ちょこ歴旅

歴史旅…というほどじゃない、気楽な史跡巡り備忘録
(※和菓子ネタはブックマーク「和菓子の国の人だから」へGo!)

地酒を買いに五條まで ~あゝ五條~

2012年08月26日 20時17分11秒 | オートバイ
今日は昼過ぎまで暇ですが、暑くなりそうなのでロードバイクに乗る気になりません。
「たまにはオートバイに乗って、地酒でも買いに行くか~。」
そんなわけで、久々に歴史ツーリングへ。

目的地は奈良県の五條市。
よくロードバイクで通りますが、いつも素通りばかり。(実は昨日も通過)
今日はじっくり見て回るぞ~。

まずは、国道24号線沿いの小高い丘の上にある五條代官所跡へ。

<五條代官所跡>

幕末に天誅組による焼き打ちにあった後、この地に移されました。
現在、敷地の大半は裁判所になっていますが、立派な長屋門が残されています。
五條周辺の幕府領5万3千石(のちに7万1千石)を治めていたそうです。
来年は「維新の先駆け 天誅組150年」の記念の年みたいで、そんな看板が立っていたりします。
(当時の場所ではないものの、ここは天誅組にやられた代官所の跡地なのに?なんだかな~)

それはさておき、重伝建に指定されている五條新町に移動。

まずは、ロードバイクで金剛山に向かう時、本陣交差点手前でいつも見ている風景から。

<国道168号線から見た風景>

右手に見えるのが醤油屋さん、日本人が大好きな匂いがします。
なんと、左手の栗山家住宅は建築年代の判明している民家として日本最古(1607年)の建物だそうです。
不覚にも知らずにいつも前を通過していました。

次に最も五條新町らしい風景、紀州街道沿いへ。

<紀州街道>

左の写真、新町の入口からして歴史の香りがプンプンします。
真ん中は山本本家酒造さん、地酒「松の友」と柿ワインが有名。
今日の目的の一つだったのでぜひ買いたかったのに、直販はしていないのか開いていません。(残念)
右は餅商一ツ橋、あげ饅頭が有名ですが、こちらも閉まっています。(せめて甘いものでもと思ったのに…)

しばらく紀州街道を歩いていると街道を跨ぐように古い高架が見えてきます。

<幻の五新鉄道>

高架が吉野川の手前で途切れています。
これは五條~新宮間を鉄道で結ぶために明治末期に計画され、昭和30年代に工事半ばで放棄された幻の鉄道跡。
う~ん、ちょっと痛々しいような、ノスタルジックなような微妙な感じ。

さらに街道沿いにはこんなものも。

<松倉豊後守重政之碑>

松倉重政といえば島原の乱の原因を作った張本人(乱発生時は息子が藩主)という悪いイメージがあります。
ところが、ここでは善政を敷いた名君として崇められているんです。

新町は重政がここ五條の藩主(1万余石)時代に開いた町で、その後の五條の繁栄の礎となったそうです。
その後、大坂夏の陣で武功を挙げ、島原(4万3千石)へ栄転した結果が…。

歴史を堪能したので、最後に目指すのは今度こそ地酒です。

<五條酒造>

やってきたのは五條駅のすぐ近く、「五神」で有名な五条酒造ですが、こちらも門が閉まっるじゃ~ありませんか。
ここも直販はしていないのかもしれません。(重ね重ね残念です…あゝ無情、いや、あゝ五條)

この後、イオン五條店のお酒コーナーで無事に「純米吟醸 五神」を購入し、帰路に着きました。
予定通り12時半に帰宅、走行距離は106kmでした。

<純米吟醸 五神>

もちろん、帰宅後に飲みました。
ふわっと華やかな香りで、とても美味しゅうございました。
(720ml、\1,245)

ところで、オートバイで走った100kmの疲れがロードバイクと同じくらいなのは何故でしょうか?
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のんびり天見遊歩道

2012年08月25日 20時00分51秒 | ロードバイク
只今、師匠Clarkさんと三日市から紀見峠を目指し快適走行中。
ここは天見遊歩道、まだまだ暑いのでこういう木陰が多い道は本当に助かります。

