12時頃川崎大師を後に、京急で京急鶴見駅へ移動。駅前でお昼ご飯をいただいてさあ総持寺へ。
京急から総持寺へ向かうには、何本線路があるんじゃ!!と呆れる程の広〜い線路を横切って反対側へいかねばなりません。これが結構大変。お年寄りなら踏切が上がってる間に渡りきれんのじゃ?といらぬ心配しちゃいます。
さて。総持寺に到着。最寄りの道にある参道は大きくないのですが、奥へ進むとびっくりする程に何もかもがでかいっ!!
トップ画像は総持寺の総門。到着時間は13時36分です。
「三樹松関」と書かれた扁額があります。この門の形は高麗門です。相模原の無量光寺にある高麗門と形は同じですが、さすがに総持寺のは立派だなあ。画像では分かりにくいんですが、門を裏側から見ると、門の両側に特徴があります。
ね。門の両側に2つの屋根。これが高麗門の特徴。お城の入り口にある門もこの形のものをよく見かけます。
続いての登場は三門。

でか〜〜いっ!!何じゃコレ!!
総持寺のホームページで調べた。「昭和44年落成。鉄筋コンクリート造りでは、日本一の大きさ」とあります。さもあらん…。少し笑えるエピソードも載っていた。「左右に元横綱・北の湖関15歳の姿をモデルにしたと伝えられる仁王像が納められています」ですって。
「三松閣」
これもええかげんでかいです。まるで自分がコロボックルかホビットになった気がする。
こちらも鉄筋コンクリート製。切り妻造りの堂宇です。地上4階、地下2階。9400平方メートルの広さ。
ここって坂道にあるので、見る場所により何階建て?と錯覚しがち。私たちは帰りに売店を覗きに入りました。
「向唐門」(画像は門を大祖堂側から撮影)
「総持寺は、後醍醐天皇から「日域無双の禅苑たるにより、曹洞出世の道場に補任す」との諭旨を賜り、以後、歴代天皇より勅願寺として仰がれましたので、「勅使門」の名を残しておりました」ホームページより。
ってなことで、門は閉まってます。一般開放あります。正月・節分会・11月5日の移転記念日の時。更に禅師の入山式の時だそうで。
何げに京都御所の門に雰囲気が似ている。装飾はこっちの方が少ないが。
「香積台」
総受け付けです。
「香積とは、香気が充満している世界のことで、そこに住む如来の名でもあります。転じて、禅門では食事を調理するところの庫裡を意味します」ホームページより。
私たちは外観だけ拝見しましたが、拝観・参拝受付や売店もこちらですので、立ち寄ればよかったかも。
気になるので調べた。すると諸堂拝観なる修行僧の案内で説明を聞きながら歴史を物語る大名刹を拝観する1周1時間のコースがありました。
諸堂拝観は10時・11時・13時・14時・15時の定時拝観です。
拝観料:30名まで一人400円。30名以上一人350円。予約した方が安心かも。問い合わせ先は総持寺総受け付けへ。
「百間廊下」
金鶏門(通用門)を入ると長さ152メートルに及ぶ長い廊下がありました。こちらは東西のお堂群をつなぎ、外苑と内縁を別ける廊下となってます。帰りにここを移動する雲水の姿も見ました。
「待鳳館」
大正4年(1915)竣工。
大正12年(1923)関東大震災で玄関を除き倒壊。
昭和32年(1957)東京・千駄ヶ谷の尾張徳川家旧書院を移築。総持寺の迎賓館。
へえ〜へえ〜へえ〜〜っ!!
尾張徳川家の建物だつたのかぁ〜。格式十分の建物だと思った!
門前に棕梠の木やヤシの木があるのが昭和らしいところ。
「紫雲臺」
総持寺の住持・禅師の表方丈の間。
紫雲臺とは、禅師の総称にもなってます。書院を区画する襖および板戸には大正9−10年に掛けて制作。近代日本画の貴重な水墨画や彩色画があるので、いつか見てみたいです。こちらには池泉回遊式庭園もあるんだよね。
「侍局」
禅師のお住まい。跳龍室は上間・下間とがあり、約50畳の広さ。
そんなこんなで総持寺の右側を奥へ進んで来ました。総持寺は関東のお寺には珍しい程に大きいんです。明日も総持寺を紹介しますね。
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京急から総持寺へ向かうには、何本線路があるんじゃ!!と呆れる程の広〜い線路を横切って反対側へいかねばなりません。これが結構大変。お年寄りなら踏切が上がってる間に渡りきれんのじゃ?といらぬ心配しちゃいます。
さて。総持寺に到着。最寄りの道にある参道は大きくないのですが、奥へ進むとびっくりする程に何もかもがでかいっ!!
トップ画像は総持寺の総門。到着時間は13時36分です。
「三樹松関」と書かれた扁額があります。この門の形は高麗門です。相模原の無量光寺にある高麗門と形は同じですが、さすがに総持寺のは立派だなあ。画像では分かりにくいんですが、門を裏側から見ると、門の両側に特徴があります。
ね。門の両側に2つの屋根。これが高麗門の特徴。お城の入り口にある門もこの形のものをよく見かけます。続いての登場は三門。

