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宇宙の山ちゃん

只今に感謝、ありがとうございます♪

獺祭磨き2割3分

2021-08-28 12:40:00 | 神仏
友人Kから贈り物が届きました。予告されていたとはいえ嬉しいものです。

日頃からお世話になっているからとのことですが、

年賀状をお願いしているくらいで(得割で)理由は今も不確かですが。。。

友人Kは、山口県光市で全国的カメラ屋チェーンの光店店長という肩書です。

(雇われではなくフランチャイズ的実質経営者)

この獺祭でも、『磨き2割3分』は大変貴重で高級品です。

以下引用


獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分 遠心分離

このお酒は、遠心分離の技術を使い圧力をかけずに搾ったものに、通常のお酒の搾り方である圧力をかけて搾ったものをブレンドしております。

遠心分離の美点である「いやなところが何もない酒質」に、通常の搾り方由来のパンチのあるごく味を持つ酒質を加えて、洗練された華やかさと繊細さに厚みと複雑さを表したものです。



旭酒造の上槽

ある高名な技術の先生に言わせると、酒の善し悪しは最初の洗米と最後の上槽で決まるそうです。その先生の周囲に集まる杜氏や技術者は日本でもトップランクの水準の人しか集まらないので、麹から醗酵といった通常大事とされる部分は出来て当たり前という前提で話されたことです。しかし、ことほど左様に上槽ということは重要なことなのです。

旭酒造ではここに商業ベースでは日本ではじめて遠心分離機を導入しています。無加圧状態でもろみから酒を分離するため、純米大吟醸の本来持つべき香りやふくらみなどの美点が崩れることなく表現できます。勿論欠点もたくさんあって、無加圧ということは製品の歩留まりは極端に悪くコスト的には厳しくなります。他にも機械そのものが一軒買える位高価であるとか、酒造業者での第一号機だから当然さけられない初期トラブルが発生するとか、たくさんの問題を抱えています。しかし良い酒を造りたいという目的のために思い切って導入しました。


華やかな吟醸香を心ゆくまで楽しめる

獺祭の中でもよく知られている「二割三分」は、精米歩合23%まで磨き抜かれたお米を使った華やかな香りが一番の特徴です。 この香りをしっかり堪能するために、冷やし過ぎはNG。 冷蔵庫から出したら常温に少し置いて、10度前後でいただきましょう。


という品なのです。

まだ飲んでおりません。大切にいただきたいと思っています。

ありがとうございます。





築地本願寺

2021-08-23 18:33:46 | 神仏
8月23日。健康診断で茅場町に。足を伸ばして築地で昼食を取りました。




築地ふじむらで食べました。大変美味しゅうございました。

行く途中、築地本願寺を横目にきましたので、当家は浄土真宗でもあり、

食後、参詣しました。京都と同じで広大な敷地でしたが、

建物には違和感を感じてしまいました。私だけでしょうか。

いわゆる新興宗教という感じがしました。


築地という名の由来
(以下引用)

この築地本願寺は、1617年に浅草近くに創建され
ましたが、1657年の「明暦の大火」とよばれる大火事で焼失してしまいます。その後、再建のため江戸幕府から与えられた土地が現在の場所ですが、当時は海上でした。そこで海を埋め立てて土地を築き本堂を建立したことが「築地」という名称の由来になっています。また1923年には関東大震災に伴う火災により再度本堂を焼失しましたが、1934年に再建し現在の本堂の姿となりました。








現在の本堂は、東京帝国大学(現在の東京大学)名誉教授で建築史家の伊東忠太博士の設計によるものですが、建築研究のためアジア各国を旅した博士と、時を同じく、仏教伝来ルートを明らかにするために探検隊を結成し、シルクロードを旅した大谷光瑞(当時の浄土真宗本願寺派門主)との出会いが縁となっています。






築地本願寺の建物は、インド等アジアの古代仏教建築を模した外観や本堂入り口のステンドグラス、数多くの動物の彫刻などが特徴で、オリエンタルな雰囲気は、まさにシルクロードを伝わる仏教伝来のルーツを感じさせます。その一方で、内観においては僧侶のお勤めスペースよりも本堂内の参拝スペースの方が広く、中央正面に本尊阿弥陀如来が安置しているなど、伝統的な真宗寺院の造りとなっております。2014(平成26)年には本堂及び大谷石の石塀と三門門柱が国の重要文化財に指定されました。
シルクロードを旅してきた伊東忠太博士でなければ作り上げることのできない、独特な仏教寺院をぜひお楽しみください。

ということでした。

日本橋日枝神社 2021/08/20

2021-08-20 09:51:00 | 神仏
本日2回目の新型コロナワクチン接種です。

近くに日本橋日枝神社があるとテレビで知りました。ちょっとご挨拶しました。


約四百年前の天正十八年(1590)、徳川家康公が江戸城に入城し、日枝大神を崇敬されて以来、御旅所のある「八丁堀北嶋(鎧島)祓所」まで神輿が船で神幸された事にはじまります。

