あられの日記

散歩先で心に触れたあれこれを記事にしてます。カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に入ってます。

勝海舟夫妻のお墓と西郷隆盛の留魂祠

2017年06月24日 05時30分15秒 | 墓所巡り
3度目の訪問でようやく撮影できた画像です。(撮影失敗の訳は昨日の記事をご覧ください)
2017年4月2日に洗足池を訪問。桜広場の一角に勝海舟夫妻のお墓があります。

説明板発見:勝海舟夫妻のお墓
勝海舟、諱は嘉邦、初め麟太郎。後に安房または、安芳と改め、海舟と号した。文政6年(1823)江戸に生まれる。幕臣として万延元年(1860)咸臨丸で渡米。海軍奉行となり、明治元年(1868)江戸開城に尽力する。
維新後は海軍卿、伯爵、枢密顧問官などを歴任し、漢詩、書を好み、高橋泥舟、山岡鉄舟と共に幕末の三舟と称せられた。
洗足池やその周辺の風光を愛し、明治32年(1899)没後遺言によりこの地に葬られた。
別荘洗足軒(現在は大森六中)で次の歌を詠まれた。
『千束村の別所に 楓樹数株を植えて うゑをかば よしや人こそ 訪はずとも 秋はにしきを 織りいだすらむ 染めいづる 此の山かげの 紅葉は 残す心の にしきとも見よ』(飛川歌集より)
洗足池駅から西廻りに散策路を進むと、壁に説明板がある。
 
勝海舟別邸(洗足軒)跡
勝海舟(1823−99)の別邸は戦後間もなく焼失しましたが、茅葺器の農家風の建物でした。
鳥羽・伏見の戦い(1868)で幕府軍が敗れると、徳川慶喜より幕府側の代表として任じられた海舟は、官軍の参謀西郷隆盛(南洲)と会見するため、官軍の本陣が置かれた池上本門寺に赴きました。
その会見により江戸城は平和的に開けた渡され、江戸の町は戦禍を免れたのです。海舟は江戸庶民の大恩人と言えるでしょう。
その際、通りかかった洗足池の深山の趣ある自然に感嘆し、池畔の茶屋で休息したことが縁となり、農学者津田仙(津田塾大学創始者、梅子の父)の仲立ちで土地を求めました。明治24年(1891)自ら洗足軒と名付けた別邸を建築し次のような歌を詠んでいます。
池のもに 月影清き今宵しも うき世の塵の跡だにもなし
晩年海舟は晴耕雨読の生活の中で、楓、桜、松、秋の草々などを移し替え次のようにも読んでいます。
うゑをかば よしや人こそ訪はずとも 秋はにしきを織りいだすらむ
明治32年(1899)77歳で没しましたが、「富士を見ながら土に入りたい」との思いから、生前より別邸背後の丘に墓所を造りました。
石塔の「海舟」の文字は徳川慶喜の筆と伝えられています。当初は海舟一人の墓所でしたが、後に妻たみも合祀され、大田区の史跡に指定されています。
勝海舟夫妻のお墓に隣接し、西郷隆盛の祠があります。

説明板発見:『留魂祠(りゅうこんし)
祭神:南洲西郷隆盛
例祭:毎年9月24日
由緒:明治維新の英傑、西郷南洲(隆盛)勝海舟の両先生は、大政奉還後の江戸城の明け渡し交渉によって、江戸の町を戦火より救われ、首都東京の基を築かれたことでも著名ですが、勝先生は、晩年、この洗足池畔に洗足軒と呼ぶ別邸を設けられ、南洲先生と日本の将来について歓談されたと伝えられます。南洲先生はその後、明治10年(1877)の西南の役により、故郷鹿児島において子弟3000余と共に逝去されましたが、これを惜しまれた勝先生は、追慕のため南洲先生の漢詩を建碑され、さらに明治16(1883)年、この魂魄を招祠して留魂祠を建立せられました。留魂祠の名は、漢詩「獄中有感」野「願留魂魄護皇城」に由来するものです。
この留魂祠は、元東京南葛飾郡大木村上水下川(現、葛飾区東四つ木1−5−9)の薬妙寺境内にありましたが、勝先生のご意思により、大正2(1913)年、石碑と共に現在の地へ移されました。右となりには勝先生ご夫妻の奥津城(墓所)があり、維新の両雄は今なお相並んで我が国の将来を見守っておられるのです。 南洲会』
石碑が留魂祠の側にあります。留魂碑です。

