猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 8 説経目連記 ④

2012年02月08日 20時30分56秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

目連記(八文字屋八左衛門板)④

 さて、一方がくまん殿は、父母の教えに従って、日夜の学問を怠らずに日々を送って

おりましたが、光陰矢の如し、巡り来る春秋を迎え送りして、今は早、御年十五歳になられました。

がくまん殿はある時、不思議な夢を見ました。王宮の母上が病気になり亡くなってしま

うという夢でした。がくまん殿は、正夢かと思いつつも、とにもかくにも戻って来いと

いう知らせと思い、都へ帰ることにしました。しかし、都を出る時に、母上から、僧に

なってから帰れと言われていたので、まず羅漢の所に行って、出家を願いでました。

羅漢は、これを許し、「羅卜」(らぼく:目連の本来の名)と名付けられました。

 羅卜は、解脱の衣を召され、三重の袈裟を掛け、その伝法四依(でんぽうしえ)のお姿

は、誠に有り難い限りです。やがて、羅卜は心細くも只一人、墨の衣に身をやつし、一

女笠(いちめがさ)で顔を隠して、細い竹の杖を突いて耆闍崛山を後にしたのでした。

 ようやく都の王宮に辿りついた羅卜は、早速に父大王に会いに行きました。大王は、

息子の帰京を驚きこそしましたが、押し黙って、やがてさめざめと涙を流しました。

不思議に思った羅卜は、

「私は、父母の教えの通りに僧となって、今戻りました。それを喜んでいただけずに、

お涙を流していらっしゃいますのはどうしてですか。」

と、聞きました。大王は涙の暇より、

「それは、外でも無い。お前の母が、七日前に亡くなったのだ。」

と、言えば、はっとばかりに羅卜も、なんということだ間に合わなかったのかと、父の

袂にすがりついて、消え入るように泣き崩れました。その座の人々も、げに道理、理と、

一度にどっと泣くばかりです。いたわしの羅卜は、涙の暇よりこう口説きました。

「父、母に再びお目に掛かると、固く誓ってきたのに、今はもう夢となってしまったか。」

羅卜は、天を仰ぎ、地に伏して、さらに嘆き悲しみました。

 そこに、衣一巻が運ばれてきて、母上の御形見であると、渡されました。羅卜は、こ

の衣をご覧になって、

「これは、有り難や。母上が私のために心を尽くして織ったこの衣も、最早、形見とな

ってしまったのですね。」

と、さめざめと泣くのでした。やがて、羅卜自らが読経して、しめやかに弔いが行われました。

母の葬儀が終わると、羅卜は、

『これからは、釈尊を頼み、さらに仏道修行を極め、父母の御ため、末世衆生に至まで

助けよう。』

と、思い定めると、大王に暇乞いをして、再び只一人、檀特山へと帰って行きました。

羅卜の心の内、哀れとも中々、申すばかりはなかりけり。

つづく


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