おもしろニュース拾遺

 BC級ニュースが織り成す可笑しくも愛しい『人間喜劇』。おもしろうてやがて悲しき・・・

北京原人の骨はアメリカの施設に

2006-01-03 11:53:15 | 発見
 ナチスによって持ち去られたロシアエカテリーナ宮殿の「琥珀の間」と共に、第2次大戦で忽然として姿を消して杳として行方の知れのない人類の宝が、歴史の教科書には必ず登場する「北京原人」の骨(化石)だ。
 それは日米開戦と同時に北京からアメリカに運ばれる途中で行方不明になってしまった。その行方をめぐっては様々な説があるが、日本の憲兵隊が1943年段階でそれは北京の米軍施設にあると結論づけていたという文書が発見されたという(朝日新聞1月2日)。もちろん憲兵隊も骨を確認したわけでもないし、その後米軍施設からどこへ運ばれたかは分からない。これまでは「化石は米国の海兵隊によって河北省秦皇島に運ばれ、そこから汽船プレジデント・ハリソン号に乗せて米国に運ばれるはずだった。しかし太平洋戦争が勃発したため、秦皇島に来る途中、ハリソン号は長江の河口で日本軍に撃沈されてしまった。」(「人民中国」2001年11月号)とされていた。果たしてハリソン号と共に海に沈んだか、実は乗せられていなかったかも不明である。
 そのため、中国には「日本が秘かに持ち帰った」という説が根強くあり、昨年の反日運動の時は「骨は日本の皇居の倉庫にある」と断言する中国人の「ジャーナリスト」も登場したほどだ。これでむしろ”疑い”はアメリカに向けられるということになる。

 ところで知ってるようで知らない「北京原人」とはどういう”人物”だったのか?発見されたのは1936年午前10時、北京の南西にある周口店で、人類の化石を探す発掘作業を続けていた中国地質調査所の賈蘭坡という研究者が下顎骨を発見したのをきっかけに11日間で原人の三つの頭蓋骨と一つの下顎骨、三枚の歯を発見したという。だから少なくとも「北京原人」が「3人」は発見されたということだ。そしてその全てが失われている。

『北京原人の逆襲』

 さてその悲劇の北京原人の姿を求めてネットを彷徨うと様々な珍物にぶつかる。その一つが映画『北京原人の逆襲』(1977年香港作品)。上の写真がそのポスターだが・・・・こ?これは?!・・ちょちょっと待て!ブハハハ・・これは北京原人でなくキングコング。そうなのだ。原題は『猩猩王』。猩とは現代ではオラウータンを指すが、漢和辞典によると頭がさえて人間に似た類人猿のことだ。どうも日本の配給元が日本人におなじみの”単語”を勝手に使用したということらしい。明らかに「キングコング」の香港リメイク。しかしサービス精神に満ち満ちていて「怪作」としてマニアックな支持を今も得ているという。ただこの作品を見て、北京原人を全く誤解してしまった日本人も多いという点では罪作りではある。

 もう一つこちらは「本物」の北京原人が登場する日本映画、その名もずばり、『北京原人 Who are you?』(1997年)があるが、ここでは海中から引き揚げた北京原人の骨からDNAを取り出し、北京原人3人を誕生させ・・というストーリーだが、その中味は製作統括者に思わず”Who are you?”(意訳「お前何考えてんねん?」)と問いかけたくなるようなものなので、どうしても知りたい方はこちらをご覧ください。しかしDVDなどを購入した後に「カネ返せ」と抗議されても当方では関知しませんので、あらかじめお断りしておきます。


日本にも「最強のライバル」がいた・・・はずだった

 北京原人にとって日本はどうも鬼門の方角に当たるようで、不幸は映画界での「誤解」に留まらない。思いもかけず「日出ずる方角」から突如ライバルが出現し、北京原人を愚人視するという狼藉に及んだのである。それが世に言う「高森原人」の「発見」騒動である。
 宮城県築館町の上高森遺跡(ここに「遺跡検証発掘調査団」の公式ホームページ)では長年古代人の遺跡発掘調査が続けられていたが、そこで「発掘」された石器が、考古学者と科学者の合同チームの「ハイテク技術を駆使した理化学調査」によって、「60万~50数万年前」のものと「確認」され、「北京原人クラスの人類の存在を決定」した発見であると発表されたのである。
 「北京原人と同年代 歴史が変わる」と大騒ぎしたのはマスコミだけではない。観光資源の欠如に苦しむ地元築館町にとってはまさに救世主で、「高森原人」と命名して、大々的な町興しを始めた。

