矢嶋武弘の部屋

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私のコンプレックス・劣等感

2019年11月17日 04時00分10秒 | 人生

<以下の文を復刻します。>

コンプレックスにはいろいろ意味があるそうだが、俗に「劣等感」を指す場合が多い。どんな人でもいろいろなコンプレックスを抱いていると思うが、特に、身体的な要素が根強いのではないか。むろん、頭が悪いとか素性が劣るなどいろいろな要素があるが、身体的・肉体的特徴から劣等感を意識することが多い。特に“容貌”はその代表的なもので、男女を問わず気にするのが常だ。
したがってスタイルや顔かたちを気にして、ダイエットやエステが大いに流行っているが、その根本には他人よりも劣るのではというコンプレックス・劣等感が根強くあるのだ。しかし、どうしようもないことがる。私の場合は背が低い(165センチほど)という劣等感があるが、これは身体的特徴であって生まれつきのものだ。
つまり、劣等感にも優越感にも、先天的なものと後天的なものがある。後天的なものは直しようがあるが、先天的なものは持って生まれたもので直しようがない。背が低けりゃ、せいぜい底の厚い靴をはくしかない(笑)。しかし、背が低いことには変わりがないのだ。
だいぶ理屈っぽい話になったが、根が“理屈屋”なのでお許し願いたい。ところで、人間というのは往々にして、自分の欠点や短所を持たない他者に憧れるものだ。肥満の人はもちろんスリムな人に憧れるから、ダイエットなどをする(健康のこともあるが)。同様に、背の低い人はそれが先天的であれ、背の高い人に憧れるらしい。私などは、今度生まれ変われるものなら馬鹿でも阿呆でもいいから、何よりも長身・ノッポになりたいと願っている(笑)。
そういうこともあってか、私は異性(女性)も背の高い人が好きだ。あんまり高すぎると抵抗を感じるが、それでも背の高い人が良いと思っている。だから、欧米系の背の高い女性に憧れるのだろうか。このほか、自分の劣等感には胴長・短足じゃないかとか、年を取ってますます“ガニマタ”になったなど幾つかあるが、この辺でやめておこう。
しかし、70歳を過ぎるとコンプレックス・劣等感があまり気にならなくなる。今さら気にしたって始まらないし、それよりもいろいろな病気の方が大きなウェートを占めてくる。だから、若い頃のように劣等感にあまり神経質になったりはしない。それだけが“年の功”と言えるだろうか・・・
劣等感に不必要に苛(さいな)まれることだけは、注意しよう。特に若い人たちに言っておきたい。


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2 コメント

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Unknown (おキヨ)
2019-11-17 13:19:11
矢嶋さんともあろう方が身体のことで劣等感を持つとは・・・と思ったのですが、貴方様は正直な方、つまり相当優秀な頭脳を持った男性でも身体的な事を気にする?と云う事ですね。
今の時代はどうやら見た目が一番らしいですからさもあろうと思うのですが、見た目だけで生きている男性って吹けば飛ぶようで気味悪い(-"-)
男はやっぱり知的であり、ある種の風格を備えていなければ魅力に乏しい・・・と、知性も風格も持たない男と半世紀近くも暮らしている私は思います!!
やはり気になる? (矢嶋武弘)
2019-11-18 04:50:27
おキヨさんへ
男でも風体や格好はやっぱり気になるのでは・・・
まして、映像文化が発達した今日この頃です。テレビなどでプロポーションが大いに話題になったりしますね。
こんなことは大したことではないと思いつつも、つい自分の格好が気になったりします。
しかし、年を取れば自然に解消されます。それよりも病気の方がはるかに気になるでしょう。
ご夫君のことはともかくわが老妻といえば、これはもう語るに落ちる・・・ いや、相手もどう思っているか!?(笑)

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