細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

委員会報告書の「おわりに」の文章

2019-08-30 20:45:09 | 研究のこと

日本コンクリート工学会(JCI)のある研究委員会の幹事長を務めましたが、その委員会報告書の「おわりに」の文章を執筆しました。委員会のテーマが「革新」でしたが、幹事長として苦労したこともそのままストレートに文章にしました。

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5. おわりに

今回,「コンクリートの生産・供給・施工システムの革新」というテーマで委員会活動を行った。委員会の顧問である堺孝司先生のお考えや思いは序章に書かれているので,ここでは委員会活動を取りまとめる役割を担った幹事長の私の立場で,委員会活動を通じての所感をまとめたい。

正直に言って,このテーマでの委員会活動の運営は容易ではなかった。現在の我が国のシステムが十分に機能しておらずに数々の問題が生じていることは分かる。何らかの革新(私自身は,漸進的な改善の積重ねの方が良いと基本的には考えている)が必要なことも分かる。サステイナビリティ設計の方向性が基本的には良さそうであることも分かる。しかし,現在は,世界史的に見ても相当なレベルの転換点にあり,日本の様々なシステムが機能不全に陥りつつある状況の原因は,大局的に捉えないと議論の方向性を誤る。また,私が良いと考える漸進的な改善の積重ねならともかく,「革新」となると,考える時間のスパンや,それこそ価値観により,議論はほぼ常に発散する。

3つのWGのうち,私が主査を務めたWG(報告書の3章)に当初与えられた課題は,「これまでの国内外における技術発展の系譜の整理と新技術適用バリアの分析」であり,この分析を「アカデミック」にやってほしい,と言われた。WGのメンバーとも考えてみたが,何をどうやってよいのか皆目見当が付かなかった。集まったメンバーの構成を見て,また2018年の年始ごろであったが,偶然に私が勉強していた電力,エネルギーについての驚愕的な情報(報告書の3.2.3)に触れたこともあり,私の中ではWGの方向性がクリアに拓けた気がした。何のための「革新」かと問われれば,私たちの社会や世界のサステイナビリティのためである,と答える。この委員会の期間中に,「資源の枯渇・急減」こそが,これからの人類が経験する最大級の課題である,と私自身の認識が改まった。技術革新による課題の克服も期待できるであろうが,過去の大戦争の直接的な契機が資源であったことを考えると,これからの人類の歴史はしばらくは相当な動乱となることであろう。

私は,確実に人類を襲う,資源の枯渇・急減という問題を共有した上で,集まったWGのメンバーがそれぞれの得意とする分野で,サステイナブルな社会に貢献できる,コンクリートの材料,コンクリートを使った技術やシステム等について調査研究を行い,読み物として取りまとめることにした。目的が大事であり,コンクリートの分野でサステイナビリティに貢献できるのであれば,手段で悩むのはばかげていると思ったし,資源やエネルギーの視点をWGメンバーで共有しながら,様々な材料,技術,システムを分析してみると多くの気付きや発見があった。サステイナビリティ設計,という思想の方向性に皆が具体的に気付くことが重要であると今は感じている。

青木幹事の取りまとめた2章は,生コンクリートの生産・供給システムの具体的な課題の分析と,革新に向けた具体的な提案が記載されている。革新のためには,全体最適的なヴィジョンの構築だけでなく,各論的な現場の課題の改善を常に継続していく必要があり,これらの課題が実際に改善されていくことを期待したい。

千々和幹事の取りまとめた4章では,人口減少がコンクリート供給体制に与える影響に関する仮想的検討に取り組んだが,これも大変に苦労したWG活動であった。将来シナリオはいくつもの可能性があるため,「仮想的検討」というタイトルに収まったが,「人口減少」というこれまた我が国がこれから経験する極めて課題の多いであろう社会において,基幹材料であるコンクリートのあり方を,若い数名の委員で連携して検討していただいた。難しい将来に対して目や耳を塞ぐのではなく,私たちが切り拓いていくという勇気や覚悟が必要であり,そのような活動に少しでもつながってくれればと期待する。

各WGの活動も個性豊かなものとなったが,改めて,目的は共通でサステイナビリティである。コンクリートの分野だけで達成できるはずもなく,大局的な視点も本報告書の序章や3章には含まれている。全うな方向に,ありとあらゆる努力が重ねられて,ようやく目的が達成されるであろうと私は認識しており,そのために私たちがなすべきことはそれこそ無数にある。本報告書が,サステイナビリティの実現のために少しでも役立つことを祈念する。

