細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文(157) 「古代、現代に巨大建築が生まれた理由」 柏崎 昌之(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:26:26 | 教育のこと

「古代、現代に巨大建築が生まれた理由」 柏崎 昌之

 かつてこの地球上の各所で、まるで申し合わせたように巨大な建造物がつくられた時代があった。文明ができ始めたころ、忽然と巨大な建造物が現れるのである。エジプトの大ピラミッドや秦の始皇帝陵、マヤ文明の神殿ピラミッドなどが挙げられる。それは日本でも例外ではなかった。倭というこの列島で最初の国が誕生しつつあった動乱の5世紀初めに、仁徳天皇の陵と伝えられる巨大古墳が築造されている。いまも大阪府堺市に濃い緑と濠に囲まれてある「前方後円墳」は世界一の規模とされ、かつては現在よりずっと海に近い小高い丘の上に、海岸に沿うように築かれていたようだ。現在は樹々が生い茂って森のように見えるが、本来は径20cmほどの小石が全体を覆い、前部が方形、後部が円形というきわめて人工的な姿をしている。さて、人はなぜ巨大建築物を生み出したのだろうか。

 古代に統一国家が形成される前は、どこの社会でもいくつかの部族集団に分かれ、互いに戦い争っていた。それがいったん統一されると、突然に平和が訪れる。もともと戦争ができたということは、それに消費する余剰が人的にも生産的にもあったということにほかならない。その余剰が、平和になると途端に労働力や生産物として余ってくる。それが、このような巨大建造物工事に振り向けられたのだ。

 また、この時代において、戦いが終わった新しい時代や体制の到来を周知させる方法はなかった。あらゆる地域から、あらゆる人間や物資、多様な言語がここに出会い、混交し、人と物と知識が交じり合い続けた。このことは、ほかのどんな方法をもってするよりも強力に、確実に、それまで平面的に分散していた各地域の関係を一つに統合し、いわゆる国家構造へ集めることを可能にした。すなわち、このような巨大工事をともなう大事業は、かつてない範囲から人を集め、長い時間をかけざるをえなかったからこそ、統一国家へ民衆の意識を集中させる役割を果たしたと考えられる。それはただ巨大であったばかりでなく、時代の大きな変化を知らせるためのものとして、巨大でなければならなかったのだ。

 現代においては、戦争がなくなったが、情報は一瞬にして世界をめぐり、他国の成長と衰退は常に意識せざるを得なくなった。そんな中で進む巨大建築の建設は、自国の統一を示すものであったかつての目的から、他国との差異を示して相対的な実力をみるというところに変わってしまったような気がする。古代における巨大建築は、現代の超高層ビルへとシフトした。2012年に完成した東京スカイツリーは634mであり、世界2位の高さを誇っている。その当時は東アジアでは一番の建物だった。日本はその技術力と国の実力を、世界に示したのである。日本にとって、中国の経済成長は嬉しいものである半面、アジアの新たな一角の台頭による焦りもあるはずだ。632mの上海タワーをはじめ、東京スカイツリー完成後に中国の超高層ビルが次々に建設され、日本の権威が脅かされそうである。上海タワーの完成に、日本と中国の差が埋まってきたことが暗示されている。情報化が進んでしまった現代は、古代と違って他国との比較ができる点で、息苦しい時代になってしまったのである。


学生による論文(156) 「大学生の学びとは 〜教科書の視点から考える〜」 秋田 修平(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:24:48 | 教育のこと

「大学生の学びとは 〜教科書の視点から考える〜」 秋田 修平

 我々が高校生、もっと遡れば中学生や小学生の時、教科書とはどのようなものであっただろうか。もちろん、それぞれの環境、教科などによって捉え方は様々であろう。では、教科書に書かれていることに疑いを持ったことはあるだろうか。恐らく、この問いに対してはほとんどの人がNoと答えるように思われる。つまり、有用であったか否かは別として、その内容については事実であると捉えていた人が多かったのではなかろうか。

 我々は、普段の生活では様々な情報に対してアンテナを張り、それらの情報をある程度の疑いの目を持って吸収していくことが多い。つまり、情報を、その正確さは違えど、自らの力で取捨選択をしながら得ているのである。それと比較して、教科書に書かれている事柄に対しては、我々日本人はかなり受動的にその情報は正しいと信じることが多いように思われる。実際のところ、フィルターなく、その情報を吸収することがほとんどであったのではなかろうか。

 では、我々はなぜ教科書の内容をノンフィルターで吸収するのであろうか。これには、大きく分けて2つの理由が考えられる。
まず1点目は、教科書は間違いのない完璧な書物であるというある種の「盲信」である。「盲信」と聞くと、教科書で学ぶことがいけないことであるように思われるかもしれないが、そのようなことはないであろう。実際のところ、教科書は一般に販売されている他の書物に比べても、かなり多くの優秀な人間による審査をクリアしてきており、ほとんどの場合は我々に確かな知識、考え方を与えてくれるものになっている。つまり、非常に「確度の高い盲信」であったといえるのだ。そのため、私は教科書で学ぶことを非難することは全くなく、私自身も大学での学びに際して教科書は積極的に用いていきたいと考えている。

 次に2点目は、教科書に書いてある勉強ができることが評価に繋がるためである。小学校から高校までの勉強を振り返ってきた時に、我々の勉強の力、つまり学力の評価は全て教科書に基づいた試験で測られてきた。当然、試験の点数が高ければ学力に対する評価は高いものとなり、評価に繋がるのである。この評価は、自分の進路を切り開くためにも重要な役割を果たすものであり、入試などはその最たる例である。この制度についても、私は非常に平等なものであると考えており、当然、この制度に対して批判をするつもりも全くない。

 それでは、教科書を用いた学習は完璧なものなのであったのだろうか。私はこの問いに対しては、大きな疑問符がつくのではないかと考えている。もちろん、前述した通り、教科書を用いた学習は非常に確度の高いものであったことは間違いない。しかしながら、本日の講義であったように歴史的に重要な事実と考えられる事柄が扱われていなかったり、現在は正しいとされているが後の研究で誤りであったとされる事実を含んでいたりと、ある程度の不十分性・不確実性を持っていたことも事実なのである。そして、この不十分性・不確実性ゆえに、我々は自分の学んできたことや考えていることと異なる説・考え方に直面することがあるのである。そして、大学などでの高度な学び場では、このような事実に気付かされることはそう稀なことではないように思われる。

