黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

司法修習の不幸で不合理な「現実」

2013-01-28 21:56:24 | 司法修習関係
 投稿記事の実情に合わせて,この記事からカテゴリーの見直しを行うことにします。
 すなわち,このブログでは「法科大学院・新司法試験関係」の記事があまりに膨大となりバランスを失していたため,従来の記事は「法曹養成制度(H25.1まで)」に移し,今後投稿する法曹養成関係の記事は,内容に応じて「法科大学院関係」「司法試験関係」「司法修習関係」といったカテゴリーに細分化することにします(具体的な構想はまだ検討中です)。

 今回は司法修習関係の話になりますが,武本夕香子弁護士のブログ(下記リンク参照)の中で,ある元修習生からのメールが公表されていました。
http://www.veritas-law.jp/newsdetail.cgi?code=20130120135836
 以下,紫色がメール部分の引用になります。

 私は先日司法修習を終えた、元65期司法修習生です。

 「司法改革の失敗」や、ブログの記事を読ませてもらっておりました。
 ロースクールを含め不合理な制度の中なんとか合格したものの、将来も見えない中で借金だけが積み重なる生活は辛く、周囲の弁護士も法曹問題に理解がないので希望に満ちた楽しい修習生を装わなければならなかった中、武本先生のように意見発信をしておられる方のいることが、本当にありがたかったです。

 このような弁護士さんもいるんだ、と思えることが、なんとか修習を終える励みになりました。

 現実認識能力のない司法改革万歳派は、そんな弱い人間は弁護士にならなくてもよいと、我々修習生の自然な感情を否定するのでしょうが…。」

 「私はいわゆる、一時期司法改悪にもてはやされた「多様な人材」である社会人ですが、年齢的に弁護士事務所で採用されることは不可能に近く、私と同年代の方は、即独(またはノキ弁)する人が多いです。 
 
 ただ、諸般の事情から、私は即独はしないことに決めました。

 私のような者がいると、修習に血税を使っておいて法曹にならない者がいるなんてもったいない、という声が聞こえるのが辛いですが、最終的には自分の決断なので、仕方のないことだと思っています(健康で文化的に生きるための決断です)。」



 司法試験に合格して司法修習も終えておきながら,結局(おそらくは経済的理由で)法曹になることを諦めるのは大変辛い決断だったと思いますが,司法試験に合格しても将来が見えない中で借金だけが積み重なる生活が続くというだけでなく,そのような実情を隠して希望に満ちた楽しい修習生を装わなければならなかったというのでは,単に悲惨だというだけでなく「この人にとって司法修習とは一体何だったのだろうか」という根本的な疑問が生じてきます。
 ただし,傷口に塩をすり込むような物言いになってしまいますが,この元修習生が非難する「周囲の弁護士」について,必ずしも「法曹問題に理解がない」「現状認識能力のない司法改革万歳派」だから,いまどきの修習生の立場に理解を示さないとまで言い切ることはできないのです。

 問題の1つ目は,弁護士業界における明らかな司法修習生の供給過剰です。年間約2000人という司法修習生の数は,弁護士業界の実情に照らして明らかに多すぎますし,司法研修所の教官や指導担当弁護士等として司法修習生の面倒を見る立場になっても,大半の弁護士は自分の事務所を維持するのに精一杯で,今時新人を雇う余裕などないのです。
 そのため,仮に内心では法曹人口問題に理解を示している弁護士でも,修習生に泣きつかれて自分の事務所で採用してあげたり,就職先をあっせんしてあげたりすることは現実的に不可能であり,そのため実際の修習生に接するときには,修習生の就職問題など知ったことではないという冷たい態度を取らざるを得ない,という現実があります。
 もっとも,自分の後輩にあたる修習生に対し,そのような冷たい態度を取ることは現役の弁護士にとってもかなり辛い精神的負担であり,最近はそれを理由に修習生の指導担当を拒否する弁護士も増えているそうです。

