細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・教育者のブログです。

「見られる」効果

2011-01-30 18:09:48 | 人生論

1/27(木)-28(金)と濃厚な中国地方出張を楽しんできました。

27日夜は、徳山にて、田村先生と楽しく打ち合わせ。来年度、JCIに新たな研究委員会を設立すべく、申請書の案の最終確認。当選するかどうかは分かりませんが、いよいよ私が本当にやってみたい研究委員会の立ち上げに向けて全力を注ぐ所存です。

28日は午前に山口県で打ち合わせをし、午後は広島に移動して佐藤良一先生JCI委員会のシンポジウム+夜の濃厚な会議。楽しかったです。深夜にはマイケルジャクソンの歌を何曲もカラオケで歌っておりました。意外に歌えるもので、びっくりしました。

山口県のひび割れ抑制システム(これまでは、ひび割れ抑制対策、という言葉が使われてきましたが、今後は「ひび割れ抑制システム」を正式名称に展開していきます)では、データの信ぴょう性が重要なポイントの一つです。良質なデータを確保することの要点の一つが、「公開すること」です。「見られている」のです。

日本人の特質として、「お天道様が見ている」「ご先祖様が見ている」という意識があります。見られると、背筋がピンとします。もちろん、見られていてもモラルのかけらもない行動をとる輩も出てきていますが、まだまだ日本人にはモラルが残っていると思います。

27日に徳山で宿泊した旅館は、それはそれは趣のある「和」の旅館でした。夕食も和食もとてもとてもおいしくいただきました。宿泊のお客は多くなく(もしかしたら私だけ?)、おかみさんともよく話しました。ひび割れ抑制システムの全国展開のための決起集会を、この旅館でやろう、と盛り上がりました。そうなると、またこの旅館に来ることになります。

そうなると、私が泊まった部屋(ビジネスホテルタイプ)を出るときにも、散らかして出たくありません。おかみさんが片付けするのだろうから、いいかげんな人間と見られたくないからでしょう。また、朝食も私一人で、非常に趣のある和室で食べました。すごくおいしいほかほかのご飯をとんでもない量、おひつに入れていただいてました。おかずもすごくおいしかったのですが、頑張ってご飯を食べました。朝からお茶碗に3杯山盛り、いただきました。これも、残しては申し訳ない、という「見られる」効果でしょうか。

以前は、大家族、地域社会がしっかりとしており、いつも「見られている」状態でした。今の社会の問題の大半は「見られる」ことで解決するようにも思います。密室だと大半の人間は何をしでかすか分かりません。

なんでもかんでもオープンというわけにもいきませんが、見られることを良しとし、それを活用したシステムづくり、社会の再生につなげていきたいと思います。

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2011-01-23 13:10:51 | 人生論

数年前よりも「中年」であることを意識し始めるようになりました。

体力の低下はまだそれほど感じませんが、白髪が増えたり(学生の頃からありましたが)、後頭部の薄毛が少し気になったり、まあいろいろなことによります。

新年になると、どういう風の吹き回しか知りませんが、「体を大事にしよう」という意識が新たになります。歯のケアはいつもきちんとしていますが(8年程度、虫歯なし)、歯を白くするためのケアを再開したり(どうでもよいことではあるのですが、きれいであるに越したことはないです)、休肝日をしっかりと設けてみたり。また年度の途中になってくると自己節制もややいいかげんになってきて、年度末になだれこむ・・・・ その繰り返しでしょうか。

昨年末くらいから、お酒を(たくさん)飲んだ翌日に、右ひざが少し痛む傾向が出てきました。お酒を飲まないと痛まないので、多分関係があるのだと思います。

年を取ると、体のいろいろなところに不具合が生じて、それとうまく付き合いながら、人生を過ごしていくのだと思います。これが初めてのケースでは決してありません。メンタルを壊したことや、その他健康に関する要注意サインはしっかりと受け止め、学んできたつもりです。8年程度虫歯が無いこともその一つ。

右ひざの兆候はどういう展開になるのかは分かりませんが、私の体からのサインであることは間違いありません。よくよく学ばさせていただきます。

ひどい花粉症でして、早くも症状が出てきました。今朝、薬(予防薬も)をもらってきました。日曜日ということで3日分しかもらえませんでしたので、明日、予防薬を28日分、もらってきます。私が長らくお付き合いしないといけない病気の一つです。

 

 