[担当 細田 暁]





Playing Manager

2019-08-17 21:01:09 | 人生論

ウィーンでの5泊の夏休みが終わろうとしています。初めてオーストリアに来ました。家族と3泊をウィーンでともにし、私は休み明けからハードな仕事の日々が待っているので、一足先に暑い日本に帰ります。もうすぐ空港に向けて出発ですが、この日記を書き始めました。最終的に、充実したウィーン滞在だったと感じます。

このブログのタイトルは、現在の私の悩みを表したタイトルでもあります。

「不惑」の40代はすでに半ばを過ぎ、現在は46歳ですが、惑っていないのか、惑っているのか、よく分からない状態に現在はなっています。50歳、50代での「天命」へ向けて惑い始めたようにも感じています。いずれにせよ、人生、という一つの壮大な物語には様々な局面が訪れるでしょうから、今のこの状態に対して、自分なりに全力で対処すべきなのだと、今日も感じています。

ここ数年、運動に力を入れています。ウィーンでも5回の朝のうち、4回ジョギングしました。現在は、体の状態が100%ではなく、10月13日のトライアスロン@鞆の浦に向けて、少しずつ体の状態を上げていこうとしている状態なので、ウィーンでのジョギングもゆったりとしました。ちょうどウィーンの中心環状路を30分かけて走るペースで最後の二日は走りました。早朝のウィーンのジョギングは快適でした。

この、運動に力を入れ始めたことは、明らかな老化が始まり始めた40代において、Playerとしても能力を維持できるように、という自分との挑戦の意味が大きかったな、と今では思います。研究者として60代まで第一線で働くことは決して容易なことではなく、現在の研究室の体制(前川、細田、藤山)において私が単なるManagerでいられるはずもなく、Playing Managerとして自らに挑戦できる環境であることは、感謝すべきことなのだろうと思います。

この数か月くらいでしょうか、以前より感性が鈍くなっているように感じます。以前であればもっと驚いていたり、感激していたであろうことにも感じ方が鈍くなっているように思います。昨年もそのように感じた時期がありましたが、昨年は秋学期の土木史の講義が始まるとともに、そのような状況は払拭されました。今年がどうなるかは分かりません。

この旅行中に、稲盛和夫さんの「心」という本を読みました。前作の「生き方」の続編で、稲盛さんの哲学がストレートに述べられています。

前作もとても感銘を受けましたが、今回、惑っている状況で読み、おそらく惑っていたからこそこの本を手に取ったのだと思いますが、勇気づけられました。生きる意味は、「生まれてきた状態よりも、少しでもよい人間になる」ことと述べられています。生きる意味をそのように捉えると、すべてのことに感謝するようになり、他の人が何も感じないようなことにもありがたみや感謝の気持ちを持てるようになり、感性も豊かになり、生き生きとする、とのことです。

また、すべての行動、判断の根幹に、自分のため(自我)でなく、誠実さや利他を置きなさい、そうすると自動的に人生は良い方向に行く、と述べられています。様々な具体例も挙げられており、また私の人生を振り返っても、その通りだな、と思います。

ちょっと成功すると、すぐに自分の力を過信し、落ちぶれていく人が非常に多い、と稲盛さんは警笛を鳴らします。私も基本的にはチヤホヤされることが大半なので、自分自身で気を付けないと簡単に堕落します。

私は「7つの習慣」を大学院生のころから読み、ミッションステートメントも公開し、生活において実践してきました。7つの習慣と、稲盛さんの言っていることはほぼ共通しているように思います。

50歳で「天命」を知れるよう、少しでもよい人間になるべく日々を過ごし、社会における自分の役割を果たせるようにしたいと思います。

Playerでもありますが、Managerとしての仕事も確実に増えています。巡り合った仕事に縁を感じ、しっかりと取り組むことでしか、自分の能力が向上していかないこともこれまでの人生で十分に学んでいます。厳しい社会情勢ではありますが、文句、不満を言うよりは、しっかりと実践を積み重ねる人間でありたいです。

日本はまだまだ暑いようですが、帰国後、ハードでチャレンジングなスケジュールがしばらく続きます。様々なことを感じ、学び、多くの方々と仕事をともにできることを楽しみたいと思います。


