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文芸 エッセイ 論文  アイデンティティ

眞子様の婚姻に見る皇室の人権

2021-10-01 19:38:55 | エッセイ

秋篠宮家の長女、眞子様のご結婚が実現の運びとなり、まずはお祝いしたい。しかし、一時金の辞退や儀式も行われないという事態に至った経緯を考えると、皇室の立場と基本的人権ということを考えてしまう。

両性の合意のみに基づくという婚姻の自由は憲法で保障されており、皇室もその例外ではないだろう。一方、皇室典範による男性優位、あるいは職業選択や居住、選挙権など、皇族は様々な面で人権が制約され、あるいは象徴としての立場や品位を保つために自制されているように思われる。

いま、政府では皇室のあり方が検討されている。天皇は男系男子であるべきだという原理主義的な意見もあるが、かつて多くの女性天皇が存在したということや時代変化を考えれば、皇室典範を改正する必要がある。そこに女性天皇を認めることや、皇族が主体的に一般国民になる選択の自由、その際の支援や警備等の限度など、権利の拡大や制約の根拠を明確にする必要があると思う。


落ち着かない日々

2021-06-15 14:55:23 | エッセイ

大過なく定年を迎えた日

お疲れさん、これから悠々自適

皆がそう言ってくれた

 

しかし

仕事のない日々は

なぜか落ち着かない

手に触るものすべてが

何か言いたげにまとわりつく

ひとつのことに時間がかかる

 

街に出れば人は忙しそうに歩く

その中で僕はスロービデオのように

のろのろと歩む

ねっとりとした時間と空間の中で

成果のない後悔とともに

一日が終わる 

そして

季節はあっという間に過ぎる

 

いつかまた

新しい春が来るのだろうか


河井夫妻の買収事件の責任

2021-06-11 23:22:36 | エッセイ

 

河井夫妻の参院選買収事件において、1億5千万円の選挙資金を誰が決めたのか、買収資金に使われたのではないかと問題になっている。

 仮に1億5千万円が買収に充てられていなくても、通常の10倍もの資金が何のメッセージなのか考えるであろう。たとえそのお金が買収資金にならなくても、他の資金を買収に回せる余剰が生まれる。そんな過大な資金を与えた自民党本部の責任は重い。

二階幹事長は支出に関与していないと言っていたが、結局は安倍前総裁や幹事長自身の組織上の責任を認めた。

先日死去された半藤一利氏は著書で、太平洋戦争のリーダーシップの特徴は、誰が意思決定者かわからない、誰も責任をとらないことだと述べ、政官財の無責任体制は現在も変わらないと指摘している。安倍前総理は不祥事の際、混乱の責任は自分にあると何回も言ったが、一回も責任をとらなかった。組織上の責任は認めても責任をとらない、そんな事件が繰返されないよう願いたい。

 


皇族の結婚

2021-06-01 16:05:19 | エッセイ

秋篠宮家の長女、眞子様のご結婚に関して、小室圭氏の母親の金銭トラブル問題やそれに対する小室氏側の対応に批判が高まっている。

婚姻は両性の合意のみに基づくという婚姻の自由は憲法で保障されており、金銭トラブルは小室圭氏自身の問題ではない。しかも、お二人の結婚への意思は固いようである。そうすれば、外部の者が結婚をとやかく言う筋合いの問題ではなく、この度の小室圭氏のロースクール修了も喜ばしいはずである。しかし皇族の婚姻の自由については、国民感情としてそう簡単に割り切れないものがある。

確かに基本的人権は普遍的であり、皇室もその例外ではないだろう。一方、皇室典範による男性優位、あるいは職業選択や居住、選挙権などにおいて、皇室にはさまざまな制約があることも事実である。これらは時代にそぐわないかもしれないが、皇室は国民の信頼や尊敬によって支えられ、国民の統合や希望の象徴としての特殊な存在である。また、権利を自由に行使すれば品位が低下するため、皇室が自ずから自由を制限されている面があるのかもしれない。

いずれにしても、眞子様のご結婚が皇室の品位や国民の信頼を守り、国民から祝福されるものであって欲しいと心から期待したい。

 


東京オリパラ開催反対への懸念

2021-05-16 21:05:18 | エッセイ

 コロナ過の中で東京オリンピック・パラリンピック開催に対する反対運動が高まっている。驚いたのは、池江璃花子さんに辞退して欲しいとか、反対してほしいというメッセージが送られたことである。手段を問わず自分の意見を実現しようとするのは、テロ行為に通じる暴挙である。

 多くの感染者や死者が出ていることや、医療体制の逼迫を考えれば、開催どころではないというのも分かる。オリンピックでは不幸にも戦争や国際紛争の影響で中止や不参加があった。しかし、新型コロナは世界中の課題であり、開催ができなければ、新型コロナとの戦争に人類が負けたことを意味する。JOCなどの関係者は開催に向けた難関を克服するために、おらく想像を絶する努力をしていると思う。署名活動など概念的な反対で、開催への努力に水を差すようなことはやめて欲しい。オリンピックは世界中の選手が競う場であり、、観戦する立場の者が無責任に反対する資格はないと思うからである。