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山口県のひび割れ抑制対策に関する論文

2011-01-23 11:01:55 | 研究のこと

1月13日に締切りであったJCIの年次論文集に山口県の表層品質の調査結果の第一弾を投稿しました。

次は、土木学会論文集に、「ひび割れ抑制対策によるコンクリート構造物のひび割れ抑制と表層品質の向上」(仮題)という論文を投稿すべく、執筆を開始しました。

表層品質も向上しますが、もちろんひび割れも抑制されており、その両方の効果を定量的に示すことがまず第一のミッションです。その本質的な要因が何なのか、少なくとも方向性を示したいと思っています。

来週、1月27-28日に山口県を訪れます。徳山と山口に訪れ、28日は広島で収縮とひび割れに関するJCIシンポジウムで勉強して、帰ってきます。その際に、田村先生や二宮さんと、土木学会論文集の原稿のことや、来年度にJCIで立ち上げることを検討している新規委員会の打ち合わせ、などなど行ってきます。

土木学会論文集の原稿は、3月一杯までに投稿できるように、少しずつ書き進めます。田村先生や二宮さんにもひび割れの抑制効果を示すいくつかの重要な図を作っていただくことにご協力いただくと思います。

書きがいのある論文となりそうです。十分に楽しみたいと思います。

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目的、手段

2011-01-22 10:09:12 | 人生論

学生の研究指導をしていると、何度も何度も言っていることではあるのですが、「目的」と「手段」を区別できていないことが多いです。

よく、手段が目的化する、だとか、日本人にその傾向が多い、だとか言います。私は、実は日本人の多くは「目的」ということをきちんと把握するトレーニングをきちんと受けておらず、「目的」が何かを常に考えて行動していないように思い始めました。

目的と手段をきちんと分けることのできる人が、いつの間にか手段に目が偏っている、というのではなくて、そもそも何が目的で、何が手段か、を分かっていないのだろうと思います。

これは、日本人に"Project Thinking"をできる人が少ないこととも関係しているでしょう。"Management"という概念がおそらく日本語には無いと思います。マネジメントをする、ということはプロジェクトとして捉えて、結果を出す、ということです。明確に目標を設定する、ということです。

どうも、このプロジェクト、目標、目的、マネジメント、という辺りの概念、トレーニングが日本人には決定的に不足しているようです。特に、小、中、高、大学教養過程の教育で、このようなトレーニングをほとんどせず、教えられたことを、テストで解けるという能力ばかり鍛えようとするから、このような事態になっているのかと思います。

研究はプロジェクトです。研究で成果を出す、ということは、明確に目標を設定しないと達成できません。

研究に限らず、成果を出す場合には、明確に目標を設定する必要があります。

例えば打ち合わせをしていても、打ち合わせの目標を明確に設定して行う人は、終わるときには必ず成果が出ています。しかも時間が短い。

目標を設定せずに打ち合わせを行っている人たちを多く見かけますが、「井戸端会議」に等しい。

あれだけ研究指導やゼミで何度も何度も言っても、目的、目標についてしっかりと身に付かないのだから、日本の教育も改善が必要のようです。それとも、社会に出て、プロジェクトに携わってから徐々に身につければよいのでしょうか。私にはそうは思えません。

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どんどん宮本輝

2011-01-19 21:10:07 | 趣味のこと

宮本輝の小説にはまって、次々と購入して読んでいます。

「青が散る」(上下)も名作のようで、さっそく購入しました。
「五千回の生死」は秀逸な短編が9編収まっているようで、これも楽しみ。

奥さんが以前、「優駿」(上下)を読んでまして、家にあるようです。最年少で吉川英治文学賞を受賞した作品で、これも読もうと思います。

長編シリーズの流転の海シリーズは現在5巻まで発刊されており、私は4巻のど真ん中です。最後の5巻を読み切ってしまうと、次の6巻が出るまで待ちきれないかもしれないので、4巻が終わったら上記の他の小説に乗り換えるかと思います。

文字だけでこれだけの世界を構築できる、というのは本当にすごいと思います。人間にとっていかに言葉が大事なツールか、そのすごさを改めて痛感します。豊かな精神世界を各自が構築できるよう、どんどん読書しましょう。学生たちも、上質な人生を送りたければ、「読書力」を磨くべきと思います。

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影響の輪に専念すること

2011-01-16 08:59:08 | 研究のこと
私の研究室のような小組織でも、多くの外部の方々とも連携しながら、社会活動の一部を形成しています。共同研究も多く実施していますし、学会の各種委員会などでも活動していますし、スタッフもそれぞれの仕事を遂行しながら家庭での役割も持っています。

小さい割には影響力も結構大きいことは自覚しておりまして、ビジョンを描きながら前進し、研究室の総力を少しずつでも成長させていかないと、少なくとも私の存在価値はありません。

