アウトドア日記(その他の山歩き日記)

山歩きなどのアウトドアの記録です。

京都トレイル 一乗寺から比叡きらら坂へ その3 2024年8月9日

2024-08-13 23:07:33 | 夏の山歩き

京都トレイル 一乗寺からきらら坂へ その3

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

再び急降下して 今度も川を渡ります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

しばらく進むと 熊ポイントに来ました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここが68番ポイントで、去年夏トレラン中の女性がここでクマに襲われたと あちこちに

張り紙してありました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

熊ポイントを足早に抜けて、それからしばらく進むと ロープで誘導する場所に来ました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ロープ通りに徒渉して

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そこから今度も登り返すと 広場に出ました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

水飲み対陣の跡と書かれています。

「水飲み」とは 叡山へきらら坂を登ってきた人々が この場所のすぐ下の音羽川の水で渇きを癒した

ことから付けられた名前だそうです。

また対陣とは湊川の合戦で敗れた官軍が比叡山に立てこもり、追って来た足利尊氏らの軍勢とこの地で

対峙して官軍が全滅されました。そういう有名な歴史ある場所だそうです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この場所も眺めの良い場所です。見えている町は宝ヶ池近辺でしょうか。

ここでしばらく景色を楽しんでいたら、若い男女のグループがやってきました。

私はここから下山する予定だったので、その男女にどこから歩いてどれくらい時間がかかったか

と聞くと「修学院駅から歩いて 1時間半くらいかかりました」と言いました。

地図を見ると この地点は 修学院駅とケーブル比叡の真ん中より やや比叡寄りにあります。

そうか 1時間半歩いて駅へ下るよりも あと1時間強歩けば ケーブル比叡へ行ける と考えて

このまま京トレを歩いて ケーブル比叡駅へ登ることにしました。

石鳥居ポイントで20分ほど休憩して歩き出し ここまで20分ほどかかり 今1時過ぎなので

時間は十分あります。それに今日は体調も良く まだまだ歩けそうです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そこからしばらく登るとまた広場が゜ありました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

こんな標識がありました。馬鹿じゃないの。女人結界と下乗の標識を別々にすべきですね。

昔は修験道の山や富士山などの信仰の山、高野山、比叡山などの宗教都市は全て女人禁制

だったので、女人結界の碑は分かりますが、女性と牛馬をいっしょくたにして「女も牛も馬も

ここから入るな」と言っているのです。女性を動物並みに扱っていると取られて当然ですね。

世界遺産大峯奥駈道のうち大峰山は今でも女人禁制です。日本の恥だと思うので早く撤廃して

欲しいものです。こんな時代錯誤の規制を残したままで よくユネスコの世界文化遺産の

審査に通ったのが 不思議です。

役の小角の母上も、空海の母上も 山に籠った我が子に会いたいので 役の小角も空海も山の麓に

母親を住まわせました。母公堂や慈尊院がそれです。

特に空海は母親に「月に九度私が山から下りてきます」と言って 母親に山に入らぬように言った

と伝えられ、それが九度山の地名のもととなったと伝わります。女人禁制はそんな時代の話です。

日本中の女人禁制の山は大峰山一か所を除いて すべて撤廃されました。

 

江戸時代になり太平の世になると富士山詣では激減し 御師たちの生活が立ち行かなくなったので

女人禁制を解いたということもありますが、明治になりほとんどの山は女人開放されたらしいです。

 

かつて私が 葛城経塚二十八宿第十六番流谷金剛童子の参詣道の整備と標識付けをしていた時に

たまたま訪問してこられた大学の先生は 世界中の参詣道を尋ね歩いて本を出されたそうです。

その方も いまだに残る女人禁制に批判的でした。そんな規制は世界中どこにもないそうです。

神に祈りを捧げて歩く参詣道に 男も女も関係ないと思います。

 

そんな女人禁制にこだわるよりも、もっと奥駈道の整備と山小屋の整備に努力して たくさんの人々に

奥駈道を歩いてもらうことが、世界文化遺産としての務めだと思いますが。

私がかつて南奥駈道ですれ違った白人のカップルは 女人禁制の為 前鬼から下山しなければならず

私に怒りをぶつけていました。

実際に奥駈道と山小屋を私財を投じて整備されているのが、前財務大臣の塩爺とその秘書の前田翁

たちの奥駈葉衣会、その後を引き継いだ 新宮やまびこグループの方々のご努力には頭が下がります。

 

※新宮やまびこグループの方々の活動は 別ブログ

「大峯奥駈道を守る人々」yochanh.sakura.ne.jp/okugake/index.html

に載せています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その石碑の広場から しばらく登ると

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

またしても広場に来ました。ベンチがたくさん置いてあります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

