おもしろニュース拾遺

 BC級ニュースが織り成す可笑しくも愛しい『人間喜劇』。おもしろうてやがて悲しき・・・

実の親探して銅メダル:韓国生まれの米選手

2006-02-16 16:44:42 | 快挙・怪挙
 冬季オリンピックが始まってから、毎深夜に日本選手の「活躍」についての”悲報”が母国に届く。冬季五輪史上最大の派遣選手112人。このままでは史上最低タイのメダルなしに終わる可能性も出てきて、早くも「戦犯」探しの論議が高まっている。「期待高すぎ?環境悪すぎ? 日本苦戦、届かぬメダル」と16日付朝日新聞の記事。

 何がいけなかったのか?もちろん原因は一つではないが、モチベーションの低さがその一つであることは間違いない。「オリンピックを楽しんで来ます」。もちろん、マスコミからのプレッシャーをごまかすための決まり文句だが、「冗談じゃない。このオレを見ろ。」と”母を訪ねて三千里”の選手がいる。

 米国の男子モーグル銅メダルのトビー・ドーソンToby Dawson選手(上写真向かって右)、「27歳」。読売新聞16日付は、「実の親捜す!米ドーソン、気迫の銅…男子モーグル」という見出しの記事で、「僕の顔をしっかり見てくれ――。15日(現地時間)のトリノ五輪フリースタイルスキー男子モーグルで、銅メダルに輝いた米国のトビー・ドーソンは、ゴールした瞬間、ゴーグルを外した。」と書いている。

 1978年11月30日が「誕生日」になっているが、実はこれは韓国の警察署前に捨てられていた幼い後の「ドーソン」ちゃんが児童養護施設に引き取られた日付だ。「ドーソン」君は「4歳」の時に、米・コロラド州でスキー教師をしていたドーソン夫婦の養子になった(その時の写真が上左)。アメリカに連れていかれる直前に施設で最後に写真を撮った。「この子が将来この写真館の壁に飾られるよう」と夫妻がアメリカでトビーを撮影するため連れていったときに、ひどく怯えて泣きわめいた。「今度もまた飛行機で遠くに連れていかれると思った」。

<14歳まではアルペンスキーやアイスホッケーをしていた時期もあった。1メートル68という小柄な体格を考え、モーグルに専念するようになり、頭角を現した。
 「実の両親を捜したい」。世界を転戦するワールドカップ(W杯)に出場するようになって、ドーソンはそう思うようになった。「だから、絶対に五輪に出たい」。>(読売)

 確かにオリンピックは自分の顔を世界に、ドーソン選手の場合は韓国に見せるまたとない機会である。「ぼくの顔と同じ人を知りませんか」というわけだ。ドーソン選手が施設に入る前の唯一の記憶というのが、母親が自分のために誕生会を開いてくれたことだという。レンガの上に外したドアをおいてその上に韓国料理を載せたというから、貧しかったには違いない。そして恐らくこの時にすでに父親はいなかったのではなかろうか。
 あのジョディー・フォスターJodie Fosterのように「父親なし」で二人の子供を育てている人もいるが、70年代末の韓国では女手一つでは経済的に不可能だと思ったのが、"foster parents"に子供を託さなければならなかった理由だろう。

 「有名人-”親戚”増加の法則」の通り、韓国では<「実は、たくさんの人が、自分が親だと名乗り出てきた」とも明らかにした。>(読売)という。しかし恐らく本当の親(たぶんいるとしても母親だけ)はまだ出て来ていないような気がする。今ではDNA鑑定が使えるので、親子関係の確認はほぼ絶対的だ。イタリアでの「捨て子ボックス」開設の話を取り上げたばかりだが、一度捨てた我が子に対面しやすくするシステムも必要なのかもしれない。

 全く思いがけないオリンピックの「利用法」だが、こういうことはあっていい。将来のオリンピック選手にするためには、我が子を捨て子にせよというのは論外だが、あまりにも「幸せすぎる」アスリートは結果も感動も残せないのは間違いない。

僧侶が労組を結成:長野

2006-02-13 14:28:47 | 快挙・怪挙
 「自由民と奴隷、貴族と平民、領主と農奴、ギルドの親方と職人、つまり抑圧するものと抑圧されるものとは、つねに対立し、ときには隠然と、ときには公然と、たえまない闘争をおこなってきた。」と『共産党宣言』(1848年)は言う。この対立の図式に「住職と一般僧」を加えるべき時代になったのかもしれない。

 長野の善光寺・大勧進で僧侶らが労組を結成したというのである。「組合員」は9名(僧侶5人と職員4人)。1月に全労連系の「長野県一般労働組合」の分会として「善光寺大勧進分会」を発足させた(読売2月11日)。もちろん重要なのは「賃上げ交渉」。
 坊さん労組というのは、<労働団体の中央組織も「以前は大阪にあったが現在はない」(連合)、「聞いたことがない」(全労連)などと話している>(読売)というから、今後燎原の火のように拡がるかもしれない。葬式の時に坊さんがストでは困るので、これからは春闘のシーズンには死なないように気をつけなければならないだろう。

