(カンボジアの首都プノンペンで治安部隊と衝突する縫製工場労働者のデモ隊(2014年1月3日撮影)【1月3日 AFP】)
【カンボジア:政治対立の側面も】
カンボジアは東南アジア各国の中でも賃金水準が低い国のひとつです。
その安い労働力を求めて、日本を含む多くの外国企業が参入していますが、労働者の側からすれば、低い賃金水準は生活困難に外なりません。
カンボジアでは輸入品の関税引き上げで物価が上昇し、生活費が上がっているという事情もあって、賃金引上げを求める縫製工場労働者などのデモ・抗議行動が年末から拡大しています。
一方、政府にとっては、縫製業は国家の基幹産業であり、賃金上昇は外国企業の撤退という形でこの基幹産業を大きく揺るがすことにもなりかねません。
こうした両者の立場の違いから、年明け早々、治安部隊の賃上げ要求デモに対する発砲によって死者がでる混乱となっています。
更に、昨年7月の総選挙で不正が行われたと主張し、選挙のやり直しとフン・セン首相退陣を求めている野党救国党が労働者の賃上げ要求デモを支援していることから、野党指導者・サム・レンシー党首への召喚状が出されるなど、政治対立の様相も呈しています。
****続く与野党対立、賃金デモで死者 カンボジア****
カンボジアで与野党の対立が続き、一部で武力衝突に発展している。首都プノンペンでは3日、野党支持者が加わった工場労働者の賃上げ要求デモがあり、治安部隊が発砲して4人が死亡した。現地の日本企業にも不安が広がっている。
地元警察によると、野党支持者と縫製工場労働者ら数千人が3日、最低賃金の引き上げを求めて抗議集会を行った。一部の参加者が規制に入った治安部隊に石や火炎瓶を投げて衝突。治安部隊が発砲して制圧にかかり、デモ参加者4人が死亡、計約40人が負傷する事態となった。
プノンペンの裁判所は5日までに、騒ぎに関わった疑いで野党救国党のサム・レンシー党首らに召喚状を送った。レンシー党首は地元メディアの取材に「私は何も間違っていない」と語り、14日に行われる裁判所での尋問に応じる構えだ。
カンボジアの縫製工場の最低賃金は現行月80ドルで、100ドル前後のベトナムなど周辺国と比べて低い。政府は2018年までに段階的に160ドルに上げる案を示しているが、労働者側は即時の引き上げを主張し、昨年末から大規模なストに入っていた。
労働者と政府が歩み寄れない背景には、昨年7月の下院選挙を巡る対立がある。公式には議席数68対55で与党人民党が勝利したが、野党救国党は「不正がなければ我々が勝っていた」と主張。国会への出席を拒否するなど対立が続いている。
救国党は最低賃金の倍増を選挙公約に掲げ、労働者団体と一体となって闘ってきた経緯があり、安易に妥協できない状況だ。
賃金問題は、安い労働力を求めて進出した外国企業にとっても深刻だ。日系の工場関係者は「最低賃金の倍増は当然経営に響く。移転を検討する会社も出てくるだろう」と話している。【1月6日 朝日】
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【グローバル化のもたらす賃金上昇圧力】
同様の縫製工場労働者などの賃上げ要求デモの拡大は昨年、やはり賃金水準が低い国のひとつバングラデシュでも見られました。
カンボジアにおいては、総選挙の不正疑惑という政治要因が絡んでいますが、バングラデシュでは昨年4月に起きた工場が入った建物が崩壊し、1100人を超える死者を出した悲劇的な産業事故によって、その劣悪な労働環境や低い賃金水準が改めて注目されたことが背景にあります。
そうした個別の要因は各国で異なりますが、グローバル化のなかで外国企業の参入、あるいは外国の需要に応える形での国内企業の展開によって、単純労働である縫製業労働者への需要が増大し、拡大する労働者需要を背景に労働者側からの賃金引上げ要求が生じてくる・・・という大きな流れに沿った現象という点では共通しています。
****バングラデシュ、衣料産業労働者の最低賃金76%引き上げへ****
バングラデシュ政府が設置した委員会は4日、衣料品産業の労働者の最低賃金を76%引き上げる勧告を採決した。ただ引き上げ額は労働組合の要求額を大きく下回っており、仮に引き上げが実施されたとしても依然として世界最低水準の賃金であることに変わりはない。
政府当局者、衣料品製造メーカー、労働組合代表らからなる委員会は、1135人が死亡した縫製工場複合施設の倒壊事故を受けて、衣料品業界で働く同国の労働者400万人の最低賃金を現行の月額3000タカ(約3800円)から5300タカ(約6700円)に引き上げることを勧告した。
4月にラナプラザで起きた世界最悪規模の産業事故は、バンングラデシュにおける衣料品業界の劣悪な労働環境と低い賃金に対し、かつてないほど世界の注目を集めた。
最低賃金の引上げは賛成多数で採決されたが、高額すぎるとして工場経営者が反対するなど、票は割れた。
工場経営者代表のアルシャド・ジャマル・ディプ氏は、引き上げが実施されれば、中国に次いで世界2位の規模を誇るバングラデシュの220億ドル(約2兆2000億円)規模の衣料品産業が悲惨な結末に見舞われるだろうと警告を発している。
ディプ氏はAFPの取材に、「現実感を欠いた感情的な決断だ。われわれの競争優位が損なわれるだろう」と語った。
勧告が法制化されるためにはまだ政府の承認が必要だが、政府は2006年と10年に行われた同委員会の過去2回の勧告を採用している。またこれに先立って、政府は11月までに委員会の勧告に従って最低賃金の引き上げを行うことを約束していた。【2013年11月5日 AFP】
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【韓国:「死の弾圧」要請?】
こうした動きは安い労働力を求めて参入している外国企業にとっては“脅威”ともなる訳で、冒頭【朝日】にもあるように、日系企業においても撤退の検討などの話も出てきます。
もっとも、カンボジアのケースでは、最大の投資国である韓国が自国企業を守るためにカンボジア治安当局にデモへの強硬な対応を求めたことが混乱の背景にあるとも指摘されています。
****カンボジア「死の弾圧」は韓国の要請か****
5人の死者を出したデモ制圧作戦は、自国企業を守りたい韓国側の要請によるものと韓国大使館が発表
カンボジアの首都プノンペンで発生した賃上げを要求する労働者たちによるデモ。治安部隊との衝突で5人が死亡するなど大きな被害が出たが、この厳しい制圧作戦は韓国が要請したものだったという疑惑が浮上している。
ここ数カ月、カンボジアでは欧米の大手アパレルブランド向けに生産を行っている衣料品工場で働く労働者たちによるストライキが続発していた。彼らの要求は、最低賃金を倍にすること。月80ドル程度の収入では生活できないというのが彼らの言い分だ。
だが、カンボジア政府は先週、軍を動員してデモの制圧に乗り出した。治安部隊は中国製の小銃や警棒、鉄パイプなどを手にデモ隊への攻撃を開始。5人が死亡し、数十人が負傷した。
彼らが働く工場で生産される衣料品は欧米諸国や日本に向けて輸出されているが、大手ブランドと労働者をつなぐ仲介業者として大きな利益をあげているのは韓国企業だ。韓国資本の企業が賃金の安い現地の労働者を雇い、先進国向けに衣料品を大量生産している。
2012年には、韓国はカンボジアでの事業計画に総額2億8700万ドルを投資。カンボジアにとっては、中国を上回る最大の投資国だ。
そんな韓国が、労働者デモの武力鎮圧を裏で扇動したという。韓国大使館は、過去数週間にわたって韓国企業の利益を守るためのロビー活動が舞台裏で行われてきたことを認めている。その要求の中には、残忍で実戦経験も豊富なカンボジア軍をデモ取り締まりの任務に就かせることも含まれていたという。
韓国政府とカンボジア政府の間には、金銭的な関係を超えた幅広い分野での強いつながりがある。韓国の元大統領がカンボジアのフン・セン首相の経済顧問を務めたこともある。
昨年7月に行われた国民議会選挙で勝利した与党カンボジア人民党に、民主主義国家として最も早く賛辞を贈ったのも韓国だった。この選挙は、人権団体などから不正行為の横行が指摘されており、労働者や野党政治家による一連のデモが激しさを増した理由の1つにもなっていた。
言い換えれば、労働者のデモで危機に陥ったのはカンボジアの「国益」でもあったということだ。デモが過激化して工場への攻撃が激しさを増すようになると、韓国企業の利益を守ることはカンボジア政府の利益を守ることと同義となった。
そして今月2日、武装した軍のパラシュート部隊がデモ隊の前に現れ、僧やデモ参加者を警棒や鉄パイプで殴り始めた。現場となったのは、ギャップやオールド・ネイビー、アメリカンイーグル、ウォルマート向けに衣料品を生産する米韓の合弁会社Yakjinの工場前だ。
さらに翌日、制圧作戦はますます激しさを増す。今度はプノンペンの別の場所で首相の護衛部隊を含む多数の兵士がデモ隊に発砲し、5人が殺害されたのだ。
悲惨な話に聞こえるが、そう思わない人もいるようだ。
6日に公開された韓国語での長々とした声明で韓国大使館は、カンボジア政府に「事態の深刻さを理解し、迅速に行動するよう」仕向けたのは自分たちだったと認めたのだ。この中で彼らは、過去2週間にわたる高官レベルでのロビー活動が、韓国企業の利益保護の「成功」に貢献したと胸を張っている。
大使館の声明は、発砲事件の現場に建つ韓国企業の工場は自分たちの外交的な努力のおかげで、特別な警護態勢が取られていたとする。軍部隊による特別な警護態勢が取られていたのは、これらの建物だけだったというのだ。
労働者たちのストを解決するため、韓国の当局者はストの取り締まりは本来なら任務外であるはずの要人に要請を行ったという。首相直属で、高い戦闘力を誇るテロ対策部隊の幹部たちだ。
今のところ韓国大使館の言い分が正しく、カンボジア政府が彼らの要請に従って今回の制圧作戦を行ったという証拠はない。
Yakjinの工場の管理担当者であるコン・ソクンティアは、デモ鎮圧について韓国政府と共謀などしていないし、韓国側とカンボジア軍の会合も関知していないと語った。カンボジア政府関係者などへの取材でも、韓国との間で話し合いがあったという事実は確認できていない。【1月8日 Newsweek】
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韓国側の働きかけがが実際どのように行われ、どのような効果をもたらしたかは別として、そうした現地労働者への弾圧ともとれる強硬策を“自国企業の利益保護の「成功」”として誇示する韓国大使館の見識には驚かされます。
【先進国企業に問われる責任】
カンボジアやバングラデシュにおける労働者の賃上げ要求は、先進国の豊かな暮らしが途上国における過酷な労働環境に支えられている現実を改めて思い起こさせます。
先進国企業は応分の責任が問われます。
****ユニクロ」、バングラデシュ縫製工場の安全協定に署名****
アパレル大手「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは8日、バングラデシュで4月に1129人の死者を出した縫製工場ビル崩壊事故を受けて策定された「バングラデシュにおける火災予防および建設物の安全に関わる協定」に署名したと発表した。同社はこれまで署名を保留し、批判を浴びていた。
同協定には既に、欧州を中心に世界のトップ衣料ブランド70社余りが署名し、先月、バングラデシュ国内にある自社縫製工場の安全検査を9か月以内に行うと表明している。
検査で工場の安全性に問題があると判明した場合は、改修費用を負担する。同協定には法的拘束力がある。
同協定には各国アパレル企業の労働組合も署名している。だが、米アパレル大手の中にはまだ署名していない企業もある。
パキスタン(?)の衣料産業の規模はおよそ200億ドル(約1兆9000億円)で、中国に次いで世界第2位。
しかし、各国の縫製工場が入居していた複合ビル、ラナプラザの事故は、縫製工場で働くバングラデシュ人労動者たちの劣悪な労働環境が浮き彫りになった。
世界各地に1200店舗を展開するファーストリテイリングは、2010年にバングラデシュで、ノーベル平和賞を受賞した経済学者ムハマド・ユヌス氏が創設した貧困層向け融資を行うグラミン銀行グループのグラミンヘルスケアと合弁企業「グラミンユニクロ」を立ち上げ、ソーシャルビジネスを開始。
女性の経済的自立支援として女性たちによる戸別訪問販売で衣料品事業を行ってきたが、今年6月には台頭する中間層を対象に、首都ダッカ(Dhaka)に2店舗を出店すると発表している。【2013年8月9日 AFP】
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【グローバル化で先進国の所得格差拡大、過剰なナショナリズムにも】
グローバル化が途上国経済、途上国生活者にどのような効果をもたらすのか、所得水準の引き上げをもたらすのか、貧困と格差をもたらすのか・・・そうしたそもそも論については多くの議論があるところです。
その論議についての知見は持ち合わせていませんが、素朴な印象としては、グローバル化によって、縫製業のように参入が容易で、また、非熟練労働で対応できるような分野においては、上述のような賃上げや環境改善を巡る混乱は短期的に生じるものの、数十年という長期的には賃金・所得水準引き上げ、国際的所得水準の平準化の方向で作用するのではないか・・・という感があります。
それを阻害するものがあるとすれば、それはグローバル化そのものの問題ではなく、現地政府の統治のあり方の問題ではないか・・・とも感じます。
“縫製業のように参入が容易で、また、非熟練労働で対応できるような分野”以外では、外国企業・多国籍企業の産業支配構造が生まれるのではないかとの疑問もありますが、楽観的に見れば、全体的な所得水準の向上、中間層の拡大は、縫製業など以外の分野での自国企業展開へもつながると思われます。
適切な政策、良い統治があればの話ですが。
一方で、国際的所得水準の平準化は、途上国非熟練労働者の賃金引上げと同時に、これと競合する先進国非熟練労働者への逆風ともなり、先進国における所得格差拡大の要因ともなります。
そのことは先進国における社会不満の増大をまねき、偏狭なナショナリズムなどへ流れる危険もあるように思われます。
****世界はナショナリズムの暴走に歯止めをかけられるか 2014年、安倍首相の転換を願う****
新しい年は、1914年の第一次世界大戦の開戦からちょうど100年になる。偶発したサラエボでの「一発の銃声」が世界を巻き込む大戦争に発展したことを、現代人はあらためて想起して、ナショナリズムの暴走に歯止めをかけねばならない。
近年、多くの国の政権が、経済のグローバリズムと政治のナショナリズムを併用して国の統治をしているように見える。
元来、この2つは相反するものであって両立させることが困難であるはずだ。
グローバル経済は、モノ、カネ、ヒトの自由な交流によって、国境の塀を低くする。
だが、国家、民族、宗教を優先価値とするナショナリズムは、国境の塀をどんどん高くしてしまう。
それにもかかわらず、多くの国、特に新興国の一部では、意図的、意識的であるかはともかく、この2つをいわばセットとして活用し、国を統治している印象だ。
これらは根本的に相矛盾するものだから、いつかは必ず破局を招くことが必至である。
中国や韓国の現状はそれに近いように見えて心配になる。エジプト、トルコ、あるいはブラジルなどの大規模デモや暴動も、一見違うように見えるがこの矛盾が根底にあるように思われてならない。
急速なグローバル化が巻き起こす 経済格差、ナショナリズムの先鋭化
グローバル経済は必然的に経済格差を生む。私はそう考えている。これが世界の雇用、賃金水準が平準化するまで続くとしたら、少なくとも今後2、300年間は経済格差が拡大し続けるのかもしれない。
グローバル経済下では、権力上層部が他国のそれと連携して権益を拡大確保する。マラソンで言えば、第一グループが手厚く援護されて、第二グループが軽視されるから、その差は否応なく広がり、第一グループの背中さえ見えなくなってしまう。
こうなると、第二グループはナショナリズムに熱狂する他に不満のはけ口がなくなるではないか。また、権力側はすすんでナショナリズムを煽り、矛先を他国に向けさせて自らの保身を企てることになる。失業者や低所得者が尖閣問題に熱中しなければ、中南海の指導者は気を休めることができないのだ。
日本は、この轍を踏んではいけない。過剰なナショナリズムで日本を挑発する国と同じ次元で争わないことが何よりも重要である。日本は攻撃的ナショナリズムではなく、防御的ナショナリズムに徹するべきである。他国の主権侵害は絶対にしないと同時に、自国の主権侵害を断固として許さずはね返す。そんな一段格上のナショナリズムを目指そうではないか。
安倍晋三首相の「積極的平和主義」はこんな方向を目指すものであることを願っている。
ところが、最近の安倍首相の言動は、多くの国に誤解や疑念を生んでいる。特定秘密保護法、集団的自衛権の行使への熱意、さらには唐突な靖国参拝などが、米国をはじめヨーロッパ諸国、東南アジアまで「失望」させ、疑心暗鬼にさせている。
さて、経済のグローバル化は、そのスピードが急速であればあるほど、格差の拡大も急激となり、またナショナリズムの先鋭化も速くなる。
とにかく今年は拙速なTPP合意を含め、グローバル化を急がずに、ここで一息ついて遠くを見る必要もある。
首相の6日の記者会見は、むやみに馬にムチを当てる感じではなく、首相にしては精一杯抑制されたものと受け取った。もしや、このままウルトラナショナリストのような評価が欧米でも定着したらそれこそ不本意であろう。新年は首相が転換する機会である。【1月9日 DIAMOND 0nline 田中秀征】
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