ブログ雑記

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釣り

2012-11-07 10:27:25 | Weblog
岸壁から500メートルのびた突堤の先端で釣りをする人



<小さな魚はリリースされずに突堤のコンクリートの上に投げ出されている。>

 暖かい晴れた休日の岸壁沿いは釣り人が一杯だ。多くの釣り人が子供の陣取りゲームのように一人で竿三本分の釣り場を確保していた。ぼくは釣り好きの父に連れられて月に一度はいい釣り場を求めて早めの時間帯に出かけた。釣りは大好きだ。しかしいつも近場の釣り場なので、たまには海峡大橋を渡って初めての釣り場へ連れて行って欲しいけれどまだ実現したためしはない。
 今日もいつもの岸壁から竿を突き出して魚が餌をつつきに来るのを静かに待っていた。すると父さんより先に僕の竿に当たりがきた。何時魚が食い付いてもいいように身構えていたが、ぐぐっと引きがくると慌てて力任せに引っ張ってしまったから魚は一目散に逃げてしまい、餌を取られた釣り針だけが光りながら上がってきた。「それ見ろ、教えたようにしろ、慌てず、ゆっくり手元へ引き寄せるようにしないと駄目だ」と少しいら立った声がした。父さんの過剰なダメだしには閉口だ。怒られても気にしない振りをしてゆっくりと餌を付け替え、沖へ投げた。すると隣で父さんが竿を起こしながらリールを勢いよく巻いた。腹を大きく膨らませたなごやふぐがかかっていた。それを見て、がっかりした、と言わんばかりに釣り針を口から外すとバケツへ入れず、いきなり突堤のコンクリートの上に放り投げた。僕は一瞬ドキッとして「お父さん海へ戻さないと死んじゃう」と思わず口走っていた。「バカなこと言うな、戻すと直ぐにまた餌に食い付くだろう」「それでは持て帰って食べようよ」と食い下がると「なごやふぐは毒があるから素人がさばいて食えない」と言われた。コンクリートの上で仰向けになって大きく腹を膨らまし、しっぽをパタパタ振っているユーモラスな魚を見ていると、可哀想になって、父さんの隙を見て、さっとシッポをつまんで少し離れた所から海へ放り投げた。ボチャと音がしてあっという間に水中へ潜って見えなくなった。急いで戻ると、「そうだな、父さんも子供の頃は同じように思ったものさ」と笑っていた。大人はいつ頃から子供時代の心を忘れてしまうのだろう。
 コンクリートの上に打ち捨てられたなごやふぐは自分が何処にいるのか全く見当がつかなかった。いくら身体を左右に振ってみても背中がざらざらした固いものの上にあるのはわかるけれど、どうする事もできない。恐ろしくて堪らないので大きく口を開け、腹を張り裂けんばかりに膨らませてみたけれど、状況は変わらず、皮から水分が蒸発して、不安がつのるばかりだった。突然しっぽをつまみ上げられて、ふわふわと浮き上がったと感じたと思ったら、ジャボット海面に落ちていた。膨れた腹を一気にしぼませて水中へ頭から潜った。大丈夫と思える深さまできて、何が起こったのかを思い返してみた。先ず食べ物が上からゆらゆらと落ちてきて、とてもうまそうなので少しずつかじっていた時急に横取りされそうになって、慌ててパックと一口に飲み込んだのがいけなかった。あれは誰かが仕掛けた罠の御馳走だったのだ。これからはよく見定めてから食べないと、今度引っかかると二度と海には戻れまい。それにしてもしっぽをつまんで運んでくれたのは一体何ものだろうか。気になったので、恐る恐る海面まであがって見上げると長い棒を海へ突き出している人が二人いた。その内の小さな人に違いなかった。
ふぐ語でお礼を言っても判らないし、声も届かないと思ったけれど「ありがとう」と口をパクパクして再び水中へ戻った。
 「お父さんあそこにいた魚が何かいったような気がした。もしかして先ほど逃がしてやったなごやふぐかもしれないね」
「何を言ってんだ、ふぐがお礼を言いにきたりするものか」と厳しい審判が下った。もっともな話だ。しかし僕にはふぐ語が聞こえたような気がした。気持ちを伝えるのは言葉だけではなく、何か通じあえる、目には見えなくても、言葉が話せてなくても、お互いのテレパシーが交信できる、魔法の携帯電話のようなものがきっとあるような気がして、ふぐが僕に「ありがとう」と言っても少しも不思議ではなかった。僕にはその言葉が聞こえたのだから。
 空を見上げると向かい風に羽を広げたカモメが前に進むでもなく、風に乗ってふわーと浮き上がったり、すーと下へ降りたりして、風と戯れていた。魚も鳥も僕たちよりずっと自由が一杯で楽しそうに見えた。ぼんやりとしていた僕に父さんが「おい、浮きが沈んでいるぞ、今度は確りと釣り上げろ」と声を掛けてくれた。我に返って竿ぐいっと握りしめて当たりを確認しながらゆっくりとリールを巻いた。海面にピシャと音をさせて大きなカワハギが上がってきた。「お父さん、見て見て、僕釣ったよ」興奮して声が上ずっていた。
お父さんの顔もほころんでいた。

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