当然に時間は限られています。限られた時間、体力の中で研究室の活動、私自身の活動をうまく推進していくためには、本当の肝に集中するしかありません。肝から外れたところに気を取られたり、時間を割き始めたとたんに、微妙なバランスを保っていたものが崩壊していきます。まずもって、自分自身が火の車になり、組織は制御を失います。

肝とは何かというと、研究と教育、自身へ投資する時間。私の場合は特に、研究と自身への投資(勉強、読書、種々のテコ入れ)です。そうすることで教育のクオリティが上がります。

これらの肝をしっかりしておくことで、例えば学会の研究委員会の活動はスムーズに回ります。日常的にやっている研究の成果に基づいて対外的な学会活動に対応できるように、研究テーマの設定や、対外的な委員会での役割を戦略的に設定、選定しています。

これらは7つの習慣にも書かれていることで、自分を中心とする「関心の輪」と「影響の輪」があり、大多数の人は「関心の輪」にばかり注力し、すなわち人任せ、ゴシップ、羨望、嫉妬、人の批判、ばかりになり、自分自身がやるべき「影響の輪」がおろそかになる。一方、主体的に動く人は自分自身の影響力が及ぶ「影響の輪」に注力し、結果を残し、影響の輪を広げていく。

ポイントは、影響の輪に注力することによって、影響の輪が広がり、結果として大きな仕事ができるようになる、ということです。だから徹底して、研究、自己投資(第7の習慣「刀を研ぐ」)、教育への専念です。
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教育者

2011-01-15 16:28:01 | 教育のこと

宮本輝の本にどっぷりつかっているのは何度も日記に書いていますが、ますますどっぷりです。

流転の海(宮本輝のライフワーク)シリーズの第4巻に入り、完全に魅力にとりつかれてしまいました。第4巻の最後に、児玉清さんとの対談が載っており、それも面白かったです。

児玉さんは、宮本さんの小説には人生の真実が書かれており、良いこと、悪いことをこういう本を通して学ばなければならない、と話してます。こういう本を通してでないと学ぶことができない、と児玉さんは言います。読者は宮本輝のその辺りの見識に信頼を持っており、だからこれほど読まれるのだとも。

児玉さんは短大(教育を志す人たちの)で講演したときに、「教育を志す人は宮本輝を読め」と言ったそうです。人生の酸いも甘いも知り、良いことと悪いことをきちんと子供や学生に説得力を持って言える人間でないと、教育という神聖な行為を行ってはいけない、と私も思います。

教える人間が偏った見方しかできないと、教わる子供たちへの害悪が非常に大きすぎる。

現在、第5巻まで出ていますので、そこまでは一気に読んでしまうと思います。その次は、ドストエフスキーに行くと思います。宮本輝の他の秀作も読むと思います。平家物語が止まったまま。今年は、人間力の幅(器?)をさらに大きくしたいな、と思ってます。

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親孝行?

2011-01-15 14:01:51 | 人生論

私の日記は多くの方々に見られていますが、学生のころから通算するともう15年くらい続けていることなので(中断した時期もありましたが)、見られているという感覚はもはやなく、ごく自然な情報発信のツールとして自身に不可欠なものとなっています。

読者の中には私の親(特に母親)もいるわけでして、この記事も見ていることかと思います。

昨夜、母親と電話で話したのですが、その最後に私の日記の話になり、「まずい親子丼」の記事について、老婆心から「ああいう記事はやめといた方がいいんじゃないの?」といつものアドバイス。私が日記に何かを批判するようなことを書くと、ほぼ必ずそのようなアドバイスが来ます。世の中は嫉妬や足の引っ張り合いばかりで、いつ足をすくわれるかわからないので気をつけなさい、というアドバイスです。

昨夜はその電話のあと、東大から電車で帰りましたが、酔っ払っていたので自分の日記をiPHONEで見ながら帰っていました。まあ書きたい放題書いてますね。親からすると、息子が考えていることを簡単にいつでも見れるわけですし、私は家族や親族のこともとても大切にして生きているつもりなので、親孝行しとるのお、と笑いながら日記を読んでました。

私にとっては、家族も、学生たちも、職場の同僚も、私の教え子たちも、一緒に仕事をしていく仲間や友達も、みんな大切です。大切な方々が私の日記を見てくれていると思います。それはとても貴重なことで、一緒にポジティブに歩んでいくときに、お互いを理解することからすべてが始まるので、その基礎を日々固める役割を、この日記は果たしています。

私の性格からして、この日記は死ぬまで続けるように思いますが、どういう形で終わるのでしょうか。子供たちもいずれ読むと思いますが、子育てのころの日記を読んで、何か感じてくれたりすることもあるかしら。

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