鵠沼・昔砂丘の一本松

湘南藤沢住人の記憶の手掛かり …… フォト・ブログ

滝川④藤が岡の裾を流れる

2011-06-30 | 藤沢


柄沢橋の暗渠を抜けだした滝川は、藤が岡の丘の裾を南西に流れて行きます。
右岸の住宅の裏手には県道302号線が並行していて、交通には便利な地区です。


しばらく進んで、右岸の道を歩きながら、土地が一段高くなっていることに気がつきました。
この辺りは、多少増水しても耐えられるようです。


左岸に御幣公園が見える場所に来ました。
右岸にはマンションが建ち、公園の緑を楽しめるようになっています。


御幣公園の先で、滝川は西へ大きく曲がります。
右岸で新しい住宅地の販売が行われていました。滝川分水路が完成したので条件が良くなったのでしょう。


ここで滝川を振り返って見ました。
比較的傾斜があるので、川の中に滝のような場所があり、「滝川」にふさわしい水音をたてていました。

滝川③柄沢橋の周辺

2011-06-29 | 藤沢


遊行寺坂上から下ってくる横須賀水道みちに出て、柄沢橋に向かいました。
歩道の左手に滝川があり、ここで最近完成した「滝川分水路」の入り口を見ました。
柄沢橋周辺は集中豪雨のため、過去に何度も浸水被害を出しています。


分水路の入り口の更に先をのぞくと、小さな橋の欄干があり、その下に滝川が流れ込んでいました。
ここから先は暗渠になっているようです。


県道302号線と横須賀水道みちの交差点の西側から柄沢橋を確認しました。
どうやら、横断歩道の脇を滝川の暗渠が流れているようです。
県道302号線の両側に橋の欄干が見えます。


交差点を過ぎた横須賀水道みちの左側にゆったりした駐車場がありました。
ここの下を暗渠が流れ、その先で右に曲がって地上に出てくるようです。


右に曲がった先は公園でしたが、その先に暗渠を抜けだした滝川が見えました。
はるか彼方に、藤が岡の大型マンションも見えました。

滝川②大鋸と柄沢の間

2011-06-28 | 藤沢


滝川は、右岸に大鋸の丘、左岸に柄沢の丘があり、その間の小さな谷を流れています。
左岸には所々まだ農家も残っていました。


左岸の川沿いの畑の脇のびわの実が色づいていました。


柄沢橋に近くなったのか、右岸は住宅街らしい雰囲気になって来ました。


川沿いの道が突然右に曲がり、そこにあった橋は通行禁止でした。


橋の先の草むらからのぞくと、民家の間を窮屈そうに滝川が流れていました。
回り道をして流れを追いました。



滝川①鎌倉から藤沢へ

2011-06-27 | 藤沢

滝川(たきのがわ)は横浜に源流があり、鎌倉を抜けて、藤沢に流れ込む川です。
藤沢市内の流路は2km未満の川ですが、「滝」と言う名前があるように集中豪雨に弱く、
つい最近まで大掛かりな河川改修が行われていました。
蒸し暑い日でしたが、藤沢市内の川沿いを歩きました。


鎌倉との境界のバス停「長者久保入口」で下り、
境界の沿ってゆるい坂を下りました。
鎌倉側に見えた、牧歌的な景色です。


滝川に架かる橋の上から見た鎌倉側の様子です。


これから進む滝川です。
「たきのがわいちごうきょう」という橋の名前がありました。



両側に道があり、それぞれ住宅が立ち並んでいます。


川に沿って開発された住宅地なので、川は自由に左右に曲がりながら流れて行きます。

木彫りのカモ

2011-06-26 | 藤沢


カナダ東部に紅葉ハイクに出掛けた時、モントリオールで土産に買った木彫りのカモです。
本箱とか飾り棚に何気なく置くと、カモが上から覗いているような姿になっています。
我が家には適当な場所がなかったので、切り株の上に座らせ、玄関の靴戸棚の上に置いてあります。
何時からか、くちばしの先に木の実を置くのが定形になりました。

旧家の墓地

2011-06-25 | 藤沢


本町の路地沿いの小さな石段を上って、趣のある旧家の墓地を見つけました。
周囲を壁で仕切られた中に墓石が5つ並んでいました。
見ているだけで、時代が感じられる雰囲気でした。


脇を見ると、簡素な箒置き場がありました。
墓参に通う人の工夫です。

庭のアジサイ

2011-06-23 | 小さな庭

我が家の庭のアジサイは、すべてアジサイの名人からの頂きものです。
庭の一画にその都度植え込み、アジサイの生命力に期待するだけです。
どうもよそのアジサイに比べて、花の咲くのが遅いような気がしますが、
庭の管理人の実力に合わせているようです。