品質確保物語、連載再開。。。

2019-08-06 05:28:50 | 研究のこと

一時、連載をお休みさせていただいておりましたが、東北地整の高耐久床版の手引きも発刊されたこともあり、連載を再開しております。

第31回目は、「過酷環境下で供用されるコンクリート構造物の耐久設計の難しさ

第30回目は、「東北地方におけるRC床版の耐久性確保の手引き(案)(2019年試行版)」の概要について

第29回目は、日本大学の子田康弘先生にご寄稿いただきまして、福島の桑折高架橋での、「地元業者が取り組む高耐久RC床版の施工(その1)

第28回目は、「二つの品質確保システム~発端の異なる山口システムとJR東日本システムの比較~

論文や学会誌の解説文等だとなかなか書けないようなことも、このようなメディアでは書くことができるので、貴重な機会をいただいていると思い、今後も細々と連載を続けていきたいと思います。。。


土木学会356委員会(コンクリート構造物の養生効果の定量的評価と各種養生技術に関する研究小委員会)

2019-08-05 06:47:31 | 研究のこと

この週末は、ほとんど書き物をしていました。委員会報告書の仕上げの段階に入った二つの委員会のための書き物です。そのうちの一つの土木学会の356委員会では、シンポジウム論文集を募集しており、私はその委員会の委員長ですが、単著で養生についての論文を書くことにしました。下記が、その論文です。シンポジウムで発表します。

なお、356委員会の成果報告会は9月13日にあります。まだ残席はありますが、結構好評のようですので、申し込みはお早めに

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「耐久性確保のための養生」

横浜国立大学  正会員 細田 暁

1.はじめに

 吉田徳次郎博士は,養生について「養生作業は,コンクリート施工の最後の作業であり,最後の努力をなすべき作業である.養生作業の如何により,施工者のコンクリートに対する智識と,工事施工の良否とを判断し得る場合が多い。」と記した1).基本的には,効果の高い養生を長く続ける方が,コンクリートの品質を高めるのは言うまでもない.しかし,最終的に重要となるのはコンクリート構造物の性能であり,本稿の主題に関する性能とはひび割れも含む耐久性である.構造物の性能である耐久性に養生が及ぼす影響は,検討も検証も容易ではない.容易ではないがゆえに,「湿潤養生を28日間するから品質が向上する」という半ば思考停止の技術提案がまかり通ったり,本当は標準的な養生を超えて追加の養生が必要なのに,なされないために現実の構造物で劣化が生じている場合も存在する.
 本稿では,真の耐久性確保のための養生のあり方,について筆者の考えを述べる.

2.ひび割れ抑制と養生

 ひび割れはコンクリート構造物には付き物で,現場では常に関心となる現象の一つである.ひび割れの発生やひび割れ幅に対する影響要因は多く,ひび割れの発生メカニズムすら知らずに現場のひび割れが議論されている場合も少なくないであろう.例えばマスコンの温度ひび割れを抑制したい場合に,型枠(せき板)の標準的な存置期間を超えて躯体表面を養生することは効果があるのであろうか?
 
 養生という行為は,「やらないよりはやった方が品質が向上する」ものであるため,効果のほどは定かではないがとりあえず養生しておこう,というようなことになりがちではないか.総合評価方式における技術提案で,効果を実証しようがないために,より長期間の養生を提案した場合に高得点が付き,結果として受注につながる,というような話を聞くことが少なくない.長期間の養生をする施工者の努力を否定するつもりはない.しかし,「追加の養生はサービスです」というような雰囲気がまかり通れば,後述するような真の耐久性確保のために必要な養生のあり方を模索する気概も損なわれかねない.現状のいわゆる標準的な養生では,耐久性が確保できない場合もあると思われ,環境作用や供用環境,構造物種類等によっては標準的な養生を見直し,サービスではなく,適切な対価が支払われる必要があると考えている.

 さて,マスコンのひび割れの話に戻ると,山口県のひび割れ抑制システムにおいては,型枠の存置期間がひび割れ抑制に顕著に効く,という知見は今のところ得られていない.また,NATMトンネルの二次覆工コンクリートで筆者が勉強した限りでは,インバート拘束による横断方向のひび割れの抑制には,インバート直上に部分的に配置したパイプクーリングが極めて効果的であった.この事例の場合,型枠面の養生は本質的な要因ではなく,温度の制御が本質であった.本質を見ることの重要性を常々感じる.

