細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・教育者のブログです。

2015-05-29 05:22:58 | 人生論

NHKの「100分 de 名著」の「荘子」が終わりました。4回、すべて録画して、最終回の分は今朝、郡山へ出張する朝の4時半ごろから見ました。面白い。

万物斉同。

「私」という自分のフィルターを通すから、すべてのものが斉しく無くなる。屎尿も唾も、私の体内にあるときは汚いと思わないのに、体外に出たとたんに汚く思う。 

自分が苦しい、と思うのも、様々な状況を、「私」が苦しいと捉えるから。

「胡蝶の夢」のごとく、現実も過ぎ去ればまさに夢のごとし。これまでにも楽しいことも苦しいことも、様々なことがありましたが、夢だったと言われると否定できません。現実と夢を区別することも、万物斉同からすると愚かな考え方のようです。

今回、荘子を勉強し始めて、いろいろと面白いエピソードを学びましたが、その中でも一つ、とても印象に残るものがありました。先の丸くなった錐(きり)。

先の尖った錐はもちろん役に立ちますが、先が丸くなってしまった錐は役に立たないでしょうか?もちろん、孔を開けることはできません。

一見役に立つようで、実は周囲の人々を傷つけている人もたくさんいます。つつましく生きておられるおばあちゃんがいたとして、尖っていないので誰も周りを傷つけない。 周囲の方々はそのおばあちゃんを見て心が落ち着くかもしれないし、和やかな気持ちになるかもしれない。どちらが役に立っているか、分かったものじゃない。

また、人生の大先輩として、曽野綾子さんの人生を楽しむ物の見方も大変、参考になります。昨日も一冊、「人生の収穫」という本を楽しく読み始めましたが、いわば老荘的です。

今日も出張を楽しもう!

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一つ一つ

2015-05-28 11:35:53 | 職場のこと

結構長く続いたスランプが終わりかけているようには感じますが、結局、一つ一つ、誠実にこなしていくしかない、ということですね。

一つ一つをこなしていく気力も無くなってしまうときもありますが、そういうときは今後も老荘思想に頼るようにしたいと思います。

「無用の用」。一見、無駄に見えることが実はとても大事だったりします。スランプの終盤になるべく心掛けたのは、無駄に見えるようなこと、仕事も、なるべく誠意を尽くしてやろう、ということでした。また、元気な時であれば楽しみで仕方ない会合やミーティングも、調子が良くないと憂鬱だったりしますが、なるべくポジティブに会合やミーティングを楽しむつもりで臨みました。そうすると、会合やミーティングの結果もうまく行ったように感じます。

今年度当初、研究室の運営上でいろいろと頭を悩ます要因もあったのですが、ここへ来て大分、解消されてきたように思います。それも、一つ一つ、対応策を考え、いろんな人と真剣に議論し、コミュニケーションしたことの積重ね、によります。

人間は、「生老病死」の言葉に代表されるように、思い悩むのが普通なのだろうと改めて思います。一見調子の良さそうに見える人もいつ調子を崩すか分からないし、崩してしまえばそれがその人になるわけです。ずっと健康で来た人も、いつ体調を崩すかわからない。

何らかの悩みを抱えて生きるべき存在が人間であって、だからこそ、自分の周囲の方々には誠実に接したいし、それだけが自分たちにできることなのかな、とも思います。

玄侑宗久さんの「荘子と遊ぶ」は大変に気に入ったので、玄侑さんの他の作品も読んでみようと思います。





 

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受け入れること

2015-05-26 10:06:38 | 人生論

考え方、ものの見方は一つでは決してなく、いろいろな方法を知っていたり、持っておくとよいようにも思います。

受け入れること。

老荘的な考え方の中に、「やむを得ず」という考え方があります。

状況に応じて、やむを得ず動く、それが最もよい、というような考え方です。

世の中で一般に言われているのは、しっかりとした計画を立て、目標を達成できるように、着実に努力を重ねていく、というような考え方だと思いますが、老荘はそのような考え方をばっさりと切り捨てます。

やむを得ず、動く。

今朝も、本当は4時に起床したかったのですが、自分の弱さに負けて5時前に起床。次女と私のお弁当(私のはついで)を作ることと、講義の準備等の仕事をするためです。

お弁当は作らざるを得ない。だから作る。でも、作るときには可能な範囲で精魂を込める。起きる直前は自分と多少葛藤していても、お弁当を作っているときは半ば無意識です。

お弁当を作る前に、ベランダのベンチ(奥さんが整備中)で東京の都会の静けさ(5時台なので)の中で、小テストの採点等の作業。これも、やむを得ず。でも、早朝のすがすがしい空気の中で仕事をすると、気分がさわやかになってきました。