 「坊主丸儲け」というフレーズが当たり前のように思われるほど、僧侶というのは不当に儲かる商売だと世間では思われている。その価格体系が不透明なお布施や戒名代も原因ではあるが、「宗教法人」として税制上の優遇措置を受けていることが大きい。
 仏教寺院は法人としては優遇されていることは間違いないのだが、個人として考えた場合は、大部分の住職(寺のオーナー、医者で言えば開業医)でない僧侶は通常のサラリーマンと同じで、宗教法人から定められた給与を受け取るわけで、その給与所得に対しては所得税がかかることは通常の労働者と同じである。

 サラリーマン僧侶の場合は、私有する「生産手段」としては自ら手にする数珠くらいしかないわけで、袈裟だって「会社」から貸与される「作業着」だ。結局自らの「労働力」を「商品」として売ることでしか生きていけない(自分のためにお布施を集めてはいけない)典型的な「プロレタリアート」でしかないという認識から労組の結成に踏み切ったのだろう。自分たちのことだけを考えるのでなく、日本の「同志」達のためにも宣言文などを公表して欲しいものだ。
 ちなみに「労働組合法」では<この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によつて生活する者をいう>(第三条)とあるので、僧侶を「労働者」から排除する理由は全くない。

 それにしても「法人」としての日本仏教界の堕落はどうだ。先日の大阪府教委No2逮捕事件の贈賄側の学園元理事長は坊主である。つまり宗教法人と学校法人という「公益性」で税制が優遇されている組織を経営して、年間1億円もの「交際費」を捻出していたというからこれこそ丸儲け坊主だ。

 宗教法人が税制上優遇されている措置の是正案というものは、憲法上の疑義もあり長年論議されてきたが、法案の提出には至っていない。しかも今は純粋な「宗教政党」が与党の一員であるので、宗教団体が不利益を被る法案の提出は夢にも考えられない。

 日本の仏教の堕落の原因は中学生でも知っている。寺を役場の戸籍係と思想警察に貶めた徳川幕府の「寺請制度」である。檀家制度は寺にとって安定的な収入が得られるようだが、逆に新たな顧客を開拓する可能性を奪っているわけで、人口減の時代には「檀家」に負担増を迫るしか生き残れないという不合理な制度だ。
 日本の仏教は”魂の救済”などどこ吹く風の「葬式仏教」と蔑まれて久しいが、その「葬式」関連の費用さえ全く透明性を欠いた価格体系のため、”消費者”からは強い不信感を抱かれている。

 「宗教法人」を隠れ蓑にした「オウム事件」が起こったときには一部で仏教界の改革なども言われたが、具体的な動きは世間的には坊さんの髪の毛ほどもなかった。

 日本に今必要なのはまさしく「宗教改革」なのだ。この坊さん労組が、仏教界の新たな”マニフェスト”を明らかにするのかどうか。
 仏法のプロレタリアは自らの髪の毛を含めて失うものは何もない。彼らの得るものはピンハネされたお布施である。仏法のプロレタリア団結せよ!

600mの新東京タワー、まもなく決定か

2006-02-02 13:40:10 | 快挙・怪挙
 2011年に日本のテレビは全面的にデジタルに移行する。つまり小泉首相があんなに大事で絶対譲れないと言った「思想信条」にかかわらず、NHKの受信料を払っていようといまいと、デジタル対応の受信機を買う金があろうがなかろうが、5年後には現行のアナログ放送は見ることを許されなくなるのである。
 日本にテレビ放送が導入されて以来の最大の革命である。テレビの明治維新と言っていい。古今東西革命の時には勝ち組負け組がハッキリする。犠牲になる人もあれば便乗する人もいる。これは「デジタル維新」に便乗しようとする壮大な計画の物語である。<♪ジャジャンジャジャンジャジャ・・風の中の昴・・・>

 2月1日付の毎日新聞に、「新東京タワー 600メートルの電波塔建設構想」という記事が載った。現在の東京タワーのおよそ倍の高さの新たな電波塔を建設しようという話は、以前からあった。この記事では、その建設予定地がこの三月末にも決まるのでないかと書いている。

 新しいデジタル放送は、送信電波がこれまでのVHF帯からより波長の短いUHF帯に移行する。そのためビルの陰で電波が届きにくくなるのを「解消」するため、東京タワーよりもはるかに高い電波塔を作ってあげましょうというのが、表向きの建設理由だ。
 しかし実はこれは純粋なセールストークで、実は高い塔があろうがなかろうがUHF電波はビルがあれば遮られる。日本の都市圏で生活している人は気づいていないが、日本の農村部はすでにVHFからUHFへ移行しており、アンテナは山の頂上に作られている。だからすでにUHF利用世帯にはこの口実は通用しないのだが、首都圏の人はまんまと騙されている。

 だから建設推進派にこの点を突っ込むと、アッサリ認める。「いや、実は」と切り出されて、<実は地デジになっても、テレビ向けの電波を送るだけなら、東京タワーで事足りる。問題は「ワンセグ」。携帯電話など移動体向けに番組とデータを送る新しい放送サービスで、「この実施には、広範囲で電波が受けやすくなるよう、高いタワーが必要」と放送事業者側は言う。送信位置が高くなると、ビルなどの構造物によって電波の遮られる範囲(ビル陰)が小さくなるからだ。>(毎日)という説明を聞かされることになる。

 ああ、要するにどうしても新タワーが作りたいわけですね。「それに」と推進派は付け加える。<新タワー誘致推進協議会会長代行は「千載一遇のチャンスだ」と、世界一高いタワーの観光効果に期待する。>(同上) つまり放送事業者や通信関連業者の要望だけでなく、地域振興につながると。
 だから、このタワー誘致に埼玉を含む各地が名乗りを上げている。「新タワー推進プロジェクト」によると現在のところ墨田区が「第一候補」とされている(下の写真はその墨田区の「候補地」に建設した場合の想像図)。

 問題は建設費だ。現在の見積もりで500億円と言われているが、上記の「プロジェクト」はNHKと在京民放5社で構成。だから当然この6社で負担するのだろうが、携帯電話会社などもこの鉄塔を使うはずだから、出資を迫られるだろう。地上400mの所に展望台を設けて入場料を得ることになるはずだが、これは維持費に消えてしまう。大手ゼネコンは嬉しいだろうが、負担は結局視聴者に回ってくる。推進主体ではコストの問題をどう議論しているのだろう。

 -しょ-がないな、受信料値上げしないと。不払いのヤツには罰則設ければカネは集められるだろう。-NHKさんはいいよな。オレたち民放はCM料あげたらクライアントが逃げていくよ。-イヤイヤ君たちは他にも自由に商売のネタが選べて・・・
 「フフフ・・ずいぶんつまらぬことでお悩みですな。これを”軍事問題”にすれば財源問題はたちどころに解消することにお気付きでないとは。」 ン?そう言う君たちは?「左様、天下りこそ我が命」、「国の防衛隠れ蓑」、「防衛施設庁官製談合三人衆です」
 そ、そうか!これを有事の通信施設にすれば!それに在日米軍も使えることにすれば、「思いやり予算」でいくらでも金が下りる。「左様、落札価格と業者の選定は我々にお任せください。これで当分は天下り先に事欠きません」
 し、しかしそれじゃ形式的にでも設計を変更せねばならん。構造計算からやり直しだぞ。
 「おのおの方、何を慌てておられる。もう構造計算も図面も書き直したものがここにあるのですぞ。」・・そ、そう言う君は、あ、あね・・・「最後までおっしゃいますな。名前などいくらでも偽装が可能。偽装ほど虚しいものはありません。安全性も簡単に偽装できる。最後に残る確かなものは”経済性”です。皆さんはどうせ国民のカネだからとコストを無視した議論をしておられる。私のスローガンは”低減”。鉄筋を最高度に低減したこの設計をご覧なさい!」
 ななんだ?姉歯君、これは白紙じゃないか。この図面は! 「マンションから鉄筋を抜き去っていったように、鉄塔から鉄柱を抜き去っていけばこうなったのです。なに、どうせ官製談合で作るのだから、お役所が何も言わなければ大丈夫。景観に配慮して透明の鉄塔にしたと説明しておけばいいのです!」

「暗闇」レストラン大人気:店員全員盲人

2006-01-13 10:55:10 | 快挙・怪挙
 「真っ暗」の話題だが、一筋の光明を投げかける明るいニュースだ。
 「“闇メシ”レストラン登場 店員全員が盲人」(産経新聞1月12日夕刊

 ハリウッドの話。「店内が真っ暗闇で、ウエーターやウエートレスは全員が盲人という珍しいレストランが登場して大人気になっている。店名は「ダイニング・イン・ザ・ダーク」。闇ナベならぬ闇メシといった意味。相手の顔はもちろん、出てきた料理も見えない。」
 100g 5万円の本マグロのトロと、1パック500円のスーパーの冷凍マグロパックとを区別できるかというバラエティーの企画があるが、目隠しして試食する。純粋に「舌」だけで味わうのは案外難しい。そもそも注文した料理なのかどうかも判断できないと思うのだが、メニューはひれ肉のステーキなど三セットに限られているので、まあ大丈夫。店内は真っ暗だが厨房には明かりはあるので調理まで暗闇でやっているのではないという。
 しかし厨房をのぞいて店員全員が盲人なのはなぜか。「真っ暗闇で最も的確に仕事をこなしてくれるのは、彼ら以外にはいない」。まさしく”逆転の発想”だ。「健常者」ではぶつかって料理をひっくり返したり、お客の頭に皿を乗せたりで、とても使い物にならない。
 障害者雇用の促進法では、事業主に対し、法定雇用率(1.8%)以上の身体障害者の雇用を義務付けているが、このレストランではそのような「義務」は不要だ。ここでは「健常」者と「障害」者の立場が逆転するという「価値の転換」が起こっている。

