明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

セブンイレブンの凋落

2019-11-14 22:10:00 | ニュース
私の家の近くにセブンイレブンがあるが、歩いて2、3分なので、専らコンビニは「このセブン」を利用している。ところがニュースでセブンの本部営業員が「オーナーの知らない所で商品発注を繰り返していた」という問題が明るみ出て、ちょっとした騒ぎになっている。セブンはローソン・ファミマを大きく引き離してのダントツ一位になっていて、トヨタと並んで日本の成功企業のお手本と持ち上げていた所にこの不祥事である。もちろんローソンやファミマが無断発注などやってないというのであればセブンの体質が問われる事件だが、これは調べてみないと分からないからまだ判断は難しい。このニュースで私が驚いたのは、セブンの日販に対する過剰なノルマである。セブンはローソン・ファミマが日販4、50万なのに対して、65万と桁が違う数字を叩き出しているそうだ。これがいままでは、セブンの絶対的強みだった。これだけ売上が違うと、コンビニを始めようというオーナーは「セブンと契約」したくなるという。これまではセブンが独走していたコンビニ業界だが、夕方のニュースでファミマが今後、「フランチャイズオーナーの意思で深夜営業を止めることが出来る契約」に順次変えていく、と発表したそうだ。人が集まらないらしい。セブンはこないだセブン・ペイで失敗したし、どうやらコンビニ業界も乱戦状態に突入しそうである。

オーナーが知らない間に発注したら売上が上がる、というのは不思議な話だが、この「売上」というのはセブン・アイ・ホールディングスが各店舗オーナーに「商品を納入した額」である。つまり卸であって、小売ではない。この卸売額をノルマで縛って営業社員に追い込んでいるから、本部営業員は「売れてもいないのに発注」するという結果になるのである。売れてないのだから商品は売れ残って廃棄処分になる。咋今、日本の「食品ロス」が問題になっている時にコンビニ第一位のセブンがこんなことをやっているのでは、日本の将来も風前の灯では無いか。もしセブンが、傘下のコンビニの売上を増やす事で卸売を増やすという真っ当な商売をしているのであれば、「レジの売上高」にノルマをつけるべきなのだ。それならオーナーも文句は言わないはずである。肝心の品揃えも、オーナーが頭を使って毎日やるべきであろう。しかし現実は店が必要としている商品ではなく「本部の押しつけ商品」が優先されるために、その地域で人気の商品が「品薄や欠品」になって、代わりに「セブン一押しの商品」が棚を埋め尽くすということがよく見受けれる。私の好きな「冷製トマトのスパゲッティ」は棚に並ばなくなって消えてしまい、代わりにバカでっかい「ナポリタンやペペロンチーニ」が大量に積み上げられている状態だ。セブンは本当にレジの売上データを分析しているんだろうか。

私がコンビニで買うのは、惣菜・弁当・飲み物・ビールなど、簡単な食事が主である。それに週一回ほど、キッチンタオルとゴルフ雑誌を買うぐらいで、後は冷凍食品をまとめ買いするぐらいだろうか。食材は週2回のゴルフ練習の帰りに、マミーマートで調達している。台所スポンジとか洗剤とか電池とかは、正に困った時のコンビニで、なくなったら近くのセブンで買っている。こういう時はコンビニは便利で重宝する。だが、殆ど売れないものでも、品揃えの為に置いてあるような品物があるのは疑問である。便利さを追求したコンビニに徹するのであれば、売れないものは在庫しなくてもいいのでは無いだろうか。私が買いに行っている間に店員が「補充している」のを見ていると、いつも何やかや補充しているものもあるが、補充しているのを見たことがないものもある。レジデータを集計していれば、月の売上に殆ど「貢献していない品物」が相当ある筈だ。この無駄な在庫を「売れている商品の補充」に変えるだけでも、店の商品回転率は大幅にアップする。これ、商店の基本ではないか。ところがセブン・アイ・ホールディングスという巨大卸売業者からすれば、自社在庫を消化することの方が優先されるのである。セブン本部の回転率が大事なのだ。ここにフランチャイズ店無視の構図が出来上がる。フランチャイズは、セブン本部の売り上げに貢献するだけの「奴隷」でしかない。

コンビニが町の個人商店から客を奪って来たのは事実である。日常的に回転する弁当に始まり、ちょっと必要なボールペンや電池やマスクやビールなどを簡易に一箇所で買い物を済まし、レジも一括にカードが使えるとなれば、どうしたって普通の商店では太刀打ち出来なくなる。自然と個人商店は「専門的な品揃えと商品知識」で勝負するようになり、簡単なアイテムはコンビニに流れていった。店舗経営にかかるコストを考えると、この流れは必然なのかも知れない。人件費がかからないということは突き詰めていけば、「ロボット店員や無人化決済」のコンビニが出てくることに繋がってくる。資本の論理で言えば、資金を投資してどれだけ回収するかが目標であるから、「人間」が働く必要は全くないのだろう。それで一つも困らない消費社会の行く末は、売る人と買う人の「相互に補い合う社会」ではなく、最終的には「独立した消費者」を資本家が確保する社会になって来る。つまり売る人と買う人が、「お互いに顔が見えない社会」が出来上がって来る訳である。将来は「労働者としての大量の消費層」と、少数の「資本家」の2分割された社会が残る。これは少し前のアメリカの「奴隷制」に近い社会だ。果たしてそれで人類は幸せなんだろうか。

色々と考えが広がって結論が出そうも無い。セブンイレブンの問題は、店で働く人と商品を買う客の双方が「効率」を重視するあまりに、人間的なつながりのない「単なる商品受け渡し所」になってしまった故の悲劇である。ただ求める効率がセブン本部の利益という、「地域社会」を無視した資本の追求の非人間的な論理が表に出てしまった、というのに過ぎない。本質は、資本効率と「人間らしさ」の二律背反である。今回問題が発生していないローソンやファミマには、それをどう両立させるかという根本的な解決力が問われているのかも知れない。セブンは第一位を死守しようとする余り、いちばん大事なものを忘れてしまっていた。これからセブンがどういう改善をしていくのかは分からないが、とにかく「売ればいい」と言った売上至上主義に冒された経営陣には、一朝一夕には直らないのではないか。

昔から言われている「地域に貢献する商売」、という言葉が大事な鍵になるように私は思う。まあセブンの凋落ということで言えば、そんなに簡単には「落っこちはしない」と思うけど。

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