明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

真冬の午後のひととき、柔らかな日差しを浴びてうたた寝をする幸せとは

2016-01-17 12:00:00 | 今日の話題
(37)血液型の話 : ABO型性格判断の本当

皆さんは血液型の話と聞くとすぐ性格占いの事と勘違いするが、性格判断と性格占いとは全くの別物である。占いは当たるか当たらないかのどちらかであり、当たると思っている人は信じるし当たらないと思う人は信じないわけで、要は当たるかどうかであり裏付けとなる理論の組立と検証は無い。所謂、占いといわれる所以である。一方、性格判断は社会行動学的な統計学であり医学でもあり、立派な学問として評価されるべきである、と私は思っているが皆さんはどう思っているだろうか。以下は血液型性格判断への私のアプローチである。


ところで、性格判断を否定する人は正しいか正しく無いかの根拠をそもそも聞こうとはしないので話が進まないのだが、本屋さんでも同じコーナーに置いてあるので同じ分類だと思われても仕方ないとも言える。この辺からして改善していかなければいけないのだが本屋さんや出版社は売れれば良いので、一部のマトモな著者が占い本の山に埋もれてしまうのは血液型性格判断学の発展を願う私などからすれば切歯扼腕の思いである、が如何ともし難い。しかし血液型でしか説明できない行動や思考が現実に存在する(と私は思っている)ということは、好むと好まざるに関わらず一つの学問として受け入れねばならないと思うのだが。

一方、血液型に頭っから拒否反応を示す人々が厳然として存在するというのもまた事実であるから、今回のテーマを 1. 血液型性格判断への拒否反応を分析する、2. 血液型性格判断の実践的有効活用法、の二回に分けて考えてみたい。だが良く考えてみると、血液型性格判断を非科学的なものだと思っている人はそもそもこのブログを読まないだろうから、1. のテーマは読者が存在しないのではないかという指摘は正しい。が、私の想定している読者は何も拒否反応を示す読者ばかりではない。血液型が占いではなく学問であることを主張していつも拒否反応を示す人々に謂れなき罵声を浴びせられまたは、馬鹿にされ完全な無視行動に無言の涙を流した貴方の清らかな心に、悪魔の心臓を貫く一本の聖なる剣を捧げようとするものである。さあ、いざ立ち上がり幾万の敵を蹴散らして我らが王国の深紅の御旗を打ち立てようではないか!というのは大袈裟だが、出来るだけ論理的に、科学的に血液型を解明してみようと思う。


血液型性格判断への拒否反応あれこれ


a. 人間の性格をたった4つの血液型で決めつけることはできない、というのが反対する理由。

人間の性格は千差万別だと言うのが持論のようだが、そんなに多くはないだろう。せいぜい言って3つか4つ、血液型で4つに分けると言うのは道理にあっている。反論する人の考える血液型性格判断のイメージは、人間の性格を4つの血液型に分けて同じ血液型の人は同じ性格だと言う理論、だと思っている。しかし現実は同じA型でも綺麗好きもいれば散らかしっぱなしの人もいる。だから血液型は信用できないと結論付けるのが反対論者の説明だ。当然だ、同じA型でも違う人間だ、クローン人間じゃないんだから比べればどこか違って当たり前である。問題は同じ血液型で違う部分を見つける事ではない。4つのグループでそれぞれに共通する部分を見つけることが血液型理論を深める事につながるのである。人間の行動パターンには血液型によるものもあれば、他の要因でそういう結果になっているものもある。そもそも同じような傾向が見られるからと言ってそれが血液型の違いによるかどうか、身近な例で判断するのは不可能である(少なくとも、統計学的な調査が必要だ)。「俺の知っているA型は◯◯じゃないぞ」云々といって反論する人がいるが、せめて1000人位はサンプルがないと答えは出ないと思うけど、そう思いませんか?