 このニュースを読んで思い出したのが江戸時代の大学者、盲人であった塙保己一(はなわほきいち1746-1821)の有名なエピソードだ。

 或夜弟子をあつめて,書物を教へし時,風にはかに吹きて,ともし火きえたり。保己一はそれとも知らず,話をつゞけたれば,弟子どもは「先生,少しお待ち下さいませ。今風であかりがきえました。」と言ひしに,保己一は笑ひて,「さてさて,目あきといふものは不自由なものだ。」と言ひたりとぞ。(尋常小學國語讀本(昭和三年) 巻八 第十七 塙保己一 より)

 この「讀本」、文部省の執筆だが当時の意識を反映して「差別用語」も出てくるが、「障害」は必ずしもいつもハンディではないという”逆転の発想”のメッセージがある。
 保己一は一度聞いた文章を完全に諳んじることが出来たという(今で言う「サヴァン症候群」なのか)驚異的な記憶力の持ち主として、よく引き合いに出される。彼の最も大きな仕事は『群書類従』の編纂。江戸以前の基本国書1,277種を複写し板木に彫り込んだ。今で言う文献学だから本や資料との格闘だ。実際の作業は助手と言うか弟子たちがやったにしても、資料の中味と所在については監修者の保己一自身が精通していなくてはならない。

 彼は数千冊の資料の置き場所をすべて記憶しており、弟子たちに「三番目の棚の二段目の右から三冊目の書物」というように指示して資料を持って来させたという。つまりちょうど現在の図書館の検索コンピューターの仕事をしているわけである。彼は目が不自由な故に「コンピューター」に徹せざるを得なかった。そのことが検索と、物理的な資料の移動という作業を完全に分離させ、作業の効率化が図れたのでないか。

 保己一は5歳の時に失明して、当時のいわば職業訓練として琴や三味線、鍼灸を習ったが覚えが悪く絶望して自殺まで考えた。しかしその抜群の頭脳を見出されて、学者として育てられることになる。目の見えない人に「文字の羅列」の漢籍を教えこむのは無茶なようだが、当時は音読中心の勉強法だったのでそれが幸いした。ここでも”逆転の発想”。黙読中心の現在の環境ではハンディだが、学習は音読であった江戸時代ではそうでなかった。

 考えてみれば、江戸時代の照明設備は貧弱なもので、夜間の文献整理作業は目を痛めるし能率は低下したはずだ。その点保己一は、睡眠を除けば昼夜を問わず同一のペースで仕事が進められたはずだ。盲人である”メリット”を最大限に活かす仕事を選んだと言える。
 また保己一が「便利な」現在に生まれていたとしたら、彼のよい記憶力もコンピューターにはかなわないので、その才能をフルに活用できなかったはずだ。ここでも逆転の発想。「不便な」江戸時代に生まれたことはラッキーだった。

 保己一の生涯を知ると、当時の障害者「職業教育」がかなり充実したものであったことがうかがえるが、それでも保己一を指導した先生たちが現在のように画一的な考えしか取れないような人ばかりで、「盲人は三味線」と無理強いしていたら、彼はやはり死を選ぶしかなかったろう。”文部省”の存在しなかった江戸時代の教育の柔軟性に感謝である。

 保己一は大学者として世間の尊敬を集めるようになってからも、謙虚で常に周りへの感謝を表していた。
  身にあまるめぐみある世は/よむ文のすくなきのみぞ/なげきなりける
と詠じている。若い頃に生害を思いとどまった故に、「障害」を長所に転換し、学者として幸せな生涯を全うしたのである。戒名は「和學院心眼明光居士」。彼のすべてを言い尽くしている。

漁民2人、無人島で2カ月生き延びる

2006-01-04 11:26:24 | 快挙・怪挙
 「無人島に流されるとしたら一冊だけ持って行く本は何ですか」、「無人島に流されるとして、一人だけパートナーを選ぶなら」と「究極の選択」として活用されるのが無人島漂着。思考実験としては楽しいけれど、ホントに流されるのはイヤだ。そもそも生きてはいけない。
 「トンガの漁民2人、無人島で2カ月生き延びる」というニュース(共同)が。「約2カ月前から行方不明となっていた南太平洋のトンガの漁民2人が小さな無人島で生存していることが分か」ったのだという。「2人は無人島でヤシの実や、キャッサバ(サツマイモに似た植物)を食べ生き延びていた」というが、まあ世の中には半年間も「飲まず食わず」で瞑想に耽っている少年もいるのだから、本人達は死ぬ思いだっただろうけど、世間はそんなにビックリもしない