 では、このように今までとは違った考えに出会った場合、我々はどのような判断を下すべきなのであろうか。恐らく、多くの人が「正しい」方を選択しようと考えるであろう。これは非常に理想的な考え方であるといえる。しかしながら、実際の世の中には我々が確実に「正しい」と決定できることは数少なく、第一そのような単純な事柄であれば議論になることもほとんどない。そのため、我々は異なる考えを受け入れ、自ら判断して自分に吸収していく必要がある。つまり、異論を受け入れる柔軟さと自分に取り込むべき知識を取捨選択できる論理的な判断力が重要になってくるのだ。ここで改めて教科書に立ち返ると、1点目で述べた「確度の高い盲信」と異なる考えに対して、教科書で学んだことと違うからという理由でシャットアウトするのではなく、まずはきちんと受け入れ、より確度が高いと判断される場合には自分に吸収していくことが必要だといえるであろう。さらに、2点目の評価についてであるが、試験は学習能力を測るもの、すなわちどれだけ勉強した内容を理解し活用できるのかを問うものであり、物事の真実をすべて反映しているものではないという認識を持つ必要があるように思われる。

 以上のように、我々大学生が様々なものを学んでいく際には、既存の教科書絶対主義的な考え方ではなく、教科書を一つの有効な情報源として捉えることが第一に重要になってくるといえるだろう。その上で、情報を自分で吟味しながら取り入れていくということが大切になってくるのではなかろうか。


学生による論文(155) 「無価の大宝」の存在意義  渡邊 瑛大(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:23:43 | 教育のこと

「無価の大宝」の存在意義  渡邊 瑛大

 日本には、古代に造られた遺跡が全国各地に眠っており、今もなお発掘されていない遺跡は数多く存在していると言われている。2019年には、現在事業中である函館江差道の北斗茂辺地ICから木古内ICまでの間で埋蔵文化財発掘調査が行われ、木古内町幸連地区の幸連5遺跡で、予想外の数の遺構や100万点を超える遺物が発掘された。そして、発掘調査の調査員を増員するだけでなく、体制も拡充した上で、調査が未実施の箇所の遺構や遺物状況についても、発掘調査することが必要となった。これによって工事の日程が変更され、開通時期は延期となった。このように道路の路線が決定した後に、調査によって遺跡の存在が明らかになると、道路の建設は反対されることが多い。もちろん、遺跡というのは我々にとって無価の大宝であり、これを破壊する行為は許されるものではない。しかし、今後人々の暮らしに豊かさをもたらし、それを維持していくためには、インフラの整備を行うことが不可欠である。遺跡はそのものに価値があるだけでなく観光資源として地域経済を潤すこともある。また、道路はストック効果によって社会に恩恵をもたらす存在である。道路を整備する予定地に小高い丘があった場合は、土塊を全部切り崩して切り土構造にすると、短期間で工事が終わるだけでなく、工費も安くなるという事例もある。

 こうしたジレンマはいかにして解決すべきだろうか。これは、事例によって解決法が異なるため、一意に定めることはできないだろうが、上手に解決できた例はいくつか存在する。そのうちの一つが、古墳の下にトンネルを掘削するという方法であり、日本ではこれまで三箇所で行われている。

 一箇所目は、熊本県内で最大級であり、全国でも有数の古墳群である塚原古墳群である。この塚原古墳公園は、九州道の城南SICの南側に位置しており、推定で約500基の前方後円墳や方形周溝墓、円墳などが広がっている。この古墳群は九州道の建設のためV字掘削によって消滅する予定であったが、発掘調査によって学術上の価値が極めて高いことが明らかになった。その結果、日本で初めて遺跡の下にトンネルを掘って道路を通すという保存方法が用いられたのである。

 二箇所目は、徳島県内で最大級の前方後円墳である大代古墳である。この古墳は、神戸淡路鳴門道の鳴門ICの西側に位置している。こちらも、当初の計画では、切り土構造にすることになっていた。しかしながら、出土品からこの古墳が4世紀末のものであることが判明し、結果的に史跡としての価値が非常に高い大代古墳を現地保存するために、土かぶりの小さい大断面めがねトンネルを日本で初めて建設することになったのである。

 三箇所目は、京都府内で最大規模の円墳である私市円山古墳である。この古墳は舞鶴若狭道の福知山ICと綾部ICの間に位置しており、舞鶴若狭道の建設のための事前調査で初めて古墳が発見された。その後、古墳を保存してほしいという要望が集まり、その要望に応えるために高速道路が切り通しの工法からトンネルに変更され、墳丘は保存されることになった。

 こうした古墳の下にトンネルを通してジレンマを解決するという方法は、工費は嵩んでしまうが、遺跡の歴史的価値とインフラのストック効果の両方の利益が保全される。そのため、過去に造られたインフラと未来に活躍するインフラが喧嘩をしないで済むのである。新たに際にされるインフラの有効性のみを重視し、過去に活躍したインフラの価値を無視してはならない。先人たちが残した文化遺産を用いて歴史を未来へ伝承することは我々の義務である。そして、その歴史を認知する対象として遺跡を保存することもまた非常に重要なことであると私は考えている。

参考文献(2022年1月21日閲覧)
国土交通省 北海道開発局 函館開発建設部「函館・江差自動車道 茂辺地木古内道路の開通予定の見直し」
https://www.hkd.mlit.go.jp/hk/release/mt6nfj00000081k0-att/mt6nfj0000008rwj.pdf
土木学会四国支部「土木紀行 No.57『大代古墳トンネル』」
http://doboku7.sakura.ne.jp/kikou/dobokukikou57.pdf#search='徳島%20大代古墳'
鴻池組「四国横断自動車道 大代古墳トンネル」
https://www.konoike.co.jp/solution/pdf/405%20Oshiro%20tunnel.pdf
熊本市観光ガイド「国指定史跡「塚原古墳群」・塚原古墳公園」
https://kumamoto-guide.jp/spots/detail/193
京都府観光ガイド「私市円山古墳公園」
https://www.kyoto-kankou.or.jp/info_search/?id=3804&r=1642794214.7459


学生による論文(154) 「真実とデマ」 村岡 泰輝(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:21:45 | 教育のこと

「真実とデマ」 村岡 泰輝

 授業で紹介された井沢元彦さんによると日本史には三大欠陥があるらしい。史料は何でもかんでも正しいとする史料絶対主義。偉い先生の学説に反論できない権威主義。当時の人たちの宗教の無視。私はもしこれらが本当なら特に史料絶対主義は良くないと感じる。世の中に出回る根も葉もない噂から新聞が書かれていることもあるだろう。時の権力者の行った政策や行動は裏に本当の目的が隠されているかもしれない。史料を疑わずに史料を並べてある歴史を教えられていたと思うと残念である。