 寛政十二年(1800)に発行された『江戸名所図会』巻二では、神主樹下氏持ちの山王宮と別当観理院持ちの山王権現の遥拝の社が並び建つ様子が描かれています。隔年六月十五日の山王祭の際は、この二社の手前に仮殿が設けられ、永田馬場の本社からの神輿三基を中心とする供奉行列の神幸があり、実に大江戸第一の大祀にして壮観であったと伝えられています。
 境内地には天満宮、稲荷社、浅間社のほか、山王の「本地(仏の姿)」とされる薬師堂や閻魔堂も建立され、縁日や勧進相撲も行われていました。
 明治元年(1868)、それまでともに祀られていた神と仏を明確に分ける神仏分離令によって、薬師堂と同別当智泉院の敷地は境内から分離されました。明治十年(1877)に山王宮は無格社日枝神社に、大正四年には本社(千代田区永田町)の官幣大社昇格に伴い摂社日枝神社と改称されました。
 昭和三年には境内末社(北野神社・稲荷神社・浅間神社)が合祀されました。昭和二十年三月の東京大空襲により罹災しましたが、平成二十二年には、老朽化した社殿に外装工事を施し今日に至ります。
(頒布のリーフレットより)






狛犬さんが上を向いています。
珍しいですね。

東京証券取引所が近いせいでしょうか。




祓い給え
清め給え
かんながら
守り給え
さきはえ給え

朝から通勤してきているクールビズ姿のビジネマンが入れ替わり参拝していました。


砂の大けやき

2021-08-17 09:00:00 | 神仏



私の住む地域に樹齢六百年以上の大けやきがあります。

その大けやき近くのイエローハット系のタイヤ屋で車のタイヤ交換に出しました。

1時間ほどかかるのでこの辺を散歩することにしました。

平成の大合併でさいたま市となりましたが、看板は昔の大宮市のままでした。

観音堂があり、その境内に大けやきはあるわけですが、近くには御嶽神社などあり、

御神輿などもあり、村的なお祭りも盛んだったのがうかがえます。

また、神仏習合の名残を感じます。かつては大きな敷地を持っていたのでしょうが、

道路や住宅地として再開発されたものと推定されます。

再興させる手立てはないのかと、つい考えてしまいます。





大けやきの後ろを見ると





石像があるのを発見しました。

知りませんでした。散歩しなければわからないままだったかもしれません。





観音さまなのか、お地蔵さまなのか、手を合わせている石像です。

不思議な気持ちになりました。

この境内周辺は綱を張ってあり、自由に参拝という感じもありません。

しばらくたたずんで、また散歩に戻りました。




お盆法要 

2021-08-13 13:26:00 | 神仏

8月13日(金)

お盆法要に参加しました。お墓参りをするところでしょうが、

お墓は遠方にある為、年に一度が精々というのが現実。

せめて現在の菩提寺で、法要を行うことにしたのです。

現在の菩提寺は、上尾市の龍雲山『聞乗寺』です。

法要は、朝10時開始の座に参加しました。

お経の後、短い説法が住職からありました。

お盆の成り立ちについてお話されました。


お盆とは「盂蘭盆会」からきています。

盂蘭盆会というのは、目連尊者が餓鬼道で苦しむ亡き母のために、

僧侶に食べ物をお供えして、その布施の功徳から母を救ったという「仏説盂蘭盆経」に由来しています。

目連はお釈迦様の弟子の一人ですが、(盂蘭盆経には、神通と書かれている通り)不思議な力を持っていました。

故人が死後、六道のいずれに転生し何をしているのか見える力です。

六道とは、仏教において、衆生がそのの結果として輪廻転生する6種の世界(あるいは境涯)のこと

天道(てんどう、天上道、天界道とも)人間道(にんげんどう)修羅道(しゅらどう)畜生道(ちくしょうどう)餓鬼道(がきどう)地獄道(じごくどう)

目連は母が逆さ吊りにされている様子を見て、お釈迦様に相談し教えを乞うたのです。


一方、先祖の霊があの世から帰ってきて先祖供養する風習は、

仏教が伝わる以前から日本にあったものです。神道の流れです。

仏教に「先祖の霊が帰ってくる」という教えはありません。

特に浄土真宗の場合、亡くなればすぐ仏になるので、霊魂が存在しないのです。

『歎異抄』の中に「親鸞は父母の孝養のためとて念仏、

一返にても申したることいまだ候わず」と書かれており、

つまり「親鸞は、亡き父母の追善供養ために、念仏一遍、

いまだかつて称えたことはない」ということ。

無限に繰りかえす生死のなかにいる命。親鸞聖人は、

父母のみならず、すべての生きとし生けるものに念仏をされたのだと思います。

浄土真宗は「お盆にこうしなさい」という決まりがないので、特別な盆飾りをしません。

地域に根付く風習によっては、盆提灯や特産品をお供えをします。 

法要をしても良いし、しなくても構いません。

浄土真宗では、お経は亡くなった人のためでなく、

苦しみ悩み、今現在、生きている人が幸福になるためにあると教えられています。

お盆は、ご先祖様と故人に感謝をして、自身が今現在ここに生きていることに感謝する機会です。