あられの日記

散歩先で心に触れたあれこれを記事にしてます。カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に入ってます。

大本山総持寺

2012年02月13日 05時10分47秒 | 神社・仏閣
12時頃川崎大師を後に、京急で京急鶴見駅へ移動。駅前でお昼ご飯をいただいてさあ総持寺へ。
京急から総持寺へ向かうには、何本線路があるんじゃ!!と呆れる程の広〜い線路を横切って反対側へいかねばなりません。これが結構大変。お年寄りなら踏切が上がってる間に渡りきれんのじゃ?といらぬ心配しちゃいます。
さて。総持寺に到着。最寄りの道にある参道は大きくないのですが、奥へ進むとびっくりする程に何もかもがでかいっ!!
トップ画像は総持寺の総門。到着時間は13時36分です。
「三樹松関」と書かれた扁額があります。この門の形は高麗門です。相模原の無量光寺にある高麗門と形は同じですが、さすがに総持寺のは立派だなあ。画像では分かりにくいんですが、門を裏側から見ると、門の両側に特徴があります。ね。門の両側に2つの屋根。これが高麗門の特徴。お城の入り口にある門もこの形のものをよく見かけます。
続いての登場は三門。

でか〜〜いっ!!何じゃコレ!!
総持寺のホームページで調べた。「昭和44年落成。鉄筋コンクリート造りでは、日本一の大きさ」とあります。さもあらん…。少し笑えるエピソードも載っていた。「左右に元横綱・北の湖関15歳の姿をモデルにしたと伝えられる仁王像が納められています」ですって。
「三松閣」
これもええかげんでかいです。まるで自分がコロボックルかホビットになった気がする。
こちらも鉄筋コンクリート製。切り妻造りの堂宇です。地上4階、地下2階。9400平方メートルの広さ。
ここって坂道にあるので、見る場所により何階建て?と錯覚しがち。私たちは帰りに売店を覗きに入りました。
「向唐門」(画像は門を大祖堂側から撮影)
「総持寺は、後醍醐天皇から「日域無双の禅苑たるにより、曹洞出世の道場に補任す」との諭旨を賜り、以後、歴代天皇より勅願寺として仰がれましたので、「勅使門」の名を残しておりました」ホームページより。
ってなことで、門は閉まってます。一般開放あります。正月・節分会・11月5日の移転記念日の時。更に禅師の入山式の時だそうで。
何げに京都御所の門に雰囲気が似ている。装飾はこっちの方が少ないが。
「香積台」
総受け付けです。
「香積とは、香気が充満している世界のことで、そこに住む如来の名でもあります。転じて、禅門では食事を調理するところの庫裡を意味します」ホームページより。
私たちは外観だけ拝見しましたが、拝観・参拝受付や売店もこちらですので、立ち寄ればよかったかも。
気になるので調べた。すると諸堂拝観なる修行僧の案内で説明を聞きながら歴史を物語る大名刹を拝観する1周1時間のコースがありました。
諸堂拝観は10時・11時・13時・14時・15時の定時拝観です。
拝観料:30名まで一人400円。30名以上一人350円。予約した方が安心かも。問い合わせ先は総持寺総受け付けへ。
「百間廊下」
金鶏門(通用門)を入ると長さ152メートルに及ぶ長い廊下がありました。こちらは東西のお堂群をつなぎ、外苑と内縁を別ける廊下となってます。帰りにここを移動する雲水の姿も見ました。
「待鳳館」
大正4年(1915)竣工。
大正12年(1923)関東大震災で玄関を除き倒壊。
昭和32年(1957)東京・千駄ヶ谷の尾張徳川家旧書院を移築。総持寺の迎賓館。
へえ〜へえ〜へえ〜〜っ!!
尾張徳川家の建物だつたのかぁ〜。格式十分の建物だと思った!
門前に棕梠の木やヤシの木があるのが昭和らしいところ。
「紫雲臺」
総持寺の住持・禅師の表方丈の間。
紫雲臺とは、禅師の総称にもなってます。書院を区画する襖および板戸には大正9−10年に掛けて制作。近代日本画の貴重な水墨画や彩色画があるので、いつか見てみたいです。こちらには池泉回遊式庭園もあるんだよね。
「侍局」
禅師のお住まい。跳龍室は上間・下間とがあり、約50畳の広さ。

そんなこんなで総持寺の右側を奥へ進んで来ました。総持寺は関東のお寺には珍しい程に大きいんです。明日も総持寺を紹介しますね。   人気ブログランキングへ
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中国庭園の瀋秀園