「原人ラーメン」「原人パン」「原人せんべい」「原人音頭」「清酒・高森原人」 (写真はそのラベル)と次々と”原人ブランド”を展開し、町主催の「原人マラソン大会」には、遥か遠方から「原人服」を纏い「石器」を持って参加する人も現れるなど盛り上がりまくった。

 ところがである・・・すべては捏造であった。この石器を「発掘」した「神の手」を持つと言われたアマチュア考古学者が自分で埋めていただけであった。あまりにも「発見」が相次ぐこの「学者」は怪しいと睨んだ毎日新聞が、隠しカメラで盗撮し証拠を突き付けた(2000年11月5日付けで初めて報道)ため、もはや誤魔化しようもなかった。50万年前の「日本」の歴史の地平線上に浮かび上がった「高森原人」は一瞬にして消滅した。すぐに店頭から撤去するわけにいかない「原人パン」や「原人せんべい」はしばらく存続したようだが、まもなく「原人」の後を追った。そして築館町もまた合併吸収によって地図から姿を消す(現在栗原市)ことになったのは淋しい偶然である。

 それにしても偽物を埋めるという単純至極な偽装を見抜けなかった考古学者チームの責任は、耐震構造データーの偽装を見抜けなかった検査機関や自治体の責任にも匹敵する。しかし理由は明らかだ。石器「発見」当時から繰り返し、「日本にも北京原人に匹敵する”原人”がいた」と発表されたように、そして「50万年前」とされる北京原人よりもほんの少し古い「60万年前」という数字が一人歩きしたように、すべては「北京原人何するものぞ」という偏狭な「愛国心」が根底にあったに違いない。この「神の手」の詐欺師は措くとしても、学者先生のはしゃぎようも「石器」から離れて、<原人の「備蓄の知恵」証明>とか、「原人に精神文化も?」などと「原人」の知性の高さまで「論証」するという暴走ぶり。そしてついに「北京原人・ヨーロッパの原人よりも日本の高森原人ははるかに高い知能と美意識を持っていた」とする「学問的証拠」が得られたと声高に唱える先生が喝采を浴びた。まさしく『高森原人の逆襲』。「襲い」かかる相手はもちろんライバル「北京原人」に留まらず全世界の「原人」だ。「感動した」。 日本人の「祖先」はこんなにも優秀なのだ、と。

未知の概念「国家」に翻弄される「原人」

 それにしても「高森原人」が北京原人よりも知能が高かったら、それが日本人が中国人よりも賢いという証明になるのか。北京原人は人類の直系の祖先ではないとされているから当然「中国人」の祖先でもない。「高森原人」だっていたとしても「日本人」の直系の祖先でない可能性の方が高かった。
 一方の本家中国政府も、「北京原人の骨を何としても北京五輪までに探し出せ」と指令を出しているという。もちろん”国威発揚”が狙いで、三人?の気の毒な北京原人への人道的配慮ではない。50万年の眠りから覚めた原人にはどう説明しても理解できないであろう「国家」の論理が彼らの「現世」での存在を規定している。
 そう言えば、「ミイラの”呪い”」の記事で登場していただいた「エッツィ」氏は「イタリア人」なのにドイツ風の名前(OtziでOはウムラウト)だ。これは氏が発見された当初位置がアルプスのオーストリア側にあると思われていたため、オーストリア「所有」になってしまったからだ。今はイタリア側にいたと確認され、イタリア人は「ヒベルナトゥス」という名前をつけた。自分が全く理解できない「国境線」の概念の故に名前まで変えられた「エッツィ」氏はずいぶん当惑しているに違いない。

 そうなのだ。北京原人も「エッツィ」氏も幻の「高森原人」も、現代に蘇ってからの不幸の原因は、国家や国境線、戦争や愛国心というすべて彼らが理解不能な概念のせいである。これらの「概念」は人類の進歩にとって本当に不可欠なものだったのか、むしろ人類の愚かさを「原人」達の不幸が逆照射しているのでないか。「呪い」でも何でもいいから、ホントに「原人」達が「逆襲」して我々に警告を与えてくれることを望むばかりである。