<天見遊歩道>

この道は旧南海高野線の線路跡だそうです。
どうりで現南海高野線と絡み合うように走っている訳です。

ところで、三日市へは和泉市の国分から走ってきたのですが、
泉佐野市在住のClarkさんは国分へ直行せず、わざわざ私の近所の堺市の鳳に寄ってくれました。
う~ん、約20km、ちょいと余分に…と言うには、かなりの距離です。

快適に走っていると、途中で南海高野線の千早口駅、天見駅の前を通過します。

<千早口駅、天見駅>

いずれも鄙びたいい感じの駅です。

一旦、交通量の多い国道371号線に合流後、すぐに旧道に入ると、まもなく紀見峠に到着。

<紀見峠>

せっかくなので、紀見峠の看板前で写真撮影。

看板の後方にさらに旧道があり、高野山女人堂までの距離を示した石標が見えるではありませんか。
これは行かなければ。

<六里石と旧宿場>

六里石の撮影をしていると、地元のおじさんが「あんたらどっからきたんが~?」と話しかけてくれました。
(たぶんこんな感じの言葉だったと思います…違ったらすいません。)
元気よく「堺です。」「泉佐野です。」と答えました。
こういう触れ合いもなかなかいいものです。

和歌山県の橋本市まで下った後、奈良県の五條まで北上、五條の市街地からは金剛山に向かって西へ。

<金剛山へ向かう>


金剛山に登る前に、麓のおいしいパン屋さん「ヤムヤム」で軽めに昼食休憩。

<ヤムヤム>

住宅街の中にある、おしゃれなパン屋さんです。
食べかけのパンの写真で失礼します。

涼しい店内で休憩し、気力も体力もすっかり回復です。
さて、最後のヤマ場、金剛山へ向かいます。

<金剛山からの眺め>

やっぱりいい眺めです。

本日の帰宅は午後4時前、走行距離は110kmでした。

これからますます走りやすい季節、楽しみです♪
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青空ライド

2012年08月19日 18時50分53秒 | ロードバイク
汗ダラダラで坂道を登りながら気が付いた。
「アレ?いつもより空が青い気がする…」

<千早赤阪村の風景>

いつもより空気が澄んでいるのか、空と雲、緑のコントラストが鮮やかです。

今日は師匠Clarkさんと羽衣辺りで合流、堺の大小路から西高野街道を辿って河内長野までご案内。
その後、森屋交差点から金剛山ロープウェイ乗り場を目指します。

昨日の疲れが残っているのか、どうも足が重いです。
Clarkさんがゆっくり目に登ってくれたので、後ろにくっついてなんとかロープウェイ乗り場へ。

<金剛山ロープウェイ乗り場付近>

Clarkさん、茶屋で飲み物を物色中。
これだけ暑いと水分補給が何より大事です。

しばらく滞在し汗も引いたので、帰りは観心寺側に下ります。

途中、橋本方面との分岐点で信号待ちの間に撮影。

<橋本方面との分岐点>

やっぱり空が青いです。

この後、解散地点の和泉市国分のコンビニで解散前の休憩中、入道雲がモクモクと発生してきました。
昨日のように午後から大雨にならなければいいですが…。

<入道雲>

空が青いので、普段はあまり見ない雲も気になります。

雨が降らないうちにとそそくさと解散。
自宅へ向かう道中も空や雲の形がとても気になります。

<泉北ニュータウン>

でも、やっぱり街よりも山とのコントラストのほうが綺麗です。

大人になってからは、空を見上げることはめったにありませんが、
たまには空を見上げつつゆっくりと走る、そんなライドもいいものですね。
これで、気温が涼しくて快適ならもっといいのですが…。

結局、午後1時に帰宅、走行距離は89kmでした。
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十三峠から平群へ

2012年08月18日 15時56分07秒 | ロードバイク
今日は独りで自由気ままに走ります。
どこへ行くかさんざん悩んで閃きました。
「そうだ十三峠へ行こう」

とりあえず大和川沿いに柏原まで出て、
国道170号線を5~6km北上。

<国道170号線> ~八尾市~

国道170号線の旧道は基本的に対向1車線
ですが、特に高安付近は車一台がやっと。
この道、以前から旧街道っぽいなとは思って
いましたが、実は東高野街道(京都八幡~
河内長野)の一部。
どうりで、旧街道っぽいわけです。