でか〜〜いっ!!何じゃコレ!!
総持寺のホームページで調べた。「昭和44年落成。鉄筋コンクリート造りでは、日本一の大きさ」とあります。さもあらん…。少し笑えるエピソードも載っていた。「左右に元横綱・北の湖関15歳の姿をモデルにしたと伝えられる仁王像が納められています」ですって。
「三松閣」これもええかげんでかいです。まるで自分がコロボックルかホビットになった気がする。
こちらも鉄筋コンクリート製。切り妻造りの堂宇です。地上4階、地下2階。9400平方メートルの広さ。
ここって坂道にあるので、見る場所により何階建て?と錯覚しがち。私たちは帰りに売店を覗きに入りました。
「向唐門」(画像は門を大祖堂側から撮影)「総持寺は、後醍醐天皇から「日域無双の禅苑たるにより、曹洞出世の道場に補任す」との諭旨を賜り、以後、歴代天皇より勅願寺として仰がれましたので、「勅使門」の名を残しておりました」ホームページより。
ってなことで、門は閉まってます。一般開放あります。正月・節分会・11月5日の移転記念日の時。更に禅師の入山式の時だそうで。
何げに京都御所の門に雰囲気が似ている。装飾はこっちの方が少ないが。
「香積台」総受け付けです。
「香積とは、香気が充満している世界のことで、そこに住む如来の名でもあります。転じて、禅門では食事を調理するところの庫裡を意味します」ホームページより。
私たちは外観だけ拝見しましたが、拝観・参拝受付や売店もこちらですので、立ち寄ればよかったかも。
気になるので調べた。すると諸堂拝観なる修行僧の案内で説明を聞きながら歴史を物語る大名刹を拝観する1周1時間のコースがありました。
諸堂拝観は10時・11時・13時・14時・15時の定時拝観です。
拝観料:30名まで一人400円。30名以上一人350円。予約した方が安心かも。問い合わせ先は総持寺総受け付けへ。
「百間廊下」金鶏門(通用門)を入ると長さ152メートルに及ぶ長い廊下がありました。こちらは東西のお堂群をつなぎ、外苑と内縁を別ける廊下となってます。帰りにここを移動する雲水の姿も見ました。
「待鳳館」大正4年(1915)竣工。
大正12年(1923)関東大震災で玄関を除き倒壊。
昭和32年(1957)東京・千駄ヶ谷の尾張徳川家旧書院を移築。総持寺の迎賓館。
へえ〜へえ〜へえ〜〜っ!!
尾張徳川家の建物だつたのかぁ〜。格式十分の建物だと思った!
門前に棕梠の木やヤシの木があるのが昭和らしいところ。
「紫雲臺」総持寺の住持・禅師の表方丈の間。
紫雲臺とは、禅師の総称にもなってます。書院を区画する襖および板戸には大正9−10年に掛けて制作。近代日本画の貴重な水墨画や彩色画があるので、いつか見てみたいです。こちらには池泉回遊式庭園もあるんだよね。
「侍局」禅師のお住まい。跳龍室は上間・下間とがあり、約50畳の広さ。
そんなこんなで総持寺の右側を奥へ進んで来ました。総持寺は関東のお寺には珍しい程に大きいんです。明日も総持寺を紹介しますね。
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薬師殿。
薬師如来を信仰する人びとを守る十二神将が薬師如来の回りに配してあります。
信徒会館。
聖徳太子堂。
古賀政男像。

川崎大師の破魔矢はリーズナブルですねえ。確か、お札もリーズナブルだった。以前購入した時値段を聞き返した記憶があるわ。












。でもこれでうちのブログを見に来て下さる人の使い勝手が向上するなら嬉しいもんな。が、がんばろう〜
付けランキングするのも楽しそうだと思ってたんですが…。や、愚痴る前に頑張れ自分。まだカテゴリー分けの終わってない記事は約1750個もあるぞっ!!カテゴリー分けはしばらくかかる予定なので、ほぼ毎日ブログチェックをして下さってる心易しい皆様。カテゴリー移動が終わる頃、チェックしてみて下さいませ