小さな庭の梅雨時のにぎわいです。



小糸川⑤引地川に合流する

2011-06-22 | 藤沢


県道43号線の「大庭橋」に着きました。
橋の向こう側には引地川の河原が広がっています。


河原の中を流れる小糸川です。左岸には草むらの中を行く歩道がありました。


最後の橋を潜ると引地川の合流点です。
源流の「永山橋」からここまで、延長流路は約3㎞と推定しました。



引地川の右岸の歩道から下流を眺めたところです。
手前の橋の向こうに、広い河原を横切る大庭大橋が見えます。


合流地点から北西を振り返えると、遊水地になっている草地が広がっています。
左端が小糸川の上流、右端が引地川の上流、真ん中の小高いところが大庭城址公園です。


小糸川④大庭地区を下る

2011-06-21 | 藤沢


「裏門公園」の南側から抜け出した小糸川の流れです。両岸にはまだ緑地が残っています。


途中で、水難救助の訓練現場に出会いました。
増水時に流れに落ちた人を想定した訓練のようでした。


左手上方に大庭城址公園を見ながら進みました。
正面に見える橋は「城下橋」です。
ライフタウンの台地から、引地川の河原に下るので、橋も左下がりなっています。


「城下橋」を過ぎると小糸川は左に曲がり、ライフタウンから下がって来た県道47号線に沿って流れて行きます。


途中の歩道橋からの眺めです。県道43号線に架かる「大庭橋」に近づきました。
左手に「船地蔵」がある場所です。

小糸川③裏門公園

2011-06-20 | 藤沢


住宅街を流れてきた小糸川が、再び暗渠に入る場所に来ました。
左岸の土手で薄紫の花が見送っていました。


暗渠の先の車道を越えると、小さな公園で、その先がライフタウン大通りでした。


「ライフタウン」交差点を渡ると、「二番構公園」の南口でした。
この辺りはライフタウンの中央地区で、右手には市民センター、公民館、図書館等があります。
市民センターの裏手の方へ道なりに進みました。


周囲を金網で囲まれた緑の濃い「裏門公園」の場所に出ました。
その昔、大庭城の裏門のあった場所のようです。
ここは通常は立入禁止で、動植物のためのサンクチャリーになっています。


金網に沿って右手に進むと、公園ののぞき場所に出ました。
板壁の一部にのぞき窓がり、ここからバードウオッチングが楽しめるようになっています。


のぞき窓から公園内部を撮りました。
よく見ると中央右手にかすかに水面が光っていました。
この公園は小糸川の遊水池も兼ねていて、暗渠はここに流れ込んでいました。
左手の奥に見えるのは大庭城址公園です。


小糸川②羽根沢地区

2011-06-19 | 藤沢


小糸川が暗渠に潜った先は、洒落たプロムナードになっていました。
その先はライフタウン大通りで、通りの向こうの遠藤公園の緑が豊かでした。


「遠藤公園前」の交差点で大通りを渡り遠藤公園の自由広場に入りました。
どうやらこの広場の下に小糸川の暗渠があるようです。
目を凝らすと広場の奥の木立の下に橋の欄干が見えました。


欄干に近づいて見ると、道の向こうにも欄干があり、そこから暗渠を抜けだした小糸川が流れていました。
川の両側は羽根沢団地です。右岸の草が茂る細道を歩きました。


小糸川は右岸の「たきのさわ公園」に沿って緩やかに左に曲がっていました。


団地を抜けだした所に、「滝ノ沢橋」がありました。
羽根沢地区の住宅地の中を真っ直ぐ小糸川が流れていました。


流れの中央に見えるのは「羽根沢橋」です。
はるか向こうにライフタウン大通の先にある高層マンションが見えます。

小糸川①シダレザクラの下

2011-06-18 | 藤沢

今回は小糸川散歩です。
小糸川は藤沢市内遠藤地区に源流があり、街中を流れて、やがて引地川に合流する都会の川です。
所々暗渠になって姿を隠しますが、地図を見ながら、なんとか流れに沿って引地川まで歩きました。


バスを降りて、先ず「滝ノ沢不動尊」を訪ねました。
小糸川の源流に近く、名前の「滝ノ沢」も興味がありました。


境内の右手にあった掲示によると、ライフタウン造成以前は「台地から地下水が吹き出して滝になっていた」とあります。
小糸川の源流は、遠藤北原地区と言われていますが、宅地化が進んで現在ではよく分かりません。
「滝ノ沢」も源流の一部だったのでしょう。


小糸川散歩の出発点、進入禁止のガードがある「永山橋」です。
この橋の右側は小高くなった住宅地で、橋の欄干だけがあります。
この橋の左手から暗渠を抜けだした小糸川の流れがスタートします。


永山橋の欄干に「小糸川」の名前があります。


長い暗渠を流れて来たので、源流にしては川幅は十分です。
右岸に遊歩道があり、よく育ったシダレザクラが川面に枝を伸ばしています。
この地区では有名な桜の名所のようです。


しかしこの流れはすぐに終わり、また暗渠に戻ります。
地図を見ながら行方を探します。


奥田公園・平和の像

2011-06-17 | 藤沢


奥田公園の多目的広場にある白大理石の「平和の像」です。
いつも近くを通りながら、じっくり眺めたことはありませんでした。


像に近づいてよく見ると、台座に「PEACE」と刻んであり、
その前後に「戦後50年その平和の日々を私たちは讃える」という文字もありました。
この彫刻は戦後50年を記念して制作された、熊坂兌子の作品です。
熊坂兌子は「藤沢文化創造の丘をすすめる会」の代表で、
再編統合で閉校になった旧藤沢高校の跡地を芸術施設にしようという活動を進めています。

白旗川の柵飾り

2011-06-16 | 藤沢


街を流れる白旗川には洒落た柵飾りがある場所があります。
白旗神社から藤沢市民病院へ向かう右岸の歩道で見ることが出来ます。
これは藤沢市の鳥「カワセミ」です。


もう1つの柵飾りは、白旗神社の由来「義経伝説」です。
奥州平泉で死んだ義経の首は、鎌倉の腰越で検分された後、海に捨てられ、
境川を上って白旗川までたどり着いたとされています。
近くには「首洗いの井戸」もあります。