なにも貴方の血液型を当てるとか、貴方の血液型からすると「こうじゃありませんか?」などと占いをしようという気は毛頭ないのである。私は「何故こうしたいのか?」と悩んでも結論が出ない時、それは「私が◯◯型だから」なんて説明できたらなんて素晴らしいんだろう!と思う。私は1つでも確実に血液型によって行動パターンが違うと証明できる事があれば、大発見だと思っている。(実際は、もっと多いけど)


b. 血液型はABO以外にも分類方法か数多くあり、それらを含めて性格判断をしないのはおかしい、というのが反対する理由。

犬には、シェパード・テリア・ゴールデンリトリバー・ダックスフンド・・・と種類が数多くあるが、だからと言って犬の性格と言うのはそんなに多くには分けていない。勇敢な犬・寒さに強い犬・よく吠える犬、などなど。そして勇敢な犬の種類の中には「余り勇敢とは言えない犬」もいるのだが、だからと言ってペットショップの店員に文句をつける人は少ないのではないか。我々人間の世界でも日本人は◯◯である式の話は広く受け入れられて、特に日本人は好きなようだ。しかし「日本人は云々」は後天的な影響を排除した研究がまだ余りないようで、今回は割愛する。いずれ日本人論に私も挑戦してみたいが、周りが日本人ばかりなので難しいと言うのは、ある。これは血液型よりもたくさん本が出ているので、そちらにお任せしたい。血液型のABO以外の型で研究をしてみたいという人は別として、とりあえず明確にデータが取れるABO型で統計を始めるのが正論ではないだろうか。それで統計を取って、血液型による行動パターンの偏りは見られない、という結果が出たら私も諦めよう。血液型による性格判断は「理論ではなく結果の分類」なのだから、結果が全てである。


c. 自分には当たらないから信じない、というのが反対する理由。

世の中にあふれかえっている血液型占い本でO型はオッチョコチョイだと言われ、自分は違うと言い張って血液型性格判断の話を受け付けないO型を知っているが、そういう風に早合点して怒り出してしまうところがオッチョコチョイである(当たってる)。とくに人から弱点を攻撃されると過剰に防御本能を働かせるのはA型O型に多い。もちろんB型にも弱点はあるのだが、むしろ弱点を指摘されると「嬉しくなってしまう」のがB型だったりするので困ってしまう。私は「俺は血液型なんか全然信用してないからな」という理屈抜き議論抜きで話を終わらせようとする人には、「よくそう言うよね、○○型は」と言ってあげることにしている。当然、その人の血液型を事前に調べておくのは常識である。大抵この方法で黙ってしまうので、勝ち負けにこだわるならお勧めである。とにかく自分は当たらないという人がいるのは想定内、もっと大きな群の傾向を論じている積りなのだが、こういう人には通じない。人類学的な学問に興味ないこの手の人には、所詮無理な話である。二度と話を蒸し返さないことをご注意申し上げる。


血液型性格判断の実践的活用法


a. 同じ血液型の人とは何故か気が合う。波長が合うとはこの事である。なんかわからない事があればストレートに「なんで?」と聞くし、聞かれれば噓いつわりなく即座に答える。ただしB型の場合は面白くするために答を膨らます事がある。B型が相手だとそれがまたジョークで返されて大笑いするので何の質問か忘れる事が度々で、しかも肝心の話はどっかいってしまうが全く気にならない。要は面白い事が全てである。それがB型である。とにかく自分の血液型を知らないことには始まらない。何故って、研究に「バイアス」が掛かっていることを知っておくことである。血液型は全ての人間に逃れられない「偏向」を与えてしまう。人が自分と同じ血液型を「ついつい贔屓してしまう」のは、絶対に避けられない宿命だから。

それと、よく誰かの性格を「我慢強い性格」と表現するがそれは、本人がそう思っているのか見る人がそう見えるのかで180度違う表現だと言う事を注意しなくてはならない。あの人は礼儀正しい人だと言われる人が実は上下関係に敏感な人だったりする。コミニュケーションを取るのが上手いと言われる人が案外、自分の行動に無頓着でただ正直なだけだったりする。人の心は分からないのだと知るべし。だから血液型性格判断が「助けになる」。ただし、〇〇型はこういう性格だ、ではなく、〇〇型がこういう行動・言動をとるときは「こう考えている場合がある」という表現の性格判断を信用しよう。


