武弘・Takehiroの部屋

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三途の川を渡る

2024年06月15日 14時10分02秒 | 詩、その他

三途の川(土佐光信の画)

「川の中ほどに来たけど このまま行っていいんだな?」
 年老いた船頭さんが 棹を手元に置いて聞いてきた
「ああ いいよ このまま行って」と 僕は答える
「ここを過ぎたら もう帰れないんだぞ あの世へ行くだけだが それでいいんだな」
 船頭さんが 念を押してきた

「ああ いいとも 僕はもう この世を去るだけだ」
「そうか お前はよく観念しとるぞ ここまで来ると
 急に帰りたがる輩が けっこういるもんだ よし 行くぞ」
 船頭さんは ふたたび 棹を川に入れた

「もう少し行くと お前が乗ったこの舟は 三つの流れに身を任せる
 悪い奴は激流に 良い者は 穏やかな流れに
 良くも悪くもない輩は その間の流れに 身を任せるのだ」

「えっ それはどういうことなの?」と 僕は聞いた
「分かっておらんのか この世の所業が 良いか悪いかで
 舟の進む流れが おのずと決まるのだ だから お前は
 自分がしてきたことを 思い出してみろ」

そんなことを言われても 今さら思い出すなんて 大変じゃないか
僕が黙っていると 船頭さんは どんどん舟を進めた
「さあ いよいよ 流れに身を任せる時だ」
「穏やかな流れの方に 行ってくれないの?」 でも 船頭さんは無言のままだ

僕は諦めた 今さらジタバタしても始まらない 
川面に霧がたちこめ 小舟はどこへ行くのか 分からない
彼方から 激しい水音が聞こえてきた ああ あれが悪い奴の行く所だな
あんな流れに入ったら 途中で沈んでしまうかもしれない 

そうなったら 僕はあの世にも行けず この世にも戻れない
どうなるのだろう・・・ 不安が胸をよぎり 耐えがたい気持になる
僕は舟の縁に身をかがめ じっと 息をこらしていた
どれほどの 時間が過ぎただろうか まわりの霧が少し晴れてきた

ふと 顔をあげると 激しい水音は消えうせ 目の前に 緩やかな流れが現われた
「お前は 良いことをしてきたようだな 楽に あの世へ行けるぞ」
船頭さんが ニッコリほほ笑む 僕は 救われた気分になった
「ありがとう これで安心して行ける きっと 神様のおかげなんだね」

小舟は ゆっくりと進む 霧の合間から 何やら光るものが見えてきた
赤や黄 緑色などの光が 点滅している きれいだが どこか不気味な感じがする
「あれは なんなの?」 「ああ あれは 川で溺れ死んだ奴の霊魂だよ」 「霊魂だって?」 
「そう あの世へ行けなくなって この辺をさ迷っているのさ 悪い奴らはああなるのだ」

そうか 皆があの世に 行けるわけではないのだ 船頭さんの話に 僕は慄然とした
あの世にも行けず この世にも戻れず 彼らは 三途の川の上空で さ迷っている
宙ぶらりんの 悲しい運命なのだ どうやら 自分はそうならずに済みそうだ
やがて 彼方から 霊妙な音が かすかに聞こえてきた その音は高くなったり 低くなったり・・・

「あれは 音楽なの?」 「うむ あの世の音楽だな いつも 奏でられておるのだ」
「そうすると もうすぐあの世に 着くということだね」 「うむ あと僅かだよ」
船頭さんの話を聞いて 僕は経帷子(きょうかたびら)を着なおし 居ずまいを正した 
もうすぐ 彼の地に着くのだ 父や母 兄や姉は 出迎えていてくれるだろうか 

霊妙な音が しだいに大きくなる その音に 吸い込まれていく感じだ
点滅していた 霊魂の光は すでに消え 涼やかな風が そよそよと吹いてくる 
すると 霧はすっかり晴れ 目の前に 長くのびた“砂浜”が 浮かび出てきた
見ると 怪しげな装いをした 鬼が数人 浜辺に立っているではないか

「あいつらは 何なの?」 「冥界の番人だよ お前は 六文銭を持ってきたか?」
「うん 六文銭を二つ」 「うむ 一つはわしに もう一つは あの鬼どもにやるのだ」
「六文銭がなかったら どうなるの?」 「お前の経帷子を 鬼どもがはぎ取るだけよ」
「よかった はぎ取られないで済むね」 船頭さんと話しているうちに 小舟は浜辺に着いた

醜悪な容貌の鬼 二人が近づいてきて 皺くちゃな手を 差し伸べる
僕は 六文銭を手渡した 二人は 嫌らしい笑みを浮かべ 通り道を開ける
「いろいろ ありがとう」 僕が船頭さんに 六文銭を渡すと 老人はニッコリほほ笑んだ
「これから 大変だぞ 冥界に 早く慣れないと」 「うん ご苦労さんでした」 

二人は さわやかに別れた ふと 横を見ると あの鬼どもは もういない
消えてしまったのか なんて足の速い奴らだ そう思いながら 僕は道を進む
父や母らが 迎えに来ているはずなのに その姿が見えない おかしいぞ・・・
僕は不安になった 冥界に来ても 独りぼっちなのか みなし児になってしまうのか 

浜辺を 上っていくと 多くの松の木が茂っている すると その一本の陰から
数人の姿が現われた アッと思う間もなく それは父と母 兄と姉ではないか
ずるいぞ! 彼らは松の木陰に 隠れていたのだ 「意地が悪いじゃないか!」
僕が怒ると 彼らはニコニコ笑いながら 近寄ってくる 急に恥ずかしくなった

「いらっしゃい 待っていたのよ」 懐かしい母の声 「よく来たな」 という父の声 
兄と姉が 手を差し伸べてくる 僕は恥ずかしさを越えて 懐かしさで 胸が一杯になった
「みんな 元気だったんだね」 僕がそう言うと 「そうさ ここは天国だからな」 と父が答える
「これから 家族全員で 仲良く暮らせるのよ ずっとずっと」 母が喜びの声を上げる

そうか 冥界とは天国なのだ ようやくここに来て 僕は 下界の時と同じように
家族のみんなと 一緒に暮らせるのだ それも ずっとずっと永遠に・・・
冥界とは なんと良い所だろう 父や母たちは 僕が来るのを 長いあいだ待ってくれていたのだ
その喜びに満ちた顔を見て 僕は永遠に幸せだ 幸せだと 自分に言い聞かせた
                                 (2008年6月12日)


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2 コメント

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今では複雑な思いで拝見 (おキヨ)
2013-06-07 11:48:53
以前に拝見した内容のように思うのですが、今また拝見すると真に迫るものを感じます。
私もだいぶ衰えたせいかも知れませんし、矢嶋さんもご病気知らずの頃とは違いますものね。

矢嶋さんは私より数年はお若いものの、それでも
お互い健康を優先して過ごす年齢に差し掛かりましたね。
あらためて身に染みる内容の記事です。
返信する
身に沁みますね(笑) (矢嶋武弘)
2013-06-07 13:14:57
この詩は5年前に書いたものですが、今の方が身に沁みますね。
私も軽い脳梗塞をやるなど、次第に衰えています。あの世が近づいているのでしょう(笑)。
でも、気持だけは若くありたいですね。お互いに頑張りましょう。
返信する

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