 問題の2つ目は,司法修習生の質の低下です。司法試験の合格者数を一気に増やしたことにより,司法修習生の質にもかなりのばらつきが見られるようになりました。具体的には「これなら弁護士としてもやっていけるだろう」と思える修習生と,「基礎的な法的素養にも文書作成能力にもかなりの問題があり,正直なところ弁護士資格を認めるのはいかがなものか」と思えてしまう修習生がいるということであり,しかも法科大学院の急速な人気低下に伴い,最近は後者に属する修習生の割合が急速に増えているということです。
 このメールを書いた元修習生が,弁護士となるに相応しい法的素養を持った人であるかどうかは,黒猫には分かりません。実際には十分な素養の持ち主であるにもかかわらず,年齢的な問題で法律事務所に就職できず,結局法曹になること自体を諦めた人材なのかも知れませんし,あるいは法的素養にも問題があり,指導担当弁護士にコメントを求めても「ああ,彼(彼女)は弁護士にならなかったんだ。それで良かったんじゃない? もともと弁護士としてやって行けそうな人じゃなかったから」などと冷たくあしらわれてしまう程度の人材だったのかも知れません。
 仮に,このメールを書いた元修習生が前者に属する人材であった場合には,メールの内容も額面どおりに受け取ってよいことになりますが,後者に属する人材であった場合には,メールの意味するところも自ずと変わってきてしまいます。

 司法修習が貸与制に移行したとはいえ,司法修習生の養成には公務員である裁判官や検察官,そしてほとんどボランティアの弁護士がかなりの時間を割いて参加しており,多額の国費が費やされていることに変わりはありません。貸与制の下で十分な経済的保障がなく,将来に希望も持てないまま修習を受けなければならない修習生も不幸であり,将来法曹になる蓋然性も従来よりはかなり低く,法曹としての資質も疑問視されるような修習生をボランティアで指導しなければならない弁護士も不幸であり,また内容が空洞化して実質的意味も薄れつつある司法修習に多額の税金を投入される一般国民も不幸です。
 現状の司法修習は,結局誰にとっても不幸で不合理なものになってしまっており,客観的に見ればまず司法試験の合格者数を減らすべきことは明らかなのですが,現実はそう簡単には動きません。
 さすがに,現実を全く無視して「司法試験年間合格者数3000人を実現させよう」などと声高に主張する弁護士はかなりの少数派になったと思いますが,日弁連の現執行部を支えている東京や大阪の派閥に属している弁護士の間では,法曹人口問題に触れると自分たちの派閥を批判することになりかねないので,この問題自体がタブー視されている感がありますし,また新61期以降の若手弁護士は合格者数2000人時代の司法試験に合格した人たちであり,安易に法曹増員を批判すると自分自身の弁護士資格に疑問が呈されることになりかねないため,同じくタブー視されている感があります。
 そして,武本先生に応援のメールを送った元修習生も,仮に武本先生の主張どおり合格者数を年間1000人程度に減らされていたら,あるいは司法試験自体に合格できなかった可能性は否定できず,結論として武本先生と似たような主張をしている黒猫としては,このメールに対しかなり複雑な思いを抱かずにはいられません。

 1月27日には,京都弁護士会主催で「司法崩壊の足音が聞こえる」という給費制復活のシンポジウムが開かれ,貸与制の被害者である新人弁護士の声が紹介されたりしたそうです。
 黒猫としては,給費制の復活を成し遂げただけで問題が解決するとは到底思えませんが,法曹養成制度のうち最も根本的な問題である法科大学院制度や法曹人口問題については法曹界全体の足並みが揃わず,逆に法曹養成制度の中では個別的な問題に過ぎないものの,法曹界内部で唯一大方の理解を得られるのが給費制復活という主張であるため,それを中心に草の根の市民運動を広げなければならないという現実は,まさしく「司法崩壊」の名に相応しいように思えてなりません。

16 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-01-29 13:27:33
しかし、司法試験合格者数を削減すると、この人よりももっと不幸な人が多発します。やっぱり激増させるべきです。
Unknown (Unknown)
2013-01-29 13:59:28
それなら、司法試験廃止すればよろしい。
Unknown (Unknown)
2013-01-29 14:00:08
合格者3000人じゃなきゃ受からないような奴は、何やってもダメ。
Unknown (中堅弁護士)
2013-01-29 14:00:57
記事とあまり関係ないことで恐縮なのですが、青年誌にグラビアモデルとして登場する?した?弁護士さんがいるとか…本当でしょうか。にわかに信じられないのですが、これも司法制度改革が志向した「多様な人材」ということなのでしょうか…
Unknown (法学部生)
2013-01-29 14:56:00
黒猫先生のブログを読んで、ずいぶんとスッキリしました。

私は弁護士会や某団体の司法修習給費制問題の取り組みを見て違和感を持ち続けていました。私自身は貸与制には反対です。だけれど彼らは、「金持ちじゃないと法律家になれない」って言います。これは事実だと思いますが、情に訴えているだけでだからです。

