おもしろニュース拾遺

 BC級ニュースが織り成す可笑しくも愛しい『人間喜劇』。おもしろうてやがて悲しき・・・

殺人事件で「雨降って地固まる」:米司令官

2006-01-19 10:53:10 | 迷言・妄言
 最近鬼籍に入られたがアメリカにレーガンという大統領がおられた。彼は衆院本会議場で公式演説をした最初の大統領だが、それは1983年11月11日。その中で彼は芭蕉の句を日本語で引用したのだ。「草いろいろ おのおの花の 手柄かな」。日本中が驚いたが、その時議場にいた山拓氏はその衝撃を次のように書いている。
<私は中曽根総理に「総理、いまの俳句知っていましたか?」と聞きました。「知らなかった」「おまえは知っていたか?」「私も知りませんでした」という会話になりました>。

 驚いた理由はもちろん日本語のせいではない。アメリカ大統領が「俳人」でもある中曽根氏さえ知らない芭蕉の句を持ち出したからである。中曽根氏といえば、最近自民党の改憲草案を起草し、その中で「日本文化への敬意」を高らかに謳った(主流派に「復古的」とされ削除されたが)いわば日本文化の「巨匠」である。その人が知らない句を普通の日本人が知る由もない。

 もちろん演説草稿は大統領直属のスピーチライターが書くので(レーガンは芭蕉さえ知らないはず)、彼は図書館で「日本の名句」というような文献を渉猟したに違いない。文脈的に適当と思って引用したはずだが、日本人の間でこの句がどれだけ膾炙しているかは調べなかった。そのため「巨匠」だけでなく、一般の日本人にも自分が無学者扱いされたような奇妙な屈辱感を抱かせてしまったのである。

 レーガン大統領の「失敗」の教訓はしかし、アメリカのお偉方に共有されていないようだ。すでにこのBlogでも取り上げた米兵による横須賀女性の殺害事件で、昨日第7艦隊司令官と在日米海軍司令官が連名で、日本人に向けた「公開書簡」(全文はここで)を明らかにした。「日本人向け」という割には英文しかないのだが、その最後で次のように日本の「ことわざ」を引用している。
There is a Japanese saying that "after the rain, the ground becomes firm"
- it is our hope that this sad affair will prove the catalyst to make
our relationships and our alliance even stronger.
(日本のことわざに「雨降って地固まる」というのがあります。この悲しい出来事が、将来両国の関係と同盟をより強固なものにするきっかけになることを望みます)

 えっ!え~え、「雨降って地固まる」ってこういう時に使っていいの?殺人犯の親がですよ、遺族に向かって「”雨降って地固まる”と申します。これをきっかけに両家の関係が深まることを願っています」と「声明」を出したとしたらどうよ? 朝日新聞は「謝る側が使う言葉ではない。市民感覚が分かっていない証拠だ」という地元の声を伝えている。

 よその国の諺を外国人が引用するときはその辞典的な意味だけでなく、それがどのようなシチュエーションで使われるかを知っておかないととんでもない騒動になることがある。米軍司令官は日本語も解さないし、日本人と深く付き合ったこともない。基地の日本語の通訳に聞いてこれを最後の「下げ」として引用したに違いない。
 これがアメリカの似たような諺、例えば"After a storm comes a calm."(嵐のあとに凪が来る)を引用しておけば、「いやアメリカではこう使う」という言い逃れが出来たのだが、日本語の場違いな諺を引用することで、逆に日本人を見下しているというメッセージを発することになってしまったのだ。この場合むしろ「沈黙は金 Silence is golden」の方針の方がましだった。

 米軍司令官は「一葉落ちて天下の秋を知る」という日本のことわざ(英語では"A straw will show which way the wind blows.")を知っているかどうか、とにかくこの「たった1件」の不祥事に気を使っていることは分かるが、逆効果になっているのは日本人の国民感情というものを理解していないからだ。

 情けないのは日本の政治家だ。冒頭に掲げた在日米軍の「徽章」(エンブレムというのか正式名称は知らないが。正確にはこれは在日米海軍のマーク))を見せられると、黄門様の印籠を見せられた「悪人」達のように「へへー!」となって、米軍に文句を言う場面で、クルリと国民の方に向き直って「お前たち、無理を言うものでない。日米関係は世界の中で最も重要な関係で・・・」とお説教。ええぃ!小賢しいわ!そのような台詞は学者に言わせておけばよい。政治家は心の問題、ハートだ、プライドということを考えぬか。

 実際在日米軍の「徽章」はあまりに象徴的だ。よく見て欲しい、アメリカを表すワシが日本列島を「鷲掴み」にしている。米軍の意識は明らかに「占領」軍なのだ。そして戦後60年経っても「それでいい」と考える「選良」が日本人の誇りを失わせている。
 個人でも国民でもそうだが、人間プライドを失うと、謙虚になるのでなく、逆に”弱い者イジメ”に走ってしまうのだ。血眼になって自分より弱い者を探して攻撃を始める。そのような情けない国民になるのを防ぐためにも、「占領軍」問題を解決するように政治家が真剣に動かないといけない。

 この事件は「たった一人」ではないのだ。日本のことわざに「蟻の一穴」というのがある。また間違って日本のことわざを引用してしまうといけないので、米軍司令官には"A small leak will sink a great ship."(小さな漏れでも空母さえ沈む)という英語の諺を教えておこう。