黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

格差問題を法曹人口問題にすりかえるな!

2013-07-04 11:13:01 | 法曹人口問題・法曹養成制度総論
 指の治り具合が悪く,未だに包帯を巻いたまま記事を書いています。やりにくくてしょうがない・・・。

http://www.asahi.com/paper/editorial20130702.html#Edit2
 上記にリンクを貼った朝日新聞の社説『法科大学院―「多様な法曹」のために』については,既に河野さん一聴了解さんSchulze先生などが論評を加えていますが,黒猫としても一言指摘しておきたい点があります。
 ただし,多様性云々という問題は,既に『多様性詐欺をやめさせるには』という記事で指摘済みなので,今回指摘するのはそれ以外の部分,ということになります。

「司法試験の合格者3千人という数にこだわることはない。とはいえ、社会のすみずみに法律サービスがゆきわたっているといえるだろうか。
 悪質商法や詐欺など、法的な助言があれば防げたかもしれないトラブルはあとを絶たない。」


 社説のうち上記で引用した部分は,要するに「現在でも,社会のすみずみに法律サービスがゆきわたっているとはいえない。社会のすみずみに法律サービスがゆきわたるようにするためには,もっと法曹人口(弁護士の数)を増やす必要がある」と主張する趣旨かと思われますが,朝日新聞の唱えるこのような論理には重大な欠陥があります。
 上記の記事を書いた朝日新聞の論説委員には,以下に引用する『アメリカ・ロースクールの凋落』(花伝社)206頁~208頁を是非読んでもらいたいところです。

「法律サービス提供方法の変化は法律市場の安価な領域をも圧迫している。「リーガルズーム」はオンラインで様式や説明書を提供しており,これによって人々は,弁護士の請求額よりずっと安く,自分自身で離婚の準備をし,遺言書を書き,ビジネスの法人化をし,パテントや商標の登録をし,その他多くのことをすることができる。低収入の人々は,その属するコミュニティで,安価で必要書類の記入と提出を手伝ってくれる「入管援助」サービスとか「離婚援助」サービスを見つけることができる。組織された法曹界による法律サービスの独占は,これまでは,無資格者の法律業務実施を厳しく取り締まることによって維持されてきたが,隅の方から崩れつつある。
 法律家の供給過剰は存在しないという議論のために,人口当たりの法律家数は減っているということにこだわる法学教授は,これまでの法律家数の人口比が既に高すぎた可能性,あるいは,非法律家やコンピューターがこれまで法律家がしてきた仕事を奪い始めているために,法律関係の仕事量が減っているとする可能性,従って,法律家供給過剰があり得るということを理解できないでいる。
 皮肉なことに,合衆国には,相当大きな割合の大衆―中・下層階級―が,法律上の援助を受けられないでいるその時に,ロースクール卒業生の供給過剰がある。それは危機的割合に達している。政府出資の低所得者向け法律援助プログラムである「法律サービス公社」による最近の調査によれば,100万件近くの事件(援助を必要とする事件の2件中1件)が資金不足のため法律扶助を拒否されたのである。法律問題を抱えた低所得者の5人に1人も弁護士の支援を受けられない。このような法律問題には離婚,未成年者親権,賃貸不動産からの退去・明け渡し,差押え,職場問題,保険請求紛争,その他多くのものを含む。国内どの州でも民事事件において弁護士抜きで進めている人の数が驚異的に増えていることが報告されている。ニュー・ハンプシャー州では,地方裁判所事件の85%,上位裁判所事件の48%が本人訴訟であり,ドメスティックバイオレンス事件の97%が一方の当事者は弁護士なしである。ユタ州では,家族法事件の被告の81%,カリフォルニア州の明渡事件の90%が弁護士なしである。マサチューセッツ州では少なくとも10万件の民事事件が本人訴訟であり,ワシントンDCでは認知事件の被告の98%,住宅関係訴訟の被告の97%に弁護士はついていない。アメリカ社会は低価格法律サービスを大量に提供する公的基盤を持っておらず,最近のロースクール卒業生はこの種の仕事では個人開業を維持するための収入を得られない。従って,法律家の援助を受けられない相当多くの法律需要と,仕事を見つけることのできないたくさんの法律家が同居することになる。