b. まず身の回りから始めること、それも本やネットの情報を当てはめるのではなく、ストレートに偏見なくデータを自分の眼と五感で溜め込むのである。私は会社の人の血液型を30人くらい集めて、少なくとも5年はデータを貯めることに集中した。安易に〇〇型は◯◯である、といった話はできるだけ見ないようにして、自分なりの分析を作り上げた。こうすることによって、顔の印象・態度や仕草・言葉の裏などが「自分の血液型の持つバイアスを通して」血液型別データとして集められるのだ。私はこのデータを「その人と良いコミニュケーションを作る」ことに使っている。同じことをいうにも言い方というのがある、それを血液型別に使い分けているのである。それをズルいと考える人がいるが、例えばこう考えてはどうだろう。日本人に「頑張れ!」というのを相手がアメリカ人なら「Good Luck !」と励ます。応援する気持ちは同じだが言葉も同じでいいかと言うと、それは間違いである場合が多いから「相手に合わせる」のが結局通じることになる。
ABO型の間では、「ちょっと翻訳が必要」という事である。この作業が誰に対しても必要と思っていたら4つで済むと分かっただけでも、血液型は人間同士のコミニュケーションにおいて凄いツールになり得る。世間で余り良い印象がない血液型性格判断だが、A型の血液型は「こういう風に言うと真意が伝わりやすい」とか、O型の血液型が「こう言うときはこんな事を考えている」というように使うとコミニュケーションが楽になる。ちなみにO型は図々しいなどという占いは全く根拠がないと私は思っている。図々しいひとと言うのは「見る人の印象」である。見る人が違えば答えも違う、曖昧なものだ。これでは学問とはとても言えない。


c. 血液型は実はそれだけでは完全ではない。星座と組み合わせて初めて正確な性格判断が出来る。つまり先天的情報と後天的情報の合体だ。山羊座と獅子座の違いは、会った時の顔の印象でわかりやすい。同じ血液型なのに印象が違うと言うような場合、本体は同じだが外見に後天的な影響が出やすく間違う事がある。だが山羊座のA型と獅子座のO型と言うように対照的な血液型と星座の組み合わせではモロだ。沈思黙考のA型山羊座と饒舌華麗なO型獅子座は、特別研究していなくてもわかりやすい。ちなみにアドルフ・ヒットラーはA型牡牛座、北朝鮮の金正恩第一書記は・・・・実はよくわかりません。残念でした!

血液型と星座に男女を加えて組み合わせが96通り。私の夢は日本人1億人の「国民的統計」です。画期的な研究になると思うけどどうでしょう。


血液型のトリビア


a. 豊臣秀吉はO型、伊達政宗はB型、西郷隆盛もB型、という事ははっきりしている。信長・家康・光秀の血液型が知りたいのだが、これがよくわからない。どうも家康はB型のような気がしてならないのだが、信長が殺された時の一目散に逃げた逃げっぷりはB型らしいパニック行動力だと思うのである。三方ヶ原で武田信玄に鎧袖一触コテンパンにやられて脱糞しながら城に帰ってきたのは有名な話だが、こんな話を残しているのも、恥を面白話にしてしまうB型っぽい。だが家康はA型だという人が多いので、本当のところは不明だ。何もかも原因を血液型に求めるのはやり過ぎの当てつけというもの、昔のA型は今のA型と違うとも言えるし参考にはならない。

秀吉のO型は納得である。派手好みで仲間好きで寂しがり屋、モロにO型の特徴丸出しである。全国を統治するに当たって仕組みや理論より仲間意識や血縁や金銭的恩義を重んじた点は、O型の最大の弱点であろう。一代で終わったのは宜なるかなである。

伊達政宗や西郷隆盛は、B型である。これは科学的にわかっている。伊達政宗が何度も秀吉に呼びつけられても命を長らえる事ができたのは、B型特有のヘンテコな理屈を正々堂々と主張する面白さにO型秀吉はつい笑ってしまったと解釈したい。この例でいえば、家康もB型の可能性が出てくる。B型の自分勝手に見える行動をA型では許せないと思うからである。しかし関ヶ原で息子が遅れてくると激しく責めたというのはA型らしくないだろうか。これは秀忠のせいでなく相手に足止めをくらっていたからであると言われているが、実は功を立て土産にと焦ったもので、大事な関ヶ原の戦いをおろそかにした武将としての戦略眼の過ちを責めたものと言う。これならB型的な考えだ。