2012年02月12日 04時10分38秒 | ぶらぶら散歩
川崎大師に隣接して大師公園があります。瀋秀園はその中にあります。
「この庭園は中国の瀋陽市から友好都市提携5周年を記念して寄贈されたもので悠久な歴史と伝統にはぐくまれた中国庭園技術の奥義をきわめた瀋陽市のすばらしい庭園という意味で「瀋秀園」と名付けられました。
庭園面積は約4300平方メートルで大湖石を主景とした閉鎖的な空間と、池(秀湖)を中心とした明るい開放的な空間からなり、滝、石、築山、樹木など四季の色彩の変化に富む景色を楽しみながら橋と園路により庭園内を回遊出来るようになっております。
特に明代、清代の皇帝や勅建の寺廟、親王邸などに用いられた瑠璃瓦は、嘆声で美しい線形が特徴となっております。
この庭園には中国でも大変貴重な石とされております大湖石をはじめ、瑠璃瓦や木組み、獅子像につきましては、瀋陽市から贈られたものです。
滝部分などの石組みや建築物の色彩絵柄などについては瀋陽市の庭園技術指導団のご指導と、ご協力より完成したものです」







ここは海から近いせいか、去年9月の台風で樹木が痛めつけられたようで、カエデの葉っぱが縮れて残ってました。
瀋秀園を見終わったら既に12時前。さ〜て、今日のお昼はどこで何を食べようかな〜?
あ。公園にいるのに、いつものあんパンじゃないの?というツッコミには、真冬にお外で食べたくない!と答えておきましょう〜。   人気ブログランキングへ
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川崎大師境内案内

2012年02月11日 05時27分40秒 | 神社・仏閣
昨日に引き続き川崎大師の案内です。

トップ画像は大山門です。まだお正月飾りが残っていました。
大山門は開創850年の記念事業で昭和52年(1977)に落慶。門の四方には持国天・増長天・広目天・多聞天がいらっしゃいますが…。見忘れました
薬師殿。
こちらも最近出来ました。落慶は2008年11月。中に入ると、自分の干支の仏様がいらっしゃり、それぞれ判子が用意してあります。それをしをりに押して持ち帰る事が出来ます。
薬師如来を信仰する人びとを守る十二神将が薬師如来の回りに配してあります。
薬師殿は参拝客が少なかったです。川崎大師の案内冊子はこちらでいただけます。ぜひ立寄りをおススメします。
信徒会館。
聖徳太子堂。
古賀政男像。
ここで川崎大師の基本を紹介。
宗派:真言宗智山派
寺号:金剛山金乗院平間寺
宗祖:弘法大師空海
平安時代に平間兼豊・兼乗という武士の親子が川崎の地に住み着き、漁師の仕事をして暮らしていました。
ある日、網に木像が引き上げられました。(どっかで聞いたような縁起…。浅草寺だっけ?)高野山の僧侶が兼豊のもとに立ち寄り、像を見て感涙。大治3年(1128)寺を建立し、平間兼豊の姓をもって平間寺と号しました。
川崎大師は関東厄よけの第一霊場です。
ってなことで年末になると厄除のテレビCMが流れているのですね。ちなみに今年の厄年の方はこちら。

ちなみに護摩木の書き方はこう。

そして神社によくある破魔矢も。
川崎大師の破魔矢はリーズナブルですねえ。確か、お札もリーズナブルだった。以前購入した時値段を聞き返した記憶があるわ。
ところで破魔矢って意味とか飾り方も決められてるんですね。我が家はダンナが玄関に刺してますが、これって間違いみたい。
平成24年の飾り方はこう。
「平成24年は、五黄殺(南東)・暗剣殺(北西)・歳破(北西)の方角にそれぞれ破魔矢の鏃を向けて頭より高い位置で祀ります。
五黄殺とは、自己の怠慢や不注意から失敗、腐敗など不幸の深みにはまる恐れあり。
暗剣殺とは、思いがけない、突発的な事故・怪我に注意。
歳破とは、注意し、努力しても何かの力で実らない」
うん。破魔矢はちゃんと飾らないと。でもマンションじゃあなあ〜。飾りにくいよな〜。   人気ブログランキングへ
ちくそ〜〜!!負けた気分じゃっ!!
何を嘆いてるのかと言えば、先ほどキャベツを1個300円で購入してきたんですよ。高いっ!!今年に入ってずっと高かったんですが、今までは白菜は安かったんですよ。でも遂に白菜もそこそこいいお値段になった。や。根菜類はまだ比較的値段は安めなんだが、葉ものはどないしたんじゃっ!!って説教したいくらい高いです。
や〜、今年の寒さはいつまで続くのか??
あんまり服が増えても、しまう場所がないんで、極力衣類は増やさないように心がけてたんですが、年明けからの寒さに負けて、1月のバーゲンシーズンに例年になく爆買いしてしまいました。私のだけでフリース2枚・起毛Tシャツ2枚・起毛トレーナー1枚・あまつさえボア付きコート1枚まで購入。私、靴下は足の回りになんか布あるの嫌いで例年は冬でも裸足な人なので、アクリル&毛を使った靴下って持ってなかったんですよ。今年の寒さに負けて暖か靴下も買ってしまいました〜。シーズン終わって、これらの衣類の保管場所がありません。ダンナの衣類もあれこれ買い込んでしまったので、頭痛い〜。
こられの現象は寒さのせいであって、決して体調悪化でないっ!!と信じてますが…。どうだろうなあ〜。毎年2月は体調悪化の月なんですよ。おととし程酷くはないんだが…。昨日もいつものように自転車で町田まで買い物に出かけたんだけど、途中で気持ち悪くなって(具体的には心拍数急上昇で辛いという)相模大野で挫折してしまった〜…。んでもって、今日も朝から調子悪いです。もう凹みます。早く暖かくなってくれ。
なんか、今年は1月が2回ある閏月みたいだ。旧暦ではたまにあったアレです。でも神奈川でこんなにぼやいてたらイカンよな。日本海側は今年大変そうだしな。頑張ろうっと。私の場合、頑張っても体調の悪さは改善しないのがダメなんだけどね。持病とは仲良くしたいぜ。
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川崎大師経蔵

