孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イスラム社会との軋轢  「ブルカ」に「ブルキニ」、そして「ズボン」

2009-08-16 18:43:28 | 世相

(写真はロンドン イスラムファッションが目立つのはフランス同様です。 “見られる”ことが多い女性にとって、“隠す”ことは楽なのかも  “flickr”より By heremiet
http://www.flickr.com/photos/ejdk/246911898/

【“従属の象徴”】
フランスでは、第3共和制下の憲法で1875年、行政権と立法権を明確に分離するために大統領の議会演説を禁じていましたが、サルコジ大統領は、昨年7月の憲法改正で大統領の議会演説を認めさせ、今年6月21日に1848年のルイ・ナポレオン・ボナパルト(後のナポレオン3世)以来という“歴史的”議会演説を行いました。

“大統領権限の拡大”という、演説すること自体の問題のほかに、サルコジ大統領がこの演説でフランス国内のイスラム教徒女性について、「ブルカの問題は宗教問題ではない。これは宗教シンボルではなく、従属の象徴であり、さげすみの象徴だ。断じて言うが、ブルカはフランスでは歓迎されない」「わが国で女性が塀の中に閉じ込められ、社会生活から切り離され、アイデンティティーを奪われるのは容認できない」と述べ、議会でこの問題についてさらに話し合うよう促したことが論議をよんでいます。

頭から足の先まで真っ黒な衣で覆い“銃眼”のように目だけを出した衣装が「ニカーブ」、顔の部分だけが網状になっているのが「ブルカ」です。
大きなイスラム社会を国内に抱えるフランスでは、フランス国籍のアラブ系移民の女性や、イスラム教徒に改宗したフランス人女性の着用がこのところ増えているそうです。夫の強制などによって着用するのではなく、若い女性が進んで着用する場合が多いとも言われます。【7月1日 産経より】
なお、髪を覆うだけの「ヘジャーブ」(スカーフ)は、もう珍しくなくなったせいか、今回は問題になっていないようです。

個人的にも、旅行先で目にする印象としては、「ヘジャーブ」(スカーフ)はある種のファッション的なものとして、それほどの違和感はありません。(「さぞ暑いのでは・・・」と思うことはしばしばありますが。)
着用する女性達も、ファッションとして受け入れている側面もあるのではとも思われます。
また、宗教的シンボルというだけでなく、女性をシンボライズするアイテム・・・というふうにも見えます。
しかし、「ニカーブ」や「ブルカ」のような表情が見えない衣装には馴染めないものがあります。

【「宗教的シンボル」と「政教分離」】
イスラム教徒女性のスカーフ等の着用は「宗教的シンボル」として目立つだけに、「政教分離」との関係でフランスやトルコなどでしばしば問題となってきており、このブログでも取り上げたことがあります。
フランスは「政教分離」を原則としており、2004年には共和国の「政教分離」の原則に反するとして、公共の教育の場で「宗教色が強い服装やシンボルの着用を禁止する法」が成立し、このときも大論争がりました。
「宗教弾圧」との批判については、“「信教の自由」も含めた「自由」「平等」「博愛」の共和国のスローガンとは決して矛盾してはいない。宗教的規律から解放されるがゆえに「自由」で、宗教的外見と無縁であるがゆえに「平等」で、信仰とは無関係な市民的空間を構築できるがゆえに「博愛」というわけだ。”【7月1日 産経】とのことです。

今回のサルコジ発言も唐突に出てきた訳ではなく、アラブ系移民が多いフランス中南部選出議員が6月中旬に「ニカーブ」と「ブルカ」に関する特別委員会の設置を提案したことや、政府報道官が着用禁止法の制定も「排除しない」と発言したこと、これに対し、社会党が「禁止は問題の単純化だ」と反対、イスラム教の各団体の代表機関も「コーランでは着用を義務付けていない」と指摘する一方で、法律化には反対を表明するなどの論争が起こっていたことを受けてのもののようです。【7月1日 産経より】
サルコジ大統領の問題提起を受けて、国民議会では左右両党からの議員32人がブルカ問題について6か月間の審議を行い、提言をまとめることになっています。

【「宗教的差別」と「公衆衛生の問題」】
前置きが長くなりましたが、そんなフランスで今度は「ブルキニ」が問題となっています。
「ブルキニ」とは、「ブルカ」とビキニを合わせた造語で、頭髪を隠すベール、体を覆うコート、ズボンからなる、体の線などを隠すようデザインされたイスラム教徒用の女性水着です。

****「イスラム水着」の女性、プール入場を拒否される フランス*****
パリ郊外エムランビルにあるプールが、全身の大部分を覆うイスラム教徒の女性向け水着「ブルキニ」を着用した女性の入場を拒否し、論議を呼んでいる。
折しもフランスでは、ニコラ・サルコジ大統領が6月、全身を覆う衣服ブルカについて「フランスでは歓迎されない」と発言し、ブルカ着用禁止の是非を検討する議員32人からなる特別委員会が設立されるなど、イスラム教徒女性の服装をめぐる論争が激化しており、この一件が火に油を注ぐ格好となった。

