ちょこ歴旅

歴史旅…というほどではないけど、気楽な史跡巡り備忘録
(※和菓子ネタはブックマーク「和菓子の国の人だから」へGo!)

上街道で奈良へ

2013年01月27日 19時25分29秒 | ロードバイク
昨日はあまりの強風にロードバイクを断念。
今日はその分を取り返そうと、張り切って
います。

ちなみに、本日の目的地は奈良公園周辺です。
まずは堺から大和川沿いに走り、奈良県浄化
センターからは北東へ。
やがて天理市の櫟本(いちのもと)に到着。


上街道(上ツ道)の古い道標、
「右なら、左たつた みち」。
以前ここから左(南)、櫟本~柳本間を
走りましたが、今日は右(北)に向かいます。
(以前の様子はこちら

上街道沿いの風景。

右:帯解寺(おびとけでら)、安産祈願で
  有名だそうです。
江戸時代には二代将軍秀忠の正室お江与の方、
三代将軍家光の側室御楽の方が安産祈願、
近年でも美智子皇后、雅子皇太子妃をはじめ
皇族の方々も安産祈願されたそうです。

櫟本から約20分で「ならまち」に入ります。

古い街並みがいい感じです。
私には用なしですが、この辺りにはこじゃれた
カフェなどもあり大人のデートにピッタリ。

そんな「ならまち」を抜けると、目の前に
猿沢池が広がります。

左奥に見えるのが興福寺南円堂(重文)、
やや右奥に見えるのが五重塔(国宝)。

ついでに愛車とともに。


ここまで来たので、興福寺に立ち寄ります。

左手にあるのが1415年再建の東金堂(国宝)、
右手の五重塔(国宝)は1426年頃の再建で
高さ50.1mと東寺の五重塔に次ぐ日本で
2番目に高い木造塔。
興福寺は平城京遷都(710年)に際し、
藤原不比等が藤原京の厩坂寺を移転させ
改名したもの。
その後、藤原氏の氏寺という私的存在ながら、
朝廷の保護を受けて栄え、室町時代の大和の
国は興福寺の勢力下にあったそうです。

さて、まだまだ走り足りないですが、
そろそろ帰りますか~。

おっと!その前にシンボルを撮影しなくては。

角が2~3cmぐらいで、まだ小鹿といえる
ぐらいの若い雄鹿。
これでも立派な春日大社の神の使いです。

鹿くんに別れを告げ、奈良自転車道
(西京~大和郡山~斑鳩)~大和川沿いに
帰りました。
ちなみに大和川沿いはひどい逆風でヘロヘロ。
さっきまでの強気(走り足りない発言)は
一体どこへやら…
無理せず早目に帰ってきてよかった~。

本日の走行距離は108km、月間では
468kmとなりました。
たまたま108km…まだまだ煩悩が多い
ってことでしょうか?


~今回の甘いもの~
※姉妹ブログ「和菓子の国の人だから」へGo!
042(奈良)奈良 奈良町だんご
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2人より3人

2013年01月19日 20時59分21秒 | ロードバイク
やっぱりロードバイクは「1人より2人の方が楽しい」ということで、
今日も先週同様Akiraアニキと2人で走ります。
コースは泉佐野~山中渓、雄ノ山峠~根来寺~犬鳴~熊取の予定。

さぁ出発と思った時、師匠Clarkさんから参加表明のメールが到着。
前言撤回、やっぱり「2人より3人の方が楽しい」です。

鳳から集合場所の泉佐野までは約20km、1時間かけて旧26号線を南下。
コンビニで無事3人集合した後、旧紀州街道で山中渓へ。

先頭がClarkさん、その後ろがAkiraアニキ。
よく見ると写真左上のミラーに怪しい人物が…。

天気も最高、ご機嫌で山中渓から雄ノ山峠を目指します。

左:先週よりも調子がいいAkiraアニキ
右:いつも絶好調な師匠Clarkさん

雄ノ山峠を越えて和歌山県岩出市へ。
ちょっと、根来寺へ立ち寄ります。

左:大門。雄大です。
右:大塔(国宝)。高さ40メートル、幅15メートルと多宝塔としては日本最大。

根来寺は新義真言宗の総本山。
最盛期の戦国時代には寺領72万石を誇り、根来衆とよばれる1万人以上の僧兵を擁したが、
天正13(1585年)豊臣秀吉に攻められ、大師堂、大塔などを残して寺は炎上したそうです。
その後、江戸時代に紀州徳川家の庇護のもと一部が復興されたそうです。

前から気になって根来寺、ようやく来れました♪
さて、根来寺も見たので、あとは犬鳴越えで帰りますか~。

本日の走行距離は98km、1月の累積走行距離は360kmとなりました。

やっぱり、ロードバイクは1人より2人、2人より3人の方が楽しいですね。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

痛恨のミス!