 さて噂や政策の裏に隠された目的というのは今現在起こっていることについても紐解かなければならないことがあるだろう。歴史は限られた史料で真実を暴かなければならない。しかし現在のことは溢れている情報の中から本当の情報を探し出して真相を明らかにする必要がある。今の情報社会、どうやって本当の情報にたどり着けばいいのだろう。

 例えば、地球温暖化の否定派と肯定派について私なりに調べてみて感じたのは一見どちらの主張も正しいように感じてしまうことだ。私は図書紹介にあった「地球温暖化狂騒曲」という本を読み、地球温暖化はしていないと少し信じはじめた。しかしその後、地球温暖化肯定派のドキュメンタリーを見て再び悩み始めてしまった。そのドキュメンタリーは石油業界に買収された専門家や研究者がおり、彼らが地球温暖化懐疑説を広めているという内容だった。地球温暖化が進んでいないという気温データも捏造されているというのだ。

 土木史と文明の授業の中で細田先生は様々な情報ソースを与えてくれた。そして基本、疑ってかかったほうがいいともおっしゃった。だから一度、先生の主張も疑ってかかることにした。そうすると、先生の「これはデータで明らか。」という言葉も嘘に聞こえてくる。正しいデータなのだろうかと。ただ単に通説と違うことを言いたいだけではないだろうかと。地球温暖化に関していえば石油業界に買収されているのではないだろうかと。誰の主張も正しいように聞こえ、誰の主張も信じられない。

 いまや嘘でも何万回も多く発信された情報が本当になっていく時代である。嘘でも話されれば話されるほど本当のことになっていくデマに支配された世界である。歴史も同じかもしれない。ある研究者が史料を基に説を唱えればそれが真実として教科書に載る。ただ最近は誰でも情報が発信できる時代になり拡散されるスピードも格段に上がった。誰もがデマを流せる時代だ。そんな情報があふれていて何もかも信じられない世界でも本当の情報にたどり着き、唯一自分だけは信じられるようにしておきたい。

参考文献:
NHK BS世界のドキュメンタリー「地球温暖化はウソ?世論動かす“プロ”の暗躍」
原題:The Campain Against the Climate/デンマーク・2020年

 


学生による論文(153) 「ものづくりより、人づくり」 宮内 爽太(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:20:14 | 教育のこと

「ものづくりより、人づくり」 宮内 爽太

 今ある国家・国土は、私たち人間の手によって、長い年月を経てつくられてきた。またその国家には、文明や文化、言語や学問などが基盤となって、これらが私たち人間をつくってきた。すなわち、人間は、「つくり、つくられる」という関係性にあると考えられる。例えば、私たち人間が土木という力を借りて、強い国土をつくる。そして私たち人間は、教育を受けたり、社会を経験したりすることによって、自分自身がつくられ、育ってきている。このように、国家や国土をつくるためには人間の力が必要である一方で、私という人間をつくるためも、様々な経験をし、刺激を受けるという外部からの力が必要である。人をつくってこそ、国家が成り立つのであり、人づくりが非常に重要なのである。

 ここで問いかけたい。今の日本は、人をつくっているだろうか。社会は人をつくっているだろうか。大学は、高校は、学校は、人をつくっているだろうか。今回はこのことについて少し考えてみたい。

 少し時代を遡ると、人をつくることの大切さを語った偉人が存在する。パナソニックの創業者、松下幸之助である。松下幸之助は従業員に対してこのように言う。

「松下電器は何をつくるところかと尋ねられたら、松下電器は人をつくるところです。あわせて電気器具もつくっております。こうお答えしなさい」と。1)

 さらに、後年には次のように語っている。

「当時、私の心境は"事業は人にあり"、つまり人がまず養成されなければ、人として成長しない人をもってして事業は成功するものではないという感じがいたしました。したがいまして、電気器具そのものをつくることは、まことにきわめて重大な使命ではございまするが、それをなすにはそれに先んじて人を養成するということでなくてはならない、という感じをしたのであります。

 それで日常の製作の仕事をするかたわら、そういうことを感じまして、そういう話をさせたのであります。それで、そういう空気はやはりその当時の社員に浸透いたしまして、社員の大部分は松下電器は電気器具をつくるけれども、それ以上に大事なものをつくっているんだ、それは人そのものを成長さすんだ、という心意気に生きておったと思うのであります。それが、技術、資力、信用の貧弱な姿にして、どこよりも力強く進展せしめた大きな原動力になっていると思うのであります」2)

 このように、成功者・松下幸之助は人をつくることに重点を置き、現代にまで続く、多くの事業を展開した。

 さらに振り返ると、エジプトのピラミッドの建造においても、人・組織づくりに力が入れられていたとされる。ピラミッドという巨大な構造物・ものをつくるため、大勢の人間を効率的に働かせるためには、的確な指揮命令が必要とされる。当時は現代のようなものづくりのための機械や科学技術も発達していなかったとされるため、人間の力が必要とされていたに違いない。そのため、熟達した組織能力が育まれていたと推測される。

 さて、これを踏まえて今の日本はどうだろうか。ものばかりつくって、人づくりに疎くなっていないだろうか。コロナ禍でそういった「自分をつくる」という機会が減ってしまってはいないか。人づくりに消極的な姿勢になってはいないか。強い国家・国土を目指すことはもちろんだが、その「強い国家・国土」をつくれる人は、果たしてどれくらいいるのだろうか。私は、今の日本が人をつくっているとは、正直言い難い。

 ただし、1つ指摘しておきたいことは、私たち人間サイドも、つくられるための努力が必要であるということだ。「つくってもらえる」という受け身のままでは、外部から何らかの刺激を受けたとしても、右から左へと受け流すだけになり、人はつくられない。人間側の積極的な姿勢も見せなければ、人はつくられず、結果として国家も国土もつくられはしない。

 そして、この「土木史と文明」の講義についても、考えたことがある。それは、「講義ではものをつくっている訳ではない。人をつくっている。」ということである。先生は土木を中心に、世の中の真の現状や偉人たちの功績・努力を我々学生に伝え、我々はそれを聞いてこれからどうしていくべきか、どのようなアクションを起こしていくかを真剣に考え、このように文字に起こす。このように真剣に世の中と向き合って考えるというスタイルは、今まであまり経験したことのないものであったが、私はこの講義で「私自身がつくられている」ということを非常に実感している。もちろん、この場合も受け身になるだけでは人はつくられない。

 あと少しでこの土木史の講義も終わる。学ぶことで私自身をつくり、この国がより良い未来へと向かえるように舵を切りたい。


参考文献
・1), 2) PHP人材開発HP「物をつくる前にまず人をつくる~松下幸之助の人材育成」より引用
https://hrd.php.co.jp/hr-strategy/hrm/post-73.php
最終閲覧日:2022年1月21日

・合田良實(2001)「土木文明史概論」鹿島出版会
最終閲覧日:2022年1月21日


学生による論文(152) 「時間と空間を広げる」 松尾 祐輝(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:18:53 | 教育のこと

「時間と空間を広げる」 松尾 祐輝

 講義で大石久和の言論(江戸の安政時代の災害の話題)が出てきたが、それに関連して私が伝えたいことは「今だけでなく、過去~今を見わたすこと」「自分のいる目の前だけでなく、広い視野で見わたすこと」の2つである。簡単に言うと、時間を広げ、空間を広げるということ、すなわち「俯瞰」である。

 安政時代の数年間には、地震や台風、疫病などの災害が集中した。過去の災害周期などを見るとこの集中は起こりうるものであるのかもしれないが、おそらくランダムな事象が重なって偶然的に起こったものであると考えられる。また、地震などの空間スケールが小さい災害は、大きな影響を受ける範囲が限定的であり、複数の災害があってもある地域では総合的な影響は小さいこともある。ここから言えることとして、今自分のいる場所で突然災害が発生する可能性は0ではなく、突然発生してもおかしくないということである。また、空間を広げたとすれば、”今”日本や世界のあらゆるところで突然災害が発生する可能性は少し高まり、時間を広げたとすれば、自分のいる場所で”今の前後の時間帯のいずれか”に災害が発生する可能性は少し高まる。現在は災害が少ない時代かもしれないが、過去にはそうでない時期もあったということ、そして自分の住んでいる場所は災害が少ないかもしれないが、周囲では災害が発生しているということを認識するのが大事である。

 なぜ大事かというと、時間と空間を広げない一部を切り取った見方では社会の全容を把握することは難しく、社会を良くする上で誤った思考や施策をする可能性が高まるからである。先ほどの災害の例で言えば、一部を切り取った見方による思考が「“今”、”この場所”では災害は起こりづらいから一旦後回しにして、他の分野の施策を進めていこう」というものであった場合、実際に災害が発生した時に大きな影響を受ける、ということである。“今以外”の“この場所以外”では災害は起こっていることに違いないため、これらも見て思考することが必要である。新型コロナの例で言えば、一部を切り取った見方による思考が「(前週比が2~3倍でも)”今”の”神奈川県”の新規陽性者数は少ないため、まだ医療体制などの準備はしなくてよい」というものであった場合、数週間後に急激に医療に負荷がかかる、ということである。新規陽性者数の数値だけでなく、実効再生産数や対数グラフなどを用いて思考することが必要である。

 篤姫の大河ドラマで安政時代の災害をあまり扱わなかったことについて、大河ドラマに何を求めるかによって話は変わると思われるが、大河ドラマを歴史を学ぶための教材の一つと捉えた場合、時間と空間を広げた見方に障害を与える可能性があると考えられる。確かに過去の時代背景を全て忠実に伝えるのは難しいと思われるが、我々のドラマに対する捉え方によっては、時代背景を誤って認識する可能性がある。時間と空間の理論で言えば、過去の事例を正しく知ることができなければ時間を広げた見方は難しく、過去の時代背景を一部しか見ることができなければ(過去における)空間を広げた見方は難しくなる。そして、そもそも時間と空間を広げようという考えを習得することに至らないかもしれない。

 時間と空間を広げた見方を身につけるためには、まず記憶にある過去の範囲においては、一部を切り取って見ただけで自分の意見を決めるのではなく、情報が残っている範囲で過去~今の情報を俯瞰的に見て考える癖をつけることが大事である。そのような考えをできる人が周囲にいる環境も大事であり、空間的に広がっていけば社会は良い方向に進みやすくなる。そして、記憶に無い過去の範囲においては、過去の出来事やその背景を知ることができる歴史教材の充実が欠かせない。今の社会において深い思考ができるようにするためにも、そして未来の社会にその思考が伝承されるようにするためにも、歴史という学問は重要である。そのため、私も今の社会と過去の歴史から学び続け、俯瞰的な思考を身につけられるようにしたい。


学生による論文(151) 「和」とは 藤本 実希(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:17:42 | 教育のこと

「和」とは 藤本 実希

 講義の中で「和」の概念が日本特有のものであることを知り驚いた。同時に、なんとなく「和」について「平和」「協調」といったイメージは浮かぶが、「和」とは一体何かと聞かれたら説明することが難しいことに気づいた。日本人の「和」とは何なのだろうか。

 検索してみると、「個性重視とする精神文化ではなく、集団の秩序と安寧、また礼儀と作法を重視した精神文化である」とされ、「同調圧力」という言葉も書かれており、全体的にマイナスイメージのある概念として出てきた。

 確かに現代の日本は、なんとなく周りに合わせないといけない、暗黙のルール、空気を読むということが当たり前になっていて、窮屈な世の中になっているように思う。私自身、(大学生になってからは緩和されたが)小中高と過ごしてきて窮屈な思いをすることが多かった。また、他にも日本の仕事観はおかしいとよくいわれており、非効率だとわかっていても残業が当たり前という暗黙のルールがあり、周りに合わせて付き合い残業をし、他の人が休まないから自分も休暇は取れないといった問題や、さらに深刻になると過労死などの問題も起こっている。

 しかし、「和」の概念が人々に広まったと考えられている聖徳太子の時代まで遡ると、「和を以て貴しと為し」から始まる十七条憲法では、「人それぞれ考えに相違があり他人と考えが相違しても怒らない」「独断に陥らず他者とよく議論をする」といったことが述べられていた。これが本来の意味なのではないだろうか。そして、聖徳太子の説いた「和」を本来の「和」とするならば今の「和」の概念はただ、集団において強い主張ができるもの(立場が上のもの)が得をするよう都合良く使われていないだろうか。ものを言わない多くの人々をただの言いなりにし、どんどん潰れていく手助けをしてしまっているように感じる。

 集団における秩序や調和、礼儀を重んじ、争わないという「和」の概念は美しく、大切にしていかなければならないものであるが、和を重んじるあまり過剰なルールでがんじがらめにし、自分の意見を言えず我慢や苦痛を強いられるのは和ではなく暴力であると考える。

 これは身近な話だけでなく国家としても当てはまることであり、以前講義で出てきた種子法など、日本にとって不利な話について、衝突を避けるために議論を避けることや我慢することはあってはならない。今一度「和」について本来の意味を考え、行動していかなければならないと感じた。


学生による論文(150) 「歴史を学ぶ上で大切にしていること」 平原 裕大(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:16:19 | 教育のこと

 「歴史を学ぶ上で大切にしていること」 平原 裕大

 歴史というものは、今を生きている我々がどのような過程を経て今の生活を獲得してきたのかを知る上で非常に重要な存在である。過去を知ることによって現在の状況を深く理解できる可能性がある場合も多く存在しており、歴史の流れを知っておかないと話についていけない場面というのも多い。また、遺跡や城跡を巡ったり、まち歩きをする際には、狭いエリアにおける歴史の展開を知っておくと、知らない状態で訪れるよりも何倍も楽しむことができる。歴史を知っておくことの重要性は、もはや言うまでもないだろう。

 しかしながら、歴史に関する知識があまりなく、歴史を知るために新たに歴史を学びたいと思う人は一定数いるだろう。インターネット上で公開されている土木史のレポートを拝読していると、そうしたことを書いていらっしゃる方が散見される。実際、私も日本史及び世界史についてちゃんと学んでみたいと思っているうちの1人である。個人的な話である上にひよっこでしかない自分がこのようなことを書くのはおこがましいかもしれないが、歴史を学ぶ上で1つ大事にしていることがあるので、そのことについて書こうと思う。

 始めに断っておくと、今の私は歴史を勉強することが嫌いではない。むしろ好きである。だが、中学に入ってある程度の期間までは歴史にほとんど興味がなく、正直どうでも良い存在だった。小学校高学年の頃(特に小学6年生の時)は、とにかく知識(年号、出来事など)を覚えてさえいれば点数が取れるようなテストで成績が決まっていたので、「とりあえず覚えてれば良い」モノとして歴史を捉えていた。しかしながら、中学生になってとある先生の歴史の授業を受けるようになってから、段々と「歴史」に対する興味・認識が変わってきた。その先生の授業は「ひたすら情報を与えて考えさせる」スタイルの授業で、先生が独自に作っていた、隅々まで情報と史料が載せられたプリントに裏面の余白がなくなるまで情報を書き込ませていた。一見すると地獄のような授業のように見える。実際地獄のように大変な授業で、先生の発言を一言でも聞き洩らすとその部分がテストの記述問題を解くのに必要な前提知識orヒントとなっていたりしていて、記述問題が解けないこともよくあった。そのため、気が付けば他のどの教科よりも力を入れて勉強するようになっており、必然的に頭の中に入ってくるようになった。

 少し話が脱線してしまったが、この一見暗記重視の授業のように思える授業は、実は深い思考の為にあったのである。そう気づいたのは、先生の授業スタイルに慣れた中学3年の夏頃である。先生がひたすら板書している知識は、ほとんど全て「事実」なのである。例えば、鎌倉時代であれば、鎌倉幕府の政治機関の構成とそれぞれの役割について詳しくまとめていたり、通常中学生の範囲では習わないような些細に思える出来事を時系列毎に整理し直して、大きな出来事が起こるまでの経緯を纏めたり、城郭内部の構造や寺の伽藍配置の意図を説明したりしていた。とある1つの出来事について、かなり細かいレベルで客観的な事実を書き連ねて説明する事で、その出来事がどういう背景で起こったのかを事実ベースで説明する。我々生徒にこうした事実を細かくぶつける事で、なぜその出来事が起き、それにどういう歴史的・社会的意義があったのかを自分達でも考えてみるように促していたのである。もちろん、最初からそんな事ができるわけがないので、同時に通説についての説明もあったが、あくまでも通説は1つの有名な考え方であるという断りは常に為されていた。このような形で情報の提供を受けたことにより、自分の中でもその出来事の背景や歴史的意義を考える習慣が生まれ、考えることが楽しくなり、結果として歴史が好きになった。

 それ以降、歴史を学ぶ際には「真実」(いわゆる誰かの解説や通説)を先に知るのではなく、どういう「事実」(細かな出来事など、客観的に"あった"とわかる物)があるのかを意識するようにしている。「真実」はその出来事を見る主体によって見方・解釈が変わってしまう物だが、「事実」は第三者が見て分かる事が書かれている物である。「真実」は人によって否定されてしまう事もあるが、「事実」は否定し得ないのである(もちろん歴史学においては新たな史料の発見等により事実が変わってしまう事も多くあるが)。しかしながら、これは非常に骨の折れる事で、歴史学を専門とする学者か余程の歴史オタクでない限り到底難しいことである。素人である我々がこれをある程度可能にする方法は、「事実」が多く盛り込まれている書物を探すか、「事実」をよく知っていて教えてくれる人を探すくらいだろう。私は、高校に上がって1年間世界史を勉強した以来、歴史を勉強する機会はほとんどない状態で今まで来ている。もしも、こうした書物や人に出会う事ができるならば、中学の頃のように歴史を楽しむことができるだろう。できればそういう書物・人に出会いたい。


学生による論文(149) 「高熱隧道を読み直して」 西浦 友教(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:14:58 | 教育のこと

「高熱隧道を読み直して」 西浦 友教

 今回、私は講義内で紹介されていた高熱隧道という本を読み直した。大学一年の春学期にある講義の課題図書として読んで以来であったため、読み直す前はあまり記憶が鮮明ではなかったが、読み直し始めるとすぐに内容に関する記憶と約一年前に初めて読んだ際に持った感想の記憶が次々に復活してきた。以下、初めて読んだ際に持った感想と今回読み直した際に持った感想を比較しながら、高熱隧道に関して思うところを述べたいと思う。

 まず、とにかくこの本に書かれている内容がフィクションではなく実際に起こったことであるということにとても驚かされる。初めて読んだ際にも、これが実際に起こったことであると多少は意識していたものの、その感覚が深く心に沁み込んでくることはなかった。一方、今回読み直した際には初めて読んだ当時より土木に関する知識が増え、土木という分野が持つ素晴らしさや残酷さなど、良い面も悪い面も含めた様々な側面に触れている最中であるため、内容がフィクションでないことが嫌と言うほどに心の中に沁み込んできた。特に今回の読み直しを終えて、特に印象深かったのが、技師と人夫の関係性である。技師は言うなれば監督の立場であり、基本的には現場に出ることはない。その分、人夫の人たちが過酷な現場に出ていくのだが、このパワーバランスの描かれ方によって過酷さと残酷さが増しているように感じた。普段は指示通り作業を進める人夫だが、ひとたび事故が起これば現場に不信感が湧き、その不信感は技師への反抗へとつながっていく。そこで重要になるのが、技師がどう行動するか、ということだが、爆発事故が起こり散らばった死体を回収するシーンには読み進める手を止めてしまいたくなるような気持にさせられた。

 また、国からの後押しもあり、工事は多くの屍を乗り越えて進んでゆくが、個人的にこうした状況は、今の社会の暗喩のようにも思える。現代でも多くの労働者は、厳しい条件下で働いている人が多いと思う。しかし、そうした状況を鑑みることなく、経営者や資本家は仕事を回し続ける。この話に出てくる戦中の技師と人夫の関係性が作り出す不気味さは、そのような環境で労働者たちが感じる違和感と怒りを表しているような気がする。偉大なる先人の偉業、努力を垣間見ることができると同時に、社会構造としての使う者、使われる者の現実は今も昔も大した差はないのではないかと考えさせられた。

 一度読んだ本を再び読むことはあまりしないが、今回、高熱隧道を読み直したことで前回読んだ時の自分と比較して、今の自分に成長を感じることができた。内容に関する記憶が薄れてきたころにまた読み直し、読んでいると自分も押しつぶされて息苦しくなるかのような重い内容に再び感情を染めたいと思う。


学生による論文(148) 「学問」「科学」と「宗教」のあいだ 中村 優真(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:13:33 | 教育のこと

「学問」「科学」と「宗教」のあいだ  中村 優真

 今回の授業では、日本人の中に根付いていた宗教観によって、過去の歴史的な書物の内容は歪んでいることが多く、書物しか見ないような研究では正しい歴史に触れることはできない、ということに触れられていた。

  確かに、宗教というものは、人を熱狂させ、さまざまな「信じる対象を崇め奉るような」物語を生み、時には学問にも抗い、事実認識を歪ませていくものである。

  一方、宗教というものは、人間の行動の規範や、悩める時に寄り添ってくれる対象、また生きていく上で信じていくものを生むものであり、たとえそれが事実に対する認識を歪ませるものであろうとも、人間がそこに熱狂し、救いを求めるのも理解出来る。

 歴史的研究は「あとからなら何とでも言える」といったような側面も大きいし、また当時の宗教観や封建主義社会の影響で、「崇め奉る対象に都合が悪いこと」は隠されてしまっている場合も多い。なので、いくら研究が進んでいこうとも、本当に正しいことを完全に実証できるようなものではない。一方、科学的研究は、授業でも触れられていたように現実とかけ離れた言説に対しては、物理現象、化学現象という形で間違っている、という答えが出るものなのである。

 しかし、それを実社会に応用するとなると、また話は別だと筆者は思った。科学的に正しく、物理的被害を最大限に防げるような言説であっても、それが精神的、文化的な意味での人間の幸福につながるとは限らない。実社会の問題においては、どうしても科学的に答えが出ないものとも向き合わなければならず、その問題の複雑さは科学においては絶対的なはずの答えをも圧倒してくるようなこともある。また、科学的な答えもさまざまな研究分野から出ることになり、科学的に正しい全てのことを実社会で実現させるのが現実的では無くなる場合も多い。そして、未来を完全に予想することも不可能であり、科学的な条件設定では想定していなかったような事象も起こるのが実社会なのである。こうなると、今まで科学的に正しかったものが正しくなくなる、ということが起こりうるのである。

 このような実社会では、科学的に正しいはずのひとつの答えも、ある種の宗教的な言説と化してしまうのかもしれない。答えがひとつに定まらず、科学的にははかれない要素も含むような課題に、科学は一方的な答えを押し付け、認識を歪ませる、ということを起こすからだ。それでも私たちは信じるものを持ち、ひとつに定まらない答えの中で決断を下さなければならないのである。

 科学ですら持っている事実を歪ますような宗教性には気をつけつつ、それでも決断する時にはしっかりと決断を下せるような人になりたい、と思う。


学生による論文(147) 「なにかを信じるということ」 白岩 元彦(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:12:07 | 教育のこと

「なにかを信じるということ」 白岩 元彦

 信じるという行為は自分自身が思考を停止させてしまうことに等しい。人は、自分ではどうしようもできないこと、一つひとつのことにしっかりと向き合っていたら自分の感情の器からあふれ出してしまう感情を抱え込みすぎないように、なにかを信じることであふれる余計な感情に蓋をして、自分の心の安定を図ろうとする。信じる対象は人であったり、考え方であったり、その対象は様々である。そして、信じることはときに人の役に立つことも、ときに人を傷つけることにもなりうる。

 人が解決策を求めるとき、信じるのは宗教である。自然科学が十分に発展していなかった時代おいて、人々は自らに降りかかる災害や困難を悪霊や怨霊のせいにすることがあった。奈良の大仏や京都の北野天満宮はその最たる例である。奈良の大仏は当時に発生していた天然痘の流行、次々と謎の死、長屋王の怨霊を恐れ、聖武天皇が仏教によってあらゆる災いから逃れようと大仏を建立した。また、優秀な政治家であった菅原道真が失意の死を遂げたあと、京都に無数の雷が落ちたり、失脚させた関係者が次々と亡くなるなど不審な出来事が起こった。人々はこの原因は菅原道真の怨霊であると考え、怒りを鎮めようと北野天満宮を建立した。このように原因のわからないことに対して何か意味を持たせるべく、人は宗教や怨念を信じることで、分からない恐怖を抑えようとした。

 また、人は周囲の人間の信じることで、その人の影響を強く受ける。信じる人の言うことは絶対だと思い込み、受け入れることによって自らの考え方を規定させる。

 人が生まれて初めて他人を信じる対象は自分の家族であるだろう。あれをしてはいけない、これをしなさいと強く言い聞かせられることで、その価値判断の基準が自然と自分の当たり前になる。幼少期は思考力も充分に発達していないので、そうなんだ、と何も考えず受け入れる。これは能動的ではないが、自然と家族を信じて受け入れる行為である。

 次に人が強く影響を受ける存在は子供の頃の教師であると思う。人は学校に行って社会のこと、人間関係について学ぶ。それはほとんどの場合、教師から授業を通じて発信される。だからこそ、人は教師が絶対的な存在であると思い込む。誰もが小学校低学年の頃に「先生に言いつけてやる。」といった発言を耳にしたことがあったかと思うが、それは自身にとって教師が絶対的な存在であったことを示す証拠であるだろう。または、自分ではよく分からないことを教師に相談することもあったはずだ。きっと自分がどのような進路に進むべきか悩んだ時に教師に意見を求めることもあっただろう。そこには、自分では充分に考えられないからこそ、詳しく知っていそうな教師を信じ、意見を求めているのだと考える。

 しかし、成長するにつれて彼らの言っていることが絶対ではなく、時に間違っているのではないかと気づく瞬間が訪れる。彼らだけでなくいろいろな考え方を持った人と関わり、自分なりの意見を持てるようになることで、親や教師の考えに違和感を抱える。だからこそ、彼らに反抗的な態度をとってしまう。そして、彼らから与えられた価値判断の基準を恨み、無条件に受け入れてきた自分を憎む。何かを信じられなくなれば心の拠り所を失い、自分自身の自信を失う。そのような精神状態は豊かとは言えず、その人を不幸にするだけだろう。

 最近、公共の場において無差別に人に危害を加えようとする事件が発生している。人間の思い込みは恐ろしく、時に人をひどく痛めつけしまうこともある。なにかを信じることは自らの心を保つために必要不可欠な要素であるが、一方で自分自身をひどく痛めつけてしまう危険を持つような心を支配する行為である。そのような感情が渦巻く社会の中で私たちは何ができるのだろうか。

参考
1.tabiyori 誰がなぜ建てた?世界最大級のブロンズ像「東大寺大仏」の歴史を紐解こう
(https://wondertrip.jp/90899/)
2.京都観光 北野天満宮菅原道真は怨霊だった?
(https://blog.kanko.jp/kyoto-sightseeing/kyoto-shrine/kitanotenmangu)


学生による論文(146) 「危機感と言霊」 佐藤 鷹(2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:11:14 | 教育のこと

「危機感と言霊」 佐藤 鷹

日本が持つ危機感と言霊について述べたい。

 奈良時代、軍団というものがあった。国家規模の軍事組織である。古代律令を取り入れる過程で日本各地に整備されたもので、兵員確保は徴用に依った。この軍団は日本のどの時代の軍事組織、防衛組織に比しても非常に大規模なもので、当時の日本の総人口約600万人に対して、約20万人もの人々が徴用されたほどであったという。そして当時の日本に、これほどの軍事組織整備の熱を上げさせるきっかけを与えたのは、やはり白村江の戦だっただろう。それ以前は国造軍という豪族の支配民からなる軍組織が中心だったが、洗練された唐の軍隊が日本に危機感を持たせ、国造軍以上に大規模な軍組織である軍団を整備せしめた。換言すれば白村江の戦での大敗という結果がなければ、これほどの軍組織を整備することはかなり後か、もしくは実現すらしなかったかもしれない、ということであろう。

 また文永の役、弘安の役と二度にわたる元寇も、日本の外国に対する危機感の薄さがうかがい知れる。この戦いは結局のところ良い巡り合わせで日本が勝利を収めるが、そもそも“国書の無視”は大変に無謀な振る舞いであった。適正な比較対象にならないほどの広大な領土と豊富な兵力を持ち合わせた国を我が国がそれほどに軽くあしらったのは尋常には考えられないことであろう。しかも防塁が築造されたのは2回目の弘安の役に備えてのことであるから、1回目の文永の役はほとんど無策で臨んだことになる。

 こうして歴史を振り返ってみても、日本では外国に対する危機感がいまひとつ感じられず、戦での大敗や多数の負傷者などのショックが与えられないと対策に移らないような気がしてならない。

 言霊というのは、このような希薄な危機感をいくらか説明できるように思う。「和」を尊重する日本人は、「縁起の悪いことは言わない、聞かない、公文書には書かない」という話があったが、これら一連の外国勢力への後手後手の対策は、結局は「外国勢力について話をしたら本当に攻めてきてしまうかもしれない」などの言霊の考えに依った思考停止が原因なのではなかろうか。日本人が政治や防衛関連の話を嫌ったりする所以はそこにあるのかもしれないし、仮に言霊の文化が然程に浸透していなければ、もっと口に出して議論ができたと言えなくもない。

 しかし、だからと言って連綿と伝わる言霊の文化を軽んじ、安易に否定してはいけない。何もかも縁起が悪いと言って言葉にするのを避けるのではなくて、寧ろ縁起の良いことを言葉にできるように、建設的な議論ができるように先手で対策を打つという心持ちこそが、危機感をも克服できる本当の言霊のあり方ではないだろうか。憲法改正や防衛費、予想される大規模地震の話など、本来なら忌み嫌われるような山積する問題に目を背けることなく、明るい未来が見える議論ができるよう、真摯に向き合っていきたいと心から思う。

参考文献
Wikipedia「日本の軍事史」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E5%8F%B2#%E5%9B%BD%E8%A1%99%E8%BB%8D%E5%88%B6
(2022年1月22日閲覧)

 


学生による論文(145) 「アーカイブの過去と未来」小林 航汰朗 (2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:10:09 | 教育のこと

「アーカイブの過去と未来」小林 航汰朗

 今日の授業の中では、いくつかの歴史書の内容が取り上げられた。災害や飢饉などの情景が文章や絵の形で残されているわけだが、こうしたものから得られる情報は限られており、ほかの調査や文献などの結果と突き合わせて推測することが必要となっている。大規模な災害は数百年、数千年という単位で襲ってくるものもあり、こうした歴史資料から史実を読み解くことは大変重要である。しかし一方で、数百年前、数千年前と現在では文化というか文明そのものが異なっているような状況に近いため、当時の様子を正確に知ることは難しい。

 あるいは、伝承や言い伝えのような形で災害の記録が残っている例もある。東日本大震災の時に話題となった、三陸地方の「つなみてんでんこ」は好例であり、後世に地震発生時は津波の可能性があるから高台へ逃げるべしという教えを後世に伝えている。しかし、実際にはこれを知る人も少なくなり、もしくは知っていても実際の行動に結びつかなかったこともあるということが分かってきた。伝える術があったとしても、のちの世に確実に受け継ぐことはとても難しいということを示していると考える。

 ここで私が持った疑問は、現代で起こった災害の記録は、後世にどのように伝わるかということである。過去の災害(数百年単位のもの)の状況を今の私たちが知るには、先に述べた通り、文章や絵といった文明によって変わるものや、伝承といった人づての手段が多かった。しかし、現代の災害の記録は、文章はもちろん写真や音声、映像といった事実そのものを保管するような方法で記録され、こうした記録は紙媒体などだけではなく、デジタルデータとしてアーカイブされ、アーカイブは個人や行政のコンピュータだけでなく、インターネット上に保管される。このように、事実を記録しアーカイブする技術は格段に進歩しており、より多くの情報、よりリアルな情報を後世に残すことができるのではないかと考える。だが、近年の技術の進歩を振り返っていると、たとえばパソコンというものはここ数十年の間に処理能力が劇的に向上し、映像データの保存方法も磁気テープからDVD、いまではブルーレイなるものもあり、より精密でより色鮮やかな情報を残すことができる。しかし、今磁気テープの記録映像を見ようと思うと、カセットデッキがなかなか見つからず、再生するすべがなかったり、あるいはDVDはブルーレイの再生機器では視聴することができなかったりする。つまり技術はものすごいスピードで発達する一方、下位互換性が必ずしもあるとは限らず、記録を当時の技術のまま放置しておけば、いつか見ることができなくなってしまうのではないかということに思い当たった。

 現代の技術にしろ、過去の技術にしろ、記録をしっかりとアーカイブするためには、常日頃からそうした記録が世間に触れるようにし、データコピーなりアップデートなりして、その時その時の最新技術で保管していくとが必要であり、こうした努力が人々に災害の危険を一定の周期で思い起こさせ、後世に災害の悲惨さや教訓を確実に伝えることにつながるのではないかと考える。


学生による論文(144) 「身近に迫る領土問題」 北 拓豊 (2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:08:58 | 教育のこと

「身近に迫る領土問題」 北 拓豊 

 2021年6月16日、「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律」、通称「土地利用規制法」が通常国会で成立した。この法律は、国の防衛施設、原発,空港などの重要なインフラの周辺部、国境やその周囲の離島などといった日本にとって特に重要なエリアを「注視区域」及び「特別注視区域」として定め、日本の安全保障を脅かす土地の利用を防ぐことを目的としている。この法律の制定の背景には、外国資本による日本国内の土地の買い占めの進行という問題が存在している。近年、特に北海道において中国資本によって土地が大量に買い漁られている。もちろん、別荘やホテルの建設といった観光客向けのリゾート開発などを行う分にはそこまで大きな問題にはならないだろう。急激な人口減少や高齢化に悩まされている地域にとっては、街が活性化するという点でむしろありがたい話にもなり得る。一方で、外国資本による土地の買い漁りが大きな問題となってくる地域も当然存在する。それが、街から離れた地域や山間部、要するに第一次産業を主とする地域である。(空港付近の土地の買い占めなど、日本の安全保障を直接脅かす可能性のある事例も存在するが、そのような事例の危険性は明白で話すまでもないため、ここでは割愛する。)またしても北海道の話となってしまうが、高齢化や過疎化が進行している北海道では広大な農地や牧場地などが手放される事例が相次いで発生している。帯広市の西側に位置する新得町の狩勝牧場は、施設の老朽化に伴い2018年に閉鎖された。狩勝牧場の敷地は370haを超える広大なものであり、中国などの外国資本による買い上げの話も浮上していた。このような広大な土地が外国資本の所有地となることは、国土の侵害という点や周囲の環境の面からも非常に大きなリスクを伴う。新得町は「第一次産業に必要な土地は地元の人が所有すべき」との考えのもと、町農地利用集積円滑化事業を活用して狩勝牧場を2億円で取得し、現在は酪農を目的とした国内企業への貸し付けを行うための協議が進められている。この事例は外国資本への土地の流出を阻止できた例であるが、財政の状況がよろしくない自治体が所有者から土地を買い取ることは困難なため、残念ながら既に多くの農地や林地が外国資本の手に渡ってしまっている。2006年から2018年までの13年間に外国法人や外国人と思われる者によって買収された森林は、北海道内だけで1577haにもなる。無秩序に森林が開発されると、斜面の崩壊や水源地が汚染されることによる水質悪化など、大きな環境問題にも繋がるリスクがある。しかしながら、農地や森林は「土地利用規制法」の対象から外れてしまっている。小此木八郎領土問題担当大臣は「農地、森林が外れているのではないかという話だが、大きな意味では含まれていると認識している」と述べているが、国民の安全・安心な生活を守るため、農地や森林についても明確に言及して対象に含めた法令の一刻も早い制定が必要だと私は考えている。

 


学生による論文(143) 「原点回帰」 河野 ひなた (2021年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-01-28 09:08:02 | 教育のこと

「原点回帰」 河野 ひなた

 決して時間が足りていないわけではない。普通の生活を送る気力がないわけではない。傍から見れば問題ない生活を送っているように見えるのに、本人としてはうまくいってないと精神を削っている場合がある。そのような時の原因として結論を言ってしまうと、睡眠が足りていない場合が多い。人間にとって睡眠は重要な役割を持ち、疲労回復において必要不可欠である。

 ただ、前に述べたような人間は、夜、寝るのが惜しいと感じて夜更かしをしてしまう。その日一日に満足できていないからだ。寝てしまう前(広義での今日)に何か爪痕を残そうと、寝る前にやりたいことをして今日の記録と記憶を作る。なぜここまで言い切っているのか、私自身そういう状況に陥ることがあるからだ。

 では、負のスパイラルから脱出するにはどうすればいいのだろうか。睡眠不足が原因なら生活のサイクルを正すことが最優先である。将棋倒しで崩れたものを元に戻す時間を取るために、時には一部を手放すことも大事だ。あれもこれもと手を伸ばしているうちに、はじめから持っている得意な分野、個性、目標、テーマ、コンセプトそういった枠組みが崩れていたり、外れていたりする場合が多い。それを取捨選択して整える作業が必要である。私の持論だが、これらのことは音楽鑑賞や映画鑑賞、小説を読み返すことで、当時の記憶を呼び戻すことで整えることができると考えている。昔好きでよく聞いていた曲を、映画を、本を聴いて観て読んだときに、ふと自分が変わったことに気づく。なぜか涙が溢れるのだ。

 過去の記憶や記録では活物同期とは言えないかもしれないが、過去の感情との同期。原点回帰は、揉まれて大衆化し、小さく狭くなってしまった視野を広げる作業として有効な手段ではないか。効率を求めるだけでない、豊かな暮らしをするためにできることを大切にしたい。(そうはいっても、長期的に見た際に休息を挟む方が効率が良いのもまた事実である)

 現在の日本は何度も何度も塗り重ねた政策が絡み合って後に引けなくなっているように思う。そういう時こそ、過去に選んできたものが本当に必要なことなのか、取捨選択をしたいものだが、おそらく、しばらくの間政権交代をしていないことも要因の一つだろう。一度リセットをする機会があっても良いのかもしれない。

 歴史を辿っていると、現在の日本の不甲斐なさに着目しがちで、批判的な意見が湧いてくる。しかしこの機会に、0から1を生み出す難しさと同時に、元あるものを維持する大変さに気づくことが出来た。これはインフラに似ていて、インフラも建設費用より維持費の方が経費がかかるものである。日本という国の規模で、その今までの動きを見直すというのは難しいことかもしれないが、少なくとも自分はこうして文章に起こすことで、いつかの未来に見返す機会を与えるとする。