またもビューポイントです。今度はすこし南側まで見えます。

ここでしばらく休んでいたら、上から男性が一人降りてこられました。

私が比叡山まであとどれくらいですか と聞くと「ゆっくり歩いて1時間半くらいです」

とおっしゃいました。おそらくその方は比叡山山頂と思われたので私の行くケーブル比叡までは

1時間くらいだろうと勝手に判断しました。 実際は45分くらいでした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

このあたりのきらら坂は丁寧な道づくりです。階段の踏面は小石が敷き詰められています。

しかし世界遺産熊野古道の峠道、特に伊勢路の峠道のような美しい石畳道には及びませんが。

ともかく丸太階段よりは手がかかっています。歴史の道にふさわしいですね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それからしばらく歩くと 周りが明るくなりました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その4.へ続く

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都トレイル 一乗寺から比叡きらら坂へ その2 2024年8月9日

2024-08-13 10:45:45 | 夏の山歩き

京都トレイル 一乗寺からきらら坂へ その2

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アップダウンのほとんどない平坦な道をどんどん進みます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

フラットに近く、しかも木陰道なので調子良くどんどん進めます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

時々分岐点がありますが、踏み跡のはっきりした道へ進みます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

突然広い道に出ました。ここからは林道歩きのようです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

林道も木陰が多く、快適にどんどん進みます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

突然石の鳥居に来ました。地図で見ると「石鳥居」と書かれているポイントでしょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここは交差点になっているポイントのようです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あちこちにベントがあり、何人かのジーちゃん、ばーちゃんたちが食事中でした。

私もここでお弁当にします。時刻は12時20分になりました。

一乗寺を10時20分に出て ちょうど2時間です。京トレに入って1時間20分程で到着しました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私は右の林道からここへ来ましたが、一緒にお弁当を食べているジーちゃんたちのグループは

バスで出町から比叡山行きに乗り、地蔵谷天然ラジウム温泉から 左の道を登って来たそうです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そのグループは 林道をまっすぐ行き、比叡山ドライブウェーを超えて 何とか谷の道を降りて

そのまま坂本の自宅へ帰るそうです。地元の強みで いろんな道をご存じでした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私は食後、この石鳥居ポイントを左へ分岐して下りて、京トレ道をそのまま進みます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

道をどんどん降りていくと、やがて大きな水音が聞こえてきました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

丸太で滑らないように、慎重にわたります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今度は登り返しの急登です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ずいぶん細長いキノコです。誰かと接触したのか 倒れていましたけど。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その3へ続く

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都トレイル 一乗寺から比叡きらら坂へ その1 2024年8月9日

2024-08-12 17:35:08 | 夏の山歩き

京都トレイルの前回は 出町柳から比叡山へ向かいましたが

あまりの猛暑が歩く気力を失わせました。

京都盆地の中は ただでさえ夏の暑さは有名ですが ,熱中症アラート

の出ている京都市内をなめていました。リュックにペットボトル10本と

お弁当入れて 歩き出したのですが、頭上の直射日光と 路面の照り返し

のダブル攻撃で 参ってしまい、百万遍あたりで 頭がフラフラして

思わず京大構内へ逃げ込み、大木の下のお地蔵様のもとで しばし

休憩させてもらいました。

結局街中歩き1時間、無風の蒸し風呂のような谷底道歩き1時間で

なんとか瓜生山までたどり着いたのですが、疲れ切ってしまいました。

そこで以後のトレイル歩きを断念して下山し、一乗寺駅から電車で帰宅しました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

加齢による体力低下が気になった私は、よく行く山へ試しに行き 歩いてみました。

大阪府河内長野市の岩湧山の標高差950m、岩湧山五つ道コース。

大阪府千早赤阪村の標高差600m、金剛山太尾尾根道。

いずれも普段と同じ15㌔のリュックを背負い 普通に歩けました。

 

そこで今回は一乗寺駅から 狸谷不動経由で 京都トレイルに出て

前回の続きを歩いて きらら坂まで行き、きらら坂を下山する予定にしました。

また前回のように 暑さでやられる可能性もあるので少し短めの設定にしました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

京都トレイル 一乗寺からきらら坂へ その1

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一乗寺駅から京都トレイルまで登り、石の鳥居まで進みます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

石の鳥居から 有名な熊ポイント68番を通り、きらら坂へ合流します。

きらら坂からは きらら坂を下山して叡電修学院駅へ向かう予定です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一浄土駅前のコンビニで お昼ご飯と飲み物の追加を買い、歩き出したのが10時20分です。

