猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 11 説経百合若大臣 ⑥ おわり

2012年04月04日 09時59分46秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

ゆりわか大じん ⑥ おわり

大臣帰国、並びに別府兄弟、討たるる事

 壱岐の漁師に助けられた百合若大臣は、ようやく日本に帰ることができました。さて、

壱岐の漁師が、玄海嶋で拾ってきた風変わりな者を使っているという風聞は、すぐに広

がり、別府の耳にも届きました。これを聞いた別府は、一度見物してやろうと、漁師に

連れてくるように命じました。やがて、漁師に連れられて来た大臣を見て、別府は、

「これは、不思議の生き物じゃ。人かと思えば人でなし。鬼かと思えば鬼とも見えず。

これこそ餓鬼とも言うべきか。よし、これをしばらく我に預けておけ、都へ連れて行き、

笑いものにしてやろう。」

と言うと、漁師達は帰して、大臣は館に留め置きました。別府は、自分の主とも知らず

に、身体全体があまりにも苔むしているので、「苔丸」と名付けて、見せ物にしては、

笑いものにしておりました。

(以下欠頁のため幸若のストリーを補う)

 かくてその年も暮れ、新年を迎えました。別府の館には、九州の各長官が、新玉の祝

いに参上し、新年の弓取りを行っております。苔丸は、矢取りの役を命じられて弓場の

片隅におりましたが、ここが絶好の機会と、突然こんなことを言い出しました。

「なんと、あそこの殿は、弓立ちが悪い。ああ、ここの殿は、押し手が震えてみっともない。」

と、さんざんの悪口です。これを聞いた別府は、

「おまえは、いつ弓を習って、そのような生意気な口をきくのか。そんなにもどかしく

思うならば、ひと矢射てみよ。」

と言うと、苔丸は、

「弓など射たることはありませんが、あまりに皆さんの弓が醜いので言ったまでです。」

と澄まして答えました。別府は、

「弓も射ぬのに、知った口をききよって。今すぐに射てみよ。射なば、ここで切って捨

てる。さあ、早く射よ。」

と怒りだしました。苔丸は、

「仰せのように射てみたいとは思いますが、弓がありません。」

と答えると、別府はせせら笑って、

「なんの容易いこと、強い弓がいいか、弱い弓がいいか。」

と言いますと、苔丸は、

「どうせなら、強い弓をお願いします。」

と言いました。そこで別府は、筑紫に聞こえる強弓を十張ばかり持ってこさせると、苔

丸の前に並べて、どれでも好きなものを選べと言いました。ところが、苔丸は、二、三

張の弓を束ねて持ったかと思うと、はらはらとへし折って、

「どれも弱くて、使い物になりませんね。」

と澄まして言ったのでした。これを見て驚いた別府は、

「こいつは曲者、ならば、大臣殿の鉄の弓矢を射させよ。」

と、怒鳴りました。さて、大騒ぎなことになりました。宇佐八幡の宝物殿に奉納されて

いた鉄の弓が運び出されて、苔丸の前に置かれました。百合若大臣は、自らが作らせた

鉄の弓を懐かしげに軽々と手に取ると、懸かりの松に押し当てて、ゆらりゆらりと素引

きしてから、鉄の矢をうち番えると、時は今よとばかりに、別府目掛けて引き絞り、

「いかに、九州の在庁ども、我を誰と思うか。かつて、嶋に捨てられた百合若大臣が

今、春草と萌え出ずるぞ。道理に任せて我を見よ。非道に任せて別府を見よ。」

と大音声を上げました。これを聞いた、大友諸卿、松浦党は、はっとばかりに畏まり、

懐かしの御主様と、駈け寄りました。驚いた別府は、これはこれはと逃げ回りましたが、

高手小手に縛り上げられ、懸かりの松に吊されてしまったのでした。

 (以下、本文に戻る)

 ようやく名乗りを上げた百合若大臣は、早速に都へ上りました。内よりの宣旨には、

「大臣、不思議にも命助かり、再び参内いたすこと神妙なり。これより日本の将軍に

なるべし。また、別府兄弟の処分は任せた。」

と、御土器(かわらけ)を下されたのでした。意気揚々と都の館へ戻ると、そこへ翁と

忠太に連れられて御台所が到着しました。百合若大臣と御台所は抱き合って喜び合いま

した。別れてよりこの方の尽きせぬ物語を涙ながらにしておりましたが、御台所が、

翁と忠太の情けによって助けられたことを話すと、百合若大臣は、翁、忠太に、九州の

総政所を与えことにしました。さらに、壱岐の漁師を呼び、数々の恩賞を与えた後、

別府兄弟の首を刎ねたのでした。

 その後、百合若大臣は、緑丸の供養として神護寺(京都市右京区高雄)を建立しました。

鷹のために建てたので、今でもこれを高雄山と言うのです。その外の人々にも、皆々

恩賞を賜る大臣の御威勢は、誠に千秋万歳、目出度しとも中々、申すばかりはなかりけれ。

寛文二年壬寅二月吉日太夫正本なり

おわり

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