説明文発見:西郷隆盛敗死後1周忌を記念して、海舟が私費を投じて建てたものです。海舟の没後、その墓の側に移された。
留魂碑の表面には、隆盛の漢詩一首が故人の書体で刻まれ、その背面には、海舟の自筆で碑建立の動機が記されている。
海舟が留魂碑にえらんだ隆盛の漢詩は、文久3年(1864)、薩摩藩国父島津久光の怒りを蒙り、沖永良部島に流罪とされた時の作で、「獄中に感あり」と題する七言律詩であった。
表面:
洛陽知己皆魂為鬼 洛陽の知己 皆鬼となり、
南嶼俘囚独窃生 南嶼の俘囚 独り生をぬすむ
生死何疑天附与 生死何ぞ疑わん 天の附与なるを
願留魂魄護皇城 願わくば魂魄を留めて皇城を護らん

意味:洛陽、ここでは京の都。そこにいた知友はすでに鬼籍に入ったが、
私は南海の小島に囚われの身となって、独り生きながらえている。
生くるも死ぬるも、天が与えたさだめであることを、なんで疑うことがあろうか。
できることなら、死んでも、私の魂をこの世に留めて、天子さまの皇城をお護りしたい。

海舟が留魂碑にこの詩を選んだのは、隆盛の揮毫したものが遺っていたことにもよるが、なんといっても<死後もこの世に魂魄を留めて、天子の皇城をお護りしたい>という隆盛の忠誠心を人々に広く知らしめ、それによって逆賊の汚名を晴らしたいという切なる願いによるものであった。

裏面の海舟の文章を刻んだ部分:慶応の戊辰の春、君は大軍を率いて東下す。人心は鼎沸(ていふつ)し、市民は荷担す。我は之を憂えて一書を屯営に寄す。君は之を容れ、更に令して、兵士の驕傲(きょうごう)を戒め、府下百万の生霊をして塗炭に陥らしめざるなり。是れ何等たる襟懐(さんかい)ぞ。何等たる信義ぞ。たまたま往時の書する所の詩を見るに、気韻高爽として、筆墨淋漓たり。恍として其の平生を視るが如し。之を欽慕して自ら止むを能わず。石に刻み、以って記念碑をつくる。ああ、君は我をよく知り、而して君を知ること我に若くはなし。地下にもし知る有らば、きんぜんをもって一笑せんか。
意味:慶応戊辰、明治元年の春、君は大軍を率いて東海道を下り、江戸に迫ってきた。そのため、人心は動揺し、市民は荷を担いで逃げ出すありさま。私はこうした人民のことを心配して、君のいる軍営に手紙を届けた。君は私の手紙の趣旨を受け入れてくれたばかりでなく、更に命令を下して兵士たちに狼藉を働かないように戒告した。これは何という広い心であろうか?なんという厚い信義であろうか?たまたま私は、君がこの昔書いた所の詩を見たが、高く爽やかな気韻があり、鮮やかで勢いのある筆墨の跡があり、平生の君の姿を見るようであった。ために、君を敬慕して、自ら選んでこの詩を石に刻み、記念碑を作った。ああ、君はよく私のことを知り、そして君を知ることでは、私にかなうものはあるまい。地下にて君がこの記念碑を知ることができたならば、きっと君は頬ひげあげて一笑するであろう。』
な、長い〜。でもこの石碑はあちこちにある石碑の中でも秀逸です。歴史好きなら涙してもおかしくないっ!だって、表面が西郷隆盛筆。裏面が勝海舟筆。しかも石碑自体を勝海舟が自腹で作成し、自分の墓の隣に移すって大概でしょ?よっぽど江戸無血開城を実現させた英雄が、西南の役により評価が地に落ちて江戸(東京)に住んでる人々に悪し様に言われるのが悔しかったんだろうなあ〜。男の友情ですかね?「最後のあたりの君はよく私のことを知り、君を知ることでは私にかなうものはあるまい。」の部分が涙を誘うよねっ。初回に知って、ぜひとも記事にしたい!と思ったのに、撮影に失敗し、1年で都合3回も通ってしまいました。あれだ。この石碑は、高幡不動の新撰組の石碑に通じるものがあるわ〜。あれも感動的ですよ。
近藤勇・土方歳三殉節両雄碑(2010年6月6日)の記事
高幡不動はアジサイの名所でもあります。今からアジサイを見に行こうと思ってる方、高幡不動を訪問した際は、ぜひとも新撰組の石碑をご覧ください。所在は、土方歳三の立像の隣にあるでっかい奴です。