心合寺公園で一息入れた後、いよいよ十三峠
へ挑みます。
朝とはいえ、この季節の山道の登りはきつく、
すぐに息があがります。
しかも「ヘヘッ、ヘヘッ、ヘヘヘッ」と変な
呼吸リズムに…
プロレスラー藤波辰巳が相手にサイドヘッド
ロックをかけるふりをしながら息を整える時
の感じです。(今時、伝わらんか…)
汗ダラダラで24分あまりかけてなんとか
登り切りました。

<十三峠からの眺め>

大阪平野が眼下に広がります。
「天下とったど~」と叫びたいところですが、
別に何もとってないので、止めておきます。

ここから奈良側、初めて平群(へぐり)に
下ります。

<平群へ向かう景色>

いつもと違う道や景色はやっぱりワクワク。

<吉新交差点> ~平群町~

先日、国道168号線(菜畑~椿井)を
走った際に通過しました。
(この画像でいえば左から右へ)
今日はここを直進します。

平群バイパスを横切りしばらく行くと
いい感じの道が出現。

<曲がりくねった旧道> ~平群町~

田んぼの中のくねくね道、萌え~です。

すぐ近くに長屋王の墓があるそうなので、
ちょっと寄り道。

<長屋王の墓、ミニパーク> ~平群町~

くねくね道の右手にあるのが長屋王
(684~729年)の墓、円墳です。
長屋王は、天武天皇の孫であり皇親政治の
重鎮でしたが、対立する藤原四兄弟
(武智麻呂、房前、宇合、麻呂)の陰謀と
いわれる「長屋王の変」で自害。
その後、天平9年(737年)に藤原四兄弟
が天然痘で一斉に亡くなったことから
長屋王の祟りと恐れられたとか。

墓の横にはミニパーク「長屋王御陵公園」
があります。
きれいなトイレと休憩にちょうどいい
東屋とベンチがあります。

休憩後、竜田川沿いに南下し斑鳩町へ。

<竜田川沿い> ~斑鳩町~

平群から斑鳩まであっというまです。

この後、国道25号線で柏原まで戻り、
その後は来た道を戻りました。

本日の帰宅は11時半、走行距離は
81kmでした。


~今回の甘いもの~
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018(奈良)斑鳩 仏鬼羅坊
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街道をゆく(西高野街道)

2012年08月13日 17時12分39秒 | ロードバイク
昨日の疲れはありますが、せっかくの休みなので少しでも走りたい。
そこで、先日一部(狭山~三国ヶ丘)だけ走った西高野街道を改めて走ることにします。

どうせ走るならと、旧街道にこだわって鳳大社前から熊野街道(小栗街道)に入ります。

<鳳大社、熊野街道> ~堺市西区~

鳳大社は和泉国の一宮、1.5万坪の境内の千種の森(ちぐさのもり)と菖蒲園が有名です。
大阪から堺を経て熊野三山へ至る熊野街道(小栗街道)の一部分ですが、この辺りには旧街道の面影が残っています。

<石津神社> ~堺市堺区~

日本最古の戎宮との説もある石津神社の前を通過します。

旧堺市街を目の前にした御陵前交差点で熊野街道と別れを告げ、さらに1kmあまり北上し大小路交差点へ。

<大小路> ~堺市堺区~

いよいよここから西高野街道が始まります。
大小路はかつての摂津と和泉の境、旧堺市街のほぼ中心を東西に走る重要な道でした。
現在は南海本線の堺駅と南海高野線の堺東駅を結んでいます。
堺東に向かって走っていくと右手に堺市庁舎が見えてきます。