 それよりも気にかかるのは、「1人の漁民の家族は既に本人の葬儀を済ませていたが、もう1人の漁民の妻は生存を信じて祈り続けていたという。」記述。後者はいいでしょう。「愛の絆」を確かめることが出来て今後の夫婦生活は安泰だ。しかし前者は家へ帰ってみると・・「あら?あんた生きてたの。お葬式代無駄になっちゃったじゃない。もう”本番”のお葬式はやらないからね」と言われては、立つ瀬がない。スネて無人島に戻ってしまうのでないかと心配だ。

『ロビンソンクルーソー』は”実話”だ

 無人島漂着と言えば何と言っても『ロビンソンクルーソー漂流記』(原題は”寿限無”のように長いので最後で紹介)。ロビンソンは「無人島」(実際は原住民がいた)で28年間生活したのだから二ヶ月なんて一眠りだ。どうせ作り話じゃないかって?ちゃんとモデルがいたのです。スコットランドの航海長アレキサンダー・セルカーク(Alexander Selkirk) の4年4ヶ月のマサティエラ島(チリの沖合)での体験記をダニエル・デフォーDaniel De Foe(1660-1731)が読んだことが創作のきっかけだった。
 そして昨年日本人探検家がマサティエラ島を調査し、セルカーク自身の生活の痕跡を発掘したというから、事実は小説よりも奇なり。

『15少年漂流記』批判

 「ロビンソン」よりも日本ではたぶんよく読まれているのがジュール・ヴェルヌ(Jules Verne, 1828 - 1905)の『15少年漂流記』(原題は"Deux Ans de Vacances"「二年間のバカンス」とずいぶんお気楽だが)だろう。
 ニュージーランド諸島めぐりに出かけたフランス・イギリス・アメリカの多国籍の15人の少年(少女はいない)たちが無人島に漂着してしまうが、力を合わせて「二年間のバカンス」を生き延びる。彼らが直面した困難は自然だけではない。不思議なことだがこの「無人」島には「悪人」たちが上陸し、少年たちと戦火を交える。ショッキングなことに少年「軍」はこれら「悪人」達を非情にも殺害してしまう(おそらく日本で出回っているのは子供向けにリライトされた翻訳でこの点は削除されていると思う)。「少年法では・・」と考えてしまうのは、「悪人」は無条件で殺せというあの分かりやすい時代を経験していないからだ。

 多国籍の「15人」をまとめるのは大変だ。今イラクでの多国籍軍の指揮を取っているのはアメリカ人で、日本を含めて各国軍は「ご無理ごもっとも」と服従しているが、この小説では「指導者」はフランスの少年だ。ヴェルヌがフランス人だから当然だが。
 ただ「多国籍軍」と違うのは、大事な問題は「15人」で票決を取った。しかし驚いたことに黒人の少年「モコ」だけは「参政権」を最初から奪われているのだ。冒頭の絵は原書初版に載せられていた「15少年」(でもなぜか「メンバーが足りません!」)の挿絵。一番下の段に善良そうな「モコ」が描かれている。

 「モコ」に「参政権」が与えられないのはただ黒人であるからという理由だけ。他の少年たちもそれは自明のことだと思っているし、「モコ」自身も「普通選挙」実施の運動をするわけでもなかった。人種差別は当然の時代だったと言えばそれまでだが、「モコ」は献身的に働いて、物語の最後の最後で悪人たちを撃退する砲弾を炸裂させる、言わば決勝ゴールをあげただけに、恐らくは帰還しても何ら権利を与えられずに(そしてそれを当然のことと受け入れて)生涯を終えたと思うと胸が痛む。フィクションじゃないかと言われるかもしれないが、それならなおさらヴェルヌが無人島に「大人社会の論理」を持ち込むのでなく、子供たちの論理で運営される楽園を描かなかったのかと、モコモコと疑念が沸き上がってくるのだ。

 しかしあまりに歴史上の事件を超越的な視点で(というか自分たちの価値観だけで)批判することは慎まなくては。思えば古代の哲人たちはみなこぞって奴隷制の支持者だった。戦争という大量殺戮を熱狂的に全国民が喜んだ時代もあった。
 それに、実は今の日本にも「モコ」はいるのだ。「外国人」には参政権が与えられていないのだから。ご存じのように、国会では「永住外国人」に参政権を与えるべきだという議論も出ている。しかし今ネットを見ると、これには反対派が多いようだ。と言うか、公然と”「モコ」にも参政権を”と言うと島流しにあいそうな雰囲気だ。幕末の水戸藩士を思わせる「攘夷」の雰囲気だ。「島流し」やむなし。「無人島」にはサバイバルマニュアルとしてやはり『ロビンソンクルーソー』1冊だけを携行するか。


(註)
 別段小生は主義として「開国派」でも「コスモポリタン」でもない。外国人が選挙権を持てば日本が良くなるからというよりも、今の「民意の選択」がそれほど賢いと思えないから、新しい「風」が必要だと思うだけだ。
 だから小生はその他の点では「攘夷派」となることもある。例えば駅伝だ。
 高校・大學駅伝で”快走”するケニア人「留学生」は何とかならんのか。普通「留学生」というのは日本に何かを学びに来ているはずなのに、ケニア人「留学生」と来たら、「お前ら日本人は”歩いてる”だけだ。本当の”走り”を教えてやる」とばかりに別次元の走りを見せる。これではつまらないし、日本人がコンプレクスを感じて成長の芽を摘まれてしまう。
 駅伝をテレビで見る度に、「”留学生”引っ込め!参加を禁止しろ。グローバル化反対!」と叫んでしまう。この時ばかりは水戸藩士も真っ青な「攘夷主義者」なのである。


【付録-ロビンソン物語の正式な書名】
 以下のとおりですが、図書館司書やデーターベース設計者を悩ますなが~い書名。10分で覚えられたら知能指数140以上。
『The Life and strange surprising Adventures of Robinson Crusoe, of York, mariner, who Lived Eight-and-twenty years all alone in an uninhabited Isiand on the Coast of America, near the mouth of the great River Oroonque, having been cast on shore by shipwreck, where-in all the men perished but himself. With an Account how he was at last strangely delivered by Pirates, Written by Himself.』
『遭難して他の船員が全滅した中で唯一助かってアメリカ海岸オリノコ河の河口近くの無人島で28年間たったひとりで生き抜いたヨーク生まれの船員ロビンソンクルーソーの生涯とその驚くべき冒険。海賊に発見されるまでの一部始終を彼自身が書き記した』

貸金業者に「クリスマスキャロルを読みなさい」:裁判長

2005-12-23 14:07:24 | 快挙・怪挙
 
(↑『クリスマスキャロル』の初版の挿絵から)

 クリスマス直前に、ちょっと粋な和製のニュースが。全国ニュースになっていないので、いっそう紹介する値打ちがあると思います。
 12月22日青森地裁での出来事。事件はよくある無許可貸金業の裁判。公判で突然裁判長が被告に語りかけた。「チャールズ・ディケンズの『クリスマスキャロル』を知っていますか」。

<裁判官は「この時期に、あなたを見ていて思い出した小説がある」と切り出した。評判の悪い金貸しの男が、クリスマスイブの夜に見た夢で改心し、町の人のために尽くしたというあらすじを紹介。「社会的弱者のために自分が何をできるか、考えてください」と諭した。> 河北新報12月22日

 この被告の罪は、青森市で貸金業登録を受けていないにもかかわらず、男女5人に計75万円を貸し付け、月3割の利息を取ったというもので、この手の犯罪ではそれほど悪質とは言えないでしょう(と言うか、あまりにも大きな「悪」の犯罪報道で感性が麻痺しているのかも)。まあ『クリスマスキャロル』の主人公、ケチで身勝手なスクルージ(Ebenezer Scrooge)爺さんも、別に犯罪をやっていたわけでないので、どうしょうもない「悪」というわけではありませんから。
 「被告の男も神妙な面もちで裁判官の話に聞き入った」と記事にはありますが、『クリスマスキャロル』を読んだかどうかは疑わしい。ただ、<傍聴席からは「クリスマス前に良い話が聞けた」との声が漏れ>たということで、少なくとも傍聴人には感動を与えたので、最近不祥事が続く日本の裁判官にもちょっと気の利いた人(季節を考えた発言)がおられるということを見せただけでも○。

 明日がクリスマスイブですが、『クリスマスキャロル』をまだ読んでいない方は、ここから無償で全文の日本語訳が手に入りますので今からでも間に合います。
 英語の原文はもっと簡単に入手できます。

 ディケンズの『クリスマスキャロル』については、ここに作品の背景や解説(英文)、初版の挿絵などがあり当時の雰囲気を楽しめます。

 それにしてもです、19世紀のロンドンから時空を隔てた21世紀の日本のクリスマス。気象予報士全員切腹かという想定外の寒空の下で凍えている人たちのことを想うと、日本の「スクルージ爺さん」に余計な一言を言いたくなるのが悪い癖。
 「ご利用は計画的に」しなかったからだと言われますが、急に妻が病気になって「計画」が狂ってしまったんです。ああたとえ姉歯設計のマンションでいいから入りたい。または電気を止められて震えている人は多いはず。
 「あんた地獄に落ちるわよ」なんて品のないことは申しませんが、ディケンズのスクルージよりももっともっと貯めこんでおられる「スクルージ」族の社長さんが、クリスマスだけでもちょっと粋な計らいをしても「精霊」から文句は出ないと思うのですが。

雪で生き埋めの男性を僧侶救出

2005-12-17 03:06:01 | 快挙・怪挙
 気象庁の長期予報をあざ笑うかのような12月の大寒波と記録的な降雪。
 雪国の人たちの苦労が前倒しになってしまった。雪景色は写真で見るには美しいが、その中で暮らすのは大変だ。今では合併で消滅した新潟県中里村は「雪国はつらつ条例」を作り、「雪の障害を克服し、雪と共存するとともに、雪を資源として積極的に活用する施策」を展開していた。ところがこの取り組みを紹介した東京書籍の中学公民の教科書がこれを「雪国はつらいよ条例」と書いてしまったことで話題になったのが2002年のこと。文部省の検定を通ったことから、やはり検定官も同じことを思っていたのだろう。

 雪が降ると、雪下ろしの際の事故が絶えない。これもその一つだが、これは奇跡の逆転生還劇。
 河北新報の報道によると、山形県小国町で15日、屋根からの落雪で生き埋めになった一人暮らしのお年寄りが、たまたま檀家回り中だった僧侶に救出された。この記事によると、発見に至る過程は以下のとおり。「僧侶は、脇さん宅の玄関が施錠されておらず、室内のストーブがついたままだったことから不審に思い、室内を見て回った。浴室の窓を通して脇さんらしい人の姿が見え、「助けて」という声を聞いた。」

 通常はこういう風に生き埋めになると、外からは分からないし、声も届かないことが多い。このケースは、お坊さんが家の中に入って今しがたまで人がいたことを確認したのと、浴室の窓ガラスから生き埋めになっているこの82歳の男性が確認できたことが発見につながった。「あっ、お留守ですか、それじゃ帰ります」という人間関係でなかったことが救出につながったわけ。

 発見したお坊さんは「誰か来てくれ」と大声を上げて人を呼んでこの男性を共に掘り出したのだが、檀家回りをしていなければこの男性のためにお経を上げることになっていたはずだ。

 それにしても、雪降ろし事故防止グッズ、つまり生き埋め通報と屋根からの転落防止だけど、真剣に開発に取り組んでくれる企業はないものか。



【続報】高校生市長誕生

2005-11-23 13:06:53 | 快挙・怪挙
 この写真はすでに紹介した高校生市長マイケル・セッションズ君の初仕事の様子です。
 (ご存じない方は下のトラックバックを使って最初の記事を見てください)
 早くも市長の貫禄が出ています。環境が人を作るのですね。あのタイゾー君も自民党50周年大会で堂々と宣誓の役を。
 昨日マイケル君は市長の就任式に臨みました。日本語の報道が見当たらないのでとりあえずAP通信の記事を見てください。
 この記事によると小さな町に「はるばる日本やロシアからも」報道陣が押しかけたと伝えています。

100$パソコンを開発:MITが途上国子供向けに

2005-11-20 10:38:27 | 快挙・怪挙
 単に、100$という「お買い得」ノートパソコンが登場したという話ではありません。
 世界情報社会サミットで、MIT(マサチューセッツ工科大学)が発表したもので、発展途上国向けに開発されたノート型パソコン(上の図はコンセプトデザイン)。ビジネスマンでなく、子供たちが使うためのもの。といってもおもちゃでなく、無線LANでインターネットに接続することもでき、折り畳んで電子ブックリーダーにもなる(上の絵)し、手廻し式発電(途上国では電力事情が悪いため)で40分使えるという優れモノ
 性能やコンセプトについてはCNET Japanの記事、あるいはMITの特設ページ(英文、現在のところあまり情報はない)を見てください。

 100$という価格を実現するには量産化が必要だ。開発に携わったMIT Media Lab理事長のNicholas Negroponte氏は政府が一括して買い上げ、子供たちに無償で配布するビジネスモデルを考えているようだ。すでに6ヶ国の政府が関心を示しているというが、価格実現は厳しいようだ。

 もちろんOSはWindowsではない。そもそもWinなんて使ったらOSだけで100$を超えてしまう。独自に手を加えたLinux搭載予定らしい。節電のためにCPUは500Mhz程度、と聞くと日本人なら「フフン」とバカにする人がいるが、無知な証拠だ。
今このblogを編集するのに使っている小生のパソコンをチラリと見て気づいたが、このパソコン、キーボードとカードリーダー以外、すべてお下がりか中古部品で組み立てられている。CPUは800M程度。OSは無償ダウンロードのLinux。しかし別に不自由はない。現在の日本人は過剰な性能のPCを高く買わされているだけなのだ。
日本人にだってこのノートパソコンは役立つ。例えば大災害で避難所ぐらし、この窮状をblogで全国に訴えたいが、、、ノートパソコンが電池切れで役に立たない。その点、このノートなら、手廻しハンドルで充電できる