2013年01月13日 18時23分40秒 | ロードバイク
今日は久々にAkiraアニキと一緒に走ります。
行き先は永楽ダム近辺、待ち合わせは熊取に9時です。

鳳から旧国道26号線を南下、予定より早く8時40分頃に熊取に到着。
ところが、常に時間より早目に行動するAkiraアニキが9時を過ぎても現れません。
もしやと思って、約束時のメールを確認すると待ち合わせは「9時半」です。
ガ~ン、「痛恨のミス!」です。

この後、時間前に来てくれたAkiraアニキと合流し、アニキの新築のお家にちょっとお邪魔。
広くて綺麗なリビングで、おいしいコーヒーをいただきました。(ごちそうさまでした)

さて、10時過ぎに永楽ダムを目指して再出発。
ひまわりドームの側を通過し、ダムを目指して坂を登ります。

ん?Akiraアニキ、こんなにゴツかったかな?

あっという間に永楽ダムに到着。

私は初めてだったので、Akiraアニキがぐるりと一周案内してくれました。

続いて、秬谷~蕎原~塔原というコースを走ります。

岸和田、貝塚近辺の方にお馴染のこのコース、アップダウンがあって結構面白いです。

そして、塔原バス停で休憩した後、Akiraアニキとは河合町交差点で解散。
私はアップダウンを避け、塔原線~旧国道26号線で帰宅しました。

本日の走行距離は65km、1月の累積走行距離は262kmとなりました。

ところで、自転車とは関係ないですが、痛恨のミスがもう1つ。
職場(大阪)へのお土産として昨日東京で買ったスカイツリー型のチョコ菓子、
実はモロゾフ(神戸市)のでした…。
これこそ「痛恨のミス!」かも?
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小江戸川越へ

2013年01月12日 22時36分38秒 | 散策、お出かけ
新宿から西武新宿線の特急「小江戸」に乗り
約45分、埼玉県川越市にやってきました。

ここ川越は、江戸時代は幕府の譜代大名の
川越藩城下町として栄え、現在は蔵造りの
町屋が有名。
別名「小江戸」ともいわれる関東屈指の
観光地です。
そういえば、電車内のアナウンスでも、
「終点は、時の鐘と蔵造りの町、本川越」
と丁寧に紹介していました。
ただ、駅前は何の変哲もないちょっとした
都会という感じ。

まずは仙波東照宮へ。
徳川家康を祀る東照宮は日本全国にあるけど、
日光、久能山と並ぶ日本三大東照宮の1つ。
う~ん、失礼ながらそれほどのものとは…。

それでも写真の左の石鳥居、真ん中の拝殿、
右の唐門、本殿など全て重要文化財。

続いて、すぐ隣の川越大師「喜多院」へ。

平安初期に建立され、江戸初期に家康の
信任厚い天海僧正が第27世住職となり、
隆盛を極めたそうです。
祈祷待ちの長~い列ができていましたが、
私の目的は本殿隣にある客殿、書院です。

ここは江戸城の御殿の一部を移築したもので、
三代将軍家光誕生の間やその乳母春日局の間
もあります。
幻の江戸城御殿の一部が見学できるのですが、
内部は残念ながら撮影不可。
また、見学料(\400)がやや高いせいか、
他に人もおらず、レコーダーの解説音声だけ
がむなしく響きます。
どうもぼったくり感が否めません。

続いては私的には本日のメインエベント、
川越城本丸御殿へ。

左:立派な玄関と御殿外観
中:廊下
右:36畳の大広間
御殿全景を写真に収めたかったのですが、
無粋にも植木屋のトラックが前に停車中。
なにも目の前に停めんでもえぇのに…。

江戸時代の川越城は大老や老中を務める譜代
大名が城主となることが多く、この本丸御殿
は1848年(嘉永元年)に越前松平家(17
万石)の松平斉典により再建されたもの。
今残っているのは当時の規模のほんの一部
(約1/6)だけですが、城郭御殿の遺構は
全国的に見ても少なく、他には高知城本丸
御殿、二条城二の丸御殿、掛川城二の丸御殿
ぐらいですから、本当に貴重です。
さらに見学料は\100と非常に良心的。

こちらは移築された家老詰めの間です。

この家老の人形…どきっとします。

最後に川越の代名詞、時の鐘と蔵造の町へ。

左:時の鐘、右:大沢家住宅(重文)
  ちょうど12時の鐘が鳴っていました。


蔵造りの町屋が並ぶ通りは、歩行者天国かと
思っていたので、車の多さにびっくり。
写真に車が入らないようにするのが大変です。
また、東京近郊にある歴史的で独特な景観
なので、外国人観光客も結構多いです。


