明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

日々の話題を一撃で解決(2)梨泰院事故を検証する第二弾、「最終解決」はこれしかない!

2022-11-03 18:07:00 | ニュース

1、人間心理の盲点

人には混雑に遭遇すると、何故か「興奮する」性質があるようだ。李泰院の未曾有の混雑を見て「圧死しそうだ」との通報が11件もあったという。なのに出動は4件に過ぎなかった。その時すぐに警察が動いていれば、こんな大事故にはなっていなかった・・・という人は多い。じゃあ警察が動けば、それで全部終わりでいいのか?って話である。

とにかく、人々(特に若い人)は人が集まって密集していると「興味をそそられて」、何があるんだろう?とどんどん集まってくる習性があるようだ。そして、これを助長するのが、他人とくっついて「密着しても平気」な感覚・習慣である。これらが重なって、あの狭い道に想像を絶する人数がギュウギュウ詰めに密着し、文字通り「呼吸が出来ないほど」の異常な群衆に膨れ上がってしまったのである。

結論1:これは事故が起こるかも・・・と予測するのではなく、「この状態がすでに事故なんだ」と察知することである。

現実の事故は、その「認識がなかった」ことの当然の結果だと思う。実際に、他人と接触するのは「異常で危険なこと」と感じることが出来れば、ほぼすべての日常において、このような群衆による事故を「安全に避ける」事が出来る、と言えよう。・・・もし、それが出来ないとすれば、今後も「同じような事故」が起きると考えて不思議はない。

・・・・・・・・・・

2、人間と車の違い

勿論、警察の対応や市街の整備なども、当然ながら必要だろう。しかし、狭いところに人が集まって密集状態になるのは「何処でも起こり得る」ことなのである。ある場所で一定の人的流量があり、それが狭まった所に差し掛かると「急速に流量が減って」巨大な滞留が起こるに決まっている。もし何かちょっとした倒れ込みでもあったら、後ろの人には情報が伝わってないから、すぐに群集雪崩が起きるのは「誰でも分かる物理の法則」である。これは高速道路で渋滞が起きるのと、理屈の上では全く同じだと言える。

では何故、人間は「圧死」して、車の場合は渋滞しても「クラッシュ事故」は起きないのか?

結論2:人間はギュウギュウ詰めになっても「痛いだけでケガはしない」が、車はぶつかれば「キズ」が付いて運転手同士の大喧嘩になる。だからそうならないように自然と車間を開けて停止し、当然のことだが「前にぶつけて押したり」しないのだ。勿論、クラクションを鳴らしたり大声で怒鳴ったりはしても、である。

・・・・・・・・・・

3、群集心理と密着感覚

では、何故人間だと「1平方メートルに15人」という「超高密度の密着状態」が簡単に出来てしまうのか?。これが、人間は興奮すると「他人との接触を何とも思わない」習性・行動様式に原因があるのは明らかである。これを直さなければ、「いつまで経っても」事故は起きる。大人になればなるほど、人は他人との体の接触を「生理的に嫌う」傾向が出てくる筈なのだが。

勿論、人によっては、多少の違いはあるかも知れないが、民族による所が大きいかも知れない。西洋人はちょっと知ってる程度でもハグしたり頬をくっつけたりして、お互い親愛の情を示すのが通例だ。日本人はそれ程には体の接触は求めないようである。しかし民族の習性がどうあろうとも、「他人と密着すること」が事故の直接原因である以上、これをどうにかしなくては事故をなくすことなど夢のまた夢であろう。

結論3:だから今からでも遅くはない。他人との最低限の距離・間隔を常に保って行動し、少なくとも1平方メートルに4人程度の密度(他人との間隔が10cm 位)の空間は確保すべきである。もし、それが保てないと思ったら、何とかして「その場所を離れる」こと。それが事故を防止する一番の方法である。映像で見る限り「梨泰院の群衆」は恐ろしいばかりの高密度の密集状態であり、それ自体が既に「事故なのだ」から、一刻も早く現場を離れることが「命を守る」ことになると理解しなくてはならない。もしあの時「他人との間に10cm の空間」があったなら、何とか「逃げだして」事故を未然に防ぐことが出来たのに、と思う。

とにかく前が止まっていたら、自分も10cm の間を空けて「その場で止まろう」ではないか。何故止まっているかは止まった後に調べれば良い。それが群衆雪崩を作らない唯一の方法であり、「常識ある人間」のする事だと私は言いたいのである。

・・・・・・・・・・・・

最終結論:問題の解決は、この行動規則を「道路交通法」に追加して立法し、罰則を付けて「厳重に市民に従わせる」ことに尽きる。立法の案としては、人はオープンな公共の場では「他人と前後左右に15cm以上の距離」を取らねばならない、である(実に明快だ)。

これを速やかに国会で法律化し、全国民が厳密に守るよう「警察に取り締まらせる」ことで、梨泰院のような不測の事故を防ぐことが出来る。それを皆んなが我慢して守っていけば、「次の世代の子供達」は自然とそのように行動出来るようになる筈である。いつの日か小学校の授業で子供たちが「群衆雪崩って何?」と質問し、先生を悩ませる日が来るかも知れない。今回の韓国の事故を知っている年配者は遠い過去の事を思い出し、「昔、韓国で大変な事故が起きてね・・」と、法律が出来た経緯を子供たちに話するであろう。

私の生きているうちにその日が来ることを祈って、痛ましい李泰院事故で亡くなられた方々への「追悼の言葉」とします。

・・・・・・・・・・・・・

なお、朝夕の通勤ラッシュは別の取り組みが必要。現在の首都圏は既にキャパをとっくにオーバーしていて、小手先の対策ではとても解決しそうに無いからだ。よって後日、別の方法を提案したい。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