所在地は上の地図の右端中央です。
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洗足池桜巡り

2017年06月23日 05時07分34秒 | 桜散歩
今日は2017年4月2日の桜巡りから、洗足池を紹介します。
今年の桜は開花はしたものの、咲き進むのにとても時間がかかりました。例年ならそろそろ見頃?という4月2日に、目黒川の桜を東急池上大橋駅から中目黒駅までそぞろ歩きました。こちらの様子はすでに投稿済み。
目黒川の桜見物(2017年4月5日)の記事
この後、1日乗り放題の東急ワンデーオープンチケット660円を使い、洗足池駅へ移動。洗足池も桜の名所なんですが、訪問したら、全く咲いてなくて、4月の怒涛の桜散歩連載のブログ記事に投稿してもつまらん!と記事にするのを見送りました。それを思い出したので、書いてみます。
実は、洗足池を訪問したの、この1年で3度目です。初回は初訪問で去年、2016年6月4日。九品仏浄真寺さんへ(2016.9.2)の記事
この時は、九品仏寺目黒不動尊林試の森(昼食)洗足池公園(勝海舟のお墓)というお散歩コースでした。
目黒不動尊続き(2016年9月6日)の記事こちらの記事にアジサイの季節の目黒不動の画像があります。本堂の裏にある大きな大日如来像の周辺にアジサイがたくさん植栽されていて、フォトジェニックです。
この時、どう携帯電話をいじってしまったのか、林試の森で望遠拡大して撮影したハズのアジサイの画像から帰宅途中の電車の中までの画像が丸ごと消失しちゃいまして、記事にできなくて、洗足池は紹介できませんでした。
2度目は2016年12月7日、その日、清泉女子大学構内にある旧島津公爵家袖ケ崎本邸洋館の見学に当選しまして、いそいそと出かけました。
旧島津公爵邸見学(2017年4月1日)の記事
最寄駅が五反田だったので、またまた東急ワンデーオープンチケットの出番です。
この時は旧島津公爵邸見学洗足池の勝海舟のお墓国立科学博物館付属自然教育園で紅葉散歩というお散歩コースでした。
ところが!!島津公爵邸の内部が観れる!と浮かれて、携帯電話の操作を誤り、変なボタンを押してしまったのか??マイクロミニSDカードに画像記憶できてなくてですね。それに気づいたのが、洗足池に到着後だったのですよ。あれこれ試し撮影しても再生できなかったので、以後携帯電話の撮影を諦め、デジカメだけで撮影したので、洗足池の記事にできなくてですね。悔しくて、1年で3度目の桜の季節狙いで訪れたら、桜が咲いてないという有様です。キ〜〜~っ!!
んでも、来年以降に桜散歩を繰り延べにしても洗足池は見所が多いので今回4月の画像を使って紹介します。

千束八幡神社の鳥居です。
鳥居って、神社の参道に立てるものですよね?でも画像の赤い鳥居は池に向かって立ってます。池の縁のギリギリに立って撮影しました。これって、船で参拝前提かしら?という風体ですが、現在はすぐそばまで住宅街です。昔はどうかわかりませんが。もしかして、沼地だったら船で参拝ありやもしれんけども?