第1に、金持ちでなければなれない仕事はたくさんある。医者はその典型ですが、弁護士志望の方も旧司法試験時代、経済的理由から浪人ないし学部を自習留年出来ずに諦めた方は多いでしょう。つまり弁護士は昔から、岡口判事や宇都宮弁護士の様な方もいますが、やはり、一定層の人間しかなれなかった仕事だと思うのです。もちろん今は、法科大学院のせいでその層がさらに狭まっているとしても、やはり「金持ちしか」というアピールは説得力に欠けると思うのです。

第2に、「金持ちしか」法曹になれなくなった根本的な理由は、法科大学院修了を司法試験の受験要件にしたことでしょう。法科大学院生の奨学金平均は500万前後、司法修習の貸与金は300万という数字からも明らかです。

長くなりますので法科大学院批判はこれぐらいにしますが、給費制復活運動を見ていると、やはり言っていることが説得力がなさすぎるとしか言わざるえません。非法学部の私の従姉妹にこの話をしてみましたが、彼女も真っ先になぜ法科大学院を批判しないのかと言いました。

黒猫先生の記事を読んで、法科大学院批判を弁護士会ができないゆえに、こんな説得を放棄して情に訴える主張を繰り広げなければならないのだと、確信しました。おそらく山岸会長はそうだと理解しているから、給費制復活活動に不熱心なのでしょうね。もちろん一般人も理解していると思います。

>中堅弁護士先生
それは事実です。京都の弁護士が、週刊プレイボーイでグラビアで出ています。
その通りだと思います。 (Unknown)
2013-01-29 18:37:02
貸与制は、「将来」「分割で」返さなければならないお金で、学費ではなく、給付され、生活費に充当できる。しかも資格価値大幅下落とはいえ、合格者が背負う借金。
これに対して、法科大学院の学費等は、奨学金が貰えやすいとはいえ、基本は、「現在」払わなければお金で、生活費は「別に」かかる。奨学金で学費と生活費を賄うことは非常に困難。しかも、資格が取れない危険性が高い。

全く性質が違う。
どちらがより悪性度が高いかは、あまりに明白。
Unknown (Unknown)
2013-01-29 20:00:25
「司法試験に合格して司法修習も終えておきながら,結局(おそらくは経済的理由で)法曹になることを諦める」の他に、「司法試験に合格しても司法修習に行かない」という人もいるようです。

同じく法曹界を諦めるとして、「司法試験に合格しても司法修習に行かない」のと「司法試験に合格して貸与制(借金)で司法修習という稀有の体験をした」のとでは、どちらが良いのだろうか。どっちも良くないと言われればそれまでですが。
貧乏人でも医者になれる (井上晃宏)
2013-01-29 20:30:49
>金持ちでなければなれない仕事はたくさんある。医者はその典型ですが、

私立医科大学コースなら、確かにその通りですが、国立医科大学だと、地域枠の奨学金をもらえば、ほとんどタダで医者になれますし(但し、卒後の就職先に制限がある)、防衛医科大学校だと、タダどころか、給与がもらえます。こちらも、卒後の就業義務がありますが。

医学部が難関?70年代ならともかく、いまどきの医科大学は、少しばかり勉強するだけで、誰でも入れるレベルです。
Unknown (弁護士)
2013-01-29 21:35:36
あれだけ高い弁護士会費を請求している弁護士会が給付制復活と言っても説得力がないです。
最初はいくらか減額されるといっても最終的には年間60万から100万円支払わされるわけです。30年間100万円を支払い続けたら家が買えます。
あと5年もしたら、減額なしの弁護士会費が支払えなくて登録を抹消する若手弁護士が多く発生するでしょうね。
弁護士会費が高すぎる問題に手をつけずに給付制を復活しろと言っても真剣に聞いてくれる人はいないでしょう。
Unknown (休業中B)
2013-01-30 00:21:47
もうどこから手を付けていいのかわからなくなってきましたが,たしかに会費減額問題というか日弁も単位会も会計を徹底的に見直す必要があるのは確かでしょう。前も言ったとおり,私としては嘱託報酬の大々的な減額(せめて半額),無駄ないし意義の小さい各種大会の廃止,最近やると言いだしている相談センターの一斉新聞広告(費用数千万とか)みたいなバカなこともしない,歴代会長が自分の名を残すだけのために立ち上げた委員会はすべて廃止,各種基金や特別会計も徹底的に洗いなおして廃止できるものは廃止して剰余金を一般会計に組み入れ,などなど大鉈を振るわなければならない時期だと思います。