四谷三丁目すし処のがみ・毎日のおしながき

冬から春が旬である貝がそろそろ終盤、初鰹・鰈・鱸・鯵など夏の魚が出てきました。

魬 はまち

2016-09-01 23:35:00 | わたしの魚(ウォ)キペディア 第1回~第

わたしの魚(ウォ)キペディア 第21回 はまち

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可愛いコぶりっ子が完璧な域に達していない人のことを“はまちっ子”と呼ぶ時期がありました。’80年代前半、私が中学生の頃です。
そのお陰でブリの小さいものはハマチというのだと知りました。

社会人になり、自分で回転寿司に行けるようになると、けっこう好んでハマチを食べるようになりました。
シブがき隊の曲ではスシネタにハマチがラインナップされており、江戸前の寿司にハマチは欠かせないものなのだろうなと認識していました。

関東でハマチは養殖のブリのことを指すと知ったのは、店を始めて半年ほど経った時です。ちょうどおしながきを書き始めた頃で、主人から仕入の内容を聞き、ネタケースに並んだ実際の魚を見て「ヒラメ、ヒラメは‥これ?」とか「サザエ、大きいね」とか言いながらひとつひとつ確認して、書いていました。

ある日のこと、見覚えのある魚が並んでいましたので
「あ、これは知ってる!ハマチだっけ、ブリの子供でしょ?イェ~イ」
と得意気に板場にいる主人に言ったところ
「イナダって言ったでしょ」
とややキレ気味に言われてしまいました。
「い、いな‥え?、ちょっ、ちょっ、なに、怒ってんの?これ、ハマチじゃないの?」
「ハマチっていうと養殖になっちゃうの、東京では。これは天然のブリの小さいので、この大きさだとイナダっていうの」
「あ、あぁ‥。そうですか‥」
メモに『稲田』と書くと
「名字じゃないから。平仮名か片仮名でいいから。はい、本で調べてみる」
解らないと主人の号令が掛かります。
私は『8時だョ!全員集合』のマット体操における仲本工事氏のような正しい小走りでレジ脇に置いてある『すし技術教科書』を取りに行き、ページをめくりました。するとブリの欄には出世魚としての様々な呼び名が関東と関西それぞれずらっと並んでいるのが見えました。
「ややっ、西と東で相当ちがう‥」
「ね?関東でハマチは無いでしょ」
「関東は‥ハマチ=養殖って意味だね。関西は天然物の二十~四十cmくらいをハマチって呼ぶよ。関東のワカシ、イナダあたり‥かな」
「だからそこでちょっとした食い違いが生じることがあるんだよ。関東の寿司屋でね、“ハマチくれ”って言うと“ハマチ?うちは養殖置いてねぇよ”っていうふうになっちゃったりするんだよ」
「ふーん、そうなんだ‥」
なにも怒らなくてもいいのになぁ‥と思いました。

参考に、と天然のイナダを一切れ試食させてもらいました。とてもさっぱりしていました。
「ウマいでしょ?」
「うん」
とても美味しくてこれ以上のものはあるのかと思うくらいでしたが、物足りなさを感じたのも正直な気持ちでした。回転寿司で心を鷲掴みにされたハマチの脂っこさという衝撃がここには無いのです。それが主人の言う“良さ”なのかもしれませんが。
醤油を回し掛け、ガリと一緒に食べたあのハマチのにぎりはおいしかった。

これからどんなにスペシャルなイナダを食べたとしてもあの頃の高揚する気持ちにはなれないだろうと、ふと思う時があるのです。