訪れた4月2日は、トップ画像にあるように、しだれ桜さえ咲いてないという有様でしたが、桜祭りが開催されてますので、屋台も並んでました。

千束八幡神社の裏手に馬の像が。

池月像。
説明板発見:池月発祥伝説の由来
池月とは「宇治川先陣物語」にある名馬の名である。
治承4年8月(1180)頼朝、相州石橋山の合戦に敗れて安房に逃れこの地の豪族、千葉常胤、上総介広常、等の参向を得再挙して鎌倉に向かふの途次ここ千束郷の大池に宿営し八幡丸の丘を本陣として近隣諸豪の参陣を待つ。折からの皓月池水に映るを賞でつる折ふし何処方よりか一頭の野馬、頼朝の陣所に向かって飛来りいななく声、天地をふるはすばかりであった。
郎党之を捕まえて頼朝に献ずるに馬体あくまでたくましく青き毛並みに白き斑点を浮かべあたかも池に映る月影のごとくであった為、これを池月と命名して自らの料馬とする。
頼朝先に磨墨を得、今またここに池月を得たるは之征平軍すでに成るの吉兆として勇気百倍し来れりという。士卒之を伝えて征旗を高く掲げ歓声やまざりしとか。
当八幡宮の別名を「旗上げ八幡」と称するはこの故事による。寿永3年春 (1184)頼朝木曽義仲を京師に攻む。義仲宇治、勢田の両橋を徹し河中に乱杭逆茂木を設けて寄手の渡を阻まんとす。この時鎌倉出陣に際し各々頼朝にこふて賜りたる名馬二頭の中、梶原景季は磨墨に、佐々木高綱は池月に跨りともに先陣を争った。史書にいう宇治川先陣争いである。
池月一台の晴れの場所でこの一番乗りの功名が今に至るまで名馬の誉れを伝えている。
この池月の誕生地が当八幡で会って、即ち池月発祥伝説の起こりである。
古くより里人の間に語り継がれ大井町線の駅名に(今の北千束駅)、また町会名にもなっていたが今はない。
とおき治承の昔より光芒すでに八百秋、時代の変遷と共にこの伝説の忘失を惜しみ後世に伝えんとする。
尚磨墨を葬せし磨墨塚は南馬込に現存する。」

洗足池の周りに桜があって、見頃だと池の水面を取り入れていい感じに撮影できたんだけども〜??

奥に弁天島と弁財天社が見えます。祭りの日曜なので、桜は咲いてなくとも人出はすごく、上の画像の散策路に座りお昼ご飯しました。ベンチが空いてないっ!縁石に腰掛けました。

桜は咲いてなくとも花見の宴会はするのが日本人。ここは桜広場です。この脇に勝海舟夫妻のお墓があります。こちらは明日、別記事立てで紹介しますね。3度目の訪問でようやく画像ゲット出来たので、思入れがあるんですよ。

洗足池に沿って散策路があり、ここは御松庵妙福寺さんです。

日蓮聖人の袈裟懸けの松の石碑です。松自体は代替わりしてます。何しろ日蓮といえば、鎌倉幕府に喧嘩を売って処刑されそうになったり、逮捕されたり今でいう危険思想の宗教家という扱いだった時代です。さすがに700年近くも前では松は残ってません。

こんな感じで。白鳥の足こぎボートがあるので、池から見る桜も素敵なポイントかも?訪問した2017年4月2日はまだ開花前だったので、桜の位置は確認できなかったけどね〜。
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白山神社の富士塚

2017年06月22日 05時21分09秒 | 歴史散歩
白山神社の金色の目の狛犬とあじさい祭り期間中だけ入れる富士塚が見たくて文京区にある白山神社へ。トップ画像の右下が富士塚です。

当日はあじさい祭り開催中で、境内ではジャズ演奏中。富士塚上りの行列に並びつつ、音楽を楽しむ。

なぜに期間限定でしか入れないのか?と思ったら、富士塚に上がると、近所の家の中が見えてしまうから。ご近所のプライベート保護のため、あじさい祭りの期間限定公開してるようです。
白山神社の富士塚は、たくさんのあじさいが植栽されています。



ようやく順番が回ってきて上りだしたけども腰が〜~っ!!階段がぁ〜〜!!
撮影してる場合じゃないや!みんな登るの待ってるんだからさ。

普通、富士塚は富士山の溶岩を使って、富士信仰のシンボルとして小高い山を作ってある。でも白山神社の富士塚に溶岩は見当たらないなあ〜。あるのかもしれないけど、あじさいを始めとした植物が多く植栽されていて、隠れてるのかも〜??
ちなみに、江戸時代にはどの富士塚の山頂からもかつては富士山が見えたんって。今は神社の敷地のすぐ外まで家が立ち並び富士山なんか全く見えません。ちなみに、現存する富士塚のうち、都内最古とされるのは、1789年の造られたと言う、鳩森八幡神社の千駄ヶ谷富士(渋谷区)です。
千駄ヶ谷の富士塚(2012年4月14日)の記事 こちらの記事に画像があります。ここは『ブラタモリ』でタモリさんも登ってたような〜?
なんと!都内には100か所余りも富士塚があるそうで。
私が他に登った富士塚は、品川神社さんの富士塚です。
サプライズな品川神社(2014年1月27日)の記事 こちらの記事に、品川神社さんの富士塚の画像があります。ここの富士塚は、明治に入ってからの造成。
白山神社の富士塚の山頂にある浅間神社の御社。
帰り際、ふと、富士塚の方へ目をやれば、富士塚があじさいに追われてました。

綺麗に見える場所はなかったのだけど、雰囲気は分かります?

角度を変えて。ギリギリまで民家が迫ってます。なるほど、これでは普段から富士塚に登り放題には出来ないですね。近所トラブル間違いなし!な環境に富士塚はある模様。
帰り道、東京メトロ南北線の本駒込駅近くの道路で発見。近所に緒方洪庵のお墓と江戸5不動尊の目赤不動があるのか〜。すんごく心惹かれたのですが、もう腰の痛さが限界で、お家買えるぅ〜〜。
永田町で東京メトロ南北線から半蔵門線に乗り換える。表参道駅下車。ホーム向かいにやってきたのは、クレヨンしんちゃんのラッピング電車でした!
久々〜。
 
慌てて携帯を出して撮影したのですが、腰が痛くて走れませんっ!あっちゅー間に出発しちゃいました。
帰宅後、お布団の上でゴロゴロしつつ柔軟をやってると、足を思い切りひねったら腰が『コキッ』と音がして、急激に痛みが消えた。もしかして骨がハマった??ラッキ〜!!
数日後、またまた柔軟してたらまたまた腰がコキってなってついに腰が曲がるようになりました!長かった〜~っ!!
毎月病院を受診したら体重測るんですが、5月と6月では3キロも変動ありました。減ったのはもしかせんでも筋肉な模様。私の筋肉返して〜~っ!!脂肪は返却不可で!
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白山神社であじさい祭り

2017年06月21日 05時28分11秒 | 神社・仏閣
2017.6.11訪問。
ベトナムフェスティバル会場の代々木公園イベント広場から文京区の白山神社の境内まで、東京メトロで移動したらまる1時間かかった。小田急東京メトロ切符を利用したので東京メトロ南北線本駒込駅を利用したので仕方ないね〜。都営地下鉄白山駅を利用すれば、もう少し時間短縮出来たかも?というのも、本駒込駅から白山神社の行き方がややこしくて、迷いそうになっちゃいました。旦那がスマフォで案内してくれなかったら、もっと時間かかってたかも?

白山神社での目的は、1)金色の目の狛犬が見たい。 2)期間限定公開中の富士塚に登りたい。 の2つです。
ダンナについて坂道を上っていくと、東洋大学に到着。その前の細い道を進むと、白山公園があった。訪問した6月11日は、あじさい祭りをやっていて、白山公園では、ぺんてるのお絵描き会をやってました。

上の画像は白山公園から見た白山神社です。まずは参拝したい。
うわ〜〜~っ!!参拝するのに行列が出来てる〜~っ!!これに並ぶのか〜??東京の人って本当に行列好きだよなあ〜。
ともかく、狛犬はどこだ??