一乗寺駅からは 真夏のカンカン照りの道を歩きますが、この前の百万遍界隈よりは

すこし暑さが弱めにに感じられました。温度自体は同じような気温と思いますが、

曼殊院通りは 交通量も少なめで歩きやすく感じました。

それとも体が 猛暑の街中歩きに少し慣れたのでしょうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

詩仙堂を抜けて、狸谷不動の参道に入ると日影が多くなりました。

今までよりも涼しくなり よけい歩きやすくなりました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日もよろしくお願いしますと見上げて参拝します。

ちなみに中へ入って 参拝すると500円いるので 外から参拝しました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここから山道が始まります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここからが 京都トレイル前回の続きになります。駅を出てから約40分で着きました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

歩き始めてしばらくすると 木々の間から 高い山が見えてきました。

あれが比叡山かなあ、少し見えるのが早すぎるようなきがしますが。違うでしょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

しばらくはワイルドな道が続きます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

分岐にも標識がなく、踏み跡のはっきりしたほうへ進みます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

白鳥山への寄り道をせずに まっすぐ進みます。

ほんとは寄り道したかったのですが。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

展望スペースにきました。眼下に京都の町が見えています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれはどこでしょうか。宝ヶ池付近かなあ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

広場に到着しました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ベンチもあり、休憩スペースのようです。ここは休憩せずに先へ進みます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その2へ続く

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都トレイル、出町柳から比叡山目指して その1 2024年7月26日

2024-08-02 10:08:27 | 夏の山歩き

京都トレイルの続きを歩きたいのですが、肝心の地図をネットでダウンロードしても 

わざとぼかしてあるのか詳しい地図が 読めません。京都市はやることが汚いなあ。

地図を買えと言うのです。仕方ないので 近くの大垣書店伏見店へ 自転車で買いに行きました。

 

ほんま京都市はサービスが悪く横柄や。

ほっといても 観光客がドンドンやってきて金を落としていくから、まあ市の職員にサービス精神は

ないですよねえ。以前深草トレイルの地図を伏見区役所にもらいに行った時も「ふん」と鼻で

あしらわれました。畜生め。ネットでは伏見区役所で無料配布していますと書いてあるのに。

―ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

京都トレイルへ出町からスタート その1

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

京阪電車出町柳駅から今出川通を歩きます。京大、吉田山の前を通り

浄土寺橋にあるはずの 京トレポールを探してトレイルに合流する予定です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ケーブル比叡駅が予定のゴールです。そこから叡電、京阪、阪急と乗り継いで

帰宅する予定です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

地下駅の出町柳駅から 地上へ出ると凄い熱気で 一瞬フラフラしました。

今出川通りを東へ歩きますが、頭上の太陽に加えて アスファルト路面からの照り返しが凄くて

サウナの中を歩いているようです。

今日の京都は最高気温39度の予報で 家族からは「アホちやうか、なんでそんな地獄のような

暑さの中を歩きに行くねん。山の中で倒れても よう助けんから ココヘリ持って行ってや」

と散々罵倒されました。ココヘリは 遭難時のヘリコプタ―への発信機です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あるいているとその凄まじい暑さに 頭がボーっとなります。頭がフラフラしてきたので

こりゃかなわん と京大構内へ避難しました。大木の下のお地蔵さんの近くに座り

冷たいお茶をごくごく飲んで しばらく休憩です。ここは日陰で涼しいなあ。

山道は 木陰も多く地面からの照り返しもあまりなくて 暑くても そんなに苦しくないのですが

猛暑での都会の街中歩きを舐めていました。

年寄りがこの暑さの街中を歩くと 本当に危険だと感じます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

酷暑の中 どんどん歩いて ようやく吉田山が見えてきました。吉田山の麓には

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

巨大な石仏がいらっしゃいます。手を合わせて 「この暑さの中どうか倒れませんように」

とお願いしました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

白川通りまで来て、あたりをキョロキョロ探すと ここの足元に

―ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

京トレポール発見しました。やれやれようやく京都トレイルスタートですが

まだまだ街中で 地獄のような熱環境は変わりません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここからスタートして街中歩きをしながら、北白川天神を目指します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

カンカン照りの街の中を歩き きょろきょろしながら京トレポールほ探します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ようやく北白川天神社に到着しました。涼しそうな境内で休もうとしたら なんと

結界印が置いてあります。入るなということです。

なんやねん、ここは。宗教法人が無税にしてもらっているワケをすこしは考えてくれよ。

と思わず声に出しました。ほかに休もうにも日陰は全くありません。

仕方なく歩き続けました。ちくしょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

くらくらするような暑さの中をとぼとぼと歩きます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ようやく バプテスト病院にたどり着きました。ここまで来るのに1時間以上地獄の

街中を歩きでヘロヘロになりました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

なんとこの奥にも熊が出るそうです。我が家の裏山の ポンポン山の登山口の

長岡京市里山公園にも ついに熊の親子が現れて大騒ぎです。 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