 アメリカでは,約120万人もの弁護士が存在し,年間約45,000人がロースクールを卒業する(ただし,法律職に就けるのはせいぜいその半分程度)と言われています。アメリカの人口は2012年時点で3億1038万人とされており,人口当たりの弁護士数は日本よりはるかに多いはずの国ですが,それでも大多数の中・下層階級には十分な法律サービスが行き渡っておらず,弁護士抜きで民事訴訟を進める「本人訴訟」の件数はむしろ増えているというのです。
 上記の著者であるブライアン・タマナハ教授も指摘していますが,大衆に法律サービスが十分に行き渡らない真の原因は,弁護士の数が不足しているからではなく,貧富の格差が拡大し法律サービスを受けられない貧困層が増加していること,及び貧困層に法律サービスを提供するための公的支援制度が不足ないし欠如していることにあります。そのような問題を解決することなくただ弁護士の人数だけを増やしても,「社会のすみずみに法律サービスが行き渡る」状態には絶対なりません。そのことは,上記アメリカの例をみても明らかでしょう。
 インターネット上の法律サービス普及により弁護士の仕事が減っているという指摘は,アメリカだけではなく日本でも相当程度当てはまると思われます。法律家の援助を受けられない相当多くの法律需要と,仕事を見つけられないたくさんの法律家が同居することになるという指摘も,やはり相当程度日本に当てはまるでしょう。
 そして,法科大学院(ロースクール)制度は,貧困層も含めた社会のすみずみに法律サービスを浸透させるという観点からみれば,むしろ有害な制度です。法科大学院を修了するには多額の学費がかかり,修了生は多額の借金を抱えて法曹としての人生を始めることになるため,収入の良い仕事でなければ採算が取れず,ボランティア精神で貧困層向けの法律サービスを提供しようとしても経済的に難しい,ということになってしまいます。
 また,日本の法科大学院もアメリカのロースクールも,自らの経営を維持するため社会が必要とする以上の法曹を送り込もうとするシステムであることは共通しており,必然的に法曹の「粗製濫造」を招きます。日経の記事によると,各地の弁護士会に寄せられた弁護士に対する苦情はこの10年間で3.4倍に達し,登録5年目以下の若手に対する苦情が特に目立つとされており,法科大学院制度による弁護士の質の低下は,もはや誰しも否定できないほど顕著となっています。
 身近に「弁護士」はいても,それが自らの法的問題を任せるに足りるかどうか分からない,任せられるかどうかは自らの目で判断しろというのでは,そのように信用できない「弁護士」の数をいくら増やしたところで,国民の法律サービスの需要を満足させることにならないのは明白です。

 朝日新聞の社説は,「必要なとき,当たり前に法律家を頼れる。そうなる工夫の余地はまだまだある。」という言葉で終わっていますが,そのために為すべき「工夫」の第一は,法科大学院制度(法科大学院修了を司法試験の受験資格とする制度)を一刻も早く廃止すること,司法試験の合格者数を適切に絞った上で質の高い修習を施し,弁護士の社会的信頼を取り戻すことです。
 大手マスコミであり(どちらかと言えば)リベラル派で知られる朝日新聞が,未だに多様性詐欺の片棒を担ぎ,貧富の格差増大に起因する問題を法曹人口問題にすり替えるような社説を発表するのは,もはやマスコミとしての倫理観を完全に失っている証であると言えるでしょう。恥を知りなさい。

