あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

府中市修景池の蓮2017/7/20現在

2017年07月27日 05時50分04秒 | 蓮と睡蓮
2017.7.20訪問。7月20日は府中市の大國魂神社さんですもも祭があると知りました。
ついでに、府中市郷土の森公園の修景池の蓮を見に行きました。多分今年の見納めの蓮かも〜??
9時半すぎにJR南武線府中本町駅到着。線路沿いの遊歩道を約1.5キロ。
すでに暑い。ようやく修景池に到着したら10時10分すぎ。いや〜〜、遊歩道に影がほとんどなかったのがきついねえ。

実は修景池を訪問したのは2度目です。
府中市郷土の森、修景池の蓮(2012年7月28日)の記事 2012.7.3訪問。この時、蓮は見頃でした。
今年は開花の進行が遅めだからちょっとは期待してたけど、さすがに7月20日は遅すぎました〜。蓮の花托がいっぱいです。
ピンクの蓮は「知里の曙」という品種。

こちらは大賀ハス。修景池には30品種ほどの蓮が栽培されています。



ほとんどの蓮が見頃を過ぎています。

こんな感じで見れますが、品種によると枯れてしまっています。



あちこちにカルガモがいました。

噴水の水が綺麗で、撮影を楽しんでる方がちらほら。

修景池の辺に大賀博士の銅像があります。

府中はハスのメッカなり(大賀一郎博士の足跡)
明治16年(1883)4月28日岡山県吉備町で生まれた大賀一郎博士は、岡山一中、第一高等学校を経て、東京帝国大楽(現東京大学)に入り明治42年(1908)理科大学植物学科を卒業されました。
昭和20年(1945)5月に中野の自宅を戦災で失い、同年6月から府中に住まわれ、昭和40(1965年)6月15日東大病院において病死するまで、蓮、曼荼羅、布目かわら(武蔵国分寺瓦)などの研究を行いました。
昭和26年(1951)に千葉県検見川で古代の丸木舟が発見された泥炭地を発掘し、青泥層から出土した2000年以上前の種子を府中で発芽させ、翌年7月に開花させました。このことは、報道各社が取り上げ、国外では11月17日付米国ライフ誌に掲載され、「二千年蓮」「大賀蓮」として世界に知られることになりました。
大賀博士はこのほか、孫文蓮、ネール蓮、妙蓮など20数種の花蓮を自宅、市立第一小学校内及び中央公園(現寿中央公園)などで育成し、各地に分根されました。
昭和三十四年(1959)8月9日には、妙蓮の開花を記念して、中央公園ハス池前で第一観蓮会が行われました。
妙蓮は、大賀博士が昭和33年(1958)5月に国の天然記念物である金沢市の持明院の非常に珍しい蓮を移植したもので、ピンクの蕾は普通の蓮に似てますが、中からいくつかの花が並んで現れる事から「多頭蓮」の名があります。この花の花弁数は、合計3000枚から6000枚になりますが、花のまま枯れてしまいます。
府中市では、昭和48年(1973)3月に中央公園から市民健康センター修景池に大賀蓮、妙蓮など各種の蓮を移植しました。
現在、郷土の森公園修景池には、大賀蓮を始め30種類の花蓮が植えられています。
開花は6月下旬から8月下旬ですが、見頃は7月中旬から8月中旬の朝8時ごろまでです。
撮影を楽しんだ後、10時半修景池を後に。またまた府中本町駅まで散策路を戻ります。

途中、サントリーのビール工場を横目に。

見頃のサルスベリを眺め。

駅前の日陰の石のベンチに腰掛けて、府中市のカラーマンホールを眺めつつ休憩。
すもも祭開催中の大國魂神社さんに到着したら11時を過ぎてました〜。つ、疲れた〜。

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 白旗神社さんに着いたら祭り... | トップ | 大國魂神社さんのすもも祭 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

蓮と睡蓮」カテゴリの最新記事