本殿を進んでると、渦あじさいが綺麗だったのでパチリ。ってか、あまりに人が多いので、否応なく接写です。

あった〜。これは本殿に向かって左側の狛犬です。訪問した6月11日はムシ(6月4日)の日に近いからか、歯の相談代が開かれていました。6月1日に治療が終わったばっかりなので、私はパスですね。
行列を挟んで本殿の右側の狛犬も撮影する。

あじさい祭りだからか、狛犬の周りに綺麗なあじさいが飾ってあるので、ちょっと撮影する。



綺麗なんだけどね。腰が〜~っ!!かがめないので、携帯を差し出してシャッターだけ切った!もう構図とかどうでもいい。
実は狛犬目当てのカメラマンも多くて、数枚撮影して場所を譲る。

手水舎に咲くあじさいと祭り提灯。

境内にはステージができていて、ジャズ演奏を楽しみながら境内を見て回ってます。

みんな上手だなな〜。5月の昭和記念公園から立川駅散歩の時も、駅周辺を始めあちこちから音楽が聞こえてましたが、本当にうまいです。田舎だとヘタの物好きレベルなんだけどね。

なぜか、孫文の石碑がありました。
さてと?もう一つの目的、富士塚はどこかな?
境内をぐるりと回ったものの、見つからないので、総合案内の老人に尋ねてみた。
なんと!最初の白山公園の側にあった。続きは明日。
あ。総合案内で老人から第33回文京あじさい祭りのチラシをいただきました。そこに白山神社の紹介文が載ってました。
白山神社:948年に加賀国(今の石川県)白山此●(口偏に羊)神社からの勧請で送検した神社で、地名「白山」の元にもなりました。
東京の鎮護と万民の安泰を祈る東京十社の一つです。境内や隣接する白山公園には3000株のあじさいが植えられ、毎年6月中旬「文京あじさい祭り」では様々な催しが開かれます。主祭神は菊理姫絵命、他2柱です。
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ベトナムフェスティバル2017

2017年06月20日 05時17分41秒 | ベトナム旅行記
2017.6.11訪問。
明治神宮の御苑で花菖蒲と清正の井戸を見物した後、代々木公園に移動。ベトナムフェスティバル2017(6/10~6/11 10:00-20:00が代々木公園のイベント広場で開催。
数年前、ダンナが一人参加した事があり、その時の様子を聞いたらば「政府の広報的なイベントで、あんまり見るとこなかったよ」と答えが返ってきたので、期待せずに。でもフォーの屋台くらいあるでしょ?そこでお昼ご飯〜。とその程度で代々木公園沿いの道路に沿って歩道を歩いていたら、人がどんどん増えてきました。
〜〜〜、事前にダンナに聞いてたイベント規模じゃないんじゃ〜??歩道には、ベトナムの街中でよく見かけた露店が出てます。道路に直接品物を並べてるし。客は日本語話してないし。これは〜!!日本に出稼ぎに来てるベトナム人が大勢押しかけてるんじゃないかな??
イベント広場に到着すると??人で一杯〜。うわ〜〜っ!!
何はともあれ、お昼ご飯!!飲食ブースはどこも行列が出来てます。
と、とにかくフォーが食べたいっ!できたら鳥のフォーを!!
屋台の上の画像を頼りに探します。


こんなお好み焼き風のベトナム料理。



並んだ!とりあえず行列が短いのを選んだ!鳥のフォーをゲット(¥400)したのの、購入してから失敗に気づく。
汁物は立てって食べれない〜。
会場にはベンチや机を設置してる区画はあるんですが、人が多すぎて全く足りてない。あ〜、机と椅子を確保したいのだけれども〜〜。
空きを確保するのも大変でした。しばらく待って、撤収後の机を即確保。
急いで食べて同じように椅子を求めてさまよってる人に譲ります。ちなみに、こういう場合、麺のフォーじゃなくて、フランスパンのサンドウィッチなバインミーにしとくべきでした。