堺市庁舎のある堺東駅前とうってかわり、駅の裏側に入ると旧街道の面影が残る道が出現します。

<堺東駅周辺> ~堺市堺区~

うねうねとした道がいかにも旧街道という感じ。

<榎元町、十三里石> ~堺市堺区~

榎元町で道が分かれます。左が竹内街道、右が西高野街道。
この場所のすぐ右手前にあるのが十三里石、ここから高野山女人堂まであと52km。

<仁徳天皇陵> ~堺市堺区~

すぐ横を通過しますが、大きすぎて山にしか見えません。

<十二里石> ~堺市東区~

左手に大きな祠とともに現れます。高野山女人堂まであと48km。

<瀧谷・金剛山との分岐点>

ここを右に進みます。左に進めば瀧谷・金剛山へ。

<十一里石> ~大阪狭山市~

大阪狭山市の岩室交差点の少し手前で振り返ると後ろにあります。
高野山女人堂まであと44km。

<天野山との分岐点、おわり坂からの眺め> ~大阪狭山市~

ここを左に進み坂を駆け上がります。右に進めば天野山へ。
登り切った坂の上から河内長野方面を眺めます。
ところで「おわり坂」って名前、高野山から堺へ帰る時の最後の坂だからでしょうか?

<西高野街道と十里石> ~大阪狭山市~

高野山女人堂まであと40km。

<中高野街道との合流点> ~河内長野市~

左後方から中高野街道が合流してきます。
右の写真は振り返って見た様子。左がここまで走ってきた西高野街道、右が中高野街道。

<清明塚、膳所藩代官所跡> ~河内長野市~

街道沿い右手に清明塚があります。
錦織一帯は近江の膳所藩の飛び地であったため、街道のすぐ傍に代官所があったそうです。

<九里石> ~河内長野市~

高野山女人堂まであと36km。

<河内長野駅前> ~河内長野市~

商店街のアーケードを抜けるとそこは駅前だった…。

<東高野街道との合流点>

ここで東西の高野街道が合流し、この先は高野街道となります。
合流点を表す新しい石碑と、略地図のモニュメントがあります。
西高野街道は堺大小路から18km、東高野街道は京都八幡から57kmだそうです。

<高野街道>

ここから高野街道はあと35km、紀見峠越えで高野山女人堂まで続きますが、今日はここまで。
「まぁ、今日は天気も悪いからこのくらいにしといたろ…。」

帰宅時間は12時、本日の走行距離は56kmでした。

壮大なタイトルの割には、とても軽~く済ませた一日でした。
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予想外!激坂&無駄なコース

2012年08月12日 19時27分27秒 | ロードバイク
今日は、師匠Clarkさん、Akiraアニキと一緒に金剛山ロープウェイに行くはずでした…
ところが前夜、Akiraアニキから「夏風邪なので休養します。」との予想外のメールが!
「行きたくないので仮病を使ったに違いない」と疑う私…(嘘です、お大事に)

結局、行き先を変更して大和郡山市の松尾山まで行くことに。

浅香のコンビニで最初の休憩。
ここで、先日Clarkさんが高野山へ行った際のお土産、「みろく石」饅頭をいただきました。
もちろん高野山へはロードバイクで行ったそうです。

<みろく石>

(写真を撮り忘れたので、Clarkさんのブログから勝手に拝借しました。お許しくだされ。)
このお菓子は、ブログに時々コメントをくれるClarkさんの友人「菊ちゃん&杏ちゃん」が教えてくれたもの。

甘さ抑えめの餡もさることながら外側の皮が香ばしく、とてもおいしかったです。
おいしいので、2個目(本来はAkiraアニキの分)代わりにいただきました。

補給後、大和川沿い~国道25号線~三室と快調に走り、三室から約4kmで松尾山に向かう交差点に到着です。

交差点からはわずか2.5kmの道のり、しかも前半は緩い登り坂…たいしたことないぜ!
ところが途中から10%を超える傾斜に変わり始めます…なかなかやるやないか~。
最後は滑り止めつきのコンクリート激坂…ゲッ!傾斜が19%もあるやん!予想外です~。

なんとか松尾寺の門前に到着、下馬と刻まれた石に従って下車します。

<松尾寺>

補陀洛山(ふだらくさん)松尾寺は、日本最古の厄除け寺で奈良時代の創建だそうです。
門の中を覗くと、長い石段が続いています。

ふと登ってきた激坂を振り返ってみると、上から見てもなかなかのものでした。

<予想外の激坂>

激坂って写真では伝わりにくいですね。
さて、下りますか~。

坂の上では木に遮られて眺望がきかなかったのですが、下り始めると目の前が開けました。

<坂の途中からの眺め>

自力で登った満足感と相まって、なかなかの眺めです。

坂を下った後、「Clarkさんはこれだけでは物足りないはず」と変に気を回し、オプションコースを提案。
来た道と反対に富雄川沿いを北上、阪奈自動車道のところで西へ、菜畑交差点から国道168号を南下する
というコースでしたが、これが大ハズレでした。
ある意味予想外です。
Clarkさん、無駄な20kmを走らせてすいませんでした。