とにかく現状を受け入れる。受け入れ方には個人差があると思いますが、どのように受け入れるべきかも、老荘は教えてくれます。

受け入れて、やむを得ず動く。

計画、目標、成果、評価、ばかりが過剰にもてはやされる現代において、何が本当に大切なのかを考えさせられます。 

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不調とともに (5) 品質確保の展開

2015-05-23 18:00:41 | 人生論

20日(水)の夜に前橋に入り、21日、22日と群馬県で開始されるコンクリート構造物の品質確保の研修会に参加してきました。山口県の二宮さんらとともに、研修会の講師としての参加でした。

非常に充実した、素晴らしい研修会になったと思います。これまでの種まきや、計画、研究、作戦、今回の研修会の準備などを主導してきた半井先生のご努力に感服いたします。これから素晴らしい展開になっていくと思いますが、ぜひ、立ち上がりの経緯も含めて、報告文等でしっかりと情報発信していただければと思います。

東日本大震災より前の話ですが、当時、群馬大学で勤務していた半井先生が留学中で、その代理、として私が群馬県の生コンの方々(が中心だったと記憶している。施工者もおられたのかもしれない。)を対象に、コンクリート構造物のひび割れ、について講義を行いました。すでに私が山口県のひび割れ抑制システムと出会った後、でした。かなり熱っぽく、山口県のシステムの素晴らしさを説明したようです。半井先生から、私のこの講義も、一連の群馬での取組みのきっかけになったようであることを、教えてもらいました。

その後、半井先生が主導的に段取りを進めていく中で、研究会で講師として呼ばれたのが、2012年の1月でした。このときは、徳山高専の田村先生、山口県の二宮さんとともに、講師を務めました。それから3年が経過し、群馬県でいよいよ試行工事が始まることになりました。

私も、行政での本格的な展開としては、山口県のシステムと、東北の復興道路のシステムには深く関わってきました。群馬県のシステムについては、側方支援的な関わり方ですが、今回の研修会でも多くの方々と新しく出会えたり、再会できたり、とってもありがたい経験をさせていただいています。「意識の波動」というのか、エネルギーの伝播、というのか、とにかく人と人が交わりあうことは生きていく上での根源であろうと、改めて感じました。

昨日、群馬からの帰りに二宮さんと話していましたが、半井先生がいなければ今日の研修会は無かった(と二宮さんは言いました)。でも、二宮さんがいなければ今日の研修会は無かった、と私は言った(そもそも山口システムが無かったことになるので)。その理屈で行くと、田村先生がいなくても、私がいなくても、今日の研修会は実現していなかった。そうやって、皆がそれぞれの役回りをきちんと演じていくことで、流れができていきます。自分にできることは限られているけれど、やっぱり自分にできることをやろう、と勇気が湧いてきます。新橋駅で二宮さんとお別れするとき、「幸せな気分ですね」と二人が口を揃えて言いました。

品質確保の取組みには、今後も私は関わり続けると思います。この取組みが、結局どのような形になるのか、まだ私にもイメージし切れません。これをしっかりとやり切ることは、私の人生に与えられたミッションの一つなのだろうな、と思い始めています。

どれだけ意義のあることなのか、は分かりません。でも、とんでもなく多くの方々が関わることであることは間違いありません。いろんな業種の方々が、いろんな思いを持って日々生きている。それらの方々が、コンクリートを通してつながるわけです。私の奥底の感性が、この取組みが少なくとも私にとっては極めて大事であることを、知らせてくれています。

そろそろ、「不調とともに」シリーズも終わりかな。今日は、夕方から学祭の巡回要員として出勤。。。終了後、教え子と横浜駅近くの立ち飲み屋で熱く語る予定。。。

 

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不調とともに (4) 群馬

2015-05-21 18:42:29 | 人生論

昨夜から出張で群馬に来ております。二泊の出張で、群馬県で展開が加速してきているコンクリート構造物の品質確保の研修会に講師として参加しています。

前群馬大学で、広島大学の半井先生の主導で群馬県でも品質確保の展開が大きく盛り上がってきており、とても素晴らしいです。

私にもお手伝いできることはいろいろありますので、割り当てられた役割でベストを尽くすよう、努力します。

今日も、研修会の聴衆から、「先生のブログを見ていますよ」と声をかけられたり、その内容について感想をいただいたりしました(吉田徳次郎先生のお言葉に関するブログがとてもよかったそうです。)