これなら信長がB型なので家康と馬が合った、と言うのもわかる気がする。信長のB型は、破天荒の事績からして動かないような気がする。とくに父の葬儀で見せた無茶苦茶な行動は、A型では説明できないとおもうのだ。私は、肝心の信長・光秀の血液型を、B型・A型と考えてみたい。光秀が信長より足利義昭をとったのは、A型らしいバランス感覚だろう。信長の余りに世の中の通念とかけ離れた行動には、A型の光秀はついていけなくなって迷いに迷ったのであろう。信長の規格外のアイディアやバテレンの知識をスイスイ吸収する柔軟な頭脳は、安定・安全志向のA型に似つかわしくない。だとすれば、光秀より秀吉を選んだわけも納得である。B型はAB型よりO型の方が安心だから。死に際して「是非もない」と言ったらしいが、眉唾だとしても諦めの良いB型にピッタリの言葉である。以上は、私の妄想で科学的な証拠はない。


b. 野球で国民的スーパースターと言えば長嶋茂雄だが、彼がB型だと言うのは有名な話。しかしイチローがB型だというのは知っているだろうか。しかも日本人で大リーグの数々の記録を打ち立てた野茂英雄もB型だと聞けば、「へぇ~」と思う人も多いのじゃなかろうか。

ゴルフで113勝の世界記録を持っているジャンボ尾崎はB型、オリエンタルマジックのコンコルド青木もB型、そしてUSLPGAゴルフ殿堂入りの岡本綾子もB型である。そして今売り出しの松山英樹も、なんと同じB型とくれば「へぇ~」と言わずに居られない。

羽生結弦・浅田真央・福原愛は、ドンピシャB型だそうです。ただ単に成績がいいというだけでなく、人々に愛されるスーパースターとなる人にB型が多いと感じるのはやはり何かがあるんでしょうか。B型は、血液型性格判断の特異サンプルとして有効だとも言えるのじゃないかな。もちろん信じる信じないは、貴方の自由だけどね。


c. 私の血液型はB型なので、B型の傾向をを説明しておきます。まず他人を長い時間嫌いでいることが出来ないという性質があります。覚えてられないと言うのは嘘で、1つの事でその人の全部が嫌いになるという考えは取らない事と、嫌な事を長時間考えているのがそもそも嫌いなのです。で、何故自分が腹が立っているかを理論付けて答えを出すと、その事は「解決済み」として過去の引き出しにしまっておきます。ほとんどの場合、一日かかりません。また、基本的に何にでも興味があるので、他人にも面白い点を見つけようとします。1つ嫌な点があっても別の面で面白い点があれば、面白い方だけ見て「嫌な点は見ないように出来る」と考えます。

人間はトータルで考えるのでなく個々の点の集まりと考えるので、「それぞれのよいところ」を見るようにして付き合います。だからある人とはサッカーの話で盛り上がるけど政治の話はしないし、ある人とは一緒に音楽を聴きに行くが飲みに行くのは別の人というスタイルを取ります。極端に言えば、趣味の数だけ友達を揃えるのが理想です。でも、1人で楽しむ事も得意です。それで友達ができないけど気になりません。気が合わない人と一緒にいるくらいつまらない事はないですから。人間は色々な面があり、合計してはダメなんです。相対性理論のアインシュタインは茶目っ気たっぷりの人だし、モーツァルトは下品だけど音楽の大天才です。たまたま同じ人の中に同居しているんだけど、基本的には別人と思ったほうがいいです。というのは、他人にはどうしてそうなるのか理解できないからです。

街中にいる人は、好きでも嫌いでもない単なるオブジェクトです。だから影響も受けないし腹が立つ事もありません。そういう意味では無関心です。B型は「常に楽しい事を探している」ので、それほど好きでもない予定を入れるのが大の苦手です。何故なら「その予定があるために、もしかしてもっと楽しい事を逃すかもしれない」から嫌なのです。しかも出かける間際が一番行くのが嫌になる。むしろ楽しい事が「家でゴロゴロしてる」場合もあります。つまり、「待っている状態」が一番楽しくワクワクするのです。「何かとんでもなく楽しい事が起きるんじゃないか?」というのが理由。・・・・期待感で頭がいっぱいのB型って、この世で一番幸せかも。

というわけで、今週は血液型についてでした。また来週!

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