右の道が いかにもトレイル風なので とぼとぼと歩いていたら 後ろから走ってこられた方が

そこ違いますよ。そこは病院職員用の駐車場ですよ。トレイルはこちらの壁沿いの道ですよ。」

と親切に病院関係者の方が教えてくださいました。

 

「今日は凄い暑さになりますけど、大丈夫ですか」と 年寄りの私を見ておっしゃいました。

「はい。今のところ大丈夫です。倒れてお宅の病院に担ぎ込まれないように頑張ります。」

とその方に厚くお礼を言って トレイルを進みました。

あのまま間違って進んだら 山の中をどんどん進むでしようね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

よく見たら壁の下にいろいろと トレイル案内が 描かれていました。

さあここからが やっとトレイルの山道が始まります。

長かったなあ、街中歩きが。ここまででもうペットボトル2本空にしていて

かなりヘロヘロです。さあ頑張るか。

―ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その2へ続く

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都トレイル、出町柳から比叡山目指して その2 2024年7月26日

2024-08-02 10:03:56 | 夏の山歩き

京都トレイルへ出町柳からスタート その2

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

京都トレイルはやっと山道になりました。しかしここは谷筋道で、無風状態のため蒸し風呂状態

です。やっと日蔭道になり、下からの照り返しもなくなったというのに、今度は蒸し風呂です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

なになに、ここの熊はかなり狂暴やなあ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

無風状態の谷道の登りははつらいなあ。息が上がらないように ゆっくり進みます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

突然お地蔵さんが現れました。道中の安全をお祈りします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 しばらく進むと、突然神社が現れました。大山祇(おおやまつみ)神社と読めます。

山道の途中に突然こんな立派な構造物が出てきたのか、びっくりします。

資材はどうやって運んだのでしようか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

西暦230年頃に九州物部王家は 再び東征を実施します。これが第二次東征です。

イニエ王は各地で兵力を集めながら 南下します。そして南薩摩の阿多(南さつま市)で

地元の豪族(竹屋の守)の美して姫と出会います。それが阿多津姫です。

イニエ王は その姫とともに薩摩から日向へまわり そこで一時落ち着きます。

その姫は イニエ王の皇子を生みます。

 

阿多津姫は記紀では 「この花咲くや姫」と名前を書き換えられます。また父親の竹屋の守は

神話の中の神 大山津身ノ神に替えられました。

阿多津姫が生んだその皇子がイクメ皇子です。後に東征で大和の大王となられたイクメ大王

(のちの贈り名を垂仁)です。

各地の神職の祝詞に出てくる「日向の橘の小戸で禊給いし」 といわれたのがこのイクメ王です。

イクメ皇子は橘の小戸(たちばなのおど)で禊(みそぎ)をされたそうです。

作り話の記紀が浸透された後 大山祇の神(大山津身の神)は各地で山を守る神として信仰され

大山祇神社が各地に建てられたようです。

 

※九州物部王家の第二次東征の詳しくは 別ブログの「古代出雲王朝ゆかりの地を訪ねて」

の第二のヒミコのまとめをご参照くださいませ。日向のイクメ神社、小戸神社、それに阿多津姫を

祀る鹿児島神宮の訪問記も載せています。

yochanh.sakura.ne.jp/kodaiizumo/index.html

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それからしばらく歩くと このややこしいポイントに来ました。

あとでわかりましたが どうもこのポイントで間違いして分岐を見落としていたようです。

京トレポールの地図を見ずに その下においてある標識に目が行きました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これを見ててっきりこちらだろうと左へ行きましたが、ここは分岐点で まっすぐの道も

あったのです。しかし結果的にはこちらのほうがよかったのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この道をひたすら上り詰めると

―ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

広場に出ましたた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

標識を見ると ここは茶山だと書いてあります。まてよ、茶山は電車の駅だ。

この左下を走っている叡電の駅で この左手下に茶山駅があります。

そうか ここが名前の由来なのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そこからしばらく行くと 急角度で左へ曲がれという標識が出てきました。

京トレポールはありません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

指示通り急角度で下へ下りると

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

白幽子旧跡とありました。白幽子の説明看板がありますが、すり鉢の底のようなこの場所は

蒸し風呂状態で しかも説明を読んでいると蚊の大群に攻められて大変なので

途中で読むのをやめました。なんでもこの地に昔住んでいた仙人のような人らしいです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それから再び歩いて、石切り場の跡を通りすぎた後に

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

突然何とか童子が現れました。かなり古いものらしく 童子を覆っている屋根は

かなり朽ち果てています。それからしばらく歩くと 次々に何とか童子が

出てこられました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それらの童子をいくつか過ぎると 道の前方に峠らしい明かりが見えてきました。

―ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その3へ続く

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする