武弘・Takehiroの部屋

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新・安珍と清姫(3)

2024年05月08日 02時29分50秒 | 「かぐや姫物語」、「新・安珍と清姫」

「ご両親はなぜ隣り村へ行ったのですか」
安珍は疑問に思っていたことを尋ねました。清姫はしばらく返事をしませんでしたが、やがてはっきりと答えました。
「両親は私たちを2人だけにしておきたかったのです。私からもそうするようお願いしました。安珍様、どうぞ私の気持を察してください。今夜という今夜 あなた様のお心を聞いて、私の身の振り方を決めたいと思います。一生、私を連れ添っていくとおっしゃってください!」
清姫は決然とそう言うと、安珍のそばに身を投げるようにして横たわりました。彼女の必死の訴えに、安珍は身の震えるような感動を覚えました。しかし、彼の心は重い石のように変わらなかったのです。でも、どう答えたら良いのか分かりません。仏道に精進するので、清姫の求愛には応えられないとはっきり言えば済むことですが、気持が動揺してすぐに返事ができません。しばらくして、安珍がようやく口を開きました。
「清姫殿、今夜はもう遅いので閨(ねや)に行きましょう。明日、あなたに正直にお話しします。私はこれで失礼しますから」

安珍はそう言うと、清姫を優しく抱き上げるようにして起こしました。しかし、彼女の体が火のように燃えているのを感じて、彼は一瞬たじろいだのです。“触れなば落ちん”とはこのことか・・・と思いながら、安珍は女らしい芳香に包まれた清姫に見とれました。成熟した女体の姿がまぶしいほどです。彼は彼女を閨に送ると、ようやく一息つきました。清姫はただ黙ったまま引き下がったのです。
その夜、安珍はなかなか寝付けませんでした。清姫の必死の訴えが頭にこびりついて離れません。それでも旅の疲れもあってか、なんとか眠りについたのです。 ところが夜半過ぎ、彼は広い野原を清姫と一緒に散策する夢を見ました。真夏の太陽が照り輝くなか、2人は手を取り合って野原をどこまでも歩いていくのです。どこへ行くのか・・・まったく分かりません。安珍と清姫は、広い野原を行方も分からずどこまでも歩いていきました。

翌朝 目が覚めると、安珍はドン・キホーテら仲間と食事を共にしました。今日は清姫、ヒュパティアら女性陣と一緒に行動することになっています。それだけでも楽しいのですが、彼らは近くの“荘園”を見学できるとあっていっそう張り切っていました。特にハムレットは、白河の荘園領主・富田家の信任が厚かっただけになおさらです。
「ハムレットはきちんと報告して、領主様の期待に応えないと駄目だぞ」 
メフィストフェレスが冷やかし半分に言いましたが、これはハムレットが領主の次女・菖蒲(あやめ)と親しい関係にあったからです。そうは言うものの、メフィストフェレスもドン・キホーテも荘園見学を楽しみにしていました。ただ安珍だけが上(うわ)の空という感じでした。彼は荘園にはほとんど関心がなく、昨夜の清姫との出来事が心に重くのしかかっていたのです。
朝食が終わった頃、ヒュパティアら女性陣が集まってきました。夏も盛りなので、みんな軽装で清々しい格好をしています。ドン・キホーテがさっそく彼女たちに冗談を言いましたが、笑われて軽くいなされました。それほど、一同は和やかな雰囲気になっていたのです。
清姫は国造(くにのみやつこ)の娘とあって、みんなを代表する形で荘園領主に挨拶しました。領主は中年の太った男で、清姫の父とは仲が良かったので快く受け入れてくれました。男性だけでなく女性も見学には興味津々といった様子ですね。
この荘園は、奥州の白河周辺のとは違って大規模なものでした。都に近いだけあって人員も多く、さすがに農機具や家畜などが十分に揃っていました。作物も種類が豊富で、ハムレットらは感嘆の声を上げながら熱心に見て回りました。
ところが、安珍だけがなにか気が重いようで、見学の途中で気分が悪くなったので先に引き上げると言い出しました。安珍を無理に引き留めるわけにはいかないので、彼は一人で庄司清次の館へと帰っていったのです。これには清姫がとても心配そうな様子で、安珍をじっと見送りました。
「放っとけ、放っとけ。あれは熊野詣での準備などいろいろあるんだよ」 ドン・キホーテの言葉に、清姫はわれに返ったようでした。

