派を刺激し、1998年の包括和平合意が崩壊する恐れもある。
 
3月の自治政府議会選ではカトリック強硬派のシンフェイン党が得票率を伸ばし、第1党のプロテスタント強硬派の民主統一党(DUP)に1議席差に肉薄した。

シンフェイン党は国境境界線の設置に反対し、英国のEU離脱を機に、アイルランド帰属を問う住民投票の実施を求めている。
 
住民投票で住民の過半数が英国からの分離を望めば、北アイルランドは98年の包括和平合意に基づいて合法的にアイルランドに併合される。
 
北アイルランドは、EU離脱をめぐる昨年6月の国民投票で、55.8%の人が残留を支持した。残留派だったシンフェイン党への支持が引き続き高まれば、住民投票の実施が現実味を帯びる。
 
アイルランドのケニー首相と英国のメイ首相はともに「摩擦のない国境をめざす」と約束している。ただ、和平合意は両国がEU加盟国で、EU法の枠組み内にとどまり続けることが前提で書かれた。

英国のEU離脱で、合意文を書き直す協議のふたを開ければ、プロテスタント系住民とカトリック系住民の亀裂が深まる恐れも指摘されている。【5月30日 朝日】
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EU離脱によって北アイルランドとアイルランドの間の国境線が復活する事態は、通勤など現在は両地域を自由に行き来している住民の生活、両地域にまたがっている経済、結婚など両地域間の人的交流を根底から覆すことになります。

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ベルファスト協定(1998年包括和平合意)によって北アイルランド生まれの住民はイギリスまたはアイルランド共和国のいずれのパスポートも請求できることになった。

ただパスポートはアイデンティティの問題であって市民としての暮らしに影響はないらしい。

しかし、イギリスがEUから離脱することになり、アイルランドパスポートを請求している人が増えるだろうと予測されている。

さらに、これまでパスポートチェックもなく自由に往来できたダブリンとの間に国境線が引かれるとなると、大変不便なことになるし、現実問題として長い陸の国境線を管理するのは不可能に近い。(やったら膨大なコストとなって跳ね返ってくる。)北アイルランド住民のイギリス離れが進むのではないだろうか。【前出 松野明久氏「北アイルランド和平プロセスの今」】
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希望の芽は、共存と和解を求める若者の増加
包括和平合意に定められている住民投票の実施という話になると、上記のようなEU離脱に伴う混乱からの不満のほか、そもそものプロテスタント・カトリックの人口比が問題になります。

“北アイルランドの人口は約180万人(2011年センサス)である。宗教についてみるとカトリックが約74万人、プロテスタント諸派(長老派、アイルランド教会、メソジストなど)が約75万人で、残りは他の宗教や信仰宗教なしか無回答となっている。”【前出 松野明久氏「北アイルランド和平プロセスの今」】という状況で、プロテスタント系住民には将来的にカトリック系が多数派になるのでは・・・との不安があります。

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シン・フェイン党のスローガンは「平等を求める」で、そうした要求自体はしごく当然のことであり、実現に向けた努力がなされなければならない。

しかし、プロテスタント系住民の懸念は、そうして平等な権利を与えるとやがて彼らが多数派になった時、セクタリアン的な要求を次々と実現し、最後にはこの地をアイルランド共和国の一部にしてしまうだろうというものである。

マイノリティに転落する不安が頑ななユニオニズムを支えている。
実際、ベルファスト協定では、北アイルランド住民が将来多数でもってアイルランド共和国との統一を選択した場合、イギリス・アイルランド両政府はそれを受け入れなければならないと定め、将来帰属が変わる可能性を排除していない。

そしてこのところのトレンドではカトリック系住民の人口が増加しており、それがプロテスタント系住民の人口を超える日がいつか来ることを予感させるところがある。【前出 松野明久氏「北アイルランド和平プロセスの今」】
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そうした不安感もあって、プロテスタント強硬派の民主統一党(DUP)はカトリック系シンフェイン党への憎悪をむき出しにしており、カトリック系住民からの住宅の不平等な配分や就職差別について改善要求に対しても否定的です。

こうした“そもそもの不信感”の上に、現在のパワーシェアリングの機能不全による混乱、更に今後のEU離脱に伴う“国境線復活”という問題が加わって、分離独立要求の高まり・対立激化、最悪の場合は紛争再燃・・・といった事態が考えられます。

数少ない希望の芽としては、“今回の選挙ではユニオニスト系(プロテスタント系のイギリスとの連合支持派)の票、とくに若い人たちの票が多くアライアンス党や緑の党に流れたと推測されるが、おそらくその辺に希望を見いだすことができるかもしれない。とくにアライアンス党はプロテスタント系住民の支持を集めているが、EU残留を支持し、両者の共存と和解を掲げている。”ということもあるようですが・・・。

なお、EU首脳らは4月29日、イギリスとの離脱交渉に向けて開催した特別会議で、イギリスの北アイルランドが将来の住民投票でアイルランドと統合されることになった場合、同地域のEU加盟を認める方針を示しています。
これは、アイルランドのケニー首相からの要請に基づく決定です。

イギリスのEU離脱に関しては、現在の混乱・ショックが想像したほどではないとの楽観論もあるようですが、まだ何も始まっていません。すべてはこれからです。
EU離脱が現実問題となると、想像以上に大きな様々な問題を惹起しそうです。

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