こちらは、見所の少ないオプションコース中、富雄川沿いに突然現れた巨大なお寺。

<霊山寺>

あれ?お寺なのに朱塗りの鳥居が…
本堂は国宝でその他にも重要文化財の建物があるなど歴史がありそうな一方で、
巨大な駐車場、ゴルフ練習場、世界のバラ園、温泉、金箔張りのお堂など、なんだかお金の匂いが…。
いや、考えようによっては江戸時代以前のお寺(アミューズメントパーク的な存在との説も)を
具現化しているのかもしれません。

とにかく、約1時間をかけてオプションコースを走り切り三室に戻って来ました。
この後、三室から国道25号線~石川CL~彼方~国分~鳳のルートで帰りました。

結局、帰宅は午後3時半、本日の走行距離は128kmでした。

今日は予想外の連続で、あ~疲れた。
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初めての西高野街道

2012年08月04日 17時03分59秒 | ロードバイク
今日はClarkさん、Keiアニキと一緒です。
これから金剛山のロープウェイ乗り場に向かいますが、その前に観心寺(河内長野市)でちょっと休憩。

<観心寺>

木にきれいな白い花が咲いていますが、なんの花でしょうか?
どうも植物に疎いもので…。

観心寺からは小深を経由し、ロープウェイ乗り場に向かいます。

<金剛山ロープウェイへ>

木陰が多いので助かりますが、それでも登り切った時には汗だくです。

ロープウェイ乗り場前で休息していると、心地よい風が吹き抜けて汗が一気に引いていきます。
このままず~っとここに居たい気分ですが、暑くなる前に撤退します。

下りは観心寺ではなく、森屋(千早赤阪村)方面に向かいます。
森屋から瀧谷不動の前を通過し、Clarkさん行きつけの自転車屋さん(大阪狭山市)に立ち寄ります。
(ちなみに私もここで購入しました。)

<瀧谷不動尊(大阪府富田林市)>

通りすがりに撮影した朱塗りの門。
正式には瀧谷不動明王寺(たきだにふどうみょうおうじ)、「目の神様」「芽の出る不動様」と言われています。

<石川の眺め>

石川に架かる橋の上から撮影。
この橋は瀧谷不動のすぐ近くのため、金属製の欄干が朱色に塗られています。
いつもなんとなく通過しますが意外に眺めがいいです。

自転車屋さんでは、Clarkさんの愛車を調整してもらい、ついでに私もお願いしました。

Clarkさんは泉佐野(南西方面)に帰りますが、Keiアニキと私が西高野街道で堺(北西方面)に向かうのに付き合ってくれました。
なにしろ初めての西高野街道、楽しみです。

<西高野街道>

街道を走り始めてすぐに見つけた十一里石、「是ヨリ高野山女人堂迄十一里」と読めます。
1里が3.9kmということは、女人堂のある高野山の登り口までおよそ43kmぐらいってところですかね?
このあと十二里石を探しましたが、どうやら見過ごしたようです。

<街道の様子>

西高野街道は旧堺市街の大小路から河内長野を経て東高野街道と合流、高野街道となります。
旧街道は独特の雰囲気があり、信号がなく車も少なくて走りやすいです。
右の画像は中百舌鳥を過ぎたあたりで見つけた緑、地図に載っていた「百舌鳥のくす」かもしれません。

オープンキャンパスで賑わう大阪府立大の前を通過、初めての道にワクワクしながらあっという間に三国ヶ丘まで帰ってきました。
ここでKeiアニキとお別れし、Clarkさんと私は南方面に向かって帰りました。

本日の帰宅は午後1時過ぎ、走行距離は76kmでした。
そのうち高野街道を辿って高野山まで行ってみますか~。
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