国連のアナン事務総長は「これは本当に感動的な試みだ。また世界の団結と企業による社会貢献を示す感動的な表現でもある」と述べたという。志は高く、価格は低くと言うわけ。
日本は「世界一のIT社会を目指す」と言うが、こういう面での取組は行われているのか。高性能ばかりがITではない。またODAというとすぐに「ハコモノ」に走って、こういう本当のインフラに目が行っていない。日本政府もこのプロジェクトに資金援助(ほんとは技術援助したい)ができるのではないか。日本でもこのパソコンを「災害時用パソコン」として使えるのだから。

電気のない我が家に帰った子供が夕食後、「これから作文の宿題をするんだ」と笑顔を浮かべながらパソコンのハンドルを回す。そんな光景が途上国のいたるところで見られるようになるだろうか。




DNAバンクで実の父親発見

2005-11-14 21:12:22 | 快挙・怪挙
但しアメリカの話。日本ではそもそも精子バンクもないので。
15歳の少年が、米国のDNA検査会社やインターネットを活用して、匿名で精子を提供した実の父を割り出していたことが14日までに分かった。米紙ワシントン・ポストなどが報じた。(共同)
欧米ではDNAで親子関係や家系を調べてくれるサービスがあるという。この少年は三万円ほどを払って自分の細胞を送って検査会社に依頼した。その時点で父親の名前は当然判明しないが、別の情報と組み合わせることで、父を特定することができた。
息子としては遺伝子上の父親を知りたいだろうが、父親はそもそもこの「息子」の存在すら知らなかったはず。ちょうど隠し子が突然登場したのと同じことだ(この少年は「父親」がどう反応したのか秘密にしている)。今後精子提供者の家庭が不安定になるのでないだろうか。

『母を尋ねて三千里』はアニメでもおなじみアミーチスの名作ですが、誰か『父を尋ねてインターネット』という新たな児童文学を書いてみませんか。

「ノッポさん」71歳で歌手デビュー

2005-11-14 13:38:21 | 快挙・怪挙
(ゴン太くんとノッポさん)

 知りませんでした。あの「ノッポさん」もう70歳を超えていたとは。
 NHK教育テレビの「できるかな?」で無口なキャラクター「ノッポさん」として親しまれた高見映(71)さんが来年1月にCDデビューする。ニッカンスポーツ14日

 今は講演なども精力的にこなされているようなので、ノッポさんはホントは喋り好きな方なのでしょう。「できるかな?」の放映期間(1967ー1990年)の間「沈黙」を続けてこられたというのは驚きです。(『ノッポさんがしゃべった日』 高見映 著  扶桑社文庫というエッセー集も出ているようです)
 あの「無口」キャラ、ゴルゴ13でも、ベッドの中では相手の女性に対してひどく饒舌になることがあって、読者は戸惑うことがあります。ちょっと気が緩んでさすがのゴルゴも地が出てしまうのでしょう。ノッポさんは24年間、最終回の放映で最初で最後の言葉を発するまで沈黙を守ったというのはエライ(最初の頃はナマ放送だったという)。

 この歌は「みんなの歌」でも流されるということなので、歌もお上手なのでしょう。71歳歌手デビュー。そう言えばあの「きんさんぎんさん」は百歳で大ブレーク。あきらめてはいけません。

【追記】
 ノッポさんの「公式」?ホームページ「ノッポさん」クラブというのを発見しました。

盗まれた自転車部品をオークションで落札

2005-11-13 13:08:25 | 快挙・怪挙
 高級自転車が大學構内で盗まれたのは7月のことだった。ところが最近ヤフオクにその自転車と同じハンドルが出品されているのを発見し、落札した。そして確信した、これはオレの愛車の一部に違いない。ああしかしなんと変わり果てた姿に。警察に届け出て犯人は逮捕され自供した。
 しかしハンドルだけで自分のものであるとどうして確信が持てたのか、それはこちらを見てください。

 盗まれてもうあきらめているあなたの大事なもの、ヤフオクで再会できるかもしれません。この学生さんもそういう問題意識でヤフオクで探していたのだろう。執念の勝利だ。

18歳高校生が現職破り市長当選

2005-11-11 12:57:46 | 快挙・怪挙
 産経新聞10日夕刊によると、ミシガン州ヒルズデール市で八日に行われた市長選で、十八歳の高校生、マイケル・セッションズ君(上の写真)が五十一歳の現職市長を破り、初当選した。
 この市の被選挙権は18歳以上。マイケル君は夏休みにバイトでためた700$の「選挙資金」を元手にドブ板選挙を展開。優先課題は失業対策、「変化」を訴えて支持を得たという。
 マイケル君は二年前にお父さんが失業して、政治に目覚めた。そして一年前の生徒会長選挙に立候補したものの、この時は無念の涙をのんでいる。
 日本の若手政治家のホープというと、「棚ぼたという言葉はボクのためにある」と公言した「タイゾー君」だが、マイケル君は完全な実力派だ。選挙資金は夏休みのバイトというのがいい。ポケットに札束をねじ込まれないと動かない日本の政治家もマイケル君の爪の垢でも煎じてのめばいい。