エムランビルの地元当局が12日明らかにしたところによると、女性は7月にもこのプールを訪れブルキニを着用したが、その時は入場が許可された。ところが、8月に再度訪れた際には、プール側は着衣のままの入場を禁じるという衛生上の規則を適用し、入場を拒否した。
パリジャン紙によると、女性はイスラム教に改宗したフランス人で、プール側の決定を不服として提訴する構えだという。「これはまさに人種差別です。変化をもたらすために戦います。もし負ければ、フランスを出国することも検討します」(女性の談話)
地元市長は、ブルキニはコーランに載っていないためイスラム教の水着ではないとし、今回の問題はイスラム教徒は関係ないと主張している。【8月13日 AFP】
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この問題を報じた地元紙のホームページには、「宗教的差別ではなく、公衆衛生の問題」「(宗教などへの)寛容の精神がない」などと賛否両論が殺到。地元当局者は「(ひざ上まである半ズボンの水着なども認められないように)イスラム教とは関係なく、衛生上の問題だ」と訴えているそうです。

日本の公衆浴場などでも水着着用を禁じているように、“衛生上の問題”というのは理解できます。
ただ、こうした議論は、どういうスタンスに立つのか、排除の立場か融和の立場か・・・という議論の出発点で決まってくるように思えます。
イスラム社会の浸透を苦々しく思っており“排除”の立場に立っていれば、“衛生上の問題”で突っぱねることになりますし、イスラム社会を受け入れて“融和”の方向でと考えていれば、問題の特殊性を考慮して、衛生上の条件を付加する形でなんらかの妥協も可能な問題かと思われます。

【ズボンは「みだら」】
イスラム社会の女性ファッションに関して、フランスの件とは逆に、イスラム教国において西洋的ファッションが問題となっていることを報じた記事も最近ありました。

****ズボンはいた女性を「みだら」と逮捕、有罪ならむち打ち40回****
スーダン・ハルツームの裁判所は29日、ズボンをはいていたのは「みだら」だとして逮捕・起訴された女性記者、ルブナ・フセイン被告の裁判を一時中断し、判決の言い渡しを来月4日に延期した。
フセイン記者は今月3日、ズボン姿で飲食店にいたところ、踏み込んできた警察に同行を求められた。他にズボンをはいた女性12人が警察に連行され、うち10人は2日後に警察署に出頭し、むち打ち10回の刑を受けた。フセイン記者によるとこの中の何人かは、イスラム法(シャリーア、Sharia)が適用されない南部出身の精霊信仰者やキリスト教徒だった。
フセイン記者を含む3人は、スーダンの法律で「わいせつ行為に及んだ、または公衆道徳に反した、あるいはみだらな服装をした」罪で起訴された。有罪が確定すれば、むち打ち40回の刑と罰金250スーダン・ポンド(約9500円)が科せられる。

フセイン記者の弁護士によると、同記者が国連スーダン派遣団の報道部でも働いていることから、裁判官は国連要員としての訴追免除を受けるか、その権利を放棄して裁判を続けるかを選択させた。フセイン記者が訴追免除を放棄すると、裁判官は判決の言い渡しを来週に延期したという。
29日、フセイン記者はモスグリーンのズボンにゆったりした花柄のブラウス、緑色のヘジャブ(イスラム教徒の女性が被るヘッドスカーフ)という、逮捕当時と同様の服装で出廷。満員の傍聴席の前で、「国連を辞め、裁判を続けたい」と決意を述べた。
判決を聞こうと法廷に詰めかけた人びとの大半は、フセイン記者を支持する女性らで、団結の印として同様のズボンをはいた支持者らもいた。
スーダン警察は、フセイン記者の扱いを女性に対する抑圧だと非難する記事を書いた別の女性記者についても、名誉棄損の罪で起訴している。【7月30日 AFP】
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記事によれば、判決は今月4日に延期されたとのことですが、どうなったのかはわかりません。
裁判を傍聴した女性にもズボン着用の女性がいたとのことですから、ズボンを着用すれば即逮捕されるという訳ではなく、何らかの事情で今回被告の着用がターゲットになったようにも思えます。

【異文化の共存】
欧米・日本的価値観からすると違和感があるイスラム社会の規制については、公の場で飲酒したイスラム教徒の女性モデルに6回のムチ打ち刑と罰金5千リンギ(約13万円)の判決が出た事件(マレーシア)【7月29日 朝日】とか、衛星テレビの番組で自らの赤裸々な性体験を告白した男性が逮捕され、死刑を求める声さえ出ており、当該テレビ局の現地支社が閉鎖となった事件(サウジアラビア)【8月8日 時事】なども最近ありました。

宗教・文化・価値観の異なる民族が共存していくことは非常に困難な問題ですが、現在世界中で噴出している政治的問題の多くがイスラム社会からの欧米的世界への異議申し立てという側面があることを考えると、お互いの歩み寄りが必要な重要な問題です。

コメント
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