こんなブログでも、少しでも人々のお役に立てているときもあるようで、うれしく思います。

これから懇親会です。新たな出会いもあるでしょうし、親交を深めたい関係もあるので、楽しんできます。 

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不調とともに (3) 雨

2015-05-19 15:19:48 | 人生論

すでに梅雨入りしたかのように雨も良く降るし、湿度も高いですね。実際、前線が本州付近に停滞しているようです。

最近の生活の楽しみの一つは、朝の次女の通学です。毎日送れるわけではないのですが、私の都合の付く日は徒歩で20分弱ですが、ゆっくりとりとめのないおしゃべりをしながらの時間がとても楽しいです。

昨夜はずっと雨が降っていたようで、今朝は雨の中の通学になるだろうなと思っていましたが、5時過ぎに起床後、家を出発する8時過ぎまで3時間、 3つのお弁当作り、体操、仕事、身支度などを済ませて家を出たところ、思ったよりひんやりしていました。雨も非常に小雨。

自宅から次女のスクールまでは、大通りを横切ったりもしますが、住宅街が多く、自然の多いエリアもあります。

雨を新緑が喜んでいるかのようでした。私の好きなアジサイも、花を咲かせる準備が整ってきたように見えます。

雨をうれしい、と思うことはほとんどなかったですが、自身の調子がよくなかったこともあり、自然のみずみずしさ、生命力に感動したのでしょうか。

樹木群の中を歩いた時間は、鼻から深呼吸をして、目に見えないエネルギーが体内に入ってくる気持ち良い感覚でした。

雨で湿気が高くても、坊主頭であればほとんど何の影響もありません。私はくせっ毛なので、いくつかある坊主頭のメリットの一つです。。。

「うつ」は感情が硬くなる現象だ、と聞きました。ちょっとしたことに感じる心が戻ってきた、ということは感情が柔らかくなってきた証拠でしょうか。

今朝も、まさにたわいの無いおしゃべりをしてあっという間にスクールに着きました。何でもないことが、実は一番大事だったりするよな、と最近いろいろな場面で思います。

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不調とともに (2)

2015-05-19 07:10:01 | 人生論

世の中にはいろんな人がいるのであって、スーパーマンもいれば、我々のような大多数の凡人もいれば、悪人だっています。

調子のいいときは多少手綱を引きながらもそのまま進めばよいですが、どうしても調子のよくない時もあります。

また、本来は、大多数の凡人が幸せに暮らせる社会が望ましい、と私は思います。

老子の無言」から、納得し、とても簡単で効果の高い手法をご紹介します。

人間誰だって、褒められると気持ちいいものです。人に褒められると嬉しいし、けなされると嫌な気分になります。

この本の著者が紹介していた方法は、「寝る前に自分を褒める」というものです。人間、普通に生きていれば、一日に少なくとも一つや二つは褒められるようなことをしているものです。そこで、寝る前のほんのわずかな時間で、5つくらい自分を褒めてやる、というもの。

昨夜は、寝る前に以下のような項目を思い浮かべて、「まあ不調なりにもよくやったじゃないか」と自分を褒めてやりました。

・早起きして次女の弁当を作ったなあ。
・調子はあまりよくなかったけど、台所にたまっていた食器を食洗機に入れて洗った。
・出勤前にキッチン、ダイニングテーブルの片づけをしていった。
・雑務が多かったけれど、約8時間、ほとんど休憩なしに仕事できた。
・仕事の後、子どもたちの夕食を作った。
・子どもが蚊にさされたので、夕食後、薬局にかゆみ止めや、ベープマットを買いに行った。子どもたちのために貢献できた。
・寝る前に、子どもたちに、「自分で自分を褒める」という方法を教えてあげた。 

自分で自分を褒める、ということでも気分は良くなり、褒めないよりもよく眠れ、起きた時の気分も良いです。

そして、ポイントは、結局、長い人生を生きていく上で、自分を褒めてくれるのは自分しかいない、ということです。

この事実に気付くと、はっとさせられます。

今朝は、遠足に行く長女と、私の分も含めて三人分のお弁当を作りました。今日は、暇のないスケジュールで夜まで終わってしまうと思います。
 

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不調とともに (1)

2015-05-18 13:53:09 | 人生論

先週の金曜日、ようやく不調を脱するかな、という気配は感じたのですが、週末、しっかりと逆戻りしてしまいました。しばらく、不調とお付き合いしないといけないようですので、あまり気持ちのいいタイトルではありませんが、「不調とともに」シリーズが始まりました。もちろん、私は早く終わることを期待していますが、まあ無理せず不調とお付き合いすることにします。