 安珍が帰ったあとも皆は荘園の見学を続けましたが、女性たちは清姫のことが気になりだしました。
「お清、私たちのことはいいから、あなたは安珍様のお側に戻ったらどうなの」 与謝野晶子がそう言うと、ヒュパティアも同調しました。
「そうよ、安珍様を1人だけにしておけないわ。あなたはこの荘園を何度も見ているから、もういいでしょう。早く館に帰りなさい」
彼女たちが熱心にそう言うので、清姫もようやく同意しました。
「ありがとう。それなら私は先に戻ります。皆さん、ゆっくりと見学を楽しんでください」
彼女は男性たちに一礼すると、いそいそと荘園を後にしました。ヒュパティアらは、清姫を早く安珍と2人だけにしようと思っていたのです。
一同はこのあと見学を続けましたが、午後も遅くなって急に雨が降り出しました。夕立です。雷鳴も遠くで聞こえます。それがやがて近づいてくると、激しい大雨になりました。一同は付近の家に飛び込んで雨宿りをするしかありません。見学は一時中断となりましたが、ちょうどその頃、清姫は雨に濡れながら館へと戻ったのです。
「お帰りなさい。だいぶ濡れたようですね。皆さんより一足先に戻ったのですか?」
出迎えた安珍が元気そうな素振りなので、清姫はいぶかしく思いました。
「あれ、安珍様、ご気分はもう大丈夫なのですか」
「ええ、先に帰って一休みしたらもう元気になりましたよ。勝手なものですね、ハッハッハッハ」
安珍の明るい様子に清姫はほっと安堵しました。
「熊野詣での準備はもう済みましたか。先に湯浴みをして、どうぞ昨日のようにくつろいでください」
清姫の“てきぱき”とした応対に、安珍は嬉しそうに答えました。
「参拝の準備は終わりました。清姫殿、本当にお世話になります。ありがとう」

 安珍は快活な様子で答えましたが、内心は今夜のことで気が気でなかったのです。昨夜は清姫に自分の決意をはっきりと言うべきでしたが、それができませんでした。今夜こそ正直に伝えなければなりません。このため、気もそぞろに湯浴み場へと向かったのです。
一方、清姫は安珍のあとに露天風呂に入り、念入りに体を洗いました。今夜がすべてだ・・・すべては今夜に決まると思うと、彼女は体の芯から熱くなるのを感じました。そして、安珍が一人でゆっくりしている間に、急いで食事を済ませ身支度を整えたあと、昨夜以上に心を込めて化粧をしたのです。その中には、極めて特殊な香水も入っていました。
清姫は今夜も琴を弾こうと侍女に手伝わせ準備をしました。そして、安珍がいる中央の客間に入っていくと、彼は待ちかねていたかのように言葉をかけてきたのです。
「清姫殿、琴の演奏はありがたいが、今夜はあなたにはっきりと言わねばならないことが・・・」
「安珍様、分かっております。でも、まずは私の琴を聴いてください。そのあとに何もかもはっきりとさせましょう」
清姫はそう答えると琴を弾き始めました。そして、どのくらい時間がたったでしょうか・・・ 彼女はふと琴の手を休めると、安珍の方へにじり寄りました。そして、意を決したかのように口を開いたのです。
「安珍様、どうぞ私の気持を察してください。お願いです。私を一生 連れ添っていってください!」
清姫はそう言うと安珍の胸の中に身を投げ、やがて彼の首の周りに両腕を回して抱きついたのです。熱い吐息が安珍の顔にかかり、彼は緊張のあまり身動きがとれませんでした。清姫の燃える体と芳香を感じて安珍は気が動転しましたが、必死になって叫びました。
「清姫殿、私は仏道に精進するのです。あなたと一緒になることはできません! それだけは分かってください!」
安珍の叫びに一瞬 清姫は顔を曇らせましたが、前にも増して両腕の力を引き締めたのです。
「いや、いや、いや! 安珍様~~」

 清姫はそう言うと、安珍の顔に唇を押しあててきました。彼女の熱い唇を頬に感じると、彼は体がこわばって身震いしました。やがて、体の芯から燃えてくるのを感じたのです。
「いけません! 清姫殿、何をするのですか!」
安珍は必死になって清姫の唇から逃れようとしますが、彼女の唇は執拗に彼の頬を離れません。安珍は思わず清姫を抱きかかえました。すると、彼女は身もだえしながら体を安珍に預けたのです。
真夏の薄着だったため清姫の着衣は乱れ、彼女の美しい乳房が安珍の目に入りました。彼は清姫のあられもない肢体の“うねり”を感じ、もうどうしてよいのか分からなくなりました。
なにか熱いものが体の芯から込み上げてきましたが、安珍は必死になって堪(こら)えました。次の瞬間、彼は清姫を突き放し叫んだのです。それは呻き声に近いものでした。
「清姫殿、分かってください! そうでないと・・・」
「安珍様、それなら約束してください。熊野詣が済んだら、もう一度こちらに立ち寄ると約束してください。そうでないと、今夜はあなたを離しません!」
「分かりました。約束します。あなたの言うように、こちらに立ち寄ります」
「必ずですよ」
「必ず立ち寄ります」
安珍がそう答えたので、清姫は安心したのか微笑みました。彼女は安珍のかたわらで着物の乱れを正すと、ようやく元の姿勢に戻りました。彼女は含み笑いを浮かべたまま、少し意地悪っぽくつぶやいたのです。
「安珍様、私がつけている特殊な香水は何だか分かりますか?」
「さあ・・・分かりませんね」
「ふふふふ、“シャネルの五番”と言うんですよ」
「シャネルの五番? 何ですか、それは」
「唐(から)の国からきた極上の香水なのです。これをつけると、どんな殿方でも参ってしまうのです」  

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 これには安珍も苦笑いしました。雰囲気が和んできたせいか、清姫が気楽に聞きます。
「いつごろ、こちらに戻れますか?」
「そうですね、1週間後ぐらいには戻れるでしょう」
「今度来られた時には、両親にも同席してもらいます。そこで何もかもはっきりさせたいと思います。それでどうでしょうか」
安珍は少し間を置いて答えました。
「結構です。私もそれが良いと思います」
清姫はその答えに満足したのか、晴れやかな笑みを浮かべました。一方、安珍はこの場を早く収めたいと思ったのか、清姫の求めに素直に応じたのです。2人はしばらく雑談を交わしていましたが、夜も遅くなったので清姫の方が席を立ちました。その晩、2人はそれぞれの感慨を胸に秘めながら、床に就いたのです。

 翌日は昨日の大雨がウソのように、朝からすばらしい天気になりました。安珍らの一行は真砂(まなご)の庄司清次の館を発つことになり、清姫やヒュパティア、与謝野晶子が見送りました。ベアトリーチェだけは所用があって姿を見せていません。
清姫が再び「1週間後の再会をお待ちしています」と言うと、安珍は快くうなずきました。2人の間には何の“わだかまり”もないようです。すると、ドン・キホーテが合いの手を入れました。
「清姫殿、安心してください。熊野に行ってる間に、安珍の気持もきっと変わりますよ。私もいろいろ言いますからね。ハッハッハッハ」
ドン・キホーテの言葉に、清姫が嬉しそうに微笑みました。今や彼女にとってドン・キホーテだけが頼みの綱といった感じです。
「では、皆さま、お気をつけて行ってらっしゃい」
清姫が弾んだ声で挨拶すると、晶子が続きます。
「皆さん、熊野詣の報告を楽しみにしていますよ。帰りにぜひ立ち寄ってください」
晶子らが手を振る中で、安珍らの一行は山伏姿も凛々しく庄司清次の館を後にしました。

 熊野詣とは熊野本宮と新宮、那智の3つの大社を参詣することで、それを熊野三山と言います。安珍はすでに何回かお参りしているのでよく知っていますが、ドン・キホーテらは初めてなので何もかも珍しく感じました。
熊野の奥深く入ると、うっそうと茂る森林に夏の暑さも忘れてしまいます。いや、むしろ涼しくさえ感じられ、なにか秋の気配が漂っているようです。汗っかきのドン・キホーテはすっかり気持が良くなったようで、口も滑らかになりました。
「いや、気分がいいな~。神々の懐に入ったようで、俺は生まれ変わった感じがするぞ。みんなはどうか?」
「同じ気持だよ。僕は心が澄み切ってきた感じがする。憂いや煩悩から解き放たれたのだろうか・・・」
「ハムレットはうまいことを言うね。凡人も熊野に入ると変わるもんだ。ハッハッハッハ」
メフィストフェレスがおかしそうに笑いましたが、彼も同じように清々しい気持になっていました。安珍は彼らの言うことに反応はしませんでしたが、3人の友が満足している様子を見て嬉しく思いました。一行はますます元気よく、熊野詣を続けていったのです。

ちょうどその頃、安珍らが出立して数日後だったでしょうか、清姫がいる館にヒュパティアらが集まりました。彼女たちは清姫と安珍の行く末を案じていたのです。まず与謝野晶子が切り出しました。
「お清、あなたの決心は変わらないのね。安珍様が戻ってきたら、何もかもはっきりとさせるのよ」
「ええ、分かってるわ。みんなにご心配をかけているようで、私も後がない気持になっています。安珍様は間もなくこちらに戻るので、両親にも同席してもらってはっきりとさせたいと思います」
清姫がこれまでになく決然とした口調で語ったので、みんなは納得した表情を見せました。

 すると、ヒュパティアが真剣な面持ちで話し始めました。
「お清の気持は十分に分かるけれど、安珍様がどうしても仏道に精進すると決めたのなら、いさぎよく身を退くことね。その辺の覚悟はできているの?」
清姫にとって最も辛い問いかけです。彼女はすぐに返事ができませんでしたが、やがて重い口を開きました。
「分かってるわ。その点も覚悟しています。でも、安珍様は私の気持を受け入れてくれると思うけど・・・」
「お清、諦めては駄目よ。ヒュパティアだって、本当はあなたの気持を察して言ってるの。ただ、万が一にもってことがあるでしょ」
ベアトリーチェが清姫を励ますように言いました。
「ありがとう。みんなにご心配をかけて・・・でも、私は最後までがんばります」
清姫はそう言うと、彼女らに心配をかけたくないという風にぎごちない笑みを浮かべました。すると、与謝野晶子が彼女を元気づけるように言いました。
「私が途中まで出かけて、安珍様を連れてくるわ。その方が間違いがないでしょ?」
「晶子、ありがとう。安珍様はこちらへ必ず立ち寄ると約束したけど、あなたが迎えに出てくれると安心だわ。そうしてくれる?」
「ええ、もちろんよ。お清が安心してくれるのが一番、私に任せて。どうせ私はヒマなんですもの。ホッホッホッホ」


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