2012年02月10日 05時13分30秒 | 神社・仏閣
川崎大師へ初詣。屋台を冷やかしてから境内を回る。
最初に入ったのは経蔵。まず驚くのは天井の飛天です。4面をご覧下さい。





壁面はお経が納められています。
経蔵は平成16年5月に落慶され、中には釈迦如来像がいらっしゃいます。

分かりにくいんですが、画像左上に見えるのが祈りと平和の像。そして右奥に見えるのが八角五重塔です。
八角五重塔は昭和59年(1984)に落慶。

ちなみに境内には石碑などもあるのですが、屋台が立ち並び石碑を鑑賞出来ません。ちと残念です。   人気ブログランキングへ
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川崎大師のお不動様は屋台が一杯

2012年02月09日 05時07分02秒 | 神社・仏閣
1月6日に川崎大師へ初詣に出かけました。
川崎大師の境内には不動堂があります。そこに屋台が迷路のように並んでいます。まずは本堂で参拝したものの、やっぱ屋台に心引かれて川崎大師のあれこれを見る前に屋台めぐりをしてしまいました。…今年も煩悩にまみれてるなあ〜。

 

でもそこはお寺の境内の屋台です。縁起物の屋台もあるのだ。

こっちがお不動さま。
 
変わった屋台もあるよ。
 
お不動様の入り口の門はこっち〜。やっぱ、お正月は川崎大師にお参りに来る客が主なので、せっかくの不動門にこんな横断幕がっ。不動門は戦災後、他から移築された門です。
川崎大師のお不動様は、成田山新勝寺の不動明王を勧請したんですって。しかも最近。つーか昭和39年4月に。

本日カテゴリーを追加しました。
「神社・仏閣」「レトロ建築」、そしてこっそり「墓所」の3つ。
カテゴリー新設に伴い「能楽」を「展覧会&観光施設」。「政治」を「雑記」に併合しました。
カテゴリー別立てにしたかったんですが、gooのカテゴリー分けは30個が上限なのです。
今朝からカテゴリー移動を開始したのですが、300個程チェックしただけでもうカテゴリーのカオスで溺れそうです。
ブログ紹介の文章に鶴岡八幡宮の場合、神社・仏閣ではなく、鎌倉のカテゴリーの中にあると書きました。
それはそうなんだけど〜…。カテゴリー分けって難しい。
例えば、「瑞泉寺の紅葉」という記事の場合、カテゴリー分けするなら紅葉散歩・神社仏閣・鎌倉・レトロ建築・歴史散歩の5つで悩むことになる。この場合優先順位は??となってしまうのですよ。一応ね記事の内容から紅葉散歩>鎌倉>神社・仏閣>歴史散歩>レトロ建築と優先順位をつけ、gooのカテゴリー登録は1記事につき1カテゴリーなので紅葉散歩へ登録〜と作業を進めてます。
現時点でカテゴリー変更の為ざっと250個程記事を遡ってみましたが、まだまだ先は遠い。だって記事数が2000個近いんだもん…。
まあな、ここのところ毎日更新してるし、数年前は1日に複数個の記事を更新してたからな。当たり前だよな〜。
こ、こんなことになるとは
大分前から神社・仏閣カテゴリー作るべきだろうとは思ってたんだけど、カテゴリー変更作業が大変そうだなと二の足を踏んでたんですよ。でもこれでうちのブログを見に来て下さる人の使い勝手が向上するなら嬉しいもんな。が、がんばろう〜 
心残りはブログ上限30個に縛られて、「石像・銅像」カテゴリーを作るのを見送ったことだわ。あちこちでおみかけする石像の出来・不出来を付けランキングするのも楽しそうだと思ってたんですが…。や、愚痴る前に頑張れ自分。まだカテゴリー分けの終わってない記事は約1750個もあるぞっ!!カテゴリー分けはしばらくかかる予定なので、ほぼ毎日ブログチェックをして下さってる心易しい皆様。カテゴリー移動が終わる頃、チェックしてみて下さいませ   人気ブログランキングへ
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