こちらは蔵造りではありませんが、レトロで
なんともいい感じ。
コーヒー飲めばよかったな~。

今日はたくさん歩いて疲れましたが、前から
来たかった川越に来られて大満足です。

<おまけ>

こちらは小江戸ではなく、本家の江戸。
復元された東京駅。


~今回の甘いもの~
※姉妹ブログ「和菓子の国の人だから」へGo!
038(埼玉)川越 亀の最中
039(埼玉)川越 福蔵
040(埼玉)川越 いも恋
041(埼玉)川越 里土産
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

意外と自転車日和

2013年01月05日 21時17分34秒 | ロードバイク
昨晩見た天気予報では本日(1/5)は極寒、最低気温は午前7時頃でマイナス2度。
それでも我慢できず、普段より少し遅めの9時に出発。

いたすけ古墳の濠の水もこのとおり。

しっかり凍っています。

ところが、走り始めてみると「さっ、さぶ~くない…?」
風がほとんどないおかげか意外と寒くありません。
それどころか日差しが出てくると、汗ばむほどの絶好の自転車日和です。

ご機嫌で大和川沿いを走り、奈良県浄化センターから北東へ。
櫟本から上街道(上ツ道)を柳本まで南下、ここまでは以前に走ったコースです。
(以前の様子はこちら

柳本の少し手前で立派な鳥居と長~い参道が見えてきました。

大和神社です。
日本書紀にも記され、一説には伊勢神宮に次ぐ古さだとか。
あの戦艦大和にはこちらの分霊を祀っていたそうです。
ちなみに今日はお参りしませんでした。

まもなく柳本に到着。

第10代天皇とされる崇神天皇の陵墓です。
案内板によると墳丘の長さが242メートルの前方後円墳だそうです。
写真で分かるように濠の外側を立派な土手が巡っていて、階段を登らないと良く見えません。
この土手は江戸時代に柳本藩が造営したそうです。

ところで、この古墳前に目当ての和菓子屋さんがあったのですが、正月休みでした。
「Oh My God!前回も水曜定休日だったのに~。」

がっかりした気持を立て直してもう少しだけ南へ。
上街道はJR桜井線と並行して走りますが、巻向駅付近で交差します。

左:上街道の様子、右:巻向駅
JR桜井線はかなりローカル色があって、巻向駅などは公衆トイレかと思ったほど(失礼)。

やがて畑の向こうにまたしても古墳らしきものが。

箸墓古墳です。
3世紀半ばの造営と最古級、墳丘の長さが278メートルの大型前方後円墳。
卑弥呼の墓とする(邪馬台国畿内説)説もあるそうです。

その後、とりあえず三輪まで行って折り返し、大和川沿いを延々堺まで帰りました。
そして、柳本で買えなかった甘いものの代わりは旧堺市街でちゃ~んとゲットしましたよ。

本日の走行距離は117km、1月の累積走行距離は197kmとなりました。
今日は予想に反して意外と自転車日和でしたよ。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2013初乗り

2013年01月03日 17時29分40秒 | ロードバイク
さて、いよいよ2013年のロードバイク初乗りです。
とりあえず、走りなれた大和川沿いを堺~王寺まで快走。

続いて王寺からは大和川の支流(名前不明)に沿って南下。
混雑して走りにくい国道168号線を避けるこのルートは初めてです。


正月3日ということもあり、交通量は非常に少なく安全。
ただし、一部住宅街を通ったり、やたらと細い道(3枚目の写真)なども。

やがて香芝市に入ると古墳が出現。

逆光で良く見えませんが、こちらは狐井城山古墳(きついしろやまこふん)で、墳丘の全長約140M、
五世紀後半~六世紀前半に築造された前方後円墳だそうです。

帰りは二上山の雄岳を左手に見つつ、穴虫峠へ。

途中、立派な土手を持つ溜池を上から確認(2枚目の写真)、意外といい眺めです。

穴虫峠もなんなく登り、ここまでは初乗りにふさわしく非常に順調、あと少しです。
しか~し、最後の最後に思わぬ敵が出現。

峠からの下りは南西へ向かうのですが、なんと真正面から強烈な風が…。
下りにも関わらず勝手にスピードが落ちてしまうほど。
その後の石川CL(河南橋~彼方)も南西向きのため、当然ながら悲惨な結末となりました。

本日の走行距離は80km、風にやられて鼻水ずるずるの2013年初乗りでした。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする