(10年6月におきたトヨタ系列工場でのストライキ 昨年6月に多発した労働争議について、農村部で余剰人員が減少したり、あるいは農業部門でも追加の労働力が必要になっていると、工業部門での賃金水準の上昇傾向が顕著になるという“ルイスの転換点”が論じられましたが、これも人口ボーナス期の終わりが近づいていることによるひとつの現象でしょう。 “flickr”より By Pan-African News Wire File Photos http://www.flickr.com/photos/53911892@N00/4767320631/ )
【「中所得国の罠」】
「後開発途上国」「低所得国」の段階を脱して「中所得国」の位置にいる国が、次のステージである「高所得国」になる前に成長が止まってしまうことを、“中所得国の罠”と呼ぶそうです。
“リーマンショック”“欧州信用不安”“アメリカ国債格付け引き下げ”“日本の失われた20年”など低迷する世界経済の中で高成長を続ける中国経済は、新興国BRICsのなかでも際立っており、世界経済の牽引を期待されるまでになっています。
その中国も1人当たりGDPでみると、ようやく「中所得国」にさしかかった段階ですが、上記“中所得国の罠”に陥ってしまうのではないか・・・という議論がなされています。
****中国を待ち受ける「中所得国の罠」****
中国で「中所得国(中進国)の罠(わな)」をめぐる論議がにぎやかになっている。昨年、日本を抜きGDP(国内総生産)世界第2位の経済大国となったが、1人当たりGDPでは約4500ドルと、まだ中進国入りして間もない。ところが中南米や東アジアでは中進国の多くがさまざまな壁にぶつかり、低迷を続けている。中国も同じ失敗を繰り返すのでは、との懸念からだ。
「中所得国の罠」という言葉は、世界銀行が2007年にまとめた報告「東アジアのルネサンス」で登場した。中南米やアジアの多くの国が発展途上国から抜け出し、中所得国まできたところで貧富差拡大や汚職、都市のスラム化など難題に直面。長期停滞に陥る傾向がみられる。
先行例はチリやアルゼンチンなどの中南米諸国で、アジアではマレーシア、タイ、インドネシアで似た現象がみられる。1人当たりGDPが1万ドルを超えた日本、韓国、台湾、シンガポールは、数少ない例外だ。
そこで過去30年で最貧国から中所得国入りした中国はどの道をたどるのか。「罠にはまるか、先進国入りできるか。そのためにどうすべきか」といった研究や議論がにわかに活発化しているわけだ。関心の高さは、問題の重要さを端的に物語っていよう。
中国内の研究によると、罠にはまったアルゼンチンでは1964年に1人当たりGDPが1千ドルを超え、90年代に8千ドルまで上昇後、2002年には2千ドルまで急落した。
対照的に63年に142ドルだった韓国は、08年に2万ドル弱まで上昇した。大きな違いは韓国が研究開発費をGDPの約3%に高めて技術革新を進めたのに対し、アルゼンチンはわずか0・4%に低迷したことだ。
さらに後者は、所得格差指標のジニ係数が社会騒乱多発の警戒ライン(0・4)を上回る0・5を超えたのに対し、韓国は0・3と、いち早く格差縮小に成功した。この点は日本、台湾も同様で、共に技術革新を進めると同時に、民主化によって権力の腐敗や極端な所得格差を国民がチェックできる仕組みを整えた。
一方、長期独裁政権下で縁故主義や汚職が蔓延(まんえん)したインドネシア、フィリピンは現在も2千ドル台前半で低迷している。
そこで中国だが、安価な労働力やエネルギー・公共料金と人民元の安値維持などを通じた投資と輸出主導の高成長を続けた。しかしこの数年、労賃上昇が加速する一方、再来年ごろから新規の労働人口が減り始め高齢化が急速に進む。
一党独裁下で党・政府幹部一族や、彼らと結託した経済人らが特権層を形成。「1%の家庭が国富の4割を占有する」(杜伝忠・南開大学教授)現象が顕著になっている。
役人の腐敗による国家損失は「GDPの1~2割」(汪丁丁・北京大学教授)とされる一方、ジニ係数は0・5前後と中南米並みで、全土で大規模な抗議行動や暴動が多発している。
人民論壇誌の昨年7月調査(専門家50人、一般大衆約6600人)では、対照的な結果が出た。大衆の過半数が「中所得国の罠を回避するのは困難」とみる一方、専門家の大部分が「罠にはまる可能性は低い」との楽観論だった。
どちらが当たるかは「神のみぞ知る」だが、筆者は楽観できない。中華民族の優秀さからみて、先端技術開発や新たなビジネスチャンスへの挑戦で成功する可能性は十分ありえよう。
課題は腐敗や格差是正のための、政治を含めた体制改革に踏み込めるか否かだ。改革・開放政策に移行して以来の30年間先送りしてきた難題に立ち向かうには、よほどの覚悟が必要だ。しかし独裁体制の安定維持に大わらわの現・次期指導部には、とてもその余裕はないようにみえる。【8月27日 産経】
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【国民の富裕化より高齢化のほうが急速に進む】
中国の“中所得国の罠”が懸念される最大の理由は、よく取り上げられるバブルやインフレ、経済格差、非効率性、地方官僚の腐敗などではなく、人口問題であるとの指摘があります。
中国は、2015年をピークに生産年齢人口(15~64歳)が減少の一途をたどる急速な少予高齢化を迎えます。これは(移民を大量受入れしない限り)避けようがない現実です。
****中国は先進国になれない****
・・・だが中国の「(東アジアの)奇跡」への仲間入りは実現しそうにない。資産バブルやインフレ、不良債権問題など長年の懸案ゆえではない。コピー商品と非効率な国有企業が今ものさばり、腐敗が蔓延しているからでもない。
中国が抱え込んでいるのは、解決困難な構造問題だ。中国は世界で初めて、1人当たりGDPが先進国の水準に達する前に生産年齢人目の急減と急速な少子高齢化を経験する国になる。このことが、克服し難い大きな負担になる。
「人口学的分析では、中国は国民の富裕化より高齢化のほうが急速に進み、社会保障を整える前に高齢化社会に入る。危機的な社会状況だ」と、フランスの人口学者エマニュエル・トッドはロイター通信に語っている。
決して遠い先の話ではない。
大和総研の中国担当シニアエコノミスト斎藤尚登によれば、中国の2桁近い高成長が続くのはあと5年ほどで、その後は次第に減速し、20年以降は5~6%に落ちる。
今なら大量の失業者が出る低成長に中国が陥るのは、インフレのためでもバブル崩壊のためでもなく、10年後には労働力が足りなくなるため、そのレベルの成長しかできなくなるからだ。【8月31日号 Newsweek日本版】
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【1度しかない一発逆転のチャンス「人口ボーナス」】
近年、経済成長を論じる際、“人口ボーナス(恩恵)”の観点が認識されるようになっています。
“多くの途上国がいつまでも貧困から抜け出せない最大の要因は、子供が多過ぎるためだ。労働力にならない子供の数が多いほど社会全体の負担は増えるのに、教育レベルの低さや飢餓や病気で死ぬリスクを恐れて母親はたくさん産んでしまう。
だがいったん社会が豊かになり始めると、出生率は下がって社会の中で扶養しなければならない子供の比率は減る。その結果、生産年齢人口の比率が相対的に最も大きくなる経済成長に最適の人口構成が表れる。これが「人口ボーナス」といわれる現象だ。”【同上】
日本の高度成長も、この“人口ボーナス”を生かした結果と考えられます。
中国は、現在この人ロボーナス期にありますが、15年にはそれも終了します。
中国国内でもこの点は認識されており、所得水準が十分上がらないうちに本格的な少子高齢化を迎えてしまうことを「未富先老」問題と呼んでいます。
“人口ボーナスは一国に1度きりしか訪れない一発逆転のチャンスだ。人ロボーナス期が終わると、少子化とベビーブーム世代の高齢化がもたらす「人口オーナス(負担)」との戦いで成長どころではなくなる”という、1度きりの“人口ボーナス”を中国は十分に生かし切れなかった可能性があります。
****「人ロボーナス」の衝撃*****
日本の人ロボーナス期が終わった1990年の1人当たりGDPは2万7000だったが、中国の人口ボーナスが終わるとみられる15年の1人当たりGDPの予測額は5000ドルにも達しない。IMFの高所得国の定義である1万2000ドルははるかかなただ。
日本総研環太平洋戦略研究センターの大泉啓一郎・主任研究員によれば、中国が人口ボーナスを生かし切れなかった原因は2つある。
1つは、78年の経済開放以前の60年代後半から人口ボーナスが始まったため、その時期の多くを計画経済下の重工業強化に費やしてしまったこと。労働力が最も豊富な時期に、労働集約型の軽工業を発展させられなかったのは、計画経済の弊害だ。
2つ目の理由は、経済発展が不十分な段階で人口ボーナスが始まったため、労働力の大半が農村にとどまってしまったこと。【同上】
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中国で人口ボーナスが始まった60年代後半は、文化大革命が始まった時期でもあります。貴重な一回きりのチャンスを文革の混乱で無駄にしてしまった・・・とも言えます。
【人口オーナス期の到来】
中国では少子化が急激に進行しており、合計特殊出生率(1人の女性が生涯で産む子供の数を表す指標)は、1.6にまで低下しています。
急激な少子化の原因としては一人っ子政策があげられますが、必ずしもそれだけでなく、豊かになって子供を産まない現象が日本などより早く進行した、と指摘する専門家もいます。生活費や教育費が高い上海では、一人っ子政策が終わっても子供は持ちたくないという夫婦も増えているとも言われています。
なお、ヨーロッパ以上に歯止めのかからない急激な少子化は、日本、韓国、台湾といった東アジア諸国に共通した現象です。東アジア社会における女性の地位・環境といった地域的特殊性も反映しているのかも。
また、一人っ子政策をやめれば人口が増える、というものでもありません。
“少子化で子供を産む女性の数自体が減っているからだ。仮に一人っ子政策をやめたとしても、母親の数が増えるまでには20~30年かかり、その問人口の減少は続いていく。
少なくとも、これから生まれる子供が生産年齢に達するまでの15年間は、生産年齢に達しない子供とベビーブーム世代の大量退職者が二重の社会負担として企業や家計にのしかかる。低成長のせいで貧富の格差は解消せず、失業も増える。人口オーナス期の到来だ。”【同上】
もちろん、人口オーナス期にあっても対応策がない訳ではありません。
女性・高齢者の就労を高め、労働者の教育水準を向上させてマンパワー増大を図り、より成長が見込める分野に貴重な労働力を投入する、海外からの投資を促進する・・・こうした施策で乗り越えることは可能です。
問題は、中国政府がそうした適切な対応をとれるか・・・(日本も同様ですが)という点にあります。
中国経済の将来は、中国市場に大きく依存する日本経済にとっても、また、世界経済にとっても重大な関心事です。