46 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-07-04 11:31:21
また鋭い切り口で、すばらしいです。
国民のビジョンに立った政策がなされていないところが問題なんですね。
 国民がくまなく適切な法的なサービスを受けられるようにするために、法曹養成制度がどうあるべきかを考えなければならないのですね。
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Unknown (鴨長明)
2013-07-04 11:38:42
理系の人間は学部から博士課程まで9年で1000万円近い学費を払っているが、資格などの目に見えるものをほしがってはいない。研究・開発ができることこそを生きがいにして30過ぎる人も多数。もちろん経済的には極貧だが、相応の幸せを感じている。

文系の人間は、資格にこだわりすぎである。資格関係なくローで学びたい人やそう思わせる教員がいないことが不憫だ。大学とは、本来学びを追及するべきところであり、資格試験重視の文系には不向き。経済面や学歴・資格など本質以外のことを追及す傾向にある文系の人間(教員・官僚・議員・学生など)が築き上げた象徴が法科大学院でしょうか。
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鴨長命様 (Unknown)
2013-07-04 12:43:05
そうですね。
大学というのは、本来学問研究をする場所なのですが、司法試験と連動させてしまったがために、いびつになってしまったのです。

 例えば、司法試験だと法解釈学の領域を扱いますが、学問としての法学は、それだけではないわけです。外国法、法制史などむしろそちらの方がアカデミックで楽しかったりするわけですが、それは、普通の大学院で極めましょうということになります。
 法科大学院は、純粋に学問研究をする場としては相応しくないといいますか、専門職大学院という特性からして無理があるのです。
一方で、受験指導機関としては、機能していませんから、非常に学生としては不便で中途半端な教育機関となっていると思います。
 学者の先生も、ローで何をやるべきなのか、ということを悩み、模索しながら自信なくやっていらっしゃるという気がします。

「研究開発ができることをいきがいにしている」
なんと素敵なことでしょう。
とても羨ましく思います。

理系の方は、数学的思考ができるので、司法試験に向いているともよく聞きます。
予備試験ルートでおやりになったら良いのではないかと思いました。 
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Unknown (Unknown)
2013-07-04 13:27:30
黒猫先生は恥ずかしくないんですか?
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Unknown (Unknown)
2013-07-04 13:29:06
おまえこそ恥ずかしくないんですか?
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Unknown (Unknown)
2013-07-04 13:29:32
朝日新聞の不買運動を推奨いたします。
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Unknown (Unknown)
2013-07-04 13:30:07
私は実家が朝日新聞を取っていたので、辞めるように説得しました。
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鴨長明様(補足) (Unknown)
2013-07-04 13:39:09
法科大学院の欠点は、法解釈学の部分だけでもさわりのしかできないコマ数なのに、そこへ実務教育,それもさわり程度のことを強引に押しこんでいるので、学問研究、真理の探究をする場とは、程遠いと思います。

鴨さんのように、いきいきと研究開発を続けてこられた方が法科大学院に入学したら、幻滅することはまちがいないです。
 そして、文系だからというのではなく、資格試験の受験資格を得るための手段にすぎない法科大学院と鴨さんたちのように純粋に学問の追及をしようとする人たちとでは次元が違います。
 比較すること自体がまちがっていますし、どちらが高尚かといえばそれは当然、鴨さんたちの方でしょう。
司法試験を目指されるのであれば、「受験」という割り切りも必要かと思います。
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Unknown (Unknown)
2013-07-04 13:53:41
<黒猫先生は恥ずかしくないんですか?

いつも不思議に思うのですが、こういうコメントをする人というのは、ロー擁護派なんでしょうか?

 人は他人に迷惑をかけない限り、どういう生き方をしてもいいはずです。
 一弁護士にすぎない黒猫先生を叩いて楽しいですか?
弁護士を目指すのに、権力者に向かって正論を唱える人を非難するのですか?
 論評がまちがっているというなら、その点を指摘すればいいではないですか?

 
 
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Unknown (Unknown)
2013-07-04 14:55:32
相手しちゃだめ・・・
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