お腹がふくれたら、会場を回る。

あ!バーバーバー(333)ビール発見!
このビールは南ベトナムのホーチミン市のスタンダードなビールです。しかし価格がぁ〜。
確か、2016年4月に旅した時、スーパーで333ビール購入したら333ビール1本は9700ドン(¥57)でした。
1本500円ってどんだけ〜??ボリボリッ!!さすがに懐かしかろうと、これを買うのは負けた気がするわ。
この後、ベトナム航空のブースで、ベトナム旅行冊子とベトナム航空の機体を印刷したうちわをいただきました。うちわの裏は、7月&8月臨時便運行決定!成田ーダナン直航便だそうですよ?
これいいなあ〜。確か、成田ーハノイ&ホーチミン市は飛行時間が6時間かかります。ダナンは中間にありまして、最近有名になりつつあるビーチリゾートです。まあ、南シナ海の波が直撃するので、場所によると波が大きい。後、日本では有名な観光地、ホイアンが近いので、ついでに観光も出来て便利です。
さて、同じベトナム航空のブースで、スマフォに何か登録したら、ベトナムの笠(ノンラー)をプレゼントというイベントもやってました。下のフェスのパンフレットの一番上で女性が被ってる笠がノンラーです。私はベトナム旅行で買ったから、見てただけだけど。持ってなかったらとっても悔しかったかも〜。でもスマフォ持ってないんだよね〜。
ベトナム航空のブースの向かいに、フェスティバルの総合案内のブースも。
落ち着いて見たかった〜。こう座ってブース案内を見れる場所もない混雑具合です。

ベトナムはフルーツ王国です。日本ではお高いトロピカルフルーツがでっかくて極旨で、更に安いっ!でもさ〜、イベントで売ってるフルーツは、ビールと同じくお高いの。み、見るだけじゃ〜。



お土産物販ブースはこんな感じの商品がありました。
 

 
最近日本で人気のココナッツオイル。ココナッツオイルって気温が高いと液体になるんだよね〜。
 
ベトナム雑貨。荷物紐を組み合わせて作成した買い物カゴです。ホーチミン市のベンタン市場でも並んでました。

リゾート用の服〜。今からの季節には日本でも普通に使える。

ホイアン旧市街は世界遺産の街。ランタン夜祭が有名です。下がってるのがランタン。あとは手仕事ですね。少数民族の作った刺しゅうの小物は雑貨屋さんの人気商品です。

実はベトナムは世界第2位のコーヒーの産地。お土産にコーヒー粉を買ってきた人も多いのでは?私も買いました!
ダンナが会社でベトナムコーヒーの入れ方も教えてもらった!とかで、ベトナムコーヒー専用のアルミの、上の画像のね。これもベトナムで買ってきましたよ。
そして私が欲しいのはバッチャン焼きと蓮茶です。
しかし、バッチャン焼きは売ってなかった。蓮茶は買いました。

上の画像の右下のが蓮茶のティーパック(¥350)です。ちょい高いけど、これしかなかったんだよね〜。
さてと、人混みが嫌いな私はもうスゴスゴとベトナムフェスティバルの会場を後に。東京メトロ明治神宮前駅から移動です。目指すはアジサイ祭り開催中の白山神社です。

今日の記事の画像は、画像フォルダの読み込みで、画像サイズを640ピクセルから変更し、480で読み込んでみました。
私が使ってるMacBookは小さいので、縦画像だと上下が画面に全部入らない。画像が大きいのはいいんがけど、ちょっと大きすぎる。試しに480で。閲覧してくださってる方の感想はいかがですか?

昨日はこの記事の閲覧数が多くてびっくりしました。
記事中につけてる解説が具体的なのは、2016年4月にベトナムへ行ったからです。ブログの左の柱のカテゴリーの2つ目にベトナム旅行旅日記と、最新フォトチャンネルの2つ目にベトナム旅行の画像100まいがあるので、興味がありましたらご覧ください。
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