武弘・Takehiroの部屋

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かぐや姫物語(4)

2024年07月13日 03時53分31秒 | 「かぐや姫物語」、「新・安珍と清姫」

かぐや姫はこのように言うと、さらに激しくむせび泣きました。藤吉(とうきち)は心配でなりません。思わず姫の両手を取ると諌めるように言いました。
「姫様、あの頃のことはもうおっしゃいますな。過ぎた昔の話ではないですか。それよりも、姫様が月に帰るとはただ事ではありません。翁様にも嫗(おうな)様にもおっしゃっているそうですが、聞き捨てならぬこと。一体、どうされたのですか?」
「藤吉殿、あと1ヶ月もすれば私は月に帰ります。それはお爺様にもお婆様にも伝えました。だからあなたにも、本当のことを明かしているではありませんか。八月の十五日、私は月に帰ります。それまでに、本当のことを全て明かすのが私の務めなのです」
「八月の十五日、あなたは月に帰るのですか? そんなことがあってたまるものか!」
藤吉は思わず吐き捨てるように言いました。大友皇子(おおとものみこ)の仇を討ったなどの話は興味を持ちましたが、月に帰るとはあまりに荒唐無稽です。でも、かぐや姫の言動はますます不可解なものになっていくようです。藤吉が堪らず退席しようとすると、かぐや姫が彼を懸命に引き留めました。
「藤吉殿、もう帰るのですか。まだ早いではありませんか。いつものように、明け方までいてください」
「姫様、今夜のあなたは尋常ではありません。泣くのは勝手ですが、八月十五日に月に帰るとか全くおかしなことを言われる。これ以上、今夜はあなたの傍にいたくありません。申し訳ないですが、失礼します」
そう言うと藤吉は席を立とうとしましたが、かぐや姫が彼の両手を握り締めて離しません。
「もう一言、聞いてください。大事なことです」
「いえ、失礼します!」
藤吉はかぐや姫の両手を振り払うと、塗籠(ぬりごめ)から逃げるように外へ出ました。こんな別れ方はもちろん初めてのことです。彼は夜が明けたら竹取の翁に全てを話し、かぐや姫の問題にケリを付けてもらおうと決心しました。

 朝になると、藤吉はさっそく竹取の翁にかぐや姫のことを報告しました。翁は藤吉の話をじっと聞いていましたが、やがておもむろに口を開きました。
「藤吉、ご苦労だった。わしも決心がついたぞ。姫が八月十五日に月に帰ると言ったならそれは本気だろう。すぐに帝(みかど)に知らせて、最善の措置を講じてもらおう。もう我々だけでは手立てのしようがない。帝も何か方策を考えてくれるだろう。近いうちに帝に拝謁するつもりだ」
竹取の翁はこう言うと、藤吉の労をねぎらいました。そして、翁はさっそく朝廷に拝謁のお願いをしようと準備を始めましたが、幸いなことに帝の方が使者を翁の館に遣わしたのです。というのも、帝はかぐや姫の異常な噂が気になり、また和歌のやり取りが最近途絶えがちになったため、じっとしていられなくなったのです。
使者に対して竹取の翁は、八月十五日に月からかぐや姫の迎えが来るだろうが、何としてもそれを阻止しなければならない、朝廷の力をぜひお借りしたいと述べました。
「竹取の翁殿、ご安心召されよ。朝廷はあらゆる手立てを講じて、かぐや姫殿の安全をお守りしよう。これは帝のご意思であり、われら臣下の者も十分に心得ている。ご安心なされよ」
使者はこう告げると御所(内裏)へ帰っていきました。立派な使者の訪問を受けて、竹取の翁は少し安堵しました。帝も同様に心配してくれていたのです。 
一方、使者の報告を聞いて、帝は“大軍勢”を派遣してかぐや姫を守ろうと決心しました。その数は近衛兵(このえへい)を中心に2000人を予定しており、まるで大きな合戦に備えるようなものでした。
こうして八月十五日が迫った来ましたが、その日は『満月』になるということしか分かっていません。月からの迎えがどうなるのか、はたまた大軍勢でかぐや姫を守れるのか、あるいは予想もしない出来事が起きるかもしれません。 帝も竹取の翁夫妻も、また藤吉らも次第に不安が募っていきました。

 不思議なことに八月十五日が迫ってくると、かぐや姫はもう覚悟ができたのかあまり泣かなくなりました。むしろ、嘆き悲しむ竹取の翁や嫗(おうな)を慰めたり、優しい言葉をかけたりするほどでした。そして、かぐや姫とは正反対に翁夫妻が日に日にやつれていったのです。
ある晩、藤吉は近くの貴族宅で仮名文字の勉強を済ませたあと、竹取の翁の館に帰ってきました。この日はやけに蒸し暑く、夜になっても汗がにじみ出てくるようです。今夜はかぐや姫はもう眠りについた感じなので、藤吉はいったん自分の部屋に戻りました。しかし、しつこい暑さにうんざりして“水浴び場”に向かったのす。それと、今夜はどうも寝つきが良くありません。
藤吉が水浴び場でひとときを過ごしていると、廊下づたいにかすかに足音が聞こえてきました。ぎょっとして藤吉がそちらに目を遣ると、なんとかぐや姫がたたずんでいるではありませんか。青白い月光の中に彼女の妖(あや)しげな姿が浮かび上がっています。藤吉はあわてて身なりを整えました。
「眠れないのです。今夜は眠れません。それより藤吉殿、あなたに言っておかなければと・・・ この前の続きがあるのです。ひと段落したら私の部屋に来てください」
かぐや姫はそう言うと、自分の部屋へ先に戻りました。藤吉は後を追うように彼女の塗籠(ぬりごめ)の中に入ると、正座をしたかぐや姫が彼を待ち受けていました。相変わらず芳しい香りが辺りに立ち込めています。かぐや姫はゆっくりと話し始めました。
「この前、あなたに言いそびれたことがあります。あなたは聞かずに帰ってしまいましたね。実は私は、大友皇子様の家臣・田辺小隅(たなへのおすみ)の娘でした。父の縁で皇子の妃(注・側室のこと)の一人になりましたが、壬申の乱によって皇子様を失ったのです。
父や親戚も自害して果てたので、私も後を追うことになりました。したがって、私はこの世の人間ではありません。あの世の人間、月の都の人なのです。しかし、竹取の翁様のお陰でこの世に舞い戻り、このたび大友皇子様の御無念を十分に晴らすことができました。もう思い残すことはありません。だから八月十五日の夜には月に帰らねばならないのです。藤吉殿、お分かりですね」

 かぐや姫にそう言われても、藤吉(とうきち)は返す言葉がありません。茫然として黙り込んでいると、かぐや姫が思いついたように後を続けました。
「あっ、そうそう、お爺様の話では朝廷は2000人もの兵士を動員するそうですが、そんなことをしても全く無駄です。このことはまだお爺様、お婆様にはがっかりすると良くないので言っていませんが、どんなに兵士を動員しても“あの国”の人には敵(かな)わないのです。あの国の人と戦うことなど無理に決まっています。それは、あなたもいずれ分かるでしょう」
かぐや姫の弁舌が妙に爽やかになってくるので、藤吉は意外な感じを受けました。彼女がこんなによく話すことは滅多にありません。藤吉がようやく問い返しました。
「姫が田辺小隅(たなへのおすみ)様のお嬢様とは、むろん存じませんでした。田辺様は行方が知れず案じておりましたが、やはり自害されたとは・・・ 竹取の翁様にもすぐに知らさねばなりません。それより、あの国の人に対して、2000人の兵士では足りないというのですか?」
「藤吉殿、その日になれば分かることです。ただ私が何と言っても、今は信じられないでしょうね。無理もないことです」
ここで、かぐや姫はひと呼吸置くと、藤吉を見据えるようにして言いました。
「八月十五日の直前になったら、あなたには何もかもお話しします。お爺様、お婆様には話しにくいことでも、あなたなら大丈夫と分かりました。そして、全てのことが後世の人に伝わっていくでしょう。私はもう何の心配もありません。藤吉殿、あなたがいてくれて感謝しています。今夜はこれで終わりとしましょう」
かぐや姫はそう言うと、満足そうに笑みをたたえました。彼女がこれほど安心した表情を浮かべたのを、藤吉はまだ見たことがありません。何か気持が吹っ切れたのでしょうか。身の上話をして気が楽になったのでしょうか・・・ 藤吉も安堵して塗籠(ぬりごめ)を下がりました。

 竹取の翁は藤吉からいろいろ話を聞いて、少し安心しました。というのも、かぐや姫が快活な感じを取り戻し、藤吉にあれこれ語ったことが翁の気持をやわらげたのです。しかし、かぐや姫が2000人の兵士を動員しても“あの国”には敵わないし、全く無駄だと話したことには強く反発しました。
「何を言うか! 帝(みかど)も真剣になられて、皆がかぐや姫の身を案じておるのだ。それを無駄だとか無理だとか、人の心配もどこへやらつべこべ言うのはけしからん! わしからも姫に強く言っておくぞ」
竹取の翁はそう言うと、これからも細大漏らさず報告するようにと藤吉に命じました。翁もかぐや姫が近ごろ、彼には何もかも打ち明けることに気づいていたのです。こうして、藤吉はますますかぐや姫に接近する機会が増えました。
彼はもともと姫の美しさに魅了されていたので、こうした機会が増えるのは喜ばしいことです。また、かぐや姫の方も自分と同じような過去を持つ藤吉に対し、いっそう信頼感を深めていました。また、彼はかぐや姫に対し徹頭徹尾“忠実”でした。姫と下男という関係以上に、過去の素性が似通っていたため連帯感が強かったのです。大友皇子(おおとものみこ)側という連帯感でした。

 こうした気持は、勝った者以上に負けた側の方が強いでしょう。壬申の乱に敗れ悲惨な運命を辿った者同士は、その連帯感や親近感をいっそう深めたのです。かぐや姫は忠実な藤吉に対し、今や「主人と下僕」以上の感情を抱いていました。また、藤吉が竹取の翁夫妻の面倒を最後まで見て、これらの物語を後世に伝えると約束したため、かぐや姫にとって彼は“掛け替えのない”人になったのです。八月十五日が近づくにつれ、かぐや姫の心情は大きく変わりました。彼女にとって、藤吉はもはや下男以上の存在です。誠実でたくましい若者がそこにいました。今生の暇乞い(いとまごい)に何かしなければという思いがかぐや姫を突き動かし、彼女は一人の美しい“乙女”になったのです。そして、その晩がやって来ました。

 その夜はあまり蒸し暑くなく、しのぎやすい宵の始まりになりました。藤吉は例によって仮名文字の勉強を夕方までに済ませ、竹取の翁やかぐや姫の指示に備えて待機していました。しかし、今夜は翁夫妻の用事は特にありません。
藤吉が残った雑用を片づけていると、一人の下女がかぐや姫の言づてを伝えにやって来ました。今夜はゆっくりと語り合いたいというのです。藤吉はさっそく姫の塗籠(ぬりごめ)に向かいました。部屋に入ってびっくりしたのは、夜の食事に“酒”が用意されているではありませんか。藤吉はほとんど酒が飲めません。いや、下男ですから、酒をたしなむ十分な時間がなかったというのが本当でしょう。かぐや姫は上機嫌でした。藤吉を温かく迎え入れると、月を見て泣いていた頃の彼女とは大違いで、快活そのものでした。さっそく食事となりましたが、今夜は昔話に花が咲きそうです。 かぐや姫は大友皇子(おおとものみこ)の思い出を話しましたが、決して“愁嘆場”にはなりませんでした。むしろ、短かった幸せを楽しむかのような明るい語り口でした。

  食事が終わるとかぐや姫は藤吉に杯(さかずき)を勧めましたが、彼は酒をたしなまないのでそれを受け取りませんでした。すると驚いたことに、かぐや姫の方が杯に口を寄せようとするではありませんか。藤吉がすぐに酒をつぎました。
姫の思い出話が続きます。今度は少女時代の懐かしい思い出ですが、亡き姉妹の話も出てきました。姉妹で野山に遊んだこと、母や父に可愛がられた話などが次々に出てきましたが、思い出を語る時、かぐや姫は恍惚とした幸福感にひたっているようでした。
姫は酔ったのでしょうか・・・ 杯を藤吉に回してきました。彼女の芳しい香りが辺りを支配します。今度ばかりは杯を断るわけにはいきません。藤吉は“美酒”を口に含みました。途端に・・・ 暖かい血が体中を駆け巡ったようです。酒に慣れない藤吉がうっとりしていると、かぐや姫の白い手が彼の腕の下に伸びてきました。藤吉はびっくりして姫を凝視しました。


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