今日は、遅めの昼食の前に、図書館に本を返しに行くついでに学内を少しブラブラと歩きました。横浜国立大学にいい点はいくつもありますが、キャンパスの誇る緑は秀逸です。大分前に暇だったころによく散歩していましたが、フランスへ渡航する前はそのような時間はほとんどありませんでした。フランス渡航のおかげか、講義を秋学期に多く配置したせいか、今は暇な時間もありますので(そのうちすぐに無くなるでしょうが)、 初夏で緑がグングン育つ時期に自然からのエネルギーをいただかない手はないな、と改めて感じました。心地よい散策でした。

昨夜、聞いていた過去のラジオ番組でのフレーズ。内村鑑三の言葉らしいですが、「人間にトラブルが生じるのは、その人にそのトラブルを解決する能力が備わっているから。天がそのように試練を与えてくれている」というようなもの。確かに、これまで、私の身にも数えきれない試練がありましたが、何とか生きている、ということは何とかかんとか解決したり、すり抜けてきたりしたわけですね。

昨日の昼ごろにたまたま見たテレビ番組。私も行ったことのある北海道の礼文島の鮑古丹という集落にただ一人住む84歳のおじいさんを訪れる番組でしたが、おじいさんは現役の漁師であり、最期までその集落で生き抜くことを決意しているわけです。レポーターの俳優と魚と酒で飲むわけですが、「働く、ということは素晴らしいことだぞ」とレポーターの肩を叩くわけです。私も、働く、働ける、ということの素晴らしさ、ありがたさは、元から分かっているつもりではありましたが、このような不調に陥るとなおさら痛感しますので、身に染みる言葉でした。

4月に趣味として始めたサイクリングは、ますます好きになっておりまして、自転車に乗れるようになった次女や、長女ともいろいろと遠出をしています。日曜日の午前は、次女と二人でお気に入りの有栖宮記念公園までサイクリングして、たこ糸とスルメでカメ釣り(餌に食付くだけで、釣り上げるつもりは元からゼロ)、コイにパンのえさをやる遊び、と公園内の散策をして癒されました。とにかく体を動かすことが良さそうなので、日曜日の夕方にはジョギングもしましたし、億劫なときもありますが、朝のテレビ体操もほぼ毎日やるようにしています。

不調のときは、なるべく周囲に迷惑をかけたくなく、わずかなりとも周囲に貢献したい、という気持ちが強いので、あまり大したことはできませんが家庭でも職場でもそのように心がけて行動したいと思っています。

まあ、そういうときもあるでしょうから、心が風邪でも引いたつもりで、気長にお付き合いします。 

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老子・荘子

2015-05-15 08:30:35 | 人生論

久しぶりの日記になりました。

これだけ間隔が空いたのは、大学教員になってからのブログではもしかすると初めてかもしれません。 もちろん、調子はよくありませんでした。

調子のよくない理由は複合的で、要素もいろいろあって時間とともに変化するのかと感じていますが、少し復調してきたように思います。

少しずつ復調する過程で助けになっているのが、老子・荘子。

以前、「老子の無言」という本を読んでとても気に入り、自分の生き方にも反映させてきました。今回、不調に陥った中でこの本のことを思い出し、大学の私の文庫の中にあったはずですが見当たらないので、もう一冊買いました。改めて、老荘思想の魅力・威力に感銘を受けています。心が楽になり、解放される気持ちです。

また、朝のテレビ体操は変わらずに楽しく続けていますが、6:25からのテレビ体操の前の番組で、たまたま6時ごろにEテレを見ていたら、「100分 de 名著」というタイトルだけは聞いたことのある番組がやっており、「荘子」でした。 解説者が作家で僧侶の玄侑宗久さんで、この番組がとても面白く、さっそくNHKテレビテキストも購入し、玄侑さんの「荘子と遊ぶ」も購入。

不調は気持ちのいいものではありませんが、そのときにこそ学ぶことも多く、立ち止まって自分のやり方、考え方、生き方を見直すことにもつながります。そういう状態の自分と遊べるように、人間修行のつもりで自分と付き合います。

今日の午前は、JCI(日本コンクリート工学会)の座談会に、若手・中堅技術者・研究者の土木分野(学)の選抜選手として参加します。 選抜された6人のうちの一人ですので、しっかりと貢献したいと思いますが、不調時に老荘的な気分に寄っている状態での参加ですので、どんな記事になるか分かりませんが、現時点でのベストを尽くしてきます。

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