3.かぶりの確保が本質

 一般論として,コンクリート構造物の耐久性を確保するために最も重要な要因は鉄筋のかぶりの確保,である.十分なかぶりが確保されれば,一般的な環境における大半の構造物では耐久性が確保できると考える.ただし,適切にひび割れが抑制され,かぶりコンクリートが「均質かつ密実で一体性のあること」が前提である.

 しかし,十分なかぶりが確保され,示方書等に記載されている標準的な施工を行ったとしても,耐久性が確保できない場合があると考えている.例えば,凍結抑制剤を含む水が作用する過酷な凍害環境下,等である.そのような場合には,空気量を含む適切な配合設計,標準的とされる養生期間を超えた追加養生の実施,等も含めて,真に耐久性が確保される対策を追求するべきである.

 一般的な構造物,過酷環境下に置かれる構造物のどちらにとっても養生は大切なのであるが,議論する際には,構造物や置かれる環境等の条件を明確にしないと,生産的な議論はなされない,というのが私の実感である.

4.過酷環境下でのコンクリートの耐久性

 十分な耐久性が確保できていない構造物はいまだに存在する.耐久性が確保できない理由は様々であろうが,養生を改善することにより耐久性確保に近づくことのできる場合も存在すると考えている.

 例えば,凍結抑制剤を含む水が作用する環境で供用されるコンクリート構造物は,表面からのスケーリングに対する十分な抵抗性が求められる.スケーリングを含む凍害に対して十分な抵抗性を持たせるためには,適切な材料選定,配合設計,適切な施工,硬化コンクリートに達成されるエントレインドエアの性状等が重要な要因となるが,微細ひび割れを抑制することも重要である.特に冬期施工時に早期に乾燥することにより,微細ひび割れが生じることがあり,スケーリング抵抗性を低下させる可能性がある.本報告書にも,これに関する阿波稔先生のケーススタディーが4章に含まれているので参照されたい.

 また,同様の過酷環境で供用されるRC床版を高耐久化する際にも養生が活躍する可能性がある.RC床版の土砂化は全国で生じている現象であるが,凍結抑制剤を散布する東北地方では,まさに至るところで土砂化が生じていると言って過言でない状況が明らかとなってきている2).適切な防水工がなされることも重要であるが,床版本体が十分な耐久性を持つべきであると考えている.凍結抑制剤を含む水が床版上面から作用する場合においても,土砂化を抑制するために,ASRによる微細ひび割れが生じず,スケーリングによる劣化や,乾燥による微細ひび割れをも抑制するべく,耐久性確保のための養生のあり方を模索したケーススタディーを,私が4章に執筆した.

 真に耐久性を確保するための養生のあり方を引き続き模索していきたい.

5.生産性向上,資源の制約,維持管理など

 時代や社会は変わる.生産年齢人口の急激な減少が顕在化し,生産性向上がスローガンのように叫ばれている.NATMトンネルの覆工コンクリートのように材齢1日に満たない状況で脱型して型枠が移動していくような工法が当たり前のように使われることになるかもしれない.

 また,私は資源の枯渇・急減が人類の直面する最大級の課題であると認識しているが,この制約により,これまでと全く異なる材料や配合のコンクリートを使いこなしていく必要も出てくると思われる.このような状況において,構造物の性能が十分に発揮されるために養生が一役買う局面が出てくるであろう.

 もう一点,付け加えておくと,維持管理の現場においても,例えば極めて厳しい時間制約の中での施工のため,新設構造物のような養生ができない場合もある.現状でも被膜養生剤などの工夫はされているが,補修・補強後の性能は十分に検証されているであろうか.補修・補強がされた後の構造物が安易な再劣化を生じずに,長期間性能を発揮するためにも養生について実践的な研究がなされる必要があると私は考えている.

6.356委員会の行く末

 今回,土木学会356委員会の委員長を務めさせていただいた.委員の皆さんとの議論を通して私も様々な勉強をさせていただいた.私自身は,現実の構造物の品質が向上し,耐久性が発揮されるように研究をしたいと思う人間である.それだけが重要であるなどとは微塵も思っていない.しかし,養生というものを今後組織的に研究し,規準類等に成果を反映し,社会に貢献していくためには,基礎研究と現実の構造物が結びつくように研究し,議論すべきであると筆者は思う.そのような観点で前進するなら,356委員会の二期目にも意義があろうと思われる.

参考文献
1) 吉田徳次郎:コンクリート及鐵筋コンクリート施工法,丸善株式会社,1942
2) 東北地方整備局:「東北地方におけるRC床版の耐久性確保の